「そんなことより、その赤眼を何とかした方がいい。伯爵に眼帯でも用意させるから待ってて」
「伯爵にそんなこと頼んでもいいのか?」「いいよ、あの伯爵はかなり変わってる人だから」変わってる?別に普通に気さくなおじさん、って雰囲気だったが。「ここ、城塞都市ハビリスは一番魔族領に近い。だからカナタのその赤眼についても何も言ってこなかった。色んな人が出入りする都市だから」
本来なら僕の赤眼は何処に行っても奇異な目で見られるし、レーザーライフルも珍しく、目につくらしいがロアン伯爵は様々な人と触れ合う機会が多く、僕にも何も言ってこなかったそうだ。
慣れてしまっているのだろう、風変わりな者たちを見るのが。ロアン伯爵に用意してもらった黒い眼帯を着ける。鏡の前で自分を見ると、似合わなすぎて笑ってしまった。「カッコよくなった」
アカリに褒められると少し照れる。今まで眼帯なんて着けたことなかったから違和感しかない。見ようによってはかの有名な武将に見えなくもない。少しすると、ドアがノックされた。「カナタくん、いるかい?」アレンさんが来たようだ。返事をすると、部屋に入ってくる。「いいね、眼帯よく似合ってるよ」
「ありがとうございます。でも距離感が掴みにくいですね」「まあ慣れるまでは仕方ない。それで、馬車の準備は出来たから明日には出発するよ。それまではゆっくりしていて」それだけ伝えるとまた部屋を出て行った。
「アカリは外に出なくていいのか?」
「うん。カナタと一緒にいる」久しぶりにこの世界を見て回れるというのに、部屋にいるらしい。
アカリは元の世界に居たときより、よく喋るようになった。理由を聞くと恥ずかしそうに答えてくれた。どうやら自分の世界に僕がいることが、嬉しいらしい。この世界の事は私が教える、と胸を張ってドヤ顔を見せる。可愛いやつだ。年相応な振る舞いをしてくれると僕も嬉しく「それにしてもこんな物まで貰ってよかったんだろうか」実はレーザーライフルを隠す為に、亜空間袋と呼ばれる物を入れておく袋を貰ったのだが、それがなかなかに凄い。中は亜空間魔法により拡張されているようで、一人暮らしのワンルーム程度の容量がある。物を取り出すときも、それを思い浮かべながら手を突っ込むと取り出せる。科学では説明がつかない、流石魔法具といったところか。「いいと思う。それ亜空間袋の中で一番小さい容量だし安い」これで一番小さいだと?「一番大きい容量の物だと、山すら入るから」「異世界アルカディア……凄まじいな……」アカリと何気ない会話をしつつ、夜はふけていった。――――――朝起きて朝食をすませた後外に出た。僕の目の前には、巨大な馬車が用意されている。バスほどの大きさがあるだろうか?10人乗っても余裕があるというでかさ。伯爵が用意してくれた馬車は、小さいバスくらいはある大きなもの。馬も見たことがないほどの大きさだ。少しファンタジックな馬だな、角は生えてるし眼つきがそれはもう恐ろしい。「さあ、みんな乗り込んで」アレンさんに促され団員達はゾロゾロと馬車に乗り込んでいく。僕は呆けて馬車を眺めていると後ろから声が掛けられた。「カナタくんだったかな?」振り返るとロアン伯爵が立っていた。「はい、どうしましたか?」「いやなに、君の境遇はアレン様から聞かせて貰ったよ。この世界を代表してお礼を言わせてほしい。無事に連れ帰ってくれてありがとう」ロアン伯爵は90度のお辞儀をし僕に礼をしてきた。「いえ頭を上げてください!全員で帰ってこられればよかったのですが、半分以上も僕の為に亡くなってしまって……」「君が責任を感じることはない。彼らは皆冒険者。守りたい者を守りきって命を落とすのは誇れる事なんだ」
馬車に乗り、窓の外を流れていく景色は街の風景から次第に草原へと変わる。街の外に出ると、途端にど田舎の風景になるのは、この世界ならではだろう。窓の外を見ていると、アレンさんから話しかけられた。「さっきロアン伯爵と何か話していたようだけど、何かあったのかい?」「この眼帯が御礼の品だと言われました。それと魔導具だとも」「あ!そうだった!!ロアン伯爵から伝えられていたんだった、ごめんごめん」アレンさんは苦笑いしながら、眼帯の説明をしてくれた。この眼帯に魔力を流すと自分の目のように視界を得ることが出来る代物だそうだ。もちろんそんな魔導具は珍しい物で、この世界では金貨100枚はするらしい。そういえば、昨日アカリに教えてもらっていた。銅貨1枚が1000円、銀貨1枚が1万円、金貨1枚が10万円、白金貨1枚が100万円と同等の価値があると言っていたな。なら、この眼帯は1000万円の物なのか。お、恐ろしい……僕の目に着いている装着物が1000万円……歩く宝石じゃないか……それともう1つ貰った物。亜空間袋だ。これも最低容量とは聞いたが、そもそも亜空間袋自体金貨数枚はする代物だそうだ。そんなものをポンっとくれる伯爵の懐の広さに感謝しかない。暫く流れていく風景を見ていると、遠くの方に人工物が見えてきた。「あ、カナタくん!もうすぐ着くよ!」「あれが……この国の中心部……」近づくにつれて、城塞都市ハビリスの数倍はあると思われる巨大な壁が見えてくる。帝都エリュシオン。エリュシオン帝国の心臓部。立派な城壁に囲まれた敷地面積はおよそ東京二つ分の大きさらしい。人口2000万人がひしめく箱庭だ。門を抜け中央の皇帝陛下のいる城へ向かっている
馬車を降りると、辺りは豪華で綺麗な雰囲気になっている。 噴水や光り輝くオブジェが高級感を感じさせる。 衛兵がそこかしこに待機しており、メイドや執事もチラホラと見える。 初めての光景にキョロキョロと視線を泳がせていると、一人の執事の恰好をした男が近づいてきた。 既にハビリス伯爵から伝書鳩が飛んでいたのだろう。 驚愕することなくアレンさんへと話しかけてきた。「お久しぶりでございます、アレン様」 「あ!久しぶりだなぁ元気にしてたかい?ガラン爺」 「それはこちらの台詞で御座いますよ。貴方がたが消えてから8年も経っていますから」 優しそうな微笑みを浮かべる執事はガラン爺と呼ばれているらしい。 肉弾戦なら無類の強さを誇る為、武器を持ち込むことが出来ない謁見の間での護衛を兼ねているそうだ。「では皆様、積もる話もありますでしょうが、こちらに武器を預けて頂き私に着いてきて下さい」 各々、武器を預かり棚に置きガラン爺に着いていく。 豪華絢爛という言葉が似合いそうな装飾が施されたどでかい扉の前で僕ら一同は立ち止まる。「ここから先は謁見の間でございます。アレン様は何度も足を運んで頂いておりますが他の方は初めてが多いでしょう。皇帝陛下は気さくなお方です。あまり固くならないように」僕もそんな国のトップなんて会ったこともなく、緊張で顔が強張っているのだろうか。 そんなことより謁見のマナーなんて簡単にしか教えて貰っていないのだが大丈夫なのか……ゆっくりと扉が開く。 全員同時に足を踏み入れる。 アレンさんだけは慣れているのか、1人スタスタと笑顔で入っていく。 レイさんからすれば冷や汗ものだろう。皇帝陛下から一定の距離で全員立ち止まる。 「余が」 「オルランドー!久しぶりだなぁ!あれ、老けた?」 あろうことかアレンさんは皇帝陛下の言葉を遮り手を挙げ声をかけた。周りがザワつく、かと思えば皆笑顔だ。 不思議に思
声が震えていたのがおかしかったのかアレンさんは横で笑っている。「フフッ、そんなに畏まらなくても良い。余は皇帝であるが1人の人間でもある。アレンは余の友人であり恩人でもある。そんな彼を救ってくれた君には感謝しかない」 「あ、ありがとうございます」 「それで君のその眼帯はもしかして隠す為の物かな?」 「えっと……」皇帝の勘は鋭いようだ。 すぐに僕の赤眼に気づいたらしい。 禁忌を侵した者は国に置いてはおけない、なんて言われるのだろうか。「ふっ、そこまで気張らなくていい。おおよその事は想像できている。彼らの為に禁忌を侵したのだろう?」 「その、僕の無知が招いた結果です……」 「彼らに変わって余からも礼をさせてほしい」 「もうアレンさんからもお礼はしていただきました!なので大丈夫です!!」 「余からの礼を断ることも無礼に当たるのだよ。何も言わず受け取るといい」 「ありがとうございます……」 受け取った袋はかなりの重さがある。 恐らく金貨がたくさん入っているのだろう。「それとカナタ、この国にいる間君は何処に滞在するか決めているのか?」 「いえ、まだ何も……」 「あーそれは心配しなくていいよ、ボクらの宿り木に来たらいいからね」 「ふむ……それなら安心か。この世界の常識を知らずに彷徨くのは流石に危険だからな」 「ああ、その当たりも説明しておくよオルランド」皇帝はわざわざ僕の為に滞在場所を提供するつもりだったそうだが、気が知れた仲間と共にいるほうが気楽だろうとのことで 僕らは城を後にし、宿り木へと向かった。「カナタ、これからはカナタって呼ばせてもらうよ、いちいち君付けするのも面倒だしね」 「構いませんよ、そっちのほうが戦闘時だと素早く指示を受けられますし」 アレンさんから呼び捨てにされると、黄金の旅団員として認められた気がして嬉しかった。宿り木の一室を与えられ荷物を置き僕は食堂へと向かう。
「おい!アレン!!お前らが帰ってきたお祝いも兼ねて皆で騒ごうぜ?」いきなり大きな声が聞こえたせいで皆の視線はそちらに向く。大柄で背丈を超える巨大な剣を担いだその男は、ズンズンとこちらに向かって歩いてきた。見たことがない顔だがアレンさん達の知り合いだろうか?「久しぶりだね、セル。それに僕がいない間宿り木の管理をしてくれてありがとう」「おう!!お前がいなくなってからは俺が一時的にここの管理者やってたからな!!!」黄金の旅団の精鋭が魔神討伐の旅に出た後は、ここ宿り木のトップを任せていた方らしい。「見たことねぇ顔だが、あんた誰だ?」そんなセルと呼ばれた男が僕のほうを見下ろしてくる。威圧感が半端じゃないが、今まで魔物を見てきた僕はここで気おくれはしない。「初めまして、城ケ崎彼方です」「彼のことはご飯を食べながら話すよ、とにかく座って」「おお、俺も腹が減ってたしな」アレンさんにそう促され、自己紹介もそこそこにみな席に着いた。「じゃあ気を取り直して」カンパーイ!!各々近くにいた人とカップを打ち付ける音が聞こえてくる。僕も手が届く範囲で乾杯し、果実酒を口に運ぶ。日本で飲んだことがある果実酒より、果物の風味が強く口触りはとても良い。「それで8年も何処にいたんだアレン」セルと呼ばれた男は気になって仕方がないのだろう。食べるのもそこそこにアレンさんへと話しかける。 「魔神討伐の旅に出た後――」アレンさんは今まであった事を細かく話していた。聞いているセルさんは黙って頷き、時には怒り、悲しんだりして表情豊かだった。「なるほどな&h
宴会も終わりに近づくと酔い潰れたのか何人かがグッタリと机に突っ伏していた。「貴方がカナタさんですね?私はリリー・アイズと申します」見慣れない人が近付いてくると挨拶をしてきた。白い髪で目つきは鋭くレイさんを彷彿とさせる女性だった。「えっと……初めましてカナタです」「私はあそこで酔い潰れているバカと同じクラン、"破滅の灯火"の副団長をしています」リリーさんはセルさんを指差しそう言う。副団長って肩書きがつく人はみんなクールな女性なのだろうか。リリーさんも知的な雰囲気が漂っていて、とても美しい女性だ。「改めて感謝を。アレン団長は人類にとって失うわけにいかない人材でした。この世界では王と名のつく二つ名を持つ冒険者はたったの三人しかいません。殲滅王アレン、不敗の王テスタロッサ、魔導王クロウリー。魔神の軍勢に対抗できるのは彼らの力あってこそ。だから改めてお礼を申し上げます」「何度も言いますが僕だけの力ではありません。日本でも協力者がいたからこそ異世界ゲートは完成させる事ができました」「そうでしたか……ではその方々にも感謝申し上げます」リリーさんは何度も頭を下げていた。そこまで畏まられても対応に困ってしまう。そんな僕の様子を見てたのかアカリがスッと寄ってきた。「リリー、カナタは疲れてるからもう休ませてもいい?」「ああ、すみませんでした。お時間を取らせてしまって」どうやらアカリはそろそろ部屋に戻ってもいいと気遣ってくれたようだ。「いえいえ。またこの世界ではお世話になることもあると思いますのでその際はよろしくお願いします」「もちろんです。我々"破滅の灯火"は貴方の力になると誓いましょう」リリーさんとの会話を終えるとアカ
朝は小鳥のさえずりで目を覚ました。 とても気持ちのいい寝起きに僕は伸びをする。 久しぶりにゆっくりと眠れた気がするな。一階に降りると既に何人かの旅団員が席について朝食を摂っていた。「おはようカナタ」 「おはようございますアレンさん」 僕はその中でアレンさんを見つけると彼と同じテーブルについた。ここ宿り木では食事処も完備されていて毎日朝昼晩と望めばタダで食事ができるよう料理人を雇っているそうだ。僕が席に着くとウェイターの一人が僕の所に朝食を持ってくる。 美味しそうな匂いにお腹が鳴った。「今日は忙しいからね。よく食べて体力をつけておいた方が良い」 「はい、そうします」 朝食はパンと目玉焼きにスープがついている。 とても食欲をそそる匂いだ。僕はパンを一口頬張ると、あまりの美味しさに二口三口と立て続けにパンに齧りついてしまった。「ハハッどうだい?ここの食事はなかなかのものだろう?」 「はい!美味しすぎます!」 日本の食事も当然美味しいが異世界の食事も捨てたもんじゃない。 いや、これならもしかするとこっちの世界の食事の方が美味しい説が出てきたぞ。僕が朝食を採っているとフェリスさんも起きたようで二階から降りてきた。「おはよー……」 「相変わらず寝起きが悪いねフェリス」 初めて見たフェリスさんの姿に僕も驚いた。 いつもは綺麗な格好で髪も整え服もしっかり着こなしていたが、今はパジャマなのかダルっとした着こなしになっていた。「あー……フェリス、カナタ君もいるよ?」 「え?」 アレンさんが僕の名前を口にするとフェリスさんは固まった。 しばらくして顔が赤くなり走って二階へと戻って行った。 人様に見せるような恰好ではないと恥ずかしくなったのだろうか。「いやぁカナタも罪な男だ」 「え?」 「ああ、いや気にしないで。こっちの話さ」 何の話だろうか。 まあ気にしないでというのなら気にしないけど。
ダンジョンの攻略は冒険者の仕事だ。稀に出てくる宝石や価値の高い魔導具などが彼らの生活を支えている。当然収穫のない日もあるそうで、そんな日はツいていなかったとヤケ酒を煽るそうだ。「セル達がお金を稼いでくれる間にボクらはある人の所に行こうか」「ある人というのは?」「着いてからのお楽しみさ」アレンさんはそう言って不敵に笑う。誰かを紹介してくれるみたいだが一体どんな人なのだろうか。僕とアカリはアレンさんに連れられ宿り木から出ようとすると、レオンハルトさんがガチガチに装備を固め立っていた。「お待たせレオンハルト。さて、行こうか」「ふぅ……気が重いが、仕方ない」レオンハルトさんは陰鬱な表情で嫌そうに顔を背けた。これから会う人というのは誰なんだ。剣聖がそこまで装備を固め、嫌がる人物とは一体……。「カナタは心配しなくていい」「いや、そうは言われてもな……」剣聖の顔が強張っているんだぞ。会うなり剣をぶん回すような人だったらどうしようか。街を練り歩く事十分。ある大きな屋敷の前に到着するとアレンさんが門番に向かって手を挙げた。「やあ、彼女はいるかな?」「え?アレン様?は、はいおりますが……」「じゃあ入れて貰えるかな?」「も、もちろんです!……それよりもアレン様は死んだと噂が」「ああ、噂は所詮噂ってやつさ」門番は驚いた顔でアレンさんをまじまじと見つめていた。それを当人は適当に躱し、敷地内へと入った。僕な
ダンジョンの攻略は冒険者の仕事だ。稀に出てくる宝石や価値の高い魔導具などが彼らの生活を支えている。当然収穫のない日もあるそうで、そんな日はツいていなかったとヤケ酒を煽るそうだ。「セル達がお金を稼いでくれる間にボクらはある人の所に行こうか」「ある人というのは?」「着いてからのお楽しみさ」アレンさんはそう言って不敵に笑う。誰かを紹介してくれるみたいだが一体どんな人なのだろうか。僕とアカリはアレンさんに連れられ宿り木から出ようとすると、レオンハルトさんがガチガチに装備を固め立っていた。「お待たせレオンハルト。さて、行こうか」「ふぅ……気が重いが、仕方ない」レオンハルトさんは陰鬱な表情で嫌そうに顔を背けた。これから会う人というのは誰なんだ。剣聖がそこまで装備を固め、嫌がる人物とは一体……。「カナタは心配しなくていい」「いや、そうは言われてもな……」剣聖の顔が強張っているんだぞ。会うなり剣をぶん回すような人だったらどうしようか。街を練り歩く事十分。ある大きな屋敷の前に到着するとアレンさんが門番に向かって手を挙げた。「やあ、彼女はいるかな?」「え?アレン様?は、はいおりますが……」「じゃあ入れて貰えるかな?」「も、もちろんです!……それよりもアレン様は死んだと噂が」「ああ、噂は所詮噂ってやつさ」門番は驚いた顔でアレンさんをまじまじと見つめていた。それを当人は適当に躱し、敷地内へと入った。僕な
朝は小鳥のさえずりで目を覚ました。 とても気持ちのいい寝起きに僕は伸びをする。 久しぶりにゆっくりと眠れた気がするな。一階に降りると既に何人かの旅団員が席について朝食を摂っていた。「おはようカナタ」 「おはようございますアレンさん」 僕はその中でアレンさんを見つけると彼と同じテーブルについた。ここ宿り木では食事処も完備されていて毎日朝昼晩と望めばタダで食事ができるよう料理人を雇っているそうだ。僕が席に着くとウェイターの一人が僕の所に朝食を持ってくる。 美味しそうな匂いにお腹が鳴った。「今日は忙しいからね。よく食べて体力をつけておいた方が良い」 「はい、そうします」 朝食はパンと目玉焼きにスープがついている。 とても食欲をそそる匂いだ。僕はパンを一口頬張ると、あまりの美味しさに二口三口と立て続けにパンに齧りついてしまった。「ハハッどうだい?ここの食事はなかなかのものだろう?」 「はい!美味しすぎます!」 日本の食事も当然美味しいが異世界の食事も捨てたもんじゃない。 いや、これならもしかするとこっちの世界の食事の方が美味しい説が出てきたぞ。僕が朝食を採っているとフェリスさんも起きたようで二階から降りてきた。「おはよー……」 「相変わらず寝起きが悪いねフェリス」 初めて見たフェリスさんの姿に僕も驚いた。 いつもは綺麗な格好で髪も整え服もしっかり着こなしていたが、今はパジャマなのかダルっとした着こなしになっていた。「あー……フェリス、カナタ君もいるよ?」 「え?」 アレンさんが僕の名前を口にするとフェリスさんは固まった。 しばらくして顔が赤くなり走って二階へと戻って行った。 人様に見せるような恰好ではないと恥ずかしくなったのだろうか。「いやぁカナタも罪な男だ」 「え?」 「ああ、いや気にしないで。こっちの話さ」 何の話だろうか。 まあ気にしないでというのなら気にしないけど。
宴会も終わりに近づくと酔い潰れたのか何人かがグッタリと机に突っ伏していた。「貴方がカナタさんですね?私はリリー・アイズと申します」見慣れない人が近付いてくると挨拶をしてきた。白い髪で目つきは鋭くレイさんを彷彿とさせる女性だった。「えっと……初めましてカナタです」「私はあそこで酔い潰れているバカと同じクラン、"破滅の灯火"の副団長をしています」リリーさんはセルさんを指差しそう言う。副団長って肩書きがつく人はみんなクールな女性なのだろうか。リリーさんも知的な雰囲気が漂っていて、とても美しい女性だ。「改めて感謝を。アレン団長は人類にとって失うわけにいかない人材でした。この世界では王と名のつく二つ名を持つ冒険者はたったの三人しかいません。殲滅王アレン、不敗の王テスタロッサ、魔導王クロウリー。魔神の軍勢に対抗できるのは彼らの力あってこそ。だから改めてお礼を申し上げます」「何度も言いますが僕だけの力ではありません。日本でも協力者がいたからこそ異世界ゲートは完成させる事ができました」「そうでしたか……ではその方々にも感謝申し上げます」リリーさんは何度も頭を下げていた。そこまで畏まられても対応に困ってしまう。そんな僕の様子を見てたのかアカリがスッと寄ってきた。「リリー、カナタは疲れてるからもう休ませてもいい?」「ああ、すみませんでした。お時間を取らせてしまって」どうやらアカリはそろそろ部屋に戻ってもいいと気遣ってくれたようだ。「いえいえ。またこの世界ではお世話になることもあると思いますのでその際はよろしくお願いします」「もちろんです。我々"破滅の灯火"は貴方の力になると誓いましょう」リリーさんとの会話を終えるとアカ
「おい!アレン!!お前らが帰ってきたお祝いも兼ねて皆で騒ごうぜ?」いきなり大きな声が聞こえたせいで皆の視線はそちらに向く。大柄で背丈を超える巨大な剣を担いだその男は、ズンズンとこちらに向かって歩いてきた。見たことがない顔だがアレンさん達の知り合いだろうか?「久しぶりだね、セル。それに僕がいない間宿り木の管理をしてくれてありがとう」「おう!!お前がいなくなってからは俺が一時的にここの管理者やってたからな!!!」黄金の旅団の精鋭が魔神討伐の旅に出た後は、ここ宿り木のトップを任せていた方らしい。「見たことねぇ顔だが、あんた誰だ?」そんなセルと呼ばれた男が僕のほうを見下ろしてくる。威圧感が半端じゃないが、今まで魔物を見てきた僕はここで気おくれはしない。「初めまして、城ケ崎彼方です」「彼のことはご飯を食べながら話すよ、とにかく座って」「おお、俺も腹が減ってたしな」アレンさんにそう促され、自己紹介もそこそこにみな席に着いた。「じゃあ気を取り直して」カンパーイ!!各々近くにいた人とカップを打ち付ける音が聞こえてくる。僕も手が届く範囲で乾杯し、果実酒を口に運ぶ。日本で飲んだことがある果実酒より、果物の風味が強く口触りはとても良い。「それで8年も何処にいたんだアレン」セルと呼ばれた男は気になって仕方がないのだろう。食べるのもそこそこにアレンさんへと話しかける。 「魔神討伐の旅に出た後――」アレンさんは今まであった事を細かく話していた。聞いているセルさんは黙って頷き、時には怒り、悲しんだりして表情豊かだった。「なるほどな&h
声が震えていたのがおかしかったのかアレンさんは横で笑っている。「フフッ、そんなに畏まらなくても良い。余は皇帝であるが1人の人間でもある。アレンは余の友人であり恩人でもある。そんな彼を救ってくれた君には感謝しかない」 「あ、ありがとうございます」 「それで君のその眼帯はもしかして隠す為の物かな?」 「えっと……」皇帝の勘は鋭いようだ。 すぐに僕の赤眼に気づいたらしい。 禁忌を侵した者は国に置いてはおけない、なんて言われるのだろうか。「ふっ、そこまで気張らなくていい。おおよその事は想像できている。彼らの為に禁忌を侵したのだろう?」 「その、僕の無知が招いた結果です……」 「彼らに変わって余からも礼をさせてほしい」 「もうアレンさんからもお礼はしていただきました!なので大丈夫です!!」 「余からの礼を断ることも無礼に当たるのだよ。何も言わず受け取るといい」 「ありがとうございます……」 受け取った袋はかなりの重さがある。 恐らく金貨がたくさん入っているのだろう。「それとカナタ、この国にいる間君は何処に滞在するか決めているのか?」 「いえ、まだ何も……」 「あーそれは心配しなくていいよ、ボクらの宿り木に来たらいいからね」 「ふむ……それなら安心か。この世界の常識を知らずに彷徨くのは流石に危険だからな」 「ああ、その当たりも説明しておくよオルランド」皇帝はわざわざ僕の為に滞在場所を提供するつもりだったそうだが、気が知れた仲間と共にいるほうが気楽だろうとのことで 僕らは城を後にし、宿り木へと向かった。「カナタ、これからはカナタって呼ばせてもらうよ、いちいち君付けするのも面倒だしね」 「構いませんよ、そっちのほうが戦闘時だと素早く指示を受けられますし」 アレンさんから呼び捨てにされると、黄金の旅団員として認められた気がして嬉しかった。宿り木の一室を与えられ荷物を置き僕は食堂へと向かう。
馬車を降りると、辺りは豪華で綺麗な雰囲気になっている。 噴水や光り輝くオブジェが高級感を感じさせる。 衛兵がそこかしこに待機しており、メイドや執事もチラホラと見える。 初めての光景にキョロキョロと視線を泳がせていると、一人の執事の恰好をした男が近づいてきた。 既にハビリス伯爵から伝書鳩が飛んでいたのだろう。 驚愕することなくアレンさんへと話しかけてきた。「お久しぶりでございます、アレン様」 「あ!久しぶりだなぁ元気にしてたかい?ガラン爺」 「それはこちらの台詞で御座いますよ。貴方がたが消えてから8年も経っていますから」 優しそうな微笑みを浮かべる執事はガラン爺と呼ばれているらしい。 肉弾戦なら無類の強さを誇る為、武器を持ち込むことが出来ない謁見の間での護衛を兼ねているそうだ。「では皆様、積もる話もありますでしょうが、こちらに武器を預けて頂き私に着いてきて下さい」 各々、武器を預かり棚に置きガラン爺に着いていく。 豪華絢爛という言葉が似合いそうな装飾が施されたどでかい扉の前で僕ら一同は立ち止まる。「ここから先は謁見の間でございます。アレン様は何度も足を運んで頂いておりますが他の方は初めてが多いでしょう。皇帝陛下は気さくなお方です。あまり固くならないように」僕もそんな国のトップなんて会ったこともなく、緊張で顔が強張っているのだろうか。 そんなことより謁見のマナーなんて簡単にしか教えて貰っていないのだが大丈夫なのか……ゆっくりと扉が開く。 全員同時に足を踏み入れる。 アレンさんだけは慣れているのか、1人スタスタと笑顔で入っていく。 レイさんからすれば冷や汗ものだろう。皇帝陛下から一定の距離で全員立ち止まる。 「余が」 「オルランドー!久しぶりだなぁ!あれ、老けた?」 あろうことかアレンさんは皇帝陛下の言葉を遮り手を挙げ声をかけた。周りがザワつく、かと思えば皆笑顔だ。 不思議に思
馬車に乗り、窓の外を流れていく景色は街の風景から次第に草原へと変わる。街の外に出ると、途端にど田舎の風景になるのは、この世界ならではだろう。窓の外を見ていると、アレンさんから話しかけられた。「さっきロアン伯爵と何か話していたようだけど、何かあったのかい?」「この眼帯が御礼の品だと言われました。それと魔導具だとも」「あ!そうだった!!ロアン伯爵から伝えられていたんだった、ごめんごめん」アレンさんは苦笑いしながら、眼帯の説明をしてくれた。この眼帯に魔力を流すと自分の目のように視界を得ることが出来る代物だそうだ。もちろんそんな魔導具は珍しい物で、この世界では金貨100枚はするらしい。そういえば、昨日アカリに教えてもらっていた。銅貨1枚が1000円、銀貨1枚が1万円、金貨1枚が10万円、白金貨1枚が100万円と同等の価値があると言っていたな。なら、この眼帯は1000万円の物なのか。お、恐ろしい……僕の目に着いている装着物が1000万円……歩く宝石じゃないか……それともう1つ貰った物。亜空間袋だ。これも最低容量とは聞いたが、そもそも亜空間袋自体金貨数枚はする代物だそうだ。そんなものをポンっとくれる伯爵の懐の広さに感謝しかない。暫く流れていく風景を見ていると、遠くの方に人工物が見えてきた。「あ、カナタくん!もうすぐ着くよ!」「あれが……この国の中心部……」近づくにつれて、城塞都市ハビリスの数倍はあると思われる巨大な壁が見えてくる。帝都エリュシオン。エリュシオン帝国の心臓部。立派な城壁に囲まれた敷地面積はおよそ東京二つ分の大きさらしい。人口2000万人がひしめく箱庭だ。門を抜け中央の皇帝陛下のいる城へ向かっている
「それにしてもこんな物まで貰ってよかったんだろうか」実はレーザーライフルを隠す為に、亜空間袋と呼ばれる物を入れておく袋を貰ったのだが、それがなかなかに凄い。中は亜空間魔法により拡張されているようで、一人暮らしのワンルーム程度の容量がある。物を取り出すときも、それを思い浮かべながら手を突っ込むと取り出せる。科学では説明がつかない、流石魔法具といったところか。「いいと思う。それ亜空間袋の中で一番小さい容量だし安い」これで一番小さいだと?「一番大きい容量の物だと、山すら入るから」「異世界アルカディア……凄まじいな……」アカリと何気ない会話をしつつ、夜はふけていった。――――――朝起きて朝食をすませた後外に出た。僕の目の前には、巨大な馬車が用意されている。バスほどの大きさがあるだろうか?10人乗っても余裕があるというでかさ。伯爵が用意してくれた馬車は、小さいバスくらいはある大きなもの。馬も見たことがないほどの大きさだ。少しファンタジックな馬だな、角は生えてるし眼つきがそれはもう恐ろしい。「さあ、みんな乗り込んで」アレンさんに促され団員達はゾロゾロと馬車に乗り込んでいく。僕は呆けて馬車を眺めていると後ろから声が掛けられた。「カナタくんだったかな?」振り返るとロアン伯爵が立っていた。「はい、どうしましたか?」「いやなに、君の境遇はアレン様から聞かせて貰ったよ。この世界を代表してお礼を言わせてほしい。無事に連れ帰ってくれてありがとう」ロアン伯爵は90度のお辞儀をし僕に礼をしてきた。「いえ頭を上げてください!全員で帰ってこられればよかったのですが、半分以上も僕の為に亡くなってしまって……」「君が責任を感じることはない。彼らは皆冒険者。守りたい者を守りきって命を落とすのは誇れる事なんだ」
「そんなことより、その赤眼を何とかした方がいい。伯爵に眼帯でも用意させるから待ってて」「伯爵にそんなこと頼んでもいいのか?」「いいよ、あの伯爵はかなり変わってる人だから」変わってる?別に普通に気さくなおじさん、って雰囲気だったが。「ここ、城塞都市ハビリスは一番魔族領に近い。だからカナタのその赤眼についても何も言ってこなかった。色んな人が出入りする都市だから」本来なら僕の赤眼は何処に行っても奇異な目で見られるし、レーザーライフルも珍しく、目につくらしいがロアン伯爵は様々な人と触れ合う機会が多く、僕にも何も言ってこなかったそうだ。慣れてしまっているのだろう、風変わりな者たちを見るのが。 ロアン伯爵に用意してもらった黒い眼帯を着ける。鏡の前で自分を見ると、似合わなすぎて笑ってしまった。「カッコよくなった」アカリに褒められると少し照れる。今まで眼帯なんて着けたことなかったから違和感しかない。見ようによってはかの有名な武将に見えなくもない。 少しすると、ドアがノックされた。「カナタくん、いるかい?」アレンさんが来たようだ。返事をすると、部屋に入ってくる。「いいね、眼帯よく似合ってるよ」「ありがとうございます。でも距離感が掴みにくいですね」「まあ慣れるまでは仕方ない。それで、馬車の準備は出来たから明日には出発するよ。それまではゆっくりしていて」それだけ伝えるとまた部屋を出て行った。「アカリは外に出なくていいのか?」「うん。カナタと一緒にいる」久しぶりにこの世界を見て回れるというのに、部屋にいるらしい。アカリは元の世界に居たときより、よく喋るようになった。理由を聞くと恥ずかしそうに答えてくれた。どうやら自分の世界に僕がいることが、嬉しいらしい。この世界の事は私が教える、と胸を張ってドヤ顔を見せる。可愛いやつだ。年相応な振る舞いをしてくれると僕も嬉しく