お仕事が忙しいのか、それとも、彼女と会っているのか。綾瀬さんは、その日もその次の日も、私が寝る前に帰ってくることはなかった。何時に帰ってきているかもわからないけど、睡眠時間が片手ほどもないのは明らか。可能な限り睡眠時間に充てたいのか、家を出るのが午前七時に対し、起き出してくるのはほんの三十分前。身支度にかかる時間を逆算して六時半がギリギリのようで、起床後、一分一秒たりとも無駄な時間はない。もちろん、朝食のために、食卓につく余裕はない。最初の日のソーセージロールと同様、パンだけ咥えて玄関へと歩いていってしまう。そこから学習して、翌日はスープをマグカップに入れて出してみたら、申し訳程度に口をつけてくれた。仕事に行く前の彼に、手の込んだ朝食は必要ない。私も、早々に結論づけた。ロンドンに来て、四日目の朝。サンドウィッチを一切れ口に咥えて、慌ただしく出ていく綾瀬さんの背中に、私は小さな溜め息をついた。これじゃあ、『家族』団欒どころか、向かい合って食事をすることもままならない。週末は、お休みだろうか。慧斗の誕生日を祝う約束、守ってくれるだろうか……。私はキッチンを片付け、簡単な掃除を済ませてから、慧斗の離乳食を用意した。ラウンジのソファに座り、慧斗を膝の上にのせる。綾瀬さんに出したのと同じサンドウィッチを摘まみ、じゃがいもとベーコンのスープを潰して作った離乳食を慧斗に食べさせ、ぼんやりとテレビを眺めた。映っているのは、ニュース番組だ。日本で育児の傍ら、英会話の習得に励んだけれど、まだまだ旅行会話がやっとのレベル。こうしてテレビを観るのもいい勉強だけど、キャスターの英語は難しいし、スーパーを目で追ってみても、なんのニュースかわからない。毎日午前中に放送している一昔前の日本のアニメも、セリフがわからず、内容はちんぷんかんぷんだ。キャラクターが可愛いくて、慧斗は大喜びで観ているけど……。一日中慧斗と二人の生活は、日本でも同じ。でも、家にいても街に出ても、耳に入るのは早すぎて聞き取れない英語だ。誰かと自然に『会話』できないストレス……ここに来てまた味わうとは思わなかった。「はあ……」重い溜め息を吐いた時、ニュースが終わったのか、アニメ番組が始まった。午前十時になったと気付くと同時に、「ぐふっ」小さなゲップが聞こえて目を落とすと、慧斗が、私が口元に差し出すスプーンから顔を背けている。「
Last Updated : 2025-03-31 Read more