トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~ のすべてのチャプター: チャプター 21 - チャプター 30

137 チャプター

初めての恋と大きな覚悟 PAGE11

「…………そう、ですか」 鼻をすすりながら言ったわたしに、彼も茫然となっていた。「……どうしてこんなことになっちゃったのかな。どうしてもっと早く気づいてあげられなかったんだろう? わたし……悔しい! どうしてわたしじゃなくてパパだったんだろう……」 とうとうこらえきれなくなり、わたしは泣き出した。彼の前で泣きたくなんかなかったのに、悔しさと絶望と、何だかよく分らない感情から涙は次々溢れてきた。父にこんな試練を与えた神様を恨んだ(とは言っても、我が家は無宗教だけど)。 貢はわたしが泣いている間ずっと、見ないフリをしてくれていた。わたしに気が済むまで泣かせてあげようという、彼の優しさだったんだと思う。「――ゴメンね、桐島さん。もう大丈夫」「落ち着かれたようですね。よかった。――絢乃さん、僕から一つアドバイスさせて頂いてもいいですか?」「……うん」 彼が励まそうとしてくれているのだと分かり、わたしは彼の方に向けて顔を上げた。「お父さまの余命をあと三ヶ月しかないと悲観せず、あと三ヶ月もあると前向きに捉(とら)えてみてはどうでしょうか」「うん……?」「三ヶ月もあれば色々できますよ。ご家族で思い出を作ったり、親孝行もできます。お父さまが死を迎えられるまでの覚悟……というか心の準備も十分にできるはずです。これからの三ヶ月間、お父さまとの一日一日を大事に過ごして下さい。何かあれば、何でも僕に相談して下さいね」「うん……そうだよね。パパは明日すぐにいなくなっちゃうわけじゃないんだもんね。桐島さん、ありがと! 貴方がいてくれてよかった」 彼の言葉で気づかされた。三ヶ月という、父に残された時間は決して短くないんだと。わたし一人だったらもっと悲観していたかもしれない。でも、彼のおかげで少し前を向けた気がした。   * * * *「――絢乃さん、僕は会社へ戻らないといけないので、これで失礼します」 篠沢家の前でわたしを降ろしてくれた貢は、残念そうにそう言った。「わざわざ仕事を抜けて来てくれたの? ありがとう。ゴメンね」 そのせいで彼が上司の人に怒られたら……と、わたしは気が咎めたけれど。「いえいえ、会長夫人の頼みごとでしたら上司にも咎められないでしょうから。では、これで――」「あっ、ちょっと待って!」 何かお礼をしなきゃ、と彼を引き留め、スクールバ
last update最終更新日 : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE12

 わたしは紙幣を握らせた彼の手にぐっと力を込めた。そんなわたしの圧に負けたのか、彼はとうとう折れた。「……あなたには負けました。ありがとうございます。お父さまが心配でしょう? 早く行って差し上げて下さい」「うん。じゃあ……また」 わたしは頷き、彼に背を向けた。彼がお金を受け取ってくれたことに満足したからじゃない。何より父と話がしたかったから――。 玄関で、もどかしい思いでスリッパに履き替えてリビングに飛び込むと、父はケロッとした顔をしていた。母の話では、余命宣告の時に父もその場で一緒に聞いていたはずなのに。「――おかえり、絢乃」「ただいま……。パパ、大丈夫なの? 余命宣告受けて、ショックだったんじゃないの?」「そりゃ、まぁな。ショックを受けなかったと言えばウソになるが……。お父さんは前を向くことにしたんだ。これから残された時間を、お前やお母さんと一緒に大事に過ごそうと。ちゃんと会社にも顔を出す。体が動く間はな」「そっか……」 父も覚悟ができているようで、わたしに語った内容も貢からのアドバイスと同じだった。父は自分の病気と、命と向き合うことに決めたのだ。それならわたしも、父の命の期限と向き合わなければ。「わたしも、これからパパともっと話したい。一緒に思い出いっぱい作ろうね」「ああ」 父が病気と闘うのなら、ひとりでは闘わせない。精一杯、父を支えていこうと決めた。 ――わたしは夕食の時間まで自室で過ごし、その間に里歩とLINEでやり取りをした。〈パパ、ガンで余命三ヶ月だって! ショックだけど、パパが治療頑張るならわたしも前向こうって決めた。 桐島さんもそう言ってくれたから……〉〈そっか。あたしも安心したよ♪ 桐島さんってホントいい人みたいだね。あたしも会いた~い!!!〉〈いつか里歩にも紹介するよ。楽しみにしててね♡ 明日も学校行くから、今日の午後のノートよろしく。〉 父の余命宣告というつらい現実にぶち当たっても、わたしは前向きな気持ちでいられた。それは里歩というかけがえのない親友の存在と、初めての恋の魔力がそうさせてくれたのかもしれない、と今は思う。
last update最終更新日 : 2025-02-20
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父の最後の望み PAGE1

 ――こうして父は、出社しながら通院でガン治療を受けることになった。主治医である後藤先生も許可して下さっていたらしいけれど、それが本当だったかどうか今となっては確かめようがない。 父の会社での様子は貢がわたしに教えてくれていた。時々目眩やひどい頭痛に襲われ、倒れることもあったという。それでも父は仕事を愛し、治療と並行して会長としての職務に奮闘していた 貢とは電話で話したり、LINEのやり取りをすることがほとんどだったけれど、彼は時々わたしをクルマで色々な場所へ連れ出してくれた。「学校と家の往復だけでは息が詰まるだろうから、たまに息抜きでどこかへ連れ出してあげて」と母から頼まれたそうだ。 電話では話しにくいことも、直接顔を見てなら話しやすい。それに何より、想いを寄せている彼に会えるのがわたしは嬉しかったので、母には本当に感謝している。 そんな日々が一ヶ月ほど経った頃――。「絢乃さん、今日はどこに行きたいですか?」 この日の放課後も、彼は学校の前まで迎えに来てくれて、制服のまま助手席に乗り込んだわたしにそう訊ねた。どうでもいいけど、三時半ごろに来ていたということは会社に定時までいなかったということだ。どうなっていたんだろう?「とはいっても、あまり遠くへは行けないんですけどね。遅くなるとお母さまに心配をかけてしまうので」「う~んと……、今日はスカイツリーに行ってみたいかな。実は一度も行ったことないの。っていうか隅田(すみだ)川の向こう側に行くのも初めてで」「へぇ、初めてなんですか?」「うん。東京で生まれ育って十七年経ったけど、ホントに一度も行ったことない。実はパパが高所恐怖症でね」 父はそのくせ、飛行機に乗るのは平気だったというから不思議だ。「そうなんですね。僕も行くのは大学時代以来なんです。――じゃあ、行きましょうか」 そうしてシルバーの小型車はスタートした。「――あ、そうだ。僕、新車買いましたよ」「えっ、もう買ったの?」 わたしは耳を疑った。たった一ヶ月前にその話をしたばかりだったのに、彼の決断力というか行動力には恐れ入る。もしくは、彼に新車購入を決断させる何かがあったのだろうか。「はい。といっても内装をカスタムしたりしたので、まだ納車はされてないんですけどね。全部で四百万くらいかかってしまいました」「新車ってそんなにかかるんだ…
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE2

 わたしが物心ついた頃には、我が家にはすでにクルマが三台あったので(センチュリーと父の乗っていたセダンと、史子さんが乗っている小型車だ)、自動車を買うのにどれくらいの費用がかかるかなんて考えたこともなかった。それはもしかしたら、裕福な家庭に育ったせいで金銭感覚がおかしくなっているからかもしれないけれど。「……っていうか桐島さん、今日も会社早退してきたんだよね? 大丈夫なの?」 わたしは会社内での彼の立場を心配して、そう訊ねた。「大丈夫ですよ。……実は僕、以前から総務課で上司のパワハラ被害に遭ってまして、部署を異動することにしたんです。で、今は異動先の部署の研修中で早く退勤させてもらってるんです。お母さまの計(はか)らいで」「そっか……、異動するんだ。どこの部署?」「えーと……、それはまだお教えできません。そのタイミングが来たら、真っ先に絢乃さんにお伝えします」 わたしの質問にお茶を濁した彼は、「できればその時が来ないでほしい」と言っているようにも思えた。「あと、新車も真っ先にあなたにお披露目(ひろめ)しますね。楽しみにしていて下さい」「うん、楽しみにしてる」 推定年収六百万円の彼が、その年収の三分の二もかかる大金をはたいて購入した新車。最初に披露してくれるのがわたしなんて嬉しくて仕方がなかった。「――わぁ……、スゴくいい眺め!」 わたしのお小遣いで二人分のチケットを買って天望デッキに上がった途端、わたしはガラス越しに見えた東京の街並みに歓声を上げた。地上三百五十メートル地点から見ると、篠沢商事本社のある丸ノ内も新宿の高層ビル群もミニチュアのように見えた。「気分転換できました?」「うん! 来てよかった。桐島さん、連れてきてくれてありがとね!」 行き先をリクエストしたのはわたし自身だったけれど、イヤな顔ひとつせずに付き合ってくれた貢は本当にいい人だ。「――ところで絢乃さん、お小遣いって毎月いくらくらいもらってるんですか?」 彼が素朴な疑問を口にした。わたしが学校から家まで送ってくれたお礼にと五千円札を握らせ、スカイツリーの入場チケットも彼の分まで買ったので訊きたくなったのだろう。「んー、毎月五万円。でも、わたしには多いくらいなんだよね。ブランドものとか好きじゃないし、高校生の交際費なんて限られてるでしょ」 特に使い道のないお金は余る
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE3

「確かにそうかもしれませんけど。お嬢さまって、もっとお金を湯水のように使うイメージがあったので、つい……」「よそのお嬢さまはどうか知らないけど、ウチはそんなことないよ? パパは元々一般社員だったし、ママだって教師やってた頃は自分のお給料、自分で管理してたっていうし。わたしも、そんな両親を見習ってるから」 彼の持つイメージはわたしと真逆だったので、苦笑いしながら答えた。 里歩と放課後にお茶する時だって、わたしは高級カフェよりもお手頃価格のコーヒーチェーンやファストフード店を選んでいたし、コンビニでスイーツやペットボトル飲料を買うこともしょっちゅうだ。そうやって、いかにお金をかけずに楽しく過ごせるかということを心掛けていた。ケチだからではなく、里歩や周りの人たちに気を遣わせたくないから。「お金がたくさんある人ほど、お金の使い道には気を遣うものなんだって。これ、ママの請(う)け売りね」「なるほど……」 よそのお宅はどうだか知らないけど、少なくともウチは代々そうしてきた。「――お父さまとは、お家でどんな感じですか?」「パパが病気だって分かってから、よく話すようになったよ。学校のこととか友だちのこととか、TVの話題とか。今までこんなに話してなかったことあったのかー、ってくらい。大した内容でもないのにね、何か話してるのが楽しいの」 父との関係を訊ねた彼に、わたしは目を細めながら答えた。秋は日暮れが早く、西の空はオレンジ色と紫色のグラデーションになっていた。「余命宣告された時はショックだったけど、今はパパと過ごす時間の一分一秒が尊(とうと)く思えるの。そう思えるようになったのは貴方のおかげだよ。桐島さん、ホントにありがと」 そう言って彼に向き直ると、夕焼け色に染まった彼の姿にドキッとした。あまりにも幻想的で、ロマンチックだったから。「いえ、感謝されるようなことは何も……。ですが、僕のアドバイスが絢乃さんに受け入れて頂けたようでよかったです」 彼はまた照れたように謙遜した。彼は元々照れ屋さんなのかも、と思った。「そういえば、もうすぐクリスマスですね。絢乃さんはもう予定が決まってらっしゃるんですか?」「……う~ん、まだ特にこれといっては。桐島さんは? 彼女と過ごしたりするの?」 わたしは当たり前のように訊ねたけれど、そういえば彼に恋人がいるかどうかも
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE4

 ――翌日の終礼後。教室で帰る支度をしながら前日の貢との話を里歩に聞かせると、彼女にこんな質問をされた。「ねえ、アンタと桐島さんってもう付き合ってんじゃない?」「付き合ってないない! お互いそれどころじゃないし、そもそもわたし、『付き合う』の定義が分かんないもん」「そうかなぁ? じゃあさ、定義が分かってたら付き合ってるってこと?」「それは…………」 わたしは詰まった。たとえ定義を知っていたとしても、付き合っているかどうかをわたし側だけで決めるわけにはいかない。「桐島さんの方の気持ちが分かんないと、付き合ってるとは言い切れないんじゃない? ……多分」 苦し紛(まぎ)れにそんな言い訳をしてみると、里歩がニヤリと笑った。「あたし思うんだけどさぁ、多分桐島さんもアンタのこと好きだね」「えっ!?」「だってさぁ、大人の男が好きでもない女子高生と連絡取り合ったり、ドライブデートに連れ出したりする? ヘタしたらパパ活と間違われかねないのに」「パパ活なんて、彼はまだそんな歳じゃないよ」 わたしは反論した後、論点がズレていることに気がついた。言い方こそ乱暴だけれど、里歩の言いたかったことは的を射ていた。「そう……なのかなぁ」 もしそうならいいのになぁと思いつつ、そうじゃないと思っていた方がいいとも考えた。期待していたら、違った時のショックが大きいから。「――あ、ところでさ。今年のイブなんだけど、お台場行きはやめてアンタの家でパーティーするってどう?」「パーティーって、クリスマスパーティーのこと?」「うん。ホームパーティーなら、絢乃もお父さんの心配しながら出かける必要ないし、お父さんも体調よければ参加してもらえるし。いいんじゃない?」「なるほど……、ホームパーティーか。いいかも」 里歩の提案は、ナイスアイディアだとわたしも思った。どうして気づかなかったんだろう?「みんなでケーキとかごちそう食べて、歌って、プレゼント交換とかやってさ。楽しそうじゃん? あたし、久々に絢乃の手作りケーキが食べたい♪」「うん! じゃあ、久しぶりに腕ふるっちゃおうかな」 わたしは学校でどの教科も(体育だけは除いて)成績がよかったけれど、中でも家庭科の成績はピカイチだった。料理は得意中の得意で、趣味はスイーツ作りなのだ。それはもう、プロ級の腕前と言ってもいい。「家に帰
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE5

   * * * * ――その日の夕食の時間、わたしは両親に里歩から提案されたクリスマスパーティーの話をした。「……あら、いいじゃない! やりましょう、クリスマスパーティー! ねえあなた?」 母はわたしの話を聞き終えるなり、乗り気になった。「そうだな。お父さんも体調がよければ参加しよう。疲れたらすぐ部屋に戻るが、それでもよければな」「それはもちろんだよ。パパの体調が第一だもん」 わたしも母も、父には無理をさせないつもりでいた。もちろん、提案してくれた里歩もそうだろう。 その頃の父はもう、抗ガン剤の中で最も強めの薬すら効果が出ないくらいに病状が悪化していて、後藤先生からも「年を越せるまで体力がもつかどうか分からない」と言われていた。歩くことさえままならず、移動は車イス。会社に顔を出すことも困難な状態になっていたのだ。「そうだ、絢乃。クリスマスパーティーに一人、招待してほしい人物がいるんだが。篠沢商事の社員で、桐島という男だ」「えっ、桐島さんを?」 父の口から彼の名前が飛び出すとは思ってもみなかったわたしは、動揺から思わず声が上ずった。「なんだ、絢乃は桐島君と知り合いだったのか。――彼には会社で何度か助けてもらっていてな、礼をしたいと思っていたんだ」「そうだったんだ……。うん、分かった。わたしから連絡してみるね」「あら、よかったわねぇ絢乃。桐島くんのこと好きなんだものね?」「えっ⁉ ママ、いつから気づいてたの……」 図星を衝かれてうろたえるわたしに、父も「やっぱりそうか」と頷いていた。母どころか、父にまで彼への気持ちがバレバレだったなんて……!「…………実はそうなの。わたしね、生まれて初めての恋をして、その相手が桐島さんで」 これは愛読している恋愛小説から得た知識で、父親というのは娘の恋人がどんな男性でも気にいらないものらしい。だから、わたしも父に申し訳ないと思ったのだけれど。「いいじゃないか、絢乃。彼が相手なら、お父さんは大賛成だ。きっと絢乃のことを大事にしてくれる、桐島君とはそういう男だ」「そうね。ママも、彼が絢乃の彼氏になってくれるなら大歓迎だわ」「あ……そうなんだ。でも、わたしたちまだ付き合ってるとかじゃ……」 両親が早とちりをしてそんなことを言っているんじゃないかと思い、わたしは慌てて否定したけれど。そこではたと気づ
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE6

「…………うん。パパ、ありがとね。じゃあ、クリスマスパーティーをやるってことで、里歩にLINE入れとくね。あと桐島さんにも、わたしからちゃんと伝えとくよ」「ありがとう、絢乃。頼む」「うん」   * * * * ――夕食後、自室に戻ったわたしはさっそく里歩にLINEを送信した。〈里歩、朗報だよ! クリスマスパーティー決行します!! パパもママもすごく乗り気になってくれたよ♪ あと桐島さんも招待することになりました♡〉〈よっしゃ、オッケー☆ じゃあイブの予定空けとく。 桐島さんも来るんだ? 絢乃、ドキドキだね……♡〉〈うん、パパから頼まれたの。ついでに、わたしが彼に恋してることもバレてた(汗)〉〈あれまあ〉 里歩からの「あれまあ」の後には、「それは困ったねー」と言っている可愛いペンギンのキャラクターのスタンプが押されていた。〈別に困ってはいないよ。 というわけで、プレゼント交換もやるからねー♪ 何がもらえるか楽しみ♡ わたしもプレゼント、頑張って選ばないと!〉 里歩から「りょーかいしました!」のスタンプが返ってきたところでLINEのアプリを閉じ、彼には電話でイブのパーティーのことを伝えたのだった。「――桐島さん、今大丈夫? あのね、イブなんだけど……」
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE7

 ――そして、父と過ごす最後のクリスマスイブ当日。「ふぅーーっ……。絢乃、飾りつけはこんなカンジでいい?」 学校はすでに冬休みに入っていて、午後イチで来てくれた里歩はパーティー会場となったリビングダイニングの装飾やケーキ作りなどを張り切って手伝ってくれた(とはいっても彼女は料理があまり得意ではないので、ケーキに関してはイチゴのトッピングを手伝ってもらっただけだった)。 彼女はもう十年以上前から篠沢邸に遊びに来ていたため、我が家でも「勝手知ったる」という感じだった。「うん、いいんじゃない? ツリーも飾ったし、このサンタ帽もクリスマスらしくていいと思う。ありがとね、里歩」 里歩の長身は、高いところにガーランドを飾るのに大いに役立った。わたしや母では身長が足りなくて届かないのだ。「桐島さん、そろそろ来るかなぁ」「そうだね。夕方六時スタートって伝えてあるから、もう来る頃かな」 わたしは腕時計を見ながら、里歩に答えた。 ――あの夜、「クリスマスイブの夕方から我が家でパーティーをやるんだけど、来ない?」と彼を電話で誘ったところ、最初は「僕が行ったら場違いなんじゃないですか」と遠慮していたけれど、父が招待したいんだと伝えると、かしこまったように「参加させて頂きます」と言ってくれた。 後から知ったことだけれど、彼はウチに来ることを「敷居が高い」と思っていたらしい。何の負い目もないはずなのに。それとも、わたしに好意を持っていることを父に後ろめたかったんだろうか。  ――ピーンポーン……、ピーンポーン……。 六時少し前、リビングにインターフォンの音が響いた。……来た来た! カメラ付きインターフォンのモニターを確認すると、「ちょっとおめかししました」という感じの私服姿の彼が映っていた。「――はい」『あ、桐島です。今日はお世話になります。――クルマ、カーポートに勝手に停めさせて頂きましたけど』「いらっしゃい、桐島さん! 全然オッケー☆ 門のロック開いてるからどうぞ入って」 モニターを切ると、史子さんがポカンとした顔で後ろに立っているのに気がついた。「……あ、ゴメンね!? 史子さんの仕事取っちゃって」「いいえ、よろしゅうございます。お嬢さまのお知り合いの方でございましょう?」「うん。パパの会社の人だよ。今日のメインゲスト」 その言い方は少しオーバ
last update最終更新日 : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE8

「分かりました」とニコニコ顔で頷き、史子さんはやりかけだった他の仕事に戻った。「――じゃあわたし、桐島さんを出迎えに行ってくるね」 里歩にそう言ってリビングを出ようとすると、「絢乃、ちょっと待ちな」と引き留められた。「なに?」「アンタ、鼻のアタマにホイップクリーム付いてるよ。その顔で彼を迎えるつもり?」「えっ、ウソ!?」 彼女はさりげなく、デニムのミニスカートのポケットから手鏡とポケットティッシュを取り出し、わたしの鼻に付いた汚れを拭き取ってくれた。「……はい、取れた。まったくこの子はもう、手がかかるんだから」 やれやれ、と呆れたように肩をすくめた里歩は、同い年だけれどわたしのもう一人の〝お母さん〟みたいだった。「ありがと。じゃあ、今度こそ行ってくるね」「――絢乃さん、今日はご招待、ありがとうございます。おジャマします」「いらっしゃい! 来てくれてありがとう。どうぞ、これに履き替えて。会場はリビングダイニングなの」 わたしは玄関にいる貢をとびっきりの笑顔で迎え、来客用に用意された紺色のモコモコスリッパを勧めた。ちなみに、里歩もそれの色違いであるピンクのスリッパを履いていた。「……あの、玄関に女性もののウェスタンブーツがあったんですけど。あれはどなたのですか?」「わたしの親友だよ。中川里歩っていう子で、今日も午後イチで来て準備を手伝ってくれたの。後で紹介するね」「……そうですか」 廊下でのわたしとの会話中も、彼はソワソワと落ち着かない様子だった。やっぱり、わたしのカンは当たっているんだろうかと思い、先手を打ってみた。「――ねえ桐島さん。わたしとちょくちょく会ってること、パパに後ろめたいと思ってるなら大丈夫だよ? パパも知ってるもん」「え…………、そう……なんですか?」「うん」 わたしは頷いてから、「それはどうして」と理由を掘り下げられたらどうしようかと思った。ここは告白するタイミングではなかったし、うまく言い逃れる自信もなかったから。「ああ、そうだったんですか。よかった……」 ようやくホッとした様子の彼を見て、わたしのカンは当たっていたんだと確信した。まだ、彼がわたしに対して抱いている好意が恋心かどうかまでは分からなかったけれど。「――ところで今日、お父さまの具合は……? もう会場にいらっしゃるんですか?」「まだ部屋に
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