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第10話

Author: 南々生姜
実は、もともと彼女は反抗的な性格だった。ただ、定律を愛していたからこそ、素直で従順になっていただけだ。

でも今は、自分らしく生きると決めた。

定律は嘲笑するように言った。

「それも、お前が外で部屋を見つけられたらの話だな。俺の許可なく、お前に部屋を貸すやつがいると思うか?」

星奈は動きを止めた。

「私の自由を奪うつもり?」

「今のお前には外で暮らすのは無理だ。しばらく家にいろ」

定律の表情が少し和らぎ、続けた。

「来週になったら、そのくだらないデザイン事務所は畳め。羽成グループの秘書課に出社しろ。俺の専属秘書として働け」

星奈は聞いて、冷笑した。

「私がデザインを学んでいたのを知っているのに、秘書になれって?」

彼は知っていた。彼女の夢がデザイナーになることだと。

確かに、彼女が事務所を立ち上げるとき、定律には相談しなかった。というのも、彼に連絡がつかなかったし、彩月に「一人4千万ずつ出せばいい」と言われたからだ。彼女は、この程度の金額なら定律にとって大したことではないと思っていた。普段、彼からもらう宝石は一つで千万円を超えるのだから。

だからこそ、そのお金で事務所を開いた。

定律が知ったとき、不機嫌そうだったが、特に何も言わなかったので、このまま受け入れてくれると思っていた。

しかし、今になって「事務所を畳め」と言われるとは思わなかった。

「お前はデザイナーに向いていない。無駄なことはさっさと諦めろ」

定律は低い声で言い放った。

星奈の瞳孔が収縮した。

「向いてないかどうか、あんたが決めることじゃないでしょ?」

彼を睨みつけながら続けた。

「私のデザイン画を見たことある?私の勉強や日常に興味を持ったことある?」

「そんなこと、知る必要はない」

定律の口調は冷たく、次の言葉はさらに残酷だった。

「お前は才能がない。働きたいなら俺の秘書になれ。それ以外のことは、考えるだけ無駄だ」

星奈は笑った。だが、その笑みには冷たさしかなかった。

「つまり、あんたにとって私は夢を持つ資格すらないってこと?秘書になる以外、選択肢はないわけ?」

彼女は何年も努力し、日々デザイン画を描き続けてきた。

周囲の人々は、皆彼女に才能があると言ってくれた。

しかし、定律だけが「向いてない」の一言で、彼女の四年間の努力を踏みにじった。

星奈は、もう彼と話す気すら失せた。そのまま踵を返し、別荘を出た。

「どこへ行く?」

定律は冷たい視線を向け、低く問いかけた。

星奈は答えなかった。

それを見て、秘書室の特別補佐・黒沢蒔人【(くろさわ まきと)】がすぐに追いかけてきた。

「奥様、どちらへ?お送りいたします」

「結構よ!」

星奈は、それが定律の指示だとわかっていた。

彼女は中庭で立ち止まり、大きな声で拒絶した。

「彼の恩着せがましい親切なんていらない!」

彼女は停めてあったポルシェに乗ろうとした。

蒔人はすかさず制止した。

「奥様、旦那様のご命令です。車の使用は禁止されています」

「ここは別荘地で、外は山道ばかり。車なしでどうやって出ろっていうの?」

「お送りいたします」

蒔人は譲らなかった。

星奈は苛立ちながらも、わざと頷いた。

「いいわ、じゃあ送って」

車に乗ると、彼女はすぐに親友・彩月に電話をかけた。

「彩月、今どこ?外に出たの、そっちに行くね」

「事務所よ。早く来て」

「わかった」

星奈は蒔人に、「近くの印刷店で停めて」と言った。

彼女は車を降りると、すぐに離婚届を二部印刷した。

そこに離婚の理由を記入し、蒔人の胸に押しつけた。

「黒沢さん、これを定律に届けて」

「奥様、私はあなたの護衛でもあります」

「必要ないわ。もう事務所に着くし、何か問題が起きるわけでもないでしょ?黒沢さんは会社に戻りなさい」

星奈は蒔人を帰らせた。

蒔人は、彼女が無事に事務所へ入るのを確認すると、羽成グループ本社へ戻り、社長室へ向かった。

その頃、定律はデスクで仕事をしていた。

蒔人が入ってくると、彼は視線も上げずに尋ねた。

「……で、あいつはどこへ行った?」

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    「それで、あの吉江という女はなぜ車の中の女性が彼女だと言った?」羽成爺は定律に尋ねた。定律は冷静に答えた。「マスコミのよくある手口だ。最近、新しいプロジェクトが始動したから、グループには注目が必要で」新しいプロジェクトが始まることを聞いて、羽成爺の怒りはだいぶ収まった。彼は顔を向けて言った。「そんなに早くプロジェクトが進んだのか?」「爺さんに失望させるようなことはしない」定律は微笑んで答えた。これが羽成爺が定律を気に入る理由だった。冷静で、物事を的確に進められるからこそ、羽成爺はグループ全体を彼に任せていた。会社の話を終えると、羽成爺はすぐに次の話題に移った。「定律、お前も年を取ってきたし、海外出張ばかりしてないで、部下に任せて、家庭のことに集中しろ。早く星奈と子供を作ってくれ。ひ孫が欲しいんだ」羽成爺は年齢が進んでおり、最大の願いは孫を持つことだった。「ああ、もちろん」定律は淡々とした笑みを浮かべ、星奈を一瞥した。星奈は視線を下ろして苦笑した。定律はすでに子供がいるが、それは彼女が産んだものではなく、茉青が産んだものだ。もし羽成爺がそのことを知ったら、もしかしたら茉青を迎え入れる許可を出してくれるかもしれない。星奈はしばらく立っていたが、義母の佐世子がキッチンに入って行ったのを見て、彼女も後を追って手伝いに入った。佐世子はキッチンで使用人にアワビを煮込みすぎないよう指示を出していた。彼女は58歳で、若い頃に夫を亡くし、今は胃癌で、毎月薬を飲んでいる。長くは生きられないだろう。彼女の最大の願いも、定律に子供を産ませることだった。「星奈、最近お腹に何か兆しはあったか?」佐世子は星奈を見ながら聞いた。佐世子は去年からずっと催促していた。もし子供が生まれれば、羽成爺が喜んで、佐世子も二人を認めるだろう。彼女は元々星奈に満足していなかった。身分が低いと感じており、定律には不釣り合いだと思っていた。二年前、もし泰世が彼女の息子をうまく策略しなければ、息子は星奈を妻に迎えることはなかっただろう。彼女はただ美しいだけで、その他は何もない。しかし、二年が経過しても、星奈のお腹に動きは全くなかった。これに佐世子は不満を抱えていた。「いいえ」星奈は首を振り、目を伏せた。佐世子は喉に何か引

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    「待って」彼はまだつけ終えておらず、指先が何度も彼女の肌をかすめるたびに、星奈の心はざわめき、落ち着かなくなった。耐えきれずに急かす。「早くしてよ」「動くな」彼は命じた。彼女がじっとしていないせいで、なかなか上手くつけられないのだ。仕方なく、星奈はじっと動かずに耐えた。だが、定律はイライラしてきたのか、ついに彼女の体をくるりと回し、正面から直接つけ始めた。顔を上げた星奈の視界に、端正な顔立ちの彼が映る。きっちりとした服装の彼は、まるで天下を掌握する君主のような威厳を漂わせ、洗練された鋭さを持っていた。彼女は目を合わせるのが怖くなり、そっと長い睫毛を伏せた。定律は彼女の緊張を察し、少しの間見つめた。彼女はほんのり赤くなった頬で、大人しく彼の腕の中に収まっている。その姿は、繊細で美しい陶器の人形のようだった。「この後、ちゃんと俺に合わせろ」定律は低く念を押した。星奈は彼を見上げ、潤んだ瞳で問いかける。「私がちゃんとやれば、彩月のことはもう追及しない?」「ああ」彼女は微笑んだ。二人が並んで屋敷の門をくぐった瞬間。「バンッ!」突然、茶碗が飛んできて、定律の足元で砕け散った。「この不孝者め!羽成家にお前のようなやつはいらん!」「外のあの吉江とかいう女、前からうちに入れるなと言っていたのに、まだ関わってるとは何事だ!今すぐキレイさっぱり始末しろ!」星奈は驚いて睫毛を震わせ、視線を向けると、広い客間には二人の人物が座っていた。一人は羽成家の当主である羽成爺、そしてもう一人は彼女の義母である佐世子【羽成佐世子(はなり さよこ)】だった。先ほどの茶碗を投げたのは羽成爺だった。彼は杖をつきながらも、鋭い目つきで定律を睨みつけている。羽成爺はすでに八十歳になるが、まだまだ健在だった。星奈の怯えた様子を見て、彼は彼女に向かって目配せする。「星奈、叱るのは君じゃない」「お爺様」星奈はおとなしく呼んだ。「そこへ行け。今から、このろくでなしのクズ男をしっかり叱ってやる!」彼女は思わず笑いをこらえた。「クズ男」なんて言葉知ってるなんて、ちょっと面白いかも。だが、その隣で佐世子が鋭く彼女を睨みつけたので、星奈は少し怯え、静かに一歩引いた。「バンッ!」また一つ、茶碗が定律の足

  • 反骨精神あふれる若妻に、夫はおとなしく降参   第35話

    「ケールも美味しいですよ、シャキシャキしてて甘いですし。奥様もぜひ試してみてください。それと、普段から生活習慣を整えるようにしてくださいね。規則正しい生活を心がけて、夜更かしは控えたほうがいいです」蒔人は星奈がデザインを学んでいて、よく徹夜でスケッチを描いていることを知っているので、そう注意を促した。星奈は蒔人の気配りに驚き、微笑みながら言った。「見た目はガサツそうなのに、意外と気が利くんだね。彼女はきっと幸せだろうなぁ」「奥様、冗談はやめてくださいよ。俺、彼女いませんから」「え?まさかの独身?顔立ちもいいし、身長も180センチ以上あるし、それに社長の特別秘書なんでしょ?きっと給料も高いだろうに、なんで彼女がいないの?」蒔人は「羽成様の側近でいる限り、休む暇なんてないですよ。24時間待機状態で、恋愛する時間なんてあるわけがない」と言いたかったが、口を開く前に定律が冷ややかに彼を睨んだ。「黒沢」蒔人はすぐに振り返る。「何でしょう」後部座席の男は、冷たい視線で二人を見つめながら不機嫌そうに言った。「黙れ。俺は休む」「はい」蒔人はそれ以上口を開かず、前を向いた。定律は静かに目を閉じた。星奈は彼の態度を見て、思わずぼそっと呟いた。「こんな上司、部下は大変だよね。仕事中に会話すらさせてもらえないなんて。まるで魔王」定律は突然目を開き、冷たい視線を向ける。「くだらない話ばかりするからだろ」「どこがくだらないのよ?」「他人のプライベートばかり詮索して、失礼だとは思わないのか?」定律は鼻で笑った。星奈は口を開けたまま言葉を失う。「ただの雑談でしょ?」蒔人は「別に気にしてないですよ」と言いたかったが、羽成様の冷徹な表情を見て、そんな勇気は出なかった。定律はさらに続ける。「雑談ってのは、給料がいくらとか、恋人がいるかとか、そういうことを根掘り葉掘り聞くことか?あげくに『気が利くね』なんて。ぶりっ子みたいな発言だな」まさか定律もぶりっ子という言葉を知ってるとは。星奈は皮肉っぽく笑い、冷ややかに言った。「ぶりっ子って言うなら、誰も彼女に敵わないわ」昨夜の出来事を思い出し、星奈の表情は曇った。あの女の手口を見た後では、いい印象を持てるはずがない。「お前、嫉妬してる?」

  • 反骨精神あふれる若妻に、夫はおとなしく降参   第34話

    星奈は眉をひそめながらスカートを見つめた。「もう大人だから、ピンクが好きじゃないの」「大人のわりにまだ不慣れなくせに」定律の言葉に、星奈は一瞬顔を赤らめた。彼が何を指しているのか、勝手に勘違いしてしまったからだ。「顔が赤いぞ?」定律はその変化を見逃さなかった。彼女の思考を察すると、目が少し深まる。「何を考えた?」星奈は表情を引き締め、「何も?」「絶対考えたよな?ほら、顔真っ赤だし」定律はくすっと笑い、上から見下ろすように彼女を見つめた。「もしかして、今朝満足できなかったのが不満だった?」その瞬間、星奈の脳裏に朝の光景が蘇る。もし茉青が来なければ、自分はどうなっていたか分からない。頬が熱くなり、彼を突き飛ばした。「違う!」「思いは自由だ。男も女もそういう欲求はあるんだから、別に恥ずかしがることじゃない」定律は全く動じることなく、手に持っていたピンクのシフォンワンピースを差し出した。「試してみろ」星奈の表情は引きつっていたが、これ以上話す気になれず、黙ってそれを受け取ると試着室へ入った。数分後。彼女は試着室のカーテンを開け、スカート姿で現れた。定律はソファに優雅に腰掛けていたが、まず目に入ったのは彼女の細長い脚だった。足元には一文字ストラップのダイヤ装飾付きハイヒール。視線を上げると、淡いピンクのシフォンワンピースが彼女の曲線美を際立たせ、黒髪と紅潮した頬が相まって、まるで妖艶な女神のようだった。定律はじっと彼女を見つめ、数秒後、視線を逸らすと店員に一言。「このワンピース、包んでくれ」「かしこまりました」店員は喜びを隠せず、笑顔で言った。「奥様、本当にお綺麗です!このドレス、まるで女神のようにお似合いですよ」星奈は褒め言葉が大げさすぎると感じ、思わず後ろの姿見を見た。鏡に映るのは、スリムでありながらしっかりとした女性らしい曲線を持つ自分の姿。つまり、完璧なスタイルだった。たしかに、このドレス、悪くないかも。彼女は綺麗なものを見ると自然と気分が良くなる性格で、ふと微笑んでしまった。だが、次の瞬間、鏡越しに定律と視線がぶつかった。彼の目は、彼女の空っぽの手首へと向けられていた。何気ない口調で尋ねる。「手首にあったブレスレット

  • 反骨精神あふれる若妻に、夫はおとなしく降参   第33話

    親友?彩月?星奈は思わず顔を上げた。「彩月に何をしたの?」「昨夜、彼女はネットで俺のプライバシーを好き放題に拡散し、ついでに茉青を罵倒していた。今朝、茉青が俺のところに来たのは、その責任を追及するつもりだと伝えるためだった」星奈は深く息を吸い、冷静になろうとした。「たかがネットニュースの話で、本気で彩月を追及する気なの?」「無責任に口を開いたなら、その結果も考えるべきだったな」「彼女はただ私のために怒ってくれただけ。しかも、ファンと口論しただけで誰かを傷つけたわけじゃない」「本当に彼女に弁護士を送る気か?」定律は星奈を見下ろし、面倒くさそうに肩をすくめると、踵を返した。星奈は一瞬呆然とし、すぐに追いかけた。「結局何をするつもり?」「乗れ」定律は車に乗り込み、ドアを閉めなかった。星奈は彼が本気で彩月を訴えるのではないかと不安になり、仕方なく助手席に乗り込んだ。そして、説得を試みる。「この件、もう終わりにしてくれない?」「お前の態度次第だな」定律は冷静に言い放った。星奈は手をぎゅっと握りしめ、しばらく沈黙した後、小さな声で尋ねた。「私が今日家で大人しくしていたら、彩月のことは許してくれる?」「多分、一晩は実家に泊まることになるな」星奈は彼の意図を察し、静かに頷いた。「わかった。言う通りにするから」「じゃあ、ネクタイを直せ」定律は顎を軽く上げた。星奈はそのとき初めて、彼のネクタイが不格好に曲がっていることに気づいた。自分がいないと、まともにネクタイも締められないのか。見た目は完璧なエリートなのに、実は生活能力ゼロだ。心の中で皮肉を呟きながら、渋々手を伸ばして彼のネクタイをほどいた。しかし、その瞬間、彼の襟元の肌にくっきりと残る歯型を見つけた。「…今朝、吉江と一緒だったの?」星奈は皮肉混じりに言った。定律は少し眉をひそめ、それから何かに気づいたように薄く笑った。「忘れたのか?」「何を?」定律はシャツの襟を引っ張り、首元の噛み跡を指さした。「昨夜誰かさんが酔っぱらって残したものだ」星奈はその歯型を見つめ、記憶の断片が頭をよぎる。つまり、この跡は自分がつけたもの?顔が一気に熱くなった。「じゃあ、昨夜は吉江のところにいなかった

  • 反骨精神あふれる若妻に、夫はおとなしく降参   第32話

    泰世は深くため息をついた。「深代で君を守れるのは定律だけだ。父さんは昔、敵を多く作った。連中は定律の顔を立てて、君に手を出さなかっただけだ。もし君たちが離婚したら、危険が及ぶかもしれない。父さんは刑務所にいるから、星奈を守れないんだ」星奈の瞳が曇った。泰世は続けた。「星奈がつらい思いをしているのを知っている。でも、定律がいるから、君は安全なんだ。彼が離婚を切り出さない限り、君も離婚しないほうがいい。『羽成家の奥様』という肩書きがあるだけで、外の連中は手出しできない。父さんがここを出たら、そのときに離婚すればいい。父さんが代わりに守るから」星奈は納得できなかった。けれど、父が服役している以上、これ以上心配をかけたくはない。泰世は星奈の気持ちを察したのか、穏やかに言った。「君はきっと、幸せじゃないから耐えられないんだろうな。抑圧された結婚生活が苦しいのはわかる。でも、人生は幸せだけがすべてじゃない。幸せよりも、生きることのほうが大事なんだ。星奈には、生きていてほしい」「彼が愛していなくても、家に帰ってこなくても、それでいい。もう離婚したつもりでいればいい。期待を捨てて、彼は彼の人生を、君は君の人生を生きればいい。彼を他人だと思えば、少しは楽になるはずだ。そしてすべては、父さんがここを出てから考えよう」泰世にとって、星奈は唯一の娘だ。しかも、その美しさゆえに、彼は未来を案じていた。星奈は父の言葉の意味を理解した。父は、彼女が男たちに利用されることを恐れているのだ。定律と一緒にいる限り、彼は彼女を愛していないだけ。だが、離婚して自由の身になれば、もっと多くの男たちが寄ってくる。星奈は、父の言葉を受け止め、刑務所を出たあと、離婚の考えを捨てた。人生は思い通りにならないもの。すでに離婚したつもりで、独り身の生活に慣れればいい。刑務所の門を出ると、彼女はそっと涙を拭った。そのとき、クラクションの音が響いた。顔を上げると、道路の向かい側に一台のロールスロイス・カリナンが停まっていた。また茉青をなだめ終えて、彼女のもとへ来たのか?星奈の胸に冷たさが広がる。踵を返し、そのまま歩き出した。たとえ離婚しなくても、もう彼とは関わらない。父の言うとおり、彼を他人だと思うだけだ。定律は、彼女が歩き去ろうとする

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