-③騒動・困惑-
「最後の」全校集会が終わり運動部の部員たちを中心にもうすぐなくなる部活動に所属する生徒たちが慌ただしく動き出した。何名かが気付いたようなのだがクラブハウスの前に大きな鉄球を吊るしたクレーンが2台、静かに刻々と近づく「1時間後」を待っていた。
生徒①「早くしろー、大変だ!!早くしないと俺たちの物がなくなっちまうぞ!!」
生徒②「折角親父に買ってもらったバットをなくしてたまるか!!」 生徒③「ウチもラケットずっと置いてるのに!!」 生徒④「サイン入りのゴルフクラブを失ってたまるか!!」 生徒⑤「あたしあれが無いと・・・、あの枕が無いと寝れないの!!!」 生徒①~④「枕置いてんのかよ、家でどうしてんだよ!!」余裕が少しあるのか何故かボケとツッコミが交錯している。一方その頃・・・。
部活に所属していなかった守、圭、そして琢磨は新しいクラスとなった2年1組の教室へと走った。
琢磨「何はともあれ同じクラスになれてよかったな。」
少し笑みを浮かべて走る3人。琢磨は至っては何故かこの状況を楽しんでいる様に見える。階段をのぼり廊下を左に曲がって一番奥が2年1組の教室だ。教室に着くとすぐに異変に気付いた。
「2年1組(結愛)」
3人が見た看板には個人名の「結愛」に文字が。
守「どこかで見たことがあるな。」
圭「この名前・・・、確か出席番号1番の名前・・・。」 琢磨「この名前だっ・・・。」 女子「私(わたくし)の名前がいかがなされましたの?」突然琢磨の声をかき消した声の正体は守たちが着ているジャージとはかけ離れた衣装を身に纏った女生徒だった。今にもふんぞり返りそうである。
結愛「早くおどきになって、高貴な私をお通しにならないおつもり??」
圭「何よあん・・・。」 湯村「結愛お嬢様、大変申し訳御座いません。すぐに立ち退きますのでこの者らの無礼をどうかお許しくださいませ。」 守「先生何言ってんだよ!!こいつも俺たちと同じ生徒だろ!!」 湯村「こっちの台詞だ!!お前らこちらのお方をどなたと心得る!!我らの理事長であの年商1京円を誇る大企業貝塚財閥の貝塚義弘様のご息女、結愛お嬢様だぞ!!早くどけ!!」 結愛「先生大袈裟ですわ、私そこまで大した権限は持ち合わせておりませんのよ。では皆様ご免あそばせ。」 そう言うと教室のなかで一際目立つように置かれた机と椅子のセットへと向かい静かに着席した。周りの席は他の学校と何ら変わらない学習机セットなのに結愛のだけは装飾等が派手に敷き詰められている。周りの生徒は勿論の様にざわざわとしている。湯村「ではお嬢様、もうすぐ最初の補習が始まりますのでそれまでごゆるりとお過ごし下さいませ。」
結愛「感謝しますわ。御機嫌よう。」湯村先生は長い廊下をゆっくりと歩き職員室へと帰って行った。結愛は廊下の外の様子を伺っている。
結愛「先生は行きまして・・・??」
周囲にそう一言尋ねる。全員が首を縦に振った、その瞬間・・・。
結愛「あーーーーーだりーーーー、やってらんねーーーーー!!!!あの親父大袈裟な事しすぎなんだよなー。皆ごめんよー。俺本当はこんななんだよー、大人の前じゃお嬢様キャラしてっけどよー、自分でも気持ち悪くて吐きそうなんだよー、ポテチー、ポテチ食いてー!!!」
湯村が視界から消えた瞬間結愛は足を思いっきり広げぐでーんとした態度を取り、性格を一変させた。
生徒達「嘘だろうがー!!」
守「じゃあこの学校どうなってんの。」
結愛「え?ああ。俺と兄貴がこの学校に通うって言った瞬間に親父がこの学校を買い取っちまってよー、好き勝手しまくってんだよー、困ったもんさ。俺も兄貴も普通に高校生活を送りたかったんだよ、でも親父は実力主義だからどうしてもいい大学に進ませたがっててこんな事に、参ったもんさ。あ、兄貴来た、おーい、兄貴ぃー。」 兄「その様子だと周りには大人がいねぇって事か、助かるぜ。皆俺はかわいい結愛の兄の海斗(かいと)だ、よろしく頼むぜ。」 圭「シ、シスコンなんだ・・・。」 結愛「兄貴のクラスは上の階だろ、早く帰れよー。」 海斗「そう言うなって、コーラ買ってきたから許せよ。」結愛は海斗からコーラを受け取ると一気に飲食禁止のはずのこの校内で堂々とがぶ飲みした。とてもじゃないが「お嬢様」とは呼べない。
守「お、おい・・・、飲食禁止だろ、センサーとカメラがあるんじゃないのか。」
結愛「センサーとカメラ??ああ、あのちゃっちいやつか。センサーは俺と兄貴でとっくにぶっ壊したぜ、親父機械に疎いからカメラにはずっとおなじ映像が流れる様にして騙してんの。」結愛は衣服に似合わず工具をこちらに見せ自慢をしてきた。その時、外から大勢の足音が聞こえてきた。教室の入り口がばっと開きまさかのレッドカーペットが敷かれた。どうやら理事長だ。生徒は全員一先ず着席した。結愛と海斗を除いて。
義弘「結愛、海斗もいたか、丁度いい。後で海斗には後で伝えようと思ったが手間が省けたな。いいかお前ら、お前らはこの学校で最強を目指すんだ、一流の大学に入って勉学に励みいつか貝塚財閥を継いでもらわなければならん。」
結愛「分かっておりますわ、お父様。」 海斗「かしこまりました、お父様。」先程とは打って変わってといったところか。しかし昔からの習性からかお嬢様らしさ、御坊ちゃまらしさはあるようだ、きっと大人の前だけでだが。ただ周囲の生徒達はさっきの二人を見ているので数人が笑いを堪えていた。ギャップが激しすぎるからか。しかも二人とも飲んでいたコーラを背中で隠している
義弘「このクラスと海斗の3年1組は二人を最強にするためのものだ、他の生徒を蹴落としてでも最強を目指せ。さて補習までの時間お茶でもどうかな。」
結愛「ありがとうございます。お父様と飲むお紅茶大好きですの。」 海斗「私も同行しましょう。」 生徒たちは嘘つけと全員思った。 それはそうと義弘は「蹴落としてでも」と言っていた。年商1京円クラスの大企業の社長は考えていることが違う、まさか子供の為に学校を買い取ってしまうとは。 しばらくして、海斗と結愛が戻ってきた。まさかのぐでぐでモードで。結愛「やってらんねーーーーー、俺紅茶嫌いなんだよ。やっぱコーラだよなー。」
結愛はまたコーラをがぶ飲みする。コーラを飲み干すと声を上げて言い出した。結愛「皆聞いてくれー、俺と兄貴はこの機会に親父から会社の全権を奪取しようと思ってんだ、協力してほしい、「最強になるために」な」
結愛はにやりと笑った。-④残酷な破壊と手紙- 守や結愛たちが教室で最初の補習の準備をしていると、クラブハウスや校内の部室から私物をさせてきた「元」部員達が続々と帰ってきた。荷物が多い生徒や少ない生徒、中には高価な宝飾品を持っていたものもいた。結愛が宝飾品に反応していたので多分本物だろう、どこのブランドの物かは想像もできないがかなりの高級品そうだ。必要なのかどうかは正直分からないものが正直な気持ちでこれらを先生たちが見たらどういう反応をするのだろうか、特に湯村先生が。 「以前」湯村先生には毎日決まって同じ食堂に食事を取りに行く習慣があった。自由な校風だったため、昼食を校外に食べに行っても大丈夫だった。守や琢磨もその食堂でちょこちょこ食事を行っていたので先生の事をよく見かけた。湯村先生本人は毎回同じメニュー「小ご飯とみそ汁」のセットをしみじみと噛みしめながら食べていた。小さめのお茶碗1杯のご飯と優しいお出汁の味が嬉しい温かなみそ汁。具材は豆腐と若布(わかめ)。そして店主自家製のお新香が付いて180円という価格。毎日そのセットを食べていた、ただ本人たちの給料日にはたまの贅沢にとポテトサラダや白身魚のフライといったおかずを一品食べる様にしていたらしい、本当にとてもうれしそうな表情をしながら。ただ、左手の薬指に指輪をしているので結婚はしているらしい、奥さんは忙しい人なのだろうか。もしくは高校生のおこづかい程度の価格で食事が提供されるこのお店で食事をしなければならない位厳しくされているのだろうか。しかし、詮索はよしておこう、いくら何でも本人が可哀そうだ。 さて、そんな湯村先生が先程の宝飾品を見ると自分が教師であることを忘れる位の気持ちになってしまうのは明白。守たちも呆然と立ち尽くしていた。いよいよ義弘が言っていた「1時間後」が来ようとしている。 まだ守たちは結愛を完全に信用している訳ではなかった。性格から見て結愛や海斗は義弘に反発している様だがやはり2人は貝塚財閥側の人間、いつ義弘側についてもおかしくはない。守「お・・・、お嬢様?」 結愛「ああ、結愛でいいよ。」 守「じゃあ・・・、結愛?一つ聞きたいんだけど。」 結愛「何だよ。」 守「俺たちはどうやって結愛の事を信用すればいいんだ?仮にも貝塚財閥の人間だよな、出来れば信用できるように誠意なものを見せて欲しいんだが。」 結愛「そうだ
-⑤疑問- 補習で静まり返った校舎、先日の火災(というより義弘の黒服たちによる計画的犯行)で全焼した校舎は跡形もなくなっていた。養護教諭の乃木(のぎ)が当然とも言える質問を投げかけた。乃木「理事長先生、少しよろしいでしょうか?」 義弘「どうした。」 乃木「育ち盛りとも言える生徒達に対して一切の飲食を禁ずるのは如何なものかと思うのですが。」 義弘「君は私の考えに、いや、私に反逆するのかね。」 乃木「いや、そんなつもりは。申し訳御座いません。」 義弘「構わないよ、そう思うのも無理はない。いや、養護教諭として当然の事だ。だったら人間がどうして空腹になるのかをご存じかね。」 乃木「食べて・・・、動くからです・・・。」 義弘「いいだろう、ではどこが動くからだ?」 乃木「全身ですか?」 義弘「いや、胃袋だ。人間が食物を食し、食道を通り胃袋に入った後、消化しようと動く。その時にカロリーを消費する、逆に言えば食さなければカロリーを消費しない。」 乃木「しかし女子は1日225・・・。」 義弘「女子は1日2250㎉、そして男子は2750㎉必要だ、しかしそう言った摂取を毎日のように続けるとどうなると思うかね。」 乃木「健康な・・・。」 義弘「健康?何をとぼけたことを言っているんだ君は。摂取を続けると起こりうるのは老化だ。」 乃木「でも昼休みをなくしてまで生徒が努力して夢を追うための栄養を奪うなんて・・・。昼休みをなくす必要は無かったはずでは?」 義弘「努力?夢?何を馬鹿な事を言っているんだ。大切なのはそんなものではない、数値と結果だ。そしてその数値たる結果を何が生み出すと思う、力だ。それも経済力と権力だ。世の中を動かしているのは何よりも金と運気だということを君も知っているだろう、乃木建設のお嬢さん・・・、それでもまだ努力や夢などと馬鹿な事をほざくかね、確か君の所は我が財閥の子会社だ、それに君が前回の赴任先で何をやらかしたのか、私が知らないとでもいうのかね、私が口止めしていなければ今頃・・・。」 乃木「では昼休みのけ・・・、いや申し訳御座いません。」 義弘「そのことも兼ねていずれは諸々を話すことになるであろうが、今は言えない。私が最強になり望みを全て叶えるために。」 乃木はずっと震えていた。かなりの圧力をかけられている様だ。どちらかと言うと「
-⑥考査と摸試- 時が流れ数か月、今の「貝塚」になって初めての中間考査となった。以前に比べ範囲が広く感じる上に授業時間が長くなったので当然のように制限時間が長かった。ただ範囲が広くなった分頭を悩ませる生徒が多数存在したがこの考査を突破しなければ進級が危なくなる。 ただ以前理事長の義弘が夏休みなどの長期休みを廃止してしまったので、危ぶまれるものが一つ、良いようで、いや悪いようで減ってしまっていた。今回の摸試は2日かけて6教科8科目の学力を競う、自信満々のものもいればそうでないものもちらほらといた。因みに生徒番号は胸元の番号で結愛と海斗は記入不要となっている。ただそこはやはり学校の先生が考えて作った考査、工夫を凝らした問題がいっぱいだ。 琢磨は2日目の最終科目・現代文の「傍線部(※)の人物像を絵で描きなさい。(色塗り不要)」の問題をじっくりと丁寧に描いて満足感いっぱいで居眠りを決め込んでいた。「(色塗り要)」だったら何人か色ペンを出そうと焦った生徒もいたろうに。若しくは授業中に「色は塗る必要がありますか?」と質問した生徒でもいたのだろうか。中学時代の美術の授業ではあるまいて、そんなに彩り必要とは思えない。もしかして先生が気を利かせて最後の最後にジョークでもかましたのだろうか。まぁ、気にしても仕方ないかという雰囲気と共に中間考査は終わりを告げた。終了のチャイムが鳴り響く。試験官は飛井。飛井「そこまで!後ろから回答用紙のみを回収するように。」 守「終わったー、とりあえず一安心だな。」 飛井「おい宝田、何を言っているんだ。」 次の言葉に全員耳を疑った。飛井「今から講師の方々による摸試だぞ、早く準備せんか!」 全員「何て?!」 結愛「親、お・・・、お父様はその様な事は仰っていませんでしたわよ!」 結愛は一応大人の前でのお嬢様モードでいようとしたが気が動転していたのかごちゃついている。この事は義弘が誰にも言わず秘密裏に行っていた様だ。飛井と入れ替わって乃木が入ってきた。問題用紙がかなりの分厚さとなり運ぶのが大変そうだ、教卓に音を立てて置いてから一呼吸ついて試験の開始を告げた。乃木「着席してください、今から数学の問題用紙を配りますがまだ開けないで下さい。」 守「どんだけの問題を詰め込んだらああなるんだよ。」 圭「かなり手の込んだ問題かもしれないね。そ
-⑦銃弾- 講師陣による摸試の2日目、摸試が始まるまでは全く関係ない(?)学校の授業が進んでいた。摸試が始まるまでの授業に身が入らずこっそり試験の準備を行う生徒がちらほらといた。いてもたっても居られないとはこういうことを言うのだろうか。守も教科書に補習に使っている問題集を隠しながらその場を過ごしていた。そこそこの緊張感と共に試験の時間を迎え、前日に行った中間考査の科目の試験問題が生徒に配られた。今回は試験監督が来る前に全教室の生徒が窓を全開にしていた、暑い日が続くので換気しないと試験なんてできやしない。しかし、試験監督として古文講師の茂手木(もてぎ)がやってくるとすぐに閉めるように指示をした。橘が昨日の様に吠える。橘「暑すぎて試験どころじゃねぇよ、開けさせてくれよ。」 茂手木「駄目だ、今すぐに全部閉めなさい。涼しいのは私たちだけでいいんだ。」 そう言うと懐から携帯用の扇風機を取り出し涼を確保し始めた。結愛がお嬢様モードで問いかける。結愛「私(わたくし)たちもですの?」 茂手木「お嬢様、申し訳御座いません。お父様のご意向です。」 結愛は静かに座ると橘に手を合わせてぼそっと「悪い(わりい)」と言った。茂手木が咳ばらいをして試験開始を告げた。頭を抱えだす生徒が多数いた。明らかに問題集に載ってない上に補習で習っていない問題ばかりで悩みながら試験問題を解いていった。 試験が終わり通常通りだと下校となる時間になった。生徒たちはほっとしながら鞄を抱え教室を出ようとしていた、すると試験監督をしていた湯村が静止した。湯村「何をしているんだ、今から昨日の試験を返していくぞ、全員席に就け。」 全員が渋々席に着くと試験の解答や正しい答え、そして試験結果に順位が書かれた書かれたプリントが各生徒に配られた。昨日の今日でここまで結果が出てくるとは流石貝塚財閥といったところか。どうやら各試験が200点満点で構成されており点数によってA~Dまでで評価が付けられた、これはまだ序章で湯村からまさかの説明があった。湯村「実はこの試験なのだがアルファベットで表示されている評価によって次のクラス編成を行っていく事になっているんだ、生徒の実力に合わせてクラスが構成されていき、これからの授業内容も少しづつ変わってくるだろうから頑張ることだな。」 全部が初耳で全員困惑した。しかも今は夜遅く
-⑧常識とは- 銃弾による殺人事件が発生した当日も通常通り授業が行われ何もなかったかのような静寂に包まれていた。しかし、生徒は全員不信感を抱いている。圭「不自然じゃない??殺人事件まで起こりだしているのにPTAや教育委員会、下手したら報道陣まで動き出してもおかしくない状況で世間が全く動いてないなんてさ。」 守「携帯のニュースはどうなっているんだろう。」 皆おもむろに懐から携帯電話を取り出したが、全員のものに異変が起きていた。授業が始まる前までは普通に使えたのに全員の携帯が圏外の状態になっていた。その時1年4組の方向から伊津見の大声が響いた。伊津見「皆、大変だ!!出入口のドアが全く開かねえし、鍵が壊されて動かねえ!! 琢磨「嘘だろ!!」 橘「それどころじゃねぇよ、外見てみろって!!」 全員「なんだありゃ?!」 校庭全体が高い塀で囲まれていて学校ではなく刑務所の状態になってしまっている。生徒全員が絶望感を感じているとき校内放送が流れた、義弘だ。義弘「えー、皆さん、おはようございます。今日から皆さんのクラスは校内講師陣による摸試の結果で選考していきます。説明が遅れましたが、最下位のDクラスである4組は急遽たる学力の向上が必要とされる生徒の集まりですので早朝の補習に遅刻しますと先程の様に銃弾による制裁が加えられますので4組の生徒は学力を上げて他のクラスに這い上がって、逆に他のクラスは4組に落ちず今の状態を維持できるように勉強に励んで下さい。またより一層勉強に集中して頂くために皆さんの携帯電話は特殊な妨害電波にて一斉に圏外とさせて頂きました。また外部からの遮断を強めるべく校舎の出入口を完全に閉め切り、校庭全体を高い壁で囲わせて頂きました。先生方は特殊な鍵を渡していますので出入り自由となりますが、生徒の皆さんは出入りが出来なくなります。これからは大学に合格して卒業するまでこの校舎で寝泊まりして勉強に励んで頂きます。くれぐれもその覚悟の上でお願い申し上げます。」 琢磨「合格するまで一生この中かよ・・・、俺たちは受刑者じゃねぇんだぞ、この服装もそうだけどよ。」 守「結愛、お前はどうなんだ?鍵とか携帯電話はどうなってる??」 結愛「皆と一緒だ、携帯は圏外だし鍵も持ってねぇ、いよいよ親父の顔をまともに見えなくなってきたな・・・。」 橘「さすがにこのままだとま
-⑨隠密作戦- 守たちはまず必要となる情報を得るために隠密作戦を開始した、第一として先生達が使用する出入口を知らなければならない。その作戦を実行するのに3組の伊達光明(だて みつあき)が名乗り出た。光明「守、琢磨、久しぶりだな。今回の作戦俺に任せてくれ。」 守「久しぶり、でも良いのかよ、責任転嫁してるみたいで悪いよ。」 琢磨「一人に押し付けるのはな・・・。」 光明「大丈夫だって、俺を誰だと思ってんだよ・・・。」 守「確かに信用はしてるぜ。」 圭「ねぇ、伊達君ってもしかして・・・。」 琢磨「忍者の末裔か?って聞きたいんだろ、残念でした。光明はな小型の隠しカメラ作りとハッキングが得意なんだ。」(※ハッキングは犯罪です、駄目、ゼッタイ!!) 光明「ノートパソコンとカメラを隠し持っといて正解だったよ、役に立つ時がくるたぁな。」 守「とりあえずそれをどうするんだ?」 光明「各所各所に仕掛ける、それと校内の使用可能なカメラの映像がこのパソコンに映るようにする。」 結愛「あ・・・、確か・・・。」 光明「どうした??」 結愛「監視カメラは俺が先にいじって同じ映像がずっと映るように改造しちゃってよ・・・。」 光明「大丈夫だ、何とかしてみるよ。後何人か協力をお願いしたいんだが。」 琢磨「どうした。」 光明「俺の指先にあるこの超小型カメラを壁の境目とかに張り付けて欲しいんだ。」 守「分かった、俺たちに任せてくれ。」 光明「一応、パソコンからカメラを映像を見ながら指示を出す、念の為にこの無線機を身に着けて欲しい。」 守たちは光明からカメラと無線機を受け取ると1階にある出入口の各所に散らばった、小型すぎて分かりづらいので大切にケースに入っている。結愛「ただ嫌な予感がする、これを掛けてくれ。」 結愛はどうやって持ち込んだのか懐や自分のロッカーから赤外線スコープを取り出した。守、圭、琢磨、橘、海斗、そして結愛がそれを掛け真っ暗な深夜の1階へと向かった。 階段を降りて真っ暗な1階に到着し、全員赤外線スコープを掛けた。どうやら結愛の嫌な予感は当たったらしい、赤外線がそこら中をうごめいていた。守はノートの切れ端を丸めそれをわざと赤外線にぶつけた。「ガチャン」 出入口の手前辺りにぽっかりと落とし穴が開いた。守「セーフ・・・。」 守は一息つき落とし穴
-⑩理事長室- パスワード解析装置のおかげで理事長室への侵入は容易であった。勿論、深夜の侵入である。結愛は装置を懐に入れて部屋に入って行った。義弘の理事長室は他の学校と同じくお洒落なお部屋が広がっていた。結愛と海斗は持ち込んだ赤外線スコープを掛け調査を始めた。本棚からデスクなど怪しそうな物が立ち並ぶ。指紋を付ける訳には行かないので手袋を付けての創作となった。中央のテーブルの裏などを隈なく調べていった。 海斗がデスク裏で引き出しを少し動かすと怪しげな赤っぽいボタンを発見した。恐る恐るボタンを押す。赤外線センサーが解除された後に物音がした。「ガコッ・・・!」 すると中央のテーブルが少し引っ込み2つに割れ、下に続く階段がお目見えした。2人はゆっくりと降りていく。しかし数段降りた後海斗が床のトリモチに気付いた。海斗「結愛、逃げるぞ!!」 2つに割れていたテーブルが段々と閉まろうとしていた所をギリギリで脱出した。結愛「取り敢えず、赤外線センサーの解除スイッチを見つけただけでもマシだな、少しずつ調べていくしかないようだな。」 その時、外がバタバタと騒ぎ出した。黒服だ。一斉に校舎内に散らばり理事長室に侵入した人間を探そうとしていた。両手にはピストルを持ち、銃撃する準備は万端だ。理事長室にはその内2人が残っている。 2人は一旦退陣する事にした。黒服が窓の外を見た瞬間に椅子やテーブルの陰に隠れながら理事長室の出口を目指す。思ったより簡単に二人は脱出に成功した。海斗「あいつら、馬鹿だな。」 結愛「どんくせぇ。」 二人は教室に走って行った。 一方、光明は各フロアの出入口のカメラからの映像をやや早送り気味でチェックしていった。でないと何個も何個も出入口があるこの学校の映像を全て見えない、ただ一人では不可能なので守と圭を誘うことにした。長時間見続けなければならなくなるが一瞬も見逃せない。守「でも何で俺達なんだよ、光明。」 光明「すぐ隣にいたから。」 守「某有名アルピニストか・・・、まあいいか。」 光明「座布団没収。」 守「やめんか、ケツが痛くなるだろうが。」 光明の笑えない冗談のお陰で少し場が和んだので守と圭は光明に感謝したその場に結愛と海斗がやって来た。結愛「ちょっといいか?」 守「ん?」 海斗「実は理事長室に隠しスイッチを見つけたんだ、ただ
-⑪謝罪と協力- 以前結愛が改造した校舎各所に元から設置された監視カメラのハッキングに光明が成功したとの連絡が入ったので海斗と結愛は深夜光明の元へ向かった、兄妹も光明も同様の可能性を示唆していたのだ。念のため、結愛が光明に持ち掛けていた。-数時間前-結愛「光明、ちょっといいか?」 光明「ん?」 結愛「俺も兄貴も考えてたんだけどな。」 光明「うん。」 結愛「理事長室や出入口付近以外から親父が出入りしている可能性ってないのかなってよ。」 海斗「壁に隠し扉・・・的な。」 光明「それは俺も考えてた。」 その時、用を済ませ化粧室から出てきた琢磨が教室に入ってきた。琢磨「何の話だよ。」 光明「ん?光明か・・・、実はな・・・。」 光明が琢磨に先程までの会話の内容を伝えた。琢磨「確か監視カメラって結愛が改造してたよな。」 光明「実はそのカメラの解析と改造に成功したんだよ、ちょっと見てくれるか?」 光明はパソコンに映っている監視カメラの映像を見せた。光明「これは以前結愛が以前改造した監視カメラの映像だ。念のため、監視側には以前と同様に同じ映像がずっと流れる様にいじくってある、証拠を見せないとな・・・。」 琢磨「なぁ、俺も協力できねぇか?」 光明「いいけど、お前がいいなら。」 琢磨「前に結愛の事を疑っちまったから、なんつぅか・・・、謝りたいというか・・・。」 結愛「それは仕方ねぇよ、必ずしも起こりうる事だと俺も海斗も思ってたからな。俺たちは嬉しくねぇが『貝塚』だからな。」 琢磨「お前ら『坊ちゃま』と『お嬢様』だもんな。」 結愛「やめろよ、そう呼ばれる度に吐き気がするんだ。」 海斗「俺も。」 守「演技が上手いんだな。」 圭「それ褒めてんの?」 守「少なくとも俺はそのつもりさ。それにこれは使えるかもしれないだろ。」 結愛「『演技』か・・・。」 海斗「確か『あいつら』って・・・、だよな?」 全員「確かに・・・。」 そこにいた全員が共感していた、ただ今は作戦会議が優先だ。琢磨「一先ず俺がどれかの監視カメラの前に行くわ、そこでだが無線機を通して誰か何かを俺に指示してくれるか?」 光明「あいよ。」 琢磨は光明からスコープや無線機を受け取ると一番近くの監視カメラへと向かった、最寄りのカメラまではさほど時間がかかることなく到着した。海
-130 新しい仕事の為- タンクに珠洲田がある程度魔力を貯めておいてくれたので、渚はごく少量の魔力を流したのみでエンジンを起動する事が出来た。先程も聞いたのだが日本にいた頃と全く変わらないけたたましい排気音、渚の頬には感動の涙が流れていた。渚「懐かしいね・・・、またコイツで走れるんだね。」シューゴ「大きくてかっこいいですね、これが乗用車ってやつですか?」 シューゴもまた「乗用車は貴族の乗り物」と言う考えの持ち主で、すぐ目の前で見るのは人生初めてだそうだ。因みに本人の免許は林田警部の妻・ドワーフのネスタと同様に「軽トラ限定」となっていて、正直今の屋台のサイズはギリギリらしい。渚「これは・・・、スポーツカーって言った方が良いのかもしれませんね・・・。」 シューゴは初めて見たエボⅢをちらちらと見ながらも気を取り直し、屋台を追加する上で確認する事が1点あったので説明をしながら確認した。シューゴ「渚さん、ギルドカードをお見せして頂けますか?」 渚は取得したばかりのギルドカードを見せた。シューゴ「これは冒険者ギルドのカードですね。実は・・・、屋台を増やす上でまず考慮しないといけない事が一点、この国では「屋台」も「個人事業主・商店」の扱いになります。今回の様に2台目と言う名の「支店」の場合でもです。普通に企業やお店に雇われて働く場合は冒険者ギルドへの登録だけで十分ですが、今回の場合は前者なので「商人兼商業者ギルド」に登録する必要があるんです。渚さんはこちらのカードはお持ちでは無いですか?」 シューゴは商人兼商業者ギルドのギルドカードを見せながら聞いた。勿論初見なので首を横に振る渚、それにまだ必要な物や登録事項があった。いずれにせよギルドカードは偽造不可能なので必須となる、ただ渚とたまたまだがこの場に来たばかりの光は全くもってチンプンカンプンだった。シューゴ「そして最も重要なのは車です、ギルドで商用登録した上で屋台として造られた軽トラ等を購入する必要があるんです。」渚「光、知ってたかい?」光「うん・・・、全部初耳。」 取り敢えずだが屋台をするのだから車を用意する必要がある事は分かった、ただたった今職を失いシューゴと屋台をする事になった渚には正直資金が無かった。 渚は隣にいた光に、小声で毎日欠かさず大盛りの夕飯を作る事を条件に資金を貸してほしいと相談
-129 渚の転職- 電話を切った渚は震えながらシューゴに尋ねた。渚「シュ・・・、シューゴさん・・・。拉麵屋台って私にも出来ますかね?」シューゴ「あの・・・、どうされました?」渚「どうしましょう・・・。今の電話勤め先の八百屋さんの大将なんですがね、自分達ももう歳だから店を畳むって言ってるんです。」 急な知らせに動揺を隠せない渚はあからさまに震えていた、八百屋の店主によると一応渚の次の就職先は探すとの事なのだが念の為に自身でも探してみて欲しいと通達してきたのだ。 たった今、新メニューの開発に協力してもらった恩義がある。それに2台目の拉麺屋台に乗るのが女性だと話題と良い宣伝になりそうだ。シューゴ「渚さん、免許証はお持ちですか?」渚「勿論、こちらです。」 渚は日本で取得した運転免許証を見せた、今更だが日本語はこの世界の言葉に訳されて見えている。 シューゴは渡された免許証をしっかりと確認し、返却した。シューゴ「なるほど、ウチの屋台のトラックはMTなんだけど大丈夫ですか?何ならATをご用意致しますが。」渚「大丈夫です、日常的にMTに乗って・・・。」 その時外から聞き覚えのあるけたたましい排気音がし始め、渚の言葉をかき消してしまった。シューゴ「な・・・。何ですか、この音は?」渚「えっと・・・、愛車と言う名の証拠品が来ました・・・。」 窓の外を見ると、駐車場に洗車を終えピカピカになった真紅のエボⅢが爆音と共に到着した。車内から珠洲田が手を振っている。 渚はシューゴの手を握り、この世界の仕様になった愛車を迎えに行った。 自然の流れでだが、渚は思わずシューゴの手を握ってしまった事に気付くのに少し時間が掛かった。その上自分で気づいた訳では無い。珠洲田「なっちょ・・・、いつの間にこの世界で彼氏が出来たんだ?」渚「えっ・・・?あっ、ごめんなさい。本当にごめんなさい。」 渚は慌てて手を放し、シューゴに何度も何度も謝った。シューゴ「構いませんよ・・・、まだ独身ですし・・・。」珠洲田「あれ?よく見たら拉麵屋台の店主さんじゃないですか、どうしてなっちょと一緒にいるんですか?」渚「あの・・・、ここはこの人の・・・。」シューゴ「今日からウチの屋台で働いてもらう事になったんです。」 渚は震えながらゆっくりとシューゴの方に振り向きじっと目を見た。渚「
-128 新メニューと渚の驚愕- とにかく辛く仕上げたこの焼きそば、光が渚の遺伝で辛い物好きになるのも納得がいく。渚「ウチは昔、決して裕福とは言えなかったんだがね。せめて夕飯は豪華にしようとインスタントの焼きそばに残った豚キムチとウインナーを入れて、少しだけでも豪華に見せる様にしてたんだ。」 当初はまだ幼少だった光用に普通のソース味の焼きそばを作っていたのだが、渚自身の分として作っていたこの「辛い焼きそば」に興味を持った小さな光に恐る恐る少しだけ与えるとハマってしまったらしくそれから「何か食べたいものは?」と聞かれるとこの焼きそばをねだる程になっていた。 それから渚はこの焼きそばを酒の肴に、まだ未成年だった光はご飯のお供にしてよく食べていたのだ。 光はこの焼きそばの作り方を聞くことが出来ないまま渚が亡く・・・、いや渚と生き別れになってしまったので代用品としてあのツナマヨをよく食べていたんだそうだ。 その事を聞き、林田が号泣していた。林田「泣かせてくれるじゃないですか・・・、やはり私は罪深き男・・・。」渚「林田ちゃん、何を泣いているんだい。もう、伸びちまうから早く食べちまおうよ。」光「懐かしの味、頂きます!!」 辛子マヨネーズを麺に絡ませ一気に啜ると辛さがガツンとやって来て食欲をそそった、豚肉と一緒に食べると少し甘みのある脂が麺にピッタリだ。白米や酒が進む。 ソースの絡んだウインナーを食べるとそれも白米と酒に合うので最高の組み合わせだ。皆一気に完食してしまいそうになった時、店の出入口が開きある男性が入ってきた。レンカルドの兄で拉麺屋台店主、シューゴだ。少し落ち込んでいるっぽいが。レンカルド「兄さん、どうした?」シューゴ「レンカルド、実は相談が2つあって。その内の1つなんだが俺も新メニューを考えようと思っててな・・・。ん?この香りは?」レンカルド「あそこにいる渚さんが拘りの、そして娘の光さんとの思い出の味として作ってくれた焼きそばだよ。良かったら食べてみる?」 レンカルドがシューゴに自分の皿を差し出すと香りに料理の誘われ1口、決して豪華だとは言えないその料理の味に刺激され感動した兄は渚にお願いした。シューゴ「渚・・・、さんでしたっけ?このお料理のレシピをお教え願えますか?」渚「何を仰っているんですか、決して料理なんて呼べない代物ですの
-127 渚の拘り- 林田は友人であるデカルトに唐突なお願いをした。ただ相手は隣国の王、表情はおそるおそるといった感じだ。林田「デカルト、すまん・・・。少しお願いがあるんだがいいか?」デカルト「ん?どうした、のっち。」林田「ははは・・・、もう良いか。この新メニューの値段を決めてくれないか?」 店主のレンカルドが決めかねているので国王の権限で決めてしまって欲しいとの事なのだ。デカルト「俺は良いけど・・・。店主さん・・・、宜しいのですか?かなり拘って作っておられるとお聞きしましたが。」レンカルド「何を仰いますやら。1国の王様にお決め頂けるとはこの上ない幸せ、どうぞ宜しくお願い致します。」 価格を決めるヒントとして1つ質問してみる。デカルト「確か・・・、お兄さんの作られる拉麺のスープを使っておられるのですよね?お兄さんのお名前をお伺い出来ませんか?」レンカルド「兄・・・、ですか?シューゴと申しますが。」 メニュー表のパスタの欄を改めて見直しながら考え始めた。デカルト「パスタ料理の平均価格から見てそうですね・・・、「シューゴさん」だから1500円でいかがでしょうか?」レンカルド「あ・・・、ありがとうございます。光栄でございます。」 レンカルドが涙ながらに感謝を伝える横でデカルトが話題を変えようと「拘り」について聞いてみる事にしてみた。デカルト「そう言えば他の皆さんは何か拘っておられる事はありませんか?結構拘っておられる品を食べたので是非と思いまして。」渚「そうですね・・・、うちは「焼きそば」でしょうか。光、覚えているかい?あんたも女子高生だった時から好きだったインスタントの焼きそばに豚キムチを入れたやつ。」光「あれね、いつ作っても麺がやわやわになっちゃうやつ。いつもウインナーを入れてくれてたのを覚えてるよ、母さんの影響で辛い物が好きになったきっかけだったな。」 かなり腹に来ているはずの林田が唾を飲み込みながら渚に尋ねた、この世界の住民は皆美味い物に目が無い。林田「美味そうですね、宜しければ作って頂けませんか?」渚「私は構いませんが、店主さん良いんですか?」レンカルド「大丈夫ですよ、魔力保冷庫の中にある食材も良かったらお使いください。」渚「恩に切ります。んっと・・・、韮と豚の小間切れ肉、それとキムチはあるから後は「あれ」と「あれ」
-126 飲食店に拘る理由- 店主が思い出に浸っていると勢いよく出入口のドアが開いた、ドアを開けたのは愛車の修理を待つ渚の娘・光だ。店主「ごめん光ちゃん、今「準備中」というか休憩してたんだよ。」光「こちらこそごめんなさい、レンカルドさん。車屋の珠洲田さんに母の場所を聞いたらここだって聞きまして。」 光は懐からハンカチを出して汗を拭った、息を整えようとするとレンカルドがお冷を渡した。レンカルド「ほら、これ飲んで。それにしても光ちゃんのお母様だったんですね、何となく雰囲気が似ていた訳だ。」渚「こちらこそ娘がお世話になっています。」レンカルド「いえいえ、何を仰いますやら。光ちゃんはここの常連になってくれましてね、いつも美味しそうに私の料理を食べてくれるんです。」 料理と聞いて渚は先程の昔話について疑問に思っていた事をレンカルド本人にぶつけてみた、不自然すぎる事が一点。渚「そう言えば先程ヨーロッパや日本の洋食屋で修業をしたと仰っていましたが、どうやってそう言った国々に?」レンカルド「私が18歳になったばかりの頃です。実は兄が祖父の拉麺屋台の修繕とスープの再現に勤しんでいた傍らで、私は不治の病に倒れ入院先の病院で意識と霊魂の一部のみが異世界に飛ばされていたんです。そして現地の料理人見習の方に一時的に憑依する形でその方と一緒に洋食の修業をし、終わった頃に私本人として復活致しました。意識と霊魂の一部が自分自身の体に戻ったのですが、異世界で学んだ技能などははっきりと覚えていたのでこの経験を是非活かそうとこの飲食店を始めました。」光「初めて食べた時に何処か懐かしさを感じたから常連になっちゃったって訳。」男性「あのー・・・、とても良い話をお聞かせ頂いた後に恐縮なのですが、私はずっとほったらかしですか?」 光は後ろに振り返り、飲食店に来た目的等をやっと思い出した。レンカルドの話につい聞き入ってしまっていたのだ。 焦りの表情を見せながら一緒に連れてきたその男性を急いで招き入れた。光「あ、ごめんなさい。珠洲田さんの所に行ったらこの人がいてね、一緒に連れて行ってくれって頼まれたんだ。」デカルト「来ちゃったー。」林田「デカ・・・、ダンラルタ国王様。どうしてこちらに?」 周囲に他の人がいるので林田はいつも通り名前で呼びかけたが急いで言い直した。デカルト「のっ
-125 兄弟の頑固な拘りと料理- 渚はふと疑問に思ったことを店主にぶつけてみた、店内が不自然な位にスープの匂いで満たされていたからだ。渚「お店で出されるんですか?」店主「いえ、軽トラを改造した屋台で各国を放浪して売っているんです。」 ふと窓の外を見ると木製の屋根と煙突が付いた軽トラがあった、ぶら下がっている赤提灯に「拉麺」と書かれている。店主「屋台で販売する事が兄の拘りみたいでして、1箇所に留まりたくないそうなんです。」渚「お2人で拉麺屋をするおつもりは無いんですか?」店主「自分は自分で洋食の修業をしてきましたので大切にしたいんです。」渚「そうですか・・・。」 匂いの素となっていたスープの入った寸胴鍋を軽トラに乗せると兄らしき男性はまた何処かへと行ってしまった。 お店では再びハンバーグの香りがし始めた。店主は何故か「営業中」の札を「準備中」に返すと渚たち以外にお客がいない店内で店主が珈琲を淹れ始めた、自分用だろうか。ただ不自然なのは他にもカップが数個。 全てのカップに珈琲を淹れると渚たちが座るテーブルへと持って来た。店主「実はそろそろ休憩にしようかと思っていたんです、こちらの珈琲は私からご馳走させて頂きますので良かったらちょっと昔話にお付き合い願えますか?」 そう言うと淹れてきた珈琲を配膳し、他のテーブルから持って来た椅子に座り語りだした。店主「私達兄弟は学生の頃に祖父母を亡くしましてね。当時2人はずっと、昼間に小さな町工場を経営しながら夜に拉麵屋台をやっていたんです。私も兄もたまに食べていた2人の拉麺が大好きだったんですよ。ただ私も含め先祖代々そうなのですが、バーサーカーが故の頑固さで休みなくずっと働いていたが故に祖父は過労で倒れてそのまま・・・。 あ、バーサーカーと言っても我々は全く好戦的ではないのでご安心を。 実は私達の両親は私達が小学生の頃に離婚しましてね、2人共父に引き取られたんです。ただ父は務めていた会社が倒産してから全く働くこと無く酒と煙草、そしてギャンブルばかりしていました。 そんな中、祖母は私達に苦労をさせまいと1人になってもずっと町工場と屋台を続けていました。そんな祖母も祖父の後を追う様に急病に倒れ亡くなりました。 せめてもの感謝の気持ちとして2人の工場と味を残していきたいと兄が父に町工場を存続する様に説得
-124 大将の秘密の工房- デカルトが王宮からネフェテルサ王国に向かって飛び立った頃、ロラーシュ大臣によって一時的にだが鉱石がすっからかんになった採掘場を見てゴブリンキングのリーダー・ブロキントは一言呟いた。ブロキント「見た感じ美味そうに食うてたけど、そんなに美味いもんなんかいな・・・。言うてしもたらあれやけど石やで。」 味を一応想像したけど全くもって美味しいイメージが湧かない。 その時、たまたま近くを通った屋台から聞こえたチャルメラの音を聞き、魔法で誘われたかの様に腹をさすりながら食べに行った。ブロキント「大将ー、1杯くれまっか。」大将「あいよ、椅子出すからちょっと待っててくれな。」 大将は軽トラを改造した屋台から小さな椅子を数脚持ち出すとその一つに座るように誘った、ブロキントがそれに座るとスープの入った寸胴に火にかけ徐々に熱を加えていく。 丁寧に血を拭き取った豚骨と鶏ガラから丹念に煮だしたスープが香りだし食欲を湧かせる。大将「兄ちゃん、麺の硬さは?」ブロキント「粉落としで頼んま。」 採掘場で働くゴブリン達は皆歯応えのある硬い麺を好んだ、特にブロキントは茹でた後も生麺の香りがする粉落としを好んだ。2~10秒ほどで湯から上げるので名前の通り表面の打粉を落とすだけの茹で方。 濃い目の醤油ベースのタレを丼の底に入れ、香りの迸るスープを注いだ後茹でたての麺を湯切りして入れる。具材はもやしにシナチク、ナルト、そして豚肩ロースを丸めて作った特製の大きな叉焼。この叉焼は先程の醤油ダレで煮込み味を染み込ませている。大将「お待ちどうさん、待ってもらったから叉焼おまけしてあるよ。」ブロキント「それはおおきに、頂きますぅ。」 普段は2枚入れている叉焼を3枚にしてくれている美味そうな拉麺を前に、リーダーが割り箸を割り感動の1口目に入ろうとすると腹を空かせた部下たちが続々と屋台の席を埋めていった。ブロキントはおまけ分の大きな叉焼を急いで口に入れた、トロトロの食感と肉汁が舌を楽しませる。大将「ほらよ、絶対に合うぞ。」 大将が笑顔で白く光る銀シャリを渡すとブロキントは一気にがっついた。素直に合う、本当に合う。因みに炊飯器は太陽光発電で動く様にし、降水時でも大丈夫な様にバッテリーに繋いでいる。ゴブリン「リーダー早いでんな、ずるいですわ。大将、わいらにも一つ
-123 鉱石蜥蜴の正体と謝罪- 採掘場に潜み、その場のミスリルをメタル代わりに食べ尽くしてしまったが故に本人も気づかぬ内に鉱石蜥蜴(メタルリザード)の上級種である希少鉱石蜥蜴(ミスリルリザード)になっていたのはダンラルタ国王の側近である食いしん坊のロラーシュ大臣であった。 大臣を含む鉱石蜥蜴(メタルリザード)種の者達は人間や他の魔獣と同様の食物を普通に食べても体質的には問題ないのだが、デカルトはロラーシュ本人がたまにこっそり他の採掘場でメタルを勿論迷惑を掛けない程度におやつとして食べていた事を黙認していた。しかし、どうやら普通のメタルに飽きてしまったらしくぶらっとこの採掘場に来て1口ミスリルを食べたら一気にハマってしまったとの事だ。夢中になっていたが故に気付けば1週間ずっと食べ続けてしまっていたそうだ。 因みに王宮で大臣をしている位なのだから勿論人語を話せるのだが、正体がバレない様に敢えて人語を無視している事もデカルトは知っている。 別にミスリル鉱石自体は翌日にまた出現するので生産的には問題ないのだが流石に食べ過ぎだ、これは酷い。一先ずデカルトは採掘場のリーダーであるゴブリンキングのブロキントに頭を下げ小声で一言。デカルト「ブロキントさん、王宮の者がご迷惑をお掛けし大変申し訳ございません。心よりお詫び申し上げます。」ブロキント「国王はん、そんなんやめて下さい。誰だって美味いもん見つけたら独り占めしたくなるもんです。」デカルト「そう仰って頂けると幸いです。ご迷惑をお掛けしたゴブリンさんや発注元の方々にも王宮から謝罪させて下さい。勿論、1週間分の御給金は上乗せして王宮から支払わせて頂きます。」ブロキント「逆に申し訳ないです・・・。」デカルト「それ位のご迷惑をお掛けしたのです、せめてもの謝罪です。さてと・・・。」 デカルトはロラーシュに気付かれない様にこっそりと近づき、物陰に潜んだ。因みにロラーシュがまだ人語を理解しないフリを続けているのでデカルトは『完全翻訳』で話しかける事にした。ロラーシュ「誰だ・・・、誰がちょこまかと動いているんだ。コソコソせずに出て来い・・・。」デカルト「分かりました、ただ随分と長いおやつタイムですね。1週間も王宮に出勤できない程美味しい鉱石だった用ですね、大臣。」ロラーシュ「その声は・・・。こ・・・、国王様!!何故
-122 作業不可の理由と古き友人- 珠洲田からの連絡によるとこの国の車はエンジンの起動の為に予め魔力を貯めるタンクがあり、渚のエボⅢの様な乗用車は軽に比べて1まわり大きいのだがそのタンクを作るためのミスリル鉱石が足らないとの事なのだ。 この世界においてミスリル鉱石はそこまで希少という訳では無いのだが、全体の採掘量の8割以上を占めるダンラルタ王国での生産が滞りがちになっており、珠洲田自身も必要なので1週間前から採掘業者に何度も発注しているのだが全くもって品物が届いていないというのだ。 今までは軽自動車での作業ばかりだったので在庫で何とか持たせていたのだが、今回はエボⅢなのでどうしても追加が必要になる。 林田は状況を確認すべくある友人に連絡を取る事にした。林田「もしもし、今電話大丈夫か?」友人(電話)「のっちー、久々じゃん。」林田「デカルト・・・、それやめろと前から言ってるだろ。」 そう、林田が連絡を取ったのはダンラルタ国王でありやたらと「のっち」と呼びたがるコッカトリスのデカルトだ。デカルト(電話)「それは置いといて何か用か?」林田「実はな・・・。」 すぐさま珠洲田から聞いた事を報告し、ダンラルタ王国におけるミスリル鉱石の状況が知りたいと伝えた。デカルト(電話)「何だって?!それは迷惑を掛けて申し訳ない。すぐに王国軍の者と調べて来るから待ってくれ。何分俺も初耳だ、状況を知る必要があるから俺自身も出る事にしよう。待ってくれているお客さんにも俺の方から謝らせてくれ。」林田「すまない、宜しく頼む。」 デカルトは電話を切るとすぐに王国軍の者を呼び出した、応じたのは軍隊長のバルタン・ムカリトとウィダンだ。デカルト「南の採掘場の現状を知りたいので一緒について来て頂けますか?」ムカリト「勿論です。」ウィダン「かしこまりました、国王様。」 3人は王宮を出るとすぐに南の採掘場に向かって飛び立った。そこではゴブリン達が日々採掘作業に勤しんでいて、唯一人語を話せるゴブリンキングのリーダー・ブロキントが指揮を執っていた。 3人は採掘場の出入口の手前に降り立つと早速ブロキントに話を聞くことにした。ブロキント「お・・・、王様。おはようさんです。」 ブロキントは何故か関西弁を話した。デカルト「ブロキントさん、おはようございます。我々がここに来たのは他