目の前の事実を信じる事が出来ない。あの優しかった、人気だった、先生が。今までの先生とのやり取りがフラッシュバックした。「なんで⋯⋯なんでッ!!」 すると、口から血を垂らしながら"先生?"は、「イヒヒヒッ!? 三船ェ!? 新崎ィ!? ナゼ二人ナンダァァァ!?」 目の焦点が合っていない。これは先生なんかじゃない。「ワタシガ呼ンダノハナァ!? 新崎ィ!? オ前ダァ!?」「君野先生!! こんな事はやめてくださいっ!!」「黙レェェェェェェ!!!」「ひッ!?」 ユキの目には涙が零れていた。「早クゥ!!! 身体ノ中ヲ見セロォォォ!!!」 狂気に満ちた顔。電気が伝うように、全身の鳥肌が立つ。「⋯⋯来るなッ!!」 俺はユキの前へと割り入り、"ヤツ"に抵抗しようとした。が、人間とは思えない怪力で壁まで投げ飛ばされた。その瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。「ルイッ!!」「アハァ!? 三船ハ後ダァァ!!! ナァ、新崎ィ!?」 ヤツはとうとうユキの間近まで迫り、顎に手をかけた。顔を近づけながら、「オ前ハナァ? 女ノ中デモ優秀ダァ!? 身体ノ中ヲナァ? ヨク見セテクレナァ?」「やめて⋯⋯ください⋯⋯いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」 見ている事しか出来ない。全身を強く打ち付け、意識が朦朧とする。今の衝撃で右肩が脱臼したらしく、痛みが余計に意識を奪う。 ⋯⋯ユキ⋯⋯ ⋯⋯ユ⋯⋯キ⋯⋯「誰ダァァァァ!?」 ⋯⋯窓の⋯⋯割れる音⋯⋯? 謎に次々に割れる窓。誰がやっているのか、ヤツは割れた窓から外を確認し始めた。 直後、右腕のL.S.に違和感があった。そのおかげか、なんとか俺は意識を少し取り戻した。 "誰かと通話"が繋がってる⋯⋯?「おいルイ!! 大丈夫か!?」「⋯⋯うぅ⋯⋯お前どうして」「んな事は後だろ!! 今すぐ"UnRule"を起動しろッ!!」「⋯⋯なにいって」「いいから早くッ!! 俺を信じてやれッ!!」 瞬時後ろを見ると、ドアは閉められているようで、出られそうにない。今ユキを助けて逃げる方法は、"後ろのドアを無理やり蹴破る"か、"窓から飛び出るか"の二択しかない。ドアは頑丈で開きそうにもない上、ここは15階だ。「⋯⋯信じるからな」 意を決し、L.S.のホログラムパネルから"UnRule≪EL≫"を選択した。すると右手に何かが出てきた
まさかコイツだったなんて⋯⋯なんでコイツがこんなところに⋯⋯? だったら、やっぱり"本物の先生"は⋯⋯ 頭を巡る最悪の答え。俺は意を決して"頭の無くなった人物"の近くに寄った。 ⋯⋯先生がいつも着ていた服だ。胸元には【新東京大学】の教職員証。名前は⋯⋯ 【名誉教授:君野正義】 薄赤い部屋で見にくかったが、これで分かった。ここで何があったのかを。「⋯⋯そういうことかよ」 あんな事を先生がするはず無い。それが分かったのと同時に、悔しさと怒りが込み上げてきた。どうして先生をこんな⋯⋯「ユキ⋯⋯先生は⋯⋯」 俺を見て察したのか、小さく頷いた。夢だったらいいのにと、今何回思ったか。どれだけ思っても、これは"非現実の現実"で、変わらない。 ユキは自分を責めているようだった。もう少し早く来れば助けられたんじゃないかと。 ⋯⋯無理だ。緊急メッセ―ジは、"ヤツ"が送っていたんだから。俺はとにかくユキを慰め続けた。その後間もなくして、また"アイツ"から通話が入った。アイツの顔がL.S.のホログラムパネルに映る。「おい! 新崎さんも一緒にいるんだよな!? 早くそっから出ろ!!」 真剣な表情でアイツが言う。「何体かそこへ入っていきやがった!! "さっきの"が!!」「は? まだ他に"コイツ"が!?」「あぁ⋯⋯いる!! 特に"赤いヤツ"には気を付けろ!! アイツはマッポを瞬殺しやがった!!」「警察が⋯⋯? シンヤって今"1階"だよな?」「そう! 後、降りてくる時には"階段"を使え!! アイツらエレベーター前でも待ってやがる!! ここもヤバいから後でな!!」 そう言って、シンヤからの通話は途切れた。シンヤの場所もGPSで共有しているからすぐ分かる。さっき窓を割ったのは、たぶんコイツだ。それ意外あんな行動するのは、考えられない。「ユキ、他にも"コレ"がいるらしい」「まだいるの⋯⋯?」「シンヤが言うにはだけどな、急いで出よう」「シンヤ君が⋯⋯うん」 俺は先生の教職員証を拾い、自分の胸にしまった。この人の意志は、俺が持っていく。君野教授研究分室のドアをL.S.で開ける。ヤツが遠隔で閉めたのだろうか? 研究分室を先に出たユキは、「⋯⋯今までお世話になりました」 と、小さく呟いた。その言葉は、"俺の胸の証"にも響いた気がした。 走りながら一応警察に
「これ⋯⋯陸田先輩の⋯⋯? ユキ、来てくれッ!」「あ! ルイっ!?」 俺は今の場所から"3つ先の研究室"へと走った。今の声はたぶん"川中研究室"からだ。陸田先輩が所属しているのは"あの場所"だからだ。 近付くと、また自動ドアは開いていた。中は真っ暗で、何が何やらよく分からない。そう感じた瞬間、右手に握っている"七色蝶の銃"の形状が変化し、先端から光を放ち始めた。 ⋯⋯これを使えって言ってんのか? 奥まで見れるな、これなら。 俺が中へ入ろうとすると、「待ってッ!!」 突然ユキが腕を引き寄せた。「本当に中に入るの⋯⋯?」 その表情はまるで、"さっきの出来事"を訴えているようだった。君野先生を殺した"アレ"が、また襲ってくるんじゃないかって。「でも、陸田先輩を放っておけないだろ! 最初に俺たちに大学の事を色々教えてくれた先輩だ!」「だけど、また"さっきのアレ"がいるかもしれないし、"赤いの"だってうろついてるんでしょ⋯⋯?」「そうだけど、だからって」「⋯⋯わかってる」 するとユキは深呼吸をし、険しい表情をする。「ねぇ、UnRuleを始めたら"それ"出たんだよね?」「そう、だけど」 彼女はL.S.を展開し始めた。「私もやる」 俺が何かを言う前に、ユキの右手に"ある物"が出現した。全長2メートルくらいはあるだろうか? それは冷気がこっちまで伝わってくる"大きな鎌"だった。 この時、そんなのどうやって出したんだと思った。ここに来る途中、"この銃の出た方法"を伝えておいたけど、なんか違うのを選んだのかと。けど、UnRule以外、こんなのを急に出せる方法を俺は知らない。「銃じゃないの!?」 大鎌を見て彼女は小さく叫んだ。やっぱりUnRuleを選んだようだ。「俺のと一旦交換しとくか?」 俺の銃を渡してみると、「は!?」「え!?」 なぜかユキの手から銃がすり抜けた。訳が分からなかった。質量ある物なのに、何度やってもすり抜ける。物理法則を無視したこの現象、でも今これを考える暇は無い。結局ユキは俺の銃を持つ事が出来ず、仕方なくこのままで入る事となった。「危ないと思ったらすぐ逃げろよ、俺置いてっていいから」「それするくらいなら死んだ方がマシ。私も"これ"でやる」「でも"その鎌"、重いんじゃないか?」「それが凄く軽いのよ。すぐに振
「逃げるぞッ!!」 俺は無理やりユキの手を引いて、5階の階段の方へと走った。こんなの、逃げるしかない!!「弾、当たったよね!?」「当たったッ! でもアイツは起きやがったッ!!」 あの"剣のような何か?"は、なんだったんだろうか。逃げろという電気信号が、全身へと伝い続ける。 早く⋯⋯早く1階のシンヤと合流しないと! 二人だけじゃたぶん無理だ!! 戦慄襲う身体は、階段へと無意識に走る。一瞬後ろを見ると⋯⋯なんで追ってこない⋯⋯? 4階への階段手前へ着いた時、その不穏は形になった。「きゃぁ!?」 突然天井が爆発して崩れ、ヤツがそのまま降りてきた。「ねぇ!! 後ろにも!!」 背後を見ると、5体ほどのヤツらがいつの間にか潜んでいた。もうどこを見ても逃げ道は無かった。ユキは少し過呼吸気味になっていた。これ以上、激しい無理はさせられそうにない。 ⋯⋯選択肢は2つ。 背後のヤツらに"残弾全て"を使ってこじ開けるか、目の前の赤いヤツを死ぬ気でやるのか。 前者は一番イメージが湧く。一つ不明な事を除けば⋯⋯この銃が"連発できるのかが分からない"。かなりの威力があるように見えたため、連発できない可能性もある。もし、"一発ごとにチャージが必要"であれば、ユキの鎌に賭ける事になる。合間に、他のヤツらの攻撃を避けなきゃいけない。でも成功すれば、あの先の原田研究室に"アレ"があるはずだ。 後者は、正直上手くいく想像ができない。この銃とあの鎌でどこまでやれるのか⋯⋯もう考えている暇は無い。「ユキは俺の後ろに続いて走り続けろッ!! 絶対止まるなッ!!」「⋯⋯わかった!」「もう少しだけ頼む!」 残弾数"5"を表すこの銃を、走りながら1体目に放つ。その瞬間、周囲に散らばる七色の蝶の羽根。鋭い細光が、1体を吹き飛ばした。 それによって出来た、人一人が通れるギリ通れそうな道。ラッキーな事に、飛ばしたヤツが周りを巻き込んでいた。俺はそれを見逃さなかった。滑り込むように割り入り、左2体に向けて銃を放った。 頼む⋯⋯連続で撃てるようになっててくれ!! そう祈りながら撃った結果は⋯⋯願いは通じた。間近で散らばる一気に七色の蝶の羽根。左2体を連続で飛ばした後、即座に体を捻り、右にいた2体も吹き飛ばした。そしてすぐ、差し出されたユキの手を取って立ち、原田研究室へとそのまま一緒
「んで、なんでお前大学にいたんだよ?」「あぁ、これ見ろよ」 ソファでくつろぎながら、シンヤはSNSの画面を俺のL.S.へと共有した。そこには、赤く光ってる建物内で"あの謎の機械に襲われた"という内容が幾つも表示されていた。見る限り、赤いところに"赤いヤツは1体以上いる"らしい。「これ見てお前らのいる場所見たらよぉ、イヤな予感がするだろ?」「⋯⋯だな」「わざわざ来て窓割ってくれたのね、危ないのに」「まぁな。大事な親友のためなら何とやらってヤツだ、なぁルイ?」「いや俺に振るなよ。あ、もう一つ聞きたい事がある。お前どうして"UnRuleを起動すればいい"って知ってたんだ?」「それはな。まぁ、今やどこにでも情報が出てるたぁ思うが、俺の知り合いがよぉ、始めてみたら何か急に"剣"が出てな? それが"本物みたい"で、それでピンときたってわけだ。俺も始めたらこんなのが出てきたぜ」 シンヤは格好つけるようにして、"赤色の細長い銃"を出現させた。「お前のはこんなのが出てきたのか」「へぇ~、みんな違うのね」 ちなみにシンヤのL.S.を見ると、周りが付けているL.S.と変わらず、それは"事前予約当選者じゃない"事を表していた。「二人のも見せてくれよ!」 俺とユキも武器を出す。「おい、これ!?」「なんだ」「ここ見てみろよ!」 これらはどうやら普通の武器では無いらしい。端の方に"≪EL≫のマーク"が付いていると違うという。まだ詳しくは分からないらしいが、"威力が違ったり、特別な能力が付いていたりするんじゃないか?"という推測がされているそう。 俺の銃は他と何が違うんだろう。威力がヤバい、とかそんくらいに見えるが。だけどコイツじゃ、唯一あの"赤いヤツ"は倒せなかった。まだアイツは大学内をうろうろしているんだろうか? 銃からは"0"が浮き出ており、もうこれ以上何もできなさそうに見える。それと同時に、"さっきの出来事が本当だった"のを突き付けてくる。「お前らL.S.の色も違うし、そうかとは思ったけどやっぱりだったかぁ~」 シンヤは諦めるように上を向く。「一緒に予約したのによぉ~、なんで俺だけ当たらねえんだぁ!?」「別に、大きな違いなんてねぇだろ」「いいや俺はあると思うね。"≪EL≫マークの武器"は絶対チートの強さだ」「話してるところ悪いんだけど、
これに対して、人間側はどんな解答を用意すればいい? 何を提示すればこの状況を捲れる? 既に共生などという容易い言い訳では、どのAIも聞く耳は持たない上、アイツも納得はしない。なら、俺が出す答えは⋯⋯。 今日受けるリモート講義はこれで終わり。展開されたARの画面を閉じ、玄関へと向かう。外に出ようとした瞬間、≪配達が完了しました≫とL.S.に簡易通知が走る。玄関ドアを開けた横、配達ドローンが仕事を終え、気持ちよさそうに飛ぼうとしている。置かれた箱の中に入っているのは、昨日買った服。 最近はほぼ全部の店でこうしてドローン配達をしてくれる。時間は24時間いつでも指定でき、少し多く払えば、買ったその日のうちにも届けてくれる。ほんと最近はいろんな場所でAI化が促進された。俺が知ってるのもほんの一部で、他にもいろんな場所でAI化されてるんだと思う。目の前で走ってる"コレ"だって、R.E.D.が総理に就く三ヵ月前は無かった。 そう思いながら、俺は止まっている"黒いコレ"に乗る。事前に指定した場所を送っているから、後は乗るだけって感じ。そんな無人自動運転タクシーに乗れるようになるのは、日本ではもう少し後になると思ったけど今では普通になっている、しかも格安。今までの運転手たちはどうなったのだろうか? 『ご利用ありがとうございました』という声がタクシー内から響く。料金も事前に支払っているため、降りる時もスムーズ。ちなみに、今や全部の車が無人自動運転化されている上に、事故もまだ聞いたことが無い。警察が暇になるほど事故は減少してるらしく、マンガやゲームで見てきた近未来化が異常に進んでる感がある。 秋葉原の大型複合施設M.I.O.に入ると、日曜だからか多くの人がいた。ネットではなく、リアルでしか手に入らない物を置いていたりと、店も手を尽くしてる。そして俺も、リアルでしか手に入らないモノがあるからここに来たんだけど。 今回発売された"UnRule"は初のL.S.専用ゲームで、XR技術を使った新感覚の非日常が東京でのみ楽しめると、あらゆる場所で告知されていた。まずは東京で様子を見て、規模を大きくしていくらしい。あれだけ告知はされてはいたが、映像は何も公開されておらず、まさかの日本政府開発とだけ知らされている。東京って物価も家賃も高いけど、その分こういった
赤いのは大型装置のとある部分を示して言う。置いたら一体どうなるんだろう。せっかくだしちょっと聞いてみるか。 「置いたらどうなりますか?」 聞くと、赤いのはこう答えた。 『特別仕様のL.S.へと交換させて頂きます。新たな機能と共にデータは全て一瞬で引き継がれるため、今まで通りにすぐご使用頂けます』 総理がR.E.D.になって、いきなり無料配布されたこのL.S.。正式名称は"Linked Someone"。今まで以上に誰かと繋がろうをコンセプトとしているらしい。 腕時計のような見た目でも、とんでもない機能を有している。起動すると、ホログラムディスプレイが幾つか展開され、それに触れて操作が出来る。今までのような画面を介さず、空気上に触覚を感じる技術が使われている。前々から研究は続けられていたようだが、一気に急発展を遂げ、今に至る。ARやVR技術も付いており、まさに何でもアリ。きっとまだまだ多くの機能が潜んでいると思われる。 充電に関しては血液発電が行われているらしく、こんな小型デバイスのどこにそんなものが用意されているのか、皆目見当が付かない。そして腕に付けてはいるが、実感をほぼ感じないほど皮膚に優しく、皮膚科医でさえ、永遠に付けていても大丈夫だと言う。 一般販売はされておらず、"一人一台まで"という謎の制限がかけられている。この約三ヵ月間にして一瞬で国民の約九割以上を依存させた、それほど今までと違った画期的な簡易次世代デバイスだった。 そんなL.S.をさらに特別仕様へと交換? 一体どんなモノに変わるんだ!? といっても、ここまで来て選択肢は無さそうだ。 言われた通り、大型装置の示された部分にゆっくりと置いてみることにした。すると、すぐさま俺のL.S.は沈むように中へと吸い込まれていく。 おいおい、大丈夫だよな、帰ってこないとかないよな!? 不安に思っていると、30秒も経たないうちに何かが大型装置の下から排出された。赤いのはそれを取り出すと、こちらへと差し出した。 『こちらが新仕様のL.S.となります。中の項目ににUnRule≪EL≫が入っておりますので、ご確認をよろしくお願いします』 前のような透明なメタリック感から、時間によって色が変わるような少し派手なモノへとなり、謎の特別感を醸し出している。さっそ
展開されたのは俺だけではなかった。目の前のユキ、他の全員。辺りが「え!? なに!?」と騒ぎ始める。 L.S.のホログラム画面には、朝の有名なニュース番組が勝手に映し出された。店内テーブルに埋め込まれているタッチパネル画面にさえも、同様の画面が出ている。時間はAM 10:33。 『速報です。AI総理大臣が新たな経済対策を発表しました。この後すぐ会見が行われるそうです』 番組内では、いつものメインキャスターを始め、日替わりで出る何人かのメンバー、狼型アンドロイドのロアが場繋ぎの議論をし始めた。この番組は平日午前十時から十二時にやっており、俺もたまに見る事がある。 「こんな事って初めてね。経済対策で速報までして大袈裟に発表する意味ってなんだろ?」 「ん~、AI初の政策をよっぽどアピールしたいか、それか国民全員に給付する何かとか⋯⋯」 俺たちはとりあえず番組を見続ける事にした。 『いや~突然ではありますけども、どんな経済対策を発表されるんでしょうね~、柊木さん!』 『ちょっと予想出来ない感じしますね。私たちが今は当たり前に付けているL.S.でさえ、突然一人一つ配布されましたから』 『私今年で六十になりますけどねぇ、これ無いと生活できないですよ! 行政関連やあらゆる事がこれ一つで完結してますし、L.S.銀行は預けてるだけで毎日ログインボーナスとして少額付与される! さらには最近、VRやらARやら、それより凄い何かがあるのが分かったんでしょ!? 付いていけないなぁ~』 『大丈夫です。AIの僕らはどんな人でもずっとサポートしていきますので、このL.S.をきっかけに親しんでいって下さればと思います。AIの僕でさえ、情報や技術が日進月歩すぎて困るほどです』 メインキャスターの槇野アナ、若手女性起業家で人気の柊木社長、芸能人大御所の倉木さん、ロアの順に話が続いたところで、ロアはもう一言放った。 『ところで僕は今回のこの経済対策、今までに無いほどの規模になると予想します。500兆円以上はいくでしょうか。それほどの支援が全体へ行われるのではないでしょうか』 『えぇ!? 500兆!? そんな規模ですか!?』 ロアの発言に槇野アナを始め、一同が驚いている。 興味無くて、適当に演技して驚いてるヤツもいそうだが⋯⋯。それより、500兆なんてお金どこから
「んで、なんでお前大学にいたんだよ?」「あぁ、これ見ろよ」 ソファでくつろぎながら、シンヤはSNSの画面を俺のL.S.へと共有した。そこには、赤く光ってる建物内で"あの謎の機械に襲われた"という内容が幾つも表示されていた。見る限り、赤いところに"赤いヤツは1体以上いる"らしい。「これ見てお前らのいる場所見たらよぉ、イヤな予感がするだろ?」「⋯⋯だな」「わざわざ来て窓割ってくれたのね、危ないのに」「まぁな。大事な親友のためなら何とやらってヤツだ、なぁルイ?」「いや俺に振るなよ。あ、もう一つ聞きたい事がある。お前どうして"UnRuleを起動すればいい"って知ってたんだ?」「それはな。まぁ、今やどこにでも情報が出てるたぁ思うが、俺の知り合いがよぉ、始めてみたら何か急に"剣"が出てな? それが"本物みたい"で、それでピンときたってわけだ。俺も始めたらこんなのが出てきたぜ」 シンヤは格好つけるようにして、"赤色の細長い銃"を出現させた。「お前のはこんなのが出てきたのか」「へぇ~、みんな違うのね」 ちなみにシンヤのL.S.を見ると、周りが付けているL.S.と変わらず、それは"事前予約当選者じゃない"事を表していた。「二人のも見せてくれよ!」 俺とユキも武器を出す。「おい、これ!?」「なんだ」「ここ見てみろよ!」 これらはどうやら普通の武器では無いらしい。端の方に"≪EL≫のマーク"が付いていると違うという。まだ詳しくは分からないらしいが、"威力が違ったり、特別な能力が付いていたりするんじゃないか?"という推測がされているそう。 俺の銃は他と何が違うんだろう。威力がヤバい、とかそんくらいに見えるが。だけどコイツじゃ、唯一あの"赤いヤツ"は倒せなかった。まだアイツは大学内をうろうろしているんだろうか? 銃からは"0"が浮き出ており、もうこれ以上何もできなさそうに見える。それと同時に、"さっきの出来事が本当だった"のを突き付けてくる。「お前らL.S.の色も違うし、そうかとは思ったけどやっぱりだったかぁ~」 シンヤは諦めるように上を向く。「一緒に予約したのによぉ~、なんで俺だけ当たらねえんだぁ!?」「別に、大きな違いなんてねぇだろ」「いいや俺はあると思うね。"≪EL≫マークの武器"は絶対チートの強さだ」「話してるところ悪いんだけど、
「逃げるぞッ!!」 俺は無理やりユキの手を引いて、5階の階段の方へと走った。こんなの、逃げるしかない!!「弾、当たったよね!?」「当たったッ! でもアイツは起きやがったッ!!」 あの"剣のような何か?"は、なんだったんだろうか。逃げろという電気信号が、全身へと伝い続ける。 早く⋯⋯早く1階のシンヤと合流しないと! 二人だけじゃたぶん無理だ!! 戦慄襲う身体は、階段へと無意識に走る。一瞬後ろを見ると⋯⋯なんで追ってこない⋯⋯? 4階への階段手前へ着いた時、その不穏は形になった。「きゃぁ!?」 突然天井が爆発して崩れ、ヤツがそのまま降りてきた。「ねぇ!! 後ろにも!!」 背後を見ると、5体ほどのヤツらがいつの間にか潜んでいた。もうどこを見ても逃げ道は無かった。ユキは少し過呼吸気味になっていた。これ以上、激しい無理はさせられそうにない。 ⋯⋯選択肢は2つ。 背後のヤツらに"残弾全て"を使ってこじ開けるか、目の前の赤いヤツを死ぬ気でやるのか。 前者は一番イメージが湧く。一つ不明な事を除けば⋯⋯この銃が"連発できるのかが分からない"。かなりの威力があるように見えたため、連発できない可能性もある。もし、"一発ごとにチャージが必要"であれば、ユキの鎌に賭ける事になる。合間に、他のヤツらの攻撃を避けなきゃいけない。でも成功すれば、あの先の原田研究室に"アレ"があるはずだ。 後者は、正直上手くいく想像ができない。この銃とあの鎌でどこまでやれるのか⋯⋯もう考えている暇は無い。「ユキは俺の後ろに続いて走り続けろッ!! 絶対止まるなッ!!」「⋯⋯わかった!」「もう少しだけ頼む!」 残弾数"5"を表すこの銃を、走りながら1体目に放つ。その瞬間、周囲に散らばる七色の蝶の羽根。鋭い細光が、1体を吹き飛ばした。 それによって出来た、人一人が通れるギリ通れそうな道。ラッキーな事に、飛ばしたヤツが周りを巻き込んでいた。俺はそれを見逃さなかった。滑り込むように割り入り、左2体に向けて銃を放った。 頼む⋯⋯連続で撃てるようになっててくれ!! そう祈りながら撃った結果は⋯⋯願いは通じた。間近で散らばる一気に七色の蝶の羽根。左2体を連続で飛ばした後、即座に体を捻り、右にいた2体も吹き飛ばした。そしてすぐ、差し出されたユキの手を取って立ち、原田研究室へとそのまま一緒
「これ⋯⋯陸田先輩の⋯⋯? ユキ、来てくれッ!」「あ! ルイっ!?」 俺は今の場所から"3つ先の研究室"へと走った。今の声はたぶん"川中研究室"からだ。陸田先輩が所属しているのは"あの場所"だからだ。 近付くと、また自動ドアは開いていた。中は真っ暗で、何が何やらよく分からない。そう感じた瞬間、右手に握っている"七色蝶の銃"の形状が変化し、先端から光を放ち始めた。 ⋯⋯これを使えって言ってんのか? 奥まで見れるな、これなら。 俺が中へ入ろうとすると、「待ってッ!!」 突然ユキが腕を引き寄せた。「本当に中に入るの⋯⋯?」 その表情はまるで、"さっきの出来事"を訴えているようだった。君野先生を殺した"アレ"が、また襲ってくるんじゃないかって。「でも、陸田先輩を放っておけないだろ! 最初に俺たちに大学の事を色々教えてくれた先輩だ!」「だけど、また"さっきのアレ"がいるかもしれないし、"赤いの"だってうろついてるんでしょ⋯⋯?」「そうだけど、だからって」「⋯⋯わかってる」 するとユキは深呼吸をし、険しい表情をする。「ねぇ、UnRuleを始めたら"それ"出たんだよね?」「そう、だけど」 彼女はL.S.を展開し始めた。「私もやる」 俺が何かを言う前に、ユキの右手に"ある物"が出現した。全長2メートルくらいはあるだろうか? それは冷気がこっちまで伝わってくる"大きな鎌"だった。 この時、そんなのどうやって出したんだと思った。ここに来る途中、"この銃の出た方法"を伝えておいたけど、なんか違うのを選んだのかと。けど、UnRule以外、こんなのを急に出せる方法を俺は知らない。「銃じゃないの!?」 大鎌を見て彼女は小さく叫んだ。やっぱりUnRuleを選んだようだ。「俺のと一旦交換しとくか?」 俺の銃を渡してみると、「は!?」「え!?」 なぜかユキの手から銃がすり抜けた。訳が分からなかった。質量ある物なのに、何度やってもすり抜ける。物理法則を無視したこの現象、でも今これを考える暇は無い。結局ユキは俺の銃を持つ事が出来ず、仕方なくこのままで入る事となった。「危ないと思ったらすぐ逃げろよ、俺置いてっていいから」「それするくらいなら死んだ方がマシ。私も"これ"でやる」「でも"その鎌"、重いんじゃないか?」「それが凄く軽いのよ。すぐに振
まさかコイツだったなんて⋯⋯なんでコイツがこんなところに⋯⋯? だったら、やっぱり"本物の先生"は⋯⋯ 頭を巡る最悪の答え。俺は意を決して"頭の無くなった人物"の近くに寄った。 ⋯⋯先生がいつも着ていた服だ。胸元には【新東京大学】の教職員証。名前は⋯⋯ 【名誉教授:君野正義】 薄赤い部屋で見にくかったが、これで分かった。ここで何があったのかを。「⋯⋯そういうことかよ」 あんな事を先生がするはず無い。それが分かったのと同時に、悔しさと怒りが込み上げてきた。どうして先生をこんな⋯⋯「ユキ⋯⋯先生は⋯⋯」 俺を見て察したのか、小さく頷いた。夢だったらいいのにと、今何回思ったか。どれだけ思っても、これは"非現実の現実"で、変わらない。 ユキは自分を責めているようだった。もう少し早く来れば助けられたんじゃないかと。 ⋯⋯無理だ。緊急メッセ―ジは、"ヤツ"が送っていたんだから。俺はとにかくユキを慰め続けた。その後間もなくして、また"アイツ"から通話が入った。アイツの顔がL.S.のホログラムパネルに映る。「おい! 新崎さんも一緒にいるんだよな!? 早くそっから出ろ!!」 真剣な表情でアイツが言う。「何体かそこへ入っていきやがった!! "さっきの"が!!」「は? まだ他に"コイツ"が!?」「あぁ⋯⋯いる!! 特に"赤いヤツ"には気を付けろ!! アイツはマッポを瞬殺しやがった!!」「警察が⋯⋯? シンヤって今"1階"だよな?」「そう! 後、降りてくる時には"階段"を使え!! アイツらエレベーター前でも待ってやがる!! ここもヤバいから後でな!!」 そう言って、シンヤからの通話は途切れた。シンヤの場所もGPSで共有しているからすぐ分かる。さっき窓を割ったのは、たぶんコイツだ。それ意外あんな行動するのは、考えられない。「ユキ、他にも"コレ"がいるらしい」「まだいるの⋯⋯?」「シンヤが言うにはだけどな、急いで出よう」「シンヤ君が⋯⋯うん」 俺は先生の教職員証を拾い、自分の胸にしまった。この人の意志は、俺が持っていく。君野教授研究分室のドアをL.S.で開ける。ヤツが遠隔で閉めたのだろうか? 研究分室を先に出たユキは、「⋯⋯今までお世話になりました」 と、小さく呟いた。その言葉は、"俺の胸の証"にも響いた気がした。 走りながら一応警察に
目の前の事実を信じる事が出来ない。あの優しかった、人気だった、先生が。今までの先生とのやり取りがフラッシュバックした。「なんで⋯⋯なんでッ!!」 すると、口から血を垂らしながら"先生?"は、「イヒヒヒッ!? 三船ェ!? 新崎ィ!? ナゼ二人ナンダァァァ!?」 目の焦点が合っていない。これは先生なんかじゃない。「ワタシガ呼ンダノハナァ!? 新崎ィ!? オ前ダァ!?」「君野先生!! こんな事はやめてくださいっ!!」「黙レェェェェェェ!!!」「ひッ!?」 ユキの目には涙が零れていた。「早クゥ!!! 身体ノ中ヲ見セロォォォ!!!」 狂気に満ちた顔。電気が伝うように、全身の鳥肌が立つ。「⋯⋯来るなッ!!」 俺はユキの前へと割り入り、"ヤツ"に抵抗しようとした。が、人間とは思えない怪力で壁まで投げ飛ばされた。その瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。「ルイッ!!」「アハァ!? 三船ハ後ダァァ!!! ナァ、新崎ィ!?」 ヤツはとうとうユキの間近まで迫り、顎に手をかけた。顔を近づけながら、「オ前ハナァ? 女ノ中デモ優秀ダァ!? 身体ノ中ヲナァ? ヨク見セテクレナァ?」「やめて⋯⋯ください⋯⋯いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」 見ている事しか出来ない。全身を強く打ち付け、意識が朦朧とする。今の衝撃で右肩が脱臼したらしく、痛みが余計に意識を奪う。 ⋯⋯ユキ⋯⋯ ⋯⋯ユ⋯⋯キ⋯⋯「誰ダァァァァ!?」 ⋯⋯窓の⋯⋯割れる音⋯⋯? 謎に次々に割れる窓。誰がやっているのか、ヤツは割れた窓から外を確認し始めた。 直後、右腕のL.S.に違和感があった。そのおかげか、なんとか俺は意識を少し取り戻した。 "誰かと通話"が繋がってる⋯⋯?「おいルイ!! 大丈夫か!?」「⋯⋯うぅ⋯⋯お前どうして」「んな事は後だろ!! 今すぐ"UnRule"を起動しろッ!!」「⋯⋯なにいって」「いいから早くッ!! 俺を信じてやれッ!!」 瞬時後ろを見ると、ドアは閉められているようで、出られそうにない。今ユキを助けて逃げる方法は、"後ろのドアを無理やり蹴破る"か、"窓から飛び出るか"の二択しかない。ドアは頑丈で開きそうにもない上、ここは15階だ。「⋯⋯信じるからな」 意を決し、L.S.のホログラムパネルから"UnRule≪EL≫"を選択した。すると右手に何かが出てきた
俺とユキは今、新東京大学の3年生。"東京大学の次世代"として、東京大学の隣に新しく出来た大学だ。ここは"ほぼ全部がリモート講義"である上に、講義の時間が決まっていない。 L.S.を用い、目の前に24時間いつでも先生たちの用意している講義を出現させ、受けられる。受けている人に応じて、AIが柔軟に対応してくれるため、どんな人でも理解しやすい仕組みなってるらしい。 他大学よりも自由度が高い分、単位を取る難易度も高いみたいで、3年初めから卒業研究も始まるため、留年してしまう人も結構多い。 俺は肌に合っていたからか、今のところ苦に感じてはいない。最新の事を学べて、やりたい事もやり続けられるから、かなり好きなほう。様々なAI搭載の設備も使え、一人だろうが何だってしやすい。時々はまり過ぎて、他の人に迷惑かけてるかもだけど⋯⋯。 そんな俺に君野先生は「是非研究室に来て欲しい」と、直にオファーをくれた。普通は自分から志願して、行きたい研究室へと面接に行く。こんな逆推薦は、新東大では初めての事だったそうだ。でもこの時俺は⋯⋯。「俺より、新崎ユキさんの方がいいと思いますよ」 オファーを蹴った。実際、ユキの頑張りを小さい時からずっと見てきたからだ。そしたら先生は大笑いし、「はははっ! そうかそうか! ならこうしよう三船君。君の推薦する新崎君と二人で研究室へ来るのはどうだろう。君たちのしたい事をそれぞれ研究としてやればいい。共同研究なんて選択肢もいいだろう」「え⋯⋯本当ですか!?」「あぁ、どうかな? 実はね、私は君たちが卒業する時にちょうど退職するんだよ」「え!? そうなんですか!?」 君野先生は小さく頷いた。まさかの事実だった。こんなに人気な先生が、もう定年退職するなんて知らなかった。「それで最後に新しい刺激が欲しくてねぇ、君の力を貸してくれないかな?」「⋯⋯分かりました。でも、一つだけ聞いていいですか?」「何でもどうぞ」「なぜ、僕が選ばれたんですか?」「はははっ! それはねぇ、"君の両親と長い付き合いもあったり"で、小さい頃から君を知ってるんだ! 凄い子だって事もね!」 驚いたに決まってる。親と君野先生って、そんな関係だったのかよって。何一つ教えてくれなかったからな。 つまりは、小さい頃から世話になってるって事。んなの、"UnRule"より優先する
そういや、さっき助けた女性と黒ぶち眼鏡の男の二人組がここへ来た。「本当に助けてくれてありがとうございました!」とお礼を言ったかと思えば、二人は喧嘩。最後は「あ~!! こんな良い人と彼女さんが羨ましい!!」と隣の男へブチ切れ、別れを切り出して去っていった。それに這いつくばるように、目の前の男は「ちょっ、ちょっと待ってくれよ! 俺も必死だったんだッ!!」と。 えっと⋯⋯俺のした事って間違ってなかったんだよな⋯⋯? もちろん見過ごせば、あの女性は死んでいたかもしれないわけで。「私、ルイの彼女だって」 男が去った後、ユキがそっと呟く。「何回目だよ、これ言われんの」「う~ん、何回目だろ」「けど、これは久しぶりだな」「これって⋯⋯"これ"?」 ユキは握っている右手を少し上下させて言う。「渋谷までこのままでもいい?」「まぁ、いいけど」 いつもと違う感覚に戸惑いながら、ビル群が続く景色を見る。ガラス越しに映るユキは、少し寂しそうに見えた。 品川に着く頃、ある質問をしてみる。「なぁ、電車がこんな"三階建て"に変わってるとか知ってた?」「知ってたよ、いろんな場所で見たから」 あまり知らなかった事を伝えると、少し笑われた。人がゲームしまくってる間に変わりやがって。日進月歩すぎて、付いていけてるヤツ何人いるんだ? きっとこれさえも、一部なんだろう。 品川からは三階にも人がやってきて、男からの鋭い視線が突き刺さった。"そんな可愛い彼女どうやってゲットしたんだ"、みたいなやつ。これも今まで何回されてるのか。 そうこうしていると、渋谷駅へと着いた。簡易型エスカレーターは主要駅のみ出るようで、東京、品川、その次は渋谷で用意された。狙ってやってるかは分からないが、まるで旅行から帰って来た気分になる。「やっぱいつもより多いな、人」「はぐれないようにしないと」 そう言うと、ユキはまた手を握ってきた。「駅から出るまで、ね?」 これって恋人繋ぎ⋯⋯。さっきから積極的すぎないか? これで付き合って無いってのはなんだ? 俺は歩きながらL.S.を展開し、SNSを見る。すると、"あの事件現場の前後"が動画として流され、既に記事にもなっていた。でも、"謎の機械"の事が書かれていない。あるのは死亡者について【松尾孝明(47)】と、秋葉原駅構内で事件が起きたとあるだけ。
サラリーマン風の中年の男は、肩や頭が食われて血が噴き出ている、これ以上見たくない。だって、頭が無い。逃げるしかない、今は。言葉など通じそうにもない。 「逃げるぞ!!」 「あ⋯⋯あれ⋯⋯頭が⋯⋯頭が⋯⋯」 「ユキッ!!」 ユキは手で口を覆い、震えていた。もう無理やり連れていくしかない。 「ッ!!」 俺はユキの手を取り、なりふり構わず走った。後ろでヤツの不穏な足音が常に聞こえる。音的にはたぶんまだ走ってはいないはず、振り返ってる暇は無い。 ヤツがいるのは出口方面だったため、ホーム側に走るしか無かった。同様に考えている人ばかりで、エスカレーター前は混んでいる、こんなのは待ってられない。 「⋯⋯ッ!! 階段で行くぞッ!!」 「ごめん⋯⋯足が⋯⋯つって⋯⋯」 痛そうに右足を抑えるユキ。この時、さっきの通話時の事を思い出した。「研究が思ったより進んで昨日私も寝てな~い」と言っていた事を。 座ってばかりだったのか、突然の走りに身体が付いていって無い様子が見て取れた。 「置いてっていいから⋯⋯行って」 「んなこと」 「行ってッ!」 ヤツの方を一瞬見ると、少し先にいた花柄のワンピースの女性の肩を掴んでいた。女性は激しく助けを呼ぶも、近くにいた黒ぶち眼鏡の男は「む、無理だってッ!!! い、今、警察呼んでるからッ!!!」とL.S.を展開しながら叫ぶ。自ら助けようとする様子は一切無い。 ヤツは口を大きく開け、今にも肩を噛もうとしている。女性は身動きできず、さらに泣き叫び、 「誰かぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!! いやぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」 俺はそれを見ている事しか⋯⋯でき⋯⋯ない⋯⋯。あの人も"アレ"のようになる? 他人だし放っておいていいよな? いいよな? イ イ ヨ ナ ? 「ルイ⋯⋯? ダメよ⋯⋯ダメだってッ!」 俺の体は、勝手にヤツの方へ走り出していた。無意識の中走りながら、奥の頭の無くなった中年男性をまた見る。 アレのように俺もなる? 妄想の恐怖が全身を覆う。真っ赤な何かが、脳内を侵食しようとしてくる。心臓の鼓動音が大きくなりすぎて、大半の音が聞こえない。でも、後ろでユキらしき声の叫びは聞こえた。 昔っからの付き合いなんだ、音が聞こえなくたってそれくらい分かる。わりぃな、ユキ。 覚悟を決めた瞬間、
『え~、気付かれた方も多いと思いますが、ロアが今ちょっといません。先ほど急に動かなくなりまして、現在裏で様子を見てもらっています』 は? さっきまであんなに会話してたのに? 最後のアレはどうなったんだよ!? その後番組は止まる事無く、100万給付の事や新経済対策の内容、東京内建造物の急な赤い光、終盤にはロアが最後に言おうとしていた事の考察が数分だけされた。 L.S.を使った新事業を売り出す、外交を増やして国々の物を組み合わせた限定品を作る、宇宙事業を新たに進める、と様々な意見。しかしその反動で、一気に税金を上げる、公共料金が引き上げられる、L.S.の使用料を毎月取られる、といった意見も。 だが、俺が本当に気になったのはそれらではなかった。ほんの少数だがSNSでこう言ってる人たちがいた。 「人間を殺して、その分を取り上げるんじゃないか?」 なんでかは俺にも分からない。なぜかこの言葉だけがずっと脳裏に残った。この違和感はなんだろう⋯⋯。 「ねぇ、ルイ」 考えていると、不意にユキが話しかけてきた。 「総理の会見って夜にもするって言ってたよね」 「ん⋯⋯言ってたな」 「会える人は会いましょうって言ってたけど、次は強制的に見せるとかじゃないってことかな」 「かもな。また夜に見てみるしかない、ってか、この100万どうするよ?」 「う~ん⋯⋯私は一旦貯金かなぁ。ルイは?」 突然の100万に対しても、ユキは案外冷静な様子だった。昔っからの冷静さは、ここでも変わらずのよう。ちなみに俺もと言っておいた。特に欲しいものっていっても、そんな今はない。 「さて、そろそろ出ますか」 「うん」 俺たちが出ると同時に、一気に人が入っていった。もう昼が近いからか、人気だったりするからか、それかあの席の良さがまさかバレてるなんて事は、流石にあまり無さそう。 会計は出る時に自動でL.S.から支払われるため、特に接客とかは無い。何年か前から自動会計の無人店舗が広がっていったが、こんな施設内まで今や無人みたいなもの。奥に管理人一人くらいはいるんだろうけど。 「えっと、10階でやってるんだよね? それ」 俺の新仕様になったL.S.を指してユキは言う。そんなこんなでユキに連れられ、エスカレーターで例の10階に向かう。またあの場所に行くってわけ