All Chapters of トップシークレット☆ ~お嬢さま会長は新米秘書に初恋をささげる~: Chapter 11 - Chapter 20

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初めての恋と大きな覚悟 PAGE1

 わたしには、彼が少し照れているようにも見えた。ハンドルを握る彼の横顔が月明かりに照らされて、思わずウットリと見とれてしまう。……どうしてわたし、彼のことがこんなに気になるんだろう? ――その後の会話は、彼の家族の話題に移っていった。 桐島家のお父さまは大手メガバンクの支店長さん、お母さまは若い頃保育士さんだったそうだ。貢には四歳上のお兄さまもいて、調理師として飲食店で働いていると聞いた。将来的には自分でお店をオープンさせたいのだとか。「へぇー、スゴいなぁ。立派な目標をお持ちなんだね。桐島さんにはないの? 夢とか目標とか」「…………まぁいいじゃないですか、僕のことは。今はこの会社で働けているだけで満足なので」 彼は明らかに、この質問への答えをはぐらかしていて、わたしはちょっと不満だった。「そんなことより、ちょっと不謹慎な質問をしてもいいですか?」「……えっ? うん……別にいいけど」「お父さまに万が一のことがあった場合、後継者はどなたになるんでしょうか」 つまり、父が亡くなった後ということだろう。娘であるわたしに気を遣って遠回しな表現をしてくれたのだと、わたしはすぐに気がついた。「う~んと、順当にいけばわたし……ってことになるのかなぁ。ママは経営に携(たずさ)わる気がないみたいだし、わたしは一人っ子だから」 ちなみに母も一人娘だったので、父が婿入りすることになったのだ。「お母さまは確か、以前教員をされていたんですよね。中学校の英語の」「うん、そうなの。だから元々経営に興味がなかったみたい。祖父が会長を引退した時も、自分は後継を辞退してパパに譲ったみたいだし。まぁ、ウチの当主ではあるんだけど」 その祖父も、今から五年前にこの世を去った。前年に心臓発作で他界した祖母の後を追うようにして。祖母が亡くなってから、祖父の体調が悪くなったことをわたしもよく憶えていた。「親戚の中には、パパが後継者になったことをよく思ってない人たちも少なくなかったなぁ。また揉(も)めることにならなきゃいいんだけど」 わたしは遠からず起きるであろうお家騒動を想像して、ウンザリとドレスの上に着ていた白いジャケットの襟(えり)をいじりながらため息をついた。「名門一族って、どこも大変なんですね……」「うん……、ホントに」 彼の素直なコメントに、わたしも頷いた。 篠沢
last updateLast Updated : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE2

「絢乃さん、一人っ子だとおっしゃってましたよね? ご結婚される時はどうなるんですか?」「やっぱり、相手に婿入りしてもらうことになるんじゃないかなぁ。パパの時みたいに」 父の旧姓は井上(いのうえ)といい、二歳上のお兄さん――わたしから見れば伯父(おじ)がいる。伯父の家族はもう十年以上前からアメリカ在住だ。「じゃあ……、僕もその候補に入れて頂くことは可能ですか?」「…………えっ⁉ ……うん、多分……大丈夫だと思うけど」 一瞬彼の言っていることが理解できず、キョトンとなりながらも真面目に答えると、彼からは「冗談ですからお気になさらず」と肩をすくめられた。 本当に冗談だったのかな? 本気ならいいのにな……と思いながら、わたしの胸は高鳴っていて、自分でも戸惑っていた。 ――もうすぐ恵比寿(えびす)というところで、クラッチバッグの中でスマホがヴーッ、ヴーッ……と振動した。「……あ、電話だ。出てもいい?」 急いで画面を確かめると、かけてきたのは母だった。「どうぞ。お母さまからですか?」「うん。――もしもし、ママ? 今、桐島さんのクルマの中なの」 彼は電話中、横から口を挟(はさ)もうとしないで運転に徹してくれていた。『そう。今日はお疲れさま。閉会の挨拶、ちゃんとできた?』「うん、どうにかね。自分なりには。――ところでパパの様子は?」『今はぐっすり眠ってるわ。顔色もちょっと落ち着いたみたい』「そっか、よかった」 とりあえず落ち着いているようだと分かって、わたしもホッと胸を撫でおろした。「あのね、ママ。パパのことなんだけど。桐島さんが言うには……」 わたしは貢からのアドバイスと、彼と話していたことを母にも伝えた。「……でね、わたしだけじゃ心許(こころもと)ないから、ママにも協力してもらえないかな……と思って」『分かったわ。ママも桐島くんのアドバイスは的確だと思う。パパのためだもの、協力するわね』「ありがと、ママ」 母が非協力的だったらどうしようかと思っていたけれど、その返事を聞いてわたしも安心した。『あとどのくらいで着きそう?』「あとねぇ、えーっと……」 貢に自由が丘まであと何分くらいか訊ねると、「十分くらいですかね」と答えてくれた。「十分くらいだって」『そう。じゃあ待ってるわね。今日は本当にありがとう。桐島くん、いい人でしょう
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE3

 ――自由が丘に建つ篠沢邸の前で、貢はわたしを降ろしてくれた。わざわざ助手席のドアを、執事のように外から開けてくれて。「今日はお疲れでしょう。ゆっくり休んで下さいね」「うん、ありがとう。――あ、桐島さん。あの…………」 そのまま運転席に戻ろうとした彼を、わたしは慌てて呼び止めた。このまま別れてしまうのは名残(なごり)惜しいし、彼とはまだまだ話したいことがたくさんあった。 でも、ここでの長話は迷惑だろうから……。「連絡先……、交換してもらえないかな…………なんて」 初対面の夜にこんなお願い、厚かましいかな……と思い、ダメもとのつもりで言ってみたところ。彼はあっさり――というよりむしろ若干食いぎみに「いいですよ」とOKしてくれた。「……ありがと。あの、これからウチでお茶でも飲んでいく?」「いえ、遠慮しておきます。もう夜も遅いですし、明日も仕事があるので。僕はこれで失礼します」「……そう? 分かった。じゃあ……おやすみなさい」 さらに引き留めようとしたら断られたので、内心小さく肩を落とした。「おやすみなさい、絢乃さん。連絡お待ちしています」「えっ? ……あー……うん。ハイ」 別れ際に微笑みかけられ、わたしは彼にまともな返しができなくなってしまった。「――はぁ~……、なんか顔が熱い……」 彼の車を見送りながら、両手で火照(ほて)った頬を押さえていた。 彼が最後に言った「連絡を待っている」というのは、父への説得がどうなったか教えてほしいという意味だったのか、それとも別に意味があったのか。もしも後者だったら……? 彼も、わたしに好意をもっているということだろうか。「……〝も〟って何だ」 思わず自分の考えにツッコミを入れてしまい、笑いがこみ上げた。 その時はまだ、彼に対するこの複雑な感情が何だったのか分からなかったけれど、今なら分かる。わたしに自覚がなかっただけで、すでに恋の沼にはまっていたのだと。「そんなことより、パパの説得頑張らないと!」 ニヤついている場合じゃないと気持ちを切り替え、わたしは二階建ての洋館の前にどっしりと存在する玄関ゲートをくぐったのだった。
last updateLast Updated : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE4

 高級住宅街の一角に建つ篠沢邸は、第二次大戦後に建てられた白壁の大邸宅だ。庭こそないものの、立派な門構えとリムジンが三~四台は駐車できるカーポートが家の立派さを物語っている。 洋館だけれど玄関でスリッパに履き替える日本式の生活スタイルなので、わたしはスリッパの音をフローリングの床に響かせながらリビングへ飛び込んだ。「――ただいま」「お帰りなさい、絢乃。桐島くんは?」 先に帰宅していた母は、部屋着姿で出迎えてくれた。「もう帰っちゃった。ウチでお茶でも、って引き留めたんだけど」 落胆して答えたわたしを、母は優しく慰めてくれた。「そうなの。彼は優しいから、絢乃が疲れてるだろうからって遠慮したのかもしれないわね」「うん、そうみたい。でも連絡先は交換してもらえたから」 そして、出迎えてくれたのは母だけではなくもう一人。「お帰りなさいませ、お嬢さま。奥さまから伺いました。本日は大変でございましたねぇ」「ただいま、史子(ふみこ)さん」 彼女は住み込み家政婦の安田(やすだ)史子さん。当時は五十代半ばくらいで、家事一切を任されていて、すごく働き者だ。もちろん今も篠沢家で働いてくれている。「ママ、これからパパの説得に付き合ってくれる?」「えっ? いいけど……あなたも疲れてるでしょう? 少し休んでからでもいいんじゃないの?」「ううん、わたしなら大丈夫だから。行こう」 この時のわたしを突き動かしていたのは責任感だったのか、父への思い遣りだったのかは今でも分からない。母もわたしから強い意志を感じたらしく、快く父のところへついてきてくれた。 検査を受けるよう母とわたしから勧められた父は、案の定顔を曇らせた。不機嫌になるほどではなかったけれど、あまりいい反応ともいえなかった。「パパ、お願い。わたしもママも、検査を勧めてくれたその人だってパパの体が心配なんだよ? だからその気持ちは分かってほしいの。パパだって病気が早く分った方が安心でしょ?」 渋っていた父に、わたしはとどめの一押しをした。母とわたしの顔を見比べた父はとうとう降参した。「…………分かった、私の負けだよ。絢乃の言うとおりだな。明日にでも検査を受けてこよう。加奈子、私の携帯で後藤(ごとう)に連絡を取ってみてくれ」「ええ」 母は父に言われたとおり、父のスマホで電話をかけた。当時、大学病院の内科
last updateLast Updated : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE5

「そうか。じゃあ加奈子、明日は付き添いを頼む。絢乃はどうする?」 父に訊ねられたわたしは少し考えた。本当は父に付き添いたいけれど、まだ子供のわたしが一緒に行ったところで何ができるんだろう、と。「……わたしは、学校に行くよ。里歩(りほ)と待ち合わせしてるし」 親友に心配をかけてはいけないと思い、付き添いを断った。中川(なかがわ)里歩は初等部を受験した頃からの大親友で、経営コンサルタントをされているお父さまも含めて家族ぐるみで親しくしている。「だからママ、パパの病気のこと分かったらちゃんと連絡してね。――じゃあわたし、もうお風呂に入って寝るから。おやすみなさい」「そう? 分かったわ。おやすみなさい」「おやすみ、絢乃。今日はすまなかったな」 両親に「おやすみ」をもう一回言ってから一階にある両親の寝室を出て、わたしは二階にある自室へ上がっていった。   * * * * ――この家の各部屋には、それぞれ専用のバスルームとトイレ・洗面スペースが完備されている。里歩に言わせれば「ホテル並みの設備」なのだとか。 わたしはそんな自室のバスルームに入り、バスタブの蛇口を開けてから、部屋着のワンピースに着替えた。茶色がかったロングヘアーをパーティー用にカールさせたスタイリング剤とメイクはバスルームで落とすことにして、クラッチバッグに入ったままだったスマホを取り出した。 クイーンサイズのベッドの縁(ふち)に腰かけ、里歩と貢、どちらに先に電話をかけるべきか迷う。貢とは連絡先を交換したばかりだったし、まだ自宅――代々木の実家近くにあるというアパートに着いているかどうかも分からなかった。 それに……、わたしから男性に連絡を取るのは初めてだったので、ためらっていたというのもあったし。「うん…………、よしっ! やっぱりここは桐島さんが先でしょ!」 彼の連絡先を呼び出し、緊張から震える指で発信ボタンをタップした。……もう家に着いているかな?『――はい、桐島です』「……あ、桐島さん。絢乃です。今日は色々ありがとう。――今、大丈夫かな? 何か食べてる?」 第一声が「もう家に着いた?」ではなく「何か食べてる?」だったのは、彼の話し方が何だかモゴモゴしていたからだった。もちろん、家に着く前に軽く何か食べている可能性もなかったわけではないけれど……。『ええ、大丈夫ですよ。も
last updateLast Updated : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE6

「明日ママに付き添ってもらって病院に行ってくる、って。大学病院にパパのお友だちが内科医として勤務してるから、その先生に診てもらうんだって」『そうですか、ちゃんと病院に行かれるんですね。それはよかった』「うん。まだ安心はできないけど、とりあえずパパが病院に行く気になってくれただけでも一歩前進かな。アドバイスをくれたのが貴方だってことは言わなかったけど、言った方がよかった?」 わたしはあえて、貢の名前を出さなかった。父が機嫌を損(そこ)ねた場合、彼にまでとばっちりが行く可能性を考えてのことだった。『いえ……まぁ、僕はどちらでもよかったですけど。絢乃さん、ご存じでした? お父さまは篠沢商事の社員や、篠沢グループの役員全員の顔と名前を記憶されてるんですよ。なので、今日会場にいたのが僕だということも気づかれていたはずです』「えっ、そうなの⁉ パパすごすぎ……」 彼が打ち明けてくれた父の驚愕の事実に、わたしは絶句した。父の頭の中が、まさか脳内データベース化していたなんて……!『――それはともかく、絢乃さんは明日どうされるんですか? お母さまとご一緒に付き添いに?』「ううん、わたしは明日学校に行くことにした。友だちに心配かけたくないし、パパのことはママに任せようと思って。病名が分かったら連絡してってお願いしておいたから」『そうですね、僕もそう思います。絢乃さんがついて行かれても、かえってご両親に心配をかけてしまうだけでしょうから』「やっぱり……そうだよね」 わたしがもっと幼い子供だったら、間違いなく「一緒に行く」とダダをこねていただろう。でも十七にもなったら、どの選択が自分のために一番いいのか分かるようになるものだ。『明日はきっと、お母さまから連絡があるまで絢乃さんも落ち着かないと思いますが……。あなたの判断はきっと間違っていないと僕は思いますよ』「うん。桐島さん、ありがとね。貴方も、今日はお疲れさま。今日はこれで失礼するね。これからお風呂に入ろうと思ってたところだから」『そうですか。あの、湯冷めしないように気をつけて下さいね。それじゃ、おやすみなさい』 彼に「おやすみなさい」を返してから電話を切り、今度は履歴から里歩の番号にコールした。「――あ、里歩。今大丈夫? あのね、今日――」 彼女にも、パーティー会場であった出来事を話して聞かせた。「詳
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE7

 ――翌朝。学校へ行く支度を終え、朝食を済ませたわたしはダイニングで紅茶を飲んでいた母に声をかけた。「……じゃあ、行ってきます。ママ、パパのことは任せたよ。連絡待ってるから」「ええ、分かった。行ってらっしゃい」 史子さんが用意してくれていたお弁当の保冷バッグを持ち、スクールバッグを提げて家を出ようとしていると。「絢乃、制服のリボン曲がってるわよ。直してあげる」「あ……、ありがとう」 母は手慣れた手つきで、わたしの胸元の赤いリボンを直してくれた。 クリーム色のブレザーの制服は東京中の女子中高生たちの憧れらしく、初等部から唯一変わらないこの赤いリボンは茗桜女子の生徒たちのお気に入りなのだ。もちろんわたしも。ちなみに母もOGなのだそう。「……はい、できた。行ってらっしゃい。里歩ちゃんによろしく」「うん、行ってきます」 父のことはもちろん心配で、付き添いたい気持ちもまったくなかったわけではないけど。自分で「学校に行く」と決めたので、母を信じて連絡を待つことにして家を出た。   * * * * 里歩との朝の待ち合わせは、初等部に入学した頃からの習慣だった。里歩の家があるのが新宿(しんじゅく)で、京王(けいおう)線への乗換駅も新宿なので、自然と京王線の新宿駅ホームでの待ち合わせになったのだ。里歩は中等部からバレー部に所属していたので、朝練がない日限定だったけれど。「――あ、絢乃! おは~!」 待ち合わせのホームで元気よく手を振ってくれた里歩に、わたしも少し元気を取り戻した。身長が百六十七センチもある里歩は、同じ制服を着ていてもスカート丈がわたしよりちょっと短くなる。わたしはきっちり膝丈だ。 彼女はショートボブにした髪型と長身のせいで、制服を着ていなければ時々男の子に間違われることもある。「おはよ、里歩。待った?」「ううん、あたしも今来たとこだよ。今日来なかったらどうしようかと思った」「昨日の電話で『行く』って言ったでしょ。何の心配してんのよ」「そうだけどさぁ。――絢乃、昨日は大変だったね」「うん。まさかパパがあんなことになるなんて……」 父が倒れたことはショックだったけれど、なぜか思い出したのは貢のことだった。「でもね、悪いことばっかりじゃなかったの。実は、昨日の電話では言わなかったんだけど、ちょっと気になる人ができちゃって」「え
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE8

「篠沢商事の社員の人なんだけど、二十代半ばくらいで、顔はそこそこイケメンだよ。身長は百八十ないくらいかなぁ。真面目だけど優しくて、すごく親切にしてくれた。帰りもクルマで家まで送ってくれたんだよ」「あらあら」 ――前日の夜、バスタブに浸(つ)かりながら考えていたのも、貢のことばかりだった。一人の男性のことがこんなに気になったのは生まれて初めてのことで、これが「恋」というものなのかとわたしは初めて知った。「もしかしてアンタ、その人のこと好きになっちゃった?」「…………えっ? うん……そうかも」 素直に認めたことで、「ああ、やっぱりそうなんだ」と自分の中でしっくり来た。「なるほどねぇ♪ どうりで今日、髪もお肌もいつもに増してツヤツヤなわけだ。アンタはいっつも可愛いしスタイルいいけどさぁ」「そう……かな?」 わたしは普段から髪やお肌のケアに手を抜かない主義だけれど、恋をしたら幸せホルモンがいっぱい出るのでより髪やお肌のツヤがよくなる、ということらしい。「その人、桐島さんっていうんだけどね。もう連絡先も交換してあるの。昨日会ったばっかりなんだけど……」「それって〝一目惚れ〟ってことだよね?」「えっ、そう……なのかな」 わたしは別に、ルックスだけで彼に惹かれたわけではないのだけれど。知り合ったばかりの相手に恋をしたということは、つまりそういうことなんだろうと解釈した。「でも、パパが大変な時にいいのかなぁ? ちょっと不謹慎だよね……」「そんなことないんじゃない? そういう人が一人でもいるっていうのは心強いよ。精神的支柱っていうか、心の拠りどころっていうか? アンタの恋、あたしは応援するよ」「そうかなぁ……。ありがと」 ――そんな話をしていると、ホームに電車が滑り込んできた。朝の通勤・通学ラッシュの真っ只中で、この日も車内は混み合っていた。「――あのね、里歩。わたし昨日、覚悟を決めたの。パパに万が一のことがあったら、わたしが篠沢グループのリーダーになるんだ、って」 里歩と二人、ドア付近に陣取ったわたしは彼女に自分の決意を打ち明けた。「えっ、そうなの?」「うん。昨夜、閉会の挨拶した時にね、これは遠くない未来に自分がやらなきゃいけないことなんだって思ったの。だから今から覚悟決めとかなきゃ、って」 本当に覚悟を決めたのは、帰りの車の中で貢と話し
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE9

   * * * * ――午後の授業が始まって間もなく母からスマホに電話があり、わたしは早退することになった。電車での帰宅ではなく、迎えが来ると言われた。「……あの、先生。母から後で連絡があると思うんですけど、早退届は――」 通話を終えたわたしが、クラス担任である女性国語教諭に早退することを伝え、そう訊ねてみると。「明日も登校してくるなら、その時で構いませんよ。ご両親によろしく伝えて下さいね。篠沢さん、さようなら」「はい、……失礼します」 急いで帰る支度をして、校門の前で迎えを待っていた。数分後、迎えに来たクルマは我が家の黒いセンチュリーではなく、見覚えのありすぎるシルバーの小型車。「…………えっ!?」「絢乃さん、お迎えに上がりました。どうぞ乗って下さい」「桐島さん……? どうして」 迎えに来てくれたのは篠沢家の専属運転手である寺田さんではなく、なんと貢だった。「お母さまから頼まれたんです。『絢乃さんの学校まで迎えに行ってやってほしい』と。直接ではなく、会長秘書の小(お)川(がわ)さんを通してですが」「……そう、なんだ」 どうして母がわざわざ彼に迎えを頼んだのか、彼と小川夏(なつ)希(き)秘書とはどんな関係なのか。疑問はたくさん浮かんできたけれど、とにかくわたしは前日と同じように助手席に乗り込んだのだった。
last updateLast Updated : 2025-02-20
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初めての恋と大きな覚悟 PAGE10

 状況的には前日とほとんど変わっていないのに、わたしは何だかソワソワと落ち着かなかった。「彼のことが好きだ」と自覚したせいだったのかもしれない。「……迎えに来てくれたのが桐島さんで、なんかビックリしちゃった。てっきり寺田さんが来るものだと思ってたから」 それでも何か言わなきゃ、と話題を探して口を開いてみた。彼に父の病気のことを話すには、まだタイミング的に早いと思ったから。「寺田さんって、昨夜パーティー会場に来られていた方ですか? 五十代後半くらいでロマンスグレーの」「そう。篠沢家の専属ドライバーさんなの。もう三十年くらい、ウチで働いてくれてるらしいよ」「そうなんですね」 貢はこんなくだらない話題なのに、律儀に相槌を打ってくれた。「……でも、ビックリしたけど嬉しかったよ。来てくれたのが貴方で。……ってこんな時に何言ってるんだろうね、わたし! ゴメンね!?」 好きな人が迎えに来たからって浮かれている場合ではない、と我に帰り、この話は一旦リセットした。「ねえ、貴方と小川さんってどんな関係なの?」 これは多分嫉妬なんかじゃなくて、純粋な疑問だった。彼女が母からの個人的な頼まれごとを貢に託したということは、二人がプライベートでも近しい関係だからなのかな、と。「小川さんは、僕と同じ大学の二年先輩なんです。学生時代から色々とお世話になっていて……。でもそれだけです。先輩は僕のことをただの後輩としか思っていませんし、多分好きな人がいるはずなので」「…………小川さんに、好きな人?」 貢はなぜか言い訳がましく弁解していたけれど、わたしはそれよりもそっちの方が気になっていた。そして何となく分かっていた。それが父であることが。けれどそれは決して不倫なんかじゃなく、彼女の片想いだった。「――ところで絢乃さん。お父さまの病名は何だったんですか? お母さまから連絡があったんですよね?」「うん……、ちょっと待って」 わたしがなかなかこの話題を言い出せなかったのは、まだ心の準備が整っていなかったからだった。あまりにもショックが大きすぎて、胸が押し潰されそうで、気持ちの整理ができなかったからだ。「…………パパね、末期ガンで、余命三ヶ月だって」 やっとのことで言うと、彼もハッと息を呑んだのが分かった。「病状が進行しすぎて、もう手術はできないって。通院で抗ガン剤治療
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