「逃げるぞッ!!」 俺は無理やりユキの手を引いて、5階の階段の方へと走った。こんなの、逃げるしかない!!「弾、当たったよね!?」「当たったッ! でもアイツは起きやがったッ!!」 あの"剣のような何か?"は、なんだったんだろうか。逃げろという電気信号が、全身へと伝い続ける。 早く⋯⋯早く1階のシンヤと合流しないと! 二人だけじゃたぶん無理だ!! 戦慄襲う身体は、階段へと無意識に走る。一瞬後ろを見ると⋯⋯なんで追ってこない⋯⋯? 4階への階段手前へ着いた時、その不穏は形になった。「きゃぁ!?」 突然天井が爆発して崩れ、ヤツがそのまま降りてきた。「ねぇ!! 後ろにも!!」 背後を見ると、5体ほどのヤツらがいつの間にか潜んでいた。もうどこを見ても逃げ道は無かった。ユキは少し過呼吸気味になっていた。これ以上、激しい無理はさせられそうにない。 ⋯⋯選択肢は2つ。 背後のヤツらに"残弾全て"を使ってこじ開けるか、目の前の赤いヤツを死ぬ気でやるのか。 前者は一番イメージが湧く。一つ不明な事を除けば⋯⋯この銃が"連発できるのかが分からない"。かなりの威力があるように見えたため、連発できない可能性もある。もし、"一発ごとにチャージが必要"であれば、ユキの鎌に賭ける事になる。合間に、他のヤツらの攻撃を避けなきゃいけない。でも成功すれば、あの先の原田研究室に"アレ"があるはずだ。 後者は、正直上手くいく想像ができない。この銃とあの鎌でどこまでやれるのか⋯⋯もう考えている暇は無い。「ユキは俺の後ろに続いて走り続けろッ!! 絶対止まるなッ!!」「⋯⋯わかった!」「もう少しだけ頼む!」 残弾数"5"を表すこの銃を、走りながら1体目に放つ。その瞬間、周囲に散らばる七色の蝶の羽根。鋭い細光が、1体を吹き飛ばした。 それによって出来た、人一人が通れるギリ通れそうな道。ラッキーな事に、飛ばしたヤツが周りを巻き込んでいた。俺はそれを見逃さなかった。滑り込むように割り入り、左2体に向けて銃を放った。 頼む⋯⋯連続で撃てるようになっててくれ!! そう祈りながら撃った結果は⋯⋯願いは通じた。間近で散らばる一気に七色の蝶の羽根。左2体を連続で飛ばした後、即座に体を捻り、右にいた2体も吹き飛ばした。そしてすぐ、差し出されたユキの手を取って立ち、原田研究室へとそのまま一緒
「んで、なんでお前大学にいたんだよ?」「あぁ、これ見ろよ」 ソファでくつろぎながら、シンヤはSNSの画面を俺のL.S.へと共有した。そこには、赤く光ってる建物内で"あの謎の機械に襲われた"という内容が幾つも表示されていた。見る限り、赤いところに"赤いヤツは1体以上いる"らしい。「これ見てお前らのいる場所見たらよぉ、イヤな予感がするだろ?」「⋯⋯だな」「わざわざ来て窓割ってくれたのね、危ないのに」「まぁな。大事な親友のためなら何とやらってヤツだ、なぁルイ?」「いや俺に振るなよ。あ、もう一つ聞きたい事がある。お前どうして"UnRuleを起動すればいい"って知ってたんだ?」「それはな。まぁ、今やどこにでも情報が出てるたぁ思うが、俺の知り合いがよぉ、始めてみたら何か急に"剣"が出てな? それが"本物みたい"で、それでピンときたってわけだ。俺も始めたらこんなのが出てきたぜ」 シンヤは格好つけるようにして、"赤色の細長い銃"を出現させた。「お前のはこんなのが出てきたのか」「へぇ~、みんな違うのね」 ちなみにシンヤのL.S.を見ると、周りが付けているL.S.と変わらず、それは"事前予約当選者じゃない"事を表していた。「二人のも見せてくれよ!」 俺とユキも武器を出す。「おい、これ!?」「なんだ」「ここ見てみろよ!」 これらはどうやら普通の武器では無いらしい。端の方に"≪EL≫のマーク"が付いていると違うという。まだ詳しくは分からないらしいが、"威力が違ったり、特別な能力が付いていたりするんじゃないか?"という推測がされているそう。 俺の銃は他と何が違うんだろう。威力がヤバい、とかそんくらいに見えるが。だけどコイツじゃ、唯一あの"赤いヤツ"は倒せなかった。まだアイツは大学内をうろうろしているんだろうか? 銃からは"0"が浮き出ており、もうこれ以上何もできなさそうに見える。それと同時に、"さっきの出来事が本当だった"のを突き付けてくる。「お前らL.S.の色も違うし、そうかとは思ったけどやっぱりだったかぁ~」 シンヤは諦めるように上を向く。「一緒に予約したのによぉ~、なんで俺だけ当たらねえんだぁ!?」「別に、大きな違いなんてねぇだろ」「いいや俺はあると思うね。"≪EL≫マークの武器"は絶対チートの強さだ」「話してるところ悪いんだけど、
イヤな雰囲気が画面先から漂う。『本日2度目の会見となりますが、ここではこの度発表した"経済対策の詳細"についてお話したいと思います。もう気付かれた方々もいると思いますが、これは"ただの経済政策"ではありません』 これ以上"この会見"を見るのを、どこか拒否しようとする自分がいた。次の言葉を聞くと、たぶんもう戻れない、今までの生活に。そんな気がした。『これは"あなた方自身に経済になってもらう新政策"となっております』 2030年9月17日火曜日。きっと"この日"を忘れる事は無い。予想をはるかに超えた速さで"ブラック・シンギュラリティ"が起きた事を。 "ブラック・シンギュラリティ"は、最近シンギュラリティの暗い側面をそう呼ぶようになった。これが起きるとしても、"5%~10%の確率だろう"と予測されていたが、その確率を遥かに凌駕していた。「私たち自身が⋯⋯」 ユキの握る力がより強まっていく。俺は黙って、手を握り返す事しかできなかった。シンヤは小さな声で「やっぱり終わってんなコイツ」と。 数秒の間の後、総理は突然"ある場所のカメラ映像"を流し始めた。その中の1か所に、見覚えがある場所があった。「おい、これ!!」 真っ先にシンヤが叫ぶ。ここにいる3人がついさっきまでいた場所だった。『これは"赤い発令"が行われている施設内の一部となります。先ほど私は"もう気付かれた方々もいる"と発言しましたが、これらの存在をその場で実際に見たり、ネット上で見た人もいることでしょう』 総理がそう言うと、"今日何度も俺たちを襲ったアレ"がカメラ映像内でうろついていた。"赤いヤツ"も数か所で映り、そのうち1体は"陸田先輩の姿をしたアレ"だった。「陸田⋯⋯先輩」 言葉にならない怒りが上がってくるのを感じた。唇を強く噛み締める。その思いを踏みにじる様に、総理は次々と話していく。『名前は"Next time Living the Things"、意味は"次を生きるモノたち"、私はそれらを"ネルト(NeLT)"と呼んでいます。ネルトはAI同士で創造された新たな存在であり、人間の皆様自身を媒体として、これからの次世代を寿命やお金に縛られる事無く、代わりに生きてくれるのです』 さっきからコイツ⋯⋯何を言ってる? これは本当に現実? 俺はまだ寝ているんじゃ⋯⋯ ネルトとか人間を
この夜、停電が直っても二人を帰らせる訳にはいかなかった。ここにいる全員一人暮らしなのもあって、余計にだ。俺の両親は高校2年時にアメリカのニューヨークへ転勤。ユキの親は高校卒業と同時に、俺の親と近い場所へ転勤。シンヤは元々孤児だったのもあって、ずっと一人暮らし。そういや、シンヤの昔の事はあまり聞いたこと無いな。 また時間が合えば聞いてみるか、今はそれどころではないし。「⋯⋯ダメだ」「こっちも」 現状の"狂った総理と東京の事"を一旦親に話そうと思い、さっきから連絡してるけど、繋がらない。なぜかと思って調べてみると、「大阪に繋がらないんだけど」「広島へもダメだった」「海外にも無理」とあった。「停電と同じで、電話網も操作されてるってこと?」「かもな」 すぐその後、ヤバい動画がXTwitterで流れてきたとシンヤが言う。今はXTwitterという、XとTwitterを統合してさらに改良された新SNSが、情報源の一つとなってる。「⋯⋯なによこれ」「⋯⋯」 言葉が出なかった。シンヤが見せたのは、"東京外へ出ようとした人が大人数の警察に射殺されてる動画"だった。上司に反発した警官がすぐ殺されたというニュースもある。 もう頼れる先も無くなっていた。東京から逃げようとしても殺される。これが海外だったら、集団反乱を起こす可能性は高い。が、日本は国民性からしてそういった反乱をしない。 消費税を16%にすると言った時も、寝るばかりの議員の給与がさらに増えた時にも、大きな反乱が起こる事もなく、ネットを通してどうにか出来ないかとばかりやってきた。 今回ばかりは、それらが通用しない。リアルでの大反乱が必要とされている。その反乱でさえ、現状どこまで通用するかは分からない状態だけど⋯⋯。 俺たちは風呂や食事を済ませた後、とにかく話し合った。明日からどうするか、決めないといけない。「まず国会議事堂へ行ってみるってのはどうだ? 今の総理が置かれている特別な部屋があるって情報を、ある国家研究員がリークしたらしい」「へぇ~、すげぇ研究員がいるもんだなぁ!」 俺はL.S.の画面をユキとシンヤへ共有する。"飯塚ユエ"という人には赤の認証マークが付いており、赤はAI総理と関連がある証だ。「この人がさっきから情報を流してくれてる。それに、R.E.D.の開発の一部に携わったり、U
テレビで見た限りでは、ネルトはまだいる様子は無い。けど、それは本当か? 誰もが疑ってるはずだ。ヤツらの特徴を俺は見てきた。頭を食べてその人物へと変貌する。赤いヤツはそれだけじゃなく、特殊能力も持っている。 もう誰かが襲われていて、"人間の姿"で紛れているかもしれない。常に近くにいるかもしれないって事だ。動画で見ただけの人は詳しく知らない分、俺たちは少し対応しやすいだろう。問題は"どこまでやれるか"。 その後、シンヤが起きてきたのは5時間ほど経過後。準備を済ませ、俺たちは今家を出ようとしている。時刻はAM10時を回ろうとしていた。「それじゃ、準備はいいな」「おう!」「うん」 タクシーは国会議事堂へと進み始めた。渋谷スクランブルスクエア、渋谷ヒカリエ、渋谷ストリーム、スクランブル交差点、渋谷駅、渋谷マークシティ、渋谷フクラス、宮下公園、そして渋谷サクラステージ。さらにあの謎の"赤ビル"。過ぎ去る光景を見て一つ気になった。「人、少ないな」 昨日より明らかに減っていた。いつもの10分の1か? いや、それよりも少ないか? 原因はもちろんここにいる全員が分かっている。「危険だから、外に出ない人が多いみたいね」「まぁそうなっちまうよなぁ。アイツらにいつどこで遭遇するか、今じゃ分かんねえんだしよぉ」「だけど、家も完全に安全ってわけじゃないのよね」「そうなんだよなぁ。いつ来るか分かんねぇ。昨日は100万貰って、あんなにはしゃいでたヤツいたのになぁ~」 楽しそうだった、嬉しそうだった、昨日までは。「ねぇねぇ」 ユキが俺の手に触れる。「総理はなんで2回会見したと思う? 2回せずに1回だけして、隠して人間をやればいいのに」「んー⋯⋯今時そんな事やっても、すぐバレるだろう。カメラやドローンも多いし、ネットだって早い。それだったら、あえて見せしめを作って、現状の状態にしようとしたとか」「つまり、あえて多くの人が家から出ないようにしたってこと?」「のはず、総理はこうなる事を予測してたんだろうな」 より多くを家に固めておく方が都合がいい、まさにAIが考えそうな効率的なやり方。 そうこうしているうちに、タクシーは国会議事堂近辺へと来ていた。ここで予想と一つ違っている部分があった。もっと車とか人とか多いものだと思った。リーク情報は広まってるし、総理に訴
話しかけてきていたのは、あのロアだった。俺はすぐに窓を開ける。「なんでロアがここに!?」『この辺が危ないので、朝から呼びかけているんです』 朝の番組から急に消えてどこへ行ったのかと思えば、こんなところにいたのか。『あれは"輝星竜スターシリウスドラゴン"という、本来"UnRuleのゲーム内でのみ"で出るはずだったモンスターです』「それが現実世界にいるって?」『はい、仕組みは私もまだ理解出来ていません。分かっているのは、一定以上近付けば、あの背中からハイブリッドメテオを撃たれて死ぬ事です』 ハイブリッドメテオってのはさっき落ちてきたアレか? ⋯⋯当たっていたらやっぱり。「タクシーを限界まで速度を上げて近付くってのは出来ないか?」『それは不可能です。あのハイブリッドメテオというのは、追尾システムが付いており、それで何人もやられています』「っざけんなよ!! んだよそれッ!」 シンヤが怒鳴り声を上げる。俺とユキでなんとか抑えると、ロアは続けた。『ですがある程度距離を保てば、追尾せずに自由落下します。それがこの辺りまでなんです。仮にあのハイブリッドメテオを何とかしても、まだまだ次の攻撃があると見るべきでしょう』 入る以前の問題だった。段々腹が立ってきた、あのクソ総理に。ネルトよりも何倍も厄介な存在。 てか、ロアはなんでこんなに詳しいんだ? 見てただけでここまですぐに分かるもんなのか?「そういやお前、やけに詳しいんだな」 俺の思っていた事を真っ先にシンヤが問いかけた。『それは現在同行している方が、よく知っておられるからです』「誰だよそれ」『言えません。もし言えば質問攻めを受けるから、と』 質問攻め? 余計に気になる。ここは引き下がってはいけない気がする。シンヤに代わって俺が前に出る。「なぁ、俺たちは本気で総理を止めるためにここに来た。そのためには一つでも多くの事を知る必要がある。今だけ協力してくれ」『申し訳ありません。覚悟は素晴らしいですが、私はこう答えるしか』 その時、ロアの背後から誰かが現れた。白衣を着た黒髪の女性だった。「この人は特別だから、質問は受けるわ」『"ユエ様"よろしいのですか? あれだけ拒否しろと言われておりましたが』 "ユエ様?" ん? おい、もしかして⋯⋯!「いいのよ。他の人は拒否しといてね」『承知し
「⋯⋯? え? 僕ですか?」 一瞬、この人が何を言ってるのかよく分からなかった。「あなた以外誰がいるの。まずその眼、それはあなたにしかない"イーリスメラニン"。その作用によって、黒と虹が入り混じって見えるの。自分でおかしいと思わなかった?」「痣みたいなものかと⋯⋯どこの眼科でもそう言われていたので」「なら君たちは? 誰も気付かなかったの?」 するとユキは、「そんな特徴があるだなんて、一つも聞いた事無かったので⋯⋯」 ちゃんと知らないようだった。「あー、学校ではそこまでは教わらないのかぁ。他にも記憶力や運動能力、様々な能力が明らかに違ったはずよ」 ユキが俺の眼を間近でじろじろと見始めた。いや近すぎる。かと思えば、俺の身体を隅々まで弄り始め、「お~腹筋だぁ~」とか言ってる。何やってんだコイツ。ユキは不意に俺の方を向くと、「なんか今までの事、全部納得した気がするわ」 何かに一人で納得し、得意気になっている。「納得って、なにが」「だって、何やっても凄いなーって」「んだそりゃ」 直後、次はシンヤが肩を掴む。「ははっ! そりゃ何やっても勝てねえわけだよなぁ!? 他のヤツには勝てるのによぉ!」「お前、ほんとは根に持ってるだろ」「んなわけねぇだろ! いい練習相手がいるってことだ!」 この二人は信じ切ってるようだけど⋯⋯これが何を表してるのか、ちゃんと分かってるのか? "イーリス・マザー構想"は、俺たちが中学生ぐらいの頃から聞いてきた話だ。教科書にずっと載るくらいの内容で、テストでもよく出たのを覚えている。 ある施設によって、変異体の受精卵が作られた後、そこへ世界初の"虹の成分"を加えるという禁忌人体実験。でも、調査に入った時にはもぬけの殻状態で、失敗の跡だけがあったって、授業で聞いたのはそこまでだ。 ちなみにテストで出たのは、【もしこの実験が成功していたら、どんな人が生まれたか考えよ】という中学生には難しくも、その年代から来る想像の無限大さを利用したものだった。この構想自体は今でも多くの人に影響を与えている。「本当に僕なんですか? あれは失敗で終わったはずじゃ」「そこまでが学校で習った内容?」「はい」 ここからユエさんのぶっ飛んだ話が始まった。「そんなの前座も前座よ、もっと続きがあるわ。"虹の成分"だけだと何度やっても失敗する
全く関係ないと思っていたアイツ。訳の分からない所で繋がっていた存在だった。アイツの中に、俺を形成した一部があるという。「俺と無関係ではないってことですか?」「えぇ。だからこそ、唯一親和性の高いあなたの力が必要なの」 ユエさんはそう言うと、突然何かを出現させた。テーブルにそっと置かれたモノは"白いリボルバー式マグナム"だった。「そのL.S.ってことは、UnRuleはもう始めてるわね」「はい」 俺は"七色蝶の銃"を取り出した。「⋯⋯やっぱりあなたなのね」 ユエさんとアオさんが俺をまじまじと見る。「実はこのUnRule、売る前にロアが未来予測した中にあったものなの。きっとこうなる事も考えていたんでしょう。だから、政府開発と予告しながらも、大勢でかつバレないように水面下でUnRuleを開発した。でも、予想外な事態になったわ」 ユエさんは"白いマグナム"に軽く手を置くと、「こんなゲームの物に質量を持たせるなんて事、私たちの知識、いや、AIの知識でも出来ないはずよ。こんなのが出来るのは"他の何か"しか考えられないのよ。その"何か"は、未だに全く分からない」「んだよそれッ!? 全部総理のしわざじゃないのかよッ!!」 突然シンヤが声を荒げた。俺も荒げたいくらいだったが、シンヤを落ち着かせて自分も落ち着く。 "他の何か"とはなんなのか、疑問だけが底を尽きずに増えていく。「まぁ、この話は一旦この辺にしとこうユエ」 次はアオさんがL.S.から"真っ黒く細長い剣"を取り出し、テーブルに置いた。「元々UnRuleというゲームは、人それぞれの武器を使い、敵対するAIのソースコードを書き換えていくゲームなんだ」「書き換える⋯⋯ですか?」 首をかしげながら言うユキ。「ロアの予測にあったこのゲーム。その仕様に従って進めていった結果、ゲーム感覚で非日常を楽しみつつ、自然と人間がAIに対抗できる手段を得られるようになっていたんだよ」「おぉ~!?」「シンヤ、ちゃんと分かったのかよ?」「お、おぉそりゃもちろんよ! つまりは、攻撃しまくりゃ"あのめんどくせえAI共"を倒せるようになるっつう事だろ!?」「へぇ」「へぇって、ルイは分からなかったのかよ!? いや~、俺はとうとうお前を超えちまったかぁ!?」 人がちょっと乗ってやったらこれだ。キレたり陽気になった
エスカレーターを上る度、徐々に薄暗さが増していく。危険なのかどうか、常にユエさんが教えてくれるからスムーズに対応しやすい。今の時間は12時。前までだったらゆっくり食事をしたり、ゲームしたり、そんな日々を送ってるんだろうか。そんな日常はもう存在しない。死なないようにはどうすべきか、総理を止めるには何をしたらよいか、それらが今の俺たちを覆っている。この"死のヴェール"が拭える事は今後無い。『⋯⋯ここはちょっとヤバいかもしれないわね』 9階付近へと足早に行ったユエさんから警告が入る。「どんなヤツがいるっすか!?」『あれは⋯⋯"神明官フォルセティウス"。三翼の天魔神ほどではないけど、厄介なボスモンスターね』「なんでもかんでもしやがってッ!! あんのクソジジイがッ!!」「勝てるでしょうか⋯⋯?」 シンヤがイラついている横で、ヒナが不安そうなにこっちを見る。ユキまで。「⋯⋯俺が前で戦う。怖けりゃ下がってていい」「でも、ルイにばかり任せるわけにはいかないわ。あまりに負担が大きすぎるもの」「車内でも少し教えてもらいましたけど、この槍の元のモンスターの時はどうやって戦ったんですか?」「あー、アイツはルイが"一人で"やっちまったんだよなぁ」「え!? 一人で!?」 仰天した目でヒナが見てきた。「皆のおかげだよ。他を全部やってくれたから、俺はなりふり構わずやれた」 あの時の事が脳裏で再生される。俺は結局ずっと引きずっている、"あの人"の事を。察するようにシンヤが肩に手を置いてきた。「次は大丈夫だって、な?」 ユキまで俺の肩に手を置く。いつまでも引きずってられないのは分かってる。分かってんだよ⋯⋯。 長いエスカーレーターが終わりを迎え、ついに9階へとやって来た。10メートルほど先に、"金色の巨大な何か?"が椅子に座って待っているのが見えた。目をこらして見ると、明らかにヤバい見た目をしたものがいる。『アイツの攻撃は2つだけ知ってる。同じモーションなんだけど、光り方で違うの。青い方は地面からジグザグに炎が沸いて、紫の方は天井からジグザグに炎が降って近付いてくる。他は、裏部がいれば分かるんだけど⋯⋯』「後はやって覚えていくしかないってことですね」『えぇ。私のこのプロトロアだと、ここからはもう付いていけないわ、ごめんなさい⋯⋯でもあなたたちなら、すぐ対応
「ほぉ、私を知っているかね。近頃の若いのは、政治家など興味無いと思っていたが」 鋭い目つき。まるで俺たちの内側を見抜くような⋯⋯この人は圧がヤバい。テレビで何度か見た事がある、現法務大臣をしている人だ。「紀野さん、あなたはまだ人ですか?」「気になるかね? なら、ここなら全てが分かるかもしれないな」 その瞬間、ついに赤ビルのドアが開いた。あれだけ開かずの間だった場所なのに。時間は"PM 10:00"を示している。「来ないのか? 用があるんだろう? この中に」 なんなんだこの人。俺たちのやろうとしている事に気付いている⋯⋯? 紀野大臣は驚く様子もなく、毅然と中へ入ろうとする。「オーラヤベぇな」「怖い感じ、しますよね」 シンヤとヒナがひそひそと話す。どちらにせよ、俺たちは中へ行くしかない。「行きましょう、私たちも」「⋯⋯選択肢は無いしな」 こうして俺たちは、連れられるようにして、とうとう赤ビルの中へと入った。そこで待っていたのは、異世界のような空間だった。「んじゃこりゃぁ!? こんなん誰が好きなんだよぉ!?」 上を見て叫ぶシンヤ。それもそうだ。天井には"L.S.のクソデカい版?"のようなものが、俺たちを見下すようにぶら下がっている。周りはどこまでも赤黒い壁。さらには不規則に散りばめられた"赤いクリスタルの置物"。これ以上は言葉では表しにくい。 右端にはエレベーターと思われるものが見える。そこが開き、紀野大臣が先に入っていく。「悪いが、一般人は"階段とエスカレーターのみ"になっている。全てを知りたいなら、最上階まで上って来たまえ。上がれるなら、だが」 そう言い残すと、一人乗って行ってしまった。「お、おいッ!! コラッ! 俺らは乗れねぇってどういうことだよッ!!」 シンヤがエレベーターを無理やり開けようとするが、ビクともしない。奥にある階段とエスカレーターでしか、本当に上がれないのだろうか。引き返す事ももちろん出来ない、次にこのドアが開くのは4時間後の14時だ。「どうする?」「どうしますか?」 ユキとヒナが同時に俺の方を向いてくる。やっぱり俺が決めるしかないか⋯⋯。まず、このビルは10階まである。なぜなら、エレベーターの階数表記が10まであるからだ。 次に、紀野大臣が「上がれるなら、だが」と言っていた事からして、もし普通に1階ず
この原宿駅竹下口改札からだと、アレの全貌がよく見える。ユキと見てきたあの赤ビル、そのまんまだ。中には何があるのか。とうとう今日、アレに入るわけか⋯⋯。「SNSでめちゃくちゃバズってませんでした? AIだけで造られたそうですね」「らしいよなぁ! 俺らが一番に中を拝んでやろうぜぇ!」「それもいいが、まずは"目の前のコレ"が気になるな」 竹下通りに連なる多くの人。今までの日本だったら、観光客や旅行客でいっぱいになるのは分かる。でも、今こうなるのはさすがに不自然だ。それだったら、他で全く人がいないっていう説明がつかない。ここがこんなにいるんだったら、他でも多くいるはずだ。「ルイ、一人で突っ走っちゃダメだからね?」「わかってるって」 俺とシンヤが先を行き、ユキとヒナが後ろから続く。適当に竹下通りを歩いてみてはいるが、周りの人たちは普通に観光を楽しんでいるように見える。当たり前の光景だったはずなのに、気持ち悪いと感じる日が来るなんて。まさか、ここにいる人だけ"影響を受けない"ようになってるとか? そんなことあるのか?【タイムリミットまで後24分】「シンヤ、誰でもいいから話しかけてみてくれよ、本当に人なのか確かめてくれ」「え、俺が!?」「お前得意だろ、そういうの」「え~、別に得意もねぇぜ?」 と言いながらも、シンヤはポニーテールの女性に話しかけに行った。この違和感を拭うには、シンヤくらいコミュ力あるヤツがやった方が分かりやすい。「シンヤ君、似合うわね」「ほんとはあーやって裏で毎日ナンパしてたんじゃね?」「ふっ」 ユキに笑われるシンヤ。あれだけ一緒に遊んできたのに、実は裏でやってたら最高すぎる。【タイムリミットまで後15分】 シンヤが戻って来た。「なぁ、俺には"普通の人"にしか感じなかったぜ?」「⋯⋯」「おい、ルイ?」 普通の人。なら、なんであの人は"アイツら"に襲われてないんだ? 俺は"この方向を見ろ"と顔で合図した。シンヤが慌てて銃を取り出す。それに伴い、ユキとヒナも出した。「ねぇ、あっちにもいる!」 ユキの視線の先にも、同様に10体ほどのネルト集団がいた。マズい、ここに時間を割くわけにはいかない。ここは⋯⋯。「俺とヒナで左、ユキとシンヤで右!」「わかったわ! 行くわよ、シンヤ君!」「お、おうよ!」【タイムリミットま
やっぱりこの車だけ異質だ。自動運転がどれだけ発展しようと、飯塚車だけは唯一って感じがある。広さとしてはリムジンぐらいあるが、少人数の時は上手い具合にコンパクトになる。要は、大型自動車から軽自動車へと自由自在になれる感じ。龍の顔をして7枚羽が付いているのは、奇抜なデザインすぎて何とも言えないけど⋯⋯。でも中はAI自動風呂があって、寝室もAI自動調理も付いてるってのは、その辺の部屋に住むより断然良い。というより、ここまでの車はまだ世に出てない無いだろうな⋯⋯自分たちで創ったのだろうか? そんな車は新しくヒナを連れ、東京ミッドタウン八重洲およびネビュラスホテル東京を後にする。短い時間だったけど、部屋や食事はマジで良かった、"あの事件"さえ無ければ⋯⋯。 右手にはまだ薄っすら浮かんで見える、あの血痕が。もう血が付着しているわけじゃないのに、いつまでもいつまでも。「飯原さんには、結局挨拶せずにだったわね」「あの人なら起きてすぐ気付く、あれに」「今の時代に置き手紙なんて、ビックリしますかね」「たまにはいいんじゃね! そんなのも! 粋な事すんのな、新崎さんも!」 きっとあの人ならすぐに気付く。今回の件で、より目をこらすようになっただろうし。流れていく都会のビル群を見ながら、そう思った。 表参道へと入った頃、周囲の雰囲気がガラッと変わるのを感じた。これを感じたのは俺だけじゃないと思う。さっきまで広い車内を堪能していたヒナが、ずっと外を見るほどだ。だって、普通に"大勢の人間が何事も無いかのように"歩き回っている。「なんか、ここおかしくね?」 とうとうシンヤがその一言を放った。それによって話が広がる。「まるで日常が戻ったみたいね、ここだけ」「なんでしょうね、これ⋯⋯」 俺は口を開かなかった、みんなの思ってる通りだったから。外に出るまでは"本当の違和感"に気付けそうにない、そうも感じる。先頭にいたユエさんがこっちへと戻ってきた。「そろそろ目的地周辺よ。見ての通りみたいだから、各自油断しないようにね」「もしかして、竹下通りなんですか?」「そう。ちょうどここの監視カメラに映っていたのよ。それで、あの赤ビルの方へ入ったっきりまだ出てきてないの」「え、赤ビル!?」「えぇ」 原宿の竹下通りにもあるのか? いつ出来たんだ? 覚えている限り、渋谷と秋葉原しか知
朝食後、車内から戻ってきたユエさんによって、急遽原宿へと移動する事になった。なんでも、UnRuleモンスターに詳しい国家研究員の裏部さんをそこで見かけたという情報があったという。つまり、ここでこの高級ホテルとは一旦離れる事になる。それはヒナとの別れも表していた。「もう行くんですか!?」「すぐ行かないと、また移動されるかもしれないしな」「そうですか⋯⋯」「まぁ、次何かあったら飯原さんが対処してくれるはずだ。最悪、こっちに連絡くれてもいい」「はい⋯⋯」 ヒナに感謝し、背を向ける。またどこかで会えるはず、そう思いながら。すると、急に後ろから抱き着かれた。「っ! ヒナ!?」「私も一緒に行きますッ!」「いや、でも」「だろうとは思ってたぜ」 振り向くと、謎に待っていたシンヤ。こいつさっきユキと一緒に車へ行ったんじゃ⋯⋯。「ひなひーさ、昨日ずっとお前の事聞いてきてたんだよ。だからなんとなく、こうなるとは思ったわ!」「でも原宿は絶対危険だ。ヒナじゃさすがに」「戦えますから! 私もッ!」 そう言うと、ヒナは三叉の黄色い槍を出現させた。先端から小さな電気が一定間隔置きに走り、ただの槍ではない事を示している。全長は2メートル近くあるだろうか? ユキの持っている鎌と同じくらいの大きさがあった。「うおぉ! なんかでっかいの持ってんなぁ!」「はい。ELの方ほどの強さは無いんですけど、迷惑かけないように頑張りますから!」「だってよ、ルイ。いいじゃねぇか! ひなひーが一緒にいてくれるなんて、普通じゃありえねぇ凄い事だぜ!?」「まぁそうかもだけど」「なんだよ、なんか不満あんのか?」「⋯⋯アオさんの事、頭に過って」「んだよ! いつまでも引っ張んなって!」 そんなの分かってんだよ。でも俺はあの時知ったんだ。人はいとも簡単に死ぬ。 ⋯⋯謎の空撃だった、それでアオさんはバラバラにされた。それがヒナにされたらと思うと⋯⋯考えるだけで吐き気がする。「ひなひーがここにいたって、いつまで安全かなんて分からないぜ?」「そ、そうです! 一緒にいた方がむしろ安全だと思います!」「な? それに、お前は同じミスはしない、そうだろ?」 シンヤは挑発するように言う、まるで試しているかのように。こいつ、勝ちたくてずっと俺の事を見てやがる。「⋯⋯わかったよ」 言った瞬間
「や~っと帰ったかよ!」「待ってました!」 帰ると、ヒナとシンヤ、さらには飯原さんまでもがエントランスで待っていた。そして突然、「申し訳無かった」と飯原さんが頭を下げてきた。「町田さんから聞いたよ。まさかそんな事になっていたなんて、管理不十分だった私の責任だ」 実は首謀者だと思っていた飯原さんは小柴に騙されており、契約最後に足されていた追記は"特殊仕様"が施されていた。どうやら契約した者のみ、数時間経ってから"追記が浮かび上がる"よう、細工されていたらしい。 騙されていた女性は多くおり、あのまま放っておけば、被害はとんでもない数になっていそうだった。元々の契約書は飯原さんによって本当に"善意で作られたもの"であって、あのような事実は一切無かったという。 部屋に戻る途中、会う度いろんな人になぜか感謝された。守ってくれてありがとう、と。でもこれは、ヒナが必死に説明してくれた事、警察が既に機能していない事の二つが大きかったんだと思う。俺のやった事が決して正しかった訳じゃない。本当はあそこまでやる必要は無かった、なのに身体が勝手に⋯⋯。 現状、正しさは自分たちで決めないといけない。状況が状況だったとはいえ、俺は本当は刑務所行きだったかもしれない。急激に来る冷静さと同時に、自分がしてしまった事がどういう事なのか、まだ考え続けている。シャワーで流れていく湯を横目に。 俺の右手に"ヤツの血"はもう無い。無いはずなのに焼き付いて離れない、アイツらの死んだ顔が。血が溢れる瞬間が。 ⋯⋯分かってる。どれだけ責められなかろうと。『人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!』 もう一度右手を見る。視界が霞み、また"あの血"が見える。それはいつまでも訴えてくる。 オ 前 ハ 人 ヲ 殺 シ タ 俺はもう⋯⋯帰 レ ナ イ ?「ルイさん、入りますね」 背後を見ると、水着姿のヒナが勝手に入ってきていた。「今日は私が身体洗いますから」「いや、いやいやいや、なんで!? 自動で洗われるからいいって!」「そう言わずに! えいっ!」 ここからなぜか、あまり覚えていない。途中からのぼせてたような⋯⋯。それほどヒナの洗い方が気持ちよかったんだろうか。「ルイ? 生きてる?」 ふと意識が戻ると、いつの間にかユキとベッドに横たわっていた。記憶が少しずつ鮮明にな
「大丈夫かッ!?」 遅れてシンヤがこの"4528"へとやってきた。たぶんシンヤも、幻覚とやらにやられていたんだ。これはおそらく、アイツが持っていた強力なズノウの一つ。「⋯⋯ここを頼む」「え、あ、あぁ」 俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。アイツらはまだ近くにいる。絶対逃しはしない。 きっと、この時の俺は無意識に近い状態だった。ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊セ。その衝動だけが、全てを突き動かしていた。 「何かあったのか?!」と、ジムで会った屈強な男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。2つあるうちの1つのエレベーターが、1階へと向かっている。これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。この速さなら階段で追いつく、すぐさま駆け下りて1階へと向かう。 降りる度、言葉にならない怒りがさらに身体全体を包み、自分が遠くなっていく。そんな他人のような俺は、ホテルを出て少し先の角でヤツらの背中を捉えた。一人が気付き、小銃を向けてくる。「人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!」 ヤツの言葉が聞こえないほど、さらに本当の自分が遠くなっていく。「気持ちわりぃんだよッ!!! さっさとサツに捕まっとけッ!!!」 完全に他人化した俺は、"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。「へぇ~、や、やるんだな? バカがッ!! お前とは場数が」 話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。七色の蝶の羽根が、風で通り過ぎていく。 コイツだけじゃない、もう一人を追わないと。あの"黄色いパーカーの男"。理不尽ヲ壊セ。 しかしどれだけ血眼になって探しても、もう一人は見つける事が出来なかった。蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識が戻りつつあった時、「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯やっと⋯⋯見つけたぁ」 影から現れたのはユキだった。「!? なんで」「そんなの⋯⋯当然でしょ」 ユキは一呼吸置き、そう言った。その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一緒にいない方がいいという気持ちが交錯した。俺は目の前で⋯⋯殺したんだ。そんな俺をもう受け入れてくれない。と思った時、「帰りましょ」 彼女の手が差し出された。「⋯⋯なんで」 ユキは何も変わっていなかった。優しい顔で手を伸ばしてきた。「⋯⋯もう⋯⋯いない方が⋯⋯いいだろ」 あまりに
「どうするよ!?」「これだと私たちも危なくない?!」 二人が慌てる。 ⋯⋯落ち着け、このタイミングになんでこんな事が⋯⋯。「二人とも落ち着け! 警護だってまだいる」「あ、あぁ」「そうだけど」 こういう時こそ、情報を一旦整理しといた方がいい。1階に"ヤツら"が入って来た事はおそらく間違いない。警護部隊が弱ければ、ここにも来る可能性はある。この可能性は低いと信じたいけど。 そして、もう後3分で23時。保護管理契約書によると、"朝8時~夜23時まで"しか警護はされていない。ここには女子が多い、誰もが自分の身を自分で守らなくてはいけない時間になる。 そもそも、この警報はホテル内に響き渡っているんだ。小柴たちだって慌てているってのが普通。 だったら、なぜヒナに通話が繋がらない? あっちでも既に何かあった? ⋯⋯どうする。「俺は"4528の部屋"へ行く、二人は1階の援護に行ってくれ」「ルイ一人で!? 警護がいるなら、あっちは任せて私たちも一緒に行った方が」「本当はそうしたいけど、下が全滅する可能性も捨てきれない。そうなったら⋯⋯もうここは終わる」「んじゃ、すぐ終わらせてそっち行くからよ! ひなひーを頼んだぜ!!」 シンヤが先にエレベーターの方へと走って行く。「あ、シンヤ君!?」 ユキが一瞬、俺の方を見た。「⋯⋯無茶しちゃ、ダメだからね」 こうして俺たちは二手に分かれた。どの場所も真っ赤な光が点灯し、警報が激しく鳴り続ける。その度に心臓の鼓動が速くなり、嫌な予感が脳裏を過る。 45階に着き、奥を見ると、なぜか一つだけドアの開いている部屋があった。急いで行くと、そこは"4528の部屋"だった。 中に侵入するとそこには⋯⋯誰もいなかった。そんなはずがない、だってヒナは⋯⋯。 突如部屋の時計が鳴り、23時である事を示す。探してもヒナが全く見当たらない。近くの部屋からも、物音すら聞こえない。おかしい、何かがおかしい。 俺はすぐにユキに通話してみる事にした。これは何かがおかしい。「⋯⋯なんで⋯⋯なんで!!」 あいつがこんなに出ないなんて初めてだった。シンヤも出ない。どうして二人出ない!? 例え繋がらなくとも、不在着信には決してならない。「⋯⋯んだよこれ⋯⋯ユキッ! シンヤッ! ヒナッ!!」 今から1階に行く? いや、そしたらヒナは?
「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」「うっ⋯⋯はぁ⋯⋯まだまだ⋯⋯ですよ」「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといるあの子はあんちゃんの彼女か?」「⋯⋯ちがい⋯⋯ます⋯⋯よ!」「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」 一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。そして周りを見ると、男全員があの子に目を向けている。そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、あんな格好の女の子がいるなんて異様だぞ。いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。俺は続けていた懸垂を一旦やめ、みんなが見ているあの子へと近寄る。「なぁ、目立ってるぞ」「はい、知ってます」 ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯⋯その」 急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。正直この顔は反則なほど可愛い。でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。 と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。次はその人物へと全員の視線が移る。「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」「気付くの早すぎだろ⋯⋯」「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」 そうではあるけど早すぎる。でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。どちらかというと、心配しているような表情。「それで、これは一体どういう状況?」 ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」「"ルイさん"? ふーん」 おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!? なんでこうなる!?「ちょ、ちょっと待てって。俺が説明するから、落ち着けって」 仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」「んだよ、それもバレてんのかよ」「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない