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第25話

Author: 七月
結局、仕事は守れなかった。

会社を去る日、ビルの前で、和真と鉢合わせた。

私が荷物を持って出てくるのを見て、

彼はすぐに車から降りてきた。

今日は助手席に理子の姿はない。

私は目もくれず、そのまま前を向いた。

だが、和真が行く手を遮った。

「桃歌、もう意地を張るのはやめよう」

「前にも言っただろう?そんなに苦労する必要なんてないんだ」

「よりを戻そう。もう二度と理子とは会わないと約束する」

私は笑った。

彼を見つめながら。

人間は、手に入らないものほど執着する生き物だ。

彼が今になって「理子とは会わない」と言うのは、

ただ、もう彼女とは関係を持ち尽くし、飽きてしまったから。

だから、また私を思い出しただけ。

「どう?」

和真は私が笑ったのを見て、態度が変わったと思ったのか、

手を伸ばし、私の腕を掴もうとした。

私は身を引いた。

「和真」

「私にはもう、恋人がいるの」

彼は信じられないという顔をした。

「そんなはずない!いつの間に?」

私は、より深く微笑んだ。

「覚えてる?温泉リゾートでのこと」

「私、男物のシャツを着てだ」

和真の瞳孔が瞬時に収縮し、顔色がみるみるうちに青ざめていった。

「このシャツ、彼のものなの」

「昨日の夜はずっと一緒にいた。お酒を飲んで、話して、それから、寝た」

「桃歌!!」

「そんなに怒らないでよ」

私は首を傾げて、のんびりと続ける。

「だって、あんたも理子と同じことしてたでしょ?」

「それも、私たちがまだ付き合ってたときに」

「それは違う!あれはただの遊びだった!」

「本気で好きだったら、お前と付き合うわけないだろ!」

和真は、歯ぎしりするような声で叫んだ。

「そうね。確かに違うわ」

「私は本気だから。本当に彼が好き」

「てめぇ……ちゃんと説明しろ!その男は誰なんだ!」

和真は今にも爆発しそうだった。

この俺の女を奪おうなんて、どこの馬の骨がそんな真似を。

「絶対にぶっ潰してやる!!」

怒りに駆られた和真が吠えた、そのとき。

「誰をぶっ潰すって?」

低く冷えた声が背後から響いた。

和真の動きがピタリと止まる。まるで電源を切られた人形のように。

硬直したまま、ぎこちなく振り返る。

そして、そこに立っているのが誰なのかを認識した瞬間、

まるで背骨
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    部屋に戻ると、もう一度シャワーを浴び、楽な部屋着に着替えた。そして、さっさと荷物をまとめ、温泉リゾートをあとにした。帰りの道中、父から何度も電話がかかってきた。全部無視した。すると、今度は兄からメッセージが届く。「お前、和真と喧嘩したのか?」「さっさと謝れ。もういい加減にしろ」「俺は今、佐伯家との取引を進めてるんだ。邪魔するなよ」胸が詰まるような息苦しさを覚える。「私は彼と付き合ってただけで、売られた覚えはない」「もう別れたし、よりを戻すつもりもない」「お前、調子に乗ってんじゃねえぞ?」「はっきり言っとくぞ。あんな玉の輿を逃したら、お前なんかすぐに霜鳥家から追い出してやるからな」大学を卒業してから、私は完全に自立していた。両親からも、霜鳥家の財産は兄たちのものであり、私には何の関係もないと言われていた。家には何軒も不動産があるのに、私に与えられたのはたった38畳の普通のマンション一つだけ。他の資産はすべて兄夫婦名義になっている。霜鳥家の商売も、霜鳥家の未来も、私には何の関係もない。私は微笑みながら、短く返信した。「お好きにどうぞ」家に戻ると、三日間ひきこもった。どんな家庭に生まれたとしても、簡単に割り切れるものじゃない。感情を消し去るなんて、できるはずもない。夜になると気分が沈み、不眠に苦しんだ。頭が割れそうなほど痛む。仕方なく、キッチンへ行き、酒を少し飲む。アルコールのせいなのか、それとも気分のせいなのか。乳腺のあたりに、鈍い痛みが広がる。薬を飲んでも治らず、むしろどんどん痛みが増していく。我慢できずに病院へ行くことにした。専門医の診察を受けようと、できるだけ景に会わなくて済むように別の医師を選んだ。今の私は、心も体もボロボロで、彼と顔を合わせる自信がない。廊下で順番を待っていると、突然、看護師が声をかけてきた。案内された先は、景のオフィスだった。思わず踵を返し、その場を離れようとする。だが、彼の声が背後から響いた。「待て」振り返ると、彼は二、三日寝ていないのか、目の下にうっすらとクマができていた。疲れが滲んだ顔。「そこに座れ。手を洗ってくる」白衣を脱ぎ、真剣な表情で手を洗い始める。水が指の間を流れてい

  • 川沿いに降り注ぐ霜如く   第18話

    私は彼の手を払い、後ずさる。「確か私たち、昨日の時点で別れたはずよ」「だから、私が何をしようと、もう関係ないでしょ?」理子が驚いたように声を上げた。「えっ?桃歌姉、和真兄と別れたの?」私は無表情のまま、彼女を見つめる。「ええ、そうよ。市川さんにとって嬉しいニュースでしょ?」「ちょっと!何それ?」彼女はすぐにムッとした顔になる。「私、喜ぶなんてしてない!私が悪者みたいな言い方はやめてよ!」「和真兄、何とか言ってよ。変な噂を流されて、私が浮気相手だなんて言われたら困るよ!」和真は彼女の手を軽く叩いて宥め、後ろへ下がらせると、私に向かって不機嫌そうに言った。「たったこれだけのことで、まだ文句を言うのか?」「何度も言っただろう?俺と理子は、兄妹みたいなものだって。何もないって」理子も、嫌味ったらしく口を挟んでくる。「桃歌姉、あまり人を疑わない方がいいよ。男女間だって、純粋な友情も成立するから」「桃歌、そんなことで騒ぎ立てると、後で後悔することになるぞ」「別に騒いでなんかいない。ただ、もう付き合いたくないだけ」「それに、昨夜もちゃんと話したはず。私たちはもう終わったの」本当は、彼と長々と話をする気もなかった。正直、体もまだ痛いし。景の馬鹿野郎。三回目に至らなかったのは、さすがに助かった。もしそうなってたら、私は今頃、ベッドから一歩も動けなかっただろう。「じゃあ言ってみろよ」和真が一歩前へ進み、私を見据える。「昨夜、部屋に戻らなかったのは、どこにいたんだ?」私は小さく笑い、軽く眉を上げた。「たまたま会った友達と、ちょっと飲んで話してただけ。悪い?」「本当にそれだけ?」「あんたには関係ないわ」私は適当に髪をかき上げながら、彼を挑発するように微笑んだ。和真の瞳が一瞬鋭く光り、指を突きつけながら声を荒げた。「首のそれは、何だ」彼の視線を追い、指先で首元を軽く触れる。「虫に噛まれたかも」「桃歌!ふざけんなよ!」「じゃあ何だと思ったの?」「それに百歩譲って、本当にあんたが考えてるようなことだったとして、それがどうしたっていうの?」「男女の間にも純粋な友情ってあるんでしょ?ちょっとキスしたくらいで騒ぐこと?」そう言いながら、隣にいる理子

  • 川沿いに降り注ぐ霜如く   第17話

    翌朝、私が目を覚ましたときには、すでに陽が高く昇っていた。だが、景の姿は、どこにもなかった。喉の渇きに耐えかね、水を飲もうとした瞬間、身体がまるで轢かれたかのように痛むことに気づいた。しばらくベッドの上でじっとしてから、ようやく身を起こし、枕元に置かれたコップの下に、小さなメモが挟まれているのを見つける。そこには、彼の筆跡でこう書かれていた。「桃歌、ごめん。重篤な事故が発生して、病院が緊急対応に追われている。どうしても戻らなきゃならない」「こっちが落ち着いたら、また連絡する。いい子にしてて」そのメモを見つめたまま、しばらくぼうっとしていた。頭に浮かんだ最初の考えは——もしかして、これは男がよく使う口実なんじゃないかということ。景にとって、昨夜のことは一夜限りの関係に過ぎなかったのかもしれない。それでも、どうしても気になってスマホを開き、検索してみる。トップニュースには、あの連鎖追突事故の報道が出ていた。負傷者たちはちょうど彼の病院の近くで搬送され、多くがすぐに運び込まれたらしい。彼は嘘をついていなかった。ただ、「また連絡する」と言っていたけど……彼が連絡してきたら、何を話すのか。私は何をどうすればいいのか。頭の中はぐちゃぐちゃで、何も考えがまとまらない。でも、一つだけはっきりしているのは。これ以上、ここにいたくない。だから私はすぐにベッドから起き上がり、簡単に身支度を整えたあと、部屋に戻って荷物をまとめることにした。ちょうど庭を出て湖のそばまで来たところで、和真と理子たちの一行とばったり鉢合わせた。関わりたくなかった私は、くるりと背を向けて別の道を行こうとする。だが、理子がすぐに私を呼び止めた。「桃歌姉、そのシャツ……男物よね?」私は思わず、襟元をぎゅっと握りしめた。部屋を出る前、首筋から胸元にかけての無数の痕を鏡で確認し、慌ててクローゼットから新品のメンズシャツを取り出した。おそらく、景が泊まる時のために用意されていたものだろう。理子の一言で、自分の服装に気を取られた私は、少し焦る。だがその前に、和真の顔色が、明らかに変わっていた。「桃歌、その服、どこで手に入れた?」私は平静を装いながら、まず最初に考えたのは、これは私が望んで仕掛

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