五木さんも武器を見ているがもしかして一緒に戦うのだろうか。
少し気になり僕は声をかけた。「五木さんも一緒に行くんですか?」
「いやいや、私は戦えないよ。足手まといになっても申し訳ないからね。武器を見ているのは今後の開発の参考にしようと思ってね」どこまで行っても科学者らしい返答に納得する。「彼方君は行くのだろう?無事に帰って来てくれよ、君に死なれたら研究も行き詰まってしまうからね」
大らかに笑い僕の身を案じてくれた。しかし結局の所無事に帰ってこれる保証はない。だから僕はこう答える事にした。「出来るだけ後悔しない選択をしようと思います」優しく頷くのを見て少しだけ胸が傷んだ。――――――
研究所内、異世界ゲート前。1人の男がじっとゲートを眺めて突っ立っている。
「まあ良くもこんなものが創れたものだな……」感慨に浸っていたのは、魔神リンドール。
彼ですら感嘆を漏らすほど、異世界ゲートというものは常識外の物であった。「リンドール様、偵察に出ていた魔族が戻りました」
配下のゾラが恭しく膝を付きながら報告に来る。その後ろには偵察に出ていた魔族が共に膝を突いている。「報告しろ」
「はっ。黄金の旅団及びカナタの所在が判明いたしましたことをここに報告させて頂きます」「ほう、もう見つけたか。続けろ」「廃工場の地下に隠れ家を作りそこに身を隠しておりました」見つからないわけだ。まさか地下に隠れていたとは、とリンドールは忌々しそうに眉を顰める。「即刻襲撃部隊を送り込め」
「リンドール様、奴らは全戦力がそこに集まっております。並大抵の戦力では蹴散らされるだけでしょう」そうなれば剣聖もその場に居るということになる。「ならばグリードを筆頭に部隊を編成せよ」
「畏まりました」四天王の1人をつければ、打撃を与えることが出来るだろう。それすら出来ぬのな世界各国では――「防衛はどうなっている!!首都へと攻め込まれるとは何事だ!」「申し訳ございません!我が軍は壊滅的打撃を受け数を減らしております!」「魔族……だったか……化け物どもがッ!」殆どの国は首都へと攻め込まれ、首脳陣は対策に追われていた。想定外の戦力差により、軍はほぼ壊滅。防衛もままならない状態へと陥っていた。「全ての元凶は、あの異世界ゲートではないか!!あんな物……防衛省に連絡しあそこに核を落とせ!」「それはいけません!!日本に核など落とせばそれこそ戦争になってしまいます!」異世界ゲートさえなければ……それは全ての人間が思っている事ではあったが、今となってはもう手遅れである。「日本へと繋げ、会談を行う」「既に繋いでおります」仕事の早い秘書官であることが唯一の救いに思えてくる。「これは佐藤首相。ご無沙汰しておりました」「いえこちらこそ連絡が遅くなり申し訳ございません」「本題に入りますが、異世界ゲートの対策についてです」「ええ、そうですね。こちらもその手はずが整いましたので今世界各国へと連絡していた所でした」なにやら日本は既に動きがあるようだった。興味本位にアメリカ大統領は問い掛ける。「して、その内容とは?」「異世界ゲート及び研究所に蔓延る魔物の軍勢に総攻撃を仕掛けます」「なんと!それは日本の総意でしょうか?」「もはや国民の声を聞く余裕はありません。国家の意地をかけた戦いなのです」「全滅も覚悟と?」「もちろん覚悟しております。ただこの悲劇を招いたのは日本の意志ではないということだけ覚えておいて頂きたい」「分かりました、では我が国も少ないですが支援を送りましょう」「それはありがたい。ではいい結果を報告出来ることを祈っていて頂ければと思います」会談はそこで終わった。まさか日本が総攻
「全員、装備に問題はないか再度確認しておけ!」観客のいなくなったスタジアムに響く大声。そこかしこに銃器を持った兵士がいる。日本軍は突撃する前に仮拠点をスタジアムに設置し、準備が整い次第総攻撃を掛ける作戦を打ち立てていた。スタジアムには野営テントが所狭しと広がっている。各国の国旗が、増援部隊として参加してくれている事を意味していた。人類のかき集めた総戦力約10万人。防衛に手を回したり、襲撃で数を減らした兵力の中ここまで集まれば御の字である。アレンはその様子を遠目から見ていた。「この世界の戦力も馬鹿にはできないものだな。ここまで集めるとは。これなら協力すれば異世界ゲートは奪還できそうだ」「……………………」リサも無言ながら頷く。二人で偵察に出てきていたのは、総攻撃を明日に控えており念の為味方の数を把握しておきたかったから、という理由である。突如、そんな彼らの元に連絡が入った。携帯がポケットで震えている。アレンはこんな時になんだと面倒くさそうに取り出すと耳に当てた。「団長!!直ぐに!すぐに戻ってください!魔族の襲撃です!!!」「十分で戻る」リサと顔を見合わせ、二人は即座に移動を開始した。――――――廃工場地下隠れ家。「おい!アレンに連絡は繋がったか!?」「繋がりましたが、最短でも十分はかかるとのことです!」まさかここに襲撃を仕掛けてくるなんて誰も思っていなかった為、全員に緊張が走る。「団長がいない今は私が指揮を取ります。セラは結界を展開。団長が戻るまで一歩たりともここに奴らを入れさせないようにして」「はい!堅牢結界陣、ガーディアス!!」基地が薄く青白い光に覆われる。曇りガラスのような、向こう側が透けて見えるが本当に頑丈なのだろうかとみな不安そうな表情を浮かべていた。「十分耐えればなん
「もう!持ちません!!」そんな言葉を発したセラは手が震えている。刹那、ガラスの砕けた音が周囲に響き渡り結界は崩れセラは尻餅をつく。「や……破られました……」肩で息をしているセラは全力を出し切ったようで、立てないほどに疲労していた。「総員!迎撃せよ!!!」レイさんの掛け声と共に隠れ家への入り口に団員が集まる。「よお、やっと会えたなぁカナタ!」随分懐かしい声が聞こえ入り口を凝視すると、そこには異形の姿をしたグリードがいた。「くっ!なぜここに四天王が!!」「全員全力でやるぞ!!」「アカリは護衛に集中してろ!」各々声を掛け合いグリードに立ち向かうが、魔力障壁で弾かれ決定打は一切入っていなかった。「雑魚に用はねぇ!!そこの神速と再戦だぁ!!」団員を弾き飛ばしこちらに向かってこようとするグリードに相対するようアカリは前に立つ。各自に渡された銃器の類は四天王にはなんの意味も成さずただ無意味に弾薬を消費していく。「小賢しい!こんな豆鉄砲がオレに効くわけねぇだろぅがぁぁ!」「五木さんにカナタくん。貴方がたは後ろに。ここは私達が引き受けますので」レイさんも魔導銃を構え立ち塞がる。僕は足手まといにならないようその言葉に従い五木さん達と後ろへと下がった。そこからはグリード対アカリ&レイさんの戦闘が始まった。アカリは速さで翻弄しつつレイさんの狙撃で動きを阻害する。完璧な連携というものを見せられ、僕は魅入ってしまっていた。言葉のやり取りはない。しかし、彼女らは事前に味方の動きが分かっているかのような行動をする。アカリが右に逸れたらレイさんが狙撃。レイさんが足を撃てば、アカリは頭上から攻撃。旅団はいつもこうして戦っていたのかと思い、魅入っていると不意に後ろから叫び声が響く。「ギィィヤァァァァ!!!」何事かと振り返ると、男が血塗れで倒れていた。
「ぐぅぅ!小娘がっ!!許さんぞ!!!」「いや!!!」怒りに満ちた魔族に睨みつけられ恐怖からか姉さんはライフルを落とす。そのライフルを拾い上げ魔族に銃口を向けたのは、一番後ろで控えていた五木さんだった。「私も手伝わせてくれ」そう言いながら引き金を引く。銃口から飛び出た全てを溶かし尽くすレーザーが魔族の肩を貫く。「グオァァァ!人間如きぃ!!!」魔族の手には深紫色の魔力が溜まっていく。何かを仕掛けてくるつもりかと構えたが、そんなものは杞憂に終わった。「その醜悪な首切り裂いてあげるわ」フェリスさんが間に合った。腕を振りきり、レイピアのような氷でできた剣の刃は魔族の首へと吸い付くように流れていき、そのまま首を跳ね飛ばした。「間に合ってよかったわ……貴方にもしものことがあったら……」「ありがとうございます!」それだけ言うとフェリスさんはまた入り口に戻りかけたが、既にすり抜けてきた魔族が複数体こちらに向かってきていた。「ここは通さない!!アイスウォール!」氷の壁が僕らと魔族を分断する。「貴方達はそこに居て。2撃くらいならこの壁が耐えてくれるから」フェリスさんは魔族へと振り返ると、駆け出した。僕らは傷を負った人達を介抱する為近寄ったが、既に息はなく助けることはできなかった。五木さん、茜さん、僕ら姉弟。それだけが生き残り他の者は全員死に絶えていた。「すまねぇな……俺も恐怖で動けなかった……」紅蓮さんも強面ではあるが一人の無力な人間。戦闘のドサクサに紛れ隅で隠れていたそうだ。「大丈夫ですよ。僕だって魔法がなかったらただの人です。怖くて当たり前なんですよ……」暫く戦闘は続いていたが、魔族のあまりの数にフェリスさんをすり抜けた二体の魔族が氷の壁に迫ってきた。「カナタくん!!魔法の重ねがけを
リサさんがここに居るということはアレンさんは間に合ったらしい。入り口に目を向けるとあれだけいた魔族や魔物は一匹も残っていなかった。ただそこに殲滅王が立ち尽くしている。「ボクの不在を狙うなんて随分と舐めた事をしてくれたね、グリード」「チッ、もう来たのかよ……」嫌そうな顔でアレンに顔を向けたグリードは全身傷だらけ。レイさんとアカリも少しずつ怪我を負っているようで、所々に血が滲んでいた。「ボクの仲間を傷つけた罪。その身で受けるといい」掌をグリードに向け何やら呪文を唱えだす。しかしグリードも馬鹿正直に待っているだけではなく、アレンさんへと駆け出した。「詠唱する前に殺してやるよぉぉアレェェン!!!」「バニシングブラスト」「なッッ!詠唱省略だと!?」白い光は真っ直ぐグリードへと伸びていき、包み込む。音もなく光が消えたその後には何も残らず、ただ掌を向けたアレンさんが立っているだけだった。これが殲滅王か……圧倒的なまでの力。あれだけ脅威を振りまいていた四天王ですらこの程度とは、アレンさんの力の底が知れないな。「団長……助かりました」「レイもアカリもよく耐えてくれた。まずは負傷者を確認しよう」全員辺りを見渡したが団員は全て無事。小さい傷は負っているがどれも命に別状はない傷だった。「カナタくん、済まない……こんな傷を負わせてしまって……」「いえ、間に合ってくれてよかったです。あのままだったら僕らは死んでいましたから」実際リサさんが数秒遅ければ僕は死んでいた。肩は魔法で治してもらえばそれでいい、感謝しかないのは他の皆も同じだった。一息ついていた時、悲鳴じみた声が隠れ家内に木霊する。「誰か……誰かっ!こっちに来て!」茜さんの声がして、振り返るとそこには白衣を血に
「すまない、ボクが遅れたせいで……」「いえ、アレンさんは悪くないですよ……」保護された者は茜さんと紫音姉さん、そして僕だけが生き残り、他は皆死んだ。身近な者が死んでいく様を見ていると、罪悪感に押し潰されそうになってくる。「不測の事態となったが、明日総攻撃を仕掛けることは変わらない。悲しみも憎しみも全て奴らにぶつけてやろう。だから、今は、死者を弔ってあげようか」アレンさんの言葉で皆は、遺体を運び簡易な墓を作る。花を添える時には辺りは既に暗く、夜になっていた。隠れ家の中は、お通夜のような静けさが漂っている。保護対象はほとんど全滅してしまい、旅団の者達も元の世界であれば護衛任務失敗となるはずだ。彼らも自らの力不足を嘆いていた。「彼方、お茶飲む?」姉さんが僕の隣に座り温かいお茶を用意してくれた。「ありがとう」「彼方は悪くないよ……悪いのはあの魔族達。だから明日仇を討とう?」姉さんは優しく慰めてくれる。「姉さんも戦うんだろ?絶対に無茶はしないでくれ……」「大丈夫よ、無謀な事はしない。私に出来る範囲で皆の力になるから」唯一の家族の時間を過ごし、夜はふけていった。――――――夜は明け、総攻撃当日。「全員聞いてくれ」アレンさんは旅団員と僕らを一箇所に集め作戦の説明に入った。「これより本作戦を伝える。まず第一に死ぬな。これは大前提だ」誰も死なずにゲートを奪取する。皆同じように頷く。「この世界の軍隊は確認した所約10万人という規模で攻めるようだ」それだけ聞くと簡単に制圧出来そうだが、魔族は一体で大隊レベルの軍を相手取れる戦闘能力がある。「魔物は彼らに任せていいだろう。しかし魔族はボクらで片付ける必要がある。魔族を殲滅次第、四天王と魔神と決着をつける」四天王と魔神はも
僕と姉さん、何故かアカリも残り他の者が準備に取り掛かるとアレンさんは神妙な顔つきで話し始めた。 「アカリも残ったのかい?まあいいけど。君達に伝えておくことがあるんだ。家族に関することだから紫音さんにも残ってもらった」 姉さんを残したのは何故か不思議だったが、家族に関することなら姉さんにも聞かせる必要がある。「異世界には世界樹の伝説がある。何処にあるかも分からない世界樹の頂上に辿り着いた者は神が願いを叶えてくれるというものだ」 「え……なんでも……ですか?」 「そう、なんでも。君が望めば時間を遡り今までの悲劇を無かったことにもできる」 そんなの、返事は決まっている。「異世界に行きます。連れて行って下さい!」 「よく考えた方がいい。世界樹は何処にあるかボクでも分からないんだ。ただ現状を変えるには唯一の手段だとは思うけど」 元々僕の命を掛けてでも時を戻すことを考えていた。 渡りに綱とはこのことだ。「それに……カナタくん。君は忌み嫌われる赤い眼をしている。世界樹を探す旅は過酷になるだろう、それでもいいのかい?」 「僕はそれでも、元の平和な世界に戻したいんです……」 「彼方、私は応援するよ。だから貴方のしたいようにして。何処に行っても私はずっと味方で居続けるよ」 「姉さん……ありがとう……」 世界樹を目指すのなら、姉さんとは今日をもって永遠の別れになるだろう。 涙は止めどなく溢れてくる。 もしも、あの平和な日々に戻れるのなら……僕は……成し遂げて見せる。「決まったね。世界樹に関しては向こうの世界に戻ったら伝手を辿ってみよう。紫音さん、貴方の弟は何があってもボクらが守って見せる。だから安心して欲しい」 「お願い……します……」紫音は涙を堪え、唯一の家族を見送る覚悟を決めた。 死ぬ訳では無いが、もう会うことはない。 自分のワガママで弟をこの世界に残せば、世界から追われ続ける一生となる。 それは姉として看過できるものではないと理解していた。「姉さん、必ず世界を元に戻してみせるか
「攻撃が始まりました」研究所では既に魔族の軍隊が作られており頑強な要塞と化していた。「世界各地に散らばった魔族と魔物を呼び戻せ。全員ここの防衛に当たらせろ」「首都の制圧にとりかかった者達も全てですか?」「二度は言わん。全てだ。我が軍が全力をもってやつらを正面から叩き潰す」魔神もこの世界に来たすべての戦力を今日ここで決着をつけるため集結させていた。「くくく、この世界と異世界の総力戦か……心躍る戦いではないか。そうは思わないか?ゾラ」「一部厄介な者達も混ざってはおりますが数はしれています。このまま防衛し続ければ奴らは消耗します」「それに……リンドール様の結界はこの世界の人間では破れないでしょう」研究所に用意された玉座に座る魔神は不敵に笑った。――――――進軍を開始した日本軍は結界が破れず、目的地を目前にし二の足を踏んでいた。しかしそのおかげからか、アレン達は順調に進んでいる。結界まで残り百メートルの位置で止まり、アレンさんは魔法の詠唱に入った。詠唱は基本省略するが今回はしっかり詠唱している。威力を上げるため、とのことだがそれほどまでに魔神の結界は硬いそうだ。「全員ボクの後ろに」指示に従い全員が後方へと下がる。「じゃあいくよー。破滅の波動、グランドカタストロフ!」両手を前に翳し、軽い口調とは裏腹にドス黒い魔力溜まりが作られていく。一定のサイズになると今度はその黒い魔力が光線のように、結界へと飛んでいった。極太の光線は轟音を響かせ、結界へと着弾する。拮抗しているのか、雷のような音がここまで聞こえてきた。風圧が後ろにいる僕らの所まで届いている為、顔の前に腕を出し踏ん張っている。数秒ののち、結界はガラスの割れる音と共に消え去っていった。「さあ、結界はなくなった!展開しつつ突撃!!!」アレンさんの掛け声と共に団員達は各々駆け出し、ある者は屋根伝いに、またある者は道路を駆けていく
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。