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川沿いに降り注ぐ霜如く のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 25

25 チャプター

第21話

我に返ると、目の前には冷たい怒りを浮かべた二人の兄がいた。「桃歌、今すぐ佐伯さんに会いに行くぞ」「行かない」「お前に拒否権はない」「佐伯さんは、お前が頭を下げるなら婚約を考えると言っている」「お前だって分かってるだろ?霜鳥家の事業を立て直すには、佐伯さんの力を借りるのが一番の近道なんだ」私は力を振り絞り、腕を振りほどくと、歯を食いしばって言った。「何度言わせるの?私は行かないって」次兄は苛立ち、また手を振り上げる。だが、長兄がそれを制止した。彼は穏やかな表情で私を見つめ、静かに語りかける。「桃歌、今、家は本当に危機に瀕してるんだ」「もし今回の取引が破談になったら、霜鳥家は終わりだ」「お前も霜鳥家の一員だろ?俺たちはずっとお前を大切にしてきた。頼むから、助けてくれ」私は冷笑し、じっと彼を見据える。「じゃあ、私の将来は?私がどんな目で見られ、どんな扱いを受けるか考えたことある?」「お前は若くて綺麗だし、学歴もある。佐伯さんは本気でお前を気に入ってる。絶対に悪いようにはしない」「桃歌、夢見るのはやめろ。佐伯家に嫁ぎたくて必死な女がどれだけいると思ってるんだ」「私は和真とは絶対に復縁しない」私は二歩後ろへ下がり、冷たく笑う。「そんなに良い縁談なら、自分の娘を嫁に出したら?」「桃歌、お前が家族の情を捨てるっていうなら」「親が今までお前に与えたものを全部返せ。そして霜鳥家とは完全に縁を切れ」「いいよ。全部返す」私が全く取り合わない様子に、大哥の眉が深く寄る。「桃歌、お前はまだ若くて世間を知らない。いずれ結婚したら、実家の存在がどれだけ大事か思い知る時が来る」「その時になって後悔しても、もう遅いぞ」私は、思わず笑ってしまった。思春期の頃、私は苦しんだ。悩み、葛藤し、時には自分を終わらせようとすらした。どうして両親は兄たちにはあれほどの愛情を注ぐのに、私には冷淡なのか、理解できなかった。自分が何か間違っているのかと、深く自分を責めたこともあった。けれど、ある時ふと耳にした。私は霜鳥家に捨てられた子供だった、と。彼らが私を引き取ったのは、利益のための政略結婚に利用するためだったのだ。道具に、愛情なんてあるはずがない。そう悟った時、私はよう
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第22話

私は、霜鳥家からもらったマンションと車を返した。それだけじゃない。大学卒業後、働きながら貯めた400万円も、すべて両親に渡した。育ててもらった恩は、できる限り返すつもりだ。でも自分の結婚だけは、自分の手で決めたい。霜鳥家を去るとき、家族の顔色はどれも険しかった。そして、そこには、彼ら全員の名前と指印が押された、縁を切るための誓約書があった。私の手には渡らず、顔に投げつけられた。新しい賃貸アパートに引っ越し、気持ちを立て直そうと努力した。その間、景からも何度も連絡があった。彼が私の体調を尋ねたときだけ、簡単に返事をした。何度か会おうとも言われたけれど、私はずっと考えた末に断った。彼に会ったら、きっと自制がきかなくなる。抱きしめたくなる。キスしたくなる。身体を重ねたくなる。彼を完全に自分のものにしたくなる。だけど、それと同時に痛いほどの理性が私を引き裂いた。もしすべてが幻だったら?夢から覚めたとき、何も残っていなかったら?景は、無理に会おうとはせず、しつこくもしてこなかった。時々、私は彼のSNSをこっそり覗いた。たまに投稿されるのは、朝のランニングか夜のランニングのことばかり。私はまるで変態みたいだった。写真を拡大し、彼の姿を貪るように見つめた。仕事は徐々にうまくいかなくなった。なんとなく察していた。和真が裏で手を回しているのかもしれない。でも、今は辞めるわけにもいかず、ただ耐えるしかなかった。給料が何度も引き下げられても。プレッシャーに押し潰されそうになった深夜、残業を終えてアパートに帰ってくると、彼がいた。すでに帝都は秋に入っていた。彼は濃いグレーのトレンチコートを羽織り、アパートの前に立っていた。すらりとした長身。神のように整った顔立ち。指には煙草が挟まれていた。彼が煙草を吸う姿を見るのは初めてだった。私を見た瞬間、彼はすぐに火を消した。私は呆然と立ち尽くした。手に持っていた冷えたサンドイッチが、ぽとりと地面に落ちた。次の瞬間、彼は大股で歩み寄り、何の迷いもなく、私を強く抱きしめてキスをした。そのキスは深く、強引だった。微かに苦いニコチンの味が、肺の奥まで染み込んでいく。なのに、どうしようもなく惹き
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第23話

私のアパートは狭く、浴室も小さかった。シャワーの水圧も弱く、少し寒かった。だから、彼が強く抱きしめてくれた。彼の身体は熱かった。手も熱かった。濡れた髪に指を差し入れ、頭皮を撫でられただけで、私は全身を震わせた。彼は私を見つめながら、唇を落とした。濡れた髪を指で梳かしながら、ひんやりとした耳たぶを優しく弄んだ。私は目を閉じた。もう、何も我慢したくなかった。「清川先生、もう一度、診察してください」私は彼の手を取り、ゆっくりと胸元に導いた。彼は大きく息を呑み、もう我慢できなかったのだろう。狭いシャワールームの中で、降り注ぐ水の下で、彼と私は何度も何度も、溶け合った。やがて力尽き、私は彼の腕の中で眠りに落ちた。彼の温もりに包まれながら、私は、どこまでも深く、心地よい眠りについた。再び目を覚ましたとき、景はまだ私のアパートにいた。意外だった。何度も目をこすった。彼は袖をまくり、キッチンから料理を運んできた。「起きた?何か食べる?」「なんで……帰らなかったの?」景は皿をテーブルに置き、眠たげな私を見つめた。「帰ったら、またしばらく俺を無視するだろう?」メガネをかけ、セットされていない髪が柔らかく額に垂れている。まるで温かみのある玉のような姿だった。私は彼のメガネ姿が好きだ。でも、それを自分の手で外すのはもっと好き。「清川さん……」彼の前に立ち、顔を上げてその瞳を見つめる。「今の私は何も持ってない」「仕事も失うかもしれない」「それに、私は霜鳥家の娘じゃない。ただの拾われた孤児」「私は自分勝手で、少し見栄っ張り」「そんな私を、清川さんが好きになるとは思えない」景は私の不安や劣等感、迷いを感じ取ったのか、静かに手を伸ばし、強く抱きしめた。「霜鳥さん、俺が大切に思うのは、君だけなんだ」「どうして?」私は彼を見つめ、ぼそりと呟いた。どうして私なの?どうして私を好きだと言うの?私はこんなにもひねくれていて、矛盾だらけで、プライドが高いくせに卑屈で……「理由なんてない。君が、君だから」景はゆっくりと顔を下げ、そっと私に口づけた。
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第24話

理由なんてない。君が、君だから。もしかしたら、それはずっと昔、学生の頃から。もしかしたら、和真の恋人になり、再会したときから。自分でもはっきりとは分からない。ただ、彼女が和真と付き合っていると知った瞬間から、彼は嫌悪していたあの世界に、自ら足を踏み入れるようになった。ただ、彼女をもう少し近くで見たかったから。だからこそ、嫉妬と悔しさを噛み殺しながら、何度も何度も、彼女と和真のそばに現れた。あの日、車の中で、彼女の膝が自分の脚に触れたとき、彼女がそれを避けなかったとき、その瞬間に沸き上がった卑劣な喜びを、この世で知るのは、彼一人だけだった。それでも、彼にはどうすることもできなかった。結局、彼は自分が最も軽蔑していた人間になってしまった。だが、後悔はしていない。一度も、自分の選択を悔やんだことはない。ただ、もっと早く動くべきだった、と後悔をした。彼がすべきだったのは、最初から手を伸ばすこと。もっと早く、もっと大胆に。たとえ、「卑劣な第三者」になったとしても。
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第25話

結局、仕事は守れなかった。会社を去る日、ビルの前で、和真と鉢合わせた。私が荷物を持って出てくるのを見て、彼はすぐに車から降りてきた。今日は助手席に理子の姿はない。私は目もくれず、そのまま前を向いた。だが、和真が行く手を遮った。「桃歌、もう意地を張るのはやめよう」「前にも言っただろう?そんなに苦労する必要なんてないんだ」「よりを戻そう。もう二度と理子とは会わないと約束する」私は笑った。彼を見つめながら。人間は、手に入らないものほど執着する生き物だ。彼が今になって「理子とは会わない」と言うのは、ただ、もう彼女とは関係を持ち尽くし、飽きてしまったから。だから、また私を思い出しただけ。「どう?」和真は私が笑ったのを見て、態度が変わったと思ったのか、手を伸ばし、私の腕を掴もうとした。私は身を引いた。「和真」「私にはもう、恋人がいるの」彼は信じられないという顔をした。「そんなはずない!いつの間に?」私は、より深く微笑んだ。「覚えてる?温泉リゾートでのこと」「私、男物のシャツを着てだ」和真の瞳孔が瞬時に収縮し、顔色がみるみるうちに青ざめていった。「このシャツ、彼のものなの」「昨日の夜はずっと一緒にいた。お酒を飲んで、話して、それから、寝た」「桃歌!!」「そんなに怒らないでよ」私は首を傾げて、のんびりと続ける。「だって、あんたも理子と同じことしてたでしょ?」「それも、私たちがまだ付き合ってたときに」「それは違う!あれはただの遊びだった!」「本気で好きだったら、お前と付き合うわけないだろ!」和真は、歯ぎしりするような声で叫んだ。「そうね。確かに違うわ」「私は本気だから。本当に彼が好き」「てめぇ……ちゃんと説明しろ!その男は誰なんだ!」和真は今にも爆発しそうだった。この俺の女を奪おうなんて、どこの馬の骨がそんな真似を。「絶対にぶっ潰してやる!!」怒りに駆られた和真が吠えた、そのとき。「誰をぶっ潰すって?」低く冷えた声が背後から響いた。和真の動きがピタリと止まる。まるで電源を切られた人形のように。硬直したまま、ぎこちなく振り返る。そして、そこに立っているのが誰なのかを認識した瞬間、まるで背骨
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