All Chapters of トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~: Chapter 31 - Chapter 40

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父の最後の望み PAGE9

 その頃の父は、後藤先生も言っていたとおり体力はほぼ残っていなくて、気力だけで生きているような状態だった。体重もかなり落ちてはいたけれど、最近の抗ガン剤は副作用が少ないらしい。髪が抜け落ちるようなこともなく、痩せた以外は病気になる前の父とほとんど変わっていなかった。「……もう、わたしもママも覚悟はできてるの。パパは十分頑張ったんだから、旅立った時は『お疲れさま』って見送ってあげようね、ってママと話してて」 彼が気を遣わないように、わたしは努めて明るい口調を心掛けた。 父の余命宣告をされた日に泣いて以来、彼の前では一度も涙を見せないようにしていた。彼は優しい人だから、わたしが泣いていたらきっと自分のことのように心を痛めてしまうだろうと思ったのだ。「……って、なんかゴメンね! 今日はこんな湿っぽい日じゃないよね」「絢乃さん……、大丈夫ですか?」「うん、大丈夫! ――あ、ここがリビングダイニングね。どうぞ」 わたしが無理をしているんじゃないかと心配してくれていた彼に、わたしはカラ元気で答えた。「里歩、桐島さんが来てくれたよー。……って、パパ! 今日は気分いいみたいだね。よかった」 貢を連れてリビングダイニングに戻ると、車イスに乗った父が里歩にサンタ帽を被らされていた。「会長、今日はお招き頂いてありがとうございます。お邪魔させて頂きます」「桐島君、堅苦しい挨拶は抜きにしよう。よく来てくれたね、ありがとう。楽しんでいきなさい」「はい」 勤務先のボスに対しての接し方で挨拶した彼を、父は穏やかな笑顔で迎えた。「社員はみんな家族」という考え方がここでも表れていて、父らしいなと思った。「――それで、こちらが絢乃さんのお友だちの」「中川里歩です。初めまして、桐島さん。絢乃がいつもお世話になってます」「ああ、いえ。初めまして、里歩さん。桐島貢と申します。よろしく」 彼はわたしと同じく八歳年下の里歩に対しても態度が固く、わたしも里歩も苦笑いした。「桐島さん、もっと肩の力抜いて。里歩はわたしと同い年だよ」「そうですよー。ほら、リラーックスして」「……はあ」 わたしと里歩が貢の肩や背中をポンポン叩くと、彼は困ったような笑顔を浮かべた。 ちなみに、あれから一年半が経った今でも、彼の里歩に対する態度は相変わらず堅苦しい。この後、彼とわたしとの関係性が変
last updateLast Updated : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE10

 ――それから二時間半ほど、わたしたちはクリスマスの楽しいひと時を過ごした。 オープンサンドやパイシチュー、ローストビーフなどのごちそうに、里歩が差し入れてくれたフライドチキン、そしてわたしお手製のクリスマスケーキがテーブルに並び、BGMにはクリスマスソングが流れていた。 わたしがワイルドにフライドチキンを頬張る姿に貢は目を丸くしていたけれど、「おかげで自然体の絢乃さんが見られて親近感が湧きました」と彼は嬉しそうだった。 手作りのケーキは白いホイップでデコレーションしたイチゴショートで、実は香りづけ程度としてスポンジにリキュールを少し入れていた。父は甘いものがあまり得意ではなかったためだ。でも、娘であるわたしが作ったお菓子は喜んで食べてくれていた。楽しみにしてくれていた父に、このケーキを美味しく食べてもらいたいという思いでこのひと手間を加えたのだった。「――それでは、今からプレゼント交換を始めま~す☆ まずはわたしから」 わたしは用意していた三つの包みを、里歩・父・貢にそれぞれ一つずつ手渡していった。「里歩にはこれ。寒い中部活に行く日もあるだろうから、マフラーと手袋ね」「わぁ、ありがとー♡ 大事に使わせてもらうね♪」「パパにはこれ。最近背中が痛そうだから、クッションにしたの」「ありがとう、絢乃」「そして、桐島さんにはこれ。……っていっても、包みの形でバレちゃってるだろうけど、ネクタイです。わたしのセンスで選んでみました」 実は、彼へのプレゼント選びにいちばん悩んだ。父への贈り物は何度か選んだことがあったし、親子なので好みも把握していたけど、若い男性へのプレゼントを選ぶのはこれが初めてだったから。「僕にまで? ありがとうございます。……これ、僕にはちょっと派手じゃないですか?」 包みを開いた彼は、赤いストライプ柄のネクタイに困惑していた。「えっ、そうかなぁ? 濃い色のスーツに合わせたらステキだと思うけど」 彼はまだ若いし、イケメンなのだ。少しくらい派手なネクタイを締めたって十分似合うはずだと思った。「そう……ですかね? ありがとうございます」「んじゃ、次はあたしからね。絢乃、メリクリ~♪」 貢がネクタイを押し頂いたところで、里歩がわたしにプレゼントを手渡してくれた。「っていうか、絢乃の分しか用意してなかったんだけどさ。開けてみ?
last updateLast Updated : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE11

「そうだよ。この色、アンタに似合いそうだなーと思って。ちなみにパウダーのコンパクトはこの季節限定のヤツなんだ」 里歩はボーイッシュに見えて、実は美意識が高いのだ。わたしへのプレゼントにコスメを選ぶなんて、そんな彼女らしい。「絢乃さん、〈Sコスメティックス〉ってウチのグループにある化粧品メーカーですよね?」「そう。価格帯が安いから、OLさんとか女子大生だけじゃなくて女子中高生にも人気あるみたい」「へぇ……」 〈Sコスメティックス〉が創業されたのは、祖父が会長だった頃らしい。母も創業に一枚噛んでいたとかいなかったとか。「……あの、僕は何も用意していないんですが……」「ああ、私もなんだが」 女子二人のプレゼント交換を終えたところで、貢と父が申し訳なさそうに手を挙げた。「いいよ、気にしないで。二人はこのパーティーに参加してくれただけで十分だから」「そうですか? 何だか、招待されたのに手ぶらで来たのが申し訳なくて。……あ、そうだ。絢乃さん、後ほど少しお付き合いして頂けませんか? お見せしたいものがあるので」「……えっ? うん、いいけど」 彼がわたしだけにそっと耳打ちしてきたので、わたしはドキッとした。そんなわたしたちの様子を、両親と史子さん、里歩の四人がニヤニヤしながら眺めていた。 ――その後、わたしたちは部活の話題で盛り上がった。 里歩がバレー部のキャプテンで、花形ポジションのウィングスパイカーだと知ると、貢はしきりに感心してしまいにはセクハラまがいの発言まで飛び出した。わたしがその場でたしなめたけれど。 そして、彼はわたしと同じく帰宅部だったらしい。てっきり何か運動部に入っていたんだと思っていたわたしは、意外な事実に驚いた。 八時ごろに「疲れたから先に休む」と言った父を母が寝室へ連れていき、その三十分後に片づけを手伝ってくれた里歩が粉雪の舞う中を帰っていった。 そして、史子さんも他の家事をするためにリビングダイニングを出ていき、わたしと貢の二人だけになった。「――あの、絢乃さん。僕もそろそろ失礼しようかと思ってるんですが、よかったら今から僕の新車、ご覧になりますか?」「えっ?」「先ほど、『お見せしたいものがある』と言ったでしょう?」「あ……」 そう言われて、わたしはやっとピンときた。確かに彼は、プレゼント交換の時にそう言ってい
last updateLast Updated : 2025-02-21
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父の最後の望み PAGE12

「やっと納車されたので、今日乗ってきたんです。絢乃さんに真っ先にお披露目するとお約束していたもので」「そういえば……、そうだったね。じゃあちょっと待ってて。部屋からコート取ってくるから」 外は雪が降っていて、タートルネックの赤いニットと深緑色のジャンパースカートだけでは寒いので、わたしは自分の部屋まで上着を取りに戻ろうとしたけれど。「お嬢さま、上着をお持ち致しましたよ」 絶妙なタイミングで、史子さんがわたしお気に入りのダッフルコートを抱えてリビングへ戻ってきた。「ありがとう、史子さん。じゃあ、ちょっと出てきます」「今日はお世話になりました。楽しかったです。それじゃ、僕はこれで失礼致します」 わたしは彼女に手を振り、彼は丁寧にお礼を言って、カーポートへ向かったのだった。「――これが僕の新車です」「わぁ、カッコいい! これってレクサスだよね?」 彼が披露してくれた新車は、〈レクサス〉のシルバーカラーのセダンだった。ちゃんと4ドア仕様で、内装はぬくもりを感じる濃いワインレッドのシート。父の愛車もレクサスだったけれど、色は紺色で型も少し古かった。「はい。内装も、絢乃さんに乗って頂くことを考えてこの色を選びました。どうですか?」「うん、すごくステキだし、乗り心地もよさそう。でも、どうしてわたしのためにそこまで?」 彼が新車をカスタムしたのは、わたしを乗せること前提だったように聞こえて、わたしは首を傾げた。「実は……ですね、こうしたのは僕の異動先にも関係があって……。もう、絢乃さんには申し上げた方がいいかもしれませんね。僕の異動先というのは、人事部・秘書室なんです」「秘書……?」 彼が覚悟を決めたように打ち明けたので、わたしは瞬いた。彼は父に死期が迫っていたことを知っていた。そして、父の後継者になるのはきっとわたしだということも。まさか父の死を予測してここまで準備していたわけではないだろうけど……。「はい。こういう言い方は誤解を招きそうですが、お父さまの跡を継がれるのは十中八九あなたでしょう。僕は万が一そうなってしまった時のために、異動や新車購入を考えていたんです。あなたを支えるため、あなたのお力になるために」 彼は誠実に、この決断に至った経緯をわたしに話してくれた。きっと彼の中で葛藤もあったんだろう。この話をしたことで、わたしを傷付けてし
last updateLast Updated : 2025-02-21
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涙の決意表明 PAGE1

「本当は、話すべきかどうか、ここに来るまで迷ってたんです。でも、絢乃さんが『もう覚悟はできている』とおっしゃったので、僕も打ち明ける決心がつきました」「うん、大丈夫。パパのことはもう覚悟できてるし、貴方がパパの死を望んでたなんて思うわけないよ。だってわたし、貴方がそんな人じゃないってちゃんと知ってるから」「絢乃さん……」「だから桐島さん、これから先、わたしに力を貸して下さい。わたしのことを全力で支えて下さい。よろしくお願いします」 彼がここまで覚悟を決めている以上、わたしも半端な覚悟でいてはダメだ。そう思って、彼に冷えた右手を差し出した。「はい。誠心誠意、あなたの支えになります。こちらこそよろしくお願いします!」 彼は両手で、差し出したわたしの右手を握り返してくれた。「……絢乃さんの手、冷たいですね」「え……?」「ご存じですか? 手が冷たい人は温かい心の持ち主なんですよ。僕はよく知っています。絢乃さんがお父さま思いの心優しいお嬢さんだということを。そんなあなただからこそ、僕もあなたのお力になりたいと思ったんです」 彼の優しくて温かい言葉に、わたしの涙腺が緩みそうになった。彼はずっと見てくれていたんだ。父の病気が分かった時から、わたしがどれだけ父のことで心を痛めていたのかを。だから、八歳も年下のわたしにこんなにも優しく誠実に接してくれていたんだ――。「――絢乃さん、僕はそろそろ失礼します。明日も出勤なので。また何かあったら連絡下さいね」「うん。そっか、明日もお仕事じゃ、風邪ひいたら大変だもんね。気をつけて帰ってね。また連絡します」「はい。――それじゃ、また」 彼を見送った時、初めて「このまま帰らないでくれたらいいのに」と思ってしまった。淋しさで胸が苦しくなり、涙がひとしずく、頬を伝って落ちた。   * * * * わたしは家の中に戻ると、二階へ上がる前に父が休んでいる両親の寝室に立ち寄った。「――パパ、具合はどう?」「……絢乃か。お前、コートなんか着て、どこかへ行っていたのか?」 わたしの声に目を覚ましたらしい父が、答える前に目を丸くした。「ああ、うん。桐島さんが帰る前に新車見せてくれるって言うから、見送りがてら一緒にカーポートまで。里歩もそのちょっと前に帰ったよ」「そうか」と父は起き上がることなく頷いた。もう起き上がること
last updateLast Updated : 2025-02-21
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涙の決意表明 PAGE2

「絢乃、クッションありがとうな。これがあるだけで、背中が少し楽になったよ」「喜んでもらえてよかった。まぁ、気休めにしかならないだろうけど」「絢乃、……お前、泣いているのか? 何だか目が赤いぞ」「えっ? 泣いてないよ、今は。さっきね、桐島さんがすごく優しい言葉をかけてくれて、それでグッときてちょっと泣いちゃっただけ」 彼は「手が冷たい人は温かい心の持ち主だ」って言ったけれど、そう言った彼の手も少しヒンヤリしていた。貴方の心も十分あったかいよ……。「そうか、桐島君が……。彼がいてくれたらお前も安心だな。彼が秘書室へ異動したことは知っているか?」「うん、さっき本人から教えてもらったよ。わたしを支えるためだ、って」 それはつまり、わたしが正式に父の後継者候補となったということなんだとわたしは解釈した。そしてその解釈が正しかったことを、父の次の言葉で確信した。「実はそうなんだ。お母さんも同意のもとで、もう遺言書も作成してあってな。そこで正式にお前を後継者として指名した。絢乃、お前の意志を確かめず勝手に決めてしまったが、これでよかったのか?」 その話は初耳だったけれど、わたしの心はもう決まっていた。この家に一人っ子として生まれた以上、これはわたしが背負っていく運命なんだと。何より、それが父の最後の望みだったから――。「うん、大丈夫。もう覚悟ならできてるから。パパには色んなこと教わってきたし、教わってないことも周りの人に助けてもらいながら頑張ってみるね」「そうか、よかった。これで、この先も篠沢グループは安泰だな」 父はわたしの答えに満足したらしく、安らかな笑みを浮かべていた。「それじゃ、お父さんはまた眠らせてもらうよ。おやすみ。――絢乃、お母さんと篠沢グループの未来をよろしく頼む」「……うん。おやすみなさい」 わたしも父に「おやすみ」の挨拶を返したけれど、最後の一言はわたしへの遺言だと思った。 ――もっと強くならなきゃ。そう決意したのは、多分この夜だったと思う。もう泣いてなんかいられない。わたしが父の代わりに母とグループを守っていかなきゃいけないのだから……と。 そして、父とまともに会話ができたのは、その夜が本当に最後となってしまった。
last updateLast Updated : 2025-02-21
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涙の決意表明 PAGE3

     * * * * ――父はその翌日から昏睡状態に陥(おちい)り、母が呼んだ救急車で後藤先生が勤務されていた大学病院に搬送された。いくら本人が入院を拒否していたとはいえ、この時ばかりはそんなことに構っていられなかったのだ。 そして、年明け間もない一月三日の朝――。「――一月三日、八時十七分。死亡確認しました。……本当に残念です」 先生からの連絡で朝早くから病院に駆けつけていた母とわたしは、後藤先生から父の永眠を伝えられ、母はその場でわたしにしがみついて泣き崩れた。でも、わたしは泣かなかった。もちろん悲しかったけど、いちばん悲しいのは母だと思うと申し訳なくて泣けなかった。 ベッドの上に横たわっていた父の亡骸(なきがら)は、ただ眠っているだけのように安らかだった。また目を覚まして、わたしたちに「おはよう」と笑いかけてくれるんじゃないか……。ついそんなことを考えてしまった。「私は医師として、患者の最期は何度も看取ってきたはずなんですが……。井上の死は本当に残念でなりません。医者が泣いてはいけないと分かってはいるんですが……」 後藤先生もショックを受けてしゃくり上げていた。確かに、医師が患者の死を看取るたびに泣いていたんじゃキリがないだろうし、冷静に受け止めなきゃいけないんだろうけれど。さすがに親友が旅立ってまで冷静沈着ではいられないだろう。親友である父のために、もっとできることがあったんじゃないかと後悔の念に苛(さいな)まれていたに違いない。「先生、顔を上げて下さい。先生は最後まで、父の治療を頑張ってくれたじゃないですか。おかげで父は安らかに旅立っていけたと思います。本当にありがとうございました。父が、お世話になりました」 本当なら母が言うべきだったことを、わたしは号泣していた母に代わって言い、先生に頭を下げた。それでも涙は出なくて、自分でも何て冷たい娘だろうと思ってしまった。「――パパ、今までホントにありがとう。お疲れさま。もう苦しまなくていいからね。後のことはわたしに任せて、天国でゆっくり休んでね。……バイバイ、パパ」 わたしは精一杯の別れの挨拶をして、「ママ、そろそろ帰ろう」と背中をさすりながら母を促した。母は喪主となり、葬儀社の手配やグループの顧問弁護士の先生などに連絡したりしなければならなかったからだ。 そして、一族の中で母や父の
last updateLast Updated : 2025-02-21
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涙の決意表明 PAGE4

 ――タクシーで家に帰ると、わたしは部屋へ戻ってすぐに貢へ電話をかけた。「桐島さん、……パパが、今朝早くに亡くなりました。すごく穏やかな最期だった」『そうですか……。わざわざご連絡ありがとうございます』 彼はわたしが強がっていたことに気づいていたと思う。そのうえで、あえてわたしにお礼だけを返してくれた。「これからママが葬儀社の人に連絡して、葬儀の打ち合わせをするんだけど。多分、パパの遺志を尊重して社葬っていう形になると思うの。桐島さんも参列してくれる?」『もちろんです。その時には、絢乃さんの秘書として参列させて頂きますね。まだ正式な辞令は下りていませんけど』「うん、ありがと」 電話を切った後、今度は里歩にも電話で父の訃報を伝え、アメリカに住む井上の伯父にはメールで父の死を知らせた。   * * * * 父が亡くなった日が友引だったため、翌日の夜がお通夜となり、そこで父の遺言書が公開された。 父個人の財産だった数十億円の預貯金は、母とわたしとで半分ずつ相続することになった。ここまではよかったのだけれど、問題は〈篠沢グループ〉の経営に関する項目だった。 後継者としてわたしが会長に就任することが望ましい。そして、グループ企業全社の資産・株式・土地・建物の権利もすべてわたしに譲る。――当然、この内容に反発する人たちが出てきて、母だけでなくわたしまでその人たちに敵視される事態となってしまった。「……絢乃、これで本当にいいの? あなたまであの人たちに恨まれることになるけど」 わたしのメンタルに受けるダメージを心配してこっそり耳打ちしてくれた母に、わたしは作り笑いを浮かべて「大丈夫」と頷いた。 この時から、わたしは悲しみや怒り、悔しさなどネガティブな感情を表に出さないようにしようと決めた。自分の心の中だけで消化してしまおう、と。 反対派の人たちとの争いは、翌日執り行われた父の社葬の後、振舞いの席に第二ラウンドを迎えることになった。   * * * * ――父の社葬は、篠沢商事本社ビルの大ホールで営まれた。お世辞にも〝しめやか〟とは言い難(がた)い式で、ホール内には殺伐(さつばつ)とした空気が流れていた。 式を取り仕切っていたのは、貢も少し前まで在籍していた総務課。受付には黒のスーツ姿の女性社員が座っていて、司会進行は貢の同期だという男性が務め
last updateLast Updated : 2025-02-21
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涙の決意表明 PAGE5

「里歩、来てくれてありがと。おじさまとおばさまは?」「どうしても外せない用事があってさ、今日はあたしが名代(みょうだい)で来た。香典も預かってきたよ」「そう。里歩ちゃん、ご苦労さま」 泣き笑いの表情で里歩に接していた母とは対照的に、わたしは上辺だけの笑顔を薄っすら浮かべていただけだった。父を失ってすぐに親族から負の感情を向けられたわたしは、防御策として心をフリーズさせることにしたのだ。「……絢乃、アンタ大丈夫? 相当ムリしてるっぽいけど、これじゃそうなっても仕方ないか」 会場に流れていたピリピリした空気に、里歩も気づいていたらしい。「アンタの一族、かなり荒れてるとは聞いてたけど、ここまでひどいとはねぇ」 彼女は慰めるようにわたしの肩を叩きながら、露骨に眉をひそめた。「大丈夫だよ。あんなの放っとけば。わたしは別に何とも思ってないし」「それならいいんだけどさ。あたし、式の間ずっとアンタの隣に座ってるから。何かあったら言いなよ?」「うん、ありがと」 そんなわたしたちのところへ、黒のスーツに黒いネクタイを締めた貢もやってきた。「――桐島さん、ご苦労さま」「絢乃さん、この度はご愁傷さまです。――ああ、里歩さんも来て下さったんですね。ありがとうございます」「ああ、いえいえ。ウチの両親も絢乃のお父さんにはお世話になってましたから。桐島さん、絢乃の秘書になったそうですね」 彼が秘書になったことは、前もって里歩にも伝えてあったのだけれど。「はい。絢乃さんはこれから篠沢グループを背負って立つ人ですから、僕でお役に立てることがあればと思って」「桐島さん、ちょっと厳しいこと言いますけど。絢乃の秘書になるってことは、この子に自分の生活全部をささげるってことだって分かったうえで決めたんですよね? あたし、あなたにいい加減な気持ちでそんなこと軽々しく言ってほしくないんです」「里歩! それはちょっと言い過ぎだよ!」「いえ、いいんです。もちろん、僕もそのつもりでいますよ。絢乃さんのことは僕が全身全霊お守りすると決めましたから」 困惑して親友をたしなめたわたしに、彼は本気の覚悟を見せてくれた。「……それならいいんです。ごめんなさい、偉そうなこと言っちゃって。絢乃のこと、これからよろしくお願いします。――絢乃、ホントごめん」「ううん、いいよ。ありがと」 わ
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涙の決意表明 PAGE6

   * * * * ――父の社葬は一般的な献花式で行われた。篠沢家が無宗教のためだ。 大ホールの壇上に父の遺影と棺(ひつぎ)を中心とした大きな祭壇と献花台が設(しつら)えられ、参列者がそこに白い花を一輪ずつ手向(たむ)けていった。お別れの言葉を述べるも述べないも個人の自由。 喪主である母に続いて父に花を手向けたわたしは、何も言わずに遺影を見つめていた。もう決意表明は済んでいたし、「さよなら」は言いたくなかったから。「何て冷たい娘だろうか」と、他の親族には思われたかもしれない。 式典の間ずっと、里歩が母と反対側のわたしの隣に、貢もすぐ後ろの席に座っていてくれたので、わたしも何とか落ち着いていられた。 全員の献花が終わり、いよいよ出棺という時になって、里歩が「あたしはここで帰るよ」と言った。「絢乃、ごめん! あたし、今日はあくまで両親の代理だしさ。桐島さんがいてくれるなら大丈夫だよね?」「うん……。里歩、ホントにありがとね。学校はしばらく忌引きになると思うから、三学期が始まったら先生によろしく言っておいて」「分かった。――桐島さん、あたしはこれで失礼します。絢乃のことお願いしますね」「はい、任せて下さい。お気をつけて」 コートを着込んでホールを後にした里歩を見送った後、貢が「それでは、そろそろ僕たちも参りましょうか」と着ていた黒いコートのポケットからクルマのキーレスリモコンを取り出した。社用車ではなく、彼のレクサスのキーだ。「斎場まで、僕のクルマで送迎致します」「うん。桐島さん、よろしくお願いします」「桐島くん、ありがとう。安全運転でよろしくね」「はい。――では、お二人は後部座席へどうぞ」 彼はロックを外すと、うやうやしく後部座席のドアを開けてくれた。
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