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命を賭けて返す
命を賭けて返す
著者: 山田花奏

第1話

夫の再検査に付き添い、彼がもうすぐ視力を回復すると分かったその日、母さんに呼ばれて実家に帰った。母さんは冷たい表情で私を見つめ、こう言った。

「春奈、大司と離婚しなさい。別れれば、圭織が大司と結婚できるから」

言葉も返せず、母さんがこんなことを言えるのかと驚いた。

父さんは私が黙っているのを見て、怒りながら指を突きつけてきた。

「春奈、お前忘れるなよ。もともと大司は圭織の婚約者だったんだ。大司は本来圭織の婚約者だ。お前は大司の奥さんになる資格がない」

「いつまでもそこに居座るな!」

私は両親と、二人の胸元に隠れて弱々しいふりをする芦川圭織を見て、笑いたくなった。

そう、もともと大司と圭織には婚約があった。でも大司が事故で失明したとき、親は圭織が視力障害者の相手と結婚するのが可哀想だと婚約を解消させた。

けれど、ここ二年で吉岡家のビジネスは急成長し、反対に芦川家は下り坂を辿り始めた。

そして二年前、芦川家が資金繰りできなく、吉岡家に助けを求めた。

その頃、大司は視力障害の影響でひどい女性アレルギーを患っていた。

女性が2メートル以内に近づくと全身に蕁麻疹が出てどうしようもなく苦しむのだ。

彼にアレルギー反応が出ない女性は私と妹だけで、私たち三人は幼い頃から一緒に育ってきたからなのか、大司にとって私たちの匂いだけは平気だった。

そんな中、吉岡家が婚約を守ることを芦川家に要求すると、親は迷わず私を犠牲にした。

結婚する前の契約にサインさせられ、大司と結婚した。

父の会社には吉岡家から二億万円の出資があったが、私には何の持参金も嫁入り道具もなく、ただ商品みたいに夜中に包まれて吉岡家に送り込まれた。

おかしかったのは、20年住んだ家から持っていけるものがスーツケースひとつにも満たなかったことだ。

以前の婚約を破たせいで、義父は私に冷たく、義母は嫌悪感を露わにしていた。

彼らにとって私は、大司の子供を産むために芦川家から買われた女にすぎなかった。

そして大司にとっても私は圭織の代わりでしかなかった。

彼の愛している圭織は、見えない彼を嫌って結婚することを断った。

セックスするときでさえ、彼が呼ぶのはいつも圭織の名前だった。

私は吉岡家で、大司の24時間の世話係として彼の食事や生活の面倒を見ていた。

失明のせいか彼の性格は気まぐれで、一日中寝室に閉じこもってはタバコで自分を麻痺させていた。

彼の着替えや食事を手伝っているときも、突然私に向けてタバコの火を押し付けてくる。

軽いと服に穴が空く程度だが、ひどいと肌に丸い火傷の跡が残った。

何度火傷を負ったか、もはや自分でも分からない。新しい傷が古い傷と重なって、新しい痕になることもあった。

恨みがなかったわけじゃない。

あったけれど、言えなかった。誰も私を助けてくれるわけじゃないから。

反抗しようと思わなかったわけでもない。

でも、反抗すれば吉岡家はいつでも芦川家を潰すことができる。

私が吉岡家に送られたのは、大司や吉岡家を喜ばせるためじゃなかったのか。

覚えている。初めて大司にタバコの火で焼かれたとき、泣きながら母さんに電話して、怖くて痛いと訴えた。

でも返ってきたのは、母さんの叱責だった。

「春奈、大司はただ気分が悪かっただけでしょ。我慢しなさい、吉岡家の人たちの機嫌を損ねるんじゃないよ」

分かった、我慢しよう。

私は与えられた役を淡々と演じ続けた。

表向きは皆に囲われる吉岡家の妻、でも裏では大司に好き勝手に弄ばれる操り人形だ。

結婚して随分経つのに、妊娠もしていないと義母には会うたび「卵も産めないメス鶏」と揶揄された。

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