朝は小鳥のさえずりで目を覚ました。
とても気持ちのいい寝起きに僕は伸びをする。 久しぶりにゆっくりと眠れた気がするな。一階に降りると既に何人かの旅団員が席について朝食を摂っていた。
「おはようカナタ」
「おはようございますアレンさん」 僕はその中でアレンさんを見つけると彼と同じテーブルについた。ここ宿り木では食事処も完備されていて毎日朝昼晩と望めばタダで食事ができるよう料理人を雇っているそうだ。
僕が席に着くとウェイターの一人が僕の所に朝食を持ってくる。
美味しそうな匂いにお腹が鳴った。「今日は忙しいからね。よく食べて体力をつけておいた方が良い」
「はい、そうします」 朝食はパンと目玉焼きにスープがついている。 とても食欲をそそる匂いだ。僕はパンを一口頬張ると、あまりの美味しさに二口三口と立て続けにパンに齧りついてしまった。
「ハハッどうだい?ここの食事はなかなかのものだろう?」
「はい!美味しすぎます!」 日本の食事も当然美味しいが異世界の食事も捨てたもんじゃない。 いや、これならもしかするとこっちの世界の食事の方が美味しい説が出てきたぞ。僕が朝食を採っているとフェリスさんも起きたようで二階から降りてきた。
「おはよー……」
「相変わらず寝起きが悪いねフェリス」 初めて見たフェリスさんの姿に僕も驚いた。 いつもは綺麗な格好で髪も整え服もしっかり着こなしていたが、今はパジャマなのかダルっとした着こなしになっていた。「あー……フェリス、カナタ君もいるよ?」
「え?」 アレンさんが僕の名前を口にするとフェリスさんは固まった。 しばらくして顔が赤くなり走って二階へと戻って行った。 人様に見せるような恰好ではないと恥ずかしくなったのだろうか。「いやぁカナタも罪な男だ」
「え?」 「ああ、いや気にしないで。こっちの話さ」 何の話だろうか。 まあ気にしないでというのなら気にしないけど。ダンジョンの攻略は冒険者の仕事だ。稀に出てくる宝石や価値の高い魔導具などが彼らの生活を支えている。当然収穫のない日もあるそうで、そんな日はツいていなかったとヤケ酒を煽るそうだ。「セル達がお金を稼いでくれる間にボクらはある人の所に行こうか」「ある人というのは?」「着いてからのお楽しみさ」アレンさんはそう言って不敵に笑う。誰かを紹介してくれるみたいだが一体どんな人なのだろうか。僕とアカリはアレンさんに連れられ宿り木から出ようとすると、レオンハルトさんがガチガチに装備を固め立っていた。「お待たせレオンハルト。さて、行こうか」「ふぅ……気が重いが、仕方ない」レオンハルトさんは陰鬱な表情で嫌そうに顔を背けた。これから会う人というのは誰なんだ。剣聖がそこまで装備を固め、嫌がる人物とは一体……。「カナタは心配しなくていい」「いや、そうは言われてもな……」剣聖の顔が強張っているんだぞ。会うなり剣をぶん回すような人だったらどうしようか。街を練り歩く事十分。ある大きな屋敷の前に到着するとアレンさんが門番に向かって手を挙げた。「やあ、彼女はいるかな?」「え?アレン様?は、はいおりますが……」「じゃあ入れて貰えるかな?」「も、もちろんです!……それよりもアレン様は死んだと噂が」「ああ、噂は所詮噂ってやつさ」門番は驚いた顔でアレンさんをまじまじと見つめていた。それを当人は適当に躱し、敷地内へと入った。僕な
「紹介しようカナタ。彼女はテスタロッサ――」「待て、そこから先は私が言う」アレンさんが目の前の綺麗な女性を紹介しようとすると、その女性は手で制しズイッと僕に顔を近付けてきた。「お前……赤眼だな?」眼帯をしているはずなのに一発でバレた。これは不味いと僕が半歩後ろに下がるとテスタロッサさんは口角を上げる。「クククッ……強さの為に禁忌を犯したか。名は何という」「城ヶ崎、彼方、です」「そうか、カナタだな。覚えたぞ」どういう訳か気に入られたらしく、テスタロッサさんはウンウンと頷いていた。それにしても近くで見ると顔立ちは整っているし、ハリウッドの女優と見間違えそうだ。「それで?私に何の用だアレン。八年も音沙汰が無かったくせにいきなり現れて禁忌に触れた者を連れてくるとは」「いやぁ、それがね。魔神の討伐失敗したって伝えに来たのさ」「……なに?」おっと、いきなり空気が凍ったぞ。アレンさんの言葉にテスタロッサさんが片眉を上げた。「それはどういう事だ。お前がいるから私はこの国を守る事に徹した。逃したというのか?あれだけの戦力を引き連れておいて」「まあ……そうなるね。だから君に手を貸して欲しくて来たんだ」なるほど、それが理由だったのか。でも明らかにテスタロッサさんの機嫌が悪くなっているのはなんでなんだろう。「王の名を持ちながら奴を逃しただと!?」「想像していた以上に厄介でね。君の力を借りたい」「貸す貸さんの問題ではないだろう……魔神を放置すればいずれ世界が滅ぶ。剣聖もあのざまだと……チッ、鍛え直しが必要だな」あ、そういえば吹き飛ばされていったレオンハルトさんはどこに行ったんだ?なかなか戻って来ないけど。「それで、このカナタは有用だということか?」「まあ少なくともそこらの魔法使い
僕らはテスタロッサさんの案内で客間へと通された。ちなみにレオンハルトさんも傷だらけで戻ってきて今ではスンとしている。さっき吹き飛ばされたのが嘘みたいだ。「さあ聞かせて貰おうかアレン。八年もの間どこにいたのか、それとどうしてカナタが禁忌を犯しているのか」「何処から話そうかな――」アレンさんは今までの事を全部話した。別の世界にいた事、僕が異世界ゲートを作りだしこの世界に帰ってこれた事、何人もの犠牲者が出た事。そして僕が赤眼になってしまった事。テスタロッサさんは無言で聞き終えると、小さく溜息をつく。「要約すればお前達はただの一般人に過ぎなかった彼に道を踏み外させた、という事だな?」「まあ、そうだね。カナタには悪い事をしたと思っているよ」「そこまでして魔神を取り逃すとは……殲滅王が聞いて呆れる」テスタロッサさんは明らかに落胆したような様子だった。それだけアレンさんの事は高く評価していたのだろう。「カナタは悪くない。私が悪い」「そうでもないだろ。僕だって何にも分からないくせに禁忌の魔法に手を出しちゃったんだ。自業自得だ」アカリは庇ってくれているようだったが、僕は分からないままに魔法を使ってしまった自分が悪いと思っている。「過去の事を悔やんでも仕方あるまい。それならばその力、有用な使い方をすればいい」「ダメ、カナタには魔法は使わせない」「禁忌の魔法使いとなればいずれ四人目の王の名を手にする事が出来るかもしれんぞ?」二つ名が欲しいとは思わないな。ただこの力が元の世界の時間を戻すきっかけになるなら、迷う事無く使うと思う。「まあいい、それと世界樹だったか?そんなもの私も伝承でしか知らん」「そうかぁ、テスタロッサも分からないとなるとやっぱり神域に行かないとダメかな」「あそこは人間が簡単に立ち入れるところではない。神族と矛を交えるつもりか?」テスタロッサさんが言うには、神域と呼ばれる場所に住む神族は人間を遥かに超える力を持つそうだ。
テスタロッサさんとの顔合わせも終わると今度は冒険者ギルドへと赴く事になった。正直少しだけ楽しみにしている場所でもある。アレンさんがギルドの扉を開けると中には沢山の冒険者がいた。依頼票を見ている者やテーブルで談笑する者、中には受付嬢を口説いている人もいる。そんな冒険者達がアレンさんを見て一斉に静まり返った。「やあ、みんな。久しぶりだね」アレンさんは呑気にそう声を掛けるが誰も反応しない。いや、正確には反応しているのだが、全員が全員口を開けて呆けた顔をしていた。「ア、アレンさん……生きていたと噂にはなっていましたが……」「ん?ああもしかしてオルランドが触れ回ってるのかな」受付嬢が驚きを通り越して恐ろしいものでもみたかのような顔で声を発する。国王陛下を呼び捨てなど不敬にも程があるがアレンさんだから許されているだけだ。聞いているこっちは冷や汗ものだが、アレンさんは気にする様子がない。「よくご無事で……おかえりなさいませ」「ただいま」アレンさんがそう言うとギルド内は喝采に包まれた。冒険者でも上位に君臨するアレンさんの人気は凄まじいようで、ワラワラと集まってきた。誰しもが笑顔を浮かべアレンさんやアカリに声を掛けているが、僕には誰も話し掛けはしない。見たこともない奴がいるな、くらいは思っているかもしれないが、先にアレンさんの無事を祝っているようだった。「道を開けてもらえるかな?ギルドに報告しなければならない事があってね」そう言うとみんな離れて道を開けていく。それに倣って僕も着いていくとやはり若干の注目を浴びた。眼帯を着けているの
「久しぶりーガイアス。元気だった?」「元気も何もお前ら"黄金の旅団"が行方不明になったととんでもない騒ぎだったんだぞ」体格のいい男は苦言を零しながらもアレンさんが無事に帰ってきたことを喜んでいるようだった。「一体何があったんだ」「話すと長いよ」「そこの見たこともない男といい……全員こっちに来い」僕ら三人はギルドの二階へと案内され、ある部屋へと通された。VIP扱いのようで僕は少し緊張していた。長いソファーに腰を下ろすと目の前にギルド長が座る。「まずは無事の帰還を祝おう。よく戻ってきてくれた」「その辺りも詳しく説明がいるかい?」「当たり前だ!」アレンさんはやれやれと肩を竦め説明をし始める。ギルド長はその話をしっかりと聞き、最後に長い溜め息をついた。「はぁぁぁ……よくそれで無事に戻ってこれたものだ。そこの、カナタだったか?よくアレン達をこっちの世界に戻してくれた。礼を言う」「いえ、みなさんの力あっての結果ですから」「ふん。謙遜するタイプか。俺は嫌いじゃないぞ」ギルド長のお眼鏡には叶った受け答えだったようだ。「俺はこの帝都冒険者ギルドの長をやってるガイアスってもんだ。今後も何かと関わる機会が多いだろうからな、覚えておいてくれ」「はい、こちらこそよろしくお願いします」ギルド長と懇意にしておけば今後何かあっても手を貸してくれるだろう。僕はガイアスさんと握手を交わした。「それで魔神だったな……ギルドで高位冒険者は雇えるが魔神にどれだけ対抗できるかは分からんぞ」「まあボクの仲間が何人もやられたからね。普通の冒険者だと歯が立たないだろうから最低でもS級以上の手を借りたい」道中で教えて貰ったが、冒険者にはランクが存在する。アレンさんのような王の名を冠する冒険者は英雄級、アカリやレイさんのような冒険者はSS級。二つ名を持っているのはS級以上だそうだが、その中
アレンさんのいうアテというのが何か分からなかったが、僕の知らない付き合いなどもあるのだろうと無理やり自分を納得させた。「じゃあ金貨五十枚で依頼を出すぞ。まあ、まずは魔神が今いる場所を特定する必要があるからな。占星術師に依頼を出してからになるが」「ああ、それで構わないよ。その間にカナタに教えておく事も多いだろうからさ」教えておく事ってなんだろうか。もう結構この世界の事は学んだつもりだけどな。「それでカナタ。その眼帯の下は赤眼だったな。あまり他のやつに見せるなよ」「はい。アレンさんからも忠告されています」「ならいいが。禁忌に触れた者は悪魔に身を落としたなどとのたまって襲いかかってくる輩もいるからな」それは怖いな。こちらから眼帯を捲らない限りバレることはないだろうけど気をつけておこう。VIPルームを出ると受付嬢であるカレンさんが近づいてきた。「アレンさん、そちらの男性は冒険者登録をされますか?」「よく分かったね」「まあこの辺りでは見たこともない方でしたので」一目見ただけで冒険者か否か分かるものなのか。ギルドの受付嬢って凄い目利きをしてるんだな。「ではこちらへどうぞ」カレンさんの案内に着いていくと受付へと通された。「アレンさんのお知り合いなのは存じておりますが、冒険者登録したばかりですとランクは一番下のC級となります」「はい、大丈夫です」「それでは登録表に必要事項の記入をお願いいたします」おっと、これは不味いぞ。僕はこの世界の文字が書けない。なぜしゃべれてるかは謎だが、多分魔法的な何らかの力が働いているのだと無理やり納得している。しかし文字だけは勉強しなければ書けやしない。「カナタ、私が代わりに書く」「ありがとう。助かるよ」僕が受付で困った表情を浮かべているとアカリはすぐに察したのか代わりに記入してくれることになった。「カナタさん、と仰いましたよね?カナタさんはどこからか来られたのでしょうか?」
ギルドを出ると今度は魔道具の売られている店へと行くことになった。最低限身を守る魔導具はあった方がいいだろうとはアレンさんの意見だ。魔導具と聞けば魔法を気軽に扱える道具という認識がある。ただ結構高価なイメージもあるが、買えるだろうか。「お金は心配しなくていいよ。一応これでも大きなクランのマスターやってるからさ。貯蓄は結構あるんだよ」それなら安心か。しかしどれもこれも買ってもらうというのは気が引ける。魔導具店に到着し、店内へと入ると僕は目を輝かせてしまった。棚には所狭しと置かれた魔導具の数々。魔導書だって何冊も並べられておりワクワク感が増してくる。「カナタ、身を守る物と攻撃手段を選ぶといい」「二つともあった方がいいってこと?一応レーザーライフルはあるけど」「それだけじゃ心許ない」アカリにそう言われるとそんな気もしてきた。レーザーライフルは威力こそ十分だが、ソーラー発電でのエネルギーチャージが必要だからあまり連続して使う事はできない。「カナタ、まずは身を守る為の魔導具を探そう」アレンさんと棚の物色を始めると、どれもこれも効果が分からず僕は首を傾げるばかりだった。見た目はただの指輪でも何らかの効果を持つであろう宝石の嵌った物やネックレスなどもある。腕輪タイプだったら邪魔にならなそうだし、見た目もお洒落だ。いいなと思った魔導具を手に取り見ているとアレンさんが話しかけて来た。「お、それがいいのかい?」「効果は分からないんですが、見た目がいいなと思いまして」「丁度いい。それにするかい?その腕輪はシールドを張る事のできる魔導具さ」運がいい。僕のいいなと思った腕輪が防御系の物だったなんて。「これがいいです」「よし、じゃあ次は攻撃用を探そう」価格を見てないけど大丈夫なのかな。後でコソッとアカリに聞いておこう。攻撃用の魔導具といっても種類は豊富にある。杖型や指輪型、剣型などもありど
魔導具を物色していると時間が溶けていく。あれもこれも欲しくなるしどういった効果があるのか気になってくる。また一つよさげな物を見つけ僕は手に取った。腰に巻き付けるチェーンのようで、少し柄が悪くなるかなと思いつつ自分の腰に当ててみる。……かっこいいじゃないか。男はいくつになっても中二心は忘れない生き物だ。僕も例に漏れずチェーンとか好きである。「……ダサい」「えっ?」アカリは一言だけ伝えるとまた口を閉ざした。え、これダサいかな……。腰にチェーンとか普通にありかなと思ったんだけど。「お、カナタ似合ってるよ。いいじゃないかそれ」アレンさんは分かってくれたらしく、僕を見て嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。やはり男は分かるもんなんだ。このチェーンの良さが。「ダサい」「そんな事はないよアカリ。ほら、見てみなよこの重厚感。ずっしりとくる重みがまたかっこよさを際立たせているじゃないか」「邪魔なだけ」「銀色に輝いているのもよくないかい?」「反射して敵に場所がバレる」「長いのも魅力――」「走ってると絶対足に絡まる」ダメだ、僕とアレンさんが何を言ってもアカリには刺さらなかったらしい。仕方ない、別の魔導具を探すかと僕はチェーンを棚に戻した。と、思ったらすぐ傍にまたかっこいい魔導具を見つけた。銀色の指輪だ。それも普通の指輪じゃない。指全体を覆うようなフィンガーアームのような形をしている。僕が手に取ろうとすると、その手はアカリによって弾かれた。「それもダサい」僕は肩をがっくり落とし、また別の魔導具を物色する。結局、短剣型が一番使いやすいとの事で、僕が選んだのはガードリングと炎の短剣だった。お会計はいくらくらいになるんだろうかと、支払いの時に耳を澄ませていると金貨という単語
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。
一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ
世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚
別世界というワードが気になったのか神族達は顔を見合わせポソポソと何やら言葉を交わしている。まずは第一段階クリアだ。ここで興味すら持って貰えなければ交渉は意味を成さなかっただろう。「別世界……だと?」「そう、別世界。この世界とは別の世界から来た人間がいるんだけど、話を聞いてみたくないかい?」僕らに襲い掛かってきた神族達のリーダーと思わしき男性が槍の矛先を下ろし訝しげにアレンさんを見る。口からでまかせを言っているだけではないか、そんな風に思っているであろう表情でジッと見つめている。「全員武器を下ろせ」「よろしいのですか?奴らはこの神域に無断で立ち入った不届き者。ここで成敗しておいた方がよいのでは?」「構わん。私がいいと言っているのだ。さっさと武器を下ろせ」リーダーの発言力はかなり強いらしく、他の神族も渋々ながら従っていた。リーダーが地面に降り立つと白い翼は器用に折り畳まれた。本当にイメージ通りの天使の姿だ。「貴様……私を謀っているのではないだろうな?」「そんな事はしないさ。神族にそんな事をするなんて罰当たりにも程があるしね」「そういう割にはいきなり魔法をぶっ放してきたが?」「まあまあまあ。それで、別世界の話なんだけど……」アレンさん露骨に話を逸らしたな。神族は敬われる種族らしいがアレンさんからすればただ別の種族ってだけの認識のようだ。「それよりもまずお前達は何者だ」「おっと、自己紹介が遅れていたね。ボクはアレン、そっちの爺さんがクロウリーさ」「聞いたことがある。人間の中では特筆して秀でた力を持つ者だと」「そうそうそう。話が早いねぇ。それから仲間のフェリス、アカリ、カナタだ」「そっちは知らん」まあ当然である。僕らの事まで知っていたら情報通にも程があるし。「ワタクシはエリュシオン帝国第一皇女ソフィア・エリュシオンと申します。お見知り
天使さんを置いて神域へと入った僕らが最初に目にしたのは、遠くからでも分かる巨大な樹だった。きのこ雲のように傘が広がり、大きさはちょっとした街くらいはあるのではないだろうか。「あれが世界樹じゃ。あの麓まで行かねばならん」「ここからでも見えるくらい大きいですが、距離は相当ありそうですね」馬車もない、全て徒歩で移動となれば一か月はゆうに掛かるのではないだろうかと思える距離だ。大きいから近く見えるが恐らく相当な距離があるだろう。「思っている以上に大きいのね」「凄い……まさか死ぬまでに世界樹を見られるなんて」フェリスさんは驚きより感動が勝っているようだ。というよりこんな悠長にしていて大丈夫なのだろうか。他の神族が襲い掛かってきたりとかしないのかな。「そろそろじゃな……アレン」「まあそうだろうねぇ。フェリスは右、アカリは左ね。ソフィアはカナタの傍から絶対離れちゃだめだよ」急にアレンさんが真面目な顔で指示を出し始めた。やっぱり来るのか神族。僕もライフルを構えているがあんな天使さんみたいに猛スピードで突進してきたら当たらないだろうな。「来たわね」ソフィアさんが眺める方向を見ると数人の神族が槍片手にこちらへと飛んできていた。明らかにこちらの数より優っている。本当に大丈夫なのか心配になる数だった。「まずは平和に行こう。あー神族のみなさん、ボク達は――」「侵入者に死を!!」無理だわこれ。滅茶苦茶神族が切れてらっしゃるようだ。アレンさんの言葉なんて被せられていたし。「仕方あるまい、アレンやってしまえ」「うーん、ボクだけ悪者になってしまうけど……まあいいか。ブラストファイア」業火に包まれた神族はみんなバリアを張っているようで、白い球体で守られていた。つまり大したダメージにはなっていない。「手加減しす
「さて、ついたぞい」クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。「ここからは強引にいくぞ!」クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」
長旅も九日が経つと流石に慣れてきた。今更ながら思ったが、女性連中の風呂はどうしているのだろう。アレンさんやクロウリーさん、そして僕らは男だからまあ我慢すればいい。といっても毎日寝る前に濡れた布で身体くらいは拭いているが、女性はそれだけで満足はできないはずだ。「アカリ、風呂ってどうしてんの?」「?お風呂なんてどこにもないけど」「いや、それは分かってるけど。もしかして僕らと同じで濡れた布で身体を拭くだけ?」「そうだけど」驚いた。こっちの世界の女性は案外その辺り気にしないらしい。清潔感という面だけ見ればやはり日本の圧勝のようだ。「身体を拭いただけでさっぱりできる?」「うん」冒険者だからだろうか。しかしソフィアさんはそういうわけにはいかないだろう。そこで僕は彼女に聞いてみる事にした。「ソフィアさん、この旅の間はお風呂に入れていないと思いますけど大丈夫ですか?」「何の事かしら?それは当然でしょう。ああ、もしかして気にしないのかという事?」「そうです。皇女様なのにその辺り大丈夫なのかなと思いまして」「気にしないわね。どうせ外にいれば汚れるのだからいちいちお風呂で身体を清めても意味がないわ」まあそれはそうかもしれないが皇女様であろうお方がそれでいいのかと思ってしまう。姫様って綺麗好きなイメージがあったのに。「流石に臭いには気を付けているわよ、ほら」ソフィアさんが手を広げバタバタすると、ふんわりと花の香りが漂ってきた。香水かな、なんとも心が洗われる匂いだ。「香水は乙女の嗜みね。これがあるから多少身体が汚れていてもきにならないのよ。貴方の世界では違ったのかしら?」「そうですね……人によると思いますが、一日に二度お風呂に入らないと気が済まない女性もいましたよ」僕の姉である。綺麗好きがいきすぎて毎日朝と夜にお風呂に入っていた。僕がその話をするとソフィアさんは顔を顰める。