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34. 神明

Author: Mr.Z
last update Last Updated: 2025-04-24 18:31:40

 エスカレーターを上る度、徐々に薄暗さが増していく。危険なのかどうか、常にユエさんが教えてくれるからスムーズに対応しやすい。今の時間は12時。前までだったらゆっくり食事をしたり、ゲームしたり、そんな日々を送ってるんだろうか。そんな日常はもう存在しない。死なないようにはどうすべきか、総理を止めるには何をしたらよいか、それらが今の俺たちを覆っている。この"死のヴェール"が拭える事は今後無い。

『⋯⋯ここはちょっとヤバいかもしれないわね』

 9階付近へと足早に行ったユエさんから警告が入る。

「どんなヤツがいるっすか!?」

『あれは⋯⋯"神明官フォルセティウス"。三翼の天魔神ほどではないけど、厄介なボスモンスターね』

「なんでもかんでもしやがってッ!! あんのクソジジイがッ!!」

「勝てるでしょうか⋯⋯?」

 シンヤがイラついている横で、ヒナが不安そうなにこっちを見る。ユキまで。

「⋯⋯俺が前で戦う。怖けりゃ下がってていい」

「でも、ルイにばかり任せるわけにはいかないわ。あまりに負担が大きすぎるもの」

「車内でも少し教えてもらいましたけど、この槍の元のモンスターの時はどうやって戦ったんですか?」

「あー、アイツはルイが"一人で"やっちまったんだよなぁ」

「え!? 一人で!?」

 仰天した目でヒナが見てきた。

「皆のおかげだよ。他を全部やってくれたから、俺はなりふり構わずやれた」

 あの時の事が脳裏で再生される。俺は結局ずっと引きずっている、"あの人"の事を。察するようにシンヤが肩に手を置いてきた。

「次は大丈夫だって、な?」

 ユキまで俺の肩に手を置く。いつまでも引きずってられないのは分かってる。分かってんだよ⋯⋯。

 長いエスカーレーターが終わりを迎え、ついに9階へとやって来た。10メートルほど先に、"金色の巨大な何か?"が椅子に座って待っているのが見えた。目をこらして見ると、明らかにヤバい見た目をしたものがいる。

『アイツの攻撃は2つだけ知ってる。同じモーションなんだけど、光り方で違うの。青い方は地面からジグザグに炎が沸いて、紫の方は天井からジグザグに炎が降って近付いてくる。他は、裏部がいれば分かるんだけど⋯⋯』

「後はやって覚えていくしかないってことですね」

『えぇ。私のこのプロトロアだと、ここからはもう付いていけないわ、ごめんなさい⋯⋯でもあなたたちなら、すぐ対応
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    Last Updated : 2025-03-26
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     やっぱりこの車だけ異質だ。自動運転がどれだけ発展しようと、飯塚車だけは唯一って感じがある。広さとしてはリムジンぐらいあるが、少人数の時は上手い具合にコンパクトになる。要は、大型自動車から軽自動車へと自由自在になれる感じ。龍の顔をして7枚羽が付いているのは、奇抜なデザインすぎて何とも言えないけど⋯⋯。でも中はAI自動風呂があって、寝室もAI自動調理も付いてるってのは、その辺の部屋に住むより断然良い。というより、ここまでの車はまだ世に出てない無いだろうな⋯⋯自分たちで創ったのだろうか? そんな車は新しくヒナを連れ、東京ミッドタウン八重洲およびネビュラスホテル東京を後にする。短い時間だったけど、部屋や食事はマジで良かった、"あの事件"さえ無ければ⋯⋯。 右手にはまだ薄っすら浮かんで見える、あの血痕が。もう血が付着しているわけじゃないのに、いつまでもいつまでも。「飯原さんには、結局挨拶せずにだったわね」「あの人なら起きてすぐ気付く、あれに」「今の時代に置き手紙なんて、ビックリしますかね」「たまにはいいんじゃね! そんなのも! 粋な事すんのな、新崎さんも!」 きっとあの人ならすぐに気付く。今回の件で、より目をこらすようになっただろうし。流れていく都会のビル群を見ながら、そう思った。 表参道へと入った頃、周囲の雰囲気がガラッと変わるのを感じた。これを感じたのは俺だけじゃないと思う。さっきまで広い車内を堪能していたヒナが、ずっと外を見るほどだ。だって、普通に"大勢の人間が何事も無いかのように"歩き回っている。「なんか、ここおかしくね?」 とうとうシンヤがその一言を放った。それによって話が広がる。「まるで日常が戻ったみたいね、ここだけ」「なんでしょうね、これ⋯⋯」 俺は口を開かなかった、みんなの思ってる通りだったから。外に出るまでは"本当の違和感"に気付けそうにない、そうも感じる。先頭にいたユエさんがこっちへと戻ってきた。「そろそろ目的地周辺よ。見ての通りみたいだから、各自油断しないようにね」「もしかして、竹下通りなんですか?」「そう。ちょうどここの監視カメラに映っていたのよ。それで、あの赤ビルの方へ入ったっきりまだ出てきてないの」「え、赤ビル!?」「えぇ」 原宿の竹下通りにもあるのか? いつ出来たんだ? 覚えている限り、渋谷と秋葉原しか知

  • フォールン・イノベーション -2030-   30. 神槍

     朝食後、車内から戻ってきたユエさんによって、急遽原宿へと移動する事になった。なんでも、UnRuleモンスターに詳しい国家研究員の裏部さんをそこで見かけたという情報があったという。つまり、ここでこの高級ホテルとは一旦離れる事になる。それはヒナとの別れも表していた。「もう行くんですか!?」「すぐ行かないと、また移動されるかもしれないしな」「そうですか⋯⋯」「まぁ、次何かあったら飯原さんが対処してくれるはずだ。最悪、こっちに連絡くれてもいい」「はい⋯⋯」 ヒナに感謝し、背を向ける。またどこかで会えるはず、そう思いながら。すると、急に後ろから抱き着かれた。「っ! ヒナ!?」「私も一緒に行きますッ!」「いや、でも」「だろうとは思ってたぜ」 振り向くと、謎に待っていたシンヤ。こいつさっきユキと一緒に車へ行ったんじゃ⋯⋯。「ひなひーさ、昨日ずっとお前の事聞いてきてたんだよ。だからなんとなく、こうなるとは思ったわ!」「でも原宿は絶対危険だ。ヒナじゃさすがに」「戦えますから! 私もッ!」 そう言うと、ヒナは三叉の黄色い槍を出現させた。先端から小さな電気が一定間隔置きに走り、ただの槍ではない事を示している。全長は2メートル近くあるだろうか? ユキの持っている鎌と同じくらいの大きさがあった。「うおぉ! なんかでっかいの持ってんなぁ!」「はい。ELの方ほどの強さは無いんですけど、迷惑かけないように頑張りますから!」「だってよ、ルイ。いいじゃねぇか! ひなひーが一緒にいてくれるなんて、普通じゃありえねぇ凄い事だぜ!?」「まぁそうかもだけど」「なんだよ、なんか不満あんのか?」「⋯⋯アオさんの事、頭に過って」「んだよ! いつまでも引っ張んなって!」 そんなの分かってんだよ。でも俺はあの時知ったんだ。人はいとも簡単に死ぬ。 ⋯⋯謎の空撃だった、それでアオさんはバラバラにされた。それがヒナにされたらと思うと⋯⋯考えるだけで吐き気がする。「ひなひーがここにいたって、いつまで安全かなんて分からないぜ?」「そ、そうです! 一緒にいた方がむしろ安全だと思います!」「な? それに、お前は同じミスはしない、そうだろ?」 シンヤは挑発するように言う、まるで試しているかのように。こいつ、勝ちたくてずっと俺の事を見てやがる。「⋯⋯わかったよ」 言った瞬間

  • フォールン・イノベーション -2030-   29. 血痕

    「や~っと帰ったかよ!」「待ってました!」 帰ると、ヒナとシンヤ、さらには飯原さんまでもがエントランスで待っていた。そして突然、「申し訳無かった」と飯原さんが頭を下げてきた。「町田さんから聞いたよ。まさかそんな事になっていたなんて、管理不十分だった私の責任だ」 実は首謀者だと思っていた飯原さんは小柴に騙されており、契約最後に足されていた追記は"特殊仕様"が施されていた。どうやら契約した者のみ、数時間経ってから"追記が浮かび上がる"よう、細工されていたらしい。 騙されていた女性は多くおり、あのまま放っておけば、被害はとんでもない数になっていそうだった。元々の契約書は飯原さんによって本当に"善意で作られたもの"であって、あのような事実は一切無かったという。 部屋に戻る途中、会う度いろんな人になぜか感謝された。守ってくれてありがとう、と。でもこれは、ヒナが必死に説明してくれた事、警察が既に機能していない事の二つが大きかったんだと思う。俺のやった事が決して正しかった訳じゃない。本当はあそこまでやる必要は無かった、なのに身体が勝手に⋯⋯。 現状、正しさは自分たちで決めないといけない。状況が状況だったとはいえ、俺は本当は刑務所行きだったかもしれない。急激に来る冷静さと同時に、自分がしてしまった事がどういう事なのか、まだ考え続けている。シャワーで流れていく湯を横目に。 俺の右手に"ヤツの血"はもう無い。無いはずなのに焼き付いて離れない、アイツらの死んだ顔が。血が溢れる瞬間が。 ⋯⋯分かってる。どれだけ責められなかろうと。『人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!』 もう一度右手を見る。視界が霞み、また"あの血"が見える。それはいつまでも訴えてくる。 オ 前 ハ 人 ヲ 殺 シ タ 俺はもう⋯⋯帰 レ ナ イ ?「ルイさん、入りますね」 背後を見ると、水着姿のヒナが勝手に入ってきていた。「今日は私が身体洗いますから」「いや、いやいやいや、なんで!? 自動で洗われるからいいって!」「そう言わずに! えいっ!」 ここからなぜか、あまり覚えていない。途中からのぼせてたような⋯⋯。それほどヒナの洗い方が気持ちよかったんだろうか。「ルイ? 生きてる?」 ふと意識が戻ると、いつの間にかユキとベッドに横たわっていた。記憶が少しずつ鮮明にな

  • フォールン・イノベーション -2030-   28. 化物

    「大丈夫かッ!?」 遅れてシンヤがこの"4528"へとやってきた。たぶんシンヤも、幻覚とやらにやられていたんだ。これはおそらく、アイツが持っていた強力なズノウの一つ。「⋯⋯ここを頼む」「え、あ、あぁ」 俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。アイツらはまだ近くにいる。絶対逃しはしない。 きっと、この時の俺は無意識に近い状態だった。ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊セ。その衝動だけが、全てを突き動かしていた。 「何かあったのか?!」と、ジムで会った屈強な男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。2つあるうちの1つのエレベーターが、1階へと向かっている。これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。この速さなら階段で追いつく、すぐさま駆け下りて1階へと向かう。 降りる度、言葉にならない怒りがさらに身体全体を包み、自分が遠くなっていく。そんな他人のような俺は、ホテルを出て少し先の角でヤツらの背中を捉えた。一人が気付き、小銃を向けてくる。「人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!」 ヤツの言葉が聞こえないほど、さらに本当の自分が遠くなっていく。「気持ちわりぃんだよッ!!! さっさとサツに捕まっとけッ!!!」 完全に他人化した俺は、"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。「へぇ~、や、やるんだな? バカがッ!! お前とは場数が」 話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。七色の蝶の羽根が、風で通り過ぎていく。 コイツだけじゃない、もう一人を追わないと。あの"黄色いパーカーの男"。理不尽ヲ壊セ。 しかしどれだけ血眼になって探しても、もう一人は見つける事が出来なかった。蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識が戻りつつあった時、「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯やっと⋯⋯見つけたぁ」 影から現れたのはユキだった。「!? なんで」「そんなの⋯⋯当然でしょ」 ユキは一呼吸置き、そう言った。その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一緒にいない方がいいという気持ちが交錯した。俺は目の前で⋯⋯殺したんだ。そんな俺をもう受け入れてくれない。と思った時、「帰りましょ」 彼女の手が差し出された。「⋯⋯なんで」 ユキは何も変わっていなかった。優しい顔で手を伸ばしてきた。「⋯⋯もう⋯⋯いない方が⋯⋯いいだろ」  あまりに

  • フォールン・イノベーション -2030-   27. 死撃

    「どうするよ!?」「これだと私たちも危なくない?!」 二人が慌てる。 ⋯⋯落ち着け、このタイミングになんでこんな事が⋯⋯。「二人とも落ち着け! 警護だってまだいる」「あ、あぁ」「そうだけど」 こういう時こそ、情報を一旦整理しといた方がいい。1階に"ヤツら"が入って来た事はおそらく間違いない。警護部隊が弱ければ、ここにも来る可能性はある。この可能性は低いと信じたいけど。 そして、もう後3分で23時。保護管理契約書によると、"朝8時~夜23時まで"しか警護はされていない。ここには女子が多い、誰もが自分の身を自分で守らなくてはいけない時間になる。 そもそも、この警報はホテル内に響き渡っているんだ。小柴たちだって慌てているってのが普通。 だったら、なぜヒナに通話が繋がらない? あっちでも既に何かあった? ⋯⋯どうする。「俺は"4528の部屋"へ行く、二人は1階の援護に行ってくれ」「ルイ一人で!? 警護がいるなら、あっちは任せて私たちも一緒に行った方が」「本当はそうしたいけど、下が全滅する可能性も捨てきれない。そうなったら⋯⋯もうここは終わる」「んじゃ、すぐ終わらせてそっち行くからよ! ひなひーを頼んだぜ!!」 シンヤが先にエレベーターの方へと走って行く。「あ、シンヤ君!?」 ユキが一瞬、俺の方を見た。「⋯⋯無茶しちゃ、ダメだからね」 こうして俺たちは二手に分かれた。どの場所も真っ赤な光が点灯し、警報が激しく鳴り続ける。その度に心臓の鼓動が速くなり、嫌な予感が脳裏を過る。 45階に着き、奥を見ると、なぜか一つだけドアの開いている部屋があった。急いで行くと、そこは"4528の部屋"だった。 中に侵入するとそこには⋯⋯誰もいなかった。そんなはずがない、だってヒナは⋯⋯。 突如部屋の時計が鳴り、23時である事を示す。探してもヒナが全く見当たらない。近くの部屋からも、物音すら聞こえない。おかしい、何かがおかしい。 俺はすぐにユキに通話してみる事にした。これは何かがおかしい。「⋯⋯なんで⋯⋯なんで!!」 あいつがこんなに出ないなんて初めてだった。シンヤも出ない。どうして二人出ない!? 例え繋がらなくとも、不在着信には決してならない。「⋯⋯んだよこれ⋯⋯ユキッ! シンヤッ! ヒナッ!!」 今から1階に行く? いや、そしたらヒナは?

  • フォールン・イノベーション -2030-   26. 警報

    「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」「うっ⋯⋯はぁ⋯⋯まだまだ⋯⋯ですよ」「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといるあの子はあんちゃんの彼女か?」「⋯⋯ちがい⋯⋯ます⋯⋯よ!」「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」 一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。そして周りを見ると、男全員があの子に目を向けている。そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、あんな格好の女の子がいるなんて異様だぞ。いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。俺は続けていた懸垂を一旦やめ、みんなが見ているあの子へと近寄る。「なぁ、目立ってるぞ」「はい、知ってます」 ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯⋯その」 急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。正直この顔は反則なほど可愛い。でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。 と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。次はその人物へと全員の視線が移る。「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」「気付くの早すぎだろ⋯⋯」「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」 そうではあるけど早すぎる。でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。どちらかというと、心配しているような表情。「それで、これは一体どういう状況?」 ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」「"ルイさん"? ふーん」 おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!? なんでこうなる!?「ちょ、ちょっと待てって。俺が説明するから、落ち着けって」 仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」「んだよ、それもバレてんのかよ」「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない

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