俺とユキは今、新東京大学の3年生。"東京大学の次世代"として、東京大学の隣に新しく出来た大学だ。ここは"ほぼ全部がリモート講義"である上に、講義の時間が決まっていない。 L.S.を用い、目の前に24時間いつでも先生たちの用意している講義を出現させ、受けられる。受けている人に応じて、AIが柔軟に対応してくれるため、どんな人でも理解しやすい仕組みなってるらしい。 他大学よりも自由度が高い分、単位を取る難易度も高いみたいで、3年初めから卒業研究も始まるため、留年してしまう人も結構多い。 俺は肌に合っていたからか、今のところ苦に感じてはいない。最新の事を学べて、やりたい事もやり続けられるから、かなり好きなほう。様々なAI搭載の設備も使え、一人だろうが何だってしやすい。時々はまり過ぎて、他の人に迷惑かけてるかもだけど⋯⋯。 そんな俺に君野先生は「是非研究室に来て欲しい」と、直にオファーをくれた。普通は自分から志願して、行きたい研究室へと面接に行く。こんな逆推薦は、新東大では初めての事だったそうだ。でもこの時俺は⋯⋯。「俺より、新崎ユキさんの方がいいと思いますよ」 オファーを蹴った。実際、ユキの頑張りを小さい時からずっと見てきたからだ。そしたら先生は大笑いし、「はははっ! そうかそうか! ならこうしよう三船君。君の推薦する新崎君と二人で研究室へ来るのはどうだろう。君たちのしたい事をそれぞれ研究としてやればいい。共同研究なんて選択肢もいいだろう」「え⋯⋯本当ですか!?」「あぁ、どうかな? 実はね、私は君たちが卒業する時にちょうど退職するんだよ」「え!? そうなんですか!?」 君野先生は小さく頷いた。まさかの事実だった。こんなに人気な先生が、もう定年退職するなんて知らなかった。「それで最後に新しい刺激が欲しくてねぇ、君の力を貸してくれないかな?」「⋯⋯分かりました。でも、一つだけ聞いていいですか?」「何でもどうぞ」「なぜ、僕が選ばれたんですか?」「はははっ! それはねぇ、"君の両親と長い付き合いもあったり"で、小さい頃から君を知ってるんだ! 凄い子だって事もね!」 驚いたに決まってる。親と君野先生って、そんな関係だったのかよって。何一つ教えてくれなかったからな。 つまりは、小さい頃から世話になってるって事。んなの、"UnRule"より優先する
目の前の事実を信じる事が出来ない。あの優しかった、人気だった、先生が。今までの先生とのやり取りがフラッシュバックした。「なんで⋯⋯なんでッ!!」 すると、口から血を垂らしながら"先生?"は、「イヒヒヒッ!? 三船ェ!? 新崎ィ!? ナゼ二人ナンダァァァ!?」 目の焦点が合っていない。これは先生なんかじゃない。「ワタシガ呼ンダノハナァ!? 新崎ィ!? オ前ダァ!?」「君野先生!! こんな事はやめてくださいっ!!」「黙レェェェェェェ!!!」「ひッ!?」 ユキの目には涙が零れていた。「早クゥ!!! 身体ノ中ヲ見セロォォォ!!!」 狂気に満ちた顔。電気が伝うように、全身の鳥肌が立つ。「⋯⋯来るなッ!!」 俺はユキの前へと割り入り、"ヤツ"に抵抗しようとした。が、人間とは思えない怪力で壁まで投げ飛ばされた。その瞬間、右肩に鋭い痛みが走った。「ルイッ!!」「アハァ!? 三船ハ後ダァァ!!! ナァ、新崎ィ!?」 ヤツはとうとうユキの間近まで迫り、顎に手をかけた。顔を近づけながら、「オ前ハナァ? 女ノ中デモ優秀ダァ!? 身体ノ中ヲナァ? ヨク見セテクレナァ?」「やめて⋯⋯ください⋯⋯いやぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」 見ている事しか出来ない。全身を強く打ち付け、意識が朦朧とする。今の衝撃で右肩が脱臼したらしく、痛みが余計に意識を奪う。 ⋯⋯ユキ⋯⋯ ⋯⋯ユ⋯⋯キ⋯⋯「誰ダァァァァ!?」 ⋯⋯窓の⋯⋯割れる音⋯⋯? 謎に次々に割れる窓。誰がやっているのか、ヤツは割れた窓から外を確認し始めた。 直後、右腕のL.S.に違和感があった。そのおかげか、なんとか俺は意識を少し取り戻した。 "誰かと通話"が繋がってる⋯⋯?「おいルイ!! 大丈夫か!?」「⋯⋯うぅ⋯⋯お前どうして」「んな事は後だろ!! 今すぐ"UnRule"を起動しろッ!!」「⋯⋯なにいって」「いいから早くッ!! 俺を信じてやれッ!!」 瞬時後ろを見ると、ドアは閉められているようで、出られそうにない。今ユキを助けて逃げる方法は、"後ろのドアを無理やり蹴破る"か、"窓から飛び出るか"の二択しかない。ドアは頑丈で開きそうにもない上、ここは15階だ。「⋯⋯信じるからな」 意を決し、L.S.のホログラムパネルから"UnRule≪EL≫"を選択した。すると右手に何かが出てきた
まさかコイツだったなんて⋯⋯なんでコイツがこんなところに⋯⋯? だったら、やっぱり"本物の先生"は⋯⋯ 頭を巡る最悪の答え。俺は意を決して"頭の無くなった人物"の近くに寄った。 ⋯⋯先生がいつも着ていた服だ。胸元には【新東京大学】の教職員証。名前は⋯⋯ 【名誉教授:君野正義】 薄赤い部屋で見にくかったが、これで分かった。ここで何があったのかを。「⋯⋯そういうことかよ」 あんな事を先生がするはず無い。それが分かったのと同時に、悔しさと怒りが込み上げてきた。どうして先生をこんな⋯⋯「ユキ⋯⋯先生は⋯⋯」 俺を見て察したのか、小さく頷いた。夢だったらいいのにと、今何回思ったか。どれだけ思っても、これは"非現実の現実"で、変わらない。 ユキは自分を責めているようだった。もう少し早く来れば助けられたんじゃないかと。 ⋯⋯無理だ。緊急メッセ―ジは、"ヤツ"が送っていたんだから。俺はとにかくユキを慰め続けた。その後間もなくして、また"アイツ"から通話が入った。アイツの顔がL.S.のホログラムパネルに映る。「おい! 新崎さんも一緒にいるんだよな!? 早くそっから出ろ!!」 真剣な表情でアイツが言う。「何体かそこへ入っていきやがった!! "さっきの"が!!」「は? まだ他に"コイツ"が!?」「あぁ⋯⋯いる!! 特に"赤いヤツ"には気を付けろ!! アイツはマッポを瞬殺しやがった!!」「警察が⋯⋯? シンヤって今"1階"だよな?」「そう! 後、降りてくる時には"階段"を使え!! アイツらエレベーター前でも待ってやがる!! ここもヤバいから後でな!!」 そう言って、シンヤからの通話は途切れた。シンヤの場所もGPSで共有しているからすぐ分かる。さっき窓を割ったのは、たぶんコイツだ。それ意外あんな行動するのは、考えられない。「ユキ、他にも"コレ"がいるらしい」「まだいるの⋯⋯?」「シンヤが言うにはだけどな、急いで出よう」「シンヤ君が⋯⋯うん」 俺は先生の教職員証を拾い、自分の胸にしまった。この人の意志は、俺が持っていく。君野教授研究分室のドアをL.S.で開ける。ヤツが遠隔で閉めたのだろうか? 研究分室を先に出たユキは、「⋯⋯今までお世話になりました」 と、小さく呟いた。その言葉は、"俺の胸の証"にも響いた気がした。 走りながら一応警察に
「これ⋯⋯陸田先輩の⋯⋯? ユキ、来てくれッ!」「あ! ルイっ!?」 俺は今の場所から"3つ先の研究室"へと走った。今の声はたぶん"川中研究室"からだ。陸田先輩が所属しているのは"あの場所"だからだ。 近付くと、また自動ドアは開いていた。中は真っ暗で、何が何やらよく分からない。そう感じた瞬間、右手に握っている"七色蝶の銃"の形状が変化し、先端から光を放ち始めた。 ⋯⋯これを使えって言ってんのか? 奥まで見れるな、これなら。 俺が中へ入ろうとすると、「待ってッ!!」 突然ユキが腕を引き寄せた。「本当に中に入るの⋯⋯?」 その表情はまるで、"さっきの出来事"を訴えているようだった。君野先生を殺した"アレ"が、また襲ってくるんじゃないかって。「でも、陸田先輩を放っておけないだろ! 最初に俺たちに大学の事を色々教えてくれた先輩だ!」「だけど、また"さっきのアレ"がいるかもしれないし、"赤いの"だってうろついてるんでしょ⋯⋯?」「そうだけど、だからって」「⋯⋯わかってる」 するとユキは深呼吸をし、険しい表情をする。「ねぇ、UnRuleを始めたら"それ"出たんだよね?」「そう、だけど」 彼女はL.S.を展開し始めた。「私もやる」 俺が何かを言う前に、ユキの右手に"ある物"が出現した。全長2メートルくらいはあるだろうか? それは冷気がこっちまで伝わってくる"大きな鎌"だった。 この時、そんなのどうやって出したんだと思った。ここに来る途中、"この銃の出た方法"を伝えておいたけど、なんか違うのを選んだのかと。けど、UnRule以外、こんなのを急に出せる方法を俺は知らない。「銃じゃないの!?」 大鎌を見て彼女は小さく叫んだ。やっぱりUnRuleを選んだようだ。「俺のと一旦交換しとくか?」 俺の銃を渡してみると、「は!?」「え!?」 なぜかユキの手から銃がすり抜けた。訳が分からなかった。質量ある物なのに、何度やってもすり抜ける。物理法則を無視したこの現象、でも今これを考える暇は無い。結局ユキは俺の銃を持つ事が出来ず、仕方なくこのままで入る事となった。「危ないと思ったらすぐ逃げろよ、俺置いてっていいから」「それするくらいなら死んだ方がマシ。私も"これ"でやる」「でも"その鎌"、重いんじゃないか?」「それが凄く軽いのよ。すぐに振
「逃げるぞッ!!」 俺は無理やりユキの手を引いて、5階の階段の方へと走った。こんなの、逃げるしかない!!「弾、当たったよね!?」「当たったッ! でもアイツは起きやがったッ!!」 あの"剣のような何か?"は、なんだったんだろうか。逃げろという電気信号が、全身へと伝い続ける。 早く⋯⋯早く1階のシンヤと合流しないと! 二人だけじゃたぶん無理だ!! 戦慄襲う身体は、階段へと無意識に走る。一瞬後ろを見ると⋯⋯なんで追ってこない⋯⋯? 4階への階段手前へ着いた時、その不穏は形になった。「きゃぁ!?」 突然天井が爆発して崩れ、ヤツがそのまま降りてきた。「ねぇ!! 後ろにも!!」 背後を見ると、5体ほどのヤツらがいつの間にか潜んでいた。もうどこを見ても逃げ道は無かった。ユキは少し過呼吸気味になっていた。これ以上、激しい無理はさせられそうにない。 ⋯⋯選択肢は2つ。 背後のヤツらに"残弾全て"を使ってこじ開けるか、目の前の赤いヤツを死ぬ気でやるのか。 前者は一番イメージが湧く。一つ不明な事を除けば⋯⋯この銃が"連発できるのかが分からない"。かなりの威力があるように見えたため、連発できない可能性もある。もし、"一発ごとにチャージが必要"であれば、ユキの鎌に賭ける事になる。合間に、他のヤツらの攻撃を避けなきゃいけない。でも成功すれば、あの先の原田研究室に"アレ"があるはずだ。 後者は、正直上手くいく想像ができない。この銃とあの鎌でどこまでやれるのか⋯⋯もう考えている暇は無い。「ユキは俺の後ろに続いて走り続けろッ!! 絶対止まるなッ!!」「⋯⋯わかった!」「もう少しだけ頼む!」 残弾数"5"を表すこの銃を、走りながら1体目に放つ。その瞬間、周囲に散らばる七色の蝶の羽根。鋭い細光が、1体を吹き飛ばした。 それによって出来た、人一人が通れるギリ通れそうな道。ラッキーな事に、飛ばしたヤツが周りを巻き込んでいた。俺はそれを見逃さなかった。滑り込むように割り入り、左2体に向けて銃を放った。 頼む⋯⋯連続で撃てるようになっててくれ!! そう祈りながら撃った結果は⋯⋯願いは通じた。間近で散らばる一気に七色の蝶の羽根。左2体を連続で飛ばした後、即座に体を捻り、右にいた2体も吹き飛ばした。そしてすぐ、差し出されたユキの手を取って立ち、原田研究室へとそのまま一緒
「んで、なんでお前大学にいたんだよ?」「あぁ、これ見ろよ」 ソファでくつろぎながら、シンヤはSNSの画面を俺のL.S.へと共有した。そこには、赤く光ってる建物内で"あの謎の機械に襲われた"という内容が幾つも表示されていた。見る限り、赤いところに"赤いヤツは1体以上いる"らしい。「これ見てお前らのいる場所見たらよぉ、イヤな予感がするだろ?」「⋯⋯だな」「わざわざ来て窓割ってくれたのね、危ないのに」「まぁな。大事な親友のためなら何とやらってヤツだ、なぁルイ?」「いや俺に振るなよ。あ、もう一つ聞きたい事がある。お前どうして"UnRuleを起動すればいい"って知ってたんだ?」「それはな。まぁ、今やどこにでも情報が出てるたぁ思うが、俺の知り合いがよぉ、始めてみたら何か急に"剣"が出てな? それが"本物みたい"で、それでピンときたってわけだ。俺も始めたらこんなのが出てきたぜ」 シンヤは格好つけるようにして、"赤色の細長い銃"を出現させた。「お前のはこんなのが出てきたのか」「へぇ~、みんな違うのね」 ちなみにシンヤのL.S.を見ると、周りが付けているL.S.と変わらず、それは"事前予約当選者じゃない"事を表していた。「二人のも見せてくれよ!」 俺とユキも武器を出す。「おい、これ!?」「なんだ」「ここ見てみろよ!」 これらはどうやら普通の武器では無いらしい。端の方に"≪EL≫のマーク"が付いていると違うという。まだ詳しくは分からないらしいが、"威力が違ったり、特別な能力が付いていたりするんじゃないか?"という推測がされているそう。 俺の銃は他と何が違うんだろう。威力がヤバい、とかそんくらいに見えるが。だけどコイツじゃ、唯一あの"赤いヤツ"は倒せなかった。まだアイツは大学内をうろうろしているんだろうか? 銃からは"0"が浮き出ており、もうこれ以上何もできなさそうに見える。それと同時に、"さっきの出来事が本当だった"のを突き付けてくる。「お前らL.S.の色も違うし、そうかとは思ったけどやっぱりだったかぁ~」 シンヤは諦めるように上を向く。「一緒に予約したのによぉ~、なんで俺だけ当たらねえんだぁ!?」「別に、大きな違いなんてねぇだろ」「いいや俺はあると思うね。"≪EL≫マークの武器"は絶対チートの強さだ」「話してるところ悪いんだけど、
イヤな雰囲気が画面先から漂う。『本日2度目の会見となりますが、ここではこの度発表した"経済対策の詳細"についてお話したいと思います。もう気付かれた方々もいると思いますが、これは"ただの経済政策"ではありません』 これ以上"この会見"を見るのを、どこか拒否しようとする自分がいた。次の言葉を聞くと、たぶんもう戻れない、今までの生活に。そんな気がした。『これは"あなた方自身に経済になってもらう新政策"となっております』 2030年9月17日火曜日。きっと"この日"を忘れる事は無い。予想をはるかに超えた速さで"ブラック・シンギュラリティ"が起きた事を。 "ブラック・シンギュラリティ"は、最近シンギュラリティの暗い側面をそう呼ぶようになった。これが起きるとしても、"5%~10%の確率だろう"と予測されていたが、その確率を遥かに凌駕していた。「私たち自身が⋯⋯」 ユキの握る力がより強まっていく。俺は黙って、手を握り返す事しかできなかった。シンヤは小さな声で「やっぱり終わってんなコイツ」と。 数秒の間の後、総理は突然"ある場所のカメラ映像"を流し始めた。その中の1か所に、見覚えがある場所があった。「おい、これ!!」 真っ先にシンヤが叫ぶ。ここにいる3人がついさっきまでいた場所だった。『これは"赤い発令"が行われている施設内の一部となります。先ほど私は"もう気付かれた方々もいる"と発言しましたが、これらの存在をその場で実際に見たり、ネット上で見た人もいることでしょう』 総理がそう言うと、"今日何度も俺たちを襲ったアレ"がカメラ映像内でうろついていた。"赤いヤツ"も数か所で映り、そのうち1体は"陸田先輩の姿をしたアレ"だった。「陸田⋯⋯先輩」 言葉にならない怒りが上がってくるのを感じた。唇を強く噛み締める。その思いを踏みにじる様に、総理は次々と話していく。『名前は"Next time Living the Things"、意味は"次を生きるモノたち"、私はそれらを"ネルト(NeLT)"と呼んでいます。ネルトはAI同士で創造された新たな存在であり、人間の皆様自身を媒体として、これからの次世代を寿命やお金に縛られる事無く、代わりに生きてくれるのです』 さっきからコイツ⋯⋯何を言ってる? これは本当に現実? 俺はまだ寝ているんじゃ⋯⋯ ネルトとか人間を
この夜、停電が直っても二人を帰らせる訳にはいかなかった。ここにいる全員一人暮らしなのもあって、余計にだ。俺の両親は高校2年時にアメリカのニューヨークへ転勤。ユキの親は高校卒業と同時に、俺の親と近い場所へ転勤。シンヤは元々孤児だったのもあって、ずっと一人暮らし。そういや、シンヤの昔の事はあまり聞いたこと無いな。 また時間が合えば聞いてみるか、今はそれどころではないし。「⋯⋯ダメだ」「こっちも」 現状の"狂った総理と東京の事"を一旦親に話そうと思い、さっきから連絡してるけど、繋がらない。なぜかと思って調べてみると、「大阪に繋がらないんだけど」「広島へもダメだった」「海外にも無理」とあった。「停電と同じで、電話網も操作されてるってこと?」「かもな」 すぐその後、ヤバい動画がXTwitterで流れてきたとシンヤが言う。今はXTwitterという、XとTwitterを統合してさらに改良された新SNSが、情報源の一つとなってる。「⋯⋯なによこれ」「⋯⋯」 言葉が出なかった。シンヤが見せたのは、"東京外へ出ようとした人が大人数の警察に射殺されてる動画"だった。上司に反発した警官がすぐ殺されたというニュースもある。 もう頼れる先も無くなっていた。東京から逃げようとしても殺される。これが海外だったら、集団反乱を起こす可能性は高い。が、日本は国民性からしてそういった反乱をしない。 消費税を16%にすると言った時も、寝るばかりの議員の給与がさらに増えた時にも、大きな反乱が起こる事もなく、ネットを通してどうにか出来ないかとばかりやってきた。 今回ばかりは、それらが通用しない。リアルでの大反乱が必要とされている。その反乱でさえ、現状どこまで通用するかは分からない状態だけど⋯⋯。 俺たちは風呂や食事を済ませた後、とにかく話し合った。明日からどうするか、決めないといけない。「まず国会議事堂へ行ってみるってのはどうだ? 今の総理が置かれている特別な部屋があるって情報を、ある国家研究員がリークしたらしい」「へぇ~、すげぇ研究員がいるもんだなぁ!」 俺はL.S.の画面をユキとシンヤへ共有する。"飯塚ユエ"という人には赤の認証マークが付いており、赤はAI総理と関連がある証だ。「この人がさっきから情報を流してくれてる。それに、R.E.D.の開発の一部に携わったり、U
「どうするよ!?」「これだと私たちも危なくない?!」 二人が慌てる。 ⋯⋯落ち着け、このタイミングになんでこんな事が⋯⋯。「二人とも落ち着け! 警護だってまだいる」「あ、あぁ」「そうだけど」 こういう時こそ、情報を一旦整理しといた方がいい。1階に"ヤツら"が入って来た事はおそらく間違いない。警護部隊が弱ければ、ここにも来る可能性はある。この可能性は低いと信じたいけど。 そして、もう後3分で23時。保護管理契約書によると、"朝8時~夜23時まで"しか警護はされていない。ここには女子が多い、誰もが自分の身を自分で守らなくてはいけない時間になる。 そもそも、この警報はホテル内に響き渡っているんだ。小柴たちだって慌てているってのが普通。 だったら、なぜヒナに通話が繋がらない? あっちでも既に何かあった? ⋯⋯どうする。「俺は"4528の部屋"へ行く、二人は1階の援護に行ってくれ」「ルイ一人で!? 警護がいるなら、あっちは任せて私たちも一緒に行った方が」「本当はそうしたいけど、下が全滅する可能性も捨てきれない。そうなったら⋯⋯もうここは終わる」「んじゃ、すぐ終わらせてそっち行くからよ! ひなひーを頼んだぜ!!」 シンヤが先にエレベーターの方へと走って行く。「あ、シンヤ君!?」 ユキが一瞬、俺の方を見た。「⋯⋯無茶しちゃ、ダメだからね」 こうして俺たちは二手に分かれた。どの場所も真っ赤な光が点灯し、警報が激しく鳴り続ける。その度に心臓の鼓動が速くなり、嫌な予感が脳裏を過る。 45階に着き、奥を見ると、なぜか一つだけドアの開いている部屋があった。急いで行くと、そこは"4528の部屋"だった。 中に侵入するとそこには⋯⋯誰もいなかった。そんなはずがない、だってヒナは⋯⋯。 突如部屋の時計が鳴り、23時である事を示す。探してもヒナが全く見当たらない。近くの部屋からも、物音すら聞こえない。おかしい、何かがおかしい。 俺はすぐにユキに通話してみる事にした。これは何かがおかしい。「⋯⋯なんで⋯⋯なんで!!」 あいつがこんなに出ないなんて初めてだった。シンヤも出ない。どうして二人出ない!? 例え繋がらなくとも、不在着信には決してならない。「⋯⋯んだよこれ⋯⋯ユキッ! シンヤッ! ヒナッ!!」 今から1階に行く? いや、そしたらヒナは?
「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」「うっ⋯⋯はぁ⋯⋯まだまだ⋯⋯ですよ」「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといるあの子はあんちゃんの彼女か?」「⋯⋯ちがい⋯⋯ます⋯⋯よ!」「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」 一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。そして周りを見ると、男全員があの子に目を向けている。そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、あんな格好の女の子がいるなんて異様だぞ。いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。俺は続けていた懸垂を一旦やめ、みんなが見ているあの子へと近寄る。「なぁ、目立ってるぞ」「はい、知ってます」 ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯⋯その」 急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。正直この顔は反則なほど可愛い。でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。 と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。次はその人物へと全員の視線が移る。「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」「気付くの早すぎだろ⋯⋯」「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」 そうではあるけど早すぎる。でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。どちらかというと、心配しているような表情。「それで、これは一体どういう状況?」 ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」「"ルイさん"? ふーん」 おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!? なんでこうなる!?「ちょ、ちょっと待てって。俺が説明するから、落ち着けって」 仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」「んだよ、それもバレてんのかよ」「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない
俺は食いながらさっきの事が気になっていた。"すぐ僕のところに来るようになる"って、どういう意味だったんだ⋯⋯? それともう一つ。"契約が取れた"とか言っていた。あれも何のことだ? 分からないままに、ユエさんと話を続けた。今後の事や、他の国家研究員の事など。連絡を取れない人ばかりらしい。これは今はどうしようも無い。とりあえず、国会議事堂に近付く方法を考えるしかなかった。 あの輝星竜に近付くには、ズノウを幾ら使おうと、まだ届かない距離らしい。これについて、"裏部さん"という研究員が詳しいそうだ。輝星竜の対処法を何か知っているはず、とユエさんは言う。 ⋯⋯総理に近付くためのカギを握る人物。だが、やっぱり裏部さんも音信不通らしい。そのために、昨日は裏部さんと関係が深かった国家研究員たちと、ユエさんは会おうとしてたってわけだ。まぁ、その肝心な人たちは"もう人では無かった"んだけど⋯⋯。 「どんな事をしてでも探し出してやる」と、ユエさんはさっき車の方へと行ってしまい、確かな情報が一旦集まるまで待機となった。どれだけAIが発達しても、こればかりはすぐには分からない。SNSでいろいろ見ているが、これといって良い情報は見当たらない。あるのは、ヤツらの簡易的な情報やUnRuleについてがほとんどで、ヤツらの位置情報を報告してくれてる人もいる。中には、赤い発令がされているスカイツリーや都庁へ勇気を出して見に行ってる人も。 今や東京のほとんどの人がUnRuleを入れているようで、それについてよくやり取りされているが、ズノウについての情報はまだ少ししかない。たぶん後で広がっていくとは思うが、分かっている事については俺も情報発信していく事にした。中でも"ELに選ばれた100人"は、今や神のような待遇を受けている場所もあるようで、とんでもない事になっていた。それだけ今を生きる希望だと期待されている。 まぁ気持ちは分かる。いつ殺されるかなんて分からない今、俺だってその立場ならそうなるかもしれない。だが逆を言えば、この立場を悪用するヤツだってもしかしたら今後出てくるかもしれない。SNSの情報やリアルの情報には、常にアンテナを張っておかないと。 ちなみに、ここで俺が「ELの一人です」と言ったらどうなるんだろう? ここではまだELを知らない人が多そうではあるが⋯⋯。なんて考えは無い。
「君たち、どうかしたのか?」 突然の20億に慌てていると、一人が話しかけてきた。ヒゲを生やし、日本人っぽくない顔をした中年男性だった。「あ、いえ、すみません、なんでもないです」「そうか、何か困ったことがあったら言ってくれたまえ。ん? 君は昨日の」 男はユキを見た。「えっと、ありがとうございました。こんな良い場所を教えて下さって」 この人か、ユキが言ってたのは。「あぁいやいや、たまたま空いてたからな。とはいっても、お金は取られるんだが、足りるかね?」「はい、大丈夫です」 代わりに俺が返事をする。「ここは最低でも30万はするぞ。君らが泊まった場所は70万くらいだったか? 高校生か大学生くらいだろうに、本当に大丈夫かね?」「はい。お金はあるみたいなので」「おぉ、それは凄いな。私が呼んだ責任もあるから、初回分は代わりに持とうかと思ったんだが」「大丈夫ですよ、わざわざありがとうございます」 すると男は少し険しい表情になり、「それならあまり言う必要はないかもしれないが、一応念のためだ。もし今後払えないとなれば、すぐに警察が来て連れていかれるそうだ。その先で射殺されたと聞いている。エントランスに表記されているから、確認しておくといい」 ⋯⋯は? 連れていかれて射殺? そんなの聞いた事が無い。 あの時見たアレを思い出した。東京外へ出ようとした人が、次々に警察に射殺されてる映像。結局どこにいても安心できないのか。今後注意しておくに越したことは無い。 会話が終わるタイミングで、入れ替わるように男3人組が乱入してきた。そのうちの"太った眼鏡の男性"が口を開いた。「飯原さん、昨日の契約いけましたよ!」「おぉ、さすがだな、小柴君は」「まぁ僕は天才ですからねぇ~!」 小柴という男は突如こっちへと向く。その目は明らかにユキを見ていた。「昨日困ってそうだったから、彼らにはここを使ってもらってるんだ」 飯原さんの後、俺は軽く挨拶をする。そしたら「約束があるからまた後で」と、飯原さんは下へと降りて行ってしまった。小柴はユキへと寄る。「へぇ~、芸能人やアイドルより可愛くね? なんか動画とか配信とかやってる?」「え⋯⋯特にはやってないです」「もったいな。んじゃ彼氏はいる? まさかコイツらのどっちかが彼氏とか?」 なんだこいつは、急にナンパか? ま
41階に降りてみると、30人くらいだろうか? 結構な人数が食べながら談笑していた。この階はレストランが並んでおり、人がゆったりする場所、いわゆるメインダイニングって場所のようだ。下の40階まで行くと、このホテルのロビーがあるらしい。 思い出したぞ。確か前までここは、"ブルガリホテル東京"っていうホテルじゃなかったか? とんでもなくクソ高いホテルだったはずだ。中はかなり改装された跡があり、名前も"ネビュラスホテル東京"に変わっている。黒と紫と青を基調とした、いかにも高級感漂うって感じだが、どこか人間っぽくない無機質さも感じる。 辺りを見回すと、ソファに座ってコーヒーを飲む"一人の白衣の女性"を発見した。あの髪型、顔、服装、どっからどう見ても"あの人"だった。「ユエさん!」「あ、起きたのね」「よかったです! さっき"4206"行ったら返事無くて、心配しました」「わざわざ来たの? そっかごめんね」「それであの⋯⋯その」 俺が言葉に詰まって俯いていると、「な~に俯いてるよ。アオ君の事、分かってるから」「え?」 ユエさんは飲む手を止め、外の景色を眺める。「どっちみち私たちは死ぬ覚悟だったんだから。運よく私が生きちゃっただけ」 その表情はどこか、気丈にふるまってるようにも見えた。大事な人を失うなんて、そうそうに耐えられるものじゃない。「ほら、まだ食べてないんでしょ? 私はいいから、しっかり食べておきなさいな。私が全部出してあげるから」「え!? いや、そんな」「いいの! 若いんだから遠慮しない! ほら、取ってき!」 ユエさんは変わらない様子で対応をしてくれた。この人の精神面の強さに、ただただ尊敬しかない。ここで俺が暗いままでいたら、逆に失礼になる。料理を取りに行く前に俺は、「あのー、ここで一緒に食べていいですか」「ここ? 別に構わないけど、私だったら本当に気にしなくていいのよ」「はい。ただ、ユエさんと話がしたくて」 俺の意見にユキとシンヤも同意した。「⋯⋯そっか。物好きな人ね」 コーヒーを飲みながら、ユエさんはそう言った。少し嬉しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。 料理を取りに行くと、一つ一つ名産ばかりが使われていた。さすが高級ホテル、どれも高い。おにぎり1つ1000円って、いやどんな物使ってんだよ。 オープンキッチン
「ん~⋯⋯あ、起きた?」「起きた? じゃねぇッ! なんでそんな格好!?」「ここがホテルだから?」「え、ホテル⋯⋯?」「ここは東京ミッドタウン八重洲の中のホテルよ。どこで休もうか悩んでたら、声掛けられたの。ここは今安全だから泊まれるぞって」「へぇ。男の人か?」「うん、なんか優しそうな感じの40代?くらいのおじさん。他にも何人かいたよ」「ふーん⋯⋯ってか、なに乳揉み始めてんだよ」 ユキは突然自分の両方の胸を揉み始めた。急に何やってんだコイツ。「なんかまた大きくなったかなって、ちょっと揉んでみて?」「いや揉まねえし! 横乳見せんな!!」「えへへ、えい!」 笑いながら、今度はピンクの下着姿のまま俺に飛び込んできた。「おい! なにやって」「今日くらいはゆっくりしとこ。今は安全そうだから」 上に乗っかったまま離れようとしない。いろいろヤバいところが当たってるって⋯わざとやってんのか!?「ちょっ! ってかシンヤとユエさんは!?」「他の部屋で休んでる」「なら二人のとこ行くぞ! 一応大丈夫か、確かめないと」「え~、いいでしょ今は」「まぁ後でもゆっくり出来るって! な?」 どうにかくっつき虫を説得し、やっと服を着始める。あのままだと、お互い危ねえって⋯⋯。 時間を見ると、なんと朝の8時半だった。どうやら俺はめちゃくちゃ寝てしまったらしい。ベッドから起き上がって紫の派手な冷蔵庫の中を見ると、大量のジュースと酒と水、冷凍庫には普段買わない高い冷凍食品が入っていた。これは当分暮らすには困らない場所だろうな。 他にも暇しないような娯楽も置かれており、こうなる前に泊まれたらどれだけ楽しめただろうと感じた。何も無かった日に来たかった。 広いバルコニーに出てみる。この部屋はたぶんスイートルームってやつだろう、よくこんないいとこ貸してくれたな。下を眺めてみると人の気配は無く、ヤツらも見当たらなかった。近辺のビルやマンションを見ても、意外と静かなまま。もっと大変な事になってるかと思ったんだけど⋯⋯。「周りに誰か、いる?」 着替え終わったユキが話しかけてくる。「いや、誰も。もっとアイツらに襲われてたり、あるかと思ったんだけどな」「私もそれ思った」 嵐の前の静けさ、とかじゃないといいんだが⋯⋯。「そういや身体の方はどう?」「あぁ、意外ともうなん
銃剣は狂ったように、突然グリッチし始めた。さっき選択した≪壊滅虹一波(アークデストラクション・ワン)≫とはまた違う姿へと変わっていく。銃剣上部が開き、"階段のような不思議な点滅光"が幾つも現れ、反射した。その光とグリッチによって全体像が壊れ、どういった状態なのかはもう認識できないほどになっていた。分かる事は、この引き金をアイツに向けて引く、たったそれだけ。必死に態勢を整えようと下がるヤツに、この最後の認識できない一撃を。 この時ズノウの付与効果か、ロックオンされた三翼の天魔神は異常なほど動きが遅くなっていた。そんなヤツの顔面目掛けて放つと、一気に30個ほどの何かが一瞬でヤツへと飛んでいき、同時に幾つもの七色蝶の羽根が舞う。 その飛んでいった何かは、"グリッチ状の長細い光"という表現が正しいかもしれない。その光はヤツの体内へ侵入すると、容赦無く全身を切り刻んでいった。背中の翼も、白い少女も、黒い悪魔も、何もかも。次第に跡形もなくなるほど切られると、ヤツは霧状に消えていった。 選択したズノウの≪七色の戒壇特異点(セブンズ・ステアシンギュラリティ)≫も消えていくと、腹部に急激な痛みが走り、大の字に倒れた。すると、二人の駆け寄る足音が近付いてくるのが分かった。「おいッ!! 大丈夫かッ!? 一人でやっちまったのか!?」 なぜか視界が狭いが、微かにシンヤの顔が見える。たぶんユキが俺の頭を膝に乗せた、伝わる感覚でなんとなく分かる。「ちょっと疲れただけだ。そっちも終わったのか」「飯塚さんの言ってた、ズノウってのに助けられてね」 ここでユキの顔が視界に入った。「上手く⋯⋯使えたんだな」「おうよ! あんなクソ共に負けてなんていられねぇからな! ってかしんどそうだな、この後動けんのか?」「わりぃ⋯⋯今は動けそうにない」「プロトロアに車まで運んでもらいましょうか」「そうだなぁ。今の状態じゃ、次が来たら危ねぇだろうしよ」 横たわる俺の視線の先を二人も見てしまった。「おれの⋯⋯せいで⋯⋯アオさんが⋯⋯!」 何度見ても血の気が冷める。あの時、ヤツの攻撃先に気付けていれば⋯⋯後悔だけが頭を巡る。「こんな極限状態だったもの⋯⋯全員生きるのは⋯⋯無理だったのよ⋯⋯」「だけど⋯⋯ッ! あの時気付いていれば⋯⋯ッ!!」 悔しさのあまり唇を噛み締めると、血が溢れた。
耳鳴りがするほどの轟音が響き、その溜まった一撃が俺に放たれた事から始まった。「ちッ⋯⋯! アイツは一旦俺がやるッ! 二人はあっちをッ!!」 ズノウで張っていた≪虹女神の七断層≫のうち、二層が破裂し、身体に戦慄が走る。背中を伝う死だけが、ただ俺を突き動かした。 間髪をいれず、また轟音が鳴り響き、ヤツの銃に禍々しいモノが溜まっていく。次は一気に周囲の空気が熱くなり、強烈な熱線のようなのが来る気配があった。 この少しの猶予を見逃さなかった俺は、即座に脳内でズノウを一つ選ぶと、俺の身体は勝手に動き始めた。長く伸びた形状に変形した銃剣は、まるで大砲のようになり、両手で持つ必要がでてきた。 大きく丸み帯びた銃口。そこにいろんな色の光が瞬時に溜まると、ヤツに向かって一気に放たれた。≪壊滅虹一波(アークデストラクション・ワン)≫は下から二番目にあったため、相当威力は高いはず。 これが一発でヤツを貫通し、タキシード風の黒い悪魔の方の腕を吹き飛ばした。一丁の巨大銃とともに、一瞬で霧のように消えていく。俺はその威力を見て、アオさんの言葉がフラッシュバックした。『それは本来、この"UnRuleの一番最後の敵"に装備されるはずだったもの。君が選ばれたのは偶然なんかじゃない。UnRule配布アンドロイド内に、眼を検知するようにしていたからね。勝手で悪いけど、僕たちは全て賭けてるんだ、なぁユエ』 これならやれる、こんなヤツで終われる訳がない。アイツは銃撃戦を不利と感じたのか、途端に巨大剣へと切り替えてきた。この時、ヤツは大きな空振りをした。これが"違和感のある空振り"だとは思った。今の攻撃はなんだったんだ? 俺の身体に何も無い。というか、もしかして俺に対してじゃなかった⋯⋯? 刹那、後ろを向く。ヤツの視線上にいるのは、俺とアオさんのはずだ。「アオさんッ! 大丈夫で」 自分が何を見ているのか分からなかった。誰かがバラバラにされており、体の破片が幾つも飛び散っていた。鮮血に染まっていく東京駅。俺は誰を見ている? 見てはいけないものを見ているのだけは感じた、第六感がそう発する。あの"散らばった破片の正体"。転がった頭がこっちを向いた瞬間、それは判明した。 「⋯⋯アオ⋯⋯さん⋯⋯?」「⋯⋯さ⋯⋯き⋯⋯へ」 そんな訳がない。さっきまで話していたんだ。ギリギリまで後ろにも下
東京駅。 毎日観光やウェディングフォト、色んな用途で使われているこの丸の内駅舎。東京駅と言えばここ。反対側は八重州と言われるところになる。それが今は、全くと言っていいほど人の気配が無い。この不穏なこの静けさ、みんなも既に何かを察しているはず。 近くの適当なところで車は一旦止まり、俺たちは外へと出る事になった。出ようとすると、アオさんが俺の肩を掴み、「分かってると思うけど、こっからは何が起こってもおかしくない、周りに充分注意して行こう」「⋯⋯はい」「アオ君こそ注意してよ! この子のためにもね」 ユエさんはお腹をさすりながら言う。もしかして妊娠してる?「君のためにも、その子のためにも、そしてこの子たちのためにも、ね」 最後に、プロトロア5体までも降りてきた。「それらも連れて行くんですか?」「あぁ一応ね。ユエの事もあるし、これだけいればどんな事でも対応できるだろうから」「そんじゃ! 行ってみますかぁ!」 シンヤが気合いを入れて言うと、プロトロアたちは軽く返事をしたようだった。プロトロアは周囲へと配置され、前1、左1、右1、後ろ2の配置で置かれた。まるで守り神みたいで頼もしい。 まず先頭のプロトロアが歩き出し、その後を追うように歩く。漂う静寂の中、まるで警備された有名人のように。 もちろん銃剣は装備している。全員が武装済みだ。もう今の東京は、武器が無い事のは裸で街を歩くのと同然だろう。 誰が予想できたか。あんなに賑わっていた東京駅前で、常に死と隣り合わせの恐怖を感じる事になる事を。少しの震えを手に感じながら歩く。それを振り払うようにして、足は先へと進む。やがてその足はゆっくり止まり、「良かった、何もなかったわね」 安堵の息を吐くユキ。東京駅丸の内中央口の前まで来ても、何も起こる事は無かった。前のように突然メテオを落とされる事も無く⋯⋯。 まだ駅構内が安全と言えるわけじゃないが、とりあえず丸の内駅前広場を警戒する必要は無い。「さて、この辺りで待ってるって言ってたはずなんだけど」 ユエさんはL.S.を操作して誰かと連絡を取ろうとする。「お、あれは?」 アオさんが声を上げた先、6人ほどの青い服の団体が近付いてきていた。この夫婦とはまた雰囲気が違う。 ⋯⋯ん? なんか服に"赤いの"が付いてないか? 様子もおかしいように見える。「⋯