Semua Bab トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~: Bab 41 - Bab 50

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涙の決意表明 PAGE7

 ――午前の、他には誰もいない斎場で父に最期のお別れをした後、黒塗りの社用車やハイヤーなどでズラズラとついてきていた親族一同とわたし・母・貢の三人を除く役員や幹部の人たちは帰っていった。……村上豪(ごう)社長のご一家と一緒のクルマに同乗してきていた小川さんも。「――奥さま、絢乃さん。私は本日付で会長秘書の任を離れ、村上社長に付くことになりました。これまで本当にお世話になりました。秘書の業務につきましては、桐島くんに引き継いでおりますので彼のこと、よろしくお願いします」「ええ、聞いてるわ。あの人が直々に指名したんでしょう? あなたも夫によく尽くしてくれてありがとう」「……はい、ありがとうございます。会社を辞めるわけではないので、絢乃さんが会長に就任されたらまたお会いすることもあると思います。――絢乃さん、私もあなたが会長になって下さることを願う者の一人です。頑張って下さいね」「はい。小川さん、父のために色々とありがとう。わたしも貴女(あなた) が父の秘書でいてくれてよかったと思ってます。これからもよろしく」「はい……! では、私もここで失礼致します」 小川さんは社長ご一家とは別に帰るらしく、スマホのアプリでタクシーを一台手配していた。その時に涙を浮かべていたのは、やっぱり父のことが好きったからだろうと思う。 父の棺が火葬炉に入れられると、わたしたちは待合ロビーではなく奥の座敷へと移動した。ここからが、振舞いの席という名の親族戦争第二ラウンドの始まりだった。 お座敷にはこの日のために発注された美味しそうな仕出し料理が並んでいたけれど、好き放題に父やわたしの悪口を言う親族たちにイライラして、味なんてほとんど分からなかった。「――加奈子さん、あんたの婿さんもとんでもないことをしてくれたもんだ。死んだ人のことを悪く言いたかぁないが、グループの伝統を思いっきり引っかきまわしてくれた挙句(あげく)、こんな小娘を後継者に指名するとはな。まったく、よそ者のくせに何を考えてたんだか」「そうだそうだ! 元々このグループは、篠沢一族が回していたっていうのに。それをあの婿さんが、一人残らず末端(まったん)企業の閑職(かんしょく)なんかに追いやっちまいやがって。会長の権力を笠に着て偉そうに!」 わたしは機械的に箸を動かしていたけれど、だんだん聞くに堪(た)えなくなっていた
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涙の決意表明 PAGE8

「……………………うるさい」「絢乃?」「絢乃さん?」「うるさいうるさいうるさいうるさいっ!」 ずっと溜めに溜め込んでいた感情がとうとうマグマのように噴き出し、思いっきり叫んだ後過呼吸を起こしそうになった。わたしの異変に気づいた貢が、わたしの背中を軽くさすりながら母に声をかけた。「……加奈子さん、絢乃さんの具合があまりよくないみたいなので、ちょっと外へお連れします。よろしいですか?」「ええ。桐島くん、ありがとう。お願いね」「何なんだ君は! 赤の他人が出しゃばるんじゃない!」「彼はこの子の秘書なんだけど、何か問題ある?」 母が食ってかかってきた親族を睨みつけながら、貢に「早く行きなさい」と手で合図を送っているのがわたしにも分かった。 ――わたしはコートとバッグを持ち、彼に連れられて待合ロビーに来た。ドリンクの自動販売機二台と、ソファーとローテーブル数セットが並ぶロビーには化粧室もあり、座敷ほどではないけれどちゃんと暖房も効いていた。「――絢乃さん、もしかしてお父さまが亡くなられてから一度も泣かれていないんじゃないですか?」 わたしをソファーに座らせ、自分も隣に腰かけた彼が、優しく問いかけてきた。「うん……。だって、ママの方が絶対悲しいはずだもん。ママが先に泣いちゃったら、わたしは我慢するしかなかったの」 これはやっと吐き出すことができたわたしの悲しい本音であり、きっと貢が相手だったから打ち明けられたんだと思う。「それだけじゃなくて、あの人たちひどいよ! なんであんな死者に鞭(むち)打つようなこと、平気で言えるんだろう? 信じられない!」 ずっと溜め込んでいたマイナスの言葉が、一度口をついたら止まらなくなった。彼はそれもすべて受け止めたうえで、わたしの背中を優しくさすりながらこんな提案をしてくれた。「絢乃さん、ここなら僕以外に誰もいませんから、思いっきり泣いてもいいですよ。この際、思い切って心のデトックスしちゃいましょう。僕はあなたの秘書ですから、すべて受け止めますよ」「……………………う~~~~……っ」 彼の大きな手のひらの温もりでわたしのフリーズしていた心が溶けて、ボタボタと大粒の涙がこぼれた。わたしはそのまま大きな声を上げ、背中を丸めて泣きじゃくった。
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涙の決意表明 PAGE9

「わたしだって、パパが死んじゃって悲しいよ……。でも……っ、ママが先に泣いちゃうからわたしが泣くわけにいかないじゃない……。ママはずるいよ。悲しいのはわたしだっておんなじなのに……っ」 彼はその間ずっと、優しく背中をさすり続けてくれていた。わたしには兄弟がいないから、兄がいたらちょうどこんな感じなのかなとも思い、ホッと心が安らいでいった。 でも、彼はわたしにとって兄のような人ではなく、好きな人。初めて好きになった人。だから、この安らぎはきっと兄弟によってもたらされるものではなく、もっと別の……。「――絢乃さん、少し落ち着かれました? そろそろ顔を上げませんか?」「…………やだ。だってわたしの今の顔、多分すごくブスだから」 お葬式の日だからもちろんノーメイクだったけれど、思いっきり泣いた後だからきっと顔がグチャグチャで、そんなブス顔を彼に見られるくらいなら死んだ方がマシだと思った。「そんなことないですよ。大切な人を思って流された涙はキレイだと僕は思います」「え……?」「ほら、全然ブスなんかじゃないです。泣いた後の絢乃さんも十分キレイですよ。だって僕、あなたの泣き顔は前にも見ていますから」「ああ……、そういえばそうだった」 父の余命宣告を受けた日にも、わたしは彼のクルマの助手席で泣いていたのだ。「――さて、心がスッキリしたら喉渇いたんじゃないですか? 何か飲まれます?」「あー、うん。じゃあカフェオレ。あったかい方がいいな」「分かりました」 彼はホットのカフェオレ缶と、彼自身が飲むと思われる微糖の缶コーヒーを買ってすぐに戻ってきた。「――絢乃、もう落ち着いた?」 二人で缶コーヒーをすすっていると、母もロビーにやってきた。「うん、もう大丈夫……と言いたいところだけど、わたしママにもちょっと怒ってるの」「……え?」「パパが死んだとき、わたしだって悲しかった。なのにママが先に泣いちゃうから、泣けなくなっちゃったんだよ!」 わたしは「怒っている」と言いながら、言っているうちにまた涙がこぼれてきた。 貢はわたしの言うに任せて、止めなかった。ちゃんと言いたいことは言うべきだと、わたしに伝えたかったんだと思う。「ごめんね、絢乃。気づいてあげられなくて。だからもう泣かないで」「うん……。ママ、わたし決めたよ。もう言いたいこと我慢するのはやめる
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涙の決意表明 PAGE10

「ところでママ、話し合いはどうなったの?」 やっと泣き止んだところで、わたしはもっとも気になることを母に訊ねた。母ひとりがロビーに出てきたということからして、円満に終ったとはどうしても思えなかった。「結局、あれからこじれにこじれてねぇ……。あなたの会長就任は、明後日に開かれる臨時株主総会まで持ち越しになったわ」「そっか……。でも、株主さんたちで賛成の人が多かったらあの人たちも文句は言えないってことだよね」 株主総会での決議は多数決で行われるらしい。ということは、わたしが新会長に就任することを過半数の人が賛成してくれれば、わたしは正式に父の後継者として認められるということなのだ。「そうね。でもあの人たち、特に宏司(ひろし)さんがね、兼孝(かねたか)叔父(おじ)さまを対立候補に立てるって言いだしたのよ。『あんな小娘にグループを任せるくらいなら、親父が会長になった方がよっぽどいい』って」「……ふーん? 何考えてるんだろ、あの人」 ここで名前が挙がった「宏司さん」というのは亡き祖父の甥(おい)、大叔父の兼孝は祖父のすぐ下の弟にあたる人で、父が会長になることに反対していたのも主にこの宏司さんだった。 大叔父は当時の年齢で六十代後半だったけれど、それまで経営に直接関わったことのない素人、という意味ではわたしと立場が変わらなかった。それなのに会長候補に擁立されたのは、宏司さんが年功序列・男尊女卑という古臭い考えに固執しているからに他ならなかった。「今の時代、そんな考え方ナンセンスよね。というわけで、今日の話し合いは見事に決裂。あの人たちはみんな先に帰っちゃいました」「…………なるほど」 どうせお骨上げの時、あの人たちに用はないのだ。それならさっさとお帰り頂いた方がわたしと母、そして貢の精神安定のためにもいい。「桐島くん、ありがとね。あなたの機転のおかげで、絢乃があれ以上傷付かずに済んだわ」「いえいえ。秘書として、あの状況ではああするのが最善だと思いましたので」「うん、ホントにありがと。わたし自身、あれ以上あそこにいたら自分がどうなっちゃうか分かんなくて怖かったもん。連れ出してもらえてよかった」 泣くだけならまだいいけれど、もし怒りが爆発してしまったら人として言ってはいけないことまで口走ってしまう恐れもあったのだ。最悪の事態を未然に防いでくれた貢には
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涙の決意表明 PAGE11

 ――それから一時間ほど後。わたしたち親子だけでお骨上げをして、ロビーで待っていてくれた貢のレクサスで家まで送ってもらうことになった。「井上の伯父さまも、今日のお葬式に来たかっただろうなぁ。お悔やみのメールはもらったけど」 実の弟を亡くした伯父は、さぞ残念だっただろう。できることなら帰国して、一緒にお骨上げもしたかっただろうと思った。でも急なことだったので飛行機のチケットが取れず、泣く泣く帰国を断念したそうだ。「そうねぇ。残念だけど、こればっかりは仕方ないわよ。今ごろ、海の向こうで別れを惜しんでいるでしょうね」「うん……」 小さな骨壺(こつつぼ)を抱え、後部座席で残念そうに肩をすくめた母に、父の遺影を膝の上で抱えたわたしは頷くしかなかった。でも、父と兄弟仲のよかった伯父のことだからきっと、休暇を取って帰国し、ウチに立ち寄って手を合わせに来てくれるだろう。「――ねえママ、これからのことで、ちょっと相談があるの。桐島さんにも聞いてもらいたいんだけど」 わたしは二人に、自分の中で温めていた新たな決意を話しておこうと思い立った。「なぁに?」「僕は運転中ですけど、ちゃんと耳だけは傾けているので大丈夫ですよ。おっしゃって下さい」 彼はハンドルを握りながらも、わたしの話はちゃんと聞いていますよという感じで、わたしに話の続きを促した。「うん、じゃあ言うね。――わたし、高校生と会長兼CEOの二刀流でいこうと思ってるの。どっちも頑張りたいから、二人にもぜひ協力してもらいたくて」「分かったわ。絢乃が自分で決めたことなら、喜んで協力させてもらいましょう。で、具体的には何をしたらいいの?」「まず、ママにはわたしの会長としての業務を代行してほしいの。学校に行ってる間、会長がいないことになっちゃうでしょ? 宏司さんは多分、鬼の首でも取ったみたいにそこを非難してくると思うから、その予防線ね」「なるほど。あの人も当主である私には偉そうに言えないものね。いいわよ」「ありがと、ママ。――で、桐島さんにはわたしだけじゃなくて、ママの仕事もサポートしてあげてほしいの。二人分の秘書の仕事をやることになるけど大丈夫?」「大丈夫です。お任せください。総務でこき使われていたことを思えば、それくらい何でもないですよ」 二人から秘書として頼られることは、ものすごく大変なことだと思うけ
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涙の決意表明 PAGE12

「ごめんね、桐島さん。貴方には苦労かけちゃうと思うけど、よろしくお願いします」「ごめんついでに、私からもひとつお願いがあるのよ。絢乃は八王子の学校から、丸ノ内のオフィスまで通うことになって大変だと思うの。だから、秘書の業務としてこの子の送迎もお願いできないかしら?」「かしこまりました。お引き受けしましょう」「ありがとう、桐島くん。無理を言っちゃってごめんなさいね」「えっ、いいの? ありがたいけど……なんか申し訳ないな」「いえいえ、絢乃さん。ボスに気持ちよく出社して頂き、快適にお仕事に励んで頂くのが秘書の務めですから。……というのは小川先輩の請け売りですが」 彼がボソッと最後に付け足した一言で、わたしは吹き出してしまった。「なぁんだ、そうなの? 小川さん、そんなこと言ってたんだ」「……今日、やっとあなたの笑顔が見られましたね、絢乃さん」「…………え?」 ポカンとしてルームミラーを見上げると、そこには穏やかな笑顔の貢が映っていた。「やっぱりあなたは、笑っている方が魅力的です。僕も、絢乃さんがいつも笑顔でいられるように秘書として頑張りますね」「あ…………、うん。ありがと。よろしく」 彼の言葉で頬を真っ赤に染めるわたしを、母は隣でニコニコ笑いながら眺めていた。 ――貢はわたしたち親子を、きちんと自由が丘の篠沢邸の前まで送り届けてくれた。「桐島くん、今日はお疲れさま。明日も出勤でしょう? 家に帰ったらゆっくり休むのよ。お清めの塩も忘れないようにね」「はい。加奈子さん、絢乃さん。これから何かと忙しくなりますが、三人で頑張っていきましょう」「うん。今日はホントにありがと」 二日後の株主総会は、土曜日だし寺田さんが送り迎えしてくれるので彼の送迎は不要だと伝えた。「――桐島さん。今日から貴方を正式に、会長秘書に任命します。正式な辞令ではないけど、心して受けるように」「はい。謹んで拝命致します」 早くもわたしと彼との間に主従関係が生まれ、こうしてわたし・篠沢絢乃の二刀流生活が始まろうとしていたのだった。
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放課後トップレディ、誕生! PAGE1

 ――その二日後、臨時株主総会で新会長を決める決選投票が行われ、わたしは大叔父に大差をつけて無事会長就任が決まった。「――桐島さん! わたし、新会長に決まったよ」『本当ですか? おめでとうございます! では、僕の会長秘書拝命も無事に決まったということですね』 帰りのクルマの中で貢に電話をかけると、彼はわたしの会長就任を心から喜んでくれた。「うん。明後日にも人事部から正式な辞令が下りると思う。というわけで改めて、これからよろしくお願いします」 わたしはそこから自分が行ったスピーチの内容や、社長であり本部の役員でもある村上さんの応援演説がいかに素晴らしかったかを彼に話した。そして、株主総会前の二日間で練りに練った、本社幹部の人事についても。 社長は村上さん留任で、常務は秘書室長の広田(ひろた)妙子(たえこ)さん、専務は人事部長の山崎(やまざき)修(おさむ)さんがそれぞれ兼任してもらうことにした。三人とも父のよき理解者で、協力者でもあった人たちで、わたしにとっても強い味方になってくれることは間違いないと思ったのだ。『そうですか、社長が味方について下さったのは大きかったですね。村上社長は確か、お父さまの同期組でしたよね。営業部でいいライバルだったとか』「そうなの。彼を社長に任命したのもパパだったんだって。若い頃はどっちがママのハートを射止められるか争ってたらしいよ」『へぇ……、そんなことが』 電話口にそんな話をしていたら、隣に座っていた母に「その話はもう時効だから、あんまり続けないで」と苦笑いされた。『それはともかく、明後日は朝十時から就任会見が開かれるんですね。スピーチの原稿は用意しておいた方がよろしいですか?』 彼はさっそく秘書の業務として、そんな提案をしてくれた。わたし自身会見なんて初めてのことだったので、それはとてもありがたい提案だと思った。「そうだなぁ、わたしとしてはあった方が気持ち的に助かるけど。大まかな内容で作っておいてくれたら、あとは自分で考えて話すから」『かしこまりました。では、簡単な内容の原稿だけ、僕の方で作成しておきます』「ありがと。じゃあよろしく」 ――何はともあれ、母が会長代行、貢が秘書、そして強力な首脳陣という万全な体制で、この二日後にわたしのトップレディ生活は幕を開けることとなった。
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放課後トップレディ、誕生! PAGE2

   * * * * ――そしてやって来た、会長・篠沢絢乃のお披露目の日。 その朝、わたしはある決意を胸に秘め、自室の洗面台の前に立った。 丁寧に泡立てた洗顔フォームで顔を洗い、自慢のロングヘアーをブラッシングして、ウォークインクローゼットに足を踏み入れた。「――よし!」 勇ましい気持ちで手にしたのは学校の制服である白いブラウスとブルーグレーのプリーツスカート、クリーム色のブレザーに赤いリボンの一式と、黒のハイソックス。制服姿で就任会見に臨むことで、〝女子高生と大財閥の会長〟の二刀流に挑むわたしの並々ならぬ決意を示すことにしていたのだ。 神聖な気持ちで身支度を整え、姿見に全身を映すと、同じ制服姿だけれど普段と違うわたしが見えた気がした。「――おはよう、絢乃。もう支度できてる?」 廊下から母の声がした。どうやら史子さんではなく、母自らわざわざ呼びに来たらしい。「は~い、もうバッチリだよ! 今行くね!」 わたしはウォークインクローゼットを出ると、大きな声で呼びかけに答えた。 通学用の黒いピーコートとスクールバッグを手に廊下へ出ると、グレーのパンツスーツ姿の母が軽く眉をひそめた。「あなた、その格好で会見をやるってことは……。何を言われても覚悟はできてるってことでいいのね?」 その言い方は、非難しているというよりむしろ母親としてわたしのことを心配しているようだった。「うん。わたしなら大丈夫だよ。後継者として指名された時から決めてたことだから」 わたしの覚悟の大きさを感じ取ったらしい母は、「分かった」と納得してくれた。「じゃあ、朝ゴハンにしましょう。九時ごろに桐島くんが迎えに来るから」「そうだね。彼も今日、本格的に秘書デビューだもんね。きっと張り切って迎えに来るよ」 彼の話になるたびに、わたしの表情はついつい緩んでしまう。やっぱりこれって、恋の魔力のせい……?「――それにしても、その潔(いさぎよ)すぎる性格といい、一度決めたら絶対に曲げない意志の強さといい。絢乃はホント、パパにそっくりだわ」「そうかなぁ? じゃあ、ママにそっくりなところってどこだと思う?」 わたしが首を傾げると、母は大まじめな顔で「顔かしらね」と答えた。    * * * * ――九時少し前。わたしと母が朝食を済ませ、優雅にコーヒー(わたしは父に似てコーヒー好き
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放課後トップレディ、誕生! PAGE3

「じゃあママ、行こっか」「ええ。――史子さん、行ってきます」 史子さんに「行ってらっしゃいませ」と笑顔で見送られながら、わたしたち親子は出陣したのだった。「――絢乃会長、加奈子さん。おはようございます」「おはよう、桐島さん。……あ、そのスーツ……」 カーポートで待ってくれていた貢に挨拶を返したわたしは、彼が真新しいネイビーのスーツに身を包んでいることに気がついた。「ああ、これですか。絢乃さんがプレゼントして下さったネクタイに合わせて新調したんですよ。どうです、似合いますか?」 彼は嬉しそうに、ストライプ柄の赤いネクタイに手をやった。「……うん、すごくカッコいいよ。でも、このためにわざわざ新しいスーツまで買うとは思ってなかったから、ちょっとビックリしちゃって。それ高かったんじゃない?」「いえ、量産品なのでそんなにかかりませんでしたよ。ですからご心配なく」「それならいいんだけど。桐島くん、その時の領収書かレシートがあったら、その分絢乃に清算してもらえるわよ」「えっ、そうなんですか?」 突如会話に割って入った母のアドバイスに、彼は目を丸くした。そして、わたし自身も、そんな仕組みがあったと知ったのはその前日のことだった。「そうらしいよ。わたしも昨日まで知らなかったんだけど。あと送迎にかかったガソリン代も、レシートがあったらちゃんと清算するから」「しかも経理部を通さずに、絢乃個人がね。これ、会長秘書だけの特権なのよ。衣服代とか交通費は会長から直接清算されるシステムなの。夫が始めたことなのよ」「へぇ……、それは助かります。会長秘書って仕事量も多そうですけど、それに見合ったメリットもあるわけですね」 彼はこの時ほど、「会長秘書になってよかった」と思ったことはなかっただろう。激務に追われる分月給も他の部署より高く、好待遇なのだから。そうでなければ、好きこのんで選ぶ職種ではないと思う。貢はどうだか知らないけれど。「そう。だからこれから一緒に頑張ろうね!」「はいっ! では、車内へどうぞ。ここでは寒いですから」 後部座席のドアを開けてくれた彼にお礼を言い、わたしたち親子は暖房の効いた車内のシートに腰を下ろしたのだった。
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放課後トップレディ、誕生! PAGE4

 ――クルマをスタートさせる前に、わたしと母は貢からネックストラップ付きのIDカードを手渡された。 これは彼も持っている社員証とほぼ同じもので、それぞれ違う十二ケタのナンバーとカタカナ表記の名前が刻字されている。彼のものと違う点は、顔写真と部署名が入っていないことくらいだろうか。「これからお二人は、このIDを入構ゲートに認証して頂くことになります。紛失されると再発行の手続きが面倒なので、くれぐれも失くされないようにお願いします」「分かりました。失くさないように気をつけるね」 手続きが面倒、という部分に彼の本音が滲んでいる気がして、わたしは苦笑いしながら答えた。「――ところで絢乃会長。そのお召し物は……、通われている学校の制服……ですよね」「ん? そうだよ」 視線を落としてスカートの裾に入った赤い一本のラインを見つめていると、彼にそんなことを訊ねられた。彼はそれまでにも何度かわたしの制服姿を見ていたはずだけれど、この日は状況が違うので、彼が疑問に思ったのは無理もなかっただろう。「……それが、あなたの並々ならぬ覚悟の表れということですね。どんな批判も甘んじて受け止める、と」「うん。理解してもらえて嬉しいよ。もしかしたら、貴方には反対されるんじゃないかって心配だったから。でもこれがわたしの信念なの」「まぁ、いくら反対したところで無駄なんだけどね。この子、あの人に似て頑固だから」 母は半分諦めたように肩をすくめた。「頑固」という言い方はちょっと不本意だったけれど、一本筋がとおっているという意味ではまぁ違わないかな。「僕も正直、心配ではあるんですが……。ボスがお決めになったことに、秘書が異議を唱えることはできませんから。できる限り応援はしたいと思っています」「ありがとう、桐島さん!」「では、そろそろ参りましょうね」 ――そうして、シルバーのレクサスは丸ノ内へ向けて走り出した。   * * * *「――とりあえず、今日の会見用に簡単なスピーチ原稿を用意しておきました。会社へ着きましたら、会見の前に確認しておいて頂けますか?」 彼は秘書らしい口調で(「秘書らしい口調」ってどんなものなのか、わたしにもよく分かっていないのだけど)、わたしに言った。「分かった。ホントに作っといてくれたの? ありがとう! でも最初からそんなにマメすぎると後からスト
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