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第40話

和泉夕子は短刀を奪われ、男に完全に拘束されてしまった。この状況に、彼女は無力感を覚え、膝をついて地面に崩れ落ちた。顔を両手で覆いながら、声を押し殺して泣き始めた。

「もう泣くな」

男は冷たい声でそう言ったが、夕子の耳には全く届かなかった。彼女は地面に伏し、感情を爆発させるように、泣きじゃくっていた。泣き声は激しく、姿は無残だった。

男はしばらく無言で彼女を見ていたが、ため息をつき、膝を折り、彼女の頭を軽く撫でた。

夕子はその手を拒絶するように強く振り払った。

男は一瞬黙り込み、やがて淡々と言った。

「ずっとお前のことを考えていた。だから、我慢できなかった。悪かった」

「ずっと考えていた……?」

この言葉に、夕子は背筋が凍りついた。この男は単なる偶然ではなく、計画的に彼女に近づいていたのだ。そして彼が林原辰也の名を騙り、メッセージを送ったということは、彼女が林原辰也の女だと知っていたに違いない。

それは、林原辰也が「彼女は俺の女だ」と宣言した、あの夜の出来事から始まったものだった。

夕子はその夜のことを思い出し、あの場にいた同じくらいの背丈や体格の男たちを思い浮かべた。彼女の頭には、霜村冷司と霜村涼平の名前が浮かんだが、彼らは彼女を軽蔑している。あんなことをするはずがない。

では、この男は一体誰なのか?

彼女がそう考えた時、男は林原辰也の知り合い、もしくは兄弟である可能性が浮かび上がった。林原辰也と親しいからこそ、彼の居場所や行動を正確に把握していたのだろう。

彼女はふと、自分が先ほどこの男に林原辰也をどう欺こうとしているかをすべて打ち明けてしまったことを思い出し、全身に恐怖が走った。この男がその情報を林原辰也に渡せば、彼女は終わりだ。

夕子は恐怖で震え上がり、絶望が彼女を覆い尽くした。

男はそんな彼女の反応を無視し、短刀を手に取って一瞥しただけで、彼女の計画を見抜いた。

「お前、あの酒に薬を仕込んで、林原辰也を騙して殺そうとしていたんだな」

夕子は怒りで拳を握り締めた。この男は、彼女の計画を一瞬で見破るほど頭が切れるのだ。

男は短刀を無造作に投げ捨て、冷たく警告した。

「今後、危険に巻き込まれた時は俺に連絡しろ。二度と自分の体を危険に晒すな」

「連絡しろって?」

夕子は冷笑を浮かべた。

「お前が誰なのか、名前すら知らない。
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