All Chapters of トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~: Chapter 81 - Chapter 90

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繋がり合う気持ち PAGE10

「――ところで、どこに行きますか?」 わたしがシートベルトを締めたところで、彼が行き先を訊ねてきた。「う~ん……、じゃあ久々にスカイツリーに行きたいな」「分かりました。じゃあ、スカイツリーに向かいますね」 そうしてシルバーのレクサスは滑らかに走り出した。「――そういえば、会社の往復以外にこうやって桐島さんのクルマでおでかけするの、久しぶりだよね」 わたしは思い出したようにそう呟いた。というか、クルマが変わってからは初めてだった。 父が亡くなる前には、貢が学校帰りのわたしを迎えに来てくれて、クルマであちこちへ連れ出してくれていたのに。忙しくなったからそれどころではないというのもあって、八王子から丸ノ内、丸ノ内から自由が丘のルートだけになってしまった。「そうですね……。もう二ヶ月ぶりくらいになりますか? あれから僕と絢乃さんとの関係も変わってしまいましたからねぇ。僕もおいそれとお誘いすることがためらわれてしまって」 彼はきっと、わたしと自分との関係が〝上司と部下〟の関係に変わったことを気にしていたんだと思う。「わたしは別に何も変わってないよ? だから貴方も、自分の立場がどうとか気にする必要ないんだよ」 彼が前日あんな行動に走ってしまったのも、自分で自分の気持ちを抑えてきた反動だったんじゃないだろうか。「……はぁ」「そういえば、桐島さんの私服姿見るの、今日で二回目だね。いつもそんな感じなの?」 わたしは珍しくスーツ姿ではない(休日だから当たり前か)彼を、まじまじと眺めた。 初めて彼の私服姿を見たのは、我が家で行われたクリスマスパーティーの時だったけれど、この日もその時と同じくピッタリとしたブラックデニムを穿き、襟付きのシャツとニットを合わせてダブルボタンの紺色のコートを合わせていた。「ええまぁ、外出の時はだいたいそうですね。家ではスウェットとかけっこうラフな感じなんですけど。逆に兄は家でも外でもあまり変わらないですね。仕事へ行く時にもカジュアルスタイルですから。絢乃さんもご覧になったでしょう?」「うん。カジュアルっていうか、ちょっとルーズな感じ? でも、出勤の時まであれって社会人としてどうなんだろう?」 悠さんの服装はダボッとしたカーゴパンツと、トレーナーにダウンジャケットの組み合わせだった。わたしは別に、相手がどんな服装をしていよう
last updateLast Updated : 2025-02-21
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繋がり合う気持ち PAGE11

「飲食チェーンですし、制服があるから大丈夫なんじゃないですか。あれできちんとTPOはわきまえてるんですよ」「へぇ……、そうなんだ」 彼はお兄さまの話題になると、何だかご機嫌ナナメだった。……あれ、おかしいな。兄弟の仲はいいはずなのに。「あのね、桐島さん。もしかして、お兄さまにヤキモチ焼いてる? だとしたらホントに心配いらないからね? お兄さま、彼女がいらっしゃるらしいから」「彼女、いるんですか? ……何だよもう、兄貴のヤツ! 話してくれたっていいのに、水臭い!」 そのせいで余計な心配しちまった、とか何とか独り言をブツブツ言い出し、わたしの顔を見るや「……すみません」と小さく謝った。 姉妹ならきっと、お互いの恋愛の話をよくするだろうけど、兄弟だとそういう話はあまりしないんだろうか? でも、悠さんは貢の恋バナをよく聞かされていたはず。なのにご自身の恋愛については貢に話されないというのはどういうことだろう? ……まぁ、延々ノロケ話を聞かされても迷惑だろうけれど。   * * * * ――スカイツリーの天望デッキに着くと、休日のせいか前に行った時より人でごった返していた。時刻は夕方五時。ちょうど夕日が沈み始めた頃で、西側の窓辺にはキレイな夕焼けの写真をSNSにアップすべくスマホをかざす女の子のグループやカップルたちで賑(にぎ)わっていた。「――ホントは、こんな人が大勢いるところで言うようなことじゃないと思うんだけど……。昨日はLINE、返事返さなくてごめんなさい!」 わたしは開口一番にそのことを彼に謝った。弁解ならその後にすればいい。まずは自分に非があったことを認めて詫びるべきだと思った。「でもね、それにはちゃんと理由があるの。……最初のメッセージで返信しようとしたら、その後あんなこと書かれるんだもん。わたし、どう返していいか分かんなくなっちゃって。ただ、それは怒ってたわけじゃなくて、気が動転してたっていうか、パニクってたっていうか……。とにかく頭の中が真っ白になっちゃってて」「そうだったんですか。僕はてっきり、絢乃さんがヘソを曲げちゃったんで返事を下さらないのかと思ってました。で、それからずっと自己嫌悪(けんお)に陥っていて、『もう顔も見たくない』、『声も聴きたくない』と言われてしまったらどうしようかと。なので、先ほどお電話を下さった時は驚きま
last updateLast Updated : 2025-02-21
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繋がり合う気持ち PAGE12

 貢自身、気にしていたんだと分かり、わたしの中の迷いが消えた。自分の気持ちは、態度とかじゃなくてちゃんと言葉にしなきゃ伝わらないんだと。「わたし、男の人を好きになったの初めてだから、貴方の気持ちはちゃんと言葉にして伝えてくれないと分かんないよ。だからここで改めて聞かせてほしい。ちゃんと貴方の想い、言葉にして言ってくれないかな」「はい、……えっ!? す、好き? って、僕をですか?」「…………だからそう言ってる。わたし、初めて会った日から貴方のことが好き。好き好き好きっ!」 途中からシャウトみたいになってしまい、言い終えた後にはゼイゼイと息を切らしていた。もっと可愛い告白のしかたもあったはずだけど、初めての告白だったわたしにそんなことを考えている余裕はなかった。「……ありがとうございます、絢乃さん。じゃあ、僕もちゃんと言葉で伝えないと、あなたの気持ちにお応えできませんね。――僕も、絢乃さんのことが好きです。今までも恋愛はそれなりにしてきたはずですけど、それが全部絢乃さんに出会うための布石だと思ってしまうくらいに好きなんです。僕と、お付き合いして頂けますか? 僕をあなたの彼氏にして下さい。お願いします」「はい……、喜んで。こちらこそ、これからもよろしくお願いします」 わたしは彼と気持ちが繋がり合ったことを確かめると、そこが大勢の人の前だということもお構いなしに彼の胸に飛び込んだ。彼もためらうことなくそれを受け止めて、わたしをギュッと抱きしめてくれた。 ――それが、わたしと貢の関係が〝ただの上司と部下〟から〝恋人同士〟に変わった瞬間だった。「……ねえ、わたしたちの関係って、会社内では秘密にしてた方がいい……のかな?」 そこでわたしはふと思った。職場恋愛自体は問題にならないと思うけれど、さすがに会長と秘書という間柄での恋愛関係となると、他の社員たちに示しがつかないんじゃないか、と。「そうですよね……。僕は別に気にしなくていいと思いますけど、秘密の恋愛の方がスリルがあっていいと思います」 彼は無邪気に笑いながら、楽しそうにそう言った。
last updateLast Updated : 2025-02-21
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彼のために、わたしができること PAGE1

 ――こうして恋愛関係になったわたしと貢は、より多くの時間を一緒に過ごすようになった。 付き合い始める前は、会社帰りにはまっすぐ家まで送ってもらうだけだったけれど、交際を始めてからは一緒に夕食を摂ってから帰るようになったり。土・日のどちらかには二人の都合が合えばドライブデートをしたり。 そして、わたしが彼を呼ぶ時の呼び方も変わった。仕事の時は相変らず「桐島さん」だったけれど、プライベートでは「貢」と下の名前で、しかも呼び捨てするようになったのだ。 初めてできた彼氏、それも年上の彼を呼び捨てにするのはものすごく勇気が要ったけど、「貢さん」じゃあまりにも他人行儀だし、彼がそれでいいと言ってくれたので、わたしもそうすることにしたのだった。 何より年上の彼氏を名前で呼び捨てにすることで、ちょっと背伸びをしているような、自分がほんの少しだけ大人になったようなむず痒(がゆ)い気持ちになったというのは事実だった。 それでも会社では、両想いになった日に決めたとおりわたしたちが恋愛関係になったことを秘密にして、あくまで〝上司と部下〟〝会長とその秘書〟としてふるまっていた。もちろんそれだけで隠し通せるとは思っていなかったし(恋愛経験のある彼はともかく、これが初めてだったわたしは)、秘書課には人の恋愛沙汰(ざた)に敏(さと)いお姉さま方がいるので見抜かれていた可能性も否定できないけれど。 ――そんな中で一ヶ月が過ぎ、世間ではホワイトデーを迎えた。 バレンタインデーに女性社員からたくさんチョコをもらっていた貢は、きちんと全員分のお返しを用意していた。それをみんなに渡し終えて会長室へ戻ってきた彼は、わたしにも小さな包みを差し出した。「絢乃さん、バレンタインチョコありがとうございました。これは僕からのお返しです」 それは赤いリボンで閉じられた、淡いピンク色の不織布の小さな袋。用意する数が多かったのと、相手に気を遣わせないようにという彼の配慮からだろうか。そんなにお金はかかっていないような気がした。「……えっ? ありがと……。でも、わたしの分のお返しは要らないって言ったのに」「確かにそうおっしゃっていましたけど、会長の分だけ用意していないとかえって周囲の人たちから怪しまれますので。迷惑とは思いますが、受け取って頂けませんか?」
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE2

「そんな、迷惑なんて……。すごく嬉しいよ。ありがと。開けていい?」 口では「要らない」と言ったけれど、本当はもらえれば嬉しいなぁと思っていたチョコのお返し。まさか本当にもらえるなんて思っていなかったので、わたしは彼を見直した。 リボンを解き、開いた袋に入っていたのは可愛いウサギの刺しゅうが入った桜色のタオルハンカチと、同じ色のアルミホイルに包まれた小さなハート形のチョコレートが二粒だった。「このハンカチ可愛い……! ありがと、大事に使わせてもらうね! チョコは仕事しながらつまもうかな。貴方が淹れてくれたコーヒーのお供に」「喜んで頂けてよかった。クリスマスに、僕からは何もプレゼントを差し上げられなかったので、名誉挽回といいますか……。実はチョコレートがついているのは会長の分だけなんですよ」「えっ、ホントに? じゃあ、これ一つだけ特別ってことだね」 わたしがバレンタインチョコで他の人との差別化を図ったように、彼もお返しのプレゼントに恋人となったわたしへのスペシャル感を出したかったのかもしれない。「なんか『愛されてるなぁ』って感じがする」 部屋の中に二人きりなのをいいことに、わたしはそう言ってフフフッと小さく笑った。 ――彼とお互いの想いが繋がり合ったあの日。わたしは家の前までクルマで送ってくれた彼を、思い切って夕食に誘ってみた。「……ねえ、桐島さん。よかったら、ウチで一緒に夕飯食べて行かない? ママにも今日のこと、報告したいから」 ちなみに、わたしが彼のことを「貢」と呼ぶようになったのはその後のことであり、この日がわたしと彼が夕食を共にするようになったキッカケとなったのだけれど。「ええ、ではお言葉に甘えてお邪魔します」 初めて出会ったあの夜には、お茶に誘っただけで遠慮された。そんな彼が、この日初めて我が家での夕食の誘いを受けてくれたのは(クリスマスパーティーに呼ばれたという前例があったからかもしれないけど)、間違いなくわたしとの間に確かな信頼関係が築かれていたからだろう。……まあ、晴れて〝彼氏〟になったわけだから、彼女の家にお邪魔するのはごく普通のことで、断る理由もなかっただろうし。 ――夕食の席で、わたしが貢と付き合うことになったと報告すると、母はすごく納得した様子だった。「やっぱり、あなたたちはこうなるって早い段階から分かってたのよね
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE3

「もちろんです。ただ、絢乃さんがおっしゃるには、社内では恋愛関係にあることを秘密にしておいた方がいいのではないか……と」「…………あら、そうなの? まぁいいんじゃない? 絢乃がそうしたいって言うんなら。親としても、子供の恋愛に干渉する権利なんてないし」 母はクールにそう言って、グラスに入った白ワインを呷(あお)った。でも、母らしいなとわたしは思ったものだ。決して過干渉ではなく、それでいて放任主義というわけでもなく、ほどほどの距離間でわたしの考えは尊重してくれる。それがわたしの母・篠沢加奈子という人なのだ。 その日、帰ろうとしていた貢にファーストキスの上書きを頼んでみたところ、彼は快く受け入れてくれた。 前日の不意討ちキスは事故のようなものだったから、あれはもう忘れることにして、わたしの初めてのキスはこの夜だったことにしようと思った。 里歩にはその夜、LINEで報告したけれど、『おめでとう』の後に『初恋の人が初めての彼氏なんて、何て羨ましい!!』と返信が来た。じゃあ里歩の彼氏は初恋の相手じゃないのかと訊きたかったけれど、彼女のプライバシーに関わることだと思ったのでやめておいた。いくら親友同士といっても、踏み込んでいい問題とそうじゃない問題の線引きは大事だから。 貢は貢で、お兄さまに報告したらしい。自分から伝えたのか、お兄さまにせっつかれて暴露したのか、それはわたしにも教えてくれなかったけれど。とにかく、翌日悠さんにLINEで『弟さんとお付き合いすることになりました』と送信したところ、『アイツに直接聞いたから知ってるよ。おめでとう』と返事が来たのだ。「――そういえば、そろそろ年度末ですよね。山崎専務にお願いしていた件、どうなっているんでしょう?」 わたしにコーヒーを出しながら、彼が心配そうに首を傾げて言った。総務課でのハラスメントについて調べておいてほしい、とお願いしていた件のことだ。「そうだね……。山崎さんは仕事熱心な人だから、ちゃんと調査はしてくれてると思うけど。そろそろ報告が来てもおかしくない頃だよね」 コーヒーをすすりながら、わたしはデスクの上に置かれた固定電話を気にした。連絡が来るとしたら内線電話か、もしくはわたしのスマホに直接かかってくるのか……。 と思っていたら、わたしのデスクではなく秘書席の電話が鳴った。着信音のパターンからして内
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE4

「――会長、急に押しかけてしまって申し訳ございません」 山崎さんは応接スペースのソファーに腰を下ろすなり、わたしに深々と頭を下げた。「専務、お茶をお持ち致しました。どうぞ。――あ、コーヒーの方がよかったですか?」「いやいや。ありがとう、桐島君。いただくよ」 貢は専務が湯呑みを引き寄せたのを確かめてから、デスクに戻ろうとしたけれど。「桐島さん、ここにいて。貴方にも一緒に聞いてほしい話だから」 わたしはそんな彼を引き留めた。この話は彼にも関係のあること、いやむしろ彼こそがいちばんの当事者だったのだから。 彼がわたしの隣に腰を下ろすと、山崎さんが口を開いた。「――会長、報告が遅くなってしまい申し訳ございません。先日会長からご依頼のありました、総務課のハラスメントに関する調査についてですが」「いえ。お忙しい中無理なお願いをしてしまったのはこちらですから、どうぞお気になさらず。――それで、どうでした?」「私どもの調査の結果、総務課のハラスメント問題は現在も続いていることが判明致しました。それも、課に在籍している社員の実に九割が被害に遭っている、と」「そんなに被害者が……。でも、どうやってそこまで調べたんですか?」 山崎さんがローテーブルの上に置いた資料を手に取ってパラパラめくりながら、わたしは愕然(がくぜん)とした気持ちで訊ねた。「何とアナログな方法だろうかと思われるでしょうが、総務課の社員一人一人に聞き取りを行いました。わたしは昔人間ですので、地道にコツコツしかできませんもので」「それは大変でしたね。ご苦労さまでした。ありがとうございます」「それで、山崎専務。僕からも質問なんですが……、そのハラスメントを行っていたのはもしかして、島谷(しまたに)課長ではありませんか?」 貢の口から、初めて具体的な人物名が飛び出した。もしかして、彼を苦しめていたのもその人だったの?  そう思いながら山崎さんの顔を見れば、彼の眉がピクリと動いた。「当たりだよ、桐島君。君の口からその名前が出てくれてよかった。――島谷照夫(てるお)課長はいわゆる〝ワンマン管理職〟でしてね、もう二年ほど前から部下にパワハラやモラハラ、女性社員にはセクハラ行為も行っていたようです。その被害内容は、今お持ちの資料にまとめてありますが」「これは……、ひどいですね。体を壊したり、メン
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE5

「……あれ? ちょっと待って。山崎さん、さっき問題が起きたのは二年くらい前から、っておっしゃってましたよね? 桐島さんは確か、入社して三年目だったっけ」「はい、もうすぐ四年目に入りますけど。島谷課長は僕が入社二年目の年から課長になったんで、パワハラに遭い始めたのもその頃からだったんです」「……なるほど、分かった。ありがとう」 貢の説明で納得がいった。島谷さんという人は、管理職に昇進したことで「自分が権力を持った」と勘違いして部下に偉そうな振舞いをするようになったということか。「――あの、私からの報告は以上になりますが。これで、この問題を公表する材料は揃いましたでしょうか?」 おずおずと、山崎さんがボスであるわたしの顔色を窺うようにして訊ねた。「う~ん……。わたしとしては、退職されたり休職している人たちからも話を聞きたいなぁと思ってるんですけど。それはこちらで引き受けますから大丈夫ですよ。山崎さん、この資料頂いてもいいですか?」「ええ、もちろんです。それは会長に差し上げますので、お好きなようにご活用下さい」「ありがとうございます。今回はわたしの無理なお願いを聞き入れて下さって、本当にありがとうございました。じゃあわたしも、さっそく明日から動いてみます。聞き取り調査が終わったら会議を開いて、島谷さんの処分などを相談しましょう」「かしこまりました。後のことは、会長に一任致します。では、私はこれで」 貢に「君が淹れてくれたお茶、美味しかったよ。ありがとう」とお礼を言って、山崎さんは会長室を出て行かれた。「――ここからは、わたしの仕事だね」 わたしはマグカップと資料を持ってデスクに戻り、改めて資料の内容を確認しながら言った。「明日からここに載ってる人たちに聞き取りして、証言が集まったら重役会議。その後は……最悪、本部の監査室に動いてもらうことになるかなぁ」 ハラスメント問題はグループ内のコンプライアンスにも関わってくる。本部の監査室はその調査を行う専門部署なのだ。「そして島谷課長の処分を決めて、記者会見、と。――ですが明日からというのは? 会長、学校を休まれるおつもりですか? ……明日は土曜日なので、来週からになりますか」「違う違う! 明日は卒業式だから、午前中に終わるの。わたし二年生だから、在校生代表で出席するんだ」「ああ、なるほど。そう
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE6

「で、来週からは新入生のための説明会とかがあるから、終業式までは短縮授業に入るの。というわけで、わたしは明日からまた早めに出社できます。以上」「分かりました、了解です。――ですが、会長はどうしてそこまで……?」 彼は首を傾げた。わたしがどうしてそこまで、社員のみなさんのために必死になれるのか、不思議で仕方がないらしい。 でも、それは父だってそうだったはず。わたしも貢たち社員のみなさんのことを、〝家族〟だと思っているから。それに、この件はわたしが言い出したことだったので、全部人任せにしたくなかったというのもあった。 でも……、いちばんの理由は。「貴方と、貴方の同僚だった人たちを早く助けてあげたいから。つまり、大好きな貴方のためだよ」「会長……」「まぁ、愛されてるって分かったら、その愛に報(むく)いなきゃね」 ハッとした彼に、わたしはとどめのウィンクをした。それを見た彼は、何だか嬉しそうにニヤニヤと笑った。「……なに?」「…………いえ。先ほどの会長が、ものすごく可愛いなぁと思って」「え?」「いえいえ。会長はどんな表情をされていても可愛くて魅力的なんですけど。というか、その表情豊かなところが会長のいちばんの魅力だと僕は思ってます」「……あ、そう。ありがと」 わたしは嬉しいやら照れくさいやらで、俯いてボソリと呟いた。何だか調子が狂う。 彼はわたしと交際を始める前と後で、わたしへの態度というか接し方が分かりやすく変わった。特に、二人きりでいる時の愛情表現がかなり豊かというか。わたしが「要らない」と言ったホワイトデーのお返しがその最(さい)たるものだろう。 でも、それはあくまで二人きりでいる時だけのことで、会社ではあくまで秘書として、わたしの支えになってくれていた。「――とりあえず、ここに載ってる人たち全員の連絡先、わたしのスマホに登録しとこう。アポ電なしで突撃訪問したって、会えないんじゃ意味ないからね」 わたしは制服のポケットからマナーモードにしていたスマホを取り出し、着信や受信メールなどを確認するついでに連絡先の登録を始めた。個人情報の扱いに厳しいこのご時世に、わざわざ個人の連絡先まで名簿に載せてくれた山崎さん(もしくは秘書の上村さんかな?)は本当に仕事熱心だなぁと思った。
last updateLast Updated : 2025-02-25
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彼のために、わたしができること PAGE7

 ――翌日から、わたしと貢は土・日返上で退職した人や休職中の人たちへの家庭訪問を敢行した。「桐島さん、ICレコーダーって持ってる? 被害に遭ってた人たちの証言、録音しておきたいんだけど」 もしも彼が持っていなければ、家電量販店などで新しく購入しなくてはならないと思っていたけれど(もちろん、わたしの自腹で)。「はい、持っていますよ。小川先輩から『いつ必要な時が来ても大丈夫なように、常備しておきなさい』と言われて、秘書室の研修が始まってすぐに自腹で購入してあったんです」「へぇ……、そうなんだ。じゃあ、その分の代金も必要経費としてわたしから清算するね」 ――そんな会話をしながら、都内の二十三区内や郊外に散らばる被害者のお宅を訪問して回った。わたしの服装はもちろん、いつもどおりの制服姿だ。「こういう時くらい、スーツをお召しになってもよろしいんじゃないですか?」 彼は不思議そうにそんなことを言っていた。TPOをわきまえた方がいいという意味で言ったんだと思うけれど、実は「絢乃さんのスーツ姿も見てみたいな」という彼自身の願望も含まれているんじゃないかとわたしは勝手に想像していた。「ママにもおんなじこと言われたなぁ。でもね、これはわたしのポリシーの問題なの。〝制服姿の会長〟っていうイメージを世間的にもっと定着させたいから。そのために就任会見もこの格好でやったわけだし」「…………はぁ。こういうところが、加奈子さんもおっしゃっていたとおり頑固……いえ、何でもありません」 頑固、と言われてわたしは思わず助手席から運転席の彼を睨んでしまったけれど、彼が怯(ひる)んだところでちょっと反省した。「ううん、ママと桐島さんの言うとおりだわ。やっぱり頑固なのかなぁ、わたし」 尊敬していた父と同じ血が自分にも流れているんだ、と実感できるのは喜ばしいことだけど、こんな変なところは父に似なくてもよかったよなぁと、その一点のみはあまり喜べない自分がいた。「まぁまぁ、会長。そんなに落ち込まないで下さい。自分のダメなところをすぐに省みることができるのはいいことですよ。それだけ絢乃さんは素直な人だということです。僕はあなたのそういうところも好きなんですよ」「……うん。そっか、そうだよね。ありがと」 何だか途中から、呼び方が「絢乃さん」に変わったと思ったら、後半は秘書としてではなく彼
last updateLast Updated : 2025-02-25
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