All Chapters of トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~: Chapter 51 - Chapter 60

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放課後トップレディ、誕生! PAGE5

 彼のハラスメント被害を知らなかった母が、首を傾げた。そんな母に、わたしが知っている限りのことを話して聞かせると、母は「う~ん」と唸(うな)った。「あら……、あなた苦労してたのねぇ。多分、あの人も知らなかったんじゃないかしら。知っていたらもっと早く助けてあげられたのに」 母も言ったとおり、父はハラスメントのことを把握(はあく)していなかったとわたしも思う。でなければ、あの社員思いだった父が何もしなかったわけがない。「いえいえ、お気になさらず。もう終わったことですから」 彼は部署を異動したことで解放されたんだから、もう大丈夫だろうと思った。「――そういえば、今日の会見はTV中継されるだけでなくネットでも同時配信されるそうですよ。そしたら絢乃会長は一躍(いちやく)有名人になりますね」「あら! そしたら毎日メディアから取材の依頼が殺到して忙しくなるわね! 母親の私も鼻が高いわ」「え…………。それでグループの評判が上がるのはいいけど、わたし個人まで有名になっちゃうのはちょっと……」 貢の言葉で一緒になって盛り上がっている母をよそに、わたしは困惑していた。 企業のトップとして世間の表舞台に立つのと、悪目立ちするのとはわけが違う。ただでさえわたしは人前に立つことが苦手なのに、有名人として祭り上げられてしまったら最後、プライバシーもヘッタクレもなくなってしまう。あくまで仕事と私生活は別、プライベートではひとりの普通の女の子でいたかった。「ねえ、桐島さん。盛り上がってるところ悪いけど、お願いだから、受ける取材は最低限の数に絞ってね。でないとわたし、絶対にキャパオーバーになっちゃうから」 わたしは運転席のヘッドレストを掴み、彼に切実に訴えた。「分かってますよ。あなたが忙しくなりすぎたら、秘書である僕自身の首も絞めることになってしまいますからね。そこはこちらでどうにか調整します」「よかった! ありがとう!」 わたしは別に、「取材は一切受けません」と言うつもりなんてなかった。経営者となった以上は、少しくらい顔を売ることも必要なのだと父から学んでいたし、それが元で、新しい業種や業界との繋がり(コネクション)ができることもあるからだ。でも、必要以上の取材を受けてしまうとわたしもキャパオーバーになってしまうし、何より本業である仕事と学業にも支障をきたす恐れもあった
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE6

「僕は秘書として、あなたに気持ちよくお仕事をして頂けるよう、これから色々な工夫をしていこうと考えてます。――絢乃さん、コーヒーお好きですよね?」「えっ? うん。でもどうして分かったの?」 わたし、彼に自分がコーヒー好きだと話したことあったっけ? 「お父さまの火葬中、号泣された後にカフェオレをお飲みになっていたので、多分そうではないかと」「あ、そっか。よく憶えてたね」「ええ。僕も大のコーヒー好きなので、同じコーヒー好きの人は何となく分かるんです。実は昔、バリスタになりたいと思っていたこともあったので、淹(い)いれる方にも凝っていて……。それで、絢乃会長がご休憩される時に、僕が淹れた美味しいコーヒーをぜひ飲んで頂こうと考えているんです。ご期待に沿えるかどうかは分かりませんが」「……そうなんだ。それは楽しみ」 わたしは顔を綻ばせながら、初めて彼に家まで送ってもらった夜の会話を思い出した。彼にははぐらかされたけれど、これが彼の夢だったのか……。「ところで桐島くん、私は紅茶党なんだけど。あなた、紅茶も淹れられるの?」「申し訳ありません。紅茶はちょっと専門外なので……、これから勉強させて頂きます」 彼は母の無茶ぶりにも、誠心誠意答えていた。まさか本気で紅茶の勉強まで始める気だろうか?「――さて、もうじき着きますね」 彼の言葉で窓の外を見ると、赤レンガでできたレトロなJR東京駅の駅舎が見えていた。 ――パパ、いよいよ約束を果たす時が来たよ。わたしは空を見上げて、天国にいる父に心の中で語りかけた。
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE7

 ――篠沢商事の丸ノ内本社ビルは地上三十四階、地下二階の三十六階建ての超高層ビルだ。 地下駐車場でクルマを降りたわたしたち三人は、地下一階の出入り口にある入構ゲートを抜けるとエレベーターに乗り込み、記者会見の会場となる二階の大ホールへ向かった。IDカードはエレベーターの中で首から提げた。「――今日の会見で司会を担当するのは、総務課の久保(くぼ)という男です。憶えていらっしゃいますか? お父さまの社葬の時にも司会進行を務めていたんですが」「……ああ、何となく憶えてるかも。ちょっと軽い感じの人だよね、確か」 久保さんという男性のことが記憶に残っていたのは、彼の持つ雰囲気がお葬式という場から少し浮いているように感じていたからだった。それは〝場違い〟という意味ではなくて、見た目が何となくチャラチャラしているように見えたからなのだけれど。「……う~ん、確かにアイツはちょっとチャラチャラしてますよね。特に妙齢(みょうれい)の女性に対しての態度が」 貢のコメントもなかなか辛辣(しんらつ)だった。あの日が初対面だったわたしでさえそう感じたのだから、同僚として総務で一緒に仕事をしていた貢はわたしより久保さんのことをよく知っているはずなので、実感がこもっていた。「っていうか、司会って広報の人がやるんじゃないんだね」「確かに、そこは僕も不思議なんですよね。もしかしたら元々は広報の仕事だったのに、総務課長が手柄を横取りしたのかもしれません。あの人ならやりかねない」 最後に彼は苦々しく吐き捨てた。わたしはその総務課長さんの人となりを彼の話でしか知れなかったけど、きっとものすごく自分勝手で横暴な人なんだろうなと想像がついた。「まぁ、久保本人に訊いてみないと何とも言えませんけどね。アイツは目立ちたがりなんで、もしかしたら自分から『やりたい』と名乗りを上げたかもしれませんし」「…………うん、なるほど」 わたしは貢ほど久保さんのことを知っているわけではないので、曖昧(あいまい)に頷いておいた。 そうこうしているうちにエレベーターは二階に到着し、わたしたちはホール正面のドアではなく側面のドアから入った。「――絢乃会長、加奈子さん。コートとバッグは僕がお預かりしておきます。そして、こちらが会見のスピーチ原稿です」「ありがとう。……うん、この内容で大丈夫」「よかった」
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE8

 スピーチの内容は大丈夫そうだったけれど、大丈夫ではないことが別にあった。 ステージ横のカーテン越しにホール内を覗いてみると、新聞社や雑誌社、TV局やニュースサイトの記者と思しきマスコミ関係者が大勢詰めかけ、会見が始まるのを今か今かと待ち構えていた。 わたしはそれを見た途端に極度の緊張状態に襲われ、制服のスカートの裾をギュッと握りしめることでどうにか落ち着きを取り戻そうとした。「――絢乃さん? もしかして緊張されてます?」 わたしの異変に目ざとく気づいた貢が、優しく声をかけてくれた。ここで名前呼びだったのは、彼なりの気遣いだったんだと思う。「うん……。だって、あのカメラ一台一台の向こう側に何万人、何十万人もの人がいるんだって思ったら……」 父が倒れたパーティーの夜、大勢の人の前に出る恐怖はある程度克服(こくふく)できたと思っていたけれど。あの時とはそれこそケタ違いの人数で、緊張感だってあの時の比ではなかった。「う~ん、なるほど……。僕、こういう時によく効くおまじないを知ってますよ。よろしければお教えしましょうか?」「……おまじない?」「はい」と彼は何だか得意げだった。もしかしたら、彼もわたしと同じくあがり症だったのかもしれない。「子供の頃に、母から教わったベタなおまじないなんですけど。『目の前にいるのは人間じゃなく、カボチャだと思え』だそうです」「カボチャ……。確かにベタだね」 わたしは思わず笑ってしまった。昭和の昔からよく知られているベタベタなおまじないを、ボスであるわたしに得意げにレクチャーしてくれるなんて。彼は何ていうか、本当に純粋な人だ。「ありがと、桐島さん。もう大丈夫! 貴方のおかげで、おまじないなしでもやれそうな気がしてきた」 彼のおかげで思わぬ形で緊張が解け、勇気が出てきた。これならスピーチだけじゃなく、質疑応答でどんなことを訊かれても胸を張って答えられそうだと思えた。「そうですか。僕は何も特別なことはしてませんが、お役に立てたようで何よりです」 あくまで謙虚な彼。でも、わたしは彼のそういうところが好きだ。『――お集りのメディア関係者のみなさま、お待たせ致しました。ただいまより、篠沢絢乃新会長の就任会見を始めたいと思います』 演台のマイク越しに、久保さんのよく通る第一声が響いた。――いよいよだ!
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE9

「じゃあママ、行こう!」「ええ」 一つ深呼吸をして、わたしたち親子は壇上に上がった。わたし一人じゃなく母も一緒に会見に臨んだのは、母が会長の業務を代行することを発表するためだった。わたしの説明だけで伝わらない部分を、母の口から補足説明してもらうことになっていたのだ。『――本日この場にお集りのメディア関係者のみなさま、TV・ネットワーク上でこの会見をご覧のみなさま、初めまして。わたしが本日付をもちまして篠沢グループの会長に就任致しました篠沢絢乃でございます。これまで亡き父が行ってきたこのグループの舵取りを、まだ高校生のわたしが引き継がせて頂くことになりました』 貢が作成してくれた原稿どおりに、まずはそこまでを一息に話してから周囲の反応を窺ってみた。……案の定、記者のみなさんはわたしの制服姿にざわついていた。この会見はネットでも同時配信されていたというから、ネット上はもっとざわついていたことだろう。『わたしの服装については、これからお話します。わたしは父の遺言で後継者として指名された時から決めていたことがあります。それは、高校生活と会長職との二刀流。つまり、学業と職務との両立を遂げるということです。会長に就任するにあたり、わたしが高校を辞めてしまうことを父は決して望んでいないと思います。――父は遺言書と一緒に、この手紙を遺していました。わたし宛ての個人的な遺書です』 わたしはお守り代わりにブレザーの内ポケットに忍ばせていた封筒を取り出し、中の便箋を広げた。『ここにはこう書かれています。「お前は会長に就任するからといって、楽しい高校生活まで手放すことはない。決めるのはお前だ。いずれこの地位を重荷に感じる時が来たら、他の人間に譲るのも退任するのもお前の自由だ」と。もちろん最初から退任するつもりで後継を受け入れたわけではありませんが、残り一年余りの高校生活に見切りをつけてまで会長という地位に固執する気もありません。ただ、その選択によって業務が滞(とどこお)ってしまうようなことはあってはならないとわたしも思っています。そこで、わたしはその打開策を考えました。わたしが学校にいる間、この篠沢家の当主である母に会長の業務を代行してもらうという考えです』 そこで母が演台の前にやってきて、この考えに自分も納得していること、自分は院政を行うつもりはまったくないということを
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE10

 ――記者会見が終了した後、母は「これからのことについて村上さんと打ち合わせしたいから、先に上に行ってるわね」と言って、エレベーターで重役フロアーである三十四階へ上がっていった。「――あ、久保さん。司会進行お疲れさまでした!」 わたしは貢と一緒に、父の葬儀に続いてこの会見の司会を務めてくれた貢の同期に声をかけた。「会長! お疲れさまです。桐島も。わざわざどうされたんですか?」「貴方の進行がよかったおかげで、記者会見がスムーズにできました。ありがとうございました。父もよくこうして社員の頑張りを労(ねぎら)っていたそうなんで、わたしもそれに倣(なら)ってみたんです」 仕事に当たり前のことなんてないんだ、と父もよく言っていた。だから頑張った社員はちゃんと評価していたし、ミスをした社員がいたとしても厳しく叱責(しっせき)せず、必ず挽回(ばんかい)のチャンスをあげていたそうだ。願わくば、わたしもそうでありたい。「ああ、そうでしたか。――ところで、どうして広報の人間じゃなくて総務の僕が司会をやってたんだ、って思ったでしょう? 桐島、お前もそう思ったよな?」「ええ、確かに思いました。桐島さんや母と一緒に『どうしてだろうね』って不思議に思ってたんです。ね、桐島さん?」「はい。――俺は、あの課長が広報から手柄を横取りしたんじゃないかって思ったけど……。違うのか、久保?」 貢はどうやら、家族や同期、友人など親しい相手には一人称で「俺(おれ)」を使うらしい。というか、こちらが彼の地(じ)のようだ。「実は、広報にいる同期が今日の司会をやることになってたんですけど、急に体調を崩して休んでしまいましてね。それで『お前、司会は慣れてるだろ? 任せた』って本人から代打を頼まれたんです」「なるほど。じゃあ、お前が自分からしゃしゃり出てきたわけじゃないんだな?」「当たり前だろ? いくらオレが目立ちたがりだからって、こんな重要任務を『オレやりま~す!』なんて軽々しく言えるワケないじゃん。……あ、失礼しました」 彼らはつい同期のノリで話していたけれど、わたしの存在を思い出すと神妙に姿勢を正した。「なるほど。でも、貴方は確かに司会に向いているとわたしも思います。適材適所だったんじゃないかな。また何か会見をやる時は、久保さんに司会をお願いしてもいいですか?」「最高のお褒(ほ)め
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE11

「――会長、桐島は不器用だけどいいヤツですよ」「え? うん……、知ってますけど」「総務ではお人よしすぎて、上司からいいように使われてましたけど。真面目だし、仕事は丁寧だし、思い遣りもあるし。会長の秘書としても、絶対に頼りになると思います。……ですから桐島のこと、よろしくお願いします」 同期を思う久保さんの熱い言葉に、わたしも胸を打たれた。彼は友人として、新たな道を歩み始めた貢の背中を押そうとしてくれているんだと思った。「はい。彼のことはわたしにドンと任せて下さい! じゃあ失礼します。桐島さん、行こう」「ええ。――じゃあ久保、またな」 わたしも久保さんにペコリと頭を下げて、貢と一緒にエレベーターホールへ向かった。「――それにしても、久保さんって同期の人の代理だったんだね。それも個人的に頼まれたって」「ええ、僕も意外でした。課長の手柄じゃなかったなんて。でも後から揉めませんかね? 広報部と総務課」「うん……。これはもう、部署ごとに仕事を割り振るシステムを変えていかなきゃいけないかなぁ」 会長として早くも見つかった問題点。この、一人一人が自分に適性のある仕事を任せてもらえないという部署ごとの縦割りシステムは、色々なところで綻びが出ていただろうし、社員もきっと働きにくさを抱えていただろう。「桐島さんだって、入社前にはこの会社でやってみたいと思った仕事があったでしょ? 総務課に配属されたのは貴方の意志じゃないはずだよね」 わたしには、彼が最初から総務の仕事をバリバリやりたがっていたとは思えなかった。総務課は縁の下の力持ち、といえば聞こえはいいかもしれないけれど、その仕事内容はほとんど雑用だ。イベントの進行など、時々やり甲斐を感じられる大きな仕事もあるにはあるのだけど。「はい。入社前には、この会社で大好きなコーヒーに関われる仕事をやってみたいと思ってたんです。マーケティング部とか海外事業部とか、そういう部署に配属されたらいいな、って。ですが、いざ入社してみたら配属先は総務課で正直ガッカリしました。でも一度決められた配属先に異議申し立てはできないじゃないですか。だから、与えられた仕事をこなしていくしかなかったんです」
last updateLast Updated : 2025-02-21
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放課後トップレディ、誕生! PAGE12

「なるほど……。バリスタになりたかったんだもんね。じゃあ今は? そっちの方面の仕事にもう未練はないの?」 もしかしたらわたしと父は、彼の夢を完全に奪ってしまったんじゃないかと良心が痛んだ。「……未練は、ないこともないですけど。秘書でしたら望んでいた形ではないですが、少しはコーヒーに関わる仕事ができるので、それはそれで僕としては満足です」「そっか。それならよかった」 彼はどうしてバリスタになる夢を諦めてしまったのか、なかなかその理由を話そうとしなかったけれど。わたしの秘書になることで、形を変えて夢に一歩近づくことができるならわたしにも喜ばしいことだった。だって彼の喜びは、彼に恋をしているわたしの喜びでもあったから。   * * * * ――会長室は重役専用フロアーである三十四階のいちばん奥にある。この階に他にあるのは社長室と小会議室、そして秘書室と給湯室で、給湯室を除く各部屋に専用の化粧室が完備されている。専務と常務の執務室は一応あるのだけれど、現在は人事部長と秘書室長が兼任しているため使用されていない。 給湯室は会長室から直接繋がっていて、これは祖父がこのビルを建てた十年前にこういう設計にしてほしいと頼み込んだらしい。 貢のIDを認証させて初めて入室した会長室は、シンプルながらも異空間のような重厚感があった。 会長のデスクと秘書のデスクにはデスクトップのPCが完備され、会長のデスクは断熱(だんねつ)・遮光(しゃこう)ペアガラスがはめ込まれた西の窓に背を向ける形で配置されている。あとは大きな本棚やキャビネット、応接スペースにはグリーンのベルベット生地を使用し対面式のソファーセットと木製のローテーブルがあるだけ。なのに、インテリアのひとつひとつに高級感が漂っているのだ。「――では、僕はコーヒーを入れて参ります。会長はデスクでお待ち下さい。お好みの味などあればおっしゃって下さいね」「うん、分かった。じゃあミルクとお砂糖たっぷりでお願い」「かしこまりました」 貢は専用通路を通って給湯室へ入っていき、わたしは暖房が効いた室内でPCを起動させて待つことにした。自分のIDと、父が設定した〈Ayano0403〉というパスワードでログインし、動画配信サイトを開いた。記者会見がネットでも同時配信されていると聞いたので、どんなコメントが来ているか確かめたかった
last updateLast Updated : 2025-02-21
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縮まらないディスタンス PAGE1

 ――就任会見の日の午後から、わたしにはさっそくメディア媒体(ばいたい)の取材申し込みが殺到した。でも貢が秘書として、わたしに負担がかからない程度に数を調整してくれたので、わたしも取材を受けることが苦痛にならずに済んだ。 新聞社、経済誌、ニュースサイトにTVの取材と媒体は様々だったけれど、わたしはそのどれにも真剣に受け答えしていた。中でもTVのニュース番組の取材では社内の様子も撮影されたので、社員のプライバシーにどこまで配慮してもらえるかが心配だったけれど、放送された内容ではキチンと顔にぼかしが入り、声も変えられていたので「これなら大丈夫だ」とプロのメディアの仕事に脱帽した。 その他にも、取引先から「新会長に挨拶したい」と詰めかけた重役の方々をもてなしたり、各部署を激励がてら視察して回ったり、様々な決裁をしたり……。会長の仕事は思っていた以上にたくさんあった。そのうえ、忌引きが明ければ学校もあって、母や貢がサポートしてくれなければわたし一人ではとても手が回らなかっただろう。「――会長、これ見て下さいよ。当分休憩時間のおやつには困りませんね」 就任一週間後には、給湯室の冷蔵庫の中が取引先から頂いたケーキやスイーツでいっぱいになっていて、わたしも貢にその光景を見せられた時には声を上げて笑ってしまった。「っていうか、一ヶ月もしたらわたし太ってるかも」 もしくは血糖値が異常に高くなっているかのどちらかだろう。……それはさておき。 通常の業務以外にも、わたしには会長としてすべきことがあった。それは社内における、決して少なくはない問題点の改革だ。とはいえリストアップは父が生前しておいてくれたので、わたしはそれに自分で気づいた問題点を付け足してやっていくだけでよかったから、それもあまり大変だとは思わなかった。 でも――、わたしにはその頃忙しくなった日常とは別にして、ある悩みがあった。それは、想いを寄せている貢との距離がなかなか縮まらないことだった。 お休みの日を除いてほぼ毎日顔を合わせ、仕事の時も行き帰りの車内でも密室に二人きりなのに、彼はわたしに対していつも一歩引いている感じだった。彼の真面目さはわたしもよく知っているし、そこに惹かれたのも事実。でも、彼の態度からしてわたしに好意をもっていたことは明らかだったんだから、わざわざそれを隠す必要なんてあったんだろ
last updateLast Updated : 2025-02-21
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縮まらないディスタンス PAGE2

 会長室の応接スペースで向き合った〈Sコスメティックス〉の販売促進部と広報部の部長さん――どちらも三十代くらいの女性だった――が、「ぜひ絢乃会長に、春から売り出す新作ルージュのイメージキャラクターを務めてほしい」と言ってきたのだ。「そりゃあ……、わたしもおたくの商品の愛用者ですけど。コスメはもちろん、スキンケアやヘアケア、ボディケア商品まで。でもCM出演なんて……、わたし素人なのに」「弊社の商品をご愛用して下さってるんですね、会長! 感謝します。……実は、これまでイメージキャラクターを務めて下さっていたモデルの女性が、スキャンダルで降板してしまいまして。後任に誰を起用しようかと相談していた時に、TVの報道番組でお見かけした会長の清楚な感じがイメージにピッタリはまっていたので、こうして出演交渉に参った次第でございまして」「……はぁ」 揉み手せんばかりに愛想笑いを振りまく彼女たちに、わたしはタジタジになっていた。こういう時の対処法を知っていそうな貢に頼りたかったけれど、彼は給湯室へお茶を淹れに行っていてその場にいなかった。「ちなみに、このルージュの新しいキャッチコピーがですね、『キスしたくなる春色ルージュ』でして、男優さんとの共演になります。キスシーンが見どころになってまして――」「き……っ、キスシーン!?」 貢が戻ってきたタイミングでわたしは思わず声が上ずってしまい、緑茶の入った湯呑みが三つ載せられたトレーを抱えた彼に「どうかされました?」と首を傾げられた。 わたしは彼に「何でもない」と小さく首を振り、女性たちに向き合った。「あの……、何か問題でも?」「このお話、お受けしたいのはヤマヤマなんですけど。それにあたってこちらから一つ、条件を出せて頂いていいですか?」「条件……ですか? ええ、おっしゃって下さい」「キスシーンのことなんですけど、カメラの角度などで実際にしなくても、しているように見せる撮影っていうのは可能でしょうか? そうして頂けるなら、わたしもオファーをお受けします」「それは大丈夫です。では会長、よろしくお願い致します! 弊社のお願いを受け入れて下さってありがとうございます!」「いえいえ。御社も我が篠沢グループの会社ですから。わたしも会長として、愛用者としてしっかり商品の宣伝をさせて頂きます」 ――そんなわけで、わたしは〈Sコ
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