春を迎えぬ冬
「椿宮さん、本当に全ての身分情報を削除してよろしいのですね?手続きを完了すると、あなたという存在が世の中から完全に消えます。誰もあなたを見つけることはできません」
椿宮千夏(つばきのみや ちなつ)は少し黙り込んだ後、確固たる意志を持ってうなずいた。
「ええ、誰にも私を見つけられないようにしたいんです」
電話の向こう側の声が一瞬驚いたような響きを見せたが、すぐに答えが返ってきた。
「かしこまりました。手続きはおおよそ半月ほどで完了しますので、少々お待ちください」
電話を切ると、千夏はスマホを取り出し、半月後に出発するF国行きのチケットを手配した。
その時、テレビではちょうど蒼月グループの記者会見が再放送されていた。
一週間前のことだ。蒼月グループの総裁、恭一郎が発表したのは、世界で最も希少価値の高いダイヤモンドと宝石を使って制作した、ただ一つの特別なジュエリーだった。その名も――「ユキナツ」。
彼はそのジュエリーに千夏の名前を冠し、全世界に向けて愛を宣言したのだ。
「蒼月恭一郎は永遠に椿宮千夏を愛し続ける」
「ユキナツ」の公開後、瞬く間にネット上で話題をさらい、ランキング上位を独占。どのニュースでも二人の「奇跡の愛」を取り上げていた。
記者会見の映像が終わると、次に流れたのは、街頭インタビューの様子だった。
「こんにちは。お聞きしますが、蒼月総裁と奥様の奇跡の愛についてご存じですか?」
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