五木さんと共に舞台の真ん中へと足を進める。
カメラのフラッシュやスポットライトに照らされ、記者や主要人物の顔は見えなくなった。「どうも皆様、初めまして。私が五木隆です。そして隣にいるのが」
と、目をこちらに向け合図してきた。「城ヶ崎彼方です」
大きな拍手の音が会場を揺らす。
少し間をおいて五木さんが喋りだした。「本日は皆様お待ちかね、異世界ゲートの起動を行います。城ヶ崎彼方によって生まれたこの異世界ゲート。世界の常識を変える一歩になるでしょう」
随分持ち上げられているが実際に常識が変わるだろう。なにより異世界に行くことにより、魔法という概念がこの世界にも生まれることとなるのだから。後ろの大きな布が取り除かれ、ドーナツ型の機械はお披露目となった。
また大きな拍手が巻き起こるが、アレンさん達の目は真剣そのものだ。何も問題がなかったようで次のフェーズへと進む。まずは一安心といったところか。「起動を行うのはもちろん本人です。では彼方君よろしく頼むよ」
そう言いながら五木さんはスイッチを僕に手渡し少し離れた。これを押したら、起動する。
辺りは静寂に包まれ、僕の押す瞬間を今か今かと皆は見守る。10秒は経っただろうか、満を持して僕はスイッチを押した。
反重力装置が起動し、ドーナツ型の機械は回転を始める。唸り声のような音を響かせながら、ドーナツの中心のぽっかり空いた空間は少しずつ歪み始めた。バチバチと雷のような音と共にドーナツの中心の空間は黒ずんでいく。耳障りな音がやんだ頃には、黒ずんでいた空間は完全な漆黒と化していた。……成功したのか?
いや、油断はできない。空間が固定されていなければ、入った瞬間に身体はバラバラとなるだろう。とにかく起動は成功した。
手はず通り、近くに用意されていた鉄のパイプを握り空間へと突き刺した。3秒、4秒、5秒待ち、鉄パイプを引き抜く。曲がったり折れたりせずそのまゼンの叫び声が会場中に広がる。僕や宿り木の皆は何が起きているかすぐに把握できた為、次の行動に移ろうとするが会場に来ている方々は何が起きているか理解できずオロオロと周りを見渡しどうすればいいか悩んでいるようだった。しかしそれもゼンを目にして、逃げ惑う事となる。ゲートから命からがら逃げてきたと思われるゼンの全身は、返り血なのか真っ赤に染まり所々服も破けていた。「団長!魔物がなだれ込んでくる!何か手はないか!」各所に配置されていた黄金の旅団員はすぐさまゲートに向かおうとしたが、そう簡単にはいかない。こっちの世界にいた魔族達がここにきて姿を現したからだ。「さあ、宴の始まりと行きましょうか」ゾラの声を皮切りに、各所で雄叫びや唸り声が聞こえ始めたと思ったら異形の魔族達が行く手を阻みだした。いや何か忘れていないか?僕はある言葉を思い出した。五木さんから聞いていた、稼働時間だ。10分で稼働は止まる、電力が足らないから。そう聞いていたのに、もう既に1時間ゲートは開いたままだ。五木さんに目を合わせ、叫ぶ。「五木さん!電力が止まればゲートも閉まりますよね!?」「そ、そのはずなんだがなぜか止まらないんだ……」しどろもどろに喋りながら機械を操作しようとするが、ゲートは閉まる気配を一向に見せない。僕もスイッチを何度も押すが何も変化はない。すると後ろから異様な気配が近付いてきた。「無駄だ、電力不足など……魔力で補えばいいだけの話だ。我の魔力量なら造作もない」低く冷たい言葉を発したその人物は、背は高く黒いコートに身体を包み、赤い眼をしていた。刹那、アカリが僕の前に飛び出す。「カナタ、下がって。あれが魔神。魔神ヴァリオクルス・リンドール」遂に出てきた魔神。名前しか聞いたことがなかったが、明らかに他の魔族とは違うオーラが漂っている。「失せろ小娘。貴様でどうにかなると思ったか?」「
数年前魔族や黄金の旅団はこの世界に飛ばされてきた。数が少ない魔族が反撃に出るのはリスクでしかない。その為魔神は考えた。異世界へと戻る方法を。どれだけ考えても思いつかなかったが、1つの名案が浮かんだ。この世界に存在する天才と呼ばれるに値する人間に、滅びの夢を見せ信じさせる。そうして、その者に異世界へと帰る手段を見つけさせ、元の世界へと帰るもしくは配下を引き連れて戻りこの世界を支配する。そのターゲットとなった僕は簡単に騙されてしまい、知力を駆使して異世界ゲートを創り上げてしまった。全ては魔神の思うがままに。――――――「感謝するぞ。我々では成し得なかった異世界ゲートを創り出したお前は本物の天才だと記憶に刻んでおくとしよう」言い終わるか否か、何処からかデカい両刃の剣を生み出し僕に剣先を向けてくる。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みなく死を与えてやろう」拡声器でも持っていたのかと思うほどに大きな声が会場中に広がる。ざわめきが広がると同時に悲鳴も上がった。「いやぁぁ!やめて!」「痛いいいぃ!!」ゲートから無数に出てくる魔物に襲われている記者や各国の著名人。僕はただ眺めることしか出来ない。「いい声で鳴くじゃないか。ではそろそろお前の命も終わりとしよう」一歩踏み出した魔神を止めるかのようにアカリも構える。一触即発の雰囲気の中、僕はアレンさんを会場の何処にいるか目線だけで探す。遠くに居たのを見つけたが、高位魔族に阻まれてこちらに来ることができなそうだ。いやまだ居る。フェリスさんと春斗が僕の護衛になっていた。春斗は見当たらずフェリスさんを探すと、魔神の後ろにレイピアを構えてアカリと挟む形で陣取っていた。「雑魚が群れようと、我に傷をつけることは叶わぬ!」大剣を振るうとその剣圧でアカリとフェリスさんは吹き飛んだ。「ぐっ!!」4m程度離れただけだ
見たくなかった光景に目を背けたくなったが、身体は金縛りのように動かない。春斗の腹に突き刺さった剣の先端は背中から生えていた。血飛沫をまき散らしながら、春斗の身体はくの字に曲がる。「う、うぐぅ……くそ……が……」うめき声をあげながらぐったりとする春斗を見て僕は叫んでしまった。「は、春斗ぉぉ!!」声が聞こえたのか春斗はゆっくりとこちらを振り向きながら小さな声で呟く。「に、逃げろ……俺がこいつを止めてる間……に……」春斗は自らの剣を手放し身体に突き刺さる大剣を両手で掴んでいる。足元には血溜まりが少しずつ広がっていき、傷の深さが伺える。「チッ、さっさと離せ雑魚が」突き刺さる大剣を引き抜きたいが春斗が抑えているせいで抜けずに魔神は苛立ちを見せる。「い……今のうちに……早く……行けカナタ……」息も絶え絶えにそれでも僕の身を案じてくれている。涙は止まらず、動くことも出来ない僕を見たフェリスからも喝が飛んでくる。「行きなさい!カナタくん!アカリ!担いででも逃げなさい!その人は死なせてはならない!」それを聞いたアカリは素早く刀を仕舞い細い腕で僕を担ぎあげる。「やめろ!!やめてくれ!!春斗がッ、春斗が!」そんな声も虚しく、担がれた僕は魔神から遠ざかっていく。「アカリ!ここは任せろ。ボク達がなんとかする、君達は安全が確保できる場所へ!後で落ち合おう」「団長も無事で会えることを祈ってる」アカリはアレンさんとそれだけ言葉を交わすと大きく跳躍し、瓦解した壁の隙間から外へと飛び出した。「待ってくれアカリ!皆がまだ中に!」「諦めて。私の任務は貴方を無事に守ること。誰よりも優先すべき対象」アカリの足は止まらない。
数十分にも渡る戦いが繰り広げられていたが、アレンは判断を下す。「黄金の旅団全員に告げる!この場から撤退せよ!これ以上の戦闘は無意味だ!次の手を打つために一度引くぞ!」その言葉を合図に団員達は戦闘を即座に止め撤退の準備に取り掛かる。レイは舞台袖に隠れていた茜と五木を見つけ共に脱出することを提案した。「貴方達はカナタくんのお知り合いですね?」「は、はい。えっと貴方は……?」「自己紹介は後です。私の後に付いてきて下さい」五木と茜は何が何やら分からなかったがとにかくこの場を離れられるのであればと、レイの後ろを着いていく。それを見たのか数人の無事だった記者や著名人らも後ろから着いてきていた。軍人は全滅していたようで、軍服を着た者が着いてくることはなかった。「団長、無事な人達はここに集めました」「よし、脱出するぞ。剣聖!やってくれ!」アレンが合図を送ると舞台の上で戦っていた剣聖は頷く。「さあここにいる皆は良いと言うまで目を瞑って!早く!」言われた通り全員目を瞑ると、舞台上から声が聞こえてきた。「放て!我が聖剣!エクスカリバー!!!」目を瞑っていても分かる程の眩い光が会場内を照らす。魔族や魔物は目を開けていたようで、所々からうめき声が聞こえてくる。「くそが!!剣聖!覚えていろ!必ずカナタを殺しお前も殺す!!今だけは仮初めの平和を楽しむがいい!これからこの世界で殺戮ショーが始まるぞ!」不穏な言葉が聞こえるが、全て無視して脱出へと動き出す。「全員目を開けて!走って!!出来るだけ私達から離れないように!」味方と思われる方々に必死で着いていくよう一般人は足を動かす。恐怖で上手く走れないが皆同じ条件だ。テキパキと動くのは彼らのような戦える者達だけだろう。――――――20分は走り続けただろうか。逃げ出した集団は閑静な住宅街に佇む一際大きな屋敷に到着した。彼らの拠点のようで、一時
「それで、ハルトとゼンは死亡。剣聖は行方不明、カナタくんとアカリは無事だが何処かは分からない、ってことだね」辺りは暗く夜となっていたが安全な場所まではまだ距離がある為、彼らは歩き続けていた。アレンを先頭にし、殿はレイが努めている。フェリスはアレンに事の詳細を説明していた。「はい、残念ながらハルトとゼンは助けられませんでした……」「仕方がない……ボクらは常に死が身近にある世界で生きてきた。この世界に数年いて平和ボケしていたのかも知れないね……」「ですが、カナタくんは無事にあの場から逃げ出せたと思います」「それが分かるだけでも本当に良かったよ。とにかくこれから忙しくなる。この世界に魔族が解き放たれたからね……」アレンも今後の事を考えていたが、あの場にいたこの世界での戦力と言える軍。それがあっという間に全滅させられた所を見ており、この世界の戦力では魔物一匹にすら苦戦するだろうことは分かり切っていた。黄金の旅団は団員が減り、剣聖も行方不明。戦力は大幅に落ちており、今のままでは異世界ゲートを取り返す事すらままならない。「とりあえず、一度腰を据えて今後の事を話し合う必要があるかな」保護した一般人もいる。彼らを守りつつゲートも取り返さなければいけない。カナタを見つけ、剣聖も探さなければいけない。やる事が多すぎて何から手を付けるべきかアレンは頭を抱えていた。――――――「ここは?」着いて来た一般人が不安そうに零す。歩き続けてやっと到着した場所は、廃工場だった。工場を囲うフェンスは錆でボロボロ、いくつかの建物は崩れかけ今にも朽ちてしまいそうだった。「ここの地下にボクらの本当の拠点がある。あくまで宿り木は表向きの拠点だからね」アレンとレイ以外はこの場所を知らなかったようで、少しざわめきが広がった。「ここはボクとレイで見つけたんだ。そして最初に出会ったこの世
「ふーん、なるほどな研究所が襲われて命からがらここに逃げてきたと」「まあ助けられなかった人達のほうが多いけどね」「んなこたぁどうでもいい。これからが大変だろうが」そんな話をしている折、我慢できなくなったのか一人の男が叫び始めた。「一体君達は何者なんだ!!それにあの異形の生物は!あの彼方という青年は何処に行った!」皆の視線がその男に向けられる。「あ?何だお前。先に名乗れ」「私は国家安全保障局の者だ。あの惨劇の説明を求めている!」国に関わる重要な方のようで、国に説明を求められた際なんと言えばいいか分からず理解できるように説明してくれ、との事。「そうだね、まずは説明の必要があるか。ボクらの事もあるしね」そこからは1時間ほど掛けて、一般人に理解できるような説明が行われた。魔法や異世界、科学では説明できない事象は実際に目の前で見せてくれた為信じるしかなくなってしまった。その中心に居たのが、彼方だったらしく今は最優先で保護しなければならないとのことだ。「協力はしてやるが、正直なところたったこれだけの人数で異世界ゲートを取り返せるのか?」「ま、待て!我々にも戦えというのか!?」「うるせぇやつだなお前は。俺の仕事は武器商人。この世界の武器ならどんなものでも揃えてみせるぜ」見た目通りの職業だったが、今はとても頼もしく見える。「しかし、あの化け物どもは軍人すら相手にならなかったぞ?」また別の者から、意見が飛んでくる。「うるせぇなぁ、やるかやらないか。さっさと決めろ。死にたくなけりゃ戦え。嫌なら死ね」この紅蓮という男は口が悪くそれがまた人を苛つかせる。「人が死んでいるんだぞ!!」「協力的な態度を示したらどうだ!!」紅蓮と記者や国の関係者が言い合いになってしまい、収集がつかなくなってくる。「茜くん、君はどうするんだい?」五木は騒いでる連中を無視して、近くにいた彼女に話し掛けた。「そうですね……戦うなんて平和な日
「あー!うるせぇ!てめぇら死にたいのか?次俺に舐めた口聞いたら殺すぞ?」突如響き渡る怒号。善人とは思えない言葉に、皆が紅蓮と言い合っていた連中の方を向く。「な!貴様!誰に向かって!」最後まで言うが早いか、自称国家安全保障局の男はぶん殴られた。「次は撃ち殺すぞ」紅蓮は腰に装着されている拳銃に手を掛け、殴り倒された男の耳元で脅す。「わ、分かった。大人しくしておくから……う、撃たないでくれっ……」「はいはい、皆落ち着いて」緊迫した空気の中、アレンがニコニコした顔で手を数回叩く。「アレン、お前も笑ってないでこいつらなんとかしてくれ」「そうだね、あー一般人の方々これを見て下さい」ポケットから携帯を出すと、動画投稿サイトを皆に見せた。そこには世界中で猛威を奮う異形の生物達が映っていた。動画の中には悲鳴や怒号、銃声やガラスの割れる音も入っている。目を背けたくなる瞬間も写っており、皆の顔は曇る。「今世界ではこんな悲劇が起きています。ここに逃げ込めてよかったでしょ?」アレンが携帯をしまいながら皆に優しく微笑むと、命が助かったのは彼らのお陰と認識したのか全員落ち着きを取り戻していた。「まあお前らは運が良かったって事だ。ここには食料もたんまりあるからな。俺が隠れ家にしていた所なんだ。耐震性もバッチリだぜ?」一時的に仮拠点として、廃工場の地下を使うこととなり今後の活動を夜遅くまで話し合うことなった。――――――「これ、水」憔悴した僕の前に何処からか手に入れてきた水を渡してくれるアカリ。逃してくれたこと、ここ数日世話をしてくれることに感謝しかないが、春斗の最後が脳裏に焼き付きうまく笑えない。「あ……ありがとう……」あれから皆はどうなったのだろうか……それに姉さんは無事なのか。
彼方の晴れ舞台を見るために紫音は自宅のテレビで中継を見ていた。「あー!出てるー!すごいすごい!」自分の事のように喜びながら、画面を注視する。生中継も終盤に差し掛かる頃何やらおかしな雰囲気になってきた。異世界ゲートが起動し一人の男が入っていってから戻ってこないのだ。会場はざわついているようで、舞台上にいる彼方も何やら動揺しているように見える。嫌な予感がする……彼方は大丈夫と言っていたが、数十分も戻ってこないなんて流石に予定通りではなさそうだ。紫音の手は汗で濡れ、テレビから一瞬たりとも目を離せなくなってきた。最初の説明をぼんやりと聞いていたが、確か10分しか稼働させることはできなかったのではないのか?不安は募り、今にもその場に行きたい衝動に駆られた。そして事件は起こる。血塗れの男がゲートから出てきたのだ。明らかに台本通りではない、もしこれが台本通りならば顰蹙《ひんしゅく》ものだ。彼方も不安そうな表情で狼狽えている。その後画面は乱れだしたが、撮影者の意地なのか映像は続く。見たこともない異形の化け物がゲートから出てきた。「なんなんだよあれ!」「これドッキリか?」撮影者たちの声も入っているが、紫音も同じ気持ちで画面を見続ける。ドッキリであってくれと。しかしその願いは叶わなかった。ゲートから出てきた異形の化け物は観覧席へと降り立ち、人々を襲い始めたではないか。カメラを投げ捨てたらしく、酷く画面は揺れ運良く地面に落ちたのか上手く舞台が映る形で撮影され続けている。「彼方……大丈夫って言ったじゃない……」悲壮な声も虚しく、異形が人々を襲い続ける映像はつづいていく。見てられずテレビを切ろうとしたが、舞台上に見たこともない男が現れた。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みな
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。
一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ
世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚
別世界というワードが気になったのか神族達は顔を見合わせポソポソと何やら言葉を交わしている。まずは第一段階クリアだ。ここで興味すら持って貰えなければ交渉は意味を成さなかっただろう。「別世界……だと?」「そう、別世界。この世界とは別の世界から来た人間がいるんだけど、話を聞いてみたくないかい?」僕らに襲い掛かってきた神族達のリーダーと思わしき男性が槍の矛先を下ろし訝しげにアレンさんを見る。口からでまかせを言っているだけではないか、そんな風に思っているであろう表情でジッと見つめている。「全員武器を下ろせ」「よろしいのですか?奴らはこの神域に無断で立ち入った不届き者。ここで成敗しておいた方がよいのでは?」「構わん。私がいいと言っているのだ。さっさと武器を下ろせ」リーダーの発言力はかなり強いらしく、他の神族も渋々ながら従っていた。リーダーが地面に降り立つと白い翼は器用に折り畳まれた。本当にイメージ通りの天使の姿だ。「貴様……私を謀っているのではないだろうな?」「そんな事はしないさ。神族にそんな事をするなんて罰当たりにも程があるしね」「そういう割にはいきなり魔法をぶっ放してきたが?」「まあまあまあ。それで、別世界の話なんだけど……」アレンさん露骨に話を逸らしたな。神族は敬われる種族らしいがアレンさんからすればただ別の種族ってだけの認識のようだ。「それよりもまずお前達は何者だ」「おっと、自己紹介が遅れていたね。ボクはアレン、そっちの爺さんがクロウリーさ」「聞いたことがある。人間の中では特筆して秀でた力を持つ者だと」「そうそうそう。話が早いねぇ。それから仲間のフェリス、アカリ、カナタだ」「そっちは知らん」まあ当然である。僕らの事まで知っていたら情報通にも程があるし。「ワタクシはエリュシオン帝国第一皇女ソフィア・エリュシオンと申します。お見知り
天使さんを置いて神域へと入った僕らが最初に目にしたのは、遠くからでも分かる巨大な樹だった。きのこ雲のように傘が広がり、大きさはちょっとした街くらいはあるのではないだろうか。「あれが世界樹じゃ。あの麓まで行かねばならん」「ここからでも見えるくらい大きいですが、距離は相当ありそうですね」馬車もない、全て徒歩で移動となれば一か月はゆうに掛かるのではないだろうかと思える距離だ。大きいから近く見えるが恐らく相当な距離があるだろう。「思っている以上に大きいのね」「凄い……まさか死ぬまでに世界樹を見られるなんて」フェリスさんは驚きより感動が勝っているようだ。というよりこんな悠長にしていて大丈夫なのだろうか。他の神族が襲い掛かってきたりとかしないのかな。「そろそろじゃな……アレン」「まあそうだろうねぇ。フェリスは右、アカリは左ね。ソフィアはカナタの傍から絶対離れちゃだめだよ」急にアレンさんが真面目な顔で指示を出し始めた。やっぱり来るのか神族。僕もライフルを構えているがあんな天使さんみたいに猛スピードで突進してきたら当たらないだろうな。「来たわね」ソフィアさんが眺める方向を見ると数人の神族が槍片手にこちらへと飛んできていた。明らかにこちらの数より優っている。本当に大丈夫なのか心配になる数だった。「まずは平和に行こう。あー神族のみなさん、ボク達は――」「侵入者に死を!!」無理だわこれ。滅茶苦茶神族が切れてらっしゃるようだ。アレンさんの言葉なんて被せられていたし。「仕方あるまい、アレンやってしまえ」「うーん、ボクだけ悪者になってしまうけど……まあいいか。ブラストファイア」業火に包まれた神族はみんなバリアを張っているようで、白い球体で守られていた。つまり大したダメージにはなっていない。「手加減しす
「さて、ついたぞい」クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。「ここからは強引にいくぞ!」クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」
長旅も九日が経つと流石に慣れてきた。今更ながら思ったが、女性連中の風呂はどうしているのだろう。アレンさんやクロウリーさん、そして僕らは男だからまあ我慢すればいい。といっても毎日寝る前に濡れた布で身体くらいは拭いているが、女性はそれだけで満足はできないはずだ。「アカリ、風呂ってどうしてんの?」「?お風呂なんてどこにもないけど」「いや、それは分かってるけど。もしかして僕らと同じで濡れた布で身体を拭くだけ?」「そうだけど」驚いた。こっちの世界の女性は案外その辺り気にしないらしい。清潔感という面だけ見ればやはり日本の圧勝のようだ。「身体を拭いただけでさっぱりできる?」「うん」冒険者だからだろうか。しかしソフィアさんはそういうわけにはいかないだろう。そこで僕は彼女に聞いてみる事にした。「ソフィアさん、この旅の間はお風呂に入れていないと思いますけど大丈夫ですか?」「何の事かしら?それは当然でしょう。ああ、もしかして気にしないのかという事?」「そうです。皇女様なのにその辺り大丈夫なのかなと思いまして」「気にしないわね。どうせ外にいれば汚れるのだからいちいちお風呂で身体を清めても意味がないわ」まあそれはそうかもしれないが皇女様であろうお方がそれでいいのかと思ってしまう。姫様って綺麗好きなイメージがあったのに。「流石に臭いには気を付けているわよ、ほら」ソフィアさんが手を広げバタバタすると、ふんわりと花の香りが漂ってきた。香水かな、なんとも心が洗われる匂いだ。「香水は乙女の嗜みね。これがあるから多少身体が汚れていてもきにならないのよ。貴方の世界では違ったのかしら?」「そうですね……人によると思いますが、一日に二度お風呂に入らないと気が済まない女性もいましたよ」僕の姉である。綺麗好きがいきすぎて毎日朝と夜にお風呂に入っていた。僕がその話をするとソフィアさんは顔を顰める。