Home / 恋愛 / 会社を辞めてから始まる社長との恋 / 第38話 勝手な真似はよして

Share

第38話 勝手な真似はよして

Author: 花崎紬
 狛村静恵は真顔になり、慌てて体を起こして「分かったわ!」と返事した。

八瀬大樹は帰った。

静恵はシャワーを浴び終え、バスローブを着てから一通の電話をかけた。

相手が電話を出てから、静恵は「電話をその2人に渡して」と指示した。

電話からドアが開く音がして、すぐに養父の罵声が聞こえてきた。

「死ね!私は電話など出るもんか!」

「狛村さん、話してください」監視役の人が口を開いた。

「お父さんお母さん、暫く電話をしていない間に随分と怒りっぽくなったんだね」

「黙れ!こうなると分かっていたら、あの時あなたを連れ戻さなきゃよかった!」養母が静恵に怒鳴った。

静恵「そう怒らないでよ、あんたたちが考えた答えが聞きたいの」

養父「私は人生の半分以上を誠実に過ごしてきた!こんな明らかな嘘をつくことはできん!答えは変わらん!私たち二人が死ぬまで監禁するがいい!お前の為になんか嘘をつくものか!」

静恵はワインを一口舐め、「じゃあ、お母さんは?やっぱり同じことを思ってるの?」

「あなたの質問に吐き気がするわ!」

静恵は淡々「あらら、もう随分長い間祖父母に会いに戻っていないけど、お二人元気にしてるかな

まだ健在してるか、それとも……」

「あんた、何をする気?!」養母の声が震えていた。

「何もしないわよ。ただ、あんたたちの意見が聞きたくて。そのご老人の二人に元気に残りの人生を過ごしてもらうか、それとも苦痛を与えられながら死んでもらう?」

「勝手な真似はよして!!」

静恵「いいわよ、お二人に最後に1日考える時間を与える。でも時間が過ぎても返事がないなら、責任をお二人でとってね」

言い終えると静恵は電話を切った。

静恵は残りのワインを飲み干し、晋太郎が自分にキスするシーンを思い出して、体が熱くなってきた。

……

翌日。

入江紀美子は会社に出勤した。

数日来ていない間に、秘書室に沢山の仕事が溜まっていた。

紀美子は午前中ずっと仕事を片付けていて、昼ご飯まで忘れていた。

森川晋太郎はほかの秘書に指示し二人分の昼ご飯を買ってきてもらった。

それを紀美子に渡したときでも、彼女はパソコンのモニターを見つめながらキーボードを叩いていた。

晋太郎はいつも彼女の仕事に対する態度を称賛していているので、彼女の仕事の邪魔はしなかった。

しかし、この前見たあの2
Locked Chapter
Continue Reading on GoodNovel
Scan code to download App

Related chapters

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第39話 貴様に条件を付ける資格はない

     「さっきは何を考えていた?!」入江紀美子はまだ先ほどの襲撃を考えていたが、男の怒鳴りが聞こえてきた。彼女は顔を上げ、唇を動かした。「ごめん、反応が遅れて」紀美子が自責している姿を見て、森川晋太郎は怒気を胸に無理やり押し込んだ。「もういい、車に乗れ」紀美子は無言で頷き、遠くから入院病棟を眺め、晋太郎の車に乗った。車は起動され、紀美子は「ありがとう」と呟いた。晋太郎は汚れた上着を脱ぎ、紀美子の言葉を無視した。俊美な眉間に一抹のイラつきが浮かんだ。彼はさきほどどうしたのだろう。紀美子が危なかったから本能的に飛び出して彼女を救った。彼の命の方がずっと高価なのに!「お前は最近誰かの恨みでも買ったのか?」晋太郎は冷たい口調で聞いた。紀美子は首を振り、「分からないわ、森川佑太以外、誰にも恨まれていないはず」「彼は今でもベッドで寝たきりだぞ!」晋太郎の話は彼女の推測をもみ消した。紀美子はどうしようもなく、「思いつかないわ」と答えた。……二人はそれぞれの考え事をしながらジャルダン・デ・ヴァグに着いた。杉本肇も情報が入っており、「晋様、情報が入りました。あの車の持ち主は柊守という男です」晋太郎はネクタイを引っ張り外し指示した。「そいつを連れてこい!」「はい!」肇は応答して別荘を離れた。30分後、紀美子はまだ松沢初江が作ってくれた栄養スープを飲んでいたが、一人の埃まみれの男が二人のボディーガードに押さえられて入ってきた。男は50代ほどで、晋太郎を見てすぐに怯えながら言い訳し始めた。「私は何も知らなかった!本当に知らなかった!社長さん、私は今日まだ車に触ってもいない!」晋太郎の目つきはハヤブサの如く鋭く、「誰かに車を貸したか?」中年男性は思い切り首を振り、「いや、誰にも貸していない!女房が証明できる!」晋太郎は手で合図したら、隣のボディーガードは中年男性の腹を力強く蹴った。中年男性は悲鳴を上げながら床に倒れ、紀美子はその惨状をみて五臓六腑が震えた。でも彼女は同情してない、なにせ彼女と晋太郎は殺されかけた。「言え、言わないと腕一本を切ってやる!」晋太郎は冷たい声で拷問した。中年男性は冷や汗をかき、「本当に知らないんだよ、社長さん!本当なんだ!」「ふん」晋太郎はあざ笑い、「知ら

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第40話 そのつもりはないわ

     その後の二日間は、入江紀美子はたとえ病院に行くときでも、後ろにボディーガードを二人付けられた。でも彼女にとって迷惑ではない。なにせまだ犯人が誰なのか分からないのだ。唯一困るのは、彼女は産婦人科に妊娠検査に行けないことだった。色々悩んで、杉浦佳世子にメッセージを送ることにした。「杉浦さん、ちょっとお願いがあるんだけど、いい?」佳代子はすぐに返信してきた。「いいよ、何?」紀美子は事情の経緯と自分がこれからしたいことを簡単に説明した。佳代子「今から行く?」紀美子「うん、大丈夫?」「もちろん、大丈夫だよ。じゃ、10時に病院の入り口で会おうね」時間は既に9時過ぎになっていたので、紀美子は着替えてから出かけた。病院の入り口に着くと、佳代子は紀美子の後ろについている筋肉ムキムキのボディーガードを見て、「社長って目が高いわねぇ、これじゃあ誰も近づいてこれないわよ……」紀美子はため息をついて、「入ろう」佳代子の健康診断の付き合いという理由で、紀美子は無事に産婦人科医に会い、エコー検査を受けることができた。昼頃、二人は洋食レストランで食事することにした。ボディーガードたちを入り口に待機させ、二人は会話のチャンスを作った。佳代子は紀美子の腹を見て、「紀美ちゃん、医者さんも言ってたけど、三か月後にお腹が膨らんでくるから、そろそろ社長にうち開けたらどう?」「そのつもりはないわ」紀美子は水を一口飲んだ。佳世子「もしかしたら、社長はこの子に免じて、あんたを選ぶかもしれないよ?あんたが入社してもう何年も経ってるけど、まさか社長のことを全く好きになっていないなんて、言わないよね?」そう言われた紀美子は黙り込んだ。好きになったからって、何の意味があるのだろう。彼女は森川晋太郎が自分を身辺に残すなど望んでおらず、狛村静恵と争うなんてもっと望んでいなかった。それに、彼女は子供を堕ろされる危険を冒してまでこの件を打ち明けることは絶対にできない。「紀美ちゃん!言っておくけど、シングルマザーの子は小さい頃から周りに変な噂を流されるから。子供が大きくなって、他の子の父親からの愛を羨ましくなって、自分のパパはどこって聞かれた時、どう答えるつもりなの?」紀美子「それは…考えたことないわ…」佳世子はため息をつき、「

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第41話 頑張って、取り戻して!

     電話を切った静恵は消防通路から出た。 その時ちょうど資料を抱えてエレベーターに向かっている紀美子と出くわした。 静恵は笑顔で紀美子に近づき、言った。「偶然ね、入江秘書」 紀美子は静恵の挨拶を無視した。 静恵も気にせず、腕を組んで傲慢な態度を取った。「最近体調が悪いって聞いたわ。明日、代わりに晋太郎の酒を飲んであげようか?」 紀美子は依然として無視した。 紀美子が何度も無視するので、静恵は面子が立たなくなった。 彼女は手を下ろし、声を低くして言った。「紀美子、何を偉そうにしてるの?」 紀美子は冷笑して彼女を一瞥し、「これも我慢できないの?」 静恵は歯を食いしばって言った。「あなたは長くは喜べないって言ったでしょ。明日の夜は、私が晋太郎のそばにいる!」 紀美子は不思議の表情で彼女を見た。「自分をそんなに安っぽいキャバ嬢に見せたいの?」 それに、晋太郎は年会でいつもお酒を飲まない。 たとえ飲んでも、静恵が付き添うかどうかは関係ない。 静恵は怒りで顔を真っ赤にして言った。「紀美子、その態度に気を付けなさい。さもないと、後悔することになるわよ!」 その言葉が終わると、目の前のエレベーターが開いた。 紀美子は無表情でエレベーターに乗り込み、階を押した。 エレベーターの扉が閉まる瞬間、静恵の目には陰険な光がますます増した。 彼女はこの女がどれだけ偉そうにできるのかを見てみたいと思った! …… 金曜日の午後5時。 紀美子は暖かいが見栄えの良い服を着て年会に出かけた。 下に降りると、晋太郎はすでにソファに座って待っていた。 彼はいつも通り黒いコートを着ており、その威厳と冷ややかな雰囲気が漂っていた。 紀美子は彼を一瞥し、「準備できた」と言った。 晋太郎は彼女の服装を見て、露出がないことを確認すると、満足して立ち上がった。 紀美子は晋太郎に続いて外に出て、車に乗り込み、スウィルホテルへ向かった。 20分後、車はホテルの前で止まった。 車から降りると、晴と隆一の二人の顔が見えた。 晋太郎は眉をひそめ、紀美子を連れて二人の前に歩み寄った。「何しに来たんだ?」 隆一は笑って言った。「晋様から年会のやり方を学ぼうと思って」 「酒を飲みに来たって言った方が入りやすいぞ」と晴は

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第42話 手間を取らせないほうがいいと思います。

     紀美子は茫然としたまま晋太郎のそばに引き寄せられ、晴が静恵に話しかけるのを聞いた。 「狛村さん、このような心身を使う仕事は入江秘書に任せたほうがいいです」 「?」 なぜ彼女がこんなに苦労して評価されない仕事をしなければならないのか? 紀美子は目を上げて、半時間で酔ってしまった晋太郎を見て、心の中で少し驚いた。 彼らは彼にどれだけの酒を飲ませたのだろうか? 静恵は一瞬驚いたが、田中晴が紀美子を呼び寄せるとは思ってもいなかった。 彼女は心の不快感を抑え、微笑みを引き出した。「田中さん、晋太郎は私にお任せください。入江さんは最近体調が良くないので、彼女にお手間を取らせないほうがいいと思います」 「狛村さん、晋太郎が酒を飲んだ後、気を付けなければならないことがたくさんあります。あなたがその仕事に対応できると確信していますか?」と晴が言った。 「もちろんです」と静恵は答えた 「……」紀美子は無言のままだった。 彼女はなぜ晴が自身にこのようなことをさせたがるのか理解できなかった。 晋太郎と静恵はいずれ結ばれるだろう。自分はただの部外者だ。 晴が再び話す前に、紀美子は口を挟んで、「田中さん!狛村副部長に任せてください。私は先に行きます!」 晴は眉をひそめ、去っていく紀美子を見て、しばらく考えた後に彼女を追った。 「入江さん、晋太郎はガチョウ肉にアレルギーがあることを知ってる?さっき狛村さんが彼に詰め物を食べさせてた! 秘書として、あなたがアレルギー薬を持っていないとは信じられない。医者が来るまでに一錠彼に与えてくれ」 「……」 沈黙の中、晴は続けた。「あなたがしたくないなら、晋太郎の命を気にしない秘書を選んだことを責めるしかないね!」 言い終わると、晴は去って自分の席に戻った。 紀美子はそこに立ち尽くしていた。 彼女は行くべきか? 行かなければ、確かに晋太郎は苦しむだろう。彼がアレルギー反応を起こした時の様子を見たことがあった。あれは本当に苦しかった。しかし、行けば、彼と静恵の付き合いを邪魔するかもしれない。考えた末、紀美子は心配して気になり、なんとか薬を静恵に渡してすぐに去ることにした。急いで去る紀美子を見て、晴は微笑みを浮かべた。酔っ払った隆一は彼の肩にぶら下がって、「なぜ入

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第43話 親不孝娘。

     静恵はハイヒールを履いて、部屋に入った。 ベッドで熟睡している男を見て、彼女は服を脱ぎ、床に投げ捨て、慎重にベッドに上がった。 目を閉じたあと、もう朝の七時だった。胃からの不快感で晋太郎は目を覚ました。自分がホテルにいるのを見て、彼は急に眉をひそめた。「う……晋太郎、目が覚めたの?」 晋太郎は声の方に急いで振り返ったが、静恵が寝ぼけた顔で恥ずかしそうに彼を見ていた。 瞬く間に、昨夜の映像が脳裏に蘇った。 彼が酔って人事不省のとき、誰かがドアベルを押した。 ドアを開けたとき、聞き覚えのある声がして、彼はその人を引っ張り込んだ。 紀美子だと思ったが、実際は静恵だったのだ! 晋太郎はイライラしながら急いで布団をはがしてベッドから降りた。 静恵はすばやく起き上がり、失望した声で言った。「晋太郎!あなたは私を嫌っていて、それで私と寝るのが嫌なの?」 晋太郎は顔を硬く引き締め、冷たい声で言った。「俺をここに連れてきたのは君か?」 静恵は頷いた。「私もお酒を飲んだので、あなたを家に送れなかった。だからここに連れてきたの。 途中であなたの酔いをさますために蜂蜜水を探しに行こうと思ったけど、キッチンはもう閉まってた。 戻ってきたら、あなたが私を引っ張り込んであんなことをしてしまった……。 晋太郎、あなたが私を嫌うなら、私はこのことを忘れてもいいわ」 静恵は監視カメラの映像を思い出しながら、悔しくて嘘をついていた。 晋太郎は拳を握りしめ、「静恵、君にちゃんと説明するが、今じゃない」 その言葉を聞いて、静恵はほっとした。 晋太郎が紀美子の来たことを覚えていないなら、それでいい。 あとは、彼女の要求を聞き入れてくれた養父母が帰国すれば、あるべきものは全部手に入れるだろう!! …… 晋太郎が家に帰ると、紀美子はシャワーを浴びて出てきたばかりだった。 彼に出くわすと、紀美子は彼の頭がまだ痛むかどうかを尋ねたかったが、 言葉を口にする前に、晋太郎は冷たい声で言った。「昨夜、静恵が私を連れて行ったことを知ってるのか?」 紀美子は頷いた。「知ってる」 晋太郎は唇を引き締め、目には失望が浮かんだ。「紀美子、お前は本当にいい仕事をしたんだな!」 そう言って、大股で部屋に入り、ドアを「バン

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第44話 なぜ嘘をつくのか。

     養父はぎこちなく笑いながら、「静恵が来たな、さあ、座ってくれ」と言った。 養母は晋太郎に視線を投げかけ、わざと「静恵、この人は誰かしら?」と尋ねた。 静恵は少し恥ずかしそうに微笑んで、「お母さん、彼は私がよく話している晋太郎よ」と言った。 養母は驚いて連続で頷き、「ああ、森川さんですね、どうぞお座りください」と言った。 晋太郎は空いている席に座り、黒い瞳で前にいる二人の夫婦を淡々と見つめた。 夫婦は彼に水を注ぎ、親切に話しかけた。 そして、ウェイターに料理を運ばせてから席に着いた。 養父は「静恵、森川さんはとても信頼できる人に見えるね。君が森川さんと一緒にいることがわかって安心したよ」と言った。 「本当によかった!」と養母も同意し、晋太郎を見て、「森川さん、静恵といつ関係を確かめるつもりですか?」と尋ねた。 晋太郎はゆっくりとナプキンで手を拭きながら、冷淡に「どのような関係を確かめるのですか?」と答えた。 養母は「もちろん婚約のことです」と答えた。 「まだその段階には達していません。まだ解決しなければならない問題があります」と晋太郎は冷静に答えた。 静恵は気配りをしながら、「そうよ、焦らないでね。晋太郎はとても忙しいし、私たちはまだ付き合い始めたばかりだし」と言った。 静恵のこの言葉を聞いて、晋太郎は急に、紀美子の「第三者にはならない」という言葉を思い出した。 心の中に一瞬の苛立ちを感じ、晋太郎はナプキンを置いて立ち上がり、「用事があるので、先に失礼します」と言った。 それを見て、静恵は慌てて彼を追いかけて、「晋太郎!怒っているの?」と尋ねた。 晋太郎は立ち止まり、冷たく振り返って彼女を見て、「静恵、君にひどいことを言いたくない」と言った。 静恵は目に涙を浮かべ、「私たちはもうあんなことをしてしまったのに、まだ付き合っているとは言えないの?」と聞いた。 「俺の決断を誰にも代わってもらうことはできない」と言って、晋太郎は背を向けて立ち去った。 車に戻ると、晋太郎は運転席にいる杉本に「静恵の養父母のことを調べろ」と指示した。 杉本は疑問を抱き、「狛村さんの幼少期のことですか?」と尋ねた。 晋太郎はネクタイを緩めながら、低い声で「ああ」と答えた。 …… 夜。 紀美子は別荘に戻

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第45話 これから誰にも必要とされない。

     幸子の顔は固くなり、怒って胸が激しく上下した。「ありえない!これは誹謗中傷よ!訴えるわよ!」 静恵は怒ったふりをして立ち上がり、「おばさん、信じないなら紀美子に電話してみてください!ここまで言ったからには、紀美子に自分で考えさせてください」と言って、高いヒールを鳴らして病室を出て行った。恐縮と不安に包まれた幸子の耳には、静恵の言葉が響き続けていた。考えれば考えるほど、彼女の心の中の疑惑と怒りが抑えきれなくなり、ついに携帯を取り出して紀美子に電話をかけた。その頃、別荘の部屋では情熱的な時間が流れていた。携帯の振動が紀美子の目を引き、彼女は無意識にベッドサイドテーブルを見上げた。「電話が……」と晋太郎の胸を叩いた。話はまだ終わっていなかったが、晋太郎は紀美子の魅惑的な唇に身を乗り出してキスをした。仕方なく、紀美子は携帯をしばらく無視した。終わった後、紀美子は急いでベッドを降り、携帯を手に取り浴室に向かった。母親からの複数の不在着信を見て、紀美子は不吉な予感がした。電話をかけ直すと、すぐに繋がった。「紀美子、どうして電話に出なかったの?」幸子の声は厳しかった。紀美子はほっとしたが、まだ体に残る余韻があり、息を切らしながら「お母さん、お風呂に入っていて聞こえなかったの」と答えた。幸子は気配を察し、さらに厳しい声で「今どこにいるの?」と尋ねた。紀美子が答えようとしたその瞬間、浴室のドアが開いた。晋太郎が眉をひそめて入ってきて、「誰からの電話?」と尋ねた。その声が聞こえた瞬間、紀美子は驚いて電話を切った。「母親からの電話だった。次から入ってくる前に一言言ってくれない?」と紀美子は眉をひそめて説明した。晋太郎は彼女を一瞥し、「何を緊張しているんだ?」と尋ねた。紀美子は携帯を握りしめ、晋太郎の質問には答えず、その目には不安が広がっていた。母親が晋太郎の声を聞いたかどうかは分からなかった。「母親に俺と一緒にいるのがばれるのが怖いのか?」と晋太郎は紀美子の心配を見透かしたように尋ねた。「違う」と紀美子は苛立ち気味に答えた。「ただ、男の人がいることがばれるのが嫌なだけ」晋太郎は洗面台に手をつき、紀美子の耳元に顔を近づけて、「それが塚原先生なら、君の母親はあまり気にしないんじゃないか?」と

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第46話 名分はとても大事だ。

     「早く!離れろ、エイズ持ってるかも」 「恥知らず!金のために昇進しやがって、汚らわしい!」 「出て行って!みんな出て行って!!」 突然、病室から幸子の悲痛な叫び声が聞こえた。 紀美子の気分は少し戻り、人々をかき分けて病室に入った。 病室は一面に割れたガラスの破片が散らばっていた。 紀美子の喉が詰まったようで、唾を飲み込むのも難しかった。 彼女はゆっくりと病床に座る幸子に視線を向けた。彼女の顔は青白く、激しく息をしていた。 涙が目に溢れた。「お母さん……」「私を呼ばないで!!」幸子は怒りをあらわにして叫んだ。幸子は体が震え、すすり泣きながら「お母さん、怒らないで、説明させて」と言った。幸子は涙を流しながら紀美子を指差した。「どうしてこんなことをしたの?なんでなの!?」紀美子の涙は止まらず落ち続けた。「お母さん、あなたが思っているようなことじゃない。冷静に話を聞いてください」「紀美子、あなた……あなたは……」幸子の声は詰まり、突然、目を見開いて床に倒れた。「お母さん!!」紀美子は慌てて駆け寄り、幸子を抱きかかえ、外に向かって叫んだ。「看護師さん!看護師さん!!助けて!!」すぐに看護師が病室に駆け込んできた。2分も経たないうちに、医師も急いでやって来た。彼らは紀美子を病室から追い出し、緊急治療を始めた。先ほどまで騒いでいた人々はすでに姿を消していた。がらんとした静謐な廊下は、深い淵のように人を窒息させ、沈めていった。紀美子はベンチに座り込み、空虚な目で一点を見つめた。昨夜異変に気づいていれば、今日はこんなことにはならなかったのだろうか?彼女は早く気づくべきだった。前に彼女を車で轢こうとした人が捕まっていなかったのだから、次の行動があるはずだったのだ。でも彼女は油断して悪人につけ込まれてしまった。紀美子は両腕を抱え、冷静になろうとしたができなかった。急な足音が耳に響き、黒い革靴が彼女の視線に入った。「紀美子、遅れてごめんね」塚原の心配そうな声が頭上から聞こえた。紀美子は呆然と塚原を見上げ、その赤く充血した目を見て、塚原は眉をひそめた。「塚原先生……」紀美子の声は震え、かすれた。彼女は手を伸ばし、塚原のズボンを強く掴んだ。「お願い、私の母さんを助けて」

Latest chapter

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第876話 彼ら三人が作った

    紀美子は体を起こして座り直した。「もう寝ないわ。目が覚めたら眠れなくなったの」晋太郎は腰をかがめ、紀美子の額に軽くキスをしてから言った。「ちょっと出かけてくる。後で戻る」紀美子は彼の手を引き寄せ、眉をひそめながら言った。「一体何のことなの?教えてくれない?」「次郎が出てきたらしい。肇たちが見つけた」晋太郎は目を伏せて言った。「どこに?」紀美子は驚いて尋ねた。「母さんの墓地に向かっているようだ」晋太郎は目を細めながら言った。「墓地?!」紀美子は驚きながら言った。「彼はそこで何をするつもりなの?」晋太郎は体を緊張させながら言った。「母さんの墓に何かしようとしているんだろう。今の彼には、それくらいしかないから」「ひどすぎる!」紀美子は思わず怒鳴った。「早く行って!ボディーガードに送ってもらってね。気を付けて!」「わかった、帰ったら話す」「待ってるわ」紀美子は真剣な様子で言った。「分かった」そう言い終えると、晋太郎は寝室を出て行った。紀美子は心が落ち着かないままベッドを降りて洗面を済ませた。7時頃、彼女が寝室の扉を開けると、ちょうど舞桜がノックしようとしていたところだった。紀美子を見るなり、舞桜は嬉しそうに言った。「紀美子さん、早く下に降りて朝ごはんを食べてください!森川社長が、9時にチームが来て化粧をしてくれるって言ってましたよ」紀美子は心が温かくなった。彼はどんな問題があっても、自分のことを忘れないでいてくれる。「ありがとう。子どもたちは起きてる?」紀美子は子ども部屋を一瞥して尋ねた。「今日は一緒にトレーニングしました。もう下で待っています」舞桜が答えた。二人は階下に降り、ダイニングルームに向かった。子どもたちは紀美子が来ると、すぐに揃って食器を置き、声を揃えて言った。「ママ、婚約おめでとう!」紀美子は微笑んだ。「ありがとう、みんな」ゆみは突然椅子から跳び下り、キッチンに駆け込んだ。そしてすぐに、料理を載せたトレイを持ってきて、紀美子の前に置いた。「ママ、これは私と兄ちゃんたちが作った愛情たっぷりの朝ごはんだよ!」ゆみは笑いながら言った。紀美子はトレイを見た。そこには赤い苺がハート型に飾られて

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第875話 何かあったの?

    花火の中には、「婚約おめでとう」という文字もあった。本来ならば静寂に包まれているはずの時間に、夜空には色とりどりの花火が上がっていた。紀美子の美しい顔はその光に包まれ、眠気が残る瞳の中には喜びがあふれていた。晋太郎は長くてしなやかな腕を伸ばし、紀美子の背後から彼女を抱きしめ、優しく尋ねた。「どうだ、気に入ったか?」紀美子は彼の胸に寄りかかり、眉間には心配の色を浮かべて言った。「こんなことして、近所迷惑にならないかしら?」「そんなこと、どうでもいい」晋太郎は言った。「俺はただ、みんなに知らせたかっただけだ、今日は俺たちの婚約の日だって」紀美子は口を開けかけたが、ちょうどその時、携帯が鳴った。その音は鳴り止むことはなかった。紀美子が呆然としながら携帯を手に取った。なぜこんな時間に誰がこんなにたくさんメッセージを送ってきたのか理解できなかったからだ。携帯を開くと、それは会社の社員グループだった。社員たちはみんな、彼女の婚約を祝っていた。婚約のことは佳奈にしか話していなかったが、彼女は口が堅いので、きっと誰にも言っていないはずだ。紀美子は不思議に思いながら返信した。「みんな、ありがとう。でも、どうしてこのことを知っているの?」「社長、ご存知ないんですか?トレンドが大変なことになってますよ!!」「社長、今、各メディアがあなたと森川社長の婚約のことを報じていますよ!」「本当に素晴らしいですね、社長!これでMKは私たちの大きな後ろ盾になりますね!」「その通りです!これから誰も私たちTycに対立することはできませんね」「正直、森川社長がこんなにロマンチックだとは思いませんでした!全市で花火なんて、すごすぎます!感動しました!」社員たちのメッセージを見て、紀美子は微笑みながら返信をした。「婚約式が終わった後、みんなで食事に行きましょう」「社長万歳!」「社長、最も幸せな花嫁になってくださいね!」「社長、婚約おめでとう!」「……」社員たちの祝福を見て、紀美子は心の中が温かくなった。彼女はチャット画面を閉じ、トレンドを開いた。トップに表示されていたのは、自分と晋太郎の婚約のニュースだった。彼女はこの数日間、晋太郎が何もしていなかったわけではなかったことに気が付

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第874話 朗報

    晋太郎はうなずき、紀美子と一緒にリビングに入った。その時、子どもたちも階段を下りてきた。ちょうど朔也も電話を終えたところだった。彼は紀美子に言った。「G、これ、全部晋太郎の仕業だろう?結局は俺が手伝わなきゃならないなんて、まったく。君たち二人の婚約式なのに、まるで俺が主役みたいだ」紀美子は子供たちに小さなフォークを配りながら言った。「さっき、お酒のランクは高ければ高いほどいいって言ってたのは誰?」朔也はニヤニヤしながら言った。「俺さ!」「それで、お酒を変えた方がいいって言ったのは誰?」「それも俺さ」「じゃあ、なんでそんなことを言うの?」紀美子は呆れた。朔也は鼻を鳴らして言った。「俺は、ホテルが用意した酒なんて見向きもしないよ。晋太郎、お前も少しは気を使ってくれよ」「君が手伝ってくれるじゃないか」晋太郎は彼を一瞥した。「……まあまあ、俺はお前たち夫婦にはかなわないよ」朔也は言った。「夫……夫婦……」紀美子は恥ずかしくなり、慌てて一切れのリンゴを取って、朔也の口に押し込んだ。「もう、黙ってて!」「あまり準備できていないけど、怒らない?」晋太郎は紀美子を見て言った。紀美子はオレンジを差し出しながら言った。「全然。婚約のことは急に決まったから、まだいろいろなことが残っているじゃない。こんな小さなことは気にしないで」「これは小さなことじゃない」晋太郎は言った。「婚約式は一回だけだから」「分かった、あなたの言う通りにするわ」紀美子は仕方なく言った。「ママ」紀美子の言葉が終わると、ゆみがイチゴを食べながら顔を上げて聞いた。「ママ、今夜はちゃんと早く寝るんだよ?」「どうしたの?」紀美子は驚いて尋ねた。「早く寝ないと、明日元気が出ないよ」佑樹が言った。「ママ、きれいな花嫁になりたくないの?」紀美子は子どもたちに言われて耳が赤くなった。「まだ花嫁じゃない……」「明日婚約したら、もう婚約者だよ」念江が言った。「半分くらい花嫁だね」「こんなこと、誰に教わったんだ?みんな結構詳しいな」朔也は笑って言った。「ネットで調べたよ!ママ、今晩は早く寝ないと、明日元気いっぱいにならないよ!」ゆみはニヤリと笑って言った

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第873話 婚約式をする

    「この件は早くはっきりさせるべきだ」晋太郎は言った。「引き延ばすのは、佳世子にもお前にも良くない」「分かってるけど、どう言い出せばいいのか分からないんだ」晴は答えた。「藍子と子どものことから始めて、佳世子に対する偏見を最小限に抑えてみて」晴は少し黙ってから言った。「親に言えっていうことか?孫が藍子に殺されたって?それは無理だ!母は佳世子のお腹の子が俺の子じゃないと考えているんだ!」「それで、彼らが言ってるからって信じるのか?」晋太郎は冷笑した。「晴、お前、男だよな?」「そうだよ!だから俺だって藍子に会いに行ったんだろ!?」「それが?」晋太郎は嘲笑しながら言った。「お前は、佳世子に対する気持ちが深いと言いながら、彼女を弁護する勇気すらないのか?」晴は黙った。「とりあえず、明日の婚約式、来てくれ」晋太郎は立ち上がった。「婚約式?」晴は驚いて言った。「紀美子と俺の婚約式だ」晋太郎はデスクの席に着きながら言った。「全然情報が流れてないじゃないか。メディアには知らせたのか?」晴は目を見開いて言った。「メディアには、夜の12時に公開させるつもりだ」晋太郎は微笑んだ。「俺と紀美子の婚約のことを、みんなに知らしめるんだ」晴は晋太郎を見て、心から喜んだ。「よかったな、紀美子とやっと報われたな!」「お前もだろう」晋太郎は晴をじっと見つめながら言った。「晴、自問してみろ。今の佳世子の状況を見ても、彼女を選ぶのか?」「俺は、何があっても彼女と一緒にいる!」晴は迷わず言った。「彼女がどんな病気にかかってても構わない!俺が望むのは、彼女が俺の元に戻ってくることだけだ!」晋太郎は彼をじっと見て言った。「周りの目を、全て受け入れられるか?」「もちろん!」「将来的に感染のリスクがあることを、覚悟できてるか?」「もちろんだ!!」晋太郎は冷笑しながら言った。「なら、どうして親に言うことを先延ばしにしてるんだ?」晴は答えられなかった。「この件は俺には手伝えない。晴、お前は自分でやるしかない」晋太郎は忠告した。「分かってる……」晴は深いため息をついて言った。「時間を見つけて、親にはっきり話すよ」「忘れるな、藍子の裁判前

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第872話 刑務所に行かなくて済む

    「他には?」念江も尋ねた。ゆみは両手を腰に当て、ため息をつきながら言った。「お兄ちゃんたちはかっこよくて、ゆみは可愛いって言ってた!」紗月が言った成仏のことについて、ゆみは口にしなかった。彼女はそれが何か分からなかったが、話してはいけないことだと分かっていたので、しっかりとその約束を守っていた。帰り道。ゆみは小さな手で紀美子の顔を何度もなぞった。紀美子は苦笑いしながら彼女を見た。「ゆみ、何をしてるの?」「おばあちゃんがこんな風に顔を触ってたの!ママを触りたかったけど、触れなかったみたい」ゆみは答えた。紀美子は驚いた。「おばあちゃん……そんなことしてたの?」「そうよ!」ゆみは紀美子の腕に飛び込んだ。「ママ、おばあちゃんは本当にきれいだったよ。長くて巻かれた髪が腰まであって、目はママと一緒だった!でも、おばあちゃんはずっと泣いてて、涙は赤かった」紀美子はゆみの話を聞きながら驚いた。どうして赤い涙が出るの?「おばあちゃんは、また会いに来るって言ってた?」紀美子は聞いた。ゆみは首を横に振り、目を閉じて言った。「ないよ。ママ、ゆみはちょっと疲れた……」そう言うと、ゆみは口を開けてあくびをした。「ママ、抱っこして。眠い……」紀美子はゆみを膝に乗せ、背中を優しく叩きながら寝かしつけた。MK。晋太郎は技術部の社員と会議をしていた。技術部長は晋太郎に資料を渡した。「社長、こちらが相手のファイアウォール突破回数です。MKの支社はすべて統計を取っていますので、ご確認ください」晋太郎は資料を受け取り、集中して目を通した。最後に見て、眉をひそめた。「A国のファイアウォールは、すでに8回も攻撃されたのか?!」A国の会社を除けば、他の支社の回数はどれも3回を超えていない。相手はかなりの情報を持っているに違いない。だからこそ攻撃を繰り返しているのだろう。「A国の技術部から何か連絡はあったか?」晋太郎は冷たく聞いた。「はい、彼らは8時間おきにファイアウォールの修復と暗号化を行っていると言っていました。すぐには突破できないだろうとのことです」技術部長は答えた。「向こうの副社長に連絡して、重要なファイルを速やかに多層暗号化するよう伝えてくれ。

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第871話 もう心配しないで

    紗月は周囲の人々を一巡して見渡し、仕方なくため息をついてからゆみを見た。「ゆみ、どうして言うことを聞かないの?」ゆみは無邪気に紗月に小さな手を差し出した。「おばあちゃん?」紗月はうなずきながら言った。「そうよ、ゆみはとても可愛いし、お兄ちゃんたちもとてもかっこいいわ。おばあちゃんはみんなが大好きよ」「おばあちゃん、どうして急に現れたの?」ゆみは尋ねた。紗月は優しく答えた。「ひいじいさんと一緒にいくために来たの」「行く?」ゆみは首をかしげて聞いた。「どこに行くの?」「ひいじいさんとひいばあさんが再び会える場所に行くのよ」紗月は言った。「嫌よ!」ゆみは小さな頭を振って言った。「おばあちゃんは綺麗で優しいから、ずっといてほしい!」「ダメよ。私たちには私たちの世界があって、あなたたちと一緒にいることはできないの。そうしないと、あなたたちが想像できない代償を払わなければならなくなるわ」「代償?」ゆみは理解できない様子で尋ねた。「どんな代償?おばあちゃん、どうしてみんなはあなたが見えないの?」紗月は目を伏せて言った。「おばあちゃんはもうこの世界に属していないから」そう言うと、紗月は腰をかがめ、ゆみの澄んだ瞳に静かに目を合わせた。「ゆみ、あなたが大きくなって、力を身につけたら、私を成仏させてくれるかしら?」ゆみはまだ成仏の意味が分からなかったが、それでもおとなしく頷いた。「分かったよ」紗月は満足そうに微笑んだ後、再び紀美子と翔太を見た。「ゆみ、おばあちゃんから伝えてほしいことがあるの。お母さんに、おばあちゃんのことを怒らないようにって。ずっと苦しませてごめんねって。それと、おじさんに、あまり遅くまで働かないようにって、体を大事にしなさいって、私はすごく心配なの。それから真由おばあちゃんにも、私は元気だから、心配しないでって伝えてね。それと……」そのあたりから、紗月の声は詰まってきた。彼女の目からは、血のように赤い涙が流れた。ゆみはこんな状況を見たのは初めてで、少し驚いた。しかし、目の前の人が自分のおばあちゃんだと分かっていたため、必死に冷静さを装った。「それと何?おばあちゃん?」ゆみは聞いた。「それと……」紗月は涙を拭った

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第870話 見えない人

    入江紀美子を捉えても、渡辺野碩の目の中には特になんの感情も見えなかった。まるで全く知らない人を見ているようだった。随分経ってから、彼は突然思い出したように、無力に口を開いた。「来て」紀美子はゆみを佑樹に預け、ベッドの近くまで来た。渡辺翔太は立ち上がり、紀美子を先ほど自分が座っていたところに座らせた。紀美子が座った瞬間、野碩はゆっくりと長く息を吐いた。彼の目は、更に濁った。「悪かった」紀美子は特に何も言わず、ただ野碩に合わせて「うん」と返事した。「人間は……老いたら固執するようになるほか、はっきりと見えないことも……ある。わしの懺悔など……君は聞きたくもないだろうな……しかし……わしはやはり君に……謝りたいのじゃ……」紀美子は目を下に向け、低い声で返事した。「分かった、受け入れるわ」野碩は首を傾げ、紀美子を見つめた。そのまま暫くして、彼はゆっくりと笑った。「やはり親子……紗月とそっくりだ……」そして、野碩の視線は紀美子の後ろの子供達に向けられた。「あれは……君の子供か……」紀美子は頷き、子供達に「こっち来て」と示した。子供達が立ち上がり、ベッドの横に集まってきた。「曾祖父様と呼んで」紀美子は子供達に言った。「曾祖父様」子供達は声を合わせて呼んだ。「いいのう……いい子達だ」野碩は笑って返事した。そして、彼は深呼吸をしてから、疲れたかのように目を閉じた。誰もが声を出さず、静かに野碩が再び目を開けるのを待った。しかし、いくら待っても野碩の反応は見れなかった。彼らは慌てて横のバイタルサインモニターを確認するが、映っている生態情報は至って穏やかだった。真由が口を開こうとした時、ゆみはゾクッと身震いをした。皆の視線は一斉にゆみに集まった。ゆみは慌てて周りを見渡し、その視線は入り口の方向に向けられた。紀美子は緊張したまま娘の反応をじっくりと観察した。ゆみは柔らかい声で、入り口の方に向って口を開いた。「きれいなおばさん」その場にいる他の全員が、一斉に入り口を見た。「ゆ、ゆみちゃん、誰のことを言ってるの?」真由は驚いて尋ねた。「ゆみ、何が見えた?」翔太も険しい表情で尋ねた。紀美子は真っ先にゆみを抱き上げようとしたが、

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第869話 何をしに尋ねてきた?

    20分後、一行は病院に到着した。長澤真由は森川念江の手を、渡辺翔太は佑樹の手を取り、紀美子はゆみを抱えて病院に入った。ゆみは首を傾げて口を開いた。「お母さんが、ゆみに独立しなさいと言ってたじゃない?何で今は抱っこしてくれるの?」紀美子は暫く沈黙した。前回ゆみが病院でおかしくなってから、きつく抱きしめていないと何か良くないことが起きる気がして怖かった。「病院は広いからね。抱っこしてあげる」「わーい、やっぱりお母さんは優しいね!」ゆみは母の首に手を回して言った。「ゆみは今でも他の人が見えないモノが見えるの?」紀美子は笑みを浮かべて尋ねた。「お母さんは霊のことを聞いてるの?」ゆみは口をすぼめて暫く考えた。紀美子はやや驚いたが、そのまま頷いた。「見える時と見えないときがある……」ゆみは悔しそうに答えた。紀美子は、前回晋太郎が教えてくれたみなしさんからの伝言を思い出した。ゆみは今はまだ霊眼を開いている途中だ。そのせいか、ゆみは時々何かが見えるのだろう。「うん、お母さんは知ってるよ。後で病室に入って、何か怖いモノが見えたら、必ずお母さんに教えてね。いい?」「分かった。安心して。お母さん!」病室の入り口にて。真由はドアを押し開いて入っていった。病室の中、衰弱した様子の渡辺野碩はベッドに寝ていた。彼は両目を瞑っており、顔には酸素マスクを付けられていた。隣のモニターには彼の穏やかな心拍を映し出していた。野碩を見て、ゆみは戸惑った様子で母に尋ねた。「お母さん、彼があの冷たかったお爺ちゃんなの?」「何でゆみが知ってるの?」紀美子は驚いた。「皆知ってるよ!」ゆみは答えた。「ゆみもね」「うん、その人がお母さんの祖父、つまりゆみの曾祖父なの」「分かった」ゆみは頷いた。真由は念江をソファに座らせ、翔太も紀美子に座るように合図をした。そして、真由は野碩の近くにいき、体をかがめて呼んだ。「お父さん、皆がお見舞いにきたよ」真由の声が聞こえたからか、野碩はゆっくりと両目を開いた。彼は呆然と暫く天井を眺め、そして周りを見渡した。翔太を見ると、野碩の指は動いた。「おじいちゃん」翔太は近づいて野碩を呼んだ。野碩は目を閉じ、かすれた声で口

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第868話 本当に行かなくていいの?

    入江ゆみは駄々をこねながら、父の懐に潜った。森川晋太郎は思わず口の端を上げ、真っ黒な瞳は愛に満ちた。「行きたくないなら行かなくていいよ」晋太郎の言葉を聞いて、ゆみはすっと目を開けて父を見つめた。「ほんと?本当に学校に行かなくていいの?」「うん、でも条件がある」「なに、条件って?」ゆみは大きくてきれいな目を光らせながら尋ねた。「どんな条件なの?」「携帯を預けるのと学校に行くこと、どっちを選ぶ?」そう聞かれ、ゆみはがっかりして肩を落とした。「やっぱり学校にいく。携帯を没収されるなんていや」「昨晩も結構遅くまで遊んでいたんだろ?」晋太郎は尋ねた。「そんなことないよ……」ゆみは口をすぼめて答えた。「お兄ちゃんがあそばせてくれないもん」「じゃあ、ぼく達が寝たと思ってこっそりと携帯を出して遊んでいたのは誰だった?」シャワールームから佑樹の声が聞こえてきた。ゆみが驚いて説明しようとすると、晋太郎に遮られた。「うーん、うそをつくようになったか。やはり俺は父失格だ」「えっ?」「違うの。お父さんのせいじゃない。ゆみが遊びに夢中だっただけ。お父さんは関係ない……もうこれから夜は遊ばないから!!学校にいくから!」ゆみは慌てて悔しそうに言った。「じゃあ、約束して」晋太郎は笑みを浮かべながら満足げな表情になった。1階にて。晋太郎が子供達を連れて降りてきたのを見て、紀美子は少し躊躇ってから口を開いた。「今日はこの子達を休ませよう」「どうして?」晋太郎は尋ねた。「子供達を連れて見舞いに行きたいの。まゆさんが、彼はもう長くないって……」「本当に会いに行くのか?」晋太郎は暫く考えてから尋ねた。「うん。恩や怨みなどもうどうでもいいわ」「情に弱いのはよくない」晋太郎は注意した。「分かってるけど、もう真由さんと約束してるから」「分かった」晋太郎はそれ以上言わなかった。「子供達に飯を食わせてからにして」「ちょっと甘やかしすぎてないかしら?」晋太郎がゆみを抱えて座るのを見て、紀美子は少し困った顔で言った。「ご飯を食べるくらい、ゆみは自分でできるじゃない」「女の子だから、少し甘えてやったって問題ない」「お母さん、そんなことを言っても無駄

Scan code to read on App
DMCA.com Protection Status