カメラのフラッシュが眩しいくらいに焚かれる。
雑誌の表紙でも飾るのだろう。「今回の悲劇について、皆様には伝えておかなければいけない事がたくさんありました。信じて貰えない事も沢山あります。しかし全て事実です。それを今ここで説明させて頂きます」
異世界について、異形の生物について、魔法について、これからについて、一時間程かけて全てを話した。
「……なので私は未来のために異世界へと渡ります。逃げるな、と言われるかもしれませんが、元の世界へと必ず戻してみせます」
「そんなもの信じられるか!!ふざけるのも大概にしろ!!」
「この世界を捨てるつもりか!」溜まった鬱憤を晴らすかのように飛んでくる罵詈雑言。するとアレンさんが僕の横に立った。
「この世界の人達はうるさいなぁ、いっその事滅んでみるかい?」手にはドス黒い魔力の塊を生み出す。それを見た者達は一斉に静かになる。「なら聞くけど、異世界ゲートが作られるって時になぜ君達は反対しなかったんだい?文明の発展に繋がるって所だけ見てたんだろう?危険があることも説明にあっただろうに。結果、今の状態になってしまってから悪者はカナタくんだけ?ボクらにとって彼は仲間なんだ。それ以上侮辱するならボクら黄金の旅団が相手になろう」
その言葉と共に旅団員は全員武器を構えだした。本気な訳ないが、彼らの威圧感は本物だ。
長年潜り抜けてきた修羅場が違う。「彼は自らの過ちを悔いている。だからこそ命のやり取りが身近となる異世界へと向かいこの世界を元の平和な世界へと戻す旅に出るんだ。信じられないなら共に来るかい?何人着いてきても構わないよ、ただ自分の身は自分で守ってもらうけど」
誰も口を開かない。
ただ静寂が広がるのみ。僕はそんな彼らを背に研究所へと戻っていく。誰も声を掛ける者はいない。見送る人は姉と紅蓮さんと茜さんのみ。もしも世界樹が見つからなければ、もう二度と会うことはない。僕は涙を堪え、ゲートへと向かう。「さあ、もういいだろ
「行ったな……」静かになった異世界ゲートの前に佇む三人。黒川紅蓮、城ヶ崎紫音、斎藤茜はずっとゲートを見つめている。「さあ俺の最後の仕事だ」紅蓮は、爆薬をゲートに仕掛け距離を取る。「お前らも全員離れろ。巻き込まれるぞ」ゲート前で呆然と立ち尽くす茜と紫音に問いかけるが反応がない。「おい!さっさと下がれ!死にてぇのか?」怒鳴られてやっと反応した二人は顔に生気がない。無理もないだろう、茜は彼方の事を弟のように可愛がり、紫音に限っては生まれたときからずっと一緒に生きてきた。もう会えないと思うと、立ち尽くす気持ちも理解できる。「あいつの事信じてるなら、さっさと下がって来い」「……すみません」二人共ゲートから距離を取り紅蓮の元に来る。「あの……紅蓮さん……」紫音が話しかけてくる。「なんだ?」「その爆弾の起爆スイッチ……私に押させてもらえませんか?」彼方との最後の繋がりはゲートのみ。だからこそ自分で押したいのだろう。そう思った紅蓮は彼女にスイッチを手渡す。「この爆弾は時限式だ。スイッチを押して5秒後に爆破する」「分かりました」紫音の手に起爆スイッチを置くと、紅蓮は少し離れた。最後のお別れくらいは、自分のタイミングがいいだろう。そう思い、紅蓮は押すタイミングは紫音に任せた。「茜さんも紅蓮さんのとこまで離れてていいですよ」「……うん、紫音ちゃん、大丈夫?押せる?」「はい……どうしても私が押したいんです……」「わかったわ、貴方のタイミングで押したらいいからね」そう言って茜も離れていく。紫音の頭の中には、彼方と過ごした日々が走馬灯のように流れている。
目を瞑り黒い深淵に飛び込んだ僕が、次に目を開けた時には見たこともない光景が広がっていた。ビル一つない風景、空に浮かぶ月は二つ。空は紫がかっており、お世辞にも綺麗な風景とは言えない。辺りを見渡しても、異様な形の木にゴツゴツした岩肌が目立つ崖。右手にはしっかりと紅蓮さんからもらったレーザーライフルが握られている。魔物がいきなり現れそうな風景に腰を抜かし、座り込んで呆然としていると、前からアレンさんが近付いて来た。アレンさんが僕の前に手を差し出し、話しかけてくる。「ようこそ!ボクらの世界、アルカディアへ!!」「ちなみにここは魔族領だからこんな風景だけど、この世界は美しい世界なのよ、誤解しないでね」レイさんから補足されたが、忘れていた。この異世界ゲートは魔族領に繋がっていたのだった。ここから新たな未来を掴む為の旅が始まる。そう意気込んで僕は呟いた。「初めまして異世界アルカディア、そして待っていろ世界樹。必ず見つけてだしてやる」――――――草原が広がる大地の上で、魔物を狩る者達がいた。「アカリ!一体そっちにいった!」「任せて!カナタも無理しないで!」息のあった動き。男は片手に銃のような物を持ち魔物を牽制する。もう片方の手には30cmほどの小剣。女は刀を片手に忙しく動き回っている。周囲には、狼を2倍ほどの大きさにしたような魔物が複数体。既に彼らの足元には、息一つしない魔物の死体が複数体転がっている。「喰らえ!!」男は銃口を魔物に向け引き金を引く。赤色の光線が射出され魔物の胴体に風穴を開ける。しかし、その隙を狙ったかのように違う魔物が駆け寄り大きな口を開け襲いかかってくる。が、アカリと呼ばれた女性が腕を振るったと同時に魔物の胴体は真っ二つに切り裂かれた。「ごめん!油断した!」「カナタ、雑魚でも群れたら危ないんだから気をつけて」黒髪で小
ここは異世界アルカディア僕、城ヶ崎彼方はこの世界の人間ではない。一年前、異世界ゲートを創りこの世界へとやってきた。元の世界は、ゲートの事故により大量の死者を出し僕は大罪人となってしまった。友人だった春斗も世話になった五木さんも、黄金の旅団の人達も、たくさん亡くなった。僕のせいで。だから、願いが叶うと言われている世界樹を求めてこの世界へと来たんだ。ただ、闇雲に探しても見つからない。僕はアレンさんの勧めで冒険者ギルドに登録し、最低等級の冒険者としてこの世界で第一歩を踏み出した。今は、ただ強くなるために依頼をこなす毎日。この世界に来たばかりの僕では、世界樹を見つけても辿り着くことすら難しいとのことだった。自分の身は自分で守る、それがこの世界アルカディアでの常識。紅蓮さんから貰ったこのレーザーライフルと、小剣を手に生きていく。アカリは常に僕に寄り添ってくれる。今ではかけがえのない存在だ。今日もまた一日を無事に生き永らえた。この世界では死がすぐ近くに潜んでいる。依頼に失敗して死亡、魔族の侵攻、暗殺。僕は絶対に死ねない。生きて生きて生き抜いてやる。いつか必ず、元の世界に戻すために。――――――「ここが……異世界……」辺りを見渡すと、見たこともない木に紫色の花がそこら中に咲いている。空は曇天というに相応しい灰色。想像していた異世界は、もっと優雅で美しいイメージだったが、ここはもはや魔界といってもいいほどだ。ゲートから飛び出てきた勢いと風景の衝撃に尻餅をつく。アレンさんがそんな呆然とする僕に近づきにこやかな顔で手を差し出す。「ようこそ!異世界アルカディアへ!!」「あの……これが異世界……ですか?」「ああ、忘れてないかい?ゲートが繋
「団長、カナタくんにもっと分かりやすく説明してあげたらどうですか?」 僕が首を傾げているとレイさんが団長に補足説明するように言ってくれた。「それもそうだね。この世界には冒険者の階級というものがあるんだ」 そこで知ったのは、冒険者にはC級、B級、A級、S級、SS級、英雄級、神話級と7つの階級がある。 A級でベテランの冒険者と言われるレベルで、英雄級までくると国に数人という程度の少なさになるらしい。 神話級は世界にただ1人。 アレンさんはもちろん世界3位の強さと呼ばれるだけあって、英雄級だ。 「英雄級までいくとね、任意のタイミングで陛下と謁見する事が許されるんだよ」だから皇帝陛下に世界樹の事を聞く、という事が簡単に言えたらしい。「ちなみに言うとね、二つ名はS級以上じゃないと付かないんだよ」 「てことは、この旅団ってかなりの上級冒険者ばっかりってことですよね」 「まあそうなるね。レイとアカリはSS級だし、他の団員も全員S級だよ」アカリの強さに驚き、そちらに顔を向けると心なしかドヤ顔を見せつけてきた。「あ、でも漣さんはどのレベルに位置するんですか?」 「カナタ、こっちの世界では元の名前を使うつもりだ。だから今後はレオンハルトと呼んでくれ」 「分かりました、レオンハルトさん」一ノ瀬漣はあくまで向こうの世界でしか使うつもりがなかったらしく、この世界では剣聖として名を馳せている以上、レオンハルトと呼ばなければならないらしい。「それで私の事だが、剣聖と呼ばれる者は階級が存在しない。別枠として扱われる」 「じゃあ強さの指標はないってことですか?」 「そうなるな。ただ前も言った通り私ではアレンに勝てない。しかし魔神には唯一勝てる存在だ。だからこそ階級がないという扱いになる」剣聖は唯一魔神を消滅させる聖剣を使うことができる。 しかし必ずしも戦闘能力が他を圧倒するかと言われればそうでもないらしい。 本人曰く、SS級よりは強いが英雄級には勝てるかどうか、といった曖昧な感じだそうだ。
「だいぶ歩いたから見えてきたよ。僕らの国が」アレンさんに言われ、前方をよく見ると緑の風景が見えてきた。「しかし、魔神もこの世界に逃げてきたからまた討伐隊を組み直すことになるだろうな」魔神と四天王の一人、ゾラもこっちの世界に逃げてきたはず。魔族領では会わなかったのも、恐らく軍を再編するために僕らには手を出さず準備に取り掛かっているのだろう。暫くアルカディアの話を聞いて歩いていると、次第に風景は魔界ではなくのどかで優しさのある風が吹き抜ける草原へと出た。「ここからは適当に野宿をして、明日には一番近い街につくかな」「そこで、馬車を借りて一気に帝都まで行きましょう」アレンさんとレイさんはどこで野宿をするか、馬車を借りる為のお金は、などと話し合っている。「そういえば……こっちの世界では何年経っているんでしょうか?」僕が何気なしに聞いたその言葉で全員が固まる。「た、確かに……時の流れが違うのであれば面倒だな……」「街につけば分かることです。とりあえず今は野宿の場所を決めましょう」みんな忘れていたようだが、もしも時の流れが違うとなった場合、アレンさん達は死んだことになっている可能性もある。そんな中、いきなり街に現れたら騒ぎになるのではないか。「なんとかなるわよ、多分」フェリスさんは楽観視しているが、本当に大丈夫なのだろうか。「私達がつけているこのバッチ。黄金の旅団を示す物なんだけどね、これは討伐隊が作られた時に私達が主導で動きます。って陛下や上の立場の人たちにこのバッチを見せているわ。だからこのバッチでどこの誰かは判断できると思う」「そうなんですね」金色の剣が2本、✕印のように交差し、真ん中に3枚のコインが描かれたバッチ。それを見れば黄金の旅団だと誰もが分かるほど有名だという。「あ、それとボクらの拠点は宿り木って名前だからね、わかりやすくていいだろ?」なんと、地球での拠点と同じ名前
見上げるほど大きな門扉が開く。衛兵の上司だろうか?誰か奥から走って駆け寄ってくる。必死の形相をしていて少し怖いが、アレンさん達は普通の顔をしている。場慣れしているのだろうか?「まさかっっ!!アレン様!!生きておられたのですか!いえ、今まで一体何処に!?それより人数が少なく見えますが……」「あはは、やっぱりそういう反応なんだね。とにかくこの街の領主に会わせてもらえるかな?」「もちろんです!こちらへどうぞ!!」矢継ぎ早に繰り出される質問もアレンさんはその場で答えずのらりくらりと交わす。 やはり数年は経っていそうな反応だ。街に入るとあちこちから驚愕の視線が降り注ぐ。僕はフードを被り出来るだけ目立たないように隠れながら歩くことにした。「こちらで領主がお待ちになっております。どうぞお入りください」領主の館というのか、明らかにまわりの建物とは違う豪華なお屋敷に入り、領主が待つという大部屋の前に僕らは立っている。「き、緊張してきましたよアレンさん……」「ここの領主は凄く気さくな人だから心配しなくていいよ」そう言ってくれるが、領主なんて偉い人と会うなんて緊張しない訳がない。封建制度がこの世界では普通であり、僕らの世界と大きく違う。ここの領主は伯爵だそうだが、伯爵なんて上から3番目に偉い人じゃなかったか?公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……の順番だったはず。扉が開くと、部屋の真ん中に突っ立っている男性。イケてるおじさんって風貌だが、顔はとても笑顔だ。「アレン様、ご無沙汰しておりました。またお会い出来るとは……光栄でございます」「色々あってね。それより久しぶりだねロアン伯爵」「最後にお会いしたのは8年前……ご存命だとは思っておりませんでした……」ロアン伯爵の目尻
僕との会話が終わるとロアン伯爵はすぐにアレンさんへと振り向き、話の続きをしはじめた。「それで……アレン様は8年前魔神討伐に出て行方不明となっていたのに、なぜ今になって戻ってこられたのですか?」「あー実はあの魔神討伐の旅で、魔神まで辿り着いたんだ。ただその時にしくじってね……」アレンさんは今までの事を話しだした。ロアン伯爵は頷きを交えつつ、時折驚きながらも聞き入っていた。「……なるほど。そんなことがあったとは……。黄金の旅団が来られたと聞いたとき、部下から人数が少ないと言われましたので何かあったのだろうとは思っていましたが……」「まあ、団員は減ってしまったね。でもボクらは常に死と隣り合わせなんだ。仲間が死んでいく事は日常だよ」「ご冥福をお祈りいたします……それで、いつまでここに滞在されますか?部屋は用意させて頂きますので」「いやここには一日だけ滞在する予定なんだ。ただ馬車を借りたい。一日でも早く帝都に行かないと行けないしね」「そういうことであれば、最高の馬車をご用意させて頂きます」ロアン伯爵の屋敷の数部屋をお借りする事となり、僕はアカリと同じ部屋を与えられた。何もかもが日本とは違い、終始落ち着かなかったがやっと落ち着ける時間となった。「カナタ、どう?この世界は」「悪くないよ。ただやっぱり日本の便利さを経験してるから、色々と不便に思うことが多いな」「カナタの世界は魔法がない代わりに科学が発展しすぎ」ファンタジーな世界に最初はワクワクしたが、実際に住むとなると不便さが気になってくる。例えば、トイレは自動洗浄なんてものはないし電車も車もない。連絡手段は伝書鳩か魔法での念話のみ。文明レベルは中世といったところか。しかし、僕のいた世界にはない、魔法が発展している。コンロとか暖房器具は火魔法を主体とした魔法具と呼ばれる道具があ
「そんなことより、その赤眼を何とかした方がいい。伯爵に眼帯でも用意させるから待ってて」「伯爵にそんなこと頼んでもいいのか?」「いいよ、あの伯爵はかなり変わってる人だから」変わってる?別に普通に気さくなおじさん、って雰囲気だったが。「ここ、城塞都市ハビリスは一番魔族領に近い。だからカナタのその赤眼についても何も言ってこなかった。色んな人が出入りする都市だから」本来なら僕の赤眼は何処に行っても奇異な目で見られるし、レーザーライフルも珍しく、目につくらしいがロアン伯爵は様々な人と触れ合う機会が多く、僕にも何も言ってこなかったそうだ。慣れてしまっているのだろう、風変わりな者たちを見るのが。 ロアン伯爵に用意してもらった黒い眼帯を着ける。鏡の前で自分を見ると、似合わなすぎて笑ってしまった。「カッコよくなった」アカリに褒められると少し照れる。今まで眼帯なんて着けたことなかったから違和感しかない。見ようによってはかの有名な武将に見えなくもない。 少しすると、ドアがノックされた。「カナタくん、いるかい?」アレンさんが来たようだ。返事をすると、部屋に入ってくる。「いいね、眼帯よく似合ってるよ」「ありがとうございます。でも距離感が掴みにくいですね」「まあ慣れるまでは仕方ない。それで、馬車の準備は出来たから明日には出発するよ。それまではゆっくりしていて」それだけ伝えるとまた部屋を出て行った。「アカリは外に出なくていいのか?」「うん。カナタと一緒にいる」久しぶりにこの世界を見て回れるというのに、部屋にいるらしい。アカリは元の世界に居たときより、よく喋るようになった。理由を聞くと恥ずかしそうに答えてくれた。どうやら自分の世界に僕がいることが、嬉しいらしい。この世界の事は私が教える、と胸を張ってドヤ顔を見せる。可愛いやつだ。年相応な振る舞いをしてくれると僕も嬉しく
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。
一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ
世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚
別世界というワードが気になったのか神族達は顔を見合わせポソポソと何やら言葉を交わしている。まずは第一段階クリアだ。ここで興味すら持って貰えなければ交渉は意味を成さなかっただろう。「別世界……だと?」「そう、別世界。この世界とは別の世界から来た人間がいるんだけど、話を聞いてみたくないかい?」僕らに襲い掛かってきた神族達のリーダーと思わしき男性が槍の矛先を下ろし訝しげにアレンさんを見る。口からでまかせを言っているだけではないか、そんな風に思っているであろう表情でジッと見つめている。「全員武器を下ろせ」「よろしいのですか?奴らはこの神域に無断で立ち入った不届き者。ここで成敗しておいた方がよいのでは?」「構わん。私がいいと言っているのだ。さっさと武器を下ろせ」リーダーの発言力はかなり強いらしく、他の神族も渋々ながら従っていた。リーダーが地面に降り立つと白い翼は器用に折り畳まれた。本当にイメージ通りの天使の姿だ。「貴様……私を謀っているのではないだろうな?」「そんな事はしないさ。神族にそんな事をするなんて罰当たりにも程があるしね」「そういう割にはいきなり魔法をぶっ放してきたが?」「まあまあまあ。それで、別世界の話なんだけど……」アレンさん露骨に話を逸らしたな。神族は敬われる種族らしいがアレンさんからすればただ別の種族ってだけの認識のようだ。「それよりもまずお前達は何者だ」「おっと、自己紹介が遅れていたね。ボクはアレン、そっちの爺さんがクロウリーさ」「聞いたことがある。人間の中では特筆して秀でた力を持つ者だと」「そうそうそう。話が早いねぇ。それから仲間のフェリス、アカリ、カナタだ」「そっちは知らん」まあ当然である。僕らの事まで知っていたら情報通にも程があるし。「ワタクシはエリュシオン帝国第一皇女ソフィア・エリュシオンと申します。お見知り
天使さんを置いて神域へと入った僕らが最初に目にしたのは、遠くからでも分かる巨大な樹だった。きのこ雲のように傘が広がり、大きさはちょっとした街くらいはあるのではないだろうか。「あれが世界樹じゃ。あの麓まで行かねばならん」「ここからでも見えるくらい大きいですが、距離は相当ありそうですね」馬車もない、全て徒歩で移動となれば一か月はゆうに掛かるのではないだろうかと思える距離だ。大きいから近く見えるが恐らく相当な距離があるだろう。「思っている以上に大きいのね」「凄い……まさか死ぬまでに世界樹を見られるなんて」フェリスさんは驚きより感動が勝っているようだ。というよりこんな悠長にしていて大丈夫なのだろうか。他の神族が襲い掛かってきたりとかしないのかな。「そろそろじゃな……アレン」「まあそうだろうねぇ。フェリスは右、アカリは左ね。ソフィアはカナタの傍から絶対離れちゃだめだよ」急にアレンさんが真面目な顔で指示を出し始めた。やっぱり来るのか神族。僕もライフルを構えているがあんな天使さんみたいに猛スピードで突進してきたら当たらないだろうな。「来たわね」ソフィアさんが眺める方向を見ると数人の神族が槍片手にこちらへと飛んできていた。明らかにこちらの数より優っている。本当に大丈夫なのか心配になる数だった。「まずは平和に行こう。あー神族のみなさん、ボク達は――」「侵入者に死を!!」無理だわこれ。滅茶苦茶神族が切れてらっしゃるようだ。アレンさんの言葉なんて被せられていたし。「仕方あるまい、アレンやってしまえ」「うーん、ボクだけ悪者になってしまうけど……まあいいか。ブラストファイア」業火に包まれた神族はみんなバリアを張っているようで、白い球体で守られていた。つまり大したダメージにはなっていない。「手加減しす
「さて、ついたぞい」クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。「ここからは強引にいくぞ!」クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」
長旅も九日が経つと流石に慣れてきた。今更ながら思ったが、女性連中の風呂はどうしているのだろう。アレンさんやクロウリーさん、そして僕らは男だからまあ我慢すればいい。といっても毎日寝る前に濡れた布で身体くらいは拭いているが、女性はそれだけで満足はできないはずだ。「アカリ、風呂ってどうしてんの?」「?お風呂なんてどこにもないけど」「いや、それは分かってるけど。もしかして僕らと同じで濡れた布で身体を拭くだけ?」「そうだけど」驚いた。こっちの世界の女性は案外その辺り気にしないらしい。清潔感という面だけ見ればやはり日本の圧勝のようだ。「身体を拭いただけでさっぱりできる?」「うん」冒険者だからだろうか。しかしソフィアさんはそういうわけにはいかないだろう。そこで僕は彼女に聞いてみる事にした。「ソフィアさん、この旅の間はお風呂に入れていないと思いますけど大丈夫ですか?」「何の事かしら?それは当然でしょう。ああ、もしかして気にしないのかという事?」「そうです。皇女様なのにその辺り大丈夫なのかなと思いまして」「気にしないわね。どうせ外にいれば汚れるのだからいちいちお風呂で身体を清めても意味がないわ」まあそれはそうかもしれないが皇女様であろうお方がそれでいいのかと思ってしまう。姫様って綺麗好きなイメージがあったのに。「流石に臭いには気を付けているわよ、ほら」ソフィアさんが手を広げバタバタすると、ふんわりと花の香りが漂ってきた。香水かな、なんとも心が洗われる匂いだ。「香水は乙女の嗜みね。これがあるから多少身体が汚れていてもきにならないのよ。貴方の世界では違ったのかしら?」「そうですね……人によると思いますが、一日に二度お風呂に入らないと気が済まない女性もいましたよ」僕の姉である。綺麗好きがいきすぎて毎日朝と夜にお風呂に入っていた。僕がその話をするとソフィアさんは顔を顰める。