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28. 化物

Author: Mr.Z
last update Last Updated: 2025-04-18 19:30:15

「大丈夫かッ!?」

 遅れてシンヤがこの"4528"へとやってきた。たぶんシンヤも、幻覚とやらにやられていたんだ。これはおそらく、アイツが持っていた強力なズノウの一つ。

「⋯⋯ここを頼む」

「え、あ、あぁ」

 俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。アイツらはまだ近くにいる。絶対逃しはしない。

 きっと、この時の俺は無意識に近い状態だった。ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊セ。その衝動だけが、全てを突き動かしていた。

 「何かあったのか?!」と、ジムで会った屈強な男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。2つあるうちの1つのエレベーターが、1階へと向かっている。これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。この速さなら階段で追いつく、すぐさま駆け下りて1階へと向かう。

 降りる度、言葉にならない怒りがさらに身体全体を包み、自分が遠くなっていく。そんな他人のような俺は、ホテルを出て少し先の角でヤツらの背中を捉えた。一人が気付き、小銃を向けてくる。

「人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!」

 ヤツの言葉が聞こえないほど、さらに本当の自分が遠くなっていく。

「気持ちわりぃんだよッ!!! さっさとサツに捕まっとけッ!!!」

 完全に他人化した俺は、"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。

「へぇ~、や、やるんだな? バカがッ!! お前とは場数が」

 話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。七色の蝶の羽根が、風で通り過ぎていく。

 コイツだけじゃない、もう一人を追わないと。あの"黄色いパーカーの男"。理不尽ヲ壊セ。

 しかしどれだけ血眼になって探しても、もう一人は見つける事が出来なかった。蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識が戻りつつあった時、

「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯やっと⋯⋯見つけたぁ」

 影から現れたのはユキだった。

「!? なんで」

「そんなの⋯⋯当然でしょ」

 ユキは一呼吸置き、そう言った。その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一緒にいない方がいいという気持ちが交錯した。俺は目の前で⋯⋯殺したんだ。そんな俺をもう受け入れてくれない。と思った時、

「帰りましょ」

 彼女の手が差し出された。

「⋯⋯なんで」

 ユキは何も変わっていなかった。優しい顔で手を伸ばしてきた。

「⋯⋯もう⋯⋯いない方が⋯⋯いいだろ」

 あまりに
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     朝食後、車内から戻ってきたユエさんによって、急遽原宿へと移動する事になった。なんでも、UnRuleモンスターに詳しい国家研究員の裏部さんをそこで見かけたという情報があったという。つまり、ここでこの高級ホテルとは一旦離れる事になる。それはヒナとの別れも表していた。「もう行くんですか!?」「すぐ行かないと、また移動されるかもしれないしな」「そうですか⋯⋯」「まぁ、次何かあったら飯原さんが対処してくれるはずだ。最悪、こっちに連絡くれてもいい」「はい⋯⋯」 ヒナに感謝し、背を向ける。またどこかで会えるはず、そう思いながら。すると、急に後ろから抱き着かれた。「っ! ヒナ!?」「私も一緒に行きますッ!」「いや、でも」「だろうとは思ってたぜ」 振り向くと、謎に待っていたシンヤ。こいつさっきユキと一緒に車へ行ったんじゃ⋯⋯。「ひなひーさ、昨日ずっとお前の事聞いてきてたんだよ。だからなんとなく、こうなるとは思ったわ!」「でも原宿は絶対危険だ。ヒナじゃさすがに」「戦えますから! 私もッ!」 そう言うと、ヒナは三叉の黄色い槍を出現させた。先端から小さな電気が一定間隔置きに走り、ただの槍ではない事を示している。全長は2メートル近くあるだろうか? ユキの持っている鎌と同じくらいの大きさがあった。「うおぉ! なんかでっかいの持ってんなぁ!」「はい。ELの方ほどの強さは無いんですけど、迷惑かけないように頑張りますから!」「だってよ、ルイ。いいじゃねぇか! ひなひーが一緒にいてくれるなんて、普通じゃありえねぇ凄い事だぜ!?」「まぁそうかもだけど」「なんだよ、なんか不満あんのか?」「⋯⋯アオさんの事、頭に過って」「んだよ! いつまでも引っ張んなって!」 そんなの分かってんだよ。でも俺はあの時知ったんだ。人はいとも簡単に死ぬ。 ⋯⋯謎の空撃だった、それでアオさんはバラバラにされた。それがヒナにされたらと思うと⋯⋯考えるだけで吐き気がする。「ひなひーがここにいたって、いつまで安全かなんて分からないぜ?」「そ、そうです! 一緒にいた方がむしろ安全だと思います!」「な? それに、お前は同じミスはしない、そうだろ?」 シンヤは挑発するように言う、まるで試しているかのように。こいつ、勝ちたくてずっと俺の事を見てやがる。「⋯⋯わかったよ」 言った瞬間

  • フォールン・イノベーション -2030-   29. 血痕

    「や~っと帰ったかよ!」「待ってました!」 帰ると、ヒナとシンヤ、さらには飯原さんまでもがエントランスで待っていた。そして突然、「申し訳無かった」と飯原さんが頭を下げてきた。「町田さんから聞いたよ。まさかそんな事になっていたなんて、管理不十分だった私の責任だ」 実は首謀者だと思っていた飯原さんは小柴に騙されており、契約最後に足されていた追記は"特殊仕様"が施されていた。どうやら契約した者のみ、数時間経ってから"追記が浮かび上がる"よう、細工されていたらしい。 騙されていた女性は多くおり、あのまま放っておけば、被害はとんでもない数になっていそうだった。元々の契約書は飯原さんによって本当に"善意で作られたもの"であって、あのような事実は一切無かったという。 部屋に戻る途中、会う度いろんな人になぜか感謝された。守ってくれてありがとう、と。でもこれは、ヒナが必死に説明してくれた事、警察が既に機能していない事の二つが大きかったんだと思う。俺のやった事が決して正しかった訳じゃない。本当はあそこまでやる必要は無かった、なのに身体が勝手に⋯⋯。 現状、正しさは自分たちで決めないといけない。状況が状況だったとはいえ、俺は本当は刑務所行きだったかもしれない。急激に来る冷静さと同時に、自分がしてしまった事がどういう事なのか、まだ考え続けている。シャワーで流れていく湯を横目に。 俺の右手に"ヤツの血"はもう無い。無いはずなのに焼き付いて離れない、アイツらの死んだ顔が。血が溢れる瞬間が。 ⋯⋯分かってる。どれだけ責められなかろうと。『人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!』 もう一度右手を見る。視界が霞み、また"あの血"が見える。それはいつまでも訴えてくる。 オ 前 ハ 人 ヲ 殺 シ タ 俺はもう⋯⋯帰 レ ナ イ ?「ルイさん、入りますね」 背後を見ると、水着姿のヒナが勝手に入ってきていた。「今日は私が身体洗いますから」「いや、いやいやいや、なんで!? 自動で洗われるからいいって!」「そう言わずに! えいっ!」 ここからなぜか、あまり覚えていない。途中からのぼせてたような⋯⋯。それほどヒナの洗い方が気持ちよかったんだろうか。「ルイ? 生きてる?」 ふと意識が戻ると、いつの間にかユキとベッドに横たわっていた。記憶が少しずつ鮮明にな

  • フォールン・イノベーション -2030-   28. 化物

    「大丈夫かッ!?」 遅れてシンヤがこの"4528"へとやってきた。たぶんシンヤも、幻覚とやらにやられていたんだ。これはおそらく、アイツが持っていた強力なズノウの一つ。「⋯⋯ここを頼む」「え、あ、あぁ」 俺はこの場をシンヤへ託し、脇目も振らず走った。アイツらはまだ近くにいる。絶対逃しはしない。 きっと、この時の俺は無意識に近い状態だった。ユキにあんな事をしたクソ野郎共を消し、理不尽ヲ壊セ。その衝動だけが、全てを突き動かしていた。 「何かあったのか?!」と、ジムで会った屈強な男たちが話しかけてきたが、無視してとにかく走った。2つあるうちの1つのエレベーターが、1階へと向かっている。これはアイツらが1階から逃げようとしている事を表している。この速さなら階段で追いつく、すぐさま駆け下りて1階へと向かう。 降りる度、言葉にならない怒りがさらに身体全体を包み、自分が遠くなっていく。そんな他人のような俺は、ホテルを出て少し先の角でヤツらの背中を捉えた。一人が気付き、小銃を向けてくる。「人殺しのバケモンがぁッ!! 付いてくんじゃねぇッ!!!」 ヤツの言葉が聞こえないほど、さらに本当の自分が遠くなっていく。「気持ちわりぃんだよッ!!! さっさとサツに捕まっとけッ!!!」 完全に他人化した俺は、"七色蝶の銃剣"をヤツへと向けた。「へぇ~、や、やるんだな? バカがッ!! お前とは場数が」 話す途中、ヤツの脳天を一縷の光が通り過ぎた。七色の蝶の羽根が、風で通り過ぎていく。 コイツだけじゃない、もう一人を追わないと。あの"黄色いパーカーの男"。理不尽ヲ壊セ。 しかしどれだけ血眼になって探しても、もう一人は見つける事が出来なかった。蓄積していく疲労感に、徐々に俺の意識が戻りつつあった時、「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯やっと⋯⋯見つけたぁ」 影から現れたのはユキだった。「!? なんで」「そんなの⋯⋯当然でしょ」 ユキは一呼吸置き、そう言った。その姿を見て、安堵する気持ちと、もう一緒にいない方がいいという気持ちが交錯した。俺は目の前で⋯⋯殺したんだ。そんな俺をもう受け入れてくれない。と思った時、「帰りましょ」 彼女の手が差し出された。「⋯⋯なんで」 ユキは何も変わっていなかった。優しい顔で手を伸ばしてきた。「⋯⋯もう⋯⋯いない方が⋯⋯いいだろ」  あまりに

  • フォールン・イノベーション -2030-   27. 死撃

    「どうするよ!?」「これだと私たちも危なくない?!」 二人が慌てる。 ⋯⋯落ち着け、このタイミングになんでこんな事が⋯⋯。「二人とも落ち着け! 警護だってまだいる」「あ、あぁ」「そうだけど」 こういう時こそ、情報を一旦整理しといた方がいい。1階に"ヤツら"が入って来た事はおそらく間違いない。警護部隊が弱ければ、ここにも来る可能性はある。この可能性は低いと信じたいけど。 そして、もう後3分で23時。保護管理契約書によると、"朝8時~夜23時まで"しか警護はされていない。ここには女子が多い、誰もが自分の身を自分で守らなくてはいけない時間になる。 そもそも、この警報はホテル内に響き渡っているんだ。小柴たちだって慌てているってのが普通。 だったら、なぜヒナに通話が繋がらない? あっちでも既に何かあった? ⋯⋯どうする。「俺は"4528の部屋"へ行く、二人は1階の援護に行ってくれ」「ルイ一人で!? 警護がいるなら、あっちは任せて私たちも一緒に行った方が」「本当はそうしたいけど、下が全滅する可能性も捨てきれない。そうなったら⋯⋯もうここは終わる」「んじゃ、すぐ終わらせてそっち行くからよ! ひなひーを頼んだぜ!!」 シンヤが先にエレベーターの方へと走って行く。「あ、シンヤ君!?」 ユキが一瞬、俺の方を見た。「⋯⋯無茶しちゃ、ダメだからね」 こうして俺たちは二手に分かれた。どの場所も真っ赤な光が点灯し、警報が激しく鳴り続ける。その度に心臓の鼓動が速くなり、嫌な予感が脳裏を過る。 45階に着き、奥を見ると、なぜか一つだけドアの開いている部屋があった。急いで行くと、そこは"4528の部屋"だった。 中に侵入するとそこには⋯⋯誰もいなかった。そんなはずがない、だってヒナは⋯⋯。 突如部屋の時計が鳴り、23時である事を示す。探してもヒナが全く見当たらない。近くの部屋からも、物音すら聞こえない。おかしい、何かがおかしい。 俺はすぐにユキに通話してみる事にした。これは何かがおかしい。「⋯⋯なんで⋯⋯なんで!!」 あいつがこんなに出ないなんて初めてだった。シンヤも出ない。どうして二人出ない!? 例え繋がらなくとも、不在着信には決してならない。「⋯⋯んだよこれ⋯⋯ユキッ! シンヤッ! ヒナッ!!」 今から1階に行く? いや、そしたらヒナは?

  • フォールン・イノベーション -2030-   26. 警報

    「おいあんちゃん! すげぇなぁさっきから! 細いのによぉ!」「うっ⋯⋯はぁ⋯⋯まだまだ⋯⋯ですよ」「頑張ってるところわるいけどよ、ずっといるあの子はあんちゃんの彼女か?」「⋯⋯ちがい⋯⋯ます⋯⋯よ!」「ほぉ~、ずっとあんちゃんの事見てるけどなぁ」 一瞬視線を向けると、確かに俺の方だけをずっと見ていた。そして周りを見ると、男全員があの子に目を向けている。そりゃこんな男臭いフィットネスジムに、あんな格好の女の子がいるなんて異様だぞ。いつもより気合い入れて、見てもらおうとしてるヤツも何人もいる。俺は続けていた懸垂を一旦やめ、みんなが見ているあの子へと近寄る。「なぁ、目立ってるぞ」「はい、知ってます」 ツインテールの女子は上目遣いで言ってくる。「こんなとこに座ってたって暇じゃないか? "あの時間"まで他のところいたっていいんだぞ」「それもいいんですけど、今はルイさんの傍にいたいと言いますか⋯⋯その」 急に頬を赤くした彼女を見て、周りがざわつく。正直この顔は反則なほど可愛い。でもそのせいで、さらに目立ってるんですけど。 と思っていると、ジムの入り口が開き、ある人物が入って来た。次はその人物へと全員の視線が移る。「おい、あの子もめちゃくちゃ可愛いぞ」「誰の知り合いなんだ?」と一段騒がしくなる。「こんなとこにいた! トイレじゃなかったの、ルイ」「気付くの早すぎだろ⋯⋯」「そりゃね。位置共有してるでしょ、私たち」 そうではあるけど早すぎる。でも、そんな怒ってなさそうな顔をしてる。どちらかというと、心配しているような表情。「それで、これは一体どういう状況?」 ツインテ女子と俺を見比べながらユキは言う。「すみません、私がルイさんに助けてって言ったんです」「"ルイさん"? ふーん」 おいおい、一瞬で怒った顔になったんだけど!? なんでこうなる!?「ちょ、ちょっと待てって。俺が説明するから、落ち着けって」 仕方なく俺は、契約や小柴の件について全てをユキに話した。後、空いた時間でトレーニングをしたかった事も。「まぁルイの事だから、そんな感じだろうとは思ったわ。ずっと考えてる顔してたんだもの」「んだよ、それもバレてんのかよ」「また勝手に首を突っ込んじゃって⋯⋯それより、昨日は動けなくなるほど疲れてたのよ? 今日はゆっくりしないとダメじゃない

  • フォールン・イノベーション -2030-   25. 契約

     俺は食いながらさっきの事が気になっていた。"すぐ僕のところに来るようになる"って、どういう意味だったんだ⋯⋯? それともう一つ。"契約が取れた"とか言っていた。あれも何のことだ? 分からないままに、ユエさんと話を続けた。今後の事や、他の国家研究員の事など。連絡を取れない人ばかりらしい。これは今はどうしようも無い。とりあえず、国会議事堂に近付く方法を考えるしかなかった。 あの輝星竜に近付くには、ズノウを幾ら使おうと、まだ届かない距離らしい。これについて、"裏部さん"という研究員が詳しいそうだ。輝星竜の対処法を何か知っているはず、とユエさんは言う。 ⋯⋯総理に近付くためのカギを握る人物。だが、やっぱり裏部さんも音信不通らしい。そのために、昨日は裏部さんと関係が深かった国家研究員たちと、ユエさんは会おうとしてたってわけだ。まぁ、その肝心な人たちは"もう人では無かった"んだけど⋯⋯。 「どんな事をしてでも探し出してやる」と、ユエさんはさっき車の方へと行ってしまい、確かな情報が一旦集まるまで待機となった。どれだけAIが発達しても、こればかりはすぐには分からない。SNSでいろいろ見ているが、これといって良い情報は見当たらない。あるのは、ヤツらの簡易的な情報やUnRuleについてがほとんどで、ヤツらの位置情報を報告してくれてる人もいる。中には、赤い発令がされているスカイツリーや都庁へ勇気を出して見に行ってる人も。 今や東京のほとんどの人がUnRuleを入れているようで、それについてよくやり取りされているが、ズノウについての情報はまだ少ししかない。たぶん後で広がっていくとは思うが、分かっている事については俺も情報発信していく事にした。中でも"ELに選ばれた100人"は、今や神のような待遇を受けている場所もあるようで、とんでもない事になっていた。それだけ今を生きる希望だと期待されている。 まぁ気持ちは分かる。いつ殺されるかなんて分からない今、俺だってその立場ならそうなるかもしれない。だが逆を言えば、この立場を悪用するヤツだってもしかしたら今後出てくるかもしれない。SNSの情報やリアルの情報には、常にアンテナを張っておかないと。 ちなみに、ここで俺が「ELの一人です」と言ったらどうなるんだろう? ここではまだELを知らない人が多そうではあるが⋯⋯。なんて考えは無い。

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