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第19話

作者: 木真知子
last update 最終更新日: 2024-09-30 18:51:52
桜子はぼんやりしていて、隣にいる男性を兄だと勘違いし、嗚咽を漏らしながら泣き出した。

「どうして隼人は私を好きにならないの……どうしてなの……」

隼人は心臓がひときわ強く鼓動し、薄い唇をきつく結び、彼女の泣き言を黙って聞いていた。

「私は一生懸命やったのに……本当に一生懸命だったのに……でも、頑張れば頑張るほど、彼は私のことを嫌いになるみたい……どうしてなのか、教えてよ!」

桜子は突然、男性に抱きつき、彼の胸に顔をうずめて泣きじゃくった。鼻水や涙、化粧品が彼の清潔なシャツにべったりとつき、いろんな色に染まった。

隼人はその場で硬直し、喉が締め付けられるような感覚に陥った。彼女の熱い涙が胸に焼きつくように染み渡り、彼の心を貫いた。

しばらくして、彼は低い声で尋ねた。

「あなたは本当に、隼人が好きなのか?」

桜子は泣き腫らした小さな顔を上げ、赤く染まった唇をわずかに開いた。

隼人は喉を鳴らし、強い自制心でその純粋で欲望を誘う魅力に抗った。

彼はその質問をしたことを、後悔さえしていた。

彼女が好きでも、好きでなくても、何の意味があるのか。

離婚は決まっている。彼がこの先一生愛する相手は、柔だけだ。

突然、ドアが激しく開かれた。

「隼人!てめぇ、少しは自重しろよ!食い散らかしてんじゃねぇ!」

栩は怒りで目が赤く染まり、桜子を引っ張り寄せ、鷹が雛を守るように彼女を抱きしめた。

隼人は眉をひそめ、いつもは穏やかな栩が怒りを爆発させているのは、彼の元妻への思いがどれほど深いかを物語っていた。

彼は呼吸が苦しくなるのを感じた。

「高城さん、彼女は酒が弱くてさっき吐いていた。もし本当に彼女を大切に思うなら、こんな場所に連れてくるべきじゃなかったんだ」

栩はこの野郎を罵倒しようと思ったが、彼が自分を高城さんと呼んだので、あえてそのまま高城樹になりすまし、「俺の女が何をしようが、俺が付き合う。それに、隼人、お前が小春と離婚したなら、もう手を出すな。金原さんのことをしっかりと気にかけるんだな!」

そう言って、栩は桜子を連れて外に向かおうとしたが、隼人が彼を遮った。

「何するつもりだ?」

「本当に彼女を愛しているのか?」隼人は低い声で尋ねた。

「当たり前だろ」

「彼女と結婚できるのか?」

その質問に、栩は言葉を詰まらせた。

「それがどうした。邪魔だ、どけ!」

「小春には権力も背景もない。こんな感情のゲームに巻き込むな。結婚できないなら、ただの愛人にしないで、早く普通の生活を取り戻させろ」隼人の目には暗い炎が宿った。

「ははは……隼人、お前ほど厚顔無恥な奴は見たことがない。柔のために小春と離婚したとき、彼女の立場を考えなかったのか?

お前のせいで彼女は若くして離婚を経験することになった。それが彼女を苦しめないとでも思ったのか?

離婚するのがわかっていたなら、三年前にどうして結婚したんだ?それはただ、彼女を利用して、お前の心上人を迎え入れるためだろう。汚らわしいにもほどがある!」

隼人は胸に鋭い痛みを感じ、その端正な顔は震えを抑えられずにいた。

栩は彼を強く押しのけ、「どこかで涼しくしてろ、馬鹿野郎!」

隼人はどうやって個室に戻ったかも覚えていない。頭の中にはただ、「彼女を利用して」という言葉が反響していた。

そして、「馬鹿野郎」。

「元兄嫁さんは?帰ったのか?」優希が欄干に寄りかかり、酒を片手に彼の失意の姿を眺めていた。

「ああ」隼人は暗く答え、ウイスキーを一気に飲み干し、喉の奥が火で焼かれるような痛みを感じた。

「今日はお前の顔を立てて、澤馭に一発お見舞いしなかったが、薬を使ったのもそうだが、俺の心上人に手を出そうとした。まったく、命知らずだ」

「俺の顔を立てる必要なんてない。柔ちゃんと彼は別だ」

突然、隼人は気がついて、眉をひそめた。

「心上人?それはどういう意味だ?」

「まあ、外の水を無駄にしないように、隼人、君が彼女を放ったなら、俺が代わりに引き受けるよ」

優希は片眉を上げ、邪悪な笑みを浮かべた。

「ただし、称呼は嫁から義妹に変わるけど、君は耐えられるか?」

「俺はまだ離婚証を取ってないのに、もう狼の尻尾を出すのか?」隼人は冷たい眼差しで、唇の端が曲がった。

「離婚協議書にサインしたなら、証書を取るのは時間の問題だろ?」

「それ以外のことはわからない」

隼人は拳を握りしめ、その端正な顔は氷のように冷たくなった。

「だが、お前が死ぬ日が近いのは、確実だ」

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    桜子がほかの男性と親しげにしているのを見て、隼人の胸はなぜか張り裂けそうになり、理不尽なほどの苛立ちを感じていた。 彼女の周りの「余計な存在」を、全て排除してしまいたい衝動に駆られる。 自分でも理解できない。けれど、まるで捨てられた哀れな女のように嫉妬深くなっているのは確かだった。 冷静沈着で禁欲的だった隼人が、桜子の前では何もかも制御不能になってしまうのだ。そんな彼の言葉を聞いた桜子の胸には、怒りの火が湧き上がった。そして、冷たく嘲るように笑った。 「確かに『関係』はあるわね。『一生会うことのない関係』っていう意味でね」「桜子......」隼人は息が詰まるような思いで、低くかすれた声を絞り出した。「いつから元夫なんて存在が、自分のことを誇れる関係だと思い込むようになったのかしら?合格な元夫というのは、死んだように静かであるべきものよ。この言葉、聞いたことがないの?」 元夫?! 辰雄は目を見開き、思わず震えた。 まさか、桜子――いや、Alexaが結婚していたなんて! 長年の友人として、これまでそんな話は一度も耳にしていなかった。彼女がこの男と結婚していた理由は何だったのか? 完璧で女神のような彼女には、もっと良い選択肢がいくらでもあったはずだ。どうしてこんな「嫉妬深い男」に身を任せてしまったのか?「隼人さん、私に嫌がらせをするのは勝手よ。正直言うと、あなたの顔を見た瞬間から気分が悪くなってたし、これ以上悪化しても慣れるだけだわ。でも......辰雄さんは私にとって大事な友人なの。彼に迷惑をかけるようなことだけはやめてちょうだい」 桜子は眉を少し寄せながらも冷静な声で言った。 「元夫としての面目が少しでもあるなら、少しは恥を知りなさい」隼人の顎のラインは緊張で引き締まり、胸の内は鋭い針で刺されたように痛んだ。汗で湿った手のひらに爪を食い込ませながら、その怒りを必死に堪えた。 桜子は、誰にでも味方をする。誰にでも優しい。 そして自分に対しては――かつて愛し、愛されたはずの自分に対しては――もう「埋もれた過去」以上の何者でもないのだろうか。「もうすぐショーが始まるわよ。隼人さんは妹さんのところに行かないの?彼女、兄がいなくて心配してるんじゃない?」 桜子は冷たい目で

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第381話

    辰雄は桜子とAdaを控室に案内し、三人はシャンパン片手に会話を楽しんでいた。しばらくすると、マネージャーが現れ、Adaに重要なインタビューを受けるよう促した。彼女が部屋を出て行くと、控室には桜子と辰雄だけが残った。「3年ぶりだね。元気にしてたかい、Alexa?」 辰雄は柔らかな眼差しで桜子を見つめた。その表情はどこまでも親のような慈しみで、男女の感情とは一切無縁だった。「ご覧の通り、相変わらずよ」 桜子は両手を広げて肩をすくめ、軽やかに笑った。「以前よりも成熟したね。でも、その目には少し陰りが見えるよ。まるで、色々なことを経験してきたような......この3年間、どこにいたんだい?世界を回ってインスピレーションでも探していたのか?」 辰雄は彼女の目元の微かな陰りを感じ取り、心配そうに尋ねた。「旅なんかじゃないわ。私は市場で魚をさばいてたのよ。3年もね。血を見ても何も感じなくなったわ」 桜子は軽くため息をつき、涼しげな目元で答えた。「相変わらず君らしい冗談だね」 辰雄はシャンパングラスを桜子に向けて軽く持ち上げ、微笑んだ。 「ところで、君がAlexaだということを公表するつもりはないのかい?君のような輝かしい才能が隠されたままなのは、本当にもったいないと思うよ」「いずれね。でも、今はまだやるべきことがたくさんあるの。正体を明かすこと自体は悪くないけど、今明かしてしまったら、余計なトラブルを呼び込むだけかもしれないわ」 桜子は涼やかに笑いながら美しい瞳を細めた。 「正体を明かすなら、その価値を最大限に活かせるときに。最高の効果が狙えるタイミングじゃないと意味がないわ」「さすがAlexaだ。君は常に利益を最大化することを忘れない。損をするようなことは絶対にしないね」 辰雄は満足そうに微笑みながらこう続けた。 「古い友人として、何か困ったことがあったら遠慮せずに言ってくれ。面倒な問題や厄介な相手に巻き込まれたら、私が助けるよ」「ここはY国じゃないわよ、公爵閣下の影響力がどこまで通用するのかしら?」 桜子は彼の意図を察しながらも、さらりと答えた。「そういえば、あの本田さんはAXの会員になりたがっているようだね。審査部では彼女を検討リストに入れていたけど、今日の様子を見たら

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第380話

    白露はこっそり数歩後ろに下がり、昭子と距離を取った。彼女が恥をさらして、そのとばっちりが自分に及ばないようにするためだ。記者たちはようやく事情を理解し、昭子を見る目つきが変わった。「つまり、この本田さんってAXのVIPですらないのに、偉そうに他人を批判してたってこと?本当に滑稽だね」 「修理技師なんだから、他人のことに口出しする前に、自分の足元を気にしたほうがいいんじゃない?」 「ジュエリーを数点持ってるだけで発言権があると思ったのかな?ブランドCEOの前であんなこと言うなんて。CEOのほうは彼女の名前すら知らないんじゃない? いやー、この品格のなさ、桜子様の足の指にも及ばないよ」足の指!? 記者たちが「桜子様の足の指にも及ばない」と言ったことが、昭子のプライドを完全に打ち砕いた。昭子の頭の中は「ガン」という音を立てたかのように真っ白になり、怒りで目の前が暗くなり、倒れそうになった。 こんな屈辱、生まれてこの方、一度も味わったことがなかった。桜子は昭子に一瞥すらくれず、辰雄やAdaと談笑しながらその場を離れた。 記者たちもそれに続き、昭子はぽつんとその場に取り残された。顔は真っ青で、まるで塗りかけの漆喰のようだった。「昭子!大変よ!」 白露は急ぎ足で昭子のもとに駆け寄り、彼女の腕を掴んで低い声で囁いた。 「お兄様が来たわ!」「隼人お兄ちゃん......?ど、どこ?!」昭子は一気に血の気が引き、冷や汗が額を流れた。「すぐ後ろの方よ。ずっとこっちを見てた!まるで幽霊みたいに音もなく現れて、いつからそこにいたのかも分からないし、さっきの一部始終をどこまで見られたかも分からない!」昭子は息を呑み、ぎこちなく後ろを振り返った。暗い影の中、隼人が剣のような存在感で静かに立ち尽くしていた。その眉は厳しく寄せられ、冷たく険しい目つきでこちらを見つめている。その瞬間、昭子はまるで見えない大きな手で首を締め付けられたかのように感じた。 呼吸も心拍も、思考もすべて止まってしまうかのようだった。「隼、隼人お兄ちゃん......」隼人は険しく眉を寄せたまま、冷たく無情な眼差しを向け、ただ頭を横に振った。そして井上を伴い、一切振り返ることなくその場を去っていった。昭子は体中に寒気が走り

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第379話

    会場中の人々は一斉に驚きの声を上げた。 昭子や白露はもちろん、辰雄の友人でAlexaの大ファンでもあるAdaですら、まさか桜子が身に付けているジュエリーがAlexaの作品であるとは思いもしなかった。 しかも、それが噂でしか聞いたことがない「デザイアローズ」だとは!この瞬間、Adaは「金持ちに対する嫉妬」を心の中で感じずにはいられなかった。 一方、桜子は冷静な態度を崩さず、感謝のまなざしを辰雄に向けた。 彼女には、これ以上何も説明する必要がないと分かっていた。この場のホストである辰雄が、自らの言葉でこの場を収めるだろうと確信していたからだ。 ――大将は、小者のために剣を振るわない。その頃、隼人は桜子から一瞬たりとも目を離さず、深いまなざしを向け続けていた。その目には、どこか嫉妬のような感情が浮かび、薄く赤みさえ帯びていた。 彼には確信があった。桜子は、この辰雄という男と以前から親しい関係にあり、しかもその関係は浅くはない、と。 「......あの男は誰だ?」隼人は低い声で冷たく尋ねた。 「村山辰雄ですよ。AXブランドの世界CEOで、祖父はY国最後の公爵、祖母はAXブランドの創設者です。簡単に言えば、AXは彼の家族のブランドです。社長の座もまあ趣味みたいなものですね」 井上はさらに目を輝かせながら続けた。 「それだけじゃありません。彼は爵位を継いでいて、王室から授けられた大きな荘園も所有しています。それにY国の資産家ランキングでトップ5に入る億万長者で、資産総額は数千億円。王族とも繋がりがあるらしいです。いや〜、若奥様、本当にすごいですね!」 隼人は深い息を吐きながら、こぶしを強く握りしめた。 「それにしても、辰雄ってば若奥様のためにあんな風にフォローしましたよね。まさか......若奥様に気があるんじゃないですか?」 井上は何かを発見したように目を輝かせ、興奮気味に言った。 「もしそうだとしたら、若奥様、公爵夫人になる可能性もあるんじゃないですか?もともと首富の令嬢で、それに王室と縁を結ぶなんて......もうこれ、人生チート級の展開じゃないですか!」 「ありえない」隼人は眉間に皺を寄せ、低い声で断言した。 「あの男は、若奥様の父親でもおかしくない年齢だ。彼女がそん

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第378話

    「KSグループの令嬢ともあろう方が、業界の常識を知らないなんてこと、ありえないでしょう?」 「知らないわけないじゃない!多分わざとルールを無視して得しようとしてるんでしょ。いやー、ビジネス界の女性ってこういう姑息な手を使う人、結構多いよね。ひょっとしたら、宮沢社長に勝った時も、なんか裏で怪しいことしてたんじゃない?」 「ははっ......前は桜子様のことを尊敬してたけど、今となってはちょっと卑怯な人にしか見えないな」 昭子は満足げに唇の端を上げ、心の中でほくそ笑んだ。 桜子、あなた調子に乗りすぎなのよ! 今日は絶対にあなたを黙らせてやる。この傲慢な態度を打ち砕くには、品格を疑わせるのが一番の方法よ! しかし昭子は、自分が言ったこと、やったことの一部始終を、遅れて現れた隼人がすべて目撃していることに気づいていなかった。 隼人は目立たない場所に立ち、冷たい視線で得意げな昭子をじっと見つめていた。 その姿は高く、スーツに包まれた体は堂々としていて、彫刻のような端正な顔立ちはどこか神々しい雰囲気を醸し出している。しかし、その表情には冷たく暗い影が漂っていた。「隼人社長、若奥様があの娘にいじめられていますよ!」 井上はその様子を見て、内心で焦りを感じた。 隼人は薄い唇をきゅっと引き締め、前に踏み出しかけたが、ふと足を止めた。そして冷静に言った。 「もう少し様子を見よう」 「様子を見る、ですか?!」井上は目を大きく見開き、困惑した様子で問い返した。 「彼女は普通の女性じゃない。桜子だ。高城家の令嬢だ。きっと自分で何とかするだろう」 隼人は目を細め、唇にほのかな微笑みを浮かべた。その微笑みは、どこか甘く優しいものだった。本人ですら気づいていないだろう。 「それに、もしどうにもならなくても、彼女には俺がいる」 井上は驚きで目を見開き、隼人の冷静で優雅な横顔を信じられないという表情で見つめた。そして胸を押さえ、心の中でつぶやいた。 「なんてことだ......これがあの冷酷無情な隼人社長なのか?!」 隼人は静かに言葉を続けた。 「なにせ、俺の女だったんだ。他の誰にも彼女を傷つけさせるわけにはいかない。絶対にな」 なんてことだ!これが隼人社長だなんて、まるで別人みた

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第377話

    桜子が今日このファッションイベントに参加した目的は、高城家の令嬢として目立ちたいわけでも、自分の地位や気品を誇示したいわけでもなかった。彼女には果たすべき二つの目的があったのだ。一つ目は、メディアの取材を受け、「宮沢家のプロジェクトを横取りした」という話題について正式にコメントし、噂を鎮めること。 二つ目は、表向きにはAdaにプレゼントを渡すためだが、実際は白露を密かに監視し、全体を掌握するためだった。あの油断ならない娘に、つけ入る隙を与えるわけにはいかなかった。ちょうどその時、Adaが一人の洗練されたブラウンのオーダーメイドスーツを着た中年男性を伴って歩いてきた。 「桜子様、ご紹介します」 Adaは慌てて桜子に紹介を始めた。 「こちらは村山辰雄さんです。AXジュエリーブランドの世界社長で、私のとても親しい友人です」 「Vincent、こちらは桜子様です。KS WORLDホテルの部長を務める、とても優秀で素晴らしい方ですよ」 辰雄は、Y国生まれ育ちの金髪碧眼の紳士で、皇室の血筋を持つ人物だ。 彼は英語名を持ちながらも、盛京に来てから東国文化に惹かれ、自ら「辰雄」という東国名を名乗るようになった。「辰雄さん、お目にかかれて光栄です。盛京へようこそ」 桜子は上品な紅い唇をかすかに上げ、優雅な笑みを浮かべながら、清潔で美しい手を差し出した。「こちらこそ、お会いできて光栄です、桜子様。今回AXブランドのショーにご参加いただけたこと、本当に嬉しく思います」 辰雄はぎこちない東国語で返し、急いで彼女の手を握った。その様子を見ていたAdaは、辰雄と桜子を交互に見ながら少し不思議に思った。 二人は初対面のはずなのに、なぜか以前から知り合いだったような雰囲気が漂っている。 記者たちもこの場面に驚きを隠せなかった。 辰雄社長といえば、皇室の血統を持つ超一流の人物であり、そのプライドの高さゆえ、誰にでも親しげに接するような人ではない。 しかし、桜子を目にした瞬間の辰雄はまるで家族のように穏やかで優しい表情を浮かべていたのだ。「桜子様、本当にただ者ではないな......いや、この美しさと清らかさなら、男性が惹かれるのも当然か」 「桜子様、こんなところでお会いするなんて、本当に偶然です

  • 冷酷社長の逆襲:財閥の前妻は高嶺の花   第376話

    「それだけならまだしも、なんと彼女たち、Adaより後に登場したんだよ!自分たちをどれだけ大物だと思ってるんだか、呆れるよね!」「俺は一枚も撮らなかった。あんな価値のない人間のためにカメラのメモリを無駄にするつもりはないからな」「白露は宮沢家の令嬢だし、昭子はあの『盛京の天皇』と呼ばれる本田優希の妹だろ?名前は知られていなくても金は持ってる。多分、この登場順も金で買ったんだろう」白露と昭子は、周囲の注目を浴びたと満足げに思い込みながら会場内へと入って行った。だが、中に入った途端、現実を目の当たりにすることになった。記者たちはみな国際的な大スターAdaやブランドデザイナーのインタビューに集中しており、自分たちには見向きもしなかったのだ。「なんなのよ!記者たち、目が腐ってるんじゃない!?」白露は、無視されていることに気付き、怒りで地団太を踏んだ。「この私を放っておくなんて、失礼にも程がある!盛京のメディア業界で生き残れると思わないことね!」「記者なんてそんなもんよ。有名で力があれば、餌を見つけたサメみたいに飛びついてくるけど、そうでなければ無視されるだけ」昭子も心の中では悔しくて仕方がなかったが、白露を皮肉ることでその怒りを紛らわせた。「そうね、私はこの業界に深く関わってないから仕方ないわ。だって、母が言うには、『財閥の人間がこんな下層の人間と関わるなんて品位を落とすだけだ』ってね」白露は昭子に媚びるつもりはなく、無害そうな笑顔を装いながらも、内心では皮肉を込めて言葉を続けた。「でも、昭子、あなたは違うでしょ?盛京の名門お嬢様で、トップピアニストの弟子でもあるんだから。それなのに、誰もあなたをインタビューしないなんて、ちょっと変だと思わない?ねえ、記者を呼んであなたの周りを盛り上げてもらいましょうか?」「ふん、結構よ!私は注目されるのが嫌いなの。記者に取り囲まれるなんてうんざりだから」昭子は内心怒りで煮えくり返っていたが、冷笑で返した。二人はお互いを睨みつけると、背を向け合って口をきかなかった。その時、背後から慌ただしい足音が聞こえてきた。「見て!高城家の桜子様だ!」「うわあ!さっきのレッドカーペットでは見かけなかったけど、もう会場内にいるなんて!まるで忍者みたい!」「高城家の令嬢こそ本物の実力者だよ

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