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第19話

桜子はぼんやりしていて、隣にいる男性を兄だと勘違いし、嗚咽を漏らしながら泣き出した。

「どうして隼人は私を好きにならないの……どうしてなの……」

隼人は心臓がひときわ強く鼓動し、薄い唇をきつく結び、彼女の泣き言を黙って聞いていた。

「私は一生懸命やったのに……本当に一生懸命だったのに……でも、頑張れば頑張るほど、彼は私のことを嫌いになるみたい……どうしてなのか、教えてよ!」

桜子は突然、男性に抱きつき、彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくった。鼻水や涙、化粧品が彼の清潔なシャツにべったりとつき、いろんな色に染まった。

隼人はその場で硬直し、喉が締め付けられるような感覚に陥った。彼女の熱い涙が胸に焼きつくように染み渡り、彼の心を貫いた。

しばらくして、彼は低い声で尋ねた。

「あなたは本当に、隼人が好きなのか?」

桜子は泣き腫らした小さな顔を上げ、赤く染まった唇をわずかに開いた。

隼人は喉を鳴らし、強い自制心でその純粋で欲望を誘う魅力に抗った。

彼はその質問をしたことを、後悔さえしていた。

彼女が好きでも、好きでなくても、何の意味があるのか。

離婚は決まっている。彼がこの先一生愛する相手は、柔だけだ。

突然、ドアが激しく開かれた。

「隼人!てめぇ、少しは自重しろよ!食い散らかしてんじゃねぇ!」

栩は怒りで目が赤く染まり、桜子を引っ張り寄せ、鷹が雛を守るように彼女を抱きしめた。

隼人は眉をひそめ、いつもは穏やかな栩が怒りを爆発させているのは、彼の元妻への思いがどれほど深いかを物語っていた。

彼は呼吸が苦しくなるのを感じた。

「高城さん、彼女は酒が弱くてさっき吐いていた。もし本当に彼女を大切に思うなら、こんな場所に連れてくるべきじゃなかったんだ」

栩はこの野郎を罵倒しようと思ったが、彼が自分を高城さんと呼んだので、あえてそのまま高城樹になりすまし、「俺の女が何をしようが、俺が付き合う。それに、隼人、お前が小春と離婚したなら、もう手を出すな。金原さんのことをしっかりと気にかけるんだな!」

そう言って、栩は桜子を連れて外に向かおうとしたが、隼人が彼を遮った。

「何するつもりだ?」

「本当に彼女を愛しているのか?」隼人は低い声で尋ねた。

「当たり前だろ」

「彼女と結婚できるのか?」

その質問に、栩は言葉を詰まらせた。

「それがどうした。邪魔だ、どけ!」

「小春には権力も背景もない。こんな感情のゲームに巻き込むな。結婚できないなら、ただの愛人にしないで、早く普通の生活を取り戻させろ」隼人の目には暗い炎が宿った。

「ははは……隼人、お前ほど厚顔無恥な奴は見たことがない。柔のために小春と離婚したとき、彼女の立場を考えなかったのか?

お前のせいで彼女は若くして離婚を経験することになった。それが彼女を苦しめないとでも思ったのか?

離婚するのがわかっていたなら、三年前にどうして結婚したんだ?それはただ、彼女を利用して、お前の心上人を迎え入れるためだろう。汚らわしいにもほどがある!」

隼人は胸に鋭い痛みを感じ、その端正な顔は震えを抑えられずにいた。

栩は彼を強く押しのけ、「どこかで涼しくしてろ、馬鹿野郎!」

隼人はどうやって個室に戻ったかも覚えていない。頭の中にはただ、「彼女を利用して」という言葉が反響していた。

そして、「馬鹿野郎」。

「元兄嫁さんは?帰ったのか?」優希が欄干に寄りかかり、酒を片手に彼の失意の姿を眺めていた。

「ああ」隼人は暗く答え、ウイスキーを一気に飲み干し、喉の奥が火で焼かれるような痛みを感じた。

「今日はお前の顔を立てて、澤馭に一発お見舞いしなかったが、薬を使ったのもそうだが、俺の心上人に手を出そうとした。まったく、命知らずだ」

「俺の顔を立てる必要なんてない。柔ちゃんと彼は別だ」

突然、隼人は気がついて、眉をひそめた。

「心上人?それはどういう意味だ?」

「まあ、外の水を無駄にしないように、隼人、君が彼女を放ったなら、俺が代わりに引き受けるよ」

優希は片眉を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。

「ただし、称呼は嫁から義妹に変わるけど、君は耐えられるか?」

「俺はまだ離婚証を取ってないのに、もう狼の尻尾を出すのか?」隼人は冷たい眼差しで、唇の端が曲がった。

「離婚協議書にサインしたなら、証書を取るのは時間の問題だろ?」

「それ以外のことはわからない」

隼人は拳を握りしめ、その端正な顔は氷のように冷たくなった。

「だが、お前が死ぬ日が近いのは、確実だ」

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