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19. 三翼

Author: Mr.Z
last update Last Updated: 2025-04-09 19:42:22

 東京駅。

 毎日観光やウェディングフォト、色んな用途で使われているこの丸の内駅舎。東京駅と言えばここ。反対側は八重州と言われるところになる。それが今は、全くと言っていいほど人の気配が無い。この不穏なこの静けさ、みんなも既に何かを察しているはず。

 近くの適当なところで車は一旦止まり、俺たちは外へと出る事になった。出ようとすると、アオさんが俺の肩を掴み、

「分かってると思うけど、こっからは何が起こってもおかしくない、周りに充分注意して行こう」

「⋯⋯はい」

「アオ君こそ注意してよ! この子のためにもね」

 ユエさんはお腹をさすりながら言う。もしかして妊娠してる?

「君のためにも、その子のためにも、そしてこの子たちのためにも、ね」

 最後に、プロトロア5体までも降りてきた。

「それらも連れて行くんですか?」

「あぁ一応ね。ユエの事もあるし、これだけいればどんな事でも対応できるだろうから」

「そんじゃ! 行ってみますかぁ!」

 シンヤが気合いを入れて言うと、プロトロアたちは軽く返事をしたようだった。プロトロアは周囲へと配置され、前1、左1、右1、後ろ2の配置で置かれた。まるで守り神みたいで頼もしい。

 まず先頭のプロトロアが歩き出し、その後を追うように歩く。漂う静寂の中、まるで警備された有名人のように。

 もちろん銃剣は装備している。全員が武装済みだ。もう今の東京は、武器が無い事のは裸で街を歩くのと同然だろう。

 誰が予想できたか。あんなに賑わっていた東京駅前で、常に死と隣り合わせの恐怖を感じる事になる事を。少しの震えを手に感じながら歩く。それを振り払うようにして、足は先へと進む。やがてその足はゆっくり止まり、

「良かった、何もなかったわね」

 安堵の息を吐くユキ。東京駅丸の内中央口の前まで来ても、何も起こる事は無かった。前のように突然メテオを落とされる事も無く⋯⋯。

 まだ駅構内が安全と言えるわけじゃないが、とりあえず丸の内駅前広場を警戒する必要は無い。

「さて、この辺りで待ってるって言ってたはずなんだけど」

 ユエさんはL.S.を操作して誰かと連絡を取ろうとする。

「お、あれは?」

 アオさんが声を上げた先、6人ほどの青い服の団体が近付いてきていた。この夫婦とはまた雰囲気が違う。

 ⋯⋯ん? なんか服に"赤いの"が付いてないか? 様子もおかしいように見える。

「⋯
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    「君たち、どうかしたのか?」 突然の20億に慌てていると、一人が話しかけてきた。ヒゲを生やし、日本人っぽくない顔をした中年男性だった。「あ、いえ、すみません、なんでもないです」「そうか、何か困ったことがあったら言ってくれたまえ。ん? 君は昨日の」 男はユキを見た。「えっと、ありがとうございました。こんな良い場所を教えて下さって」 この人か、ユキが言ってたのは。「あぁいやいや、たまたま空いてたからな。とはいっても、お金は取られるんだが、足りるかね?」「はい、大丈夫です」 代わりに俺が返事をする。「ここは最低でも30万はするぞ。君らが泊まった場所は70万くらいだったか? 高校生か大学生くらいだろうに、本当に大丈夫かね?」「はい。お金はあるみたいなので」「おぉ、それは凄いな。私が呼んだ責任もあるから、初回分は代わりに持とうかと思ったんだが」「大丈夫ですよ、わざわざありがとうございます」 すると男は少し険しい表情になり、「それならあまり言う必要はないかもしれないが、一応念のためだ。もし今後払えないとなれば、すぐに警察が来て連れていかれるそうだ。その先で射殺されたと聞いている。エントランスに表記されているから、確認しておくといい」 ⋯⋯は? 連れていかれて射殺? そんなの聞いた事が無い。 あの時見たアレを思い出した。東京外へ出ようとした人が、次々に警察に射殺されてる映像。結局どこにいても安心できないのか。今後注意しておくに越したことは無い。 会話が終わるタイミングで、入れ替わるように男3人組が乱入してきた。そのうちの"太った眼鏡の男性"が口を開いた。「飯原さん、昨日の契約いけましたよ!」「おぉ、さすがだな、小柴君は」「まぁ僕は天才ですからねぇ~!」 小柴という男は突如こっちへと向く。その目は明らかにユキを見ていた。「昨日困ってそうだったから、彼らにはここを使ってもらってるんだ」 飯原さんの後、俺は軽く挨拶をする。そしたら「約束があるからまた後で」と、飯原さんは下へと降りて行ってしまった。小柴はユキへと寄る。「へぇ~、芸能人やアイドルより可愛くね? なんか動画とか配信とかやってる?」「え⋯⋯特にはやってないです」「もったいな。んじゃ彼氏はいる? まさかコイツらのどっちかが彼氏とか?」 なんだこいつは、急にナンパか? ま

  • フォールン・イノベーション -2030-   23. 大金

     41階に降りてみると、30人くらいだろうか? 結構な人数が食べながら談笑していた。この階はレストランが並んでおり、人がゆったりする場所、いわゆるメインダイニングって場所のようだ。下の40階まで行くと、このホテルのロビーがあるらしい。 思い出したぞ。確か前までここは、"ブルガリホテル東京"っていうホテルじゃなかったか? とんでもなくクソ高いホテルだったはずだ。中はかなり改装された跡があり、名前も"ネビュラスホテル東京"に変わっている。黒と紫と青を基調とした、いかにも高級感漂うって感じだが、どこか人間っぽくない無機質さも感じる。 辺りを見回すと、ソファに座ってコーヒーを飲む"一人の白衣の女性"を発見した。あの髪型、顔、服装、どっからどう見ても"あの人"だった。「ユエさん!」「あ、起きたのね」「よかったです! さっき"4206"行ったら返事無くて、心配しました」「わざわざ来たの? そっかごめんね」「それであの⋯⋯その」 俺が言葉に詰まって俯いていると、「な~に俯いてるよ。アオ君の事、分かってるから」「え?」 ユエさんは飲む手を止め、外の景色を眺める。「どっちみち私たちは死ぬ覚悟だったんだから。運よく私が生きちゃっただけ」 その表情はどこか、気丈にふるまってるようにも見えた。大事な人を失うなんて、そうそうに耐えられるものじゃない。「ほら、まだ食べてないんでしょ? 私はいいから、しっかり食べておきなさいな。私が全部出してあげるから」「え!? いや、そんな」「いいの! 若いんだから遠慮しない! ほら、取ってき!」 ユエさんは変わらない様子で対応をしてくれた。この人の精神面の強さに、ただただ尊敬しかない。ここで俺が暗いままでいたら、逆に失礼になる。料理を取りに行く前に俺は、「あのー、ここで一緒に食べていいですか」「ここ? 別に構わないけど、私だったら本当に気にしなくていいのよ」「はい。ただ、ユエさんと話がしたくて」 俺の意見にユキとシンヤも同意した。「⋯⋯そっか。物好きな人ね」 コーヒーを飲みながら、ユエさんはそう言った。少し嬉しそうに見えたのは、俺の気のせいだろうか。 料理を取りに行くと、一つ一つ名産ばかりが使われていた。さすが高級ホテル、どれも高い。おにぎり1つ1000円って、いやどんな物使ってんだよ。 オープンキッチン

  • フォールン・イノベーション -2030-   22. 休息

    「ん~⋯⋯あ、起きた?」「起きた? じゃねぇッ! なんでそんな格好!?」「ここがホテルだから?」「え、ホテル⋯⋯?」「ここは東京ミッドタウン八重洲の中のホテルよ。どこで休もうか悩んでたら、声掛けられたの。ここは今安全だから泊まれるぞって」「へぇ。男の人か?」「うん、なんか優しそうな感じの40代?くらいのおじさん。他にも何人かいたよ」「ふーん⋯⋯ってか、なに乳揉み始めてんだよ」 ユキは突然自分の両方の胸を揉み始めた。急に何やってんだコイツ。「なんかまた大きくなったかなって、ちょっと揉んでみて?」「いや揉まねえし! 横乳見せんな!!」「えへへ、えい!」 笑いながら、今度はピンクの下着姿のまま俺に飛び込んできた。「おい! なにやって」「今日くらいはゆっくりしとこ。今は安全そうだから」 上に乗っかったまま離れようとしない。いろいろヤバいところが当たってるって⋯わざとやってんのか!?「ちょっ! ってかシンヤとユエさんは!?」「他の部屋で休んでる」「なら二人のとこ行くぞ! 一応大丈夫か、確かめないと」「え~、いいでしょ今は」「まぁ後でもゆっくり出来るって! な?」 どうにかくっつき虫を説得し、やっと服を着始める。あのままだと、お互い危ねえって⋯⋯。 時間を見ると、なんと朝の8時半だった。どうやら俺はめちゃくちゃ寝てしまったらしい。ベッドから起き上がって紫の派手な冷蔵庫の中を見ると、大量のジュースと酒と水、冷凍庫には普段買わない高い冷凍食品が入っていた。これは当分暮らすには困らない場所だろうな。 他にも暇しないような娯楽も置かれており、こうなる前に泊まれたらどれだけ楽しめただろうと感じた。何も無かった日に来たかった。 広いバルコニーに出てみる。この部屋はたぶんスイートルームってやつだろう、よくこんないいとこ貸してくれたな。下を眺めてみると人の気配は無く、ヤツらも見当たらなかった。近辺のビルやマンションを見ても、意外と静かなまま。もっと大変な事になってるかと思ったんだけど⋯⋯。「周りに誰か、いる?」 着替え終わったユキが話しかけてくる。「いや、誰も。もっとアイツらに襲われてたり、あるかと思ったんだけどな」「私もそれ思った」 嵐の前の静けさ、とかじゃないといいんだが⋯⋯。「そういや身体の方はどう?」「あぁ、意外ともうなん

  • フォールン・イノベーション -2030-   21. 戒壇

     銃剣は狂ったように、突然グリッチし始めた。さっき選択した≪壊滅虹一波(アークデストラクション・ワン)≫とはまた違う姿へと変わっていく。銃剣上部が開き、"階段のような不思議な点滅光"が幾つも現れ、反射した。その光とグリッチによって全体像が壊れ、どういった状態なのかはもう認識できないほどになっていた。分かる事は、この引き金をアイツに向けて引く、たったそれだけ。必死に態勢を整えようと下がるヤツに、この最後の認識できない一撃を。 この時ズノウの付与効果か、ロックオンされた三翼の天魔神は異常なほど動きが遅くなっていた。そんなヤツの顔面目掛けて放つと、一気に30個ほどの何かが一瞬でヤツへと飛んでいき、同時に幾つもの七色蝶の羽根が舞う。 その飛んでいった何かは、"グリッチ状の長細い光"という表現が正しいかもしれない。その光はヤツの体内へ侵入すると、容赦無く全身を切り刻んでいった。背中の翼も、白い少女も、黒い悪魔も、何もかも。次第に跡形もなくなるほど切られると、ヤツは霧状に消えていった。 選択したズノウの≪七色の戒壇特異点(セブンズ・ステアシンギュラリティ)≫も消えていくと、腹部に急激な痛みが走り、大の字に倒れた。すると、二人の駆け寄る足音が近付いてくるのが分かった。「おいッ!! 大丈夫かッ!? 一人でやっちまったのか!?」 なぜか視界が狭いが、微かにシンヤの顔が見える。たぶんユキが俺の頭を膝に乗せた、伝わる感覚でなんとなく分かる。「ちょっと疲れただけだ。そっちも終わったのか」「飯塚さんの言ってた、ズノウってのに助けられてね」 ここでユキの顔が視界に入った。「上手く⋯⋯使えたんだな」「おうよ! あんなクソ共に負けてなんていられねぇからな! ってかしんどそうだな、この後動けんのか?」「わりぃ⋯⋯今は動けそうにない」「プロトロアに車まで運んでもらいましょうか」「そうだなぁ。今の状態じゃ、次が来たら危ねぇだろうしよ」 横たわる俺の視線の先を二人も見てしまった。「おれの⋯⋯せいで⋯⋯アオさんが⋯⋯!」 何度見ても血の気が冷める。あの時、ヤツの攻撃先に気付けていれば⋯⋯後悔だけが頭を巡る。「こんな極限状態だったもの⋯⋯全員生きるのは⋯⋯無理だったのよ⋯⋯」「だけど⋯⋯ッ! あの時気付いていれば⋯⋯ッ!!」 悔しさのあまり唇を噛み締めると、血が溢れた。

  • フォールン・イノベーション -2030-   20. 犠牲

     耳鳴りがするほどの轟音が響き、その溜まった一撃が俺に放たれた事から始まった。「ちッ⋯⋯! アイツは一旦俺がやるッ! 二人はあっちをッ!!」 ズノウで張っていた≪虹女神の七断層≫のうち、二層が破裂し、身体に戦慄が走る。背中を伝う死だけが、ただ俺を突き動かした。 間髪をいれず、また轟音が鳴り響き、ヤツの銃に禍々しいモノが溜まっていく。次は一気に周囲の空気が熱くなり、強烈な熱線のようなのが来る気配があった。 この少しの猶予を見逃さなかった俺は、即座に脳内でズノウを一つ選ぶと、俺の身体は勝手に動き始めた。長く伸びた形状に変形した銃剣は、まるで大砲のようになり、両手で持つ必要がでてきた。 大きく丸み帯びた銃口。そこにいろんな色の光が瞬時に溜まると、ヤツに向かって一気に放たれた。≪壊滅虹一波(アークデストラクション・ワン)≫は下から二番目にあったため、相当威力は高いはず。 これが一発でヤツを貫通し、タキシード風の黒い悪魔の方の腕を吹き飛ばした。一丁の巨大銃とともに、一瞬で霧のように消えていく。俺はその威力を見て、アオさんの言葉がフラッシュバックした。『それは本来、この"UnRuleの一番最後の敵"に装備されるはずだったもの。君が選ばれたのは偶然なんかじゃない。UnRule配布アンドロイド内に、眼を検知するようにしていたからね。勝手で悪いけど、僕たちは全て賭けてるんだ、なぁユエ』 これならやれる、こんなヤツで終われる訳がない。アイツは銃撃戦を不利と感じたのか、途端に巨大剣へと切り替えてきた。この時、ヤツは大きな空振りをした。これが"違和感のある空振り"だとは思った。今の攻撃はなんだったんだ? 俺の身体に何も無い。というか、もしかして俺に対してじゃなかった⋯⋯? 刹那、後ろを向く。ヤツの視線上にいるのは、俺とアオさんのはずだ。「アオさんッ! 大丈夫で」 自分が何を見ているのか分からなかった。誰かがバラバラにされており、体の破片が幾つも飛び散っていた。鮮血に染まっていく東京駅。俺は誰を見ている? 見てはいけないものを見ているのだけは感じた、第六感がそう発する。あの"散らばった破片の正体"。転がった頭がこっちを向いた瞬間、それは判明した。 「⋯⋯アオ⋯⋯さん⋯⋯?」「⋯⋯さ⋯⋯き⋯⋯へ」 そんな訳がない。さっきまで話していたんだ。ギリギリまで後ろにも下

  • フォールン・イノベーション -2030-   19. 三翼

     東京駅。 毎日観光やウェディングフォト、色んな用途で使われているこの丸の内駅舎。東京駅と言えばここ。反対側は八重州と言われるところになる。それが今は、全くと言っていいほど人の気配が無い。この不穏なこの静けさ、みんなも既に何かを察しているはず。 近くの適当なところで車は一旦止まり、俺たちは外へと出る事になった。出ようとすると、アオさんが俺の肩を掴み、「分かってると思うけど、こっからは何が起こってもおかしくない、周りに充分注意して行こう」「⋯⋯はい」「アオ君こそ注意してよ! この子のためにもね」 ユエさんはお腹をさすりながら言う。もしかして妊娠してる?「君のためにも、その子のためにも、そしてこの子たちのためにも、ね」 最後に、プロトロア5体までも降りてきた。「それらも連れて行くんですか?」「あぁ一応ね。ユエの事もあるし、これだけいればどんな事でも対応できるだろうから」「そんじゃ! 行ってみますかぁ!」 シンヤが気合いを入れて言うと、プロトロアたちは軽く返事をしたようだった。プロトロアは周囲へと配置され、前1、左1、右1、後ろ2の配置で置かれた。まるで守り神みたいで頼もしい。 まず先頭のプロトロアが歩き出し、その後を追うように歩く。漂う静寂の中、まるで警備された有名人のように。 もちろん銃剣は装備している。全員が武装済みだ。もう今の東京は、武器が無い事のは裸で街を歩くのと同然だろう。 誰が予想できたか。あんなに賑わっていた東京駅前で、常に死と隣り合わせの恐怖を感じる事になる事を。少しの震えを手に感じながら歩く。それを振り払うようにして、足は先へと進む。やがてその足はゆっくり止まり、「良かった、何もなかったわね」 安堵の息を吐くユキ。東京駅丸の内中央口の前まで来ても、何も起こる事は無かった。前のように突然メテオを落とされる事も無く⋯⋯。 まだ駅構内が安全と言えるわけじゃないが、とりあえず丸の内駅前広場を警戒する必要は無い。「さて、この辺りで待ってるって言ってたはずなんだけど」 ユエさんはL.S.を操作して誰かと連絡を取ろうとする。「お、あれは?」 アオさんが声を上げた先、6人ほどの青い服の団体が近付いてきていた。この夫婦とはまた雰囲気が違う。 ⋯⋯ん? なんか服に"赤いの"が付いてないか? 様子もおかしいように見える。「⋯

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