彼方の晴れ舞台を見るために紫音は自宅のテレビで中継を見ていた。
「あー!出てるー!すごいすごい!」自分の事のように喜びながら、画面を注視する。生中継も終盤に差し掛かる頃何やらおかしな雰囲気になってきた。
異世界ゲートが起動し一人の男が入っていってから戻ってこないのだ。会場はざわついているようで、舞台上にいる彼方も何やら動揺しているように見える。嫌な予感がする……
彼方は大丈夫と言っていたが、数十分も戻ってこないなんて流石に予定通りではなさそうだ。紫音の手は汗で濡れ、テレビから一瞬たりとも目を離せなくなってきた。最初の説明をぼんやりと聞いていたが、確か10分しか稼働させることはできなかったのではないのか?
不安は募り、今にもその場に行きたい衝動に駆られた。そして事件は起こる。血塗れの男がゲートから出てきたのだ。
明らかに台本通りではない、もしこれが台本通りならば顰蹙《ひんしゅく》ものだ。彼方も不安そうな表情で狼狽えている。その後画面は乱れだしたが、撮影者の意地なのか映像は続く。
見たこともない異形の化け物がゲートから出てきた。
「なんなんだよあれ!」「これドッキリか?」撮影者たちの声も入っているが、紫音も同じ気持ちで画面を見続ける。ドッキリであってくれと。しかしその願いは叶わなかった。
ゲートから出てきた異形の化け物は観覧席へと降り立ち、人々を襲い始めたではないか。カメラを投げ捨てたらしく、酷く画面は揺れ運良く地面に落ちたのか上手く舞台が映る形で撮影され続けている。「彼方……大丈夫って言ったじゃない……」
悲壮な声も虚しく、異形が人々を襲い続ける映像はつづいていく。見てられずテレビを切ろうとしたが、舞台上に見たこともない男が現れた。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みな意を決して、外に出ようとすると屋根の上からスピーカーから発せられる声が聞こえてくる。ヘリコプターの音も同時に大きくなってきた。「住人の皆さん、家からは決して出ないでください!繰り返します!家からは決して出ないでください!」軍の人だろうか?どうやらヘリコプターで空から注意喚起しているみたいであった。なぜ家から出ることを拒むのか分からず紫音は玄関先で耳を澄ましていると徐々に外が騒がしくなってきた。「おい!なんか化け物出たらしいぞ!」「さっきの中継本物か!?」「人が死んでたじゃない!あれCGじゃないの?」近所の人達の話し声がする。やはり皆あの中継を見ていたようだ。するとまた空から声が聞こえてきた。「家から出ないで下さい!危険です!テロの危険性がある為家からは出ないで下さい!」テロだって?あんなものテロなんかじゃ説明がつかないではないか。あの化け物は本当に異世界とやらからやって来てしまったのでは……そんな思いもつゆ知らず、空からはずっと注意喚起の声が聞こえ続ける。次第に口調も荒くなってきている。「繰り返す!家からは出るな!これは訓練ではない!!鍵を閉めカーテンを閉じろ!!繰り返す!!――」言われた通りに行動し、リビングでどうするか悩んでいると今度は小さく叫び声まで聞こえてきた。「う……!出た…………逃げ……!!」遠いのか聞こえづらい。しかし、逃げ、と聞こえた気もする。怖くなり包丁を握りしめ縮こまり、何事もないよう祈り目を瞑る。次第に声は数軒隣辺りから聞こえてきだした。「いやぁぁ!!!」「な、なんだよこいつ!!」「化け物!!誰か!!誰か助けて!!」あの中継で見た異形の化け物が瞼の裏に焼き付いている。もしやあれがこの近くにも現れたのか。包丁を握る手は
紫音は絶句した。視界に広がるのは燃えた家屋、そこかしこに倒れている人や血溜まり。目を覆いたくなるほどに凄惨な光景。紫音はゆっくりと足を進め、目的も決めず彷徨い出した。どこを見ても倒れた人だらけ。ピクリとも動かないそれは、生きてはいないだろう。当てもなく歩き続けていると、前方から人らしきシルエットが近付いて来た。やっと生きている人に会える喜びからか、警戒もせず紫音も近付いて行く。「ん?なぜこんな所にまだ人間がいるんだ」言葉を発したそれは人でない何か。言葉は分かるし見た目も人間。違うのは背中に翼が生えていることと頭から角が2本出ていることだ。「…………!!」驚きからか、紫音は口をパクパクさせて声が出ない。「まだ生きている者がいたとは……仕方ないオレが処理しておくか」ゆっくり近づいてくる。死を覚悟し目を瞑っていると、いつまで経っても側に来た気配がない。紫音が恐る恐る目を開けると人型の異形は既に事切れていた。魔族が紫音の元まで来ることは出来なかった。首が胴体と離れ地面に倒れ込んでいる。紫音は何が起きたか分からず、倒れ込んだ魔族を見て呆然とする。「こんな所で何をしている」不意に声をかけられ紫音が顔を上げると、そこには中継で見た男が剣を片手に立っていた。「あ、貴方は……」舞台の上で春斗を殺した男と対峙していた金髪の男だった。紫音は瞬時に考えた。あの場に居たということは彼方の行方を知っている可能性がある。「あの!彼方を知りませんか!」名前も知らない金髪の男に問う。すると男は困ったような表情で答えた。「すまない……私も分からないんだ。それに仲間も何処に行ったか分からず探しているところだ」「そう…&hellip
それから二人で歩きながら今までの話を教えてくれた。魔法に異世界、彼方が中心となり彼らを帰すために協力していたこと、彼らの使う魔法を彼方も使えるようになったこと。半信半疑な話ではあったが、現状信じざるを得ない光景を目にしている為すぐに飲み込めた。「じゃああれは事故……というよりその魔神って人が起こした計画的犯行ってことですか?」「そうなるな。カナタくんは魔神の思うように操られたと言ってもいいだろう。彼は被害者に過ぎない」世間では諸悪の根源とも言われているが気にしないでいいと、優しく寄り添うように語ってくれた。「しかし……多分彼は今罪悪感に押し潰されているだろう……」「実際にあのゲートを作ってしまった本人ですもんね」「だからこそ姉である君が寄り添う必要がある。彼の心の支えとなってやってくれ。もしも君が拒絶すれば彼は確実に我々と共に異世界へ着いてくるぞ」「分かりました。ありがとうございます」異世界には興味がある紫音だったがあんな化け物が闊歩しているなら行きたくはないなと思っていた。ただし、彼方が行くと言うのなら嫌々ながらも着いていくつもりであった。「そう言えば漣さんって、そのなんていうか……強い人なんですか?」とても抽象的な言い方に漣も戸惑いながら答えてくれる。「強い人……というのが良く分からないが今この世界にいる仲間の中で私は二番目に強い」想像以上の強さに紫音は驚いた。彷徨っていたところにこの人と出会えて運が良かったかもしれないと自身の幸運さに感謝した。そんなどうでもいいような話をしながら歩いていると、ふと漣の足が止まった。
「団長、アカリちゃんとカナタさん無事ですかね……?」小さく幼い声でアレンに問い掛けたのは団員の1人、セラ・マクレーン。アカリと同じく20歳という若さで二つ名を得た、黄金の旅団に相応しいメンバーである。「そうだね、二人共無事だと思うよ。何しろあの神速が護衛なんだから。友達ならもっと信じてあげよう」アレンは優しく微笑み返し、セラも頷く。セラにとっては唯一の同い歳。最年少の団員は他にもいるが、いつ何処へ行くにも一緒だったアカリの事が心配でならないのだろう。不安そうな顔を見せるが、アレンが頭を撫でてあげると照れた表情を見せてすぐに怒った表情になった。「もー!私ももう20歳なんですよ!団長は子供扱いしすぎです!」「ははは、ごめんよ。妹みたいな存在だからねセラは」身長も低く、礼儀も正しい。それに可愛らしいキャラであり、団員からは可愛がられていた。そんな彼女ももちろん黄金の旅団にいる以上は、かなり上位の能力を持つ。絶対防御。彼女の幼い見た目からは想像がつかない二つ名だが、力は本物だった。彼女の防御結界は誰にも破られない。これはアレンにも適用する。殲滅王と呼ばれる彼ですら一度も破れたことが無いほどの防御力を誇る彼女は次第に絶対防御と呼ばれるようになった。しかし、そんな彼女にも欠点はある。戦闘能力が低いことだ。防御に特化している為、攻撃手段は乏しい。もちろん一般人相手なら簡単に勝てるだろうが、魔法を使える能力者との戦闘では勝てない程度の戦闘能力。今回の探索メンバーに入れたのは、圧倒的な防御力を活かした支援をしてもらう為。それにアレンは彼女がアカリの唯一の友達だと知っていたので、今回の探索に参加してもらった。「旦那、俺も探索メンバーに入れてもらって感謝します」そう言って横から声を掛けてくるのは、ゼンの兄貴分だったガイラ・ビクトール。轟龍の二つ名を持つ力こそ全て、の戦い方を好む男だ。
探索に出て1時間。リサがいきなり立ち止まった。こんな時は大体魔物が近くにいる。気配に敏感なリサは真っ先に気づいたようだ。「リサ?もしかして魔物かい?」リサは無言で前方を指差す。前方の見えないくらいの距離に何かがいるようだと他の三人も警戒する。全員が臨戦態勢に入り、ゆっくり音を立てないよう進む。次第にシルエットが見えてきたが、2人いるようだ。1人は背の高い男らしき人物。その横には女のようなシルエットが見える。顔が見える所まで近付くと、向こうから声をかけてきた。「おい!アレンか!」聞き覚えのある声。「剣聖か!?」アレン達が走り寄ると剣聖とその横に1人の女性がいる。「ん?彼女は誰だい?」「ああ、この子は紫音。カナタくんのお姉さんだ」まさか彼方より姉が先に見つけられるとは思わなかったが、基地に戻ればいい報告ができるとアレン達の顔は綻んだ。「そうか、保護してくれていたんだね」「あの……初めまして。紫音と言います」「初めまして、ボクはアレン。カナタくんの師匠ってとこかな?」握手と必要最低限の挨拶だけ交わす。「紫音さん。まず最初に言っておくよ、カナタくんはボクらもまだ出会えていない」それを聞いた紫音はとても悲しそうな顔をする。「でも心配しなくてもいい。こうやって探索に出ているのもカナタくんを見つけるためなんだ」「ありがとうございます……!」涙を流しながら礼をする紫音だが、実際はアレン達と一緒に居てくれることを期待していた。「とりあえず一緒に来てくれるかな、カナタくんの護衛に付けていたアカリには落ち合う場所を伝えてある。今はそこを目指しているんだ」こうして4人から6人での行動となったが、剣聖が入ったおかげでより一層安全性は増した。紫音は守らなければならないが、それを加味しても有り余る戦力だ。「ここからは後5キ
朽ちた机に割れた窓、積もった埃に散乱した食器類。明らかに人が立ち入っていない様子の部屋を見る限り1度もここへは来ていないようだった。「今夜はここで一夜を明かす。リサは外の警戒を、セラは家全体に結界を展開、ガイラは寝床の用意を。剣聖はそのまま紫音さんに付いていてあげてね」「ああ、そのつもりだ」各々準備に入り、手持ち無沙汰になってしまった紫音は携帯で何度も彼方に連絡をするが返事はない。日も落ち、静かな夜が来る。セラ達は3人で女性同士の会話を楽しんでいるようだ。リサは相変わらず相槌を打つくらいしかしてないようだが。ガイラは外の警戒中。アレンは剣聖と二人で向かい合っている。「あの後どうやって逃げたんだい?」「魔物が抜け出していた壁の隙間から外に出て逃げたんだがな……」「数日間はウロウロしてたんだろ?どうだった?街の様子は」「あまりいいとは言えないな……何処も戦争中のような悲惨な光景だ」魔物と魔族が溢れ出たせいで、世界は破滅へと近づいているようであった。「この国だけじゃないみたいだぞ、騒動は」「あーボクも携帯で確認したよ。世界中に散らばったみたいだからね魔物が」もはやこの世界は平和、という時代は終わったのかもしれない。「とりあえず直近の目標は、カナタくん達と合流。その後反撃にでるつもりだ」「しかし……この戦力では心許ない……」「ふふふ、秘策があるのさ。異世界ゲートまでたどり着いたらレイを元の世界に戻させる」「どういうことだ?」剣聖はまだ理解が出来ていないようで、訝しげな顔をする。「連れて来ればいいのさ、戦力を」「なんだと?」「レイには雷神ゼノンを連れてきてもらう」「魔族をこちらに呼ぶのであれば同じことをすればいい……そう言う事か」「3人の英雄、そのうち
――異世界ゲート対策会議室。日本の首脳陣達は頭を抱え今起こっている問題をどうするべきか、話し合っている。「佐藤首相、まずはこちらをご覧下さい」そう言って会議の進行を務めるテロ対策委員会のトップはスクリーン映像を映し出す。そこには見たこともない異形の生物が人々を襲っていた。中継で見た映像と同じく、人の形をした化け物もいる。「もういい、止めてくれ」吐き気を催す凄惨な光景に首相は映像から目を逸らす。「これが今日本で起きているテロです」「テロだと?こんなものがテロと言えるのか!!あれはなんなんだ!!見たこともない化け物ではないか!私の部下だって何人もやられたんだぞ!」机を叩き大声で叫ぶのは日本軍元帥、一条武。軍も総動員したが、戦果は得られず無駄に人員を失う事となってしまったせいか、落ち着いてはいられないようであった。「一条、少し落ち着きたまえ」「しかし首相、あれはもう我々の手には負えません」数十人の小隊が魔物一匹倒せれば御の字。それほどまでに戦力差がある。「まず、呼び方は統一しましょう。映像で超能力のような彼らが呼んでいた通り魔物、魔族と」「そもそも彼らは何者だ?魔物と魔族とやらに対抗できる力を持っていたが……」彼らとはアレン達の事を言っている。中継では彼らが主導となり、反撃していたように見えていた。「もう日本だけの話ではない。アメリカや中国、世界各国で同じような悲劇が起きている」首相の表情は厳しく、同じように会議に参加している者の全ては苦々しい顔をしていた。「これは人類と異世界からやって来たと思われる魔物や魔族との生存競争だ。世界各国に伝えろ、地球防衛軍を設立し奴らを根絶やしにすると」元帥は既に動いていたのか、補足を説明しだした。「アメリカとは既に協力体制に入っている。もはやこれまでのように国家機密などとは言ってられん。人類全ての武力をもって制圧する」「あの異世界ゲートを創り出した城ヶ崎彼方という男はいかがしますか?
あの事件から一ヶ月。僕とアカリはある計画を進める為、瓦礫と化した街を歩いていた。魔法には無限の可能性がある。科学では辿り着けない未知の事象まで起こせてしまう。それに気付いた僕はある一つの仮説を思いつく。”時を戻す魔法”普通に考えれば、何を馬鹿なことをと言われるだろうが僕には魔法という未知の力がある。アレンさんからも言われていたが、僕には才能があるとのことだ。もしかすると時を戻すことも出来るのではないか……そう考えてしまった。アカリは、貴方のしたい事を止めるようなことはしない、と言ってくれた。だから僕達はアレンさん達と合流することを後に回し、目的の場所へと向かっている。「ここからは絶対に私から離れないで」目的地となる場所。それは終わりの始まり、異世界ゲートのある研究所だ。もちろん周りには魔族や魔物が蔓延っている。簡単にいけるとは思わないが、アカリいわく一瞬近づくだけならなんとかなるとのこと。魔族達に見つからないよう腰を落とし少しずつ異世界ゲートへと近付いて行く。奇跡的に異世界ゲートが見えるところまで見つからず近づくことができた。「カナタ、最後にもう一度だけ確認しておく」アカリがいつもより真剣な表情で僕を見つめる。「チャンスは一度だけ。異世界ゲートの側まで一瞬で近寄り私が結界を発動する。自慢じゃないけど私の結界だともって十秒。その時間で貴方は異世界ゲートに送り込んでいる魔神の魔力を使って魔法を発動」「ああ、失敗は許されない。」「正直……危険すぎる。時間に干渉するのは神の所業。人の身でその魔法は何が起こるか分からない。本当にいいの?」「構わない。元の世界に戻せるのなら僕の命なんてどうなってもいい」「そう……」一瞬悲しそうな顔を見せるがすぐにいつもの無表情に戻るアカリ。「ここまで協力してくれてありがとう。僕に何かあったら姉さんをよろ
皇女様がなぜここに!?僕は驚きのあまり固まってしまった。そんな僕などお構いなしに皇女様はアレンさんの机に手を置くとニヤッと笑う。「ワタクシもそのパーティーに参加します」「いやいやいや!皇女様を連れまわしたら流石にオルランドに怒られるよ!」アレンさんがかなり気を遣っている。皇帝陛下にすらタメ口なのになぜ目の前の皇女様にはタジタジなのかが気になった。「この国に帰ってきて一度も挨拶しに来なかったのは誰だったかしら?」「そ、それについては申し訳ない……。ほら、ボクも帰って来たばかりだったしさ、そこにいるカナタの案内もかねて各所を回っていたんだよ」「カナタ?」アレンさんはあろう事か僕に振って来た。皇女様と会話なんて何話したらいいんだ。「えっと……カナタと申します」「あら?新顔ですわね。新しいクランメンバーかしら?」「そ、そんなところかと」「ふ~ん」皇女様はジッと僕を見つめる。やがて興味が薄れたのか目を逸らすとまたアレンさんの方へと向き直った。「それで?彼とワタクシに挨拶がなかったのとどんな関係があるのかしら?」「カナタはこの世界の人間じゃないんだよ」「今何と?」「だからこの世界の人間じゃないんだ。ボクらが無事この世界に帰って来れたのもカナタあってこそだよ」アレンさんがそう言うとまた皇女様は僕の方を見た。今度は上から下まで舐めまわすように見てくる。「ワタクシはソフィア・エリュシオン第一皇女、貴方の名は?」さっき言ったけどもっかい言えってことかな。「城ケ崎彼方と申します」「カナタですわね。別世界から来たというのは本当なの?」「はい。日本という国から来ました」「ニホン……聞いた事がないわね。どうしてこの世界に来たのかしら?」「僕のいた世界を元に戻すため、です」「いまいち意味が分からないわ。アレン、説明して
「さっきのは……」彼方達が図書館から去ると同時に一人の女性が興味深そうに彼らを見ていた。「殲滅王に神速……もう一人の男は見たことなかったけれど、"黄金の旅団"ね。こんな所になんの用だったのかしらね?」女性は読んでいた本を棚に仕舞うと司書の所まで向かう。「ねえ、司書さん。さっきの人達って何の本を探してたのかしら?」「先程と申しますと……アレンさんの事でしょうか?」「そうそう。アレン達が何探してたのかなって。もしあれだったら手伝おうと思って」「ええと……確か神域についてだったと思います」「神域……分かったわありがとう」それだけ聞くと女性はアレン達の後を追うように図書館を出て行った。「あれ?さっきの人ってもしかして……」司書は先程話し掛けてきた人物を知っていた。誰もが知っている女性。直接会話してしまったと司書は喜びに打ち震えていた。誰にも聞こえない声量で司書は彼女の名前を零す。「ソフィア第一皇女様……」――――――宿り木に戻った僕達はまずパーティーメンバーの選出から始まった。アレンさんとアカリ、そして僕ではあまりに貧弱すぎる。というのも僕が殆ど役に立たないからだ。戦闘要員として数えられない為、後二人は必要になるとの事だった。「さてと、誰を連れて行こうかな」クランマスターの部屋で僕らはメンバーを選ぶ。名前と能力が書かれた紙を手渡され僕も一応目を通す。フェリスさんは入れたほうがいいだろう。数日の旅になるなら多少気心しれた人を入れたほうが僕としても楽だ。「フェリスさんはどうですか?」「ああ、そうだね。彼女なら戦闘力も問題ないし……それにカナタもいるから入れた方が良いね」
帝都大図書館は帝国内でも最大級の大きさらしく見上げるほどの高さがあった。日本でも国立図書館はあるがそれを遥かに凌駕する建物の大きさだ。さぞかし蔵書の数は多いのだろうと僕は胸を弾ませた。中に入るとこれまた巨大な棚に本がギッシリと詰められていて何処を見ればいいのか悩んでしまう程だった。「さてと、この中から目的の本を見つけるのは至難の業だ。というわけで司書の所に行こうか」図書館には司書がおり、特殊な魔法を習得しているらしい。なんでも求める本が何処にあるか分かるという司書としての職業でなければ役に立たない魔法だそうだ。「ああ、君。ここに神域に関する事が書かれた本はあるかな?」「はい、少々お待ち下さい」司書は頭の上に魔法陣を浮かべると目を瞑る。しばらく待つと司書の目が開き手元の紙に本のタイトルと場所を記してくれた。「こちら神域について書かれた本は全部で三冊となります」これだけ膨大な数の本があったたったの三冊。それだけに神域は謎に包まれているという事だ。紙に記された場所で本を取るとその場で数ページ捲る。悲しい事に僕は文字が読めない。代わりにアレンさんに読んでもらうと、少し難しい表情になった。「うーん……抽象的な事しか書かれていないね。他の二冊も探してみよう」どうやら満足いく内容ではなかったらしい。目的の本を探すのもなかなか大変だ。何処を見渡しても本の壁。場所は紙に記載してくれているとはいえ、その場所にも何冊もの本が並べられている。やがて見つけた二冊目もやはりアレンさん曰くあまり必要としない情報しか載っていなかったらしい。
魔導具を物色していると時間が溶けていく。あれもこれも欲しくなるしどういった効果があるのか気になってくる。また一つよさげな物を見つけ僕は手に取った。腰に巻き付けるチェーンのようで、少し柄が悪くなるかなと思いつつ自分の腰に当ててみる。……かっこいいじゃないか。男はいくつになっても中二心は忘れない生き物だ。僕も例に漏れずチェーンとか好きである。「……ダサい」「えっ?」アカリは一言だけ伝えるとまた口を閉ざした。え、これダサいかな……。腰にチェーンとか普通にありかなと思ったんだけど。「お、カナタ似合ってるよ。いいじゃないかそれ」アレンさんは分かってくれたらしく、僕を見て嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。やはり男は分かるもんなんだ。このチェーンの良さが。「ダサい」「そんな事はないよアカリ。ほら、見てみなよこの重厚感。ずっしりとくる重みがまたかっこよさを際立たせているじゃないか」「邪魔なだけ」「銀色に輝いているのもよくないかい?」「反射して敵に場所がバレる」「長いのも魅力――」「走ってると絶対足に絡まる」ダメだ、僕とアレンさんが何を言ってもアカリには刺さらなかったらしい。仕方ない、別の魔導具を探すかと僕はチェーンを棚に戻した。と、思ったらすぐ傍にまたかっこいい魔導具を見つけた。銀色の指輪だ。それも普通の指輪じゃない。指全体を覆うようなフィンガーアームのような形をしている。僕が手に取ろうとすると、その手はアカリによって弾かれた。「それもダサい」僕は肩をがっくり落とし、また別の魔導具を物色する。結局、短剣型が一番使いやすいとの事で、僕が選んだのはガードリングと炎の短剣だった。お会計はいくらくらいになるんだろうかと、支払いの時に耳を澄ませていると金貨という単語
ギルドを出ると今度は魔道具の売られている店へと行くことになった。最低限身を守る魔導具はあった方がいいだろうとはアレンさんの意見だ。魔導具と聞けば魔法を気軽に扱える道具という認識がある。ただ結構高価なイメージもあるが、買えるだろうか。「お金は心配しなくていいよ。一応これでも大きなクランのマスターやってるからさ。貯蓄は結構あるんだよ」それなら安心か。しかしどれもこれも買ってもらうというのは気が引ける。魔導具店に到着し、店内へと入ると僕は目を輝かせてしまった。棚には所狭しと置かれた魔導具の数々。魔導書だって何冊も並べられておりワクワク感が増してくる。「カナタ、身を守る物と攻撃手段を選ぶといい」「二つともあった方がいいってこと?一応レーザーライフルはあるけど」「それだけじゃ心許ない」アカリにそう言われるとそんな気もしてきた。レーザーライフルは威力こそ十分だが、ソーラー発電でのエネルギーチャージが必要だからあまり連続して使う事はできない。「カナタ、まずは身を守る為の魔導具を探そう」アレンさんと棚の物色を始めると、どれもこれも効果が分からず僕は首を傾げるばかりだった。見た目はただの指輪でも何らかの効果を持つであろう宝石の嵌った物やネックレスなどもある。腕輪タイプだったら邪魔にならなそうだし、見た目もお洒落だ。いいなと思った魔導具を手に取り見ているとアレンさんが話しかけて来た。「お、それがいいのかい?」「効果は分からないんですが、見た目がいいなと思いまして」「丁度いい。それにするかい?その腕輪はシールドを張る事のできる魔導具さ」運がいい。僕のいいなと思った腕輪が防御系の物だったなんて。「これがいいです」「よし、じゃあ次は攻撃用を探そう」価格を見てないけど大丈夫なのかな。後でコソッとアカリに聞いておこう。攻撃用の魔導具といっても種類は豊富にある。杖型や指輪型、剣型などもありど
アレンさんのいうアテというのが何か分からなかったが、僕の知らない付き合いなどもあるのだろうと無理やり自分を納得させた。「じゃあ金貨五十枚で依頼を出すぞ。まあ、まずは魔神が今いる場所を特定する必要があるからな。占星術師に依頼を出してからになるが」「ああ、それで構わないよ。その間にカナタに教えておく事も多いだろうからさ」教えておく事ってなんだろうか。もう結構この世界の事は学んだつもりだけどな。「それでカナタ。その眼帯の下は赤眼だったな。あまり他のやつに見せるなよ」「はい。アレンさんからも忠告されています」「ならいいが。禁忌に触れた者は悪魔に身を落としたなどとのたまって襲いかかってくる輩もいるからな」それは怖いな。こちらから眼帯を捲らない限りバレることはないだろうけど気をつけておこう。VIPルームを出ると受付嬢であるカレンさんが近づいてきた。「アレンさん、そちらの男性は冒険者登録をされますか?」「よく分かったね」「まあこの辺りでは見たこともない方でしたので」一目見ただけで冒険者か否か分かるものなのか。ギルドの受付嬢って凄い目利きをしてるんだな。「ではこちらへどうぞ」カレンさんの案内に着いていくと受付へと通された。「アレンさんのお知り合いなのは存じておりますが、冒険者登録したばかりですとランクは一番下のC級となります」「はい、大丈夫です」「それでは登録表に必要事項の記入をお願いいたします」おっと、これは不味いぞ。僕はこの世界の文字が書けない。なぜしゃべれてるかは謎だが、多分魔法的な何らかの力が働いているのだと無理やり納得している。しかし文字だけは勉強しなければ書けやしない。「カナタ、私が代わりに書く」「ありがとう。助かるよ」僕が受付で困った表情を浮かべているとアカリはすぐに察したのか代わりに記入してくれることになった。「カナタさん、と仰いましたよね?カナタさんはどこからか来られたのでしょうか?」
「久しぶりーガイアス。元気だった?」「元気も何もお前ら"黄金の旅団"が行方不明になったととんでもない騒ぎだったんだぞ」体格のいい男は苦言を零しながらもアレンさんが無事に帰ってきたことを喜んでいるようだった。「一体何があったんだ」「話すと長いよ」「そこの見たこともない男といい……全員こっちに来い」僕ら三人はギルドの二階へと案内され、ある部屋へと通された。VIP扱いのようで僕は少し緊張していた。長いソファーに腰を下ろすと目の前にギルド長が座る。「まずは無事の帰還を祝おう。よく戻ってきてくれた」「その辺りも詳しく説明がいるかい?」「当たり前だ!」アレンさんはやれやれと肩を竦め説明をし始める。ギルド長はその話をしっかりと聞き、最後に長い溜め息をついた。「はぁぁぁ……よくそれで無事に戻ってこれたものだ。そこの、カナタだったか?よくアレン達をこっちの世界に戻してくれた。礼を言う」「いえ、みなさんの力あっての結果ですから」「ふん。謙遜するタイプか。俺は嫌いじゃないぞ」ギルド長のお眼鏡には叶った受け答えだったようだ。「俺はこの帝都冒険者ギルドの長をやってるガイアスってもんだ。今後も何かと関わる機会が多いだろうからな、覚えておいてくれ」「はい、こちらこそよろしくお願いします」ギルド長と懇意にしておけば今後何かあっても手を貸してくれるだろう。僕はガイアスさんと握手を交わした。「それで魔神だったな……ギルドで高位冒険者は雇えるが魔神にどれだけ対抗できるかは分からんぞ」「まあボクの仲間が何人もやられたからね。普通の冒険者だと歯が立たないだろうから最低でもS級以上の手を借りたい」道中で教えて貰ったが、冒険者にはランクが存在する。アレンさんのような王の名を冠する冒険者は英雄級、アカリやレイさんのような冒険者はSS級。二つ名を持っているのはS級以上だそうだが、その中
テスタロッサさんとの顔合わせも終わると今度は冒険者ギルドへと赴く事になった。正直少しだけ楽しみにしている場所でもある。アレンさんがギルドの扉を開けると中には沢山の冒険者がいた。依頼票を見ている者やテーブルで談笑する者、中には受付嬢を口説いている人もいる。そんな冒険者達がアレンさんを見て一斉に静まり返った。「やあ、みんな。久しぶりだね」アレンさんは呑気にそう声を掛けるが誰も反応しない。いや、正確には反応しているのだが、全員が全員口を開けて呆けた顔をしていた。「ア、アレンさん……生きていたと噂にはなっていましたが……」「ん?ああもしかしてオルランドが触れ回ってるのかな」受付嬢が驚きを通り越して恐ろしいものでもみたかのような顔で声を発する。国王陛下を呼び捨てなど不敬にも程があるがアレンさんだから許されているだけだ。聞いているこっちは冷や汗ものだが、アレンさんは気にする様子がない。「よくご無事で……おかえりなさいませ」「ただいま」アレンさんがそう言うとギルド内は喝采に包まれた。冒険者でも上位に君臨するアレンさんの人気は凄まじいようで、ワラワラと集まってきた。誰しもが笑顔を浮かべアレンさんやアカリに声を掛けているが、僕には誰も話し掛けはしない。見たこともない奴がいるな、くらいは思っているかもしれないが、先にアレンさんの無事を祝っているようだった。「道を開けてもらえるかな?ギルドに報告しなければならない事があってね」そう言うとみんな離れて道を開けていく。それに倣って僕も着いていくとやはり若干の注目を浴びた。眼帯を着けているの
僕らはテスタロッサさんの案内で客間へと通された。ちなみにレオンハルトさんも傷だらけで戻ってきて今ではスンとしている。さっき吹き飛ばされたのが嘘みたいだ。「さあ聞かせて貰おうかアレン。八年もの間どこにいたのか、それとどうしてカナタが禁忌を犯しているのか」「何処から話そうかな――」アレンさんは今までの事を全部話した。別の世界にいた事、僕が異世界ゲートを作りだしこの世界に帰ってこれた事、何人もの犠牲者が出た事。そして僕が赤眼になってしまった事。テスタロッサさんは無言で聞き終えると、小さく溜息をつく。「要約すればお前達はただの一般人に過ぎなかった彼に道を踏み外させた、という事だな?」「まあ、そうだね。カナタには悪い事をしたと思っているよ」「そこまでして魔神を取り逃すとは……殲滅王が聞いて呆れる」テスタロッサさんは明らかに落胆したような様子だった。それだけアレンさんの事は高く評価していたのだろう。「カナタは悪くない。私が悪い」「そうでもないだろ。僕だって何にも分からないくせに禁忌の魔法に手を出しちゃったんだ。自業自得だ」アカリは庇ってくれているようだったが、僕は分からないままに魔法を使ってしまった自分が悪いと思っている。「過去の事を悔やんでも仕方あるまい。それならばその力、有用な使い方をすればいい」「ダメ、カナタには魔法は使わせない」「禁忌の魔法使いとなればいずれ四人目の王の名を手にする事が出来るかもしれんぞ?」二つ名が欲しいとは思わないな。ただこの力が元の世界の時間を戻すきっかけになるなら、迷う事無く使うと思う。「まあいい、それと世界樹だったか?そんなもの私も伝承でしか知らん」「そうかぁ、テスタロッサも分からないとなるとやっぱり神域に行かないとダメかな」「あそこは人間が簡単に立ち入れるところではない。神族と矛を交えるつもりか?」テスタロッサさんが言うには、神域と呼ばれる場所に住む神族は人間を遥かに超える力を持つそうだ。