紅蓮さんが居ない間に僕らは各々武器を手に持ち眺めたりする。
暫くすると紅蓮さんがなにやら大きな兵器を持ってきた。
見た目はロケットランチャーのように見える。「これは世界に1つしかない代物だ。試作型反重力放射火砲、その名もグラビティブラスト」
それを聞いた五木さんは驚愕した声を出す。「完成していたのか!?まだテスト段階だと思っていたが……」
「まあな。ちと伝手を辿って手に入れたやつだ。お目にかかる事すらレアだぜ?まあ俺もまだ撃ったことはないがな」五木さんだけは知っている物のようだが、我々には何がすごいのかも分からない。「ああ、皆さんには私が説明しましょう」
五木さんが僕らの方を振り向く。「これは、私が開発した反重力装置を応用した戦略兵器です。国と内密に制作していたのですがまさかここで見ることとなるとは……」
「あの……五木さん。これってどんな兵器なんですか?」「ああ、言ってませんでしたね。これは重力波を強制的に発生させ圧縮した重力波を前方へと射出する兵器です」何を言ってるかよく分からなかったがとにかく凄いらしい。「五木さん、これはどれ程の威力があるんだい?」
アレンさんはその凄い兵器の威力が一番気になっているようだ。「そうですね……分かりやすく言えば……私の研究所、異世界ゲートがあるあの建物を丸ごと消し飛ばせるでしょう」
なんだそれは。もはや魔法じゃないか。発展しすぎた科学は魔法と区別が付かないとは言うがまさか本当に実現させるとは思わなかった。「それは、恐ろしい兵器だね……でもとても頼もしい兵器じゃないか。使わないに越したことはないけれどそれほどの威力なら魔神にも通用するかもしれない」
アレンさんはあまり使いたくなさそうだが、いざという時の切り札になるとのことだ。「言っておくがこれは試作型だ。使い切りの兵器だと思ってくれ
五木さんも武器を見ているがもしかして一緒に戦うのだろうか。少し気になり僕は声をかけた。「五木さんも一緒に行くんですか?」「いやいや、私は戦えないよ。足手まといになっても申し訳ないからね。武器を見ているのは今後の開発の参考にしようと思ってね」どこまで行っても科学者らしい返答に納得する。「彼方君は行くのだろう?無事に帰って来てくれよ、君に死なれたら研究も行き詰まってしまうからね」大らかに笑い僕の身を案じてくれた。しかし結局の所無事に帰ってこれる保証はない。だから僕はこう答える事にした。「出来るだけ後悔しない選択をしようと思います」優しく頷くのを見て少しだけ胸が傷んだ。――――――研究所内、異世界ゲート前。1人の男がじっとゲートを眺めて突っ立っている。「まあ良くもこんなものが創れたものだな……」感慨に浸っていたのは、魔神リンドール。彼ですら感嘆を漏らすほど、異世界ゲートというものは常識外の物であった。「リンドール様、偵察に出ていた魔族が戻りました」配下のゾラが恭しく膝を付きながら報告に来る。その後ろには偵察に出ていた魔族が共に膝を突いている。「報告しろ」「はっ。黄金の旅団及びカナタの所在が判明いたしましたことをここに報告させて頂きます」「ほう、もう見つけたか。続けろ」「廃工場の地下に隠れ家を作りそこに身を隠しておりました」見つからないわけだ。まさか地下に隠れていたとは、とリンドールは忌々しそうに眉を顰める。「即刻襲撃部隊を送り込め」「リンドール様、奴らは全戦力がそこに集まっております。並大抵の戦力では蹴散らされるだけでしょう」そうなれば剣聖もその場に居るということになる。「ならばグリードを筆頭に部隊を編成せよ」「畏まりました」四天王の1人をつければ、打撃を与えることが出来るだろう。それすら出来ぬのな
世界各国では――「防衛はどうなっている!!首都へと攻め込まれるとは何事だ!」「申し訳ございません!我が軍は壊滅的打撃を受け数を減らしております!」「魔族……だったか……化け物どもがッ!」殆どの国は首都へと攻め込まれ、首脳陣は対策に追われていた。想定外の戦力差により、軍はほぼ壊滅。防衛もままならない状態へと陥っていた。「全ての元凶は、あの異世界ゲートではないか!!あんな物……防衛省に連絡しあそこに核を落とせ!」「それはいけません!!日本に核など落とせばそれこそ戦争になってしまいます!」異世界ゲートさえなければ……それは全ての人間が思っている事ではあったが、今となってはもう手遅れである。「日本へと繋げ、会談を行う」「既に繋いでおります」仕事の早い秘書官であることが唯一の救いに思えてくる。「これは佐藤首相。ご無沙汰しておりました」「いえこちらこそ連絡が遅くなり申し訳ございません」「本題に入りますが、異世界ゲートの対策についてです」「ええ、そうですね。こちらもその手はずが整いましたので今世界各国へと連絡していた所でした」なにやら日本は既に動きがあるようだった。興味本位にアメリカ大統領は問い掛ける。「して、その内容とは?」「異世界ゲート及び研究所に蔓延る魔物の軍勢に総攻撃を仕掛けます」「なんと!それは日本の総意でしょうか?」「もはや国民の声を聞く余裕はありません。国家の意地をかけた戦いなのです」「全滅も覚悟と?」「もちろん覚悟しております。ただこの悲劇を招いたのは日本の意志ではないということだけ覚えておいて頂きたい」「分かりました、では我が国も少ないですが支援を送りましょう」「それはありがたい。ではいい結果を報告出来ることを祈っていて頂ければと思います」会談はそこで終わった。まさか日本が総攻
「全員、装備に問題はないか再度確認しておけ!」観客のいなくなったスタジアムに響く大声。そこかしこに銃器を持った兵士がいる。日本軍は突撃する前に仮拠点をスタジアムに設置し、準備が整い次第総攻撃を掛ける作戦を打ち立てていた。スタジアムには野営テントが所狭しと広がっている。各国の国旗が、増援部隊として参加してくれている事を意味していた。人類のかき集めた総戦力約10万人。防衛に手を回したり、襲撃で数を減らした兵力の中ここまで集まれば御の字である。アレンはその様子を遠目から見ていた。「この世界の戦力も馬鹿にはできないものだな。ここまで集めるとは。これなら協力すれば異世界ゲートは奪還できそうだ」「……………………」リサも無言ながら頷く。二人で偵察に出てきていたのは、総攻撃を明日に控えており念の為味方の数を把握しておきたかったから、という理由である。突如、そんな彼らの元に連絡が入った。携帯がポケットで震えている。アレンはこんな時になんだと面倒くさそうに取り出すと耳に当てた。「団長!!直ぐに!すぐに戻ってください!魔族の襲撃です!!!」「十分で戻る」リサと顔を見合わせ、二人は即座に移動を開始した。――――――廃工場地下隠れ家。「おい!アレンに連絡は繋がったか!?」「繋がりましたが、最短でも十分はかかるとのことです!」まさかここに襲撃を仕掛けてくるなんて誰も思っていなかった為、全員に緊張が走る。「団長がいない今は私が指揮を取ります。セラは結界を展開。団長が戻るまで一歩たりともここに奴らを入れさせないようにして」「はい!堅牢結界陣、ガーディアス!!」基地が薄く青白い光に覆われる。曇りガラスのような、向こう側が透けて見えるが本当に頑丈なのだろうかとみな不安そうな表情を浮かべていた。「十分耐えればなん
「もう!持ちません!!」そんな言葉を発したセラは手が震えている。刹那、ガラスの砕けた音が周囲に響き渡り結界は崩れセラは尻餅をつく。「や……破られました……」肩で息をしているセラは全力を出し切ったようで、立てないほどに疲労していた。「総員!迎撃せよ!!!」レイさんの掛け声と共に隠れ家への入り口に団員が集まる。「よお、やっと会えたなぁカナタ!」随分懐かしい声が聞こえ入り口を凝視すると、そこには異形の姿をしたグリードがいた。「くっ!なぜここに四天王が!!」「全員全力でやるぞ!!」「アカリは護衛に集中してろ!」各々声を掛け合いグリードに立ち向かうが、魔力障壁で弾かれ決定打は一切入っていなかった。「雑魚に用はねぇ!!そこの神速と再戦だぁ!!」団員を弾き飛ばしこちらに向かってこようとするグリードに相対するようアカリは前に立つ。各自に渡された銃器の類は四天王にはなんの意味も成さずただ無意味に弾薬を消費していく。「小賢しい!こんな豆鉄砲がオレに効くわけねぇだろぅがぁぁ!」「五木さんにカナタくん。貴方がたは後ろに。ここは私達が引き受けますので」レイさんも魔導銃を構え立ち塞がる。僕は足手まといにならないようその言葉に従い五木さん達と後ろへと下がった。そこからはグリード対アカリ&レイさんの戦闘が始まった。アカリは速さで翻弄しつつレイさんの狙撃で動きを阻害する。完璧な連携というものを見せられ、僕は魅入ってしまっていた。言葉のやり取りはない。しかし、彼女らは事前に味方の動きが分かっているかのような行動をする。アカリが右に逸れたらレイさんが狙撃。レイさんが足を撃てば、アカリは頭上から攻撃。旅団はいつもこうして戦っていたのかと思い、魅入っていると不意に後ろから叫び声が響く。「ギィィヤァァァァ!!!」何事かと振り返ると、男が血塗れで倒れていた。
「ぐぅぅ!小娘がっ!!許さんぞ!!!」「いや!!!」怒りに満ちた魔族に睨みつけられ恐怖からか姉さんはライフルを落とす。そのライフルを拾い上げ魔族に銃口を向けたのは、一番後ろで控えていた五木さんだった。「私も手伝わせてくれ」そう言いながら引き金を引く。銃口から飛び出た全てを溶かし尽くすレーザーが魔族の肩を貫く。「グオァァァ!人間如きぃ!!!」魔族の手には深紫色の魔力が溜まっていく。何かを仕掛けてくるつもりかと構えたが、そんなものは杞憂に終わった。「その醜悪な首切り裂いてあげるわ」フェリスさんが間に合った。腕を振りきり、レイピアのような氷でできた剣の刃は魔族の首へと吸い付くように流れていき、そのまま首を跳ね飛ばした。「間に合ってよかったわ……貴方にもしものことがあったら……」「ありがとうございます!」それだけ言うとフェリスさんはまた入り口に戻りかけたが、既にすり抜けてきた魔族が複数体こちらに向かってきていた。「ここは通さない!!アイスウォール!」氷の壁が僕らと魔族を分断する。「貴方達はそこに居て。2撃くらいならこの壁が耐えてくれるから」フェリスさんは魔族へと振り返ると、駆け出した。僕らは傷を負った人達を介抱する為近寄ったが、既に息はなく助けることはできなかった。五木さん、茜さん、僕ら姉弟。それだけが生き残り他の者は全員死に絶えていた。「すまねぇな……俺も恐怖で動けなかった……」紅蓮さんも強面ではあるが一人の無力な人間。戦闘のドサクサに紛れ隅で隠れていたそうだ。「大丈夫ですよ。僕だって魔法がなかったらただの人です。怖くて当たり前なんですよ……」暫く戦闘は続いていたが、魔族のあまりの数にフェリスさんをすり抜けた二体の魔族が氷の壁に迫ってきた。「カナタくん!!魔法の重ねがけを
リサさんがここに居るということはアレンさんは間に合ったらしい。入り口に目を向けるとあれだけいた魔族や魔物は一匹も残っていなかった。ただそこに殲滅王が立ち尽くしている。「ボクの不在を狙うなんて随分と舐めた事をしてくれたね、グリード」「チッ、もう来たのかよ……」嫌そうな顔でアレンに顔を向けたグリードは全身傷だらけ。レイさんとアカリも少しずつ怪我を負っているようで、所々に血が滲んでいた。「ボクの仲間を傷つけた罪。その身で受けるといい」掌をグリードに向け何やら呪文を唱えだす。しかしグリードも馬鹿正直に待っているだけではなく、アレンさんへと駆け出した。「詠唱する前に殺してやるよぉぉアレェェン!!!」「バニシングブラスト」「なッッ!詠唱省略だと!?」白い光は真っ直ぐグリードへと伸びていき、包み込む。音もなく光が消えたその後には何も残らず、ただ掌を向けたアレンさんが立っているだけだった。これが殲滅王か……圧倒的なまでの力。あれだけ脅威を振りまいていた四天王ですらこの程度とは、アレンさんの力の底が知れないな。「団長……助かりました」「レイもアカリもよく耐えてくれた。まずは負傷者を確認しよう」全員辺りを見渡したが団員は全て無事。小さい傷は負っているがどれも命に別状はない傷だった。「カナタくん、済まない……こんな傷を負わせてしまって……」「いえ、間に合ってくれてよかったです。あのままだったら僕らは死んでいましたから」実際リサさんが数秒遅ければ僕は死んでいた。肩は魔法で治してもらえばそれでいい、感謝しかないのは他の皆も同じだった。一息ついていた時、悲鳴じみた声が隠れ家内に木霊する。「誰か……誰かっ!こっちに来て!」茜さんの声がして、振り返るとそこには白衣を血に
「すまない、ボクが遅れたせいで……」「いえ、アレンさんは悪くないですよ……」保護された者は茜さんと紫音姉さん、そして僕だけが生き残り、他は皆死んだ。身近な者が死んでいく様を見ていると、罪悪感に押し潰されそうになってくる。「不測の事態となったが、明日総攻撃を仕掛けることは変わらない。悲しみも憎しみも全て奴らにぶつけてやろう。だから、今は、死者を弔ってあげようか」アレンさんの言葉で皆は、遺体を運び簡易な墓を作る。花を添える時には辺りは既に暗く、夜になっていた。隠れ家の中は、お通夜のような静けさが漂っている。保護対象はほとんど全滅してしまい、旅団の者達も元の世界であれば護衛任務失敗となるはずだ。彼らも自らの力不足を嘆いていた。「彼方、お茶飲む?」姉さんが僕の隣に座り温かいお茶を用意してくれた。「ありがとう」「彼方は悪くないよ……悪いのはあの魔族達。だから明日仇を討とう?」姉さんは優しく慰めてくれる。「姉さんも戦うんだろ?絶対に無茶はしないでくれ……」「大丈夫よ、無謀な事はしない。私に出来る範囲で皆の力になるから」唯一の家族の時間を過ごし、夜はふけていった。――――――夜は明け、総攻撃当日。「全員聞いてくれ」アレンさんは旅団員と僕らを一箇所に集め作戦の説明に入った。「これより本作戦を伝える。まず第一に死ぬな。これは大前提だ」誰も死なずにゲートを奪取する。皆同じように頷く。「この世界の軍隊は確認した所約10万人という規模で攻めるようだ」それだけ聞くと簡単に制圧出来そうだが、魔族は一体で大隊レベルの軍を相手取れる戦闘能力がある。「魔物は彼らに任せていいだろう。しかし魔族はボクらで片付ける必要がある。魔族を殲滅次第、四天王と魔神と決着をつける」四天王と魔神はも
僕と姉さん、何故かアカリも残り他の者が準備に取り掛かるとアレンさんは神妙な顔つきで話し始めた。 「アカリも残ったのかい?まあいいけど。君達に伝えておくことがあるんだ。家族に関することだから紫音さんにも残ってもらった」 姉さんを残したのは何故か不思議だったが、家族に関することなら姉さんにも聞かせる必要がある。「異世界には世界樹の伝説がある。何処にあるかも分からない世界樹の頂上に辿り着いた者は神が願いを叶えてくれるというものだ」 「え……なんでも……ですか?」 「そう、なんでも。君が望めば時間を遡り今までの悲劇を無かったことにもできる」 そんなの、返事は決まっている。「異世界に行きます。連れて行って下さい!」 「よく考えた方がいい。世界樹は何処にあるかボクでも分からないんだ。ただ現状を変えるには唯一の手段だとは思うけど」 元々僕の命を掛けてでも時を戻すことを考えていた。 渡りに綱とはこのことだ。「それに……カナタくん。君は忌み嫌われる赤い眼をしている。世界樹を探す旅は過酷になるだろう、それでもいいのかい?」 「僕はそれでも、元の平和な世界に戻したいんです……」 「彼方、私は応援するよ。だから貴方のしたいようにして。何処に行っても私はずっと味方で居続けるよ」 「姉さん……ありがとう……」 世界樹を目指すのなら、姉さんとは今日をもって永遠の別れになるだろう。 涙は止めどなく溢れてくる。 もしも、あの平和な日々に戻れるのなら……僕は……成し遂げて見せる。「決まったね。世界樹に関しては向こうの世界に戻ったら伝手を辿ってみよう。紫音さん、貴方の弟は何があってもボクらが守って見せる。だから安心して欲しい」 「お願い……します……」紫音は涙を堪え、唯一の家族を見送る覚悟を決めた。 死ぬ訳では無いが、もう会うことはない。 自分のワガママで弟をこの世界に残せば、世界から追われ続ける一生となる。 それは姉として看過できるものではないと理解していた。「姉さん、必ず世界を元に戻してみせるか
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。
一応神族達は飛行速度を落としてくれているらしく、僕らは何とか着いていけていた。僕ら全員を浮かせて操作しているクロウリーさんの実力は底が見えない。膨大な魔力と緻密な魔力操作の技術がいるそうだが、クロウリーさんは涼し気な表情だ。「ふうむ、こうして神域を自由に飛べるとはのぉ。前回はヒィヒィ言いながら飛び回ったのに」それはアンタが悪い。強引な入り方をして怒らない神族なんていないだろう。それにしても神族は優雅に飛んでいる。天使が本当にいたらこんな優雅に飛ぶんだろうかと思えるような飛行だ。「……遅いな」リーダーが後ろを振り返ってボソッと呟く。遅いのは当たり前だ。翼を持つ者持たぬ者で大きな差があるんだから。「おお、見えてきたね」しばらく飛んでいると視界に白い建物の密集地帯が見えてきた。神族って白いイメージが強いけど、やっぱりイメージ通りらしい。ちょこちょこと塔のような高い建物もある。街並みが見えてくると白い翼を持った神族が沢山目についた。「おお~これは壮観だね。神族がこれだけいるのを見られるのもかなりレアだよ」「これが神域なのね……」ソフィアさんは滅多に見られない光景に感動しているのかまじまじと見つめている。僕はここが天国なのかと思えてきた。想像上の天国って白い建物が沢山あって天使が至る所にいるイメージだ。それとまったく同じ光景を目にすれば、今の僕は死んでいるのかと錯覚してしまいそうになる。「あの塔だ」「あれが君達の親分がいるところかい?」「……親分ではない。使徒様だ」親分はないだろう流石に。どこの山賊だよ。アレンさんも所々抜けてるからな。たまに意味の分からない単語が飛び出てくるんだよな。神族に連れられて来たのは白い巨塔だった。灯台のような形をしているが大きさ
世界樹は神族にとっても重要な意味を持つ。世界が生まれた時からあるといわれている大樹だ。神族にとっても人間にとっても祈りを捧げる存在。そんな世界樹の元に連れて行ってくれというアレンさんのお願いに神族はみんな表情が凍りつく。「貴様……アレン、といったな。世界樹に何を求める」「ボク、ではないけどね。そこの彼さ」そう言いながらアレンさんは僕へと目配せしてきた。ここからは僕の出番だ。「城ヶ崎彼方と申します。僕が求めるのは元の世界の平和です」「平和を求める……か。綺麗事は誰だって言える。そうか、貴様が別世界の人間か」必然的に僕が別の世界から来たことを言う必要があった。神族のリーダーは僕を上から下へとじっくり見ると口を開く。「別世界から来た理由はなんだ」「ええっとそれは……」僕はアレンさんを見た。頷いたのを見て僕は今までの話をし始めた。話を聞き終わると神族は何とも言えない表情を浮かべていた。同情してくれてるのだろうか。「そうか……何とも言葉にし難いが……それで元の世界の平和を望むと」「はい。あの日に……あの平和だった日に戻れるのなら僕はどんな代償だって払います」「ふむ……それは私で決めるものではない。これ以上の話は一度席を設けた方がよかろう。全員着いてこい」神族のリーダーは武器を仕舞い翼を広げた。え、まさか飛んでいくのか?僕らが人間だというのを忘れているんじゃないだろうな。「何をしている。浮遊魔法くらいつかえるだろう」「浮遊魔法はそんなに簡単じゃないんだけどなぁ。まあいいか。クロウリー頼むよ」「そうだと思うたわい。フェザーフライ」クロウリーさんが腕を一振りすると僕らの身体は突如重さを失い宙へと浮いた。不思議な感覚
別世界というワードが気になったのか神族達は顔を見合わせポソポソと何やら言葉を交わしている。まずは第一段階クリアだ。ここで興味すら持って貰えなければ交渉は意味を成さなかっただろう。「別世界……だと?」「そう、別世界。この世界とは別の世界から来た人間がいるんだけど、話を聞いてみたくないかい?」僕らに襲い掛かってきた神族達のリーダーと思わしき男性が槍の矛先を下ろし訝しげにアレンさんを見る。口からでまかせを言っているだけではないか、そんな風に思っているであろう表情でジッと見つめている。「全員武器を下ろせ」「よろしいのですか?奴らはこの神域に無断で立ち入った不届き者。ここで成敗しておいた方がよいのでは?」「構わん。私がいいと言っているのだ。さっさと武器を下ろせ」リーダーの発言力はかなり強いらしく、他の神族も渋々ながら従っていた。リーダーが地面に降り立つと白い翼は器用に折り畳まれた。本当にイメージ通りの天使の姿だ。「貴様……私を謀っているのではないだろうな?」「そんな事はしないさ。神族にそんな事をするなんて罰当たりにも程があるしね」「そういう割にはいきなり魔法をぶっ放してきたが?」「まあまあまあ。それで、別世界の話なんだけど……」アレンさん露骨に話を逸らしたな。神族は敬われる種族らしいがアレンさんからすればただ別の種族ってだけの認識のようだ。「それよりもまずお前達は何者だ」「おっと、自己紹介が遅れていたね。ボクはアレン、そっちの爺さんがクロウリーさ」「聞いたことがある。人間の中では特筆して秀でた力を持つ者だと」「そうそうそう。話が早いねぇ。それから仲間のフェリス、アカリ、カナタだ」「そっちは知らん」まあ当然である。僕らの事まで知っていたら情報通にも程があるし。「ワタクシはエリュシオン帝国第一皇女ソフィア・エリュシオンと申します。お見知り
天使さんを置いて神域へと入った僕らが最初に目にしたのは、遠くからでも分かる巨大な樹だった。きのこ雲のように傘が広がり、大きさはちょっとした街くらいはあるのではないだろうか。「あれが世界樹じゃ。あの麓まで行かねばならん」「ここからでも見えるくらい大きいですが、距離は相当ありそうですね」馬車もない、全て徒歩で移動となれば一か月はゆうに掛かるのではないだろうかと思える距離だ。大きいから近く見えるが恐らく相当な距離があるだろう。「思っている以上に大きいのね」「凄い……まさか死ぬまでに世界樹を見られるなんて」フェリスさんは驚きより感動が勝っているようだ。というよりこんな悠長にしていて大丈夫なのだろうか。他の神族が襲い掛かってきたりとかしないのかな。「そろそろじゃな……アレン」「まあそうだろうねぇ。フェリスは右、アカリは左ね。ソフィアはカナタの傍から絶対離れちゃだめだよ」急にアレンさんが真面目な顔で指示を出し始めた。やっぱり来るのか神族。僕もライフルを構えているがあんな天使さんみたいに猛スピードで突進してきたら当たらないだろうな。「来たわね」ソフィアさんが眺める方向を見ると数人の神族が槍片手にこちらへと飛んできていた。明らかにこちらの数より優っている。本当に大丈夫なのか心配になる数だった。「まずは平和に行こう。あー神族のみなさん、ボク達は――」「侵入者に死を!!」無理だわこれ。滅茶苦茶神族が切れてらっしゃるようだ。アレンさんの言葉なんて被せられていたし。「仕方あるまい、アレンやってしまえ」「うーん、ボクだけ悪者になってしまうけど……まあいいか。ブラストファイア」業火に包まれた神族はみんなバリアを張っているようで、白い球体で守られていた。つまり大したダメージにはなっていない。「手加減しす
「さて、ついたぞい」クロウリーさんに促され全員が馬車を降りると何の変哲もないただの山道だった。ここに神域の結界があると言われても信じられない。「ここかい?」「うむ。アレン、そこから先には進むでないぞ」アレンさんも把握できていないようで、クロウリーさんに忠告され足を止めていた。「さて、やるぞ!全員準備はよいか?」アレンさんも臨戦態勢を取り、フェリスさんもアカリも各々武器を手に構えた。ソフィアさんも剣を抜くと僕も守るように前に立つ。僕も念の為ライフルを構えておいた。「さて、ではやるぞ。開け異界の扉よ!アザ―ワールド!」クロウリーさんが両手を広げると紫色の魔力の渦が集まり始め空間に亀裂が入った。何もない空間に亀裂が入るのは目を疑いたくなる光景だ。亀裂は徐々に広がっていき、やがて人一人入れる程度の隙間ができた。「ここからは強引にいくぞ!」クロウリーさんは開いた亀裂に両手を突っ込み一気に外側へと広げていく。二人が並んで入れるくらいの大きさまで広がると、神域と思われる光景が視界に飛び込んできた。カラフルな蝶が飛び交い、のどかな草原が広がる美しい光景だった。白い樹が各所で生えていて、見た事もない光景に僕らはアッと驚く。「凄い……これが神域なのね」フェリスさんも構えた剣を下ろすと目の前の光景に意識を奪われていた。「なんて美しいのかしら」ソフィアさんも視界いっぱいに広がる見た事もない光景に言葉を失っていた。かくいう僕も美しい景色に目を奪われていたが、クロウリーさんの一声で意識を取り戻した。「来るぞ!全員構えよ!」草原の遥か向こうから猛スピードでこちらへと迫りくる白い翼の人間。あれが神族なのだと気づくのにそう時間はかからなかった。手には背丈を超える程の長い槍を持っている。殺意が凄そうだ。「頼んだぞアレン!」「任せておいてよ、クリエイトゴーレム!」
長旅も九日が経つと流石に慣れてきた。今更ながら思ったが、女性連中の風呂はどうしているのだろう。アレンさんやクロウリーさん、そして僕らは男だからまあ我慢すればいい。といっても毎日寝る前に濡れた布で身体くらいは拭いているが、女性はそれだけで満足はできないはずだ。「アカリ、風呂ってどうしてんの?」「?お風呂なんてどこにもないけど」「いや、それは分かってるけど。もしかして僕らと同じで濡れた布で身体を拭くだけ?」「そうだけど」驚いた。こっちの世界の女性は案外その辺り気にしないらしい。清潔感という面だけ見ればやはり日本の圧勝のようだ。「身体を拭いただけでさっぱりできる?」「うん」冒険者だからだろうか。しかしソフィアさんはそういうわけにはいかないだろう。そこで僕は彼女に聞いてみる事にした。「ソフィアさん、この旅の間はお風呂に入れていないと思いますけど大丈夫ですか?」「何の事かしら?それは当然でしょう。ああ、もしかして気にしないのかという事?」「そうです。皇女様なのにその辺り大丈夫なのかなと思いまして」「気にしないわね。どうせ外にいれば汚れるのだからいちいちお風呂で身体を清めても意味がないわ」まあそれはそうかもしれないが皇女様であろうお方がそれでいいのかと思ってしまう。姫様って綺麗好きなイメージがあったのに。「流石に臭いには気を付けているわよ、ほら」ソフィアさんが手を広げバタバタすると、ふんわりと花の香りが漂ってきた。香水かな、なんとも心が洗われる匂いだ。「香水は乙女の嗜みね。これがあるから多少身体が汚れていてもきにならないのよ。貴方の世界では違ったのかしら?」「そうですね……人によると思いますが、一日に二度お風呂に入らないと気が済まない女性もいましたよ」僕の姉である。綺麗好きがいきすぎて毎日朝と夜にお風呂に入っていた。僕がその話をするとソフィアさんは顔を顰める。