共有

第4話

彼は私を見つめると、突然私を抱きしめた。

「美咲、君が好きだ。君をずっと守りたい」

彼の胸に顔を埋め、高校三年のあの日、彼が「君にはまだ俺がいる」と真剣な目で言ってたことを思い出し、私は無意識にうなずいた。

大学卒業後、私は裕也と結婚した。

結婚して最初の年、私たちは大規模なウイルス感染に直面した。

彼はちょうど出張中で、私は一人で家に閉じこもり、治療薬を入手することができず、日に日に増加する死亡者数の報告を見ながら不安に駆られていた。

そんな真夜中、突然とドアを叩く音が聞こえた。

怯えながらドアスコープを覗くと、そこには驚くべきことに裕也が立っていた。

息を切らしながらドアの前に立っている彼は、まるで天から降ってきたかのようだった。

「何で戻ってきたの?」

その日の午後、彼は数百キロも離れた場所にいるはずだった。

「車で帰ってきた」と、彼は厚いマスク越しに息を切らしながら答えた。

「外には出るなよ」

彼は懐から一箱の薬を取り出し、ドアの前に置いた。

「俺が去ったら、外に出て薬を取るんだ」

「どこに行くの?」私は訳が分からず尋ねた。

せっかく帰ってきたのに、何でまた行ってしまうのだろう?

「まだやり残した仕事があるんだ」そう言い残して、彼は足早に去って行った。

後になって知ったのは、あの日彼は高熱を出しており、5時間もの間車を走らせ、わざわざ薬を私に届けに来てくれたのだということだった。

郵送で送ることもできたのに、道中で薬が盗まれることを恐れ、万が一私が病気になった時に治療薬が手元にないことを心配していたのだ。

裕也が私に向ける愛情を疑ったことは一度もなかった。

でも、そんな彼が、会社に新しく入って来た若い女性を愛してしまったなんて。

裕也曰く、彼女はピュアで、全てを捧げて守りたくなる女性だと言った。

私はその女性について調べた。

彼女は確かに純粋無垢な顔立ちをしており、実親に捨てられた悲惨な運命を背負っていて、保護欲を掻立てるタイプの女性だった。

だけど、彼女はその境遇を利用し、複数の男性を手玉に取っていたことも判明した。

その証拠を裕也に突きつけた時、彼は信じなかった。

「美咲、お前はビジネス上の駆け引き事に慣れているから、いつも人の悪いところばかりに目が行くんだ」

彼は私が、深山菫ほど純粋で善良ではないと言った。

でも、彼は忘れている。彼もまた、かつては私を永遠に守ると誓ったことを。

彼が深山菫と日常的なやり取りを始めた時から、私は警戒心を抱いていた。

異性と日常を共有し始めるのは、その人に興味がある証拠だから。

その時の私は、ただ彼に軽く警告しただけだった。

彼は「彼女とは何もない」と言っていたが、その後、彼のメッセージ履歴を調べてみると、彼らは朝食や昼食、夕食に何を食べたか、見た花や鳥、聞いた音楽について共有していた。

でも、私との最後のやり取りは一ヶ月前のまま止まっていた。

私の誕生日の日、彼のスマホに深山菫からのメッセージが届いた。

「松山さん、マネージャーに山中社長を接待するようにと言われてて、相手とお酒を飲むことになりました。正直怖いです……」

たった一言で、彼は私をそっちのけに、ホテルへと駆けつけた。

その夜、ケーキのキャンドルの火が消え、溶けたロウがケーキに染み込んでいくまで、彼は戻らなかった。

翌日、帰ってきた際には、彼のシャツの襟には口紅の跡がべっとりとつき、首元には爪痕が残っていた。

彼は私の前に跪き、「ごめん」と謝った。

「彼女、あのクソ野郎に薬を盛られたんだ。俺もどうしようもなかった……」

そんな理不尽な状況があるわけない。理性もまた、この男はもう思い残す価値がないと私に告げていた。

関連チャプター

最新チャプター

DMCA.com Protection Status