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滅びゆく世界で①

last update Last Updated: 2025-02-15 17:00:03

彼方の晴れ舞台を見るために紫音は自宅のテレビで中継を見ていた。

「あー!出てるー!すごいすごい!」

自分の事のように喜びながら、画面を注視する。

生中継も終盤に差し掛かる頃何やらおかしな雰囲気になってきた。

異世界ゲートが起動し一人の男が入っていってから戻ってこないのだ。

会場はざわついているようで、舞台上にいる彼方も何やら動揺しているように見える。

嫌な予感がする……

彼方は大丈夫と言っていたが、数十分も戻ってこないなんて流石に予定通りではなさそうだ。

紫音の手は汗で濡れ、テレビから一瞬たりとも目を離せなくなってきた。

最初の説明をぼんやりと聞いていたが、確か10分しか稼働させることはできなかったのではないのか?

不安は募り、今にもその場に行きたい衝動に駆られた。

そして事件は起こる。

血塗れの男がゲートから出てきたのだ。

明らかに台本通りではない、もしこれが台本通りならば顰蹙《ひんしゅく》ものだ。

彼方も不安そうな表情で狼狽えている。

その後画面は乱れだしたが、撮影者の意地なのか映像は続く。

見たこともない異形の化け物がゲートから出てきた。

「なんなんだよあれ!」

「これドッキリか?」

撮影者たちの声も入っているが、紫音も同じ気持ちで画面を見続ける。

ドッキリであってくれと。

しかしその願いは叶わなかった。

ゲートから出てきた異形の化け物は観覧席へと降り立ち、人々を襲い始めたではないか。

カメラを投げ捨てたらしく、酷く画面は揺れ運良く地面に落ちたのか上手く舞台が映る形で撮影され続けている。

「彼方……大丈夫って言ったじゃない……」

悲壮な声も虚しく、異形が人々を襲い続ける映像はつづいていく。

見てられずテレビを切ろうとしたが、舞台上に見たこともない男が現れた。

「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みな
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    一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ

  • もしもあの日に戻れたのなら   神域へ③

    世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚

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