第 0016 話

美音は一瞬で声を失った。

海咲はまだイベントに参加していて、州平からの電話に驚いた。彼が美音と甘い時間を過ごしていると思っていたので、彼女には全く構わないと思っていた。

海咲は気持ちを整え、まるで何事もなかったかのように振る舞った。「画展にいる」

州平は言った。「終わったら一緒に会社に戻ろう」

休暇を与えるつもりはなく、彼女を仕事に戻すつもりのようだった。

海咲は仕方なく承諾した。

電話を切ると、州平は振り返り、まだ彼のそばにいる美音に尋ねた。「さっき何を言っていたのか？」

美音は彼と二人きりになりたかったが、彼らの会話を聞いてその機会がないことを悟った。彼女は手を引き、「休むね。また明日会おう」

「うん」州平は答えた。

美音は諦めきれずに、「明日の夜、時間があるの？」

「様子を見よう」

「明日の夜、時間があれば一緒にご飯を食べたいな」

州平はすぐに、「明日にしようね」

美音は彼が承諾したものとして心の中で喜び、助手と一緒にその場を離れた。

海咲は亜と一緒にいた。

亜は尋ねた。「州平からの電話？」

「うん」

「彼はあの愛人と一緒にいるんじゃなかったの？どうしてあなたに電話してくるの？」

「後で一緒に会社に戻るって」

亜は言った。「彼は本当に海咲を少しも逃がさずに使い倒すつもりね。どうしてまた承諾したの？」

「午後は特に予定もないし、仕事をしていれば、あまり余計なことを考えずに済むから」

亜は首を振った。彼女は本当に少しも暇を持て余さない。どのセレブ妻がまだ働きに行くというのか。彼女だけが特別だ。

亜は彼女がずっと州平に執着するのを望んでいなかった。「早く次の手を考えなさい。どうせ州平とは離婚するんだから、離婚前にもっと見聞を広めてみなさい。もし合う人が見つかれば、すぐに次の相手を見つけて、彼に海咲を失うことが彼の損失だと思い知らせてやればいい」

海咲は彼女を見つめ、「なぜ必ず男性が必要なの？」

亜は言った。「彼を悔しがらせるためよ！」

海咲は再び言った。「彼が私を愛していないなら、私が何人の男性を見つけても彼は気にしないでしょう」

彼女は州平を悔しがらせるつもりはなかった。

彼らの結婚は互いに同意の上であり、離婚しても怨みは残らない。

亜は彼女の肩を掴んで言った。「海咲はひとりだけにこだわる必要はないよ。海咲がまだ州平を好きだと知っているけれど、一つの関係を終わらせるには次の目標を見つけることが始まりよ。いつかはもう州平のことで悲しまなくなるわ」

海咲は突然理解した。亜は彼女が州平のことで悲しむのを恐れていたのだ。彼と美音の関係は既に決定的で、たとえ離婚しなくても、いつかは捨てられる日が来るだろう。

州平を忘れるためには、新しい人が必要だ。

しかし、海咲は少し戸惑った。「次の人を見つければ、私は忘れられるの？」

「もちろんよ」亜は言った。「私の恋愛経験は海咲より豊富よ。信じて、次の相手はもっと海咲を満足させるわ」

海咲は亜の言葉に反論しなかった。

亜の言うことはもっともだ。ただ、海咲はそのような考えを持っていなかった。

画展に来た人々の中で、亜は彼女を引っ張り、あれこれと見せた。まるで画展を相親の場にして、どの人が格好良いか、どの人が家柄も清廉でお金持ちか、彼女が気に入る相手を見つけるまで見せていた。

亜の仕事の影響力は人脈も良好だ。

彼女が言った人々は確かに素晴らしい。しかし、海咲はどの男性も同じように見える。

海咲は逃げたくなった。亜が他の人と話している隙に、彼女のそばを離れた。そして、不注意で店員にぶつかってしまった。

「あっ！」

店員の手に持っていたトレイから飲み物がこぼれ、「パシャッ」と全てが零れた。

飲み物は通りがかった人の服にかかり、海咲は相手のスーツが濡れているのを見て、職業病が出た。相手の顔を見る暇もなく、まず言った。「すみません。スーツを汚してしまって」

彼女は頻繁に州平の服を整えていたので、一目見ただけでこのスーツのブランドと価値を知っていた。

彼女は悩んでいた。

紙ナプキンを取り出し、相手のスーツを拭き始めた。

相手は彼女の手を掴み、優しく言った。「大丈夫ですよ」

手首から暖かさが伝わり、相手が追及せず、こんなにも親切であることに彼女はホッとした。無意識に顔を上げた。

相手は微笑んでいた。

茶色の瞳には星が宿っているようで、親しみやすく、引き寄せられる魅力があった。

本で読んだ「温潤良玉」はまさにこのような人を指すのだろう。

彼は一切の責めもせず、海咲の心は安堵した。彼女は更に友好的に言った。「もしよかったら、スーツを脱いでください。私がクリーニングに出します。とても良いクリーニング店を知っています。この高価なスーツに一切の皺を残しません」

州平の生活は全て彼女が管理していた。

この分野では彼女は経験豊富だ。

相手は笑みを浮かべた。

海咲は困惑した。

「海咲、そんなに気を使わなくてもいいですよ」

相手は彼女の名前を知っていて、その親しげな口調に海咲は驚き、彼の顔を見つめた。

彼は背が高く、体型がすらりとしており、板正の髪型で、微笑むと目が少し曲がっており、人を引き寄せる魅力がある。人ごみの中でも一目置かれる存在だ。

海咲はいつ彼とこんな人物を知り合ったのか、探りを入れるように尋ねた。「どうして私の名前を知っていますか？どこかでお会いしたことがありますか？」