All Chapters of はじめまして、期間限定のお飾り妻です: Chapter 81 - Chapter 90

103 Chapters

81話 緊張するルシアン

「ようこそ、ルシアン様。そして御令嬢、お待ち申し上げておりました」スーツを着用した大柄な男性が2人を出迎えた。男性は小柄なイレーネにとっては見上げるほどの大男だった。「まぁ……なんて大きな方なのでしょう」イレーネは男性を見上げ、思ったままの言葉を口にする。「う……ゴホン! イレーネ。彼はこの城の執事、メイソンだ。メイソン、彼女は俺の婚約者である、イレーネ・シエラ。よろしく頼む」ルシアンは咳払いすると、2人を引き合わせた。「イレーネ様でいらっしゃいますか? はじめまして、執事のメイソン・タイラーと申します。どうぞ、お気軽にメイソンとお呼び下さい」そしてメイソンはニコリと笑みを浮かべる。「私はイレーネ・シエラと申します。こちらこそ、よろしくお願いいたします」2人が挨拶を交わしたところで、ルシアンはメイソンに尋ねた。「メイソン。早速祖父に御挨拶したいのだが……今何処にいる?」「はい、旦那様は書斎にいらっしゃいます」恭しく返事をするメイソン。「では早速行こう。彼女の荷物を頼む」「はい、お部屋に運んでおきます」するとイレーネはメイソンに声をかけた。「あの、荷物なら自分で運びますわ」「え?」その言葉にメイソンは目を見開く。「い、いや! 荷物はメイソンにまかせておこう。それよりも早く祖父の元へ行かないと」ルシアンは慌てたようにイレーネの手を引くと、歩き出した。「え? ルシアン様?」何故ルシアンが慌てているのか、訳も分からないままイレーネは手を引かれてその場を後にした――****「イレーネ。以前にも話しただろう? 貴族女性はむやみやたらに荷物を持つものではないと」ルシアンはイレーネの手を引きながら話しかけてきた。「あ、そうでしたね。私ったらついうっかりしておりました。申し訳ございません」「い、いや。忘れてしまっていたなら仕方がない。だが、今後は気をつけるようにな。特に祖父の前では」素直に謝るイレーネに、ルシアンは声のトーンを落とす。「それにしても、本当にお城に住んでらしたのですね……床が大理石ですし、豪華なシャンデリアですねぇ」イレーネがうっとりした様子で周囲を見渡す。「そうか? あまり感じたことはないがな」その後、書斎に行くまでの間に2人は多くの使用人たちとすれ違った。彼らは深々とおじぎをしながらも、好奇心いっぱい
last updateLast Updated : 2025-03-11
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82話 祖父との面会

「その娘が、この間お前が話していた婚約したいと話していた相手か?」ジロリとジェームズがイレーネを見る。「いえ。婚約したい相手ではなく婚約者です。お祖父様に2人の結婚を認めていただくために、彼女を連れて参りました」緊張しながら返事をするルシアン。「……ところで、いつまで2人はそうやって手を繋いでいるつもりだ?」「え? あ! こ、これはその……違うんです!」慌ててイレーネの手を離すルシアン。ジェームズに指摘されるまで、ルシアンはイレーネと手を繋いでいたことに気づかなかったのだ。すると、今まで沈黙していたイレーネが口を開いた。「はじめまして。マイスター伯爵様。私はイレーネ・シエラと申します。どうぞよろしくお願いいたします」貴族令嬢らしく、完璧な挨拶をするイレーネ。「……確か、『コルト』とか言う田舎出身の男爵令嬢らしいな。未だに田園風景が多く、まだまだ発展途上の地域だろう?」ジェームズは無愛想な表情でイレーネを見つめる。(出た! 祖父の嫌味な態度が……!)「お祖父様。それは……」ルシアンが口を挟もうとした時、イレーネが笑みを浮かべる。「マイスター伯爵様は『コルト』のことを、よくご存知なのですね。はい、あの場所は田園風景が多く残されているので、農産物が特産品です。特に『コルト』のワインは絶品です。本日、こちらに1本お持ちしておりますので御夕食の際にお召し上がりになってみませんか?」「何? ワインだと?」険しかったジェームズの眉が少しだけ緩む。一方、驚いたのはルシアンだ。(何だって!? 『コルト』産のワインだって? そんな物を用意していたのか!?)「はい、ワインはお好きですか?」「う、うむ……そうだな。好き……だ」ゴホンと咳払いするジェームズ。「それは良かったです。祖父は若い頃、ワイン作りが得意だったのです」「なる程……君の祖父が」得意げに語るイレーネの話にジェームズは頷く。(イレーネ! 俺はそんな話、初耳だぞ!!)何も聞かされていなかったルシアンはイレーネに目で訴える。すると……。「何だ? ルシアン。お前は先程から彼女ばかり見つめおって……」「い、いえ! 決してそんなつもりでは……!」ジェームスの言葉に、ルシアンは首を振る。「まぁ良い。着いたばかりで疲れただろう。夕食の際にまた詳しく話を聞こう」ジェームズはス
last updateLast Updated : 2025-03-12
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83話 イレーネの考え

「失礼いたしました」ルシアンは一礼すると、書斎を後にした。――パタン扉を閉じて、ため息をついた時。「ルシアン様」廊下の角から音もせず、メイソンが姿を現した。「うわぁ! な、何だ!?」いきなり音もせずに目の前に現れたことで、ルシアンは情けない声をあげてしまう。「イレーネ様のお部屋ですが、ルシアン様の隣のお部屋に御案内いたしました」「そ、そうか? なら様子を見に行くことにしよう」驚きでドクドクする胸を押さえながら、ルシアンはイレーネがいる部屋へと向かった。「ここにいるのか」ルシアンはバラのレリーフが刻まれた白い扉の前で足を止めると、早速ノックした。――コンコン少し待っていると扉が開かれ、イレーネが姿を現す。「ルシアン様。お話は終わられたのですか?」「ああ、終わった。それで……少し話がしたい。入っても良いか?」「ええ、どうぞお入り下さい」「失礼する」ルシアンは開け放たれた室内に入ると、ソファに腰掛けた。「イレーネも座ってくれ」「はい、ルシアン様」イレーネが着席すると、さっそくルシアンは本題に入ることにした。「今夜19時に夕食会を開くことになっているから、それなりのドレスを着用してくれ。メイドの手伝いが必要なら俺から口添えしておくが?」「着替えは用意してあります。1人で準備できますので、お手伝いは大丈夫です」ニコニコと笑みを浮かべて返事をするイレーネ。「そうか……分かった。ところで……いくつか尋ねたいことがあるのだが、いいだろうか?」「はい、どのようなことでしょうか?」「イレーネは祖父がワイン好きなことを知っていたのか?」「はい、勿論です。リカルド様に教えていただきましたから」「何!? リカルドに!? な、何故だ! 祖父のことなら俺に聞けば良かったじゃないか」思わず席を立ち上がるルシアン。「申し訳ございません。たまたまルシアン様が不在で、リカルド様に教えていただきました。その際、マイスター伯爵は無類のワイン好きと伺ったのでワインを持参してきたのです」「そうか……たまたま俺が不在で、たまたま居たリカルドに助言してもらったということだな?」(リカルドめ……イレーネが祖父のことを尋ねてきたなんて話、一度もしていないとは……)ルシアンは何故か仲間はずれにされたような気分で面白くない。「それで、君の祖父がワイン
last updateLast Updated : 2025-03-13
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84話 いつの間に!?

18時50分―ーマイスター伯爵との夕食会に出る為、ルシアンはイレーネの迎えにやってきた。――コンコン扉をノックすると、すぐにイレーネが扉を開けて出迎えた。「ルシアン様、迎えに来て下さったのですね?」ルシアンに笑顔を向けるイレーネ。今のイレーネは金の髪をゆるく巻き上げ、薄緑色の足首丈のドレスを着ている。「ああ、そうだ。……そのドレス、よく似合っているじゃないか」イレーネをもう少し丁重に扱おうと心に決めたルシアンは、慣れない言葉を口にする。しかし実際の所、今のイレーネの姿はいつも以上に美しかった。「本当ですか? ありがとうございます。マイスター伯爵のお好きな色のドレスを着てみたのですよ? 伯爵様に気に入っていただければよいのですけど」「え? 祖父が好きな色のドレスを着たのか?」その言葉に耳を疑うルシアン。(そう言えば……亡くなった祖母はいつも緑色のドレスを着ていたっけな。あれは、こういうことだったのか……ん?)そこまで考え、ルシアンはあることに気付く。「ちょっと待ってくれ……イレーネ。何故祖父が緑色を好きだと知っているんだ?」「はい、メイソンさんに尋ねたからです」「何? メイソンに?」「はい。お部屋に案内していただく間に、マイスター伯爵様の趣味嗜好を尋ねたのです。私の事を気に入っていただくには、まずお相手の方のことを知ることが大事ですから」ニコニコと笑顔で答えるイレーネを見て、ルシアンはゴクリと息を呑む。(もしかして俺は……随分イレーネのことを見くびっていたのかもしれない)「な、なるほど……そういうことだったのか。なかなかやるじゃないかイレーネ」「ええ。お任せ下さい。何しろメイドとして働いていたときは『気配りのイレーネ』と呼ばれていたくらいですから。祖父から処世術は伝授されておりますので。私、伯爵様に気に入っていただけるように頑張りますから」謙遜するでもなく、得意げに胸を反らすイレーネ。(なるほど……こういう天真爛漫なところもイレーネの魅力の一つなのかもしれないな)「よし、なら祖父が待っている。行こうか?」ルシアンは腕を差し出した。「ええ、ルシアン様」イレーネは臆することなく、ルシアンの腕をとった――****(一体、この状況は何なんだ……?)夕食会が始まって、1時間。ルシアンは面白くない気分で1人ワインを飲
last updateLast Updated : 2025-03-14
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85話 伯爵とルシアン

 夕食会終了後、マイスター伯爵がイレーネに声をかけた。「イレーネ嬢、今日は疲れただろう。私はまだルシアンに用があるから、先に部屋に戻るといい」「はい、分かりました。では伯爵様、ルシアン様。お先に失礼いたします」イレーネは挨拶をすると、立ち上がった。「部屋の場所は分かるか? 案内は必要か?」ルシアンが尋ねると首を振るイレーネ。「大丈夫です。部屋の位置はもう把握しておりますので1人で戻れますわ。それでは失礼いたします」丁寧に挨拶すると、イレーネはダイニングルームを出て行った。「ルシアン、お前を何故ここに残したのかは分かっているな?」室内に2人きりになると、早速マイスター伯爵はルシアンに問いかける。「……ええ。見当はついています。イレーネのことですよね?」「そうだ。気立ての良い娘ではないか。それに愛嬌もあるし、賢い。気に入ったよ」満足そうに頷く伯爵。「本当ですか? それではイレーネを認めてくれるということですよね? 彼女との結婚を許してくださるのですね」(やったぞ! イレーネ! 祖父が認めてくれた!)ルシアンは小躍りしたくなるほどの高揚感を抑え、身を乗り出す。「ああ、だが結婚はまだ認めない」「はい!? 何ですって! 今、イレーネのことが気に入ったと仰ったではありませんか!」祖父の矛盾する話に、興奮したルシアンは立ち上がってしまった。「落ち着け、ルシアン。席に座れ」「はい……」ルシアンは渋々席に座る。「いいか? 認めないと言ったのは、別に結婚を反対するために言ったのではない。……本当にお前がイレーネ譲と結婚を考えているのであればな?」まるで見透かしたかのような目でじろりとルシアンを見る伯爵。「何を言っているのですか? 結婚を考えているに決まっているじゃないですか? お祖父様だって先程イレーネのことを褒めていたではありませんか。彼女の様な女性は他にいませんよ」「うむ……その気持に嘘は無いのだな?」難しい顔で伯爵はルシアンに問いかける。「ええ、嘘などついておりません」(そうだ、次の当主になるためには結婚するしかないからな。それにイレーネの様な女性は他にいないのだって確かだ。嘘などついているものか!)ルシアンは心の中で言い訳をしながら返事をした。「お前の気持ちは分かった。つまり、本気でイレーネ譲との結婚したいのだな?」
last updateLast Updated : 2025-03-15
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86話 慌てる人たち

――翌日、10時。「本当に、1人で城に残っていいのか?」馬車の前に立つルシアンは見送りに出てきたイレーネに尋ねた。「はい、大丈夫です。半月後には『デリア』に戻りますので」ニコニコ笑みを浮かべるイレーネ。「だが……」イレーネが城の者たちに何かマズイことを口にしたりしないかと、ルシアンの胸中は不安でならなかった。すると、チョイチョイとイレーネが小さく手招きする。「何だ?」「少し、お耳を拝借させて下さい」2人だけしか聞こえない小さな声を出すイレーネ。「?」訝しげに思いながら、ルシアンは身体を傾けてイレーネに顔を近づける。すると耳元でイレーネが囁いた。「こちらに滞在中、伯爵様に気に入っていただけるように努めますね。メイソンさんに聞いたのですが、伯爵様は私の人となりを知るために城に滞在するように勧めたそうなので」「何だって? そうだったのか?」マイスター伯爵の意図を知り、ルシアンは目を丸くする。(そんな……! 祖父はイレーネを認めたのでは無かったのか? だが待てよ。1年の婚約期間を設けさせたのは……いつでも俺から後継者の資格を剥奪するためか? ゲオルグと争わせるのが目的なのか!?)心配性のルシアンは、アレコレと頭の中で考えを巡らす。「大丈夫ですわ。ルシアン様。そんな深刻な顔をなさらないで下さい。私、頑張りますのでお任せ下さい」そんな心配性のルシアンをよそに、イレーネはポンポンと軽くルシアンの肩を叩く。(な、何だ!? い、今……俺の肩を叩いたぞ!?)突拍子もない行動を取るイレーネを驚きの目で見るものの……ルシアンは苦笑した。「分かった。それでは半月後に戻ってくるのを待つことにしよう」「はい。ルシアン様」こうしてルシアンは若干……というか、かなり不安な気持ちを残したまま1人でデリアに戻って行った――****――翌日「ルシアン様! 一体どういうことなのですか!」フットマンからルシアン帰宅の連絡を受けたリカルドが、慌ただしくエントランスに現れた。「リカルド、留守の間に何か変わったことは無かったか?」ドアマンにキャリーケースを手渡しながら尋ねるルシアン。「はい、特に変わったことはありませんでしたが……そんなことよりもルシアン様! イレーネ様はどうされたのです? ハッ! ま、まさか……何処かではぐれてしまったのですか!?」
last updateLast Updated : 2025-03-16
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87話 主と執事

 ――コンコン ルシアンが書類に目を通していると、書斎の扉がノックされた。「入ってくれ」声をかけると、紅茶を用意したリカルドが扉を開けて入ってきた。「ルシアン様、紅茶をお持ちいたしました」「ありがとう」リカルドが紅茶を机に置くと、すぐにルシアンは手を伸ばして口をつけ……。「何だ?」じっとその場で待機して自分を見つめるリカルドに声をかけた。「ルシアン様、何があったのか当然お話してくださるのですよね?」リカルドの目には強い意志が宿っている。「当然て……」「ええ、当然のことです。契約婚のことを思いつき、尚且つイレーネさんを見つけ出したのは、この私なのですよ? 当然何があったのか知る権利があります」「分かったよ……」ルシアンは『ヴァルト』の城で何があったのか、説明を始めた――**「な、何ですって! それではイレーネさんは身代わりとなって、ルシアン様以上に気難しい当主様の元へ残ったのですか!?」書斎にリカルドの大きな声が響き渡る。「人聞きの悪い事を言うな! 誰が身代わりだ? 大体気難しいとはどういうことだ。この俺が気難しいとでも言うのか?」「ええ、そうです。ルシアン様のことですよ。御自分でそのことに気付かれていないのですか?」「全くお前というやつは……本当に遠慮というものを知らないな」ジロリとリカルドを睨みつけるルシアン。子供の頃から互いのことを良く知るリカルドは遠慮がない。何しろ2人は幼馴染同士なのだから。「はぁ……そうですか……でも半月もイレーネさんがこの屋敷を不在にするなんて……」「何だ? その態度は。もしかしてイレーネがいないと何かあるのか?」残念そうにため息をつくリカルドの姿に、ルシアンはムッとしながら尋ねた。(ひょっとしてリカルドはイレーネに特別な感情を寄せているのか?)「ええ。大ありですよ。イレーネさんがいないと、寂しいじゃありませんか」「寂しい……だって?」ルシアンはイレーネがこの屋敷に来てからのことを思い出してみる。(確かにイレーネがここへ来てからは何かと色々あったな……)「はぁ……毎日が刺激に満ちていたのに、またありきたりな日常が戻ってきてしまうのですね……」心底残念そうなリカルド。「リカルド……今からそんなことを言っていたらどうするのだ? 1年という契約期間が終了すれば、イレーネはここを
last updateLast Updated : 2025-03-17
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88話 口論する2人

 イレーネが『ヴァルト』の城に残り、1周間が経過していた。マイスター伯爵邸では、リカルドが予言? していた通りイレーネ不在により、活気がすっかり消え失せていた。「ルシアン様。使用人たちが話しておりましたよ? イレーネ様はいつ頃この屋敷に戻られるのだろうと」書斎で仕事をしているルシアンに紅茶を淹れに来たリカルドが声をかける。「さぁな。半月程滞在すると言っていたから、まだ戻って来ないのではないか?」ペンを走らせながらルシアンが答える。「それで、イレーネさんからは連絡がきているのですか?」その言葉にルシアンの動きがピタリと止まる。「電話がきている様子も無ければ、お手紙も届いてはおりませんよね」「そうだな……だが、便りがないということは、元気でいる証拠なのではないか?」ルシアンは相変わらず顔を上げないまま、黙々と仕事をしている。そんなルシアンの手元を見ながらリカルドが声をかけた。「ルシアン様」「何だ?」「何故、この書類にまでサインをしているのですか? これは取引先から受けとった書類でサインは必要ありませんよね?」「え!? あ!」慌てて書類を避けるルシアン。「やはり、ルシアン様もイレーネ様から連絡が来ないので気がかりで仕方ないのでしょう? 心配していないふりをしてもみえみえですよ?」「う、うるさい! お前が先程から話しかけてくるから間違えただけだ! 妙な勘ぐりをするのはやめろ!」「そうでしょうか? でもその証拠に、ここ1週間ルシアン様は外出せずに屋敷に閉じこもっているではありませんか。イレーネさんからの連絡を待っているからですよね?」「違う! 片付けなければならない書類が山積みだからだ! そ、それに閉じこもってばかりではないぞ? ちゃんと外へ出て仕事だってしている!」しかし、それでもリカルドは食い下がってくる。「確かに外出はなさっておりますが、遅くても3時間以内には戻ってこられておりますよね? しかも毎日『おい、俺宛に手紙が届いていないか?』とメッセンジャーに尋ねているのを知らないとでも思っているのですか?」「うっ!」ここまで問い詰められれば、さすがのルシアンも何も言い返せない。「そ、それは……」しかし、リカルドはルシアンの言い訳を聞こうともせずにため息をつく。「はぁ〜……イレーネさん。本当にあなたはどうしてしまったのでし
last updateLast Updated : 2025-03-18
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89話 その頃のイレーネ

 リカルドがイレーネの身を案じ、ルシアンが仕事も手につかない? 頃――イレーネはマイスター伯爵とサンルームで午前のティータイムを楽しんでいた。「どうだね? イレーネ嬢。マイスター家の紅茶は」「はい、香りも良くて美味しいです。さすがは有名ブランドの紅茶ですね」紅茶の香りを吸い込むと、イレーネは笑みを浮かべた。「そうか、そうか。それは良かった。何しろ我が会社が創立した当時に初めて生産した茶葉で歴史のある紅茶だからな」「それにしても素晴らしいですね。マイスター家では150年も歴史のある紅茶を作り続けているのですから」感心した様子でイレーネは伯爵を見つめる。「シエラ家だって、ワインを作っていたのだろう? 大したものではないか」「そんなことありませんわ。祖父の代でワイナリーは終わってしまいましたから。私が男性だったならワイナリーを残せたかもしれませんけど」少しだけしんみりした様子で紅茶を飲むイレーネ。「だが、きっとイレーネ嬢の祖父は君という孫娘を誇りに思っていたに違いない。何しろ、しっかり者で気立ても良いからな」「そうでしょうか……? でもそう、仰っていただけるなんて光栄です。ところで伯爵様」「何だね?」「本当に私の方から、ルシアン様に連絡を入れなくても良いのでしょうか? こちらへ滞在してから、もう1週間になりますのに」するとマイスター伯爵が豪快に笑う。「ハッハッハッ! 良いのだよ! 少し位心配させてやきもきさせた方が、あいつにとってはな!」「そいうものなのでしょうか……?」(ルシアン様のことが気がかりだけど……でも、マイスター伯爵様に気に入られることが先決だものね。ここは伯爵様の言う通りにしましょう)イレーネは自分の中で結論づけた。「そうですね。少し位ルシアン様に心配していただいたほうが良いかもしれませんわね?」「ああ、そうだとも。中々話の分かる娘ではないか。それで? 今日は何をして過ごすつもりかね?」「本日もお城を見学に行こうと思っております。確かこの城からほど近い、ガゼボの美しいお城がありましたよね?」「ああ、あそこか。そう言えば、イレーネ嬢はあの城のガゼボを随分気に入っていたようだしな」マイスター伯爵はイレーネが宿泊した翌日から、自分の所有する城を全て案内していたのだ。「はい。私、ガゼボにずっと憧れていたのです。また
last updateLast Updated : 2025-03-19
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90話 どこかで見た顔

 振り向いたイレーネは声をかけてきた青年をじっくり見た……のには訳があった。(あら? この方、いつの間に現れたのかしら? それに何処かで見たような顔だわ)「聞いているのか? 返事くらいしたらどうなんだ?」青年はイレーネに近付き……近くまで来ると、足を止めた。「へぇ〜……これは驚いた。随分若くて綺麗な女性じゃないか。一体ここへ何をしに来たんだい? 良い身なりをしているわりに、供をつけてもいないようだし……。もしよければ君の名前を教えてもらえないか?」イレーネが若く美しい女性だということに気づいた青年は笑みを浮かべる。「……」一方のイレーネはじっと青年を見つめている。どこかで見たことのある顔のような気がしてならずに、記憶の糸を辿っていたのである。(やっぱり、何処かで見たことのある顔だわ……? いつ、何処で見たのかしら……?)返事もせずに、自分をじっとみつめるイレーネに青年は首を傾げる。「どうしたんだ? お嬢さん」そこでようやくイレーネは口を開いた。しかも、思いきり勘違いさせるような口ぶりで。「あの、私達……どこかでお会いしたことありませんか?」「え……?」青年は戸惑いの表情を浮かべ……次の瞬間、満面の笑みを浮かべる。「これは驚いたな! まさか君のように美しい女性から口説かれるとは!」「え? 口説く?」イレーネは自分の発した言葉が、まさか青年にとっての口説き文句になるとは思わなかった。しかし、今の言葉で青年が上機嫌になったのは言うまでもない。「生憎、会うのは初めてだよ。君のような美人、一度会ったら忘れるはずはないからね。……そうだ、まずは自己紹介しよう。俺の名前はゲオルグ・マイスター。この城はマイスター伯爵家が所有する城の一つで、いずれは俺が当主の座を引き継ぐ予定になっているのさ。今日は当主に呼ばれていて、これから会いに行くのだが、その前に自分が好きな場所を訪れていたんだよ」青年……ゲオルグはイレーネが何者か知らないので得意げに語る。一方のイレーネは青年の話を聞きながら、目まぐるしく頭を働かせていた。(ゲオルグ……。そうだわ、何処かで見たことがある顔だと思ったら、ルシアン様によく似ていたのだわ。つまり、この方と次期当主の座を競い合っているというわけね。私がルシアン様と関係があることが知られたらどうなるのかしら?)しかし、イレー
last updateLast Updated : 2025-03-20
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