渡辺家を出てから、静恵は紀美子の髪の毛をどうやって手に入れるか悩んでいたところ、携帯電話にメッセージが届いた。大樹からのメッセージで「お金が足りないんだ。送ってくれ。」静恵は携帯をしっかり握りしめ、「先月十万あげたばかりじゃない!」大樹からは「整形にたくさん使ったんだ。晋太郎の傍にいるのに、お金がないなんて言えるか?」静恵は怒りで目が赤くなった。「私は晋太郎から一銭ももらっていない!」大樹は無視し続けた。「もらったかどうか俺には関係ない。晋太郎のオフィスに出入りできるだろ?機密資料を盗んで売れば簡単にお金が入るぞ!」静恵は怒りを抑えながら言った。「あなたは馬鹿なの?晋太郎に知られたらどうするの?生き残れるとでも?」大樹は冷笑を浮かべ、「怖がるな。方法を考えて紀美子にかぶせればいいじゃないか?あんたは彼女を恨んでいるんだろ?五十万。半月以内に渡さなければ、俺たちのこと晋太郎にばら撒くぞ!」その数字を見た静恵は目を丸くした。MKの機密資料はどれも五十万を超える価値があるはずだ!もし本当に手に入れて売れたら、大樹の問題は解決するだろう!静恵は銀行の残高を確認し、五万円という数字を見て沈黙に陥った。 ……金曜日の夜。紀美子と佳世子は市内のデパートで食事を済ませてから、赤ちゃん用品の店に行った。佳世子は様々なベビーベッドを見て目を丸くした。「紀美子、あなたのアパートにはこんな大きなベビーベッドは置けないでしょう?」この問題を言及すると、紀美子も少し悩んだ表情を浮かべた。「もしかしたら家を買わなければならないかもしれない。子供がいるとアパートでは不便になるかもしれないし。」佳世子は「今あなたの預金残高はどのくらいあるの?帝都で家を買うのは簡単ではないわ。」と言った。紀美子は唇を開き、突然昼のメールを思い出した。彼女はしばらく沈黙し、そして言った。「佳世子、私は海外研修に行きたいと思ってる。」「研修?」佳世子は困惑して彼女を見た。「どんな研修?」紀美子は事情を概ね佳世子に説明し、佳世子はゆっくりと目を大きくした。「紀美子、研修はいいことよ、私は全力で応援する!でも、その費用は大きいわ。そして、あなたは一人で三人の子供を連れて研修に行くなんて、それはまるで夢話よ!」紀美子は目を
「狛村副部長、お任せのことは完了しました。そのお金は……」静恵「お疲れ様でした。まずは一万円をお渡しします。月曜日の出勤時に、どうするか教えます。」小さな秘書は一万円を受け取り、色めくりして赤ちゃん用品の店を遠くから眺めた。彼女は狛村副部長の目的を全く知らなかったが、おばあちゃんの医療費のためには仕方なかった。紀美子さんには申し訳なく思わざるを得ないが。 ……この二日間、紀美子は一刻も休まずに過ごした。デザインの細部を調整し、デザインコンセプトを磨き、佳世子と一緒に家を探していた。彼女と佳世子はこの問題をじっくりと話し合った。研修して帰ってきたら、どこに住むべきかを決めなくてはならない。三人の子供がいるから、住宅の面積を合理的に計画しなければならない。家は小さすぎず、大きすぎれば買う余裕もない。助手席に座りながら、紀美子は目の前に並ぶ住宅を眺めながら、心配を募らせていた。「紀美子!私は突然ひとつのことを思いついたわ!」佳世子は紀美子の腕を連続で叩き、興奮して眉を上げた。紀美子は彼女を見向け、無意識に腕を揉んで、「なに?」と聞いた。「前にあなたが話してたけど、森川さんは静恵に家を贈ったあとで、あなたにも家を贈ったんでしょ?」紀美子はすぐに頭を振った。「考えないで。不動産証書はジャルダン・デ・ヴァグに置いて、私は持ってこなかったのよ。私は将来に彼に操られて、様々な口実で私の生活や子供たちの生活に影響を受けさせたくない。」佳世子は目を丸くして怒った。「あなたは本当に馬鹿だと思う!狛村の偽善の顔役を真似して、恥知らずにならないと!」 紀美子は苦笑を浮かべ、静恵のことについて語りながら、八瀬大樹の近況も久しぶりに聞いていないことに気づいた。「静恵のあの男、まだ姿を見せないの?」と紀美子は尋ねた。「まるで人間蒸発したみたいで、完全に音沙汰がないの。ちゃんと調べたら話すつもりだったんだけど。」紀美子は座り方を変えて、「何か情報があるの?」と聞いた。「前に八瀬さんのことを話した時、私すごく気になってたんだけど。私の人が静恵を追跡してる間、ずっと同じ男が現れていたの。だから、私は疑問に思って、機関の友人に八瀬大樹という名前を調べてもらった。するとどうだったと思う?私が見た写真で、大
入江紀美子は何も言わずに、静かに彼女の演技を眺めた。森川晋太郎が目の前まで来てから、紀美子は彼に聞いた。「私、上に上がっていい?それとも奥様の許可が必要?」紀美子のその挑発的な言い方に、晋太郎は眉を寄せた。「まともな喋り方はできないのか?」その会話を聞いた狛村静恵の顔は真っ白になった。彼女が晋太郎の話の意味を理解できないはずがない。紀美子はどういう身分で晋太郎をこんな態度にさせているのだ?それに、このふしだらな女は一体ここに何をしに来たのだろう。静恵の顔色が急に変わったことに気づいて、紀美子の気持ちは極めて痛快だった。紀美子は俊美な顔を持つ男を見て、「できないことはないわ、先に上がって片付けているわね」そう言って、紀美子は階段を登ろうとした。しかし彼女は登り始めてすぐ、いきなり階段で倒れた。彼女は無意識に手を腹の下に当てたが、膝の痛みに顔を歪ませた。階段から音が聞こえた晋太郎は、倒れた紀美子を見て顔色を急に変えた。彼は大きな歩幅で階段を登り、紀美子の体をすくい上げた。彼女の転倒して赤く腫れた膝を見て、晋太郎は冷たく怒鳴った。「お前、目がないのか?!階段を登るくらいで転ぶバカがどこにいるんだ?!」紀美子は手を引き、「ありがとう、社長さん。ちょっと眩暈がしただけ。もう大丈夫だから」もちろん、転んだのも眩暈がしたのも演技だった。静恵ができる演技は、彼女だってできるわけだ。残ることができれば、どんなに破廉恥なことをしても構わない。晋太郎はきつく眉を寄せながら、優しい声で「一体どうしたんだ?」と尋ねた。紀美子は冷たい声で答えた。「大丈夫って言ってるでしょ!」紀美子はそう言いながら手を引き戻し、階段の手すりを持って上がっていった。晋太郎は歯を食いしばり暫く黙り込んでから、いきなり紀美子を横抱きして階段を登った。そのシーンを目にした静恵の怒りが頂点に達した。この小賢しい女、何をしてくれてんの?!静恵は続いて階段を登ったが、晋太郎が紀美子を抱えて寝室に入るのを黙って見ていることしかできなかった。この時の静恵の目線は劇薬を盛られているかのように鋭かった。彼女はここに住み始めてから大分経つが、晋太郎の寝室に一度も入れたことはなかったのに!晋太郎は紀美子をベッドに寝か
入江紀美子は暫く横になり、十数分後、松沢初江が食べ物を持ってきた。紀美子を見て、初江は嬉しそうな顔で、「よかった。やっと戻ってきましたね、入江さん」紀美子は体を起こし、軽く微笑んで、「今回はものを取りに戻ってきただけよ、初江さん」初江は食べ物をテーブルの上に置き、軽くため息をついた。「あなたが残ってくださればよかったのに」紀美子は少し黙り込んで、「狛村さんは面倒くさい人なの?」初江は苦笑いをして何も言わずに、スープを混ぜて冷ましてから紀美子に渡した。「また痩せたんじゃないですか、暫くはここに残って、私がお体を養ってあげますから」初江は彼女に勧めた。紀美子はスープを受け取り、暫く黙ってから、「初江さん、本当のことを教えて。静恵はあなたに酷いことをしたの?」「仕方がありませんよ」初江はため息をついて、「私ね、あなたが戻ってくださればよかったとよく思っていました」紀美子は一口スープを飲み、唇を舐めて、「初江さん、私はもう戻ってくるつもりはないのよ。けど、彼女をこのジャルダン・デ・ヴァグから追い出すことはできると思うわ。この件、初江さんにちょっと手伝ってもらう必要がある」言いながら、紀美子は初江を見上げた。清らかな瞳には揺るがない光が漂っていた。初江は驚いて目を大きくした。「入江さん、あなた、それは何の為に……?」入江は深く息を吸ってから、静恵が母親にしたことを大まかに説明した。話を聞いた初江は怒りを抑えきれず、「入江さん、手伝います。あとで戻ったら、どうするかをよく考えておきますから」紀美子は頷き、初江に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。……午前1時。部屋のドアが押し開けられ、紀美子は視線を携帯電話から戻し、入ってきた静恵を見つめた。静恵は目が真っ赤になり、ベッドに近づいてきて低い声で口を開けた。「紀美子!あんた、まったく破廉恥なことをしてくれたじゃない?」紀美子は無表情に静恵を見つめ、「あんたが先に破廉恥なことをしてくれたから、私はただ反撃をしているだけよ?」静恵は両手の拳に握り、「あんたはものを取りに来ただけじゃない?!取ったらさっさと出てってくれない?人の婚約者に付き纏って恥ずかしくないの?あんたほど恥知らずな人なんて見たことないわよ!」紀美子はあざ笑い、「私は自ら残
朝食の後、入江紀美子は2階に戻った。森川晋太郎の部屋に戻ろうとした時、狛村静恵はドアを開け紀美子の前に来て、彼女の腹を眺めて、「そろそろ4か月になるんじゃない?」「何が言いたいの?」紀美子は警戒した。静恵はワケがありそうな笑みを浮かべ、「あんたはずっと晋太郎さんに教えていないけど、彼に知られたらその子を堕ろさせられるから?それとも彼に黙って外で破廉恥なことをして別の人の子を授かったから?」「皆があんたみたいな人間じゃないわ」紀美子はあざ笑った。静恵は一瞬言葉に詰り、「じゃあ何で晋太郎さんに私のことを言わないの?」「今更言っても何の意味があるの?」紀美子は静恵に一歩近づいて迫ってきた。「私はただ、あんたに注意したいだけだわ。あんたが焦って、怖がってそして怒り狂う表情を見られれば、私は気持ちいいのよ。あんたはせいぜいこの子が晋太郎さんのものだと祈るがいいわ。でないと、あんたの結末は私以下だから」紀美子はそう言って、視線を戻して部屋に戻った。静恵は毒々しく閉められたドアを見つめた。もうすぐ紀美子はそんないい気でいられなくなるから!そして、彼女は晋太郎の書斎を眺め、歩いて入った。晋太郎の部屋には金庫があり、3段階のロックがかかっていた。静恵は眉を寄せた。以前八瀬大樹から聞いたが、オーダーメイドで作った禁固のようだ。3段階のロックのうち、一つだけ本物で、他の二つを解除しようとすれば警報が鳴る。静恵は唇を噛みしめた。晋太郎の事務所にはそんなものはなかった。やはり、会社で探すしかない。静恵は適当に本を一冊取り書斎を出た。部屋に戻ってから後輩の秘書にメッセージを書いた。「チャンスを作って入江を会社に呼び出して」秘書はメッセージを読み、慌てて紀美子に連絡を入れた。「入江さん、今お時間大丈夫ですか?」紀美子は携帯でニュースを見ていたので、すぐに返信した。「大丈夫だよ、どうした?」秘書「入江さん、ちょっと会社まで来てもらえます?」秘書は大まかな経緯を説明した。紀美子は少し考えてから返事した。「分かったわ。まだそのドキュメントを弄らないで、今行くから」彼女は今もうMKの社員ではなくなったので、会社に入るには晋太郎の許可が必要だ。紀美子は晋太郎の携帯電話番号を探し出し
入江紀美子は笑みを浮かべ、「それはどうも。もしかしてまた私と狛村静恵が喧嘩になるのが怖いから?」森川晋太郎は眉を顰め、視線を紀美子の潤んだ唇に落とした。「入江、あまりいい気になると、その口を塞ぐぞ」紀美子「……」相手が頭の中ではセックスしか考えていない男だと思い出して、紀美子は口を閉じることにした。晋太郎が事務所を出た後、紀美子は元の自分の席まで歩いた。彼女は自分が使っていた事務用品を手で触っていると、脳裏にこの三年間真面目に仕事をしていた光景が浮かんだ。静恵が現れるまでは、彼女は自分が晋太郎とは長い付き合いになると甘く考えていた。だが残念なことに、その幼稚な考えは現実に撃ち砕かれた。紀美子は軽く息を吸い、気持ちを整理してからドアを開き秘書室に入った。しかし彼女の姿が消えてすぐ、静恵が廊下に現れた。彼女は袋を持って晋太郎の事務室の前でドアをノックした。視線はドアに落としているが、横目で廊下の防犯カメラを眺めた。返事がないので、彼女はドアを開けて中に入った。彼女は晋太郎のスケジュールを良く知っているので、わざとこの日を選んで会社に来た。晋太郎の席まできて、静恵はゴージャスなお菓子を晋太郎の机の上に置いた。そして彼女の目線が横に置いているキャビネットに落ちて、緊張しながら近づいた。秘書室。紀美子が職場に現れ、若い秘書たちが皆はしゃいで挨拶しに囲んできた。中にはボスが厳しすぎると文句を言いつけてくる人までいた。紀美子は笑顔で皆に返事している時、秘書長の佐藤は少し離れた所で白い目を向けていた。佐藤「あのビッチの偉そうな顔見た?まるで会社が彼女がいないと回らなくなるみたいな!」秘書の白原は驚いた。「彼女は会社に戻ってきたの?!」佐藤「黙って!彼女が戻って来たら私は昇進できなくなるじゃない!」白原は不満げな表情で「実は私たちは彼女に嫉妬してるじゃない。能力がある上に、社長の愛人でもある、とね」佐藤は白原を睨み「あんた、何もかも分かってるような言い方はやめてよ。あんただって彼女のことを嫉妬してたじゃない」白原はあざ笑った。紀美子がいないこの間、彼女はよく分かってきた。事実、彼女の能力は彼女達全員を凌駕していた。紀美子が秘書室を離れた最初の数日、皆に押しかかってくる仕事で大
入江紀美子はそう言って、静かに視線を戻し森川晋太郎の返事を待たずに事務所を出た。二人が行為をする光景を思い浮かべると、吐き気がしてきた!一緒に食事をするのは無理だ。彼女は何もなかったのように彼と飯を食べることはできない。さきほど彼に聞いたのは、単純に狛村静恵が暴れたいけどできない姿がみたいだけだった。会社を出て、紀美子は深呼吸をしてやっと自分を無理やりに落ち着かせた。腕時計を覗くと、今戻ればまだ間に合いそうだった。タクシーでジャルダン・デ・ヴァグに戻ると、松沢初江が迎えに出てきた。紀美子を見て、初江は催促した。「入江さん、早く。狛村さんは今携帯電話をテーブルに置いてお風呂に入っています」「分かったわ、できるだけ彼女の足止めをして」静恵が住んでいる部屋には浴室がないので、彼女にはまだ物を手に入れるチャンスがある。初江は頷き、一枚の紙を紀美子に渡した。「これは狛村さんの携帯電話のパスワードです。こっそり覚えておきました。」「ありがとう、初江さん!」紀美子は感激した。紀美子はパスワードが書かれた紙を握り締め、電気がついている浴室を眺めて急いで静恵の部屋に向かった。部屋に入ると、静恵の携帯電話はテーブルの上にあった。紀美子は緊張しながら携帯リーダーを静恵の携帯に繋げた。ポートが繋がる瞬間、静恵の携帯画面に進度ゲージが表示された。一番下の完成度を見つめながら、紀美子は唾を飲んで外の動静に耳を尖らせた。50パーセントになった途端、隣りの部屋から音がした。紀美子の心臓はこくんと止まりそうになった。その時、初江の声が聞こえた。「狛村さん、バスタオルはまだ乾燥機にかけています!今日は天気がよくないですから、すぐ持ってきますね」「松沢さん!何してるの?!これくらいの仕事もちゃんとできないの?」初江は適当に彼女をごまかしてドアを閉めたが、今度は庭から車のエンジンの音が聞こえてきた。晋太郎が戻ってきた!紀美子は更に緊張した。初江は心配そうに聞いた。「入江さん、まだですか?ご主人様もお戻りになりましたが!」「もうすぐ終わる!」紀美子は返事した。掌の汗を拭きとり、完成度が100%になってから、彼女はリーダーを取った。携帯電話をテーブルに戻して、紀美子は静かに部屋から出た。晋太郎の部屋の
入江紀美子のその怒りっぽい顔を見て、森川晋太郎はドアに寄りかかり、「少しは楽になったか?」と尋ねた。紀美子はなんとなく「うん」と答えた。晋太郎は体を斜めにして、「行こう。連れてってやりたいとこがある」紀美子「???」もう午後9時過ぎなのに、彼は彼女をどこに連れていくつもりだろう?……北区、山腹。片道2時間の距離のため、紀美子はとっくに助手席で寝てしまっていた。晋太郎は車を止め、隣で体を丸めている紀美子を見て、目線は幾分と優しくなった。彼女の寝ている姿は、そこまで冷たく近寄りがたくなくなっていた。晋太郎は紀美子の顔に髪の毛が垂れているのを見て、ゆっくりと手を伸ばして整理してやった。彼女の顔を触れた瞬間、晋太郎は一瞬止まった。指先から湿った感触が伝わってきた。「母さん……行かないで、私はあなたの言うことを聞くから、もう愛人はやめるから、行かないで……」紀美子の寝言を聞くと、晋太郎はまるで心臓をきつく握られるような気持ちになった。彼女は母親に言われたから自分から離れようとしていたのか?晋太郎の眼差しは暗くなり、彼女が泣いているのを見るのは、母親が亡くなった日以来だった。その間、彼女の顔からは悲しい気持ちを一切見れなかった。よくも隠していたな!いつでも強がっている姿をして!晋太郎はイラついてネクタイを引っ張るが、ティッシュで彼女の涙を拭く手の動きは優しいものだった。この時の紀美子は、完全に目が覚めた。彼女は目覚めてすぐに晋太郎の関節のはっきりしている指が見えた。「何をしてるの?」紀美子は驚いて警戒しているように男を問い詰めた。晋太郎は答えず、拭き終わってから手を引いた。「お前はよだれを流していて、気持ち悪かったんだ」紀美子は恥ずかしくて慌てて視線を外に向かせた。外の大雪を見て、紀美子はゆっくりと目を大きくした。「雪が降ったの?」「ああ、杉本肇の故郷はこの近くだ。彼からここは雪が降っていると聞いた」晋太郎は平気で嘘をついた。紀美子は特に気にせず、ドアを開けて車を降りた。柔らかい雪を踏みながら、紀美子の機嫌も少しよくなった。彼女はまさか晋太郎が自分をこんなところに、雪を見に連れてきてくれると思わなかった。紀美子は雪道を暫く歩いて、眼底に軽い笑みが浮か