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2DAY 水曜日 旧校舎の裏山

Author: 水鏡月聖
last update Huling Na-update: 2025-03-18 17:51:09

 階段を降り、文芸部の部室の戸を開ける。 いつもの僕の指定席に怪しい女が座っていた。 制服の上に学校指定の紺のダッフルコートを着て、漆黒のつやのある髪に、右目には黒い眼帯。そしてさらに今日は大きな黒い布マスクが鼻から口にかけて覆っている。もう、ほとんど真っ黒で、一瞬、ヒグマか何かと勘違いするところだった。 彼女は僕のほうをギロリと睨む。「ねえ、約束。忘れていたでしょう?」 今日の上田は、少し鼻にかかった声を出す。「それより、風でも引いたのか?」「ちょっと調子がわるいだけです」「こんな寒い中、アイスを四玉も食べるからだよ」「それを言うなら、伏見さんだって……」「あいつは特別なんだよ。それに、僕だって少し手伝った」「そう、伏見さんは特別だから手伝ってあげたのね」「それだと少し、意味がちがうくないか?」「厭味で行ったのよ?」「厭味?」 ――よく、意味が解らない。「まあ、ともかく僕は約束を忘れていたわけじゃあないよ。僕だっていろいろと忙しいんだ。っていうか、別に約束はしていないよね?」「そういうヘリクツはいいからさ」「そうだな、とりあえず祠へ行ってみるか」 僕は上着を羽織る。昨日と同じ轍は踏まない。

「まあ、そうがっかりするなよ」 昨日油揚げを置いた場所に何ら変わらずそこにあり続ける状態に肩を落とした上田に、僕は優しい声を掛ける。このままここに置いておいて腐ってしまうと見栄えも悪いだろうし、いかんせんそんなことになってしまったら、石像ではあるがキツネ様に悪いような気もして片付けようと近づく僕を「ちょっと待って」と上田が制す。「あの繁みの中から、何かがこっちを見ています」 また上田の中二病的妄想かと思いきや、本当に繁みからこちらをうかがう光る双眸がある。どうやらこちらを警戒しているようだ。僕たちは言葉を交わすことなく、そのまま静かに後ずさりして、旧校舎の陰からじっと祠を観察した。 ほどなくして、繁みから何かが姿を現した。 人面犬。と言えばなかなかしっくりくる言葉ではある。それは小さな子犬ではあるけれど、まるで立派なひげを蓄えた老人の顔にも見える。 確かシュナウザーという犬種だったと思う。全身がグレーの毛並みだが、泥がこびりついていて、薄汚れた上にガビガビしている。怪我でもしているのか、片脚をひきずっているように見える。あたりに誰もいないことを確認したその子犬は、警戒しながら
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  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   2DAY 水曜日 一人暮らしの家

    上田をベッドに寝かせる。コートを脱がせ、呼吸がしにくいだろうと黒いマスクを外し、代わりに白い熱さましシートを額に貼ると、なんだかオセロのゲームのように思えた。黒いものをやたらと好む上田だが、その肌は陶器のように白い。印象が急に黒から白に替わったようだ。右目を覆う黒い眼帯も汗でぬれている。これも外してやったほうがいいかと思いながら、手を触れようとした直前に思い直す。なんだか自分の行為がとてつもなくスケベなことをしているように感じたのだ。眼帯が、黒のレースでできていて、違う何かを連想してしまったのかもしれない。汗にぬれた眼帯は、そのままにしておくことにした。僕はそのまま立ち去ってもよかったのだが、やはりそれは何か無責任のように感じて上田の隣でしばらく待つことにした。 ここはそれなりに静かな場所だ。あるいはここならゆっくりと読書ができるのではないかと無神経な考えが頭をよぎったが、そもそも手元に本を持っていないし、もし持っていたとしてもやはりここでは落ち着いて読むことなんてできないだろう。 しばらくして、上田が目を覚ました。「高野君、ごめんなさい。わたし……」「僕のほうこそ悪かった。気づいてあげられなくて……」「そんなことないの、あれは……」 上田はいつもよりも急にしおらしくなってしまっていて……なんだか急にかわいらしくもある。「気にせずにもう少し休んでいろよ」「うん……」 僕は保健の先生に言われ、部室においてある上田の荷物を取りに行った。帰ってくると上田はもう起き上がっていて、だいぶ楽になったとのことだ。「上田さんはおうちの方は連絡が取れるかしら? 今日は無理しないように迎えに来てもらったほうがいいの思うのだけれど」 保健の先生が気を遣っていってくるが、「今日は、家に誰もいないので……」「あら、そう。それは大変ねえ、どうしようかしら?」「大丈夫です。家、ここから近いので」「そう、なら無理をしないようにね」「はい」「じゃあ、彼氏君は家まで送って行ってあげるのよ」 ――カレシクン? きっと、僕のことを言っているのだろう。僕たちは当然そんな関係ではないのだけど、だからと言ってここで即否定するような野暮なことはしない。そもそも、僕にも責任があるのだから家まで送っていくことくらいは吝かではない。 確か上田の家は39アイスから少し先に行ったところだと聞いている。ならば、歩いたとこ

    Huling Na-update : 2025-03-18
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   2DAY 水曜日 約束忘れてる?

    〝約束忘れてる?〟のワードをこんな短時間に二度も聞くような男もそうそういないだろう。いったいどこのプレイボーイなんだと言ってやりたいところではあるが、真実はそんな浮かれたような話ではない。 「ああ、えっとー、そのさ。上田、黒魔術研究部の上田さんが熱を出してしまって……  それでちょっと家まで送っていったんだよ。そしたらさ、彼女どうやら一人暮らしらしくってさ……」  ――言葉のチョイスがへたくそすぎた。 『ふーん。なるほど。つまりマコトは今、アタシとの約束をほったらかしにして一人暮らしの女の子の部屋に上がり込んでいるというわけね? しかもその子は弱っていて抵抗も出来ない状態にあると……』 「いや、えー、あの、いや、そういうことじゃなくてだな」 『うん、わかってる。わかってるから。そこ、場所教えて! 今からアタシも行くから!』  ななせが到着するのは早かった。少し息を切らしているようだったし、走ってきたのだろう。小さなアパートのとってつけたような簡易なキッチンに立ち、おかゆでも作ろうかと考えていたところだ。大した料理なんかはできないけれど、おかゆくらいなら僕にだってどうにか作れる。 「熱があるっていうのに、そんなもの食べたいわけないでしょ」  ななせの指摘は適切だったと思う。確かに僕だって、熱があるというのにそんなものを食べたいとは思わないだろう。ななせはコンビニの袋からゼリーを取り出してベッドのわきに並べた。 「何か僕にできることはないかな?」  情けないことに、僕はこんな時、何をしてあげればいいのかがわからなくてななせの指示を仰いでしまう。 「だいじょぶよ。あとはアタシに任せて。もう、帰ってもいいよ」 「いや、でも……」 「汗もかいているだろうし、着替えなきゃなんないでしょ。それともその間、ずっとそこで見ているつもり?」 「あ、いや……なんだかゴメン。力になれなくて……」 「そんなことないよ。マコトはできることをしてあげたんだからそれで十分じゃない。こっからはアタシができることする番ってだけだよ」 「わかった。後のことは任せるよ」  

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   3DAY 木曜日 大きなマスクの女

     その日の放課後、旧校舎は極めて静かだった。 猛烈な寒波も少し収まり静かにそよぐ風が茶色く乾燥した木の葉を揺らしてカサカサと音立てる。 上田は今日一日学校を休むらしい。今朝、律儀に電話をかけてきた。『わたし、麻里です。今、家にいます。まだ体調があまりよくないので今日は一日休むことにしました。あと、昨日はありがとうございます。その……伏見さんにもお礼を言っておいてください』「ああ、わかった。でも、ななせへのお礼は自分で伝えろよ。今日はゆっくり休んでろ」 それだけ言って電話を切った。 上田が一人いないからと言って、それほど静かになるわけではない。元々上田は物静かなほうだ。 少ししてななせがやってきた。元々が小顔ではあるのだが、その日の彼女はその顔の半分を覆いつくすような大きな白いマスクを着けていた。「マコト、元気?」 僕はいたって元気なのだが、当のななせはとても元気だとは言い難い声だった。のどがかすれて明らかに風邪声だった。「うつされたのか?」「人聞き悪いこと言わないで。麻里ちゃんがうつしたわけじゃなくてアタシが勝手に持って帰っただけだから」「まあ、確かにそれはそうだけど……。そういえば上田は今日学校休むって、ななせにもお礼を言っておいてくれと言われたので、自分で言えと言ったんだが、連絡はあったか?」「ううん、ないよ。アタシ、麻里ちゃんの連絡先知らないし」「え、そうなのか?」「だって、別に同じ部でもないし、そんなもんでしょ?」 ななせは文芸部唯一の電化製品、湯沸かしポットのところに行きスイッチを入れる。「マコトも飲む?」「ああ、お願いする……っていうか。いいよ。ななせは座っていてくれ。コーヒーくらい僕が淹れるよ」 さすがに風邪をひいた様子のななせにそんなことまでやらせるわけにはいかない。「そう、ありがと……こほん」 お湯が沸くのを待つ間、椅子に座ったポケットから手鏡を出したななせは自分の姿を鏡で見ながら前髪を整え、ぽつりと「あ、やっぱイケてるわ」とつぶやく。 気になってそちらのほうを見ると、ななせは待っていましたかと言わんばかりに言う。「ねえ、アタシってさ、マスクでこれだけ顔隠れてても十分にかわいいよね?」「は?」「は? じゃないでしょ。かわいい? って聞いてるの」「マスクをした状態でカワイイ? って聞かれてもな。なに裂け女だよって感じだ」「そんなことを聞いてるんじ

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   3DAY 木曜日 金山の巫女

    「――そう、裏山にそんなところがあったんだ……ねえ、もしかしてその場所って、金山(カナヤマ)の巫女のお堂の跡じゃないかしら?」「金山の巫女?」「そう、アタシ、少し前に知ったんだけど、この学校のある山、『金の山』と書いてカナヤマって呼ばれているけど、昔は『神の山』と書いてカナヤマだったらしいの」「そういやなんか聞いたことあるな。上田の調べていた学校七不思議の中にもそんな話が合った」「うん、アタシが聞いた話によるとね。この山には神様のお堂があって、代々選ばれた若い女性が巫女となってそのお堂に住み、町を守ってきたらしいのね。だけど、その巫女は神様の使いだからずっと恋愛禁止だったの。 でも、ある時その巫女に恋をしてしまった男性がいて、夜な夜な人目を忍んで巫女に逢いに行っていたそうなの。 だけど、そのことが町の人に見つかって、みんなはカンカンに怒ったらしいの。 決して許されない二人の愛。その二人は最終的にお堂に火をつけて心中を図ったらしいの。 愛の、物語よねえ」「なんというかまあ、古い田舎の因習といった感じだな。神の巫女なんて言って祀り上げられて、いいところただの生贄だよな。自由を奪われて町のために祈るだけの人生なんて」「まあそうよね。特に恋愛禁止ってのはないわ。自分が幸せじゃないのに他人の幸せを願えっていうのはちょっと酷ね」「でもまあ、そこに夜這いを掛けようって男もなかなか大した度胸だ。その巫女がそれほどまでに魅力的だったのか、あるいは他に相手をしてくれる女の子がいなかったのか。 恋愛を禁止されている巫女の前に現れた男に、巫女としても相手を選ぶ権利もなかっただろう。ただ初めての恋愛に、舞い上がって命まで賭けてしまったのかもしれない」「ちょっとマコト、テンション下がるようなこと言わないでよね。二人はさ、すごく愛し合ったの! 命を惜しいと思わないくらいにね」「まあ、そういうことにしておこう」「でもさ、そういわれるとこの学校って素敵じゃない? だって命を懸けて恋した男女の伝説が残る山なんでしょ?」「呪いの山、らしいよ」「なんでそうなるのよ!」「そういう都市伝説になっているらしい。命をかけて愛を成就したとみるか、愛を許されないがゆえに命を絶たなければならなかったとみるのか。もちろん、後者で考えるならばここで恋愛することは巫女の恨みを買いかねないことから呪いと考えるだろう。もしかす

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   3DAY 木曜日 二階に誰かいる

    「あ、どうも」「どうも」 相手のあいさつに合わせて同じように声を掛ける。まるで老犬のような優しい表情だ。ドラムセットのシートに腰掛け、シンバルを一人磨いている。「井上、来てたのか?」「うん、ごめん。邪魔しちゃったかな」「ジャマ? 何を言ってるんだ?」「いや、ほら、その、伏見さんと……」 どうやら井上は、僕とななせが付き合っているとでも思っているらしい。まあ、悪い気はしないけど。「別に、ななせが練習できなくて暇だからとコーヒーを飲みに来ただけだよ。よかったら一緒にどうだ?」「うん、でも……」 井上はドラムに視線を落とす。どうやら一人でも練習をしようとやってきたのだろう。だけど、僕がななせと一緒にいるところを見て音を出してもいいか悩んでいたのかもしれない。「練習、しに来たのか?」「うん、一応家に練習用の音の小さいドラムセットは置いてあるんだけどさ、やっぱり雰囲気が出ないというか……。あ、でも、やぱぱり邪魔、だったかな?」「気にするところじゃないだろ。部室なんだし」 本音を言えば、邪魔だと言ってしまいたいという気持ちもある。しかし、はやりそれは筋違いだというもの。仕方ない。ささやかな、静寂だった。「それじゃあ、お言葉に甘えて――」 井上が練習の準備を始めたところで、部室の戸が開く。「あ、やっぱり井上くんじゃん! 練習?」「うん」「そっかー。アタシも歌いたいな」「ななせ、お前は風邪ひいてるんだろ。今はやめとけよ」「だよね。わかってる、わかってる。だから部活動もお休みになってるわけだし……」 いいながら、折角練習を始めようとしている井上に話しかけて邪魔をしてしまうななせ。 あきれた僕はスマホの着信音に気づき、通話ボタンを押す。『あ、もしもし、わたし、麻里です。今、家にいるんですけど……』「と、言うか、ヒドイ鼻声だな」『風邪ひいちゃったみたいです』「わかってるよ。今朝聞いた。ゆっくり寝てろよ」『はい、すいません。ちょっとお願いがありまして……』「なんだ?」『はい、あの、犬に餌をやってほしくて……』「犬?」『昨日見かけた、あの犬です。おなか、空かせてるかもしれないので』「下手に餌付けすると住み着くぞ」『たぶん、もう住み着いてます』「だろうな」『だったら、あげたほうが優しいです』「まあ、そりゃあそうかもな」『お願いします』「ああ、わかった。わかったから上田はもう寝てろ」『はい、す

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   3DAY 木曜日 その薄暗い公園には

    「ドッグフードって、コンビニに売ってるのかな? まさか学校の購買には売ってないだろうし」「麻里ちゃんに頼まれた犬の餌のこと? でも、その犬って幽霊なんじゃないの?」「そんなわけあるか。あれは別の犬だよ。ちゃんと生きている、ふつうの犬だ」 見た目が全然違う、ということは伏せておいた。何を言われるかわからない。「まあ、そういうことなら、これでいいんじゃない?」 ななせはポケットから、ラップにくるまれた揚げを二枚取り出した。「昨日さ、マコトたちから話を聞いていたから、アタシも餌付けでもしようかなって思っててさ」「それって……」「みんなには内緒だよ。知ってる? これって犯罪なんだよ」「金払ってないのか?」「えへへ。しかもさ、油揚げの中には余った鶏肉も入れてあるの」「それはダメだろ……。いや、むしろこれは、弱みを握ったことになるのかな? もし、このことをばらされたくなかったら……」「うー。わかったよ。ハイ」 二枚の油揚げのうち一枚を僕に差し出す。「なんだよ、それで買収しようってのか? 僕はキツネか?」「いや、これを裏の稲荷にお供えすることで、願いがかなう訳だよね。それって、すごい価値あるものだと思わない?」「あいにくだけど、僕はそんなにまじないとか占いを信じていないからなあ。そんな曖昧な願いごとをするよりはななせを脅迫して願いを叶えてもらったほうが手っ取り早い」「ああ、さてはエッチな脅迫を!」「ぐへへへへへ」「まあ、マコトがそんな度胸がないことくらいはわかってるから、別に怖くないよ。それに、脅迫なんてしなくても土下座して足を舐めればある程度なら考えてあげてもいいしね」「それ、喜んでいいのかわからない話だな」「喜んでいいに決まってんじゃん。足を舐めさせてもらえるうえに、エッチな要求までできるんだよ」「うん、それじゃあ、まあ、考えておくよ」 言いながら、僕たちは旧校舎の裏手に回り、稲荷の祠の前でそれぞれ手に持った油揚げを供え、手を合わせて願い事をした。「ねえ、マコト。何をお願いした?」「教えないよ。ガチのやつだからね」 今日の寄り道。『柴田のたい焼き』は学校を出て、駅とは逆方向へ少し行ったところ。公立の中学校のすぐ隣にある。放課後の時間ともなると部活を終えた下校途中の中学生が多く通る場所ではあるが、基本買い食いが禁止の中学校の目の前ともなれば生徒のほとんどは素通りするしかない

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   3DAY 木曜日 トイレの花子さん

    「はい、あーん」 ……もぐもぐもぐもぐ。「ねえ、おいしい?」「いや、めちゃくちゃ甘いんだって。僕が甘いものは苦手だと知っていて、どうしてななせは僕をこうやって連れまわすんだよ」「え、だって……ここのずんだあんって、めちゃくちゃおいしいんだよ。甘いのに、結構しっかり目に塩も効いてるでしょ、それが絶妙なわけ。かといってさ、定番のつぶあんを食べないわけにもいかないじゃない? だけどさ、さすがにふたつも食べちゃうとあれでしょ? アタシ、思春期の乙女だよ」「だから、僕に半分食べさせるというわけだね」「そうよ、いつも言ってるでしょ」「時に僕は思うんだが、」「なあに?」「それならば、39アイスのスノーマンズキャンペーンに行くというのはどうなんだろう? ただでさえ、ボリュームが倍になっているというのに、何も僕を連れて四倍で食べる必要はないんじゃないのか?」「え、何言ってんの? だって倍だよ? おとくじゃん」「うーん、だからさ……」 ななせは僕の言葉になど耳を傾けず、僕がひとくち齧った残りのずんだたい焼きを胃の中に収める。僕は少しあきれ顔でそんなななせを見ていた。続いて今度はつぶあんたい焼きを取り出す。「ねえ、マコトはたい焼きを食べるときはあたまから? それともしっぽから?」「そうだな、どちらかと言えば頭からかな。なんでかっていうと、頭のほうがあんこの――」「アタシはしっぽからだな」人の話は全然聞かない。続けて、「じゃあ、こういうのはどうかな。このたい焼き、マコトがあたまからで、アタシがしっぽから。ポッキーゲームみたいにさ―― あは、何紅くなってんのよ。エロいの想像しすぎ!」 なんて言いながら、つぶあんたい焼きを一匹丸々食べつくした。結局のところ、僕が一口齧っただけで実質ななせが二つ食べているようなものだ。これで、本人がダイエット的なものを気にしているというのだから驚きだ。「じゃあ、そろそろ帰ろうか」 僕が立ち上がろうとすると、「あ、ちょっと待って、アタシ、ちょっとお手洗いに行っておきたいの」「そうか」 僕は再びベンチに腰掛ける。が、ななせも座ったままでトイレのほうへと移動する気配がない。まさか、トイレに行きたいなんてのは嘘で、ただもう少し僕と一緒にいたいだけではないか……というようなバカげた妄想を僕はしない。「トイレ、行かないのか?」「うん、ちょっと待ってる」「待ってるって、なに

    Huling Na-update : 2025-04-09
  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   4DAY 金曜日 お弁当を一緒に

    ななせが風邪をこじらせてしまったらしく、今日は学校を休むとのLINEが来た。昼休みになり、ひとりで学食へ向かおうとしているときに着信があった。『もしもし、わたし麻里です。今、旧校舎にいるのですが……その……今から一緒にお昼をどうかと……思いまして……』 今まで、上田と昼食を一緒に取ったというようなことはないし、そんな誘いは正直意外だった。しかし……「今日、学校来てるのか? 調子、少しはよくなった?」『いや、少しも何も全快ですよ。ご心配をおかけして申し訳ありませんでした』「そうか、それはよかった。でも、昼飯のことはすまない。僕は、あいにく弁当派ではなく学食派なんだよ。そっちに行っても、食べるものを持っていない」『あ、いや、そのことなんですけど……た、高野君の分もあるのです』「え、僕の分?」『あ、いや、その……ですね。今日は少したくさん作りすぎてしまいまして……どうにも食べきれないんですよね。ほら、残してしまっても荷物が重くなるだけというか、衛生的のことも考えると……あ、そうだ、そうです。フードロスですよ。そういうの、SDGS的にも気を付けなくてはいけないので……』 まったくもって意見がまとまっていないようだ。しかし、今日の僕は一人だし、小遣い的なことも考えると節約できるものは節約したほうがいいのだし、その、なんと言おうか、断る理由が見当たらないのだ。 しいて言うならば、このことをななせが知ったら、なんと思うだろうかということだ。 無論。ななせは僕の恋人というわけではないし、そのことでとやかく言われる心配もないと言えばないのだけれども……「ああ、それじゃあ、今からそっちに行くよ」『はい、待っています』 昼休みの旧校舎は、放課後のそれよりもさらに静かだ。二階の黒魔術研究部の部室を覗いたが、誰もいなかった。 おかしいな、上田は確かに今部室にいると言っていたはずなのに…… 不意に、後ろに誰かの視線を感じて振り返る。「高野、お前クロ研の部室で何してんだ?」 長髪で丸眼鏡のキザな男、ギターの天野がそこにいた。鞄を抱え、ひとり軽音楽部の部室に入ろうとしているところだった。 もしかすると今、僕は誰もいないクロ研の部室に侵入しようとしている不審者に見えていたのかもしれない。「あ、いや、違うんだ。その、上田を探してて」「そのうち来るんじゃないのか? 昼食はいつも部室で一人で食べて

    Huling Na-update : 2025-04-09

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  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   7DAY 月曜日 わたし麻里。今、あなたの後ろ

     土曜日。まだ、夜も明けきらないうちに訪問者があった。「ごめん。起こしちゃったかな?」「いえ、大丈夫です。今日は朝早くから予定があったので、早く起きていました」「そう、マコトとデートだものね」「伏見さん、知っていたんですか?」「うん、マコトから聞いたの!」「あ、あの……もしかして……怒ってます?」「怒る? なんで? ああ……そういうこと? ううん、気にしなくていいわ。それよりこれ」 伏見さんが渡してくれたものは、今日予定している河童捜索に持って行くお弁当だった。「そんな、そこまでしてもらうなんていくらなんでも……」「ううん、気にしないで、好きでやってるだけだから!」 それは、言ってみれば強者ならではの余裕のようにも感じた。『好きでやっているだけ』という言葉の意味は、たぶん高野君のことが好きだからやっているだけ。わたしのほうが、おまけなのだと言っているのかもしれない。所詮わたしなんかが高野君と出かけたところで、気にするほどのことでもないと言っているのかもしれない。 伏見さんからお弁当を受け取り、昨日のカラになった二人分のお弁当箱を渡す。 ――たぶん事実そうなのだろう。高野君はいつだって、伏見さんのことしか見ていない。だからわたしは決めたのだ。 この日の河童池の捜索を、最後の思い出にしようって…… そして、この日はいろいろあった。その中で、、一番大事だったこと。 それは、高野君がサンドイッチをおいしいと言ってくれたことだった。 たぶん、これが最初で最後かもしれない。 高野君と伏見さんが相思相愛で、わたしなんかじゃどうにもならないことを知っている。 伏見さんは料理上手で、きっと彼女の作ったお弁当はとてもおいしいのだろう。 でも、これは最後の戦いだった。 わたしは下手なりに頑張って早起きをして、今日のこの日のためにサンドイッチを手作りしたのだ。伏見さんがお弁当を持ってきてくれたけれど、それは家に置いてきた。 だけど、高野君はわたしの作ったサンドイッチをちゃんとおいしいと言ってくれたのだ。 その瞬間に、思わず涙があふれてしまった。――最後に、ちゃんといい思い出が作れたんだと。 伏見さんがわたしのアパートに訪れたのは夕方になってからのことだ。伏見さんの体調もすっかり良くなっているらしく、マスクもしていない。今日一日あったいろいろなことを話したくて、部屋に上がってもらい、

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   7DAY 月曜日 上田麻里

     上田麻里の一週間 あきらめないことにした。 希望なんてものもあまりなく、敵はあまりにも強大だ。わたしなんかには到底太刀打ちできないような相手なのだとこの一週間で思い知らされもしたが、それでももう少しだけあがいてみようとは思う。 月曜日の朝。いつもよりも少し早くに目を覚まし、髪を黒く染めなおして、色付きのコンタクトレンズを入れる。黒いレースの眼帯はポケットに忍ばせる。流石にまだすべてをさらけ出すのには勇気が足りないけれど、そのうちいつかは…… 鏡の中の自分を見つめながら、もしかすると、眼鏡をかけたほうがかわいいのかもしれないと考えたりもする。彼が文学的少女に属性を持っている可能性も十分にある。考えてみてもいいかもしれない。 鞄に自分で作ったお弁当を入れる。コンビニで買った総菜パンですますのはもうやめだ。きっと彼は料理上手な女の子のほうが好みだ。 玄関を開け、冷たい空気を胸いっぱいに詰め込み、ゆっくりと吐き出して深呼吸をする。 今日からが本当の戦いだ。 学校へと向かう金山の坂道を歩きながら、はるか前方に高野君の姿を見つけた。その隣には強力なライバルが寄り添う。歩む足を速め、少しでもはやく二人に追いつきたいと思いながら、この一週間を振り返る。 先週の火曜日、高野君が部室でホラー小説を読んでいるのを見かけた。少しうれしい気持ちと反面驚きもあった。高野君もオカルトとかに興味があるというのはチャンスかもしれない。 『学園七不思議を一緒に調べよう!』なんてイベントを思いついたのはその時だ。本当は七不思議なんてあるのかどうかも知らないのだけれど、要するに話をするきっかけがほしかっただけ。旧校舎の裏に稲荷の祠があってそこに油揚げをお供えすると願いが叶うという噂を耳にして、今日はそれを実行しようと油揚げを用意していたからちょうどいい。 少しだけれど、ふたりきりで話も出来たし、今日は自分をよく頑張ったとほめてあげたかった。 でも、ライバルはとても強い。 高野君と二人で39アイスを食べに行くのだと耳にした。わたしは負けじと39アイスに先回りした。甘いものは苦手だけれど、せっかくのスノーマンキャンペーンだからと、二段重ねを注文、しかしそれを食べ終わっても高野君はまだ来ない。食べ終わったのにずっとここにいるのは不自然かと思い、さらに追加で食べることにした。それから少ししてようやく高

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   6DAY 日曜日 これは僕の勝手な推測だ

     眠りに落ちる前に、僕はパソコンを開き、インターネットに接続する。 『カクヨム』という小説投稿サイトに寄稿した記事に目を通してみることに。 先日投稿した『岡山のとある山にまつわる都市伝説について、情報がある方は教えてください』というエッセイのPVはかなり伸びており、多くの都市伝説の情報が寄せられていた。 まったく。僕が頭を悩ませながら必死で推敲した小説のほうはなかなか読んでもらえないのにこういうのばかりが数字が伸びるというのもなかなかに悩ましいものではある。 寄せられたコメントのいくつかは、とるに足らないようなコメントであったが、興味をそそるようなものもいくつかあった。それらをまとめると次のようになる。 ・どうやらあの、河童伝説の神田池のほとりにある家、あそこに住む家族の名前は神田と書き、読み方は「カンダ」ではなく、「カミダ」と読むのだそうだ。 ・神田家は代々あの金山を見守る巫女を世話する役割を与えられていて、人里離れたあの山奥で住んでいたそうだ。・神田家は呪われた一族であり、若くして髪の毛が真っ白な子が時折生まれたという。 ・山の上の巫女は、処女であり続けることが義務付けられており、そのため子孫はなく、新しい巫女は神田家のものがどこからか連れてくるのだという。  ・江戸の末期、最後となったカナヤマの巫女は、左右にそれぞれ赤と黒の違う色の瞳を持った美しい巫女だったという。しかし、世話役の神田家の息子と恋仲になってしまい、ふたりは山のお堂に火をつけて心中してしまったという。これを最後にカナヤマの巫女、と神田家の家は途絶えたのだという。 それともうひとつ、僕は一見別のものに思えるこの書き込みも、一連のエピソードではないかと考える。 ・明治に入り、金山の北のはずれに非常に当たると噂のまじない師が現れた。そのまじない師は若くして白髪、左右に赤と黒の二種の瞳を持つ美しい女性だったという。 これより先は、まったくもって僕の単なる考察に過ぎない。これらのうわさ話が、あくまですべて真実だと仮定し、そのうえでつなぎ合わせた、それはある種の創作とでも思ってくれていい。 江戸の末期、この辺り一帯で大規模な飢饉があった。食べるものさえままならない人々は口減らしのためにカナヤマの山中に子を捨てた。 あるいは、栄養不足などで遺伝子異常の子が生まれ、その子を不憫に思ったり、悪魔の所

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   6DAY 日曜日 妖怪二枚舌は罪をかぶることにした

    「なあ、天野。なんで僕がこんなことをしたのか、わかっているのか?」「それは、ライバルを蹴落とすためだろう」「ライバル……か」「そうだ。高野が伏見のことを好きなことぐらいはわかっている。だけど、伏見は俺たちの軽音楽部に入部して、高野といる時間は少なくなった。伏見は誰の目から見ても美人で、軽音部の皆が彼女のことを好きになりかけているということも見れば誰にだってわかることだ。それが面白くない高野は、俺達軽音部をつぶそうと画策した。違うか? だけど、そんなことを心配する必要がどこにある。井上や河本が、いくら伏見のことを好きになったところで、お前相手に勝てるようには思えない。杞憂というものだ」「いや、まあこんなことを僕が自分で言うのは鼻につく言い方かもしれないけれど、僕だって井上や河本になんて負けるなんて思ってなんかいないよ。天野、なんで自分だけをそこから除外したんだ? 悔しいけれど、ルックス的にも才能的に見ても、一番手ごわそうなライバルは天野なんじゃないのか?」「俺のことは無視してかまわない。俺は伏見のようなしたたかすぎるオンナは苦手でな」「おまえとは相いれないな。ななせは、したたかすぎるからこそ魅力的なんだ」「だったらお前ら、早く付き合えよ。言わせてもらえば、俺としても高野が一番手ごわいライバルなんだよ」 ――なるほど、そういうことだったのか。言ってしまえば天野も、自分が見たい世界を見ようとしていたにすぎないのだ。だけどそれとこれとは、根本的に話が違うのだ。 天野は天野で自分の想いを伝えるために、昼休みや放課後に窓を開けてわざと大きな音であの歯の浮くようなバラードを上田に聞かせていたのだろう。しかしそれがかえって僕たちの気分を害してしまうきっかけとなった。「なあ、天野。恥ずかしい告白をさせてからこんなことを言い出すのもアレなんだが、僕の目的は静かな放課後を取り戻したいだけだったんだよ」「静かな放課後?」「読書に快適な、静かな旧校舎でのひと時」「……」「軽音部が旧校舎にやってきて、初めのウチは演奏の音がそれほど気になってはいなかったんだけど、日に日に少し様子が変わってきた。アンプの音量はどんどん大きくなるし、窓を開けたりして、まるでわざと周りに音を聞かせているようにも感じた。 僕としては、それが少々不愉快だったところもあるんだ」「そう……だったのか、それは悪かったな。

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   6DAY 日曜日 アマビエは、この疫病を終わらせる

     最近になってよく耳にする妖怪に『アマビエ』というやつがいる。 長い髪にとがった口、キラキラした目にうろこの体、そして三本の足。 そのイラストは今や知らない人は誰もいないと言われるほどで、ことの発端は世界的に流行した病に対し、そのアマビエのイラストを貼っておくと病が収まると言われたことだ。 そのつぶらな瞳に人々はかわいいと感じ、しばしば長い髪から連想されやすい女性のイラストとして登場することもある。 しかし、騙されてはいけない。アマビエはおそらくオスである。アマビエの正体は『アマビコ』(阿磨比己)である。 アマビコという妖怪はいわゆる予言獣で、猿のような毛むくじゃらな体に三本の足。海から上がってきて人に予言をするのだ。『間もなくこの国に疫病が蔓延する。我を書いた絵を貼っておけばその難から逃れられる』 このことを受け、巷で多くの民がこのアマビコの絵を買い求め、家に貼った。 おかげで多くの瓦版屋の懐が潤ったことだろう。 それは京都の瓦版屋も例外ではない。 都である京都の多くの民がこのアマビコの絵を掲載された瓦版を買い求め、家に貼るというのは他と同じである。 しかし、その瓦版に書かれていた〝コ〟の文字が〝ヱ〟と紛らわしかったのだ。京都の町で多くの民が手に取ったその瓦版に描かれていた絵というのが有名なあの『アマビエ』の絵であり、京都の町では『アマビヱ』として伝わった。  まあ、名前なんてどうでもいいことだ。アマビコだろうがアマビエだろうが、皆の間に流行ってしまった病を治めてくれるというのならば、それにすがることに異はない。 日曜日だ。明日からはまた学校が始まる。 思えばこの一週間はいろいろあった。 そしていまだ、それらのすべてが解決したわけでもなく、それを抱えたままで明日から過ごすというのは難儀なことである。 いや、そもそもこんなことになってしまったのは、僕にだって責任があるのだ。 だからと言って僕がすべてを解決することのできるような優れた人間ではないということは言うまでもないし、だからそう。 この状況を誰かが何とかしてくれないかなと甘えたことを考える日曜日の朝に、僕のところにめずらしい相手から連絡がきた。『少し話したいことがある。今日、少し時間を作れるか?』 軽音楽部の部長、天野からだ。 長髪で丸眼鏡、少し気取った態度のナルシストタイプの天野が、実は少し苦手ではあ

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   5DAY 土曜日 ハーメルンの笛吹

     僕が子犬に近づこうすると、子犬は自分のくわえているそれを奪われるとでも思ったのか、小走りで逃げ出し、脇にあった入口とは別の小さな横穴に入って行った。その場を追いかけてみたけれど、流石に横穴は小さすぎて人間では入れない。横穴にスマホを差し込みライトを照らしてみると、どうやら上のほうに続く縦穴になっているようだ。 その先が、どこにつながっているのか? それは意外にも簡単に想像がついた。子犬が走って逃げたと入れ違いに滑り落ちてきた筒状の金属。僕はそれに見覚えがある。 安物ではあるけれど、災害時などに持っていると便利だろうと買っておいたLED式の懐中電灯だ。 昨日、上田と旧校舎の裏山に行き、その時に井戸らしき場所に落としてしまったライト。それがここにあるということは、おそらくこの場所はちょうどあの井戸の底だということだ。いや、そもそもここは井戸なんかではなかったのかもしれない。この神田池から巫女の住む社へと続く通路。神田池で汲まれた水をこの通路を使って持ってあがっていたのかもしれない。長い年月使用されずにそのほとんどは土で埋まってしまっているが、まだわずかな隙間があり、あの子犬が通路として使っていたのだろう。おそらく子犬はこのボロイ廃屋に住み着いていて、この通路を通って、あの裏山の広場や旧校舎の稲荷のあたりまで餌を探してさまよっているのだろう。 LEDの懐中電灯を拾い上げスイッチを押すとスマホよりもだいぶ明るい光が手に入った。 昨日落した時にはついていたはずの照明が消えていたのでてっきり壊れているかと思ったが、どうやらここまで落下してくる間にどこかでスイッチが押されてしまっただけのようだ。「どうしたんですかそれ?」「昨日あの井戸に落としたライトだよ。ここに落ちていた」「それってつまり……」 上田が何かを言いかけたとき、僕は懐中電灯をさっき子犬が土を掘り返していたあたりを照らす。「ひいぃ!」 オカルト好きのはずの上田もさすがにこれには声を上げずにはいられなかった。 僕は先ほど犬が何か白いものをくわえているのを見たときに、あれは骨だったのではないかと感じたので、それなりの心構えはあった。 だけど、まさかこんなにもヒドイと思っていなかったのでさすがに息をのむ。 小犬が掘り返していたあたり一面、土の中にぎっしりと敷き詰められた人骨。いったい、何人分のものだろう? 多すぎてとても

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   5DAY 土曜日 神田池の河童の正体は

     入山して約一時間ほどしたところで僕たちは山間にひっそりとたたずむ小さな池にたどり着いた。 まかり間違っても、絶景とは言い難い。さほど大きくもなく、水も緑色に濁っていて、その水面の三分の一ほどは落葉に埋め尽くされてしまっている。 その昔、河童が住んでいたというのだからもう少しきれいな水質を予想していたのだが、これでは河童どころか魚もそれほど住んでいるとは思い難い。あるいは昔はもっと、山水の流入が多く水質もきれいだったのかもしれない。「あ、でもこの水中が不透明なところだとか、もしかしたら謎の巨大生物とかいたりする可能性を感じませんか」 オカルト好きな上田は相変わらず夢見ごころなことを言いながら池のほとりに座り込んだ。 散々歩き通して疲れていただろう。僕も横に座り、ペットボトルの水を飲みながらくだらない蘊蓄を垂れる。「残念だけど、この池に巨大生物はいないよ。それに河童にしたって無理だ。もっと流動のある川の様な所なら住んでいてもおかしくないけれど、何しろここは山に降った雨水が集まってできた大きな水たまりみたいなものだ。もちろん、下流で川ともつながっているだろうし、魚が昇ってきて住んでいたっておかしくはないけれど、巨大生物や河童が餌を確保できるほどにはいないだろうね。 ほら、イギリスのネス湖に有名なネッシ―という巨大生物の伝説があるだろう? ネッシーの伝説自体は六世紀ごろから伝えられてはいるけれど、なんといっても有名なのはあの、いわゆる外科医の写真だ。あれはもともとエイプリルフールネタとして作られたおもちゃの潜水艦の写真だったということが公表された今でも多くの人々がネッシーの存在を今でも信じている。  だけど、規模としてはかなり大きいけれど泥炭が流れ込むことで水の透明度の低いネス湖は同時に食物連鎖の底辺となる植物プランクトンも極めて少ないと言える。そのプランクトン量で生存可能な水棲小動物があり、それを餌とする中型水棲動物、それを餌にする大型という風に計算すると、ネス湖はあれだけの大きさがあっても、せいぜいワニが10匹生存できるかどうか程度らしい。で、あれば、古代よりネッシーのような超大型動物が繁殖を行い今日に至るために常に二匹以上のネッシーが存在し続けたということは、どう考えても無理なんじゃないかな」 僕はまた、くだらないことを言ってしまったと思う。悪い癖だ。 隣で、炭酸

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   5DAY 土曜日 フィールドワーク

     十一月の午前七時はまだ薄暗い。 東日本に住んでいる人間からすれば疑問の声も上がるかもしれないが、西日本では実際そうなのである。日本国内ではどこに行っても一つの標準時刻で生活しているが、なにせ日本列島は全長3000キロメートルもあるのだ。その東西では経度の関係上、実質二時間近くの差があるため、統一された一つの時間で語っても、その感じ方は生活の環境次第で違ったものになる。 僕らは皆、そういう世界で生きているのだ。 まだ外は薄暗いにもかかわらず、今日が土曜日だというにもかかわらず、運動部に所属している学生たちはすでにユニフォーム姿のままで登校し、部活動の朝練へと出発しているものも少なくない。実にご苦労なことだ。くだらないことでほとんど眠れなかったと愚痴をこぼしている自分がまるでヒドイ怠け者のように感じてしまう。 電車に乗り上田の住むアパートに到着するころにはしっかりと陽の光も上がってきている。 ドアチャイムを鳴らし、しばらくすると玄関が開き、パジャマ姿で眠そうな上田が出迎えてくれる。「ふああ、すいません。まだ準備ができていなくて……すぐに用意するので少しだけ待っていてください……どうしたんです? 外じゃ寒いので、中に入ってください」「あ、ああ……それにしても上田……お前、寝るときもカラコン、つけたままなのか?」「ふぇ? からこん?」 上田本人も、気づいていなかったようだ。さも寝起き間もないという風体にもかかわらず、上田の左目はいつものような漆黒の瞳。にもかかわらず、たいして右目は真紅の瞳孔だ。「は! はわわわわわわ!」 上田は右てのひらで慌てて赤い目を覆い隠し、部屋の奥へと走って行った。 帰ってくると、いつもの見慣れた黒いレースの眼帯で右目を覆っている。 上田が普段放課後に黒い眼帯をつけていて、しかもその目には赤いカラコンをつけているというのは割と有名なうわさだが、実際に赤い瞳を見ることはあまりない。確かコンタクトレンズを入れたまま眠ると目が腫れるというような話を聞いたこともあるが、ソフトだとかハードだとかそういうのがあるらしくて実際どうなのかはよく知らない。僕は、視力だけはやたらと良いので眼鏡だとかコンタクトレンズだとかそういうものの知識がほとんどない。 上田の部屋に上がり、隅のほうに腰を据える。たとえ上田が一人暮らしだと知っていても、これが通算三度目ともなると僕

  • 放課後のメリーさんが、リョウメンスクナを連れてきた   4DAY 金曜日 カワウソ君と河童君

    「正直に言うとね、僕は河童の正体はカワウソじゃないかと思ってるんだよ」「カワウソ……ですか? それじゃあなんですか? あの名作ギャグマンガのコンビ、かっぱ君とかわうそ君は同族だったとでも?」「まあ、そのギャグ漫画がどうであるかはさておき、今ではほぼ絶滅したと言われている二ホンカワウソだけど、水辺なんがでは割と二足で立ち上がったりするんだよね。身長90センチくらいで水かきもある。頭のてっぺんは平べったくて、水からあがった際にはそこに残った水が太陽の光に反射してお皿のように見えたんじゃないのかって思うわけだ」「それはまあ、確かにそういう事例なんかもあるかもしれないですけれど、だからと言って探さなくてもいいという理由にはなりませんよ? それに、そもそも河童を目撃したその人は、なんで、カワウソを発見したって言わなかったんですか? だってそのほうが普通じゃないですか? それなのにわざわざ河童を見たと証言するのは、それがとてもカワウソには見えなかったからじゃないんですか?」「でもさ、初めから河童とかわうそと両方を知っている人からすればどうだろう?」「そりゃあ、カワウソならカワウソを見た。そうでないものを見たなら河童を見たというの言うのでは?」「僕が思うに、その見たものがどうであれ、河童を見たいと思っている人は河童を見たといい、カワウソを見たいと思っている人ならカワウソを見たと証言するんじゃないかな? 人はどうしても見たい世界を見ようとする癖がある。だから、それを見たときに自分にとって都合の良いところだけを観察して、都合の悪いところは見ても見ぬふりをするんじゃないだろうか?」「うーん……そういう穿った見方をするのは好きじゃないです。ともかく、とりあえずそいつを捕まえればわかることです。つかまえてから、じっくりと河童なのかカワウソなのか判断すればいいんじゃないですか?」「ま、まあ、そうだね……もしかしてこの調査は、河童を捕まえるまで続いたり……しないよね?」「でも、わたしが納得するまでは終わりませんよ。わたし、そう簡単にはあきらめたりしないタイプなので、それが嫌ならなるべく早くに捕まえることをお勧めします」「そう、なのか……まいったなあ」「さあ、話がそれました。本題に戻りましょう。ここ、高野君、わかります? ここじゃないかと思うんです」 僕が手に持ったスマホの航空図とにらめっこを

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