入江紀美子は暫く横になり、十数分後、松沢初江が食べ物を持ってきた。紀美子を見て、初江は嬉しそうな顔で、「よかった。やっと戻ってきましたね、入江さん」紀美子は体を起こし、軽く微笑んで、「今回はものを取りに戻ってきただけよ、初江さん」初江は食べ物をテーブルの上に置き、軽くため息をついた。「あなたが残ってくださればよかったのに」紀美子は少し黙り込んで、「狛村さんは面倒くさい人なの?」初江は苦笑いをして何も言わずに、スープを混ぜて冷ましてから紀美子に渡した。「また痩せたんじゃないですか、暫くはここに残って、私がお体を養ってあげますから」初江は彼女に勧めた。紀美子はスープを受け取り、暫く黙ってから、「初江さん、本当のことを教えて。静恵はあなたに酷いことをしたの?」「仕方がありませんよ」初江はため息をついて、「私ね、あなたが戻ってくださればよかったとよく思っていました」紀美子は一口スープを飲み、唇を舐めて、「初江さん、私はもう戻ってくるつもりはないのよ。けど、彼女をこのジャルダン・デ・ヴァグから追い出すことはできると思うわ。この件、初江さんにちょっと手伝ってもらう必要がある」言いながら、紀美子は初江を見上げた。清らかな瞳には揺るがない光が漂っていた。初江は驚いて目を大きくした。「入江さん、あなた、それは何の為に……?」入江は深く息を吸ってから、静恵が母親にしたことを大まかに説明した。話を聞いた初江は怒りを抑えきれず、「入江さん、手伝います。あとで戻ったら、どうするかをよく考えておきますから」紀美子は頷き、初江に「ありがとう」と感謝の気持ちを伝えた。……午前1時。部屋のドアが押し開けられ、紀美子は視線を携帯電話から戻し、入ってきた静恵を見つめた。静恵は目が真っ赤になり、ベッドに近づいてきて低い声で口を開けた。「紀美子!あんた、まったく破廉恥なことをしてくれたじゃない?」紀美子は無表情に静恵を見つめ、「あんたが先に破廉恥なことをしてくれたから、私はただ反撃をしているだけよ?」静恵は両手の拳に握り、「あんたはものを取りに来ただけじゃない?!取ったらさっさと出てってくれない?人の婚約者に付き纏って恥ずかしくないの?あんたほど恥知らずな人なんて見たことないわよ!」紀美子はあざ笑い、「私は自ら残
朝食の後、入江紀美子は2階に戻った。森川晋太郎の部屋に戻ろうとした時、狛村静恵はドアを開け紀美子の前に来て、彼女の腹を眺めて、「そろそろ4か月になるんじゃない?」「何が言いたいの?」紀美子は警戒した。静恵はワケがありそうな笑みを浮かべ、「あんたはずっと晋太郎さんに教えていないけど、彼に知られたらその子を堕ろさせられるから?それとも彼に黙って外で破廉恥なことをして別の人の子を授かったから?」「皆があんたみたいな人間じゃないわ」紀美子はあざ笑った。静恵は一瞬言葉に詰り、「じゃあ何で晋太郎さんに私のことを言わないの?」「今更言っても何の意味があるの?」紀美子は静恵に一歩近づいて迫ってきた。「私はただ、あんたに注意したいだけだわ。あんたが焦って、怖がってそして怒り狂う表情を見られれば、私は気持ちいいのよ。あんたはせいぜいこの子が晋太郎さんのものだと祈るがいいわ。でないと、あんたの結末は私以下だから」紀美子はそう言って、視線を戻して部屋に戻った。静恵は毒々しく閉められたドアを見つめた。もうすぐ紀美子はそんないい気でいられなくなるから!そして、彼女は晋太郎の書斎を眺め、歩いて入った。晋太郎の部屋には金庫があり、3段階のロックがかかっていた。静恵は眉を寄せた。以前八瀬大樹から聞いたが、オーダーメイドで作った禁固のようだ。3段階のロックのうち、一つだけ本物で、他の二つを解除しようとすれば警報が鳴る。静恵は唇を噛みしめた。晋太郎の事務所にはそんなものはなかった。やはり、会社で探すしかない。静恵は適当に本を一冊取り書斎を出た。部屋に戻ってから後輩の秘書にメッセージを書いた。「チャンスを作って入江を会社に呼び出して」秘書はメッセージを読み、慌てて紀美子に連絡を入れた。「入江さん、今お時間大丈夫ですか?」紀美子は携帯でニュースを見ていたので、すぐに返信した。「大丈夫だよ、どうした?」秘書「入江さん、ちょっと会社まで来てもらえます?」秘書は大まかな経緯を説明した。紀美子は少し考えてから返事した。「分かったわ。まだそのドキュメントを弄らないで、今行くから」彼女は今もうMKの社員ではなくなったので、会社に入るには晋太郎の許可が必要だ。紀美子は晋太郎の携帯電話番号を探し出し
入江紀美子は笑みを浮かべ、「それはどうも。もしかしてまた私と狛村静恵が喧嘩になるのが怖いから?」森川晋太郎は眉を顰め、視線を紀美子の潤んだ唇に落とした。「入江、あまりいい気になると、その口を塞ぐぞ」紀美子「……」相手が頭の中ではセックスしか考えていない男だと思い出して、紀美子は口を閉じることにした。晋太郎が事務所を出た後、紀美子は元の自分の席まで歩いた。彼女は自分が使っていた事務用品を手で触っていると、脳裏にこの三年間真面目に仕事をしていた光景が浮かんだ。静恵が現れるまでは、彼女は自分が晋太郎とは長い付き合いになると甘く考えていた。だが残念なことに、その幼稚な考えは現実に撃ち砕かれた。紀美子は軽く息を吸い、気持ちを整理してからドアを開き秘書室に入った。しかし彼女の姿が消えてすぐ、静恵が廊下に現れた。彼女は袋を持って晋太郎の事務室の前でドアをノックした。視線はドアに落としているが、横目で廊下の防犯カメラを眺めた。返事がないので、彼女はドアを開けて中に入った。彼女は晋太郎のスケジュールを良く知っているので、わざとこの日を選んで会社に来た。晋太郎の席まできて、静恵はゴージャスなお菓子を晋太郎の机の上に置いた。そして彼女の目線が横に置いているキャビネットに落ちて、緊張しながら近づいた。秘書室。紀美子が職場に現れ、若い秘書たちが皆はしゃいで挨拶しに囲んできた。中にはボスが厳しすぎると文句を言いつけてくる人までいた。紀美子は笑顔で皆に返事している時、秘書長の佐藤は少し離れた所で白い目を向けていた。佐藤「あのビッチの偉そうな顔見た?まるで会社が彼女がいないと回らなくなるみたいな!」秘書の白原は驚いた。「彼女は会社に戻ってきたの?!」佐藤「黙って!彼女が戻って来たら私は昇進できなくなるじゃない!」白原は不満げな表情で「実は私たちは彼女に嫉妬してるじゃない。能力がある上に、社長の愛人でもある、とね」佐藤は白原を睨み「あんた、何もかも分かってるような言い方はやめてよ。あんただって彼女のことを嫉妬してたじゃない」白原はあざ笑った。紀美子がいないこの間、彼女はよく分かってきた。事実、彼女の能力は彼女達全員を凌駕していた。紀美子が秘書室を離れた最初の数日、皆に押しかかってくる仕事で大
入江紀美子はそう言って、静かに視線を戻し森川晋太郎の返事を待たずに事務所を出た。二人が行為をする光景を思い浮かべると、吐き気がしてきた!一緒に食事をするのは無理だ。彼女は何もなかったのように彼と飯を食べることはできない。さきほど彼に聞いたのは、単純に狛村静恵が暴れたいけどできない姿がみたいだけだった。会社を出て、紀美子は深呼吸をしてやっと自分を無理やりに落ち着かせた。腕時計を覗くと、今戻ればまだ間に合いそうだった。タクシーでジャルダン・デ・ヴァグに戻ると、松沢初江が迎えに出てきた。紀美子を見て、初江は催促した。「入江さん、早く。狛村さんは今携帯電話をテーブルに置いてお風呂に入っています」「分かったわ、できるだけ彼女の足止めをして」静恵が住んでいる部屋には浴室がないので、彼女にはまだ物を手に入れるチャンスがある。初江は頷き、一枚の紙を紀美子に渡した。「これは狛村さんの携帯電話のパスワードです。こっそり覚えておきました。」「ありがとう、初江さん!」紀美子は感激した。紀美子はパスワードが書かれた紙を握り締め、電気がついている浴室を眺めて急いで静恵の部屋に向かった。部屋に入ると、静恵の携帯電話はテーブルの上にあった。紀美子は緊張しながら携帯リーダーを静恵の携帯に繋げた。ポートが繋がる瞬間、静恵の携帯画面に進度ゲージが表示された。一番下の完成度を見つめながら、紀美子は唾を飲んで外の動静に耳を尖らせた。50パーセントになった途端、隣りの部屋から音がした。紀美子の心臓はこくんと止まりそうになった。その時、初江の声が聞こえた。「狛村さん、バスタオルはまだ乾燥機にかけています!今日は天気がよくないですから、すぐ持ってきますね」「松沢さん!何してるの?!これくらいの仕事もちゃんとできないの?」初江は適当に彼女をごまかしてドアを閉めたが、今度は庭から車のエンジンの音が聞こえてきた。晋太郎が戻ってきた!紀美子は更に緊張した。初江は心配そうに聞いた。「入江さん、まだですか?ご主人様もお戻りになりましたが!」「もうすぐ終わる!」紀美子は返事した。掌の汗を拭きとり、完成度が100%になってから、彼女はリーダーを取った。携帯電話をテーブルに戻して、紀美子は静かに部屋から出た。晋太郎の部屋の
入江紀美子のその怒りっぽい顔を見て、森川晋太郎はドアに寄りかかり、「少しは楽になったか?」と尋ねた。紀美子はなんとなく「うん」と答えた。晋太郎は体を斜めにして、「行こう。連れてってやりたいとこがある」紀美子「???」もう午後9時過ぎなのに、彼は彼女をどこに連れていくつもりだろう?……北区、山腹。片道2時間の距離のため、紀美子はとっくに助手席で寝てしまっていた。晋太郎は車を止め、隣で体を丸めている紀美子を見て、目線は幾分と優しくなった。彼女の寝ている姿は、そこまで冷たく近寄りがたくなくなっていた。晋太郎は紀美子の顔に髪の毛が垂れているのを見て、ゆっくりと手を伸ばして整理してやった。彼女の顔を触れた瞬間、晋太郎は一瞬止まった。指先から湿った感触が伝わってきた。「母さん……行かないで、私はあなたの言うことを聞くから、もう愛人はやめるから、行かないで……」紀美子の寝言を聞くと、晋太郎はまるで心臓をきつく握られるような気持ちになった。彼女は母親に言われたから自分から離れようとしていたのか?晋太郎の眼差しは暗くなり、彼女が泣いているのを見るのは、母親が亡くなった日以来だった。その間、彼女の顔からは悲しい気持ちを一切見れなかった。よくも隠していたな!いつでも強がっている姿をして!晋太郎はイラついてネクタイを引っ張るが、ティッシュで彼女の涙を拭く手の動きは優しいものだった。この時の紀美子は、完全に目が覚めた。彼女は目覚めてすぐに晋太郎の関節のはっきりしている指が見えた。「何をしてるの?」紀美子は驚いて警戒しているように男を問い詰めた。晋太郎は答えず、拭き終わってから手を引いた。「お前はよだれを流していて、気持ち悪かったんだ」紀美子は恥ずかしくて慌てて視線を外に向かせた。外の大雪を見て、紀美子はゆっくりと目を大きくした。「雪が降ったの?」「ああ、杉本肇の故郷はこの近くだ。彼からここは雪が降っていると聞いた」晋太郎は平気で嘘をついた。紀美子は特に気にせず、ドアを開けて車を降りた。柔らかい雪を踏みながら、紀美子の機嫌も少しよくなった。彼女はまさか晋太郎が自分をこんなところに、雪を見に連れてきてくれると思わなかった。紀美子は雪道を暫く歩いて、眼底に軽い笑みが浮か
森川晋太郎の話を聞くと、入江紀美子の心は少しずつ冷めていった。彼女は目を閉じ、口を尖らせた。説明をすれば、彼は信じてくれるのか?「何か言え!!」晋太郎はいきなり怒鳴り出した。紀美子はぼんやりと彼を見つめ、「あんたは私の話を信じてくれるの?信じてくれないなら、これからの説明はすべて無意味よ!」「そんなのは聞きたくない!俺はお前の説明が聞きたいんだ!」晋太郎の目は段々赤くなり、真っ黒な瞳の中の怒りの炎が紀美子を燃やし尽くすほどだった。「あんたはこんな態度なのに、私にこれ以上どう説明しろというの?」紀美子は首をひねて、車の外を眺めた。彼女は説明したくなかった!彼の秘書になってから3年も経ち、機密を盗む気があったらとっくにやっていた!今日まで待つ必要なんかなかった。晋太郎は手を伸ばし、力づくで彼女の体をねじり、強引に彼女を自分に向かせた。彼は歯を食いしばり、渾身の圧迫感が人の息を止めるほどだった。「最後に聞く。説明をしろ!チャンスを与えてやる!俺の限界を試すな!!」晋太郎は言葉を一文字ずつ口から押し出し、紀美子の腕を握りつぶすほど手で掴んだ。限界を試すなですって?紀美子はあざ笑い、下唇を噛みしめながら痛みを堪えて手を引き戻した。彼女は晋太郎の視線を見つめ、挑発的な口調で、「何が聞きたい?私が会社の機密情報を盗んだこと?それとも私が全然盗んでいないという言い訳?あんた、私を少しでも信用していたの?今日事務所に入ったのは私だけじゃない!狛村静恵も入っていた!彼女が事務所にいた時間は私よりずっと長かったのに、何故私が盗んだと決めつけるの?!」「じゃあ、何故急に俺に訪ねてきた?!」晋太郎は拳を握り緊めながら、冷めきった目線で紀美子を見つめ、口調は相変わらず乱暴なものだった。紀美子は心底から無力感が湧き、そう聞かれたら、流石に説明のしようがなかった。彼女はまだ揃っていなかった証拠を彼に見せることはできなかった。そして彼が静恵の肩を持つかどうかも断定できなかった。「言ったでしょ、私はただ自分のものを取りに戻っただけ」紀美子は自信なく説明した。「嘘つけ!!」晋太郎は拳を思い切り座席の背もたれにぶつけ、激怒した声で叫んだ。「入江!本当のことを言うのは、貴様にとってそんなに難しい
入江紀美子はやっと山腹から降りてきた。ますます重くなってきた頭と胃の中の気持ち悪さを堪えながら、彼女は痺れそうな足を引きずり、明かりをめがけて進んだ。しかし少し歩くと、目がブラックアウトして体が雪の中で倒れた。ジャルダン・デ・ヴァグ。狛村静恵は少し取り乱れた表情でリビングに座っていた。八瀬大樹の話によれば、機密資料は売り出せなかったようだ!目下、彼女は大樹に言われた通りに金を工面して大樹に送らなければならなかった。期限は三日後、それまでに1000万を渡さなければならなかった。どうやってそれを森川晋太郎に打ち明けるかを考えているうち、別荘の入り口から車の音が聞こえてきた。静恵は慌てて立ち上がったが、晋太郎の不機嫌な顔を見ると、すぐに金の件を諦めた。彼女は慌てて迎えてきて、心配そうに晋太郎の腕を掴んで聞いた。「晋さん、どうかしたの?顔色が随分悪いけど」「離せ」晋太郎にきついことを言われた静恵は慌てて手を引いた。彼女は恐る恐ると彼を見て、可哀想に言った。「晋さん、お願い、そんな怖い顔をしないで」「これから俺の許可がなければ、会社に来るな」晋太郎は静恵をそれ以上構わずに階段を登って2階に上がった。静恵の心臓はコクンっと震え、もしかして晋太郎に何かを悟られたのか?彼女は緊張して唇を噛みしめ、一緒に帰ってこなかった紀美子のことを考えた。少し考えたら彼女は分かった。晋太郎があんなに怒っていたのはきっと紀美子と喧嘩したからだった。紀美子がしたことが晋太郎を警戒させたので、彼は自分に会社に行くなと命令したのであった。そう考えながら、静恵は笑みを浮かべた。どうやら神様まで自分の味方になったようだ。紀美子が戻ってこなくても構わない、欲しいものは既に手に入った。晋太郎と紀美子が出かけていた間に、静恵は晋太郎の部屋で紀美子の髪の毛を数本集めた。明日、彼女は理由を作って渡辺家に行って、こっそりと紀美子の髪の毛をヘアブラシに置くと決めた。部屋の中。晋太郎は紀美子の携帯電話をきつく握りしめながらソファに座り込んだ。わざと携帯電話を車に残すなんて、彼女はなかなかあざといことをしてくれた。暫く座ると、晋太郎はいきなり立ち上がり、窓際まで歩いた。外に降り始めた大雪を眺めて、晋太郎の顔
入江紀美子は疲弊した体を動かし、背中を森川晋太郎に向けた。彼女は今死ぬほど辛くて、たとえ一目だけでも晋太郎の顔を見たくなかった。しかし隣で書類を読んでいた男は紀美子のが目を覚ましたのを悟り、顔を上げた。彼は慌ててベッドに近づき、唇を動かそうとしたが、どうやって口を開くか迷った。暫くしたら、彼は振り向いて寝室を出て、松沢初江を2階に呼んできた。初江は食べ物を持ってきて、軽く声をかけた。「入江さん?」紀美子はゆっくりと目を開き、「うん」と淡々に応えた。初江「よかった、やっと目が覚めたわね。早く起きてスープを飲んで。ここ数日、ずっと栄養液を点滴していたから、胃の中はきっとお辛いでしょう」紀美子は一瞬戸惑い、初江に「私はどれくらい眠っていたの?」と聞いた。初江「もう3日目ですよ。この3日間、ご主人様は殆ど休まれておらず、1時間置きに熱いタオルであなたの体を拭いておられましたよ」「彼の話をしないで」紀美子は初江の話を打ち切り、虚ろな目で言った。「彼の話を聞きたくない、彼に会いたくもない」初江は肇から今回の事情を多少聞いていた。彼女は紀美子が戻ってきた目的を良く分かっていた。しかし初江はその秘密を守ると紀美子に約束していた。紀美子の侘しさで無表情になった顔を見て、初江は心配そうにため息をついた。「分かったわ、もうその話はしない。取り敢えず起きてスープを飲んだらどうです?」紀美子は眉を寄せ、「初江さん、誰が診てくれたの?」初江「お医者さんよ、入江さんの体は静養が必要だと言っていました」それを聞いた紀美子は少し安心した。子供のことに触れなかったのは、彼達はまだそれを知らないということだった。それに腹は特に何も感じられなかったから、多分子供は無事だった。紀美子は初江に支えられて、体を起こした。時間をかけてスープを飲み干し、紀美子はまた横になった。初江「入江さん、お願いだから、ここに残ってもらえませんか?その体、今ちゃんと回復させないと、将来は病気を引き起こしかねないですから」紀美子は低い声で答えた。「分かったわ」子供の為にも、彼女は体を養わなければならない。ただ、彼女のパソコンはまだ楡林団地の家に置いてきたが、デザイン稿の締め切りが近くなってきていた。紀美子は少し考えてから
しかし、紀美子の子どもたちがなぜ晋太郎と一緒にいるのだろうか?もしかして、晋太郎の息子が紀美子の子どもたちと仲がいいから?紀美子は玄関に向かって歩き、紗子が龍介を見て言った。「お父さん、気分が悪いの?」龍介は笑いながら紗子の頭を撫でた。「そんなことないよ、父さんはちょっと考え事をしていただけだ。心配しなくていいよ」「分かった」玄関外。紀美子は子どもたちを連れて家に入ってくる晋太郎を見つめた。「ママ!」ゆみは速足で紀美子の元へ駆け寄り、その足にしっかりと抱きついた。「ママにべったりしないでよ」佑樹は前に出て言った。「佑樹、ゆみは女の子だから、そうやって怒っちゃだめ」念江が言った。ゆみは佑樹に向かってふん、と一声をあげた。「あなたはママに甘えられないから、嫉妬してるんでしょ!」「……」佑樹は言葉を失った。紀美子は子どもたちに微笑みかけてから、晋太郎を見て言った。「どうして急に彼らを連れてきたの?私は自分で迎えに行こうと思っていたのに」晋太郎は顔色が悪く、語気も鋭かった。「どうしてって、俺が来ちゃいけないのか?」「そんなつもりじゃないわよ、言い方がきつすぎるでしょ……」紀美子は呆れながら言った。「外は寒いから、先に中に入って!」晋太郎は三人の子どもたちに向かって言った。そして三人の子どもたちは紀美子を心配そうに見つめながら、家の中に入った。紀美子は疑問に思った。なぜ子どもたちは自分をそんなに不思議そうな目で見ているのだろう?「吉田龍介は中にいるのか?」晋太郎は紀美子を見て言った。「いるわ。どうしたの?」紀美子はうなずいた。「そんなに簡単にまだ知り合ったばかりの男を家に呼ぶのか?」晋太郎は眉をひそめた。「彼がどんな人物か知っているのか?」紀美子は晋太郎が顔色を悪くした理由がようやく分かった。「何を心配しているの?龍介が私に対して悪いことを考えているんじゃないかって心配してるの?」彼女は言った。「三日しか経ってないのに、家に招待するなんて」晋太郎の言葉には、やきもちが含まれていた。「龍介とすごく仲良いのか?」「違うわ、あなたは、私と彼に何かあるって疑っているの?晋太郎、私と彼はただのビジネスパートナーよ!」
「入江社長って本当に幸せ者だよね!羨ましい~!私はただの一般人だけど、この二人推したい!!」「吉田社長って絶対入江社長のために来たんでしょ。あんなに忙しいのに時間を作ってまで来るなんて、これって本物の愛じゃない!?」そんな無駄話で盛り上がるコメントの数々を見た晋太郎の顔色は、みるみるうちに暗くなった。「何バカなこと言ってるんだ!」晋太郎は怒りを露わにしてタブレットを放り出した。「この話題をすぐに消せ!誰かがまた報道しようとしたら、徹底的に潰す!」「晋様、入江さんの方は……」肇は焦りながら言った。晋太郎は目を細めて言った。「二人を見張らせろ!龍介が突然帝都に来たのは絶対に怪しい。会社のためじゃないなら、紀美子を狙って来たに決まってる!しかも、彼は離婚してるだろう。きっと子どものために後妻を探してるんだ!」「後妻を!?」肇は驚きの声を上げた。「入江さんの魅力ってそんなにすごいんですか……だって吉田社長ってあの地位の……」それ以上言う勇気がなくなり、肇は言葉を飲み込んだ。というのも、晋太郎の顔にはすでに冷たく怒りがはっきりと現れていたからだ。肇だけではない。晋太郎自身も、これ以上考えるのが怖くなっていた。龍介は有名な良い男で、礼儀正しくて、しかも温かみがある。こんな男が最も心を掴むのだ!彼は龍介の猛烈なアプローチを恐れているわけではない。ただ、紀美子がその優しさに押し負けてしまうのではないかと心配していた。しばらく考えた後、晋太郎は携帯を取り出し、朔也に電話をかけた。彼は龍介がなぜ帝都に来たのかを確かめたかったのだ。しばらくして、朔也が電話に出た。「また何か大事でもあるのか、森川社長?俺、今すごく忙しいんだけど」「龍介は帝都に何しに来たんだ?」晋太郎はストレートに言った。「何しに来たって、彼が帝都に来ちゃいけないっていうのか?」朔也は不満そうに言った。「もし何か理由があるとしたら、当然、Gに会いに来たんだよ!昼に俺たちと食事したんだ、いやあ、さすがに地位が高いだけあって、お前と同じくらい立派な人だったよ。性格に関してはお前よりずっといいけどな!そうそう、今夜はうちに来てくれることになったんだ!」朔也はこれを言うことで晋太郎を苛立たせ、紀美
「そんなに聞かなくていい!」紀美子は彼を遮って言った。「後でレストランのアドレスを送るから、直接きて」「分かった、分かった!」電話を切った後、紀美子は楠子のオフィスに行って、少し用事を頼んだ。その後、龍介と紗子をレストランへ誘った。帝都ホテル。最初に到着した朔也は、レストランで一番良い料理を全て注文した。紀美子と龍介はレストランに到着すると、すぐに個室に向かった。個室の中では、朔也がサービス員に酒を頼もうとしていたところ、紀美子と娘を連れた龍介が入ってきた。龍介を見た朔也は急いで立ち上がり、熱心に迎えた。「吉田社長、はじめまして!帝都へようこそ!」龍介は穏やかな笑顔を浮かべて言った。「こんにちは、朔也さん」「えっ、俺のこと知ってるんですか?」朔也は驚いて言った。「もちろん、Tycの副社長ですよね」「あんまり興奮しないでよ」紀美子は笑いながら朔也を見て言った。「興奮しないでいられるかよ!」朔也は顔に出てしまった表情を抑えきれず、「吉田社長はアジア石油界の大物だぞ!」と言った。「そんな大したことはないよ」龍介は言った。「そんな謙遜しないでくださいよ、吉田社長!お酒は飲まれますか?何を飲みます?」朔也は尋ねた。「申し訳ないけど、あまり強くないので普段からほとんど飲みません。今日は軽く食事だけでお願いします」「それならそれで!」朔也は納得し、そばでおとなしく立っている紗子に目を向けた。「こちらは吉田社長のお嬢さんですよね?本当に可愛いですね!」紗子は礼儀正しく頷き、「おじさん、こんにちは。私は吉田紗子です。紗子って呼んでください」と自己紹介した。「紗子ちゃん!」朔也は嬉しそうに笑顔で答えた。「俺は朔也だよ!よろしくね!」「立ち話はここまでにして、座って話しましょう」紀美子は言った。四人が席についた後、料理が運ばれてきた。食事中、誰も仕事の話は一切口にせず、和やかな雰囲気で過ごしていた。「吉田社長、午後はGに帝都の景色を案内してもらってください。退屈だなんて思わないでくださいね」朔也が言った。龍介は紀美子に目を向け、丁寧に「お手数をおかけします」と答えた。「そうだ、G。さっき舞桜から電話があって、今夜には帰るって。吉田
車の中で、晴は晋太郎に尋ねた。「一体、親父に何を言ったんだ?どうしてあんなにすぐに同意したんだ?」目を閉じて椅子の背に寄りかかり休んでいた晋太郎は一言だけ言い放った。「静かにしてろ」晴はそれ以上は深く追及せず、事がうまくいったことに感謝していた。家に帰ると、晴はこの朗報を佳世子に伝えた。佳世子はあまり感情を動かすことなく、だるそうに返事をした。「まあ、心配事が一つ解決したってことだね」晴は疑問を抱きながら眉をひそめた。「なんだか、あんまり嬉しそうじゃないね?」「歓声を上げろっていうの?」佳世子はため息をついた。「忘れないで、私の両親にはまだ説明してないよ」佳世子はしばらく沈んだ表情をしていた。両親がこのことを知ったらどう反応するのか、全く予測がつかないのだ。彼女の両親は性格は悪くないが、考え方は保守的だ。もし彼らが今、自分が未婚で妊娠していることを知ったら……佳世子はそのことを考えると、少し寒気がし、喜べなかった。「それは簡単だよ。時間を決めて、ちょっとギフトを買って、両親のところに行こう。俺が一緒にいるから、心配しなくていい」佳世子は適当に笑うと、ソファに縮こまり、何も言わなかった。午後。紀美子はオフィスで書類を見ていると、楠子がドアをノックして入ってきた。「社長、受付から電話があって、面会の申し出がありました」楠子が言った。「誰?」紀美子は顔を上げた。「吉田龍介様です」紀美子は一瞬驚いた。龍介?どうして、連絡もなしに来たの?紀美子は急いで立ち上がり、「すぐに上にお連れして!」と楠子に頼んだ。楠子はうなずき、振り向こうとしたが、紀美子に呼び止められた。「ちょっと待って!私が下に行く!」言うが早いか、紀美子はオフィスを出て、階下へ龍介を迎えに行った。階下では。龍介は紗子と一緒にロビーで待っていた。紀美子が出てくるのを見て、龍介と紗子は立ち上がり、紀美子に挨拶をした。「紀美子」龍介は笑顔で呼びかけた。紀美子は手を差し出しながら言った。「龍介君、紗子。事前に知らせてくれれば、迎えに行ったのに」「おばさん、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません」紗子は微笑みながら言った。「気にしないで、忙しくないから
晋太郎は晴の父親の近くに歩み寄り、真剣な眼差しで花瓶を見つめた。「以前あなたが収集した骨董品より質は少し劣りますが、全体的には悪くないですね」「そうだね……」晴の父親はため息をついた。「どれだけ質が良くても、目に入らなければ人を喜ばせることはないものだ」晋太郎は晴の父親を見つめ、「田中さん、それは何か含みのある言い方ですが?」と尋ねた。晴の父親は手に持っていたブラシを置き、晋太郎にソファに座るように促した。そして壺を手に取って、晋太郎にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎、今日わざわざ訪ねてきたのは、あの女の子のことだろう?」「そうです」晋太郎は率直に答えた。「晴は彼女のことが本当に好きなんです」「好きだという感情だけで、一生を共にできると思うのか?今はただの一時的な熱に過ぎない」晴の父親は冷静に言った。「田中さんは相手の家柄が気に入らないのか、それとも佳世子という人間自体が気に入らないのか、どちらでしょうか?」晋太郎は直球で聞いた。「晋太郎、君も知っている通り、俺は息子が一人しかいない。いずれ会社を継ぐのは彼だ。今、帝都のどの家族も俺たち三大家族を狙っている。この立場を少しでも失えば、元の地位に戻るのは容易ではない。だからこそ、晴には釣り合いの取れた相手を望んでいるんだ。すべては家族のためだ」「田中さんは晴の力を信じていないのですか?それに、二人が一緒にいられるかどうか信じていないのなら、むしろ自由にさせて、どれだけ続くのか見守ってみたらどうでしょう?もしかすると、あなたの言う通り、新鮮味が薄れれば自然と別れるかもしれません。おそらく、今反対すればするほど、彼らは反抗するでしょう。この世に反発心のない人なんていませんからね……」階下。晴と母親が少し離れたところに座っていた。彼女はずっと晴をにらんでいた。「何か私に言いたいことはないの?」晴は無視して、答える気はなかった。だが晴の母親はしつこく言い続けた。「どうしたの?昨日、あの女狐を叩いたことで、私を責めるつもり?」その言葉に晴は反応し、突然振り向いて母親を見て言った。「佳世子は女狐じゃない。最後にもう一度言っておく!」「じゃあどんな女だって言うの?!」彼女は声を高くした。「見てご
電源を入れた瞬間、多くのメッセージが届いた。すべて、翔太からのメッセージだった。静恵は一つ一つ確認した。「お前を救うのは問題ない。しかし、三つのことを約束しろ」「一、貞則が俺を陥れようとしている証拠(録音など)を必ず手に入れろ」「二、君は必ず執事を自分の味方につけろ。執事を抑えたら、貞則を倒す最大のチャンスが得られる」「三、貞則の計画と俺を狙うタイミングや方法を、先に必ず俺に教えてくれ。対応策を準備するためだ」メッセージを読み終わった静恵は急いで返信をした。「助けが必要だ!この携帯は絶対にバレてはいけないの。もし可能なら、貞則の書斎に録音機を隠すように手配して」一方、瑠美に無理やりジュースを飲まされていた翔太は、メッセージを見るや否やすぐに返信した。「任せてくれ。成功したら、メッセージを送る」翔太の返信を見て、静恵はほっと息をついた。これから、彼女は一人ずつ、地獄に突き落としてやるつもりだった!!……朝早く。晴はMKに呼ばれて、ぼんやりとした顔で社長室に入った。晋太郎がスーツを着ているのを見て、彼は困惑しながら尋ねた。「晋太郎、こんなに早く呼び出して一体何をするつもりなんだ?」「俺を連れてお前の親を説得したくないなら、帰れ」晋太郎は彼をちらりと見て言った。その言葉を聞いた晴は、目を大きく見開いた。「本当?本気で俺の両親を説得しに行くつもりか?」「同じことは二度言いたくない」「行こう!!」晴は興奮して言った。「今すぐ行こう!」車で、晴と晋太郎は後部座席に座っていた。「晋太郎、どうやって言うつもりだ?うちの母さんは話しにくいんだ」晴は落ち着かない様子で尋ねた。「なぜ君の母に言う必要がある?」晋太郎は冷たく言った。「君の父に頼むほうが容易いだろう」「君の言う通りだな……でも、父の方は希望がもっと少ない気がする」晴は少し考えてから答えた。「もしもう一言でも口答えするなら、今すぐ肇にUターンさせるぞ」晋太郎は袖口を直しながら言った。「わかった、わかった」晴はすぐに言った。「今は君がボスだ、君の言う通りにするよ!」「佳世子は今、何ヶ月目の妊娠だ?」晋太郎は尋ねた。「もうすぐ四ヶ月だ!」晴はこの話になると、顔に幸せ
「何で?バーとかで遊んでたから素行が悪いと決めつけるの?」「妊婦を殴るなんて、人間がやることか?」「自分の息子に聞かず、嫁に聞くのはどういうことだ?」「帝都の三大名門?笑わせんな!恥知らずにもほどがあるよ!」「Tycの女性社長っていい人だよね。きっと彼女の友達もあんな人間じゃないはず。私は彼女達を応援する!」「……」ネットユーザー達のコメントを読んで、入江紀美子はほっとした。そしてすぐ、田中晴が到着した。彼の他に、森川晋太郎と鈴木隆一も一緒に来た。紀美子達は現れた3人の男達を不思議な目で見た。5人はお互いを見つめるだけで、どこから話したらいいか分からなかった。晴は杉浦佳世子の前に来て、心配した様子で佳世子の顔を持ち上げ、泣きそうな声で尋ねた。「佳世子……まだ痛いのか?」佳世子は首を振って返事した。「ううん、もう大丈夫よ」「すまない」晴は悔しかった。「俺がちゃんと君を守れなかったから、母がちょっかいを出してきたんだ」佳世子は晴の手を握り、優しく微笑んだ。「分かってるよ、心配しないで、あんただって頑張ってるの分かってるから」2人の会話を聞き、不安を抱えていた紀美子はやっと安心できた。晋太郎は紀美子の傍に座り、口を開いた。「君は大丈夫だったか?」紀美子は首を振って答えた。「いいえ、ただ佳世子があんなことをされるのを見て、辛かった。しかし今の状況で、私はどうしようもないの」そう言って、紀美子は晋太郎達にお茶を注いだ。「君から見て、佳世子が田中家に嫁入りしたら、将来はどうなると思う?」晋太郎は紀美子を見て、いきなり聞いてきた。「将来がどうなろうと、佳世子がその子を産むと決めたなら私は親友として、無条件に彼女を支えるわ」紀美子の回答を聞いて、晋太郎は暫く躊躇った。そして、彼は頷いた。「分かった」その昼食の間、隆一はずっと複雑な気持ちだった。大親友の2人には自分の女がいるのに、自分だけ未だに一人だった。このままではいかん!自分の恋を探さなきゃ!金曜日。狛村静恵は退院して森川家旧宅に戻った。玄関に入ると、すぐボディーガード達に森川貞則の所に連れていかれた。書斎にて。貞則はお茶を飲んでいた。静恵が戻ってきたのを見て
「晴のせいじゃないわ!」杉浦佳世子は否定した。「もともと彼の母がそう言う人間なの。彼もきっと頑張ってくれてたはず!」そう言って、佳世子は入江紀美子の懐に飛び込み、力いっぱいに彼女を抱きしめた。彼女は紀美子の腹を擦って、悔しそうに言った。「紀美子、顔がめっちゃいたいんだけど、ちょっと腫れてないか見てくれる?」紀美子は笑いながら佳世子の顔を触った。「もうこんな時なのに、まだ顔のことを気にしてるの?本当に能天気だね」「だってきれいでいたいんだもん……それと、さっき私の肩を持ってくれてありがとう……」「何言ってるの?当たり前でしょ?親友だもの」家から出てきた田中晴は、憂鬱な気分で森川晋太郎の所を訪ねてきた。MK社・事務所にて。放心状態の晴がソファに横たわって、無力に天井を見つめていた。「またどうしたんだ?MKはお前のリハビリ施設か?」「母と喧嘩したんだ」晴は疲れた声で答えた。「佳世子のことでか、無理もない」晋太郎は淡々と言った。「無理もないだと?」晴は体を起こした。「そんな涼しい顔をしてないで、どうにかしてくれよ」「お前のプライドの問題を、何故俺が口を出さなきゃならないんだ?」晋太郎は手元の資料を読みながら、落ち着いた顔で言った。この時、事務所のドアが急に押し開かれ、鈴木隆一が焦った顔で入ってきた。「晋太郎!大変だ!佳世子が晴の母にぶん殴られたんだって!」「何だと?!」晴はすぐに立ち上がり、緊張して大きな声で聞いた。隆一は隣から聞こえてきた声に驚いた。「ちょっ、何でお前がここにいるんだ?」「俺がここにいちゃまずいのかよ?」晴は飛びついた。「一体どっからそんなことを聞いたんだ?」隆一は自分の携帯を晴に見せた。「ほら、ネットで話題になってるぞ!」晴は隆一から携帯を受け取り、動画を開き、自分の母が思い切り佳世子の顔にビンタを入れ、そして彼女を罵るのを見て、顔色が段々と悪くなってきた。彼は隆一の携帯を捨て、突風のように晋太郎の事務所を飛び出していった。晋太郎は絶句した。「お前ら、ここをどんな場所だとおもってやがる?井戸端か?!」しかし隆一は話を逸らした。「ところで、晴のやつはいつからいたんだ?あいつ、自分の母と喧嘩でもしにい
入江紀美子と杉浦佳世子はエレベーターに乗って1階に降りた。病院のビルから出る途端、急に現れた人影が彼女達の道を塞がった。2人が反応できていないうちに、その人が思い切り佳世子の顔を打った。驚いた紀美子は慌てて佳世子を自分の後ろに引き寄せた。そして、いきなり現れて佳世子を殴った晴の母を見て問い詰めた。「何をすんのよ?」「何してるのか、だと?」晴の母はあざ笑った。「君の友達がうちの息子に黙ってどんな破廉恥なことをやらかしたかを聞きたい?」晴の母は大きく尖り切った声で言った。彼女の声に惹きつけられ、周りの人達が皆面白そうに見学している。佳世子は妊娠しているため、ただでさえ情緒の制御が容易でなかった。そんな彼女が顔を打たれた挙句に酷い言葉で罵られたことにより、怒りが一瞬で爆発した。佳世子は紀美子を押しのけ、晴の母に向かって叫んだ。「あんたに私を殴る資格などあるの?」「あなたのような破廉恥な女、殴られて当然よ!他の人との子供を作って、その責任をうちの息子に擦り付けた!晴は、決してそんなことを甘んじて受けるようなことはしない!」「私が他の人と子供を作ったですって?」佳世子は彼女が何を言っているかさっぱり分からなかった。「何の証拠もなしに人を侮辱するんじゃないよ!」「よくバーとか行ってたじゃない?」晴の母が佳世子に問い詰めた。「そこで他の人としたんじゃないの?」佳世子が反論しようとすると、紀美子に再度横から打ち切られた。「佳世子、こんな判断力のない人と喧嘩しても無駄だよ、行こう!」紀美子は佳世子を引っ張って離れようとしたが、晴の母もついてきて、絶えず佳世子を罵り続けた。佳世子は晴の母を殴り返したくて仕方なかったが、紀美子にきつく腕を掴まれていた。駐車場に着くと、紀美子は佳世子を車に押し込み、振り向いて晴の母に向かって言った。「その話は誰から聞いたのか知らないけど、佳世子はそんな人間ではないとはっきり言っておくわ!」「フン、あなたはあのビッチの友達だから、彼女の肩を持つに決まってるじゃない!」「あんた『ビッチ』何て口にしてるけど、それでも名門のつもりなの?教養のかけらもないわ!」紀美子はそう言いながら、晴の母に一歩近づいた。「さっきの喧嘩は恐らく沢山