数秒黙ったままの僕を見てか、姉さんが肩を抱き寄せてきた。
「私は何があっても貴方の味方……だから彼方、貴方がどうしたいか、決めなさい」意を決した僕は鈴木さんに近寄る。
「分かりました、場を整えて下さい。何があったか、これからの事、全て伝えます。信じてもらえないでしょうが、世界は知る権利があると思います」「分かった。数時間でライブ中継の準備を整える。それまでに気持ちの整理くらいはしておくといい」これは僕の仕事だ。世界に真実を伝えるのは僕でなければならないんだ。「おい、良かったのか?全世界はお前を大罪人として見てるんだぞ。世界を元に戻せば今ここで起きたことも忘れる。意味なんてないと思うがな」「いえ、違います。僕が前を向いて歩けるように。ただ自分の為に世界に事の経緯を伝えたいと思っています」「……まあお前がいいってんなら、いいけどな。覚悟はしておけ。暴言という名の石を投げられるだろうからな」紅蓮さんはこう見えて、世話を焼いてくれる。僕の為を思って言ってくれたんだろう。数時間ゲート前で待っていると、鈴木さんが研究所へと戻ってきた。
「場を用意した。研究所のすぐ外だ。破壊の痕跡が残った生々しい現状を背景にしたほうが伝えやすいかと思ったのでな。それと中継の為に各国の記者を呼び寄せた。人で溢れているが警備は我々連合軍が担っているから安心するといい」「ありがとうございます。すぐ行きます」耳を澄ますと、外から人の声が聞こえてくる。
かなりの数が集まっているようだ。色んな言語が聞こえてくる、本当に各国から集まってきたみたいだ。鈴木さんに着いていき、研究所の外へと出ると喧騒が更に大きくなった。「この犯罪者がー!」「私の家族を返して!!」「責任を取れ!」「処刑しろ!」聞こえてくるのは僕に対しての罵詈雑言。
足が震え、立ち止まってしまう。鈴木さんに聞いてはいたが、実際に聞カメラのフラッシュが眩しいくらいに焚かれる。雑誌の表紙でも飾るのだろう。「今回の悲劇について、皆様には伝えておかなければいけない事がたくさんありました。信じて貰えない事も沢山あります。しかし全て事実です。それを今ここで説明させて頂きます」異世界について、異形の生物について、魔法について、これからについて、一時間程かけて全てを話した。「……なので私は未来のために異世界へと渡ります。逃げるな、と言われるかもしれませんが、元の世界へと必ず戻してみせます」「そんなもの信じられるか!!ふざけるのも大概にしろ!!」「この世界を捨てるつもりか!」溜まった鬱憤を晴らすかのように飛んでくる罵詈雑言。するとアレンさんが僕の横に立った。「この世界の人達はうるさいなぁ、いっその事滅んでみるかい?」手にはドス黒い魔力の塊を生み出す。それを見た者達は一斉に静かになる。「なら聞くけど、異世界ゲートが作られるって時になぜ君達は反対しなかったんだい?文明の発展に繋がるって所だけ見てたんだろう?危険があることも説明にあっただろうに。結果、今の状態になってしまってから悪者はカナタくんだけ?ボクらにとって彼は仲間なんだ。それ以上侮辱するならボクら黄金の旅団が相手になろう」その言葉と共に旅団員は全員武器を構えだした。本気な訳ないが、彼らの威圧感は本物だ。長年潜り抜けてきた修羅場が違う。「彼は自らの過ちを悔いている。だからこそ命のやり取りが身近となる異世界へと向かいこの世界を元の平和な世界へと戻す旅に出るんだ。信じられないなら共に来るかい?何人着いてきても構わないよ、ただ自分の身は自分で守ってもらうけど」誰も口を開かない。ただ静寂が広がるのみ。僕はそんな彼らを背に研究所へと戻っていく。誰も声を掛ける者はいない。見送る人は姉と紅蓮さんと茜さんのみ。もしも世界樹が見つからなければ、もう二度と会うことはない。僕は涙を堪え、ゲートへと向かう。「さあ、もういいだろ
「行ったな……」静かになった異世界ゲートの前に佇む三人。黒川紅蓮、城ヶ崎紫音、斎藤茜はずっとゲートを見つめている。「さあ俺の最後の仕事だ」紅蓮は、爆薬をゲートに仕掛け距離を取る。「お前らも全員離れろ。巻き込まれるぞ」ゲート前で呆然と立ち尽くす茜と紫音に問いかけるが反応がない。「おい!さっさと下がれ!死にてぇのか?」怒鳴られてやっと反応した二人は顔に生気がない。無理もないだろう、茜は彼方の事を弟のように可愛がり、紫音に限っては生まれたときからずっと一緒に生きてきた。もう会えないと思うと、立ち尽くす気持ちも理解できる。「あいつの事信じてるなら、さっさと下がって来い」「……すみません」二人共ゲートから距離を取り紅蓮の元に来る。「あの……紅蓮さん……」紫音が話しかけてくる。「なんだ?」「その爆弾の起爆スイッチ……私に押させてもらえませんか?」彼方との最後の繋がりはゲートのみ。だからこそ自分で押したいのだろう。そう思った紅蓮は彼女にスイッチを手渡す。「この爆弾は時限式だ。スイッチを押して5秒後に爆破する」「分かりました」紫音の手に起爆スイッチを置くと、紅蓮は少し離れた。最後のお別れくらいは、自分のタイミングがいいだろう。そう思い、紅蓮は押すタイミングは紫音に任せた。「茜さんも紅蓮さんのとこまで離れてていいですよ」「……うん、紫音ちゃん、大丈夫?押せる?」「はい……どうしても私が押したいんです……」「わかったわ、貴方のタイミングで押したらいいからね」そう言って茜も離れていく。紫音の頭の中には、彼方と過ごした日々が走馬灯のように流れている。
目を瞑り黒い深淵に飛び込んだ僕が、次に目を開けた時には見たこともない光景が広がっていた。ビル一つない風景、空に浮かぶ月は二つ。空は紫がかっており、お世辞にも綺麗な風景とは言えない。辺りを見渡しても、異様な形の木にゴツゴツした岩肌が目立つ崖。右手にはしっかりと紅蓮さんからもらったレーザーライフルが握られている。魔物がいきなり現れそうな風景に腰を抜かし、座り込んで呆然としていると、前からアレンさんが近付いて来た。アレンさんが僕の前に手を差し出し、話しかけてくる。「ようこそ!ボクらの世界、アルカディアへ!!」「ちなみにここは魔族領だからこんな風景だけど、この世界は美しい世界なのよ、誤解しないでね」レイさんから補足されたが、忘れていた。この異世界ゲートは魔族領に繋がっていたのだった。ここから新たな未来を掴む為の旅が始まる。そう意気込んで僕は呟いた。「初めまして異世界アルカディア、そして待っていろ世界樹。必ず見つけてだしてやる」――――――草原が広がる大地の上で、魔物を狩る者達がいた。「アカリ!一体そっちにいった!」「任せて!カナタも無理しないで!」息のあった動き。男は片手に銃のような物を持ち魔物を牽制する。もう片方の手には30cmほどの小剣。女は刀を片手に忙しく動き回っている。周囲には、狼を2倍ほどの大きさにしたような魔物が複数体。既に彼らの足元には、息一つしない魔物の死体が複数体転がっている。「喰らえ!!」男は銃口を魔物に向け引き金を引く。赤色の光線が射出され魔物の胴体に風穴を開ける。しかし、その隙を狙ったかのように違う魔物が駆け寄り大きな口を開け襲いかかってくる。が、アカリと呼ばれた女性が腕を振るったと同時に魔物の胴体は真っ二つに切り裂かれた。「ごめん!油断した!」「カナタ、雑魚でも群れたら危ないんだから気をつけて」黒髪で小
ここは異世界アルカディア僕、城ヶ崎彼方はこの世界の人間ではない。一年前、異世界ゲートを創りこの世界へとやってきた。元の世界は、ゲートの事故により大量の死者を出し僕は大罪人となってしまった。友人だった春斗も世話になった五木さんも、黄金の旅団の人達も、たくさん亡くなった。僕のせいで。だから、願いが叶うと言われている世界樹を求めてこの世界へと来たんだ。ただ、闇雲に探しても見つからない。僕はアレンさんの勧めで冒険者ギルドに登録し、最低等級の冒険者としてこの世界で第一歩を踏み出した。今は、ただ強くなるために依頼をこなす毎日。この世界に来たばかりの僕では、世界樹を見つけても辿り着くことすら難しいとのことだった。自分の身は自分で守る、それがこの世界アルカディアでの常識。紅蓮さんから貰ったこのレーザーライフルと、小剣を手に生きていく。アカリは常に僕に寄り添ってくれる。今ではかけがえのない存在だ。今日もまた一日を無事に生き永らえた。この世界では死がすぐ近くに潜んでいる。依頼に失敗して死亡、魔族の侵攻、暗殺。僕は絶対に死ねない。生きて生きて生き抜いてやる。いつか必ず、元の世界に戻すために。――――――「ここが……異世界……」辺りを見渡すと、見たこともない木に紫色の花がそこら中に咲いている。空は曇天というに相応しい灰色。想像していた異世界は、もっと優雅で美しいイメージだったが、ここはもはや魔界といってもいいほどだ。ゲートから飛び出てきた勢いと風景の衝撃に尻餅をつく。アレンさんがそんな呆然とする僕に近づきにこやかな顔で手を差し出す。「ようこそ!異世界アルカディアへ!!」「あの……これが異世界……ですか?」「ああ、忘れてないかい?ゲートが繋
「団長、カナタくんにもっと分かりやすく説明してあげたらどうですか?」 僕が首を傾げているとレイさんが団長に補足説明するように言ってくれた。「それもそうだね。この世界には冒険者の階級というものがあるんだ」 そこで知ったのは、冒険者にはC級、B級、A級、S級、SS級、英雄級、神話級と7つの階級がある。 A級でベテランの冒険者と言われるレベルで、英雄級までくると国に数人という程度の少なさになるらしい。 神話級は世界にただ1人。 アレンさんはもちろん世界3位の強さと呼ばれるだけあって、英雄級だ。 「英雄級までいくとね、任意のタイミングで陛下と謁見する事が許されるんだよ」だから皇帝陛下に世界樹の事を聞く、という事が簡単に言えたらしい。「ちなみに言うとね、二つ名はS級以上じゃないと付かないんだよ」 「てことは、この旅団ってかなりの上級冒険者ばっかりってことですよね」 「まあそうなるね。レイとアカリはSS級だし、他の団員も全員S級だよ」アカリの強さに驚き、そちらに顔を向けると心なしかドヤ顔を見せつけてきた。「あ、でも漣さんはどのレベルに位置するんですか?」 「カナタ、こっちの世界では元の名前を使うつもりだ。だから今後はレオンハルトと呼んでくれ」 「分かりました、レオンハルトさん」一ノ瀬漣はあくまで向こうの世界でしか使うつもりがなかったらしく、この世界では剣聖として名を馳せている以上、レオンハルトと呼ばなければならないらしい。「それで私の事だが、剣聖と呼ばれる者は階級が存在しない。別枠として扱われる」 「じゃあ強さの指標はないってことですか?」 「そうなるな。ただ前も言った通り私ではアレンに勝てない。しかし魔神には唯一勝てる存在だ。だからこそ階級がないという扱いになる」剣聖は唯一魔神を消滅させる聖剣を使うことができる。 しかし必ずしも戦闘能力が他を圧倒するかと言われればそうでもないらしい。 本人曰く、SS級よりは強いが英雄級には勝てるかどうか、といった曖昧な感じだそうだ。
「だいぶ歩いたから見えてきたよ。僕らの国が」アレンさんに言われ、前方をよく見ると緑の風景が見えてきた。「しかし、魔神もこの世界に逃げてきたからまた討伐隊を組み直すことになるだろうな」魔神と四天王の一人、ゾラもこっちの世界に逃げてきたはず。魔族領では会わなかったのも、恐らく軍を再編するために僕らには手を出さず準備に取り掛かっているのだろう。暫くアルカディアの話を聞いて歩いていると、次第に風景は魔界ではなくのどかで優しさのある風が吹き抜ける草原へと出た。「ここからは適当に野宿をして、明日には一番近い街につくかな」「そこで、馬車を借りて一気に帝都まで行きましょう」アレンさんとレイさんはどこで野宿をするか、馬車を借りる為のお金は、などと話し合っている。「そういえば……こっちの世界では何年経っているんでしょうか?」僕が何気なしに聞いたその言葉で全員が固まる。「た、確かに……時の流れが違うのであれば面倒だな……」「街につけば分かることです。とりあえず今は野宿の場所を決めましょう」みんな忘れていたようだが、もしも時の流れが違うとなった場合、アレンさん達は死んだことになっている可能性もある。そんな中、いきなり街に現れたら騒ぎになるのではないか。「なんとかなるわよ、多分」フェリスさんは楽観視しているが、本当に大丈夫なのだろうか。「私達がつけているこのバッチ。黄金の旅団を示す物なんだけどね、これは討伐隊が作られた時に私達が主導で動きます。って陛下や上の立場の人たちにこのバッチを見せているわ。だからこのバッチでどこの誰かは判断できると思う」「そうなんですね」金色の剣が2本、✕印のように交差し、真ん中に3枚のコインが描かれたバッチ。それを見れば黄金の旅団だと誰もが分かるほど有名だという。「あ、それとボクらの拠点は宿り木って名前だからね、わかりやすくていいだろ?」なんと、地球での拠点と同じ名前
見上げるほど大きな門扉が開く。衛兵の上司だろうか?誰か奥から走って駆け寄ってくる。必死の形相をしていて少し怖いが、アレンさん達は普通の顔をしている。場慣れしているのだろうか?「まさかっっ!!アレン様!!生きておられたのですか!いえ、今まで一体何処に!?それより人数が少なく見えますが……」「あはは、やっぱりそういう反応なんだね。とにかくこの街の領主に会わせてもらえるかな?」「もちろんです!こちらへどうぞ!!」矢継ぎ早に繰り出される質問もアレンさんはその場で答えずのらりくらりと交わす。 やはり数年は経っていそうな反応だ。街に入るとあちこちから驚愕の視線が降り注ぐ。僕はフードを被り出来るだけ目立たないように隠れながら歩くことにした。「こちらで領主がお待ちになっております。どうぞお入りください」領主の館というのか、明らかにまわりの建物とは違う豪華なお屋敷に入り、領主が待つという大部屋の前に僕らは立っている。「き、緊張してきましたよアレンさん……」「ここの領主は凄く気さくな人だから心配しなくていいよ」そう言ってくれるが、領主なんて偉い人と会うなんて緊張しない訳がない。封建制度がこの世界では普通であり、僕らの世界と大きく違う。ここの領主は伯爵だそうだが、伯爵なんて上から3番目に偉い人じゃなかったか?公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵……の順番だったはず。扉が開くと、部屋の真ん中に突っ立っている男性。イケてるおじさんって風貌だが、顔はとても笑顔だ。「アレン様、ご無沙汰しておりました。またお会い出来るとは……光栄でございます」「色々あってね。それより久しぶりだねロアン伯爵」「最後にお会いしたのは8年前……ご存命だとは思っておりませんでした……」ロアン伯爵の目尻
僕との会話が終わるとロアン伯爵はすぐにアレンさんへと振り向き、話の続きをしはじめた。「それで……アレン様は8年前魔神討伐に出て行方不明となっていたのに、なぜ今になって戻ってこられたのですか?」「あー実はあの魔神討伐の旅で、魔神まで辿り着いたんだ。ただその時にしくじってね……」アレンさんは今までの事を話しだした。ロアン伯爵は頷きを交えつつ、時折驚きながらも聞き入っていた。「……なるほど。そんなことがあったとは……。黄金の旅団が来られたと聞いたとき、部下から人数が少ないと言われましたので何かあったのだろうとは思っていましたが……」「まあ、団員は減ってしまったね。でもボクらは常に死と隣り合わせなんだ。仲間が死んでいく事は日常だよ」「ご冥福をお祈りいたします……それで、いつまでここに滞在されますか?部屋は用意させて頂きますので」「いやここには一日だけ滞在する予定なんだ。ただ馬車を借りたい。一日でも早く帝都に行かないと行けないしね」「そういうことであれば、最高の馬車をご用意させて頂きます」ロアン伯爵の屋敷の数部屋をお借りする事となり、僕はアカリと同じ部屋を与えられた。何もかもが日本とは違い、終始落ち着かなかったがやっと落ち着ける時間となった。「カナタ、どう?この世界は」「悪くないよ。ただやっぱり日本の便利さを経験してるから、色々と不便に思うことが多いな」「カナタの世界は魔法がない代わりに科学が発展しすぎ」ファンタジーな世界に最初はワクワクしたが、実際に住むとなると不便さが気になってくる。例えば、トイレは自動洗浄なんてものはないし電車も車もない。連絡手段は伝書鳩か魔法での念話のみ。文明レベルは中世といったところか。しかし、僕のいた世界にはない、魔法が発展している。コンロとか暖房器具は火魔法を主体とした魔法具と呼ばれる道具があ
帝都大図書館は帝国内でも最大級の大きさらしく見上げるほどの高さがあった。日本でも国立図書館はあるがそれを遥かに凌駕する建物の大きさだ。さぞかし蔵書の数は多いのだろうと僕は胸を弾ませた。中に入るとこれまた巨大な棚に本がギッシリと詰められていて何処を見ればいいのか悩んでしまう程だった。「さてと、この中から目的の本を見つけるのは至難の業だ。というわけで司書の所に行こうか」図書館には司書がおり、特殊な魔法を習得しているらしい。なんでも求める本が何処にあるか分かるという司書としての職業でなければ役に立たない魔法だそうだ。「ああ、君。ここに神域に関する事が書かれた本はあるかな?」「はい、少々お待ち下さい」司書は頭の上に魔法陣を浮かべると目を瞑る。しばらく待つと司書の目が開き手元の紙に本のタイトルと場所を記してくれた。「こちら神域について書かれた本は全部で三冊となります」これだけ膨大な数の本があったたったの三冊。それだけに神域は謎に包まれているという事だ。紙に記された場所で本を取るとその場で数ページ捲る。悲しい事に僕は文字が読めない。代わりにアレンさんに読んでもらうと、少し難しい表情になった。「うーん……抽象的な事しか書かれていないね。他の二冊も探してみよう」どうやら満足いく内容ではなかったらしい。目的の本を探すのもなかなか大変だ。何処を見渡しても本の壁。場所は紙に記載してくれているとはいえ、その場所にも何冊もの本が並べられている。やがて見つけた二冊目もやはりアレンさん曰くあまり必要としない情報しか載っていなかったらしい。
魔導具を物色していると時間が溶けていく。あれもこれも欲しくなるしどういった効果があるのか気になってくる。また一つよさげな物を見つけ僕は手に取った。腰に巻き付けるチェーンのようで、少し柄が悪くなるかなと思いつつ自分の腰に当ててみる。……かっこいいじゃないか。男はいくつになっても中二心は忘れない生き物だ。僕も例に漏れずチェーンとか好きである。「……ダサい」「えっ?」アカリは一言だけ伝えるとまた口を閉ざした。え、これダサいかな……。腰にチェーンとか普通にありかなと思ったんだけど。「お、カナタ似合ってるよ。いいじゃないかそれ」アレンさんは分かってくれたらしく、僕を見て嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。やはり男は分かるもんなんだ。このチェーンの良さが。「ダサい」「そんな事はないよアカリ。ほら、見てみなよこの重厚感。ずっしりとくる重みがまたかっこよさを際立たせているじゃないか」「邪魔なだけ」「銀色に輝いているのもよくないかい?」「反射して敵に場所がバレる」「長いのも魅力――」「走ってると絶対足に絡まる」ダメだ、僕とアレンさんが何を言ってもアカリには刺さらなかったらしい。仕方ない、別の魔導具を探すかと僕はチェーンを棚に戻した。と、思ったらすぐ傍にまたかっこいい魔導具を見つけた。銀色の指輪だ。それも普通の指輪じゃない。指全体を覆うようなフィンガーアームのような形をしている。僕が手に取ろうとすると、その手はアカリによって弾かれた。「それもダサい」僕は肩をがっくり落とし、また別の魔導具を物色する。結局、短剣型が一番使いやすいとの事で、僕が選んだのはガードリングと炎の短剣だった。お会計はいくらくらいになるんだろうかと、支払いの時に耳を澄ませていると金貨という単語
ギルドを出ると今度は魔道具の売られている店へと行くことになった。最低限身を守る魔導具はあった方がいいだろうとはアレンさんの意見だ。魔導具と聞けば魔法を気軽に扱える道具という認識がある。ただ結構高価なイメージもあるが、買えるだろうか。「お金は心配しなくていいよ。一応これでも大きなクランのマスターやってるからさ。貯蓄は結構あるんだよ」それなら安心か。しかしどれもこれも買ってもらうというのは気が引ける。魔導具店に到着し、店内へと入ると僕は目を輝かせてしまった。棚には所狭しと置かれた魔導具の数々。魔導書だって何冊も並べられておりワクワク感が増してくる。「カナタ、身を守る物と攻撃手段を選ぶといい」「二つともあった方がいいってこと?一応レーザーライフルはあるけど」「それだけじゃ心許ない」アカリにそう言われるとそんな気もしてきた。レーザーライフルは威力こそ十分だが、ソーラー発電でのエネルギーチャージが必要だからあまり連続して使う事はできない。「カナタ、まずは身を守る為の魔導具を探そう」アレンさんと棚の物色を始めると、どれもこれも効果が分からず僕は首を傾げるばかりだった。見た目はただの指輪でも何らかの効果を持つであろう宝石の嵌った物やネックレスなどもある。腕輪タイプだったら邪魔にならなそうだし、見た目もお洒落だ。いいなと思った魔導具を手に取り見ているとアレンさんが話しかけて来た。「お、それがいいのかい?」「効果は分からないんですが、見た目がいいなと思いまして」「丁度いい。それにするかい?その腕輪はシールドを張る事のできる魔導具さ」運がいい。僕のいいなと思った腕輪が防御系の物だったなんて。「これがいいです」「よし、じゃあ次は攻撃用を探そう」価格を見てないけど大丈夫なのかな。後でコソッとアカリに聞いておこう。攻撃用の魔導具といっても種類は豊富にある。杖型や指輪型、剣型などもありど
アレンさんのいうアテというのが何か分からなかったが、僕の知らない付き合いなどもあるのだろうと無理やり自分を納得させた。「じゃあ金貨五十枚で依頼を出すぞ。まあ、まずは魔神が今いる場所を特定する必要があるからな。占星術師に依頼を出してからになるが」「ああ、それで構わないよ。その間にカナタに教えておく事も多いだろうからさ」教えておく事ってなんだろうか。もう結構この世界の事は学んだつもりだけどな。「それでカナタ。その眼帯の下は赤眼だったな。あまり他のやつに見せるなよ」「はい。アレンさんからも忠告されています」「ならいいが。禁忌に触れた者は悪魔に身を落としたなどとのたまって襲いかかってくる輩もいるからな」それは怖いな。こちらから眼帯を捲らない限りバレることはないだろうけど気をつけておこう。VIPルームを出ると受付嬢であるカレンさんが近づいてきた。「アレンさん、そちらの男性は冒険者登録をされますか?」「よく分かったね」「まあこの辺りでは見たこともない方でしたので」一目見ただけで冒険者か否か分かるものなのか。ギルドの受付嬢って凄い目利きをしてるんだな。「ではこちらへどうぞ」カレンさんの案内に着いていくと受付へと通された。「アレンさんのお知り合いなのは存じておりますが、冒険者登録したばかりですとランクは一番下のC級となります」「はい、大丈夫です」「それでは登録表に必要事項の記入をお願いいたします」おっと、これは不味いぞ。僕はこの世界の文字が書けない。なぜしゃべれてるかは謎だが、多分魔法的な何らかの力が働いているのだと無理やり納得している。しかし文字だけは勉強しなければ書けやしない。「カナタ、私が代わりに書く」「ありがとう。助かるよ」僕が受付で困った表情を浮かべているとアカリはすぐに察したのか代わりに記入してくれることになった。「カナタさん、と仰いましたよね?カナタさんはどこからか来られたのでしょうか?」
「久しぶりーガイアス。元気だった?」「元気も何もお前ら"黄金の旅団"が行方不明になったととんでもない騒ぎだったんだぞ」体格のいい男は苦言を零しながらもアレンさんが無事に帰ってきたことを喜んでいるようだった。「一体何があったんだ」「話すと長いよ」「そこの見たこともない男といい……全員こっちに来い」僕ら三人はギルドの二階へと案内され、ある部屋へと通された。VIP扱いのようで僕は少し緊張していた。長いソファーに腰を下ろすと目の前にギルド長が座る。「まずは無事の帰還を祝おう。よく戻ってきてくれた」「その辺りも詳しく説明がいるかい?」「当たり前だ!」アレンさんはやれやれと肩を竦め説明をし始める。ギルド長はその話をしっかりと聞き、最後に長い溜め息をついた。「はぁぁぁ……よくそれで無事に戻ってこれたものだ。そこの、カナタだったか?よくアレン達をこっちの世界に戻してくれた。礼を言う」「いえ、みなさんの力あっての結果ですから」「ふん。謙遜するタイプか。俺は嫌いじゃないぞ」ギルド長のお眼鏡には叶った受け答えだったようだ。「俺はこの帝都冒険者ギルドの長をやってるガイアスってもんだ。今後も何かと関わる機会が多いだろうからな、覚えておいてくれ」「はい、こちらこそよろしくお願いします」ギルド長と懇意にしておけば今後何かあっても手を貸してくれるだろう。僕はガイアスさんと握手を交わした。「それで魔神だったな……ギルドで高位冒険者は雇えるが魔神にどれだけ対抗できるかは分からんぞ」「まあボクの仲間が何人もやられたからね。普通の冒険者だと歯が立たないだろうから最低でもS級以上の手を借りたい」道中で教えて貰ったが、冒険者にはランクが存在する。アレンさんのような王の名を冠する冒険者は英雄級、アカリやレイさんのような冒険者はSS級。二つ名を持っているのはS級以上だそうだが、その中
テスタロッサさんとの顔合わせも終わると今度は冒険者ギルドへと赴く事になった。正直少しだけ楽しみにしている場所でもある。アレンさんがギルドの扉を開けると中には沢山の冒険者がいた。依頼票を見ている者やテーブルで談笑する者、中には受付嬢を口説いている人もいる。そんな冒険者達がアレンさんを見て一斉に静まり返った。「やあ、みんな。久しぶりだね」アレンさんは呑気にそう声を掛けるが誰も反応しない。いや、正確には反応しているのだが、全員が全員口を開けて呆けた顔をしていた。「ア、アレンさん……生きていたと噂にはなっていましたが……」「ん?ああもしかしてオルランドが触れ回ってるのかな」受付嬢が驚きを通り越して恐ろしいものでもみたかのような顔で声を発する。国王陛下を呼び捨てなど不敬にも程があるがアレンさんだから許されているだけだ。聞いているこっちは冷や汗ものだが、アレンさんは気にする様子がない。「よくご無事で……おかえりなさいませ」「ただいま」アレンさんがそう言うとギルド内は喝采に包まれた。冒険者でも上位に君臨するアレンさんの人気は凄まじいようで、ワラワラと集まってきた。誰しもが笑顔を浮かべアレンさんやアカリに声を掛けているが、僕には誰も話し掛けはしない。見たこともない奴がいるな、くらいは思っているかもしれないが、先にアレンさんの無事を祝っているようだった。「道を開けてもらえるかな?ギルドに報告しなければならない事があってね」そう言うとみんな離れて道を開けていく。それに倣って僕も着いていくとやはり若干の注目を浴びた。眼帯を着けているの
僕らはテスタロッサさんの案内で客間へと通された。ちなみにレオンハルトさんも傷だらけで戻ってきて今ではスンとしている。さっき吹き飛ばされたのが嘘みたいだ。「さあ聞かせて貰おうかアレン。八年もの間どこにいたのか、それとどうしてカナタが禁忌を犯しているのか」「何処から話そうかな――」アレンさんは今までの事を全部話した。別の世界にいた事、僕が異世界ゲートを作りだしこの世界に帰ってこれた事、何人もの犠牲者が出た事。そして僕が赤眼になってしまった事。テスタロッサさんは無言で聞き終えると、小さく溜息をつく。「要約すればお前達はただの一般人に過ぎなかった彼に道を踏み外させた、という事だな?」「まあ、そうだね。カナタには悪い事をしたと思っているよ」「そこまでして魔神を取り逃すとは……殲滅王が聞いて呆れる」テスタロッサさんは明らかに落胆したような様子だった。それだけアレンさんの事は高く評価していたのだろう。「カナタは悪くない。私が悪い」「そうでもないだろ。僕だって何にも分からないくせに禁忌の魔法に手を出しちゃったんだ。自業自得だ」アカリは庇ってくれているようだったが、僕は分からないままに魔法を使ってしまった自分が悪いと思っている。「過去の事を悔やんでも仕方あるまい。それならばその力、有用な使い方をすればいい」「ダメ、カナタには魔法は使わせない」「禁忌の魔法使いとなればいずれ四人目の王の名を手にする事が出来るかもしれんぞ?」二つ名が欲しいとは思わないな。ただこの力が元の世界の時間を戻すきっかけになるなら、迷う事無く使うと思う。「まあいい、それと世界樹だったか?そんなもの私も伝承でしか知らん」「そうかぁ、テスタロッサも分からないとなるとやっぱり神域に行かないとダメかな」「あそこは人間が簡単に立ち入れるところではない。神族と矛を交えるつもりか?」テスタロッサさんが言うには、神域と呼ばれる場所に住む神族は人間を遥かに超える力を持つそうだ。
「紹介しようカナタ。彼女はテスタロッサ――」「待て、そこから先は私が言う」アレンさんが目の前の綺麗な女性を紹介しようとすると、その女性は手で制しズイッと僕に顔を近付けてきた。「お前……赤眼だな?」眼帯をしているはずなのに一発でバレた。これは不味いと僕が半歩後ろに下がるとテスタロッサさんは口角を上げる。「クククッ……強さの為に禁忌を犯したか。名は何という」「城ヶ崎、彼方、です」「そうか、カナタだな。覚えたぞ」どういう訳か気に入られたらしく、テスタロッサさんはウンウンと頷いていた。それにしても近くで見ると顔立ちは整っているし、ハリウッドの女優と見間違えそうだ。「それで?私に何の用だアレン。八年も音沙汰が無かったくせにいきなり現れて禁忌に触れた者を連れてくるとは」「いやぁ、それがね。魔神の討伐失敗したって伝えに来たのさ」「……なに?」おっと、いきなり空気が凍ったぞ。アレンさんの言葉にテスタロッサさんが片眉を上げた。「それはどういう事だ。お前がいるから私はこの国を守る事に徹した。逃したというのか?あれだけの戦力を引き連れておいて」「まあ……そうなるね。だから君に手を貸して欲しくて来たんだ」なるほど、それが理由だったのか。でも明らかにテスタロッサさんの機嫌が悪くなっているのはなんでなんだろう。「王の名を持ちながら奴を逃しただと!?」「想像していた以上に厄介でね。君の力を借りたい」「貸す貸さんの問題ではないだろう……魔神を放置すればいずれ世界が滅ぶ。剣聖もあのざまだと……チッ、鍛え直しが必要だな」あ、そういえば吹き飛ばされていったレオンハルトさんはどこに行ったんだ?なかなか戻って来ないけど。「それで、このカナタは有用だということか?」「まあ少なくともそこらの魔法使い
ダンジョンの攻略は冒険者の仕事だ。稀に出てくる宝石や価値の高い魔導具などが彼らの生活を支えている。当然収穫のない日もあるそうで、そんな日はツいていなかったとヤケ酒を煽るそうだ。「セル達がお金を稼いでくれる間にボクらはある人の所に行こうか」「ある人というのは?」「着いてからのお楽しみさ」アレンさんはそう言って不敵に笑う。誰かを紹介してくれるみたいだが一体どんな人なのだろうか。僕とアカリはアレンさんに連れられ宿り木から出ようとすると、レオンハルトさんがガチガチに装備を固め立っていた。「お待たせレオンハルト。さて、行こうか」「ふぅ……気が重いが、仕方ない」レオンハルトさんは陰鬱な表情で嫌そうに顔を背けた。これから会う人というのは誰なんだ。剣聖がそこまで装備を固め、嫌がる人物とは一体……。「カナタは心配しなくていい」「いや、そうは言われてもな……」剣聖の顔が強張っているんだぞ。会うなり剣をぶん回すような人だったらどうしようか。街を練り歩く事十分。ある大きな屋敷の前に到着するとアレンさんが門番に向かって手を挙げた。「やあ、彼女はいるかな?」「え?アレン様?は、はいおりますが……」「じゃあ入れて貰えるかな?」「も、もちろんです!……それよりもアレン様は死んだと噂が」「ああ、噂は所詮噂ってやつさ」門番は驚いた顔でアレンさんをまじまじと見つめていた。それを当人は適当に躱し、敷地内へと入った。僕な