All Chapters of はじめまして、期間限定のお飾り妻です: Chapter 51 - Chapter 60

101 Chapters

51話 驚く2人

 書斎に通されたイレーネは疲れ切った様子のルシアンとリカルドを見て首を傾げた。「ルシアン様もリカルド様も本日はお忙しかったのですか? 随分疲れた御様子にみえますが?」「「は……??」」イレーネの言葉に呆れる2人。そしてルシアンは咳払いするとイレーネに質問をした。「イレーネ嬢、先程も尋ねたが……今まで何処に行っていたのだ? 昼食の時間になっても戻ってこないので、何か遭ったのではないかとリカルドが心配していたんだぞ?」「はい!?」いきなり、リカルドは自分の名前を出されて度肝を抜かれた。「ル、ルシアン様……? 一体今の話は……」しかし、リカルドはそこで言葉を切った。何故ならルシアンが自分のことを睨みつけていたからである。「まぁ……そうだったのですか? リカルド様、御心配おかけしてしまい大変申し訳ございませんでした」イレーネは丁寧に謝罪した。「い、いえ。確かにとても心配は致しましたが……こうして無事にお帰りになられたので良かったです。それでイレーネさん、何故ここまで遅くなったのか教えて頂けませんか?」「はい、親切なお方にお会いして、自分の価値を上げてまいりました。ついでにお腹が空いてしまったので、軽く食事を済ませてきたので遅くなってしまいました。でもまさかそれほどまでにリカルド様に心配されていたとは思いませんでした。重ねてお詫び申し上げます」「い、いえ。そんなに丁寧に謝らなくても大丈夫ですよ。イレーネさん」美しいイレーネにじっと見つめられ、思わずリカルドの頬が赤くなる。(何なんだ? リカルドの奴は……? まさか、イレーネ嬢に気があるのか?)自分でリカルドに話をふっておきながら、何故かルシアンは面白くない。そこで大きく咳払いすると、呼びかけた。「ゴホン! ところでイレーネ嬢」「はい、ルシアン様」「先程、自分の価値を上げてきたとか何とか言っていたようだが……一体それはどういう意味なのだね?」「そうです! 私もそのことが気になったのです!」リカルドが口を挟んできた。「はい、本日はルシアン様の契約妻として恥じないように身なりを整えようと思い、ブティックを探しておりました。そこへ2人の親切な女性が現れて、私をマダム・ヴィクトリアというお店に連れて行ってくださったのです。そうそう、そのうちの1人の女性はブリジットという名前の女性でした。確か
last updateLast Updated : 2025-02-24
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52話 イレーネの今の立ち位置

「あの……ブリジット様がどうかなさったのですか?」イレーネは首を傾げた。まさかブリジットがルシアンに恋心を抱き、マイスター家に度々赴いていることなど知るはずもなかったからだ。「あの……実はブリジット様は……」リカルドが重い口を開こうとした時。「イレーネ嬢。彼女のことは気にする必要は無い。昨年開かれた社交パーティーでたまたま知り合っただけの女性だ。本っ当に、気にする必要はないからな?」とくに、ブリジットはルシアンが一番苦手なタイプの女性だった。彼女のことを考えただけで、不愉快な気分になってくるルシアンは早々にこの話を終わらせたかったのだ。「そうなのですか? でもルシアン様が気にする必要は無いとおっしゃるのでしたらそうします」人を詮索することも、無理に聞き出すこともしないイレーネはあっさりと頷く。「ああ、是非、そうしてくれ」2人の会話に慌てたのはリカルドだった。「お待ち下さい、それよりももっと肝心なことがあります。イレーネさんはブリジット様に自己紹介なさったのですか?」「いいえ? あの方たちからは名前を聞かれることも無かったので、自己紹介はしておりません」「そ、そうですか……それなら良かったですが……」イレーネの返事に、安堵のため息をつくリカルド。「とにかく……今度から外出した際、遅くなるようなら電話をかけてくれるか? ここの書斎の電話番号と、屋敷の電話番号は知っているのだろう?」ルシアンの言葉に、イレーネはパチンと手を叩いた。「あ、言われてみればそうでしたね? 申し訳ございません、あまり電話をかけることにはなれていなかったものですから。何しろ、『コルト』ではまだあまり電話が普及しておりませんので」「イレーネさん。『デリア』では駅前には公衆電話というものがあります。お金を入れると電話をかけることが出来ます。もし、よろしければ明日私がお供して公衆電話の掛け方を教えてさしあげましょうか?」リカルドの言葉にルシアンは反応する。「いいや、それは無しだ。明日は製粉会社の社長と会食がある。お前もそれに出席するのだ」「え!? そ、そんな話は初耳ですけど!?」「ああ、それはそうだろう。今初めて伝えたからな」そこへイレーネが会話に入ってきた。「あの、私なら1人でも大丈夫ですので。それに明日は外出することは無いと思います。マダム・ヴィクトリア
last updateLast Updated : 2025-02-24
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53話 イレーネの申し出

 その日の夕食のこと――「え? 今、何と言ったのだ?」イレーネと2人で向かい合わせに食事をしていたルシアンのフォークを持つ手が止まった。「はい、ルシアン様。どうか私には専属のメイドの方を付けないで下さいと言いました」そしてイレーネは切り分けた肉を口に運び、ニコリと笑みを浮かべる。「いや、しかしそれでは色々と不便だろう? 君を手伝うメイドは必要だと思うが?」現にルシアンのもとには、自分をイレーネの専属メイドにして欲しいと訴え出てきたメイドたちが後を絶たなかった。けれどもルシアンはイレーネ自身に選ばせようと考えていたのだ。「いいえ、私のことなら大丈夫です。今まで自分のことは何でも1人でしてきましたので。第一私は祖父の介護に、メイドとして2年働いていた経験もあります。逆に私に使えるメイドの方たちに気を使ってしまいますわ」「だが、君は俺の……」「はい、1年間という期間限定の雇われ契約妻です。そんな私に専属メイドは分不相応です。それにあまりにも密接だと、この結婚の秘密がバレてしまう可能性もあるかもしれません」「う……た、確かにその可能性はあるが……だが、それでも……」すると、今までに見せたことのないしんみりとした表情を浮かべるイレーネ。「私は1年でこの屋敷を去る身です。あまり親密な関係になると……別れ難くなりますから」「え……?」その言葉にドキリとするルシアン。(まさか……今の言葉は俺に向けて言ってるのか?)しかし、イレーネの口から出てきた言葉は予想外の物だった。「やはり、専属メイドの方がつけば親密な関係になりますよね? お別れする時寂しくなるではありませんか?」「は? ……もしかして、別れ難いとは……自分の専属メイドがついた場合のことを言ってるのか?」「え? ええ、そうですけど?」頷くイレーネ。「あ、ああ……そうか、なるほどね……」思わずルシアンの声が上ずる。(俺は一体何をバカなことを考えていたんだ?)ルシアンは動揺を隠すために、ワイングラスに手を伸ばして一気飲みした。「分かった。イレーネ嬢の言う通りにしよう。君に専属メイドはつけない。それでいいな?」いくら給金を支払うとは言え、この離婚前提の契約結婚でイレーネの人生を狂わせてしまうかもしれない……そう考えると、ルシアンは言うことを聞かざるを得なかった。「ご理解、頂きあ
last updateLast Updated : 2025-02-24
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54話 勘違いする男

 翌朝――いつものようにイレーネとルシアンはダイニングルームで朝食を取っていた。「イレーネ。今日はどのように過ごすのだ?」ルシアンがパンにバターを塗りながら尋ねる。「はい、午前10時にマダム・ヴィクトリアのお店から品物が届きます。クローゼットの整理が終わり次第、外出してこようかと思っています」そしてイレーネはサラダを口にした。「外出? 一体何処へ行くのだ?」昨日のこともあり、ルシアンは眉をひそめた。「生地屋さんに行こうと思っています」「生地屋……? 布地を扱う店のことだよな?」「はい、その生地屋です」「生地を買ってどうするのだ?」「勿論、自分の服を仕立てる為です」「何!? 自分で服を仕立てるのか? そんなことが出来るのか?」ルシアンの知っている貴族令嬢の中で、イレーネのように服を仕立てる女性が居た試しはない。「はい、私の趣味は自分で服を作ることなので。他にすることもありませんし」イレーネは働き者だった。朝は早くから起きて畑を耕して食費を浮かし、服を仕立てては洋品店に置かせてもらって細々と収入を得ていたのだ。じっとしていることが性に合わないので服作りをしようかと考えたイレーネ。だがルシアンは別の解釈をしてしまった。「イレーネ……」(そうだよな、ここにはイレーネの知り合いは誰一人いない。友人でも出来れば寂しい思いをしなくても良いのだろうが……何しろ1年後には離婚をする。そんな状況で親しい友人が出来たとしても、将来的に気まずい関係になってしまうかもしれないしな……)「ルシアン様? どうされたのですか?」急にふさぎ込むルシアンにイレーネが声をかけた。「い、いや。そうだな……君の考えを尊重しよう。……その、色々と……申し訳ないと思っている……」「え? 何故謝るのですか? 何かルシアン様から謝罪を受けるようなことでもありましたか?」「いいんだ、それ以上言わなくても。ちゃんと分かっている、分かっているんだ。何とか対応策を考える。それまで……待っていてくれないか?」「対応策ですか……?」そして、イレーネはルシアンの言葉の真意を理解などしていない。(もしかして、洋裁道具を揃えて下さるということかしら? だったらこの際、ルシアン様のご好意に甘えてお願いしておきましょう)「分かりました、ではお待ちしておりますね。よろしくお願いいた
last updateLast Updated : 2025-02-24
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55話 何故ここに?

 午前10時――その頃、イレーネはエントランスでマダム・ヴィクトリアの商品が届くのを待っていた。「あれ!? イレーネ……じゃなかった。イレーネ様、こんなところで何をしているんです?」掃除をするためにエントランスへやってきたジャックはイレーネが1人でエントランスに立っていることに気づき、声をかけた。「あ、ジャックさん。こんにちは。その節はお世話になりました」「や、やめてください! 俺に敬語なんか使わないでくださいよ! あのときは本当に申し訳有りませんでした!」そして深々と頭を下げる。丁寧に挨拶するイレーネにジャックが恐縮するのは無理無かった。それに、本来であればクビにされてもおかしくないようなことをしてしまったのに、ジャックは咎められることすら無かったのだ。『ジャックさんは、そのような方ではありません。とても親切な人で、丁寧に仕事を教えてくれます』あのときの言葉がジャックの耳に蘇る。一方のイレーネはのんびりした様子でジャックの質問に答えた。「もうそろそろ、マダム・ヴィクトリアのお店の方が尋ねてくる頃なので、お出迎えする為にこちらでお待ちしていました」「ええ!? そ、そんなことは我々使用人に任せてくださいよ! 後、俺なんかに敬語はやめて下さい! こんなことがルシアン様に知られたら……」「俺がどうかしたのか?」その時、タイミング悪くエントランスにルシアンの声が響き渡る。「ひえええ! ル、ルシアン様!」ジャックが情けない声を出した。「あ、ルシアン様。これからお出かけですか? リカルド様もご一緒なのですね?」イレーネは笑顔でルシアンとリカルドに声をかける。「ああ、これから取引先に行ってくるのだが……こんなところで2人で何をしていたのだ?」ルシアンはイレーネとジャックの顔を交互に見る。「あ、あの……そ、それは……」オロオロするジャックを見て、リカルドが口を挟んできた。「ルシアン様の外出をお見送りするためにこちらにいらっしゃったのですか?」「何? そうなのか?」ルシアンの声がほころびかけ……イレーネが口を開いた。「もうすぐ、マダム・ヴィクトリアのお店の方たちがいらっしゃるので、こちらでお待ちしておりました。そこへジャックさんが声をかけて下さったのです」正直に答えるイレーネの言葉にルシアンの眉が上がる。「な、なるほど……それ
last updateLast Updated : 2025-02-24
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56話 渦中の人

 10時半――「どうもありがとうございました」イレーネは、マダム・ヴィクトリアの荷物を部屋まで運んでくれた2人の男性店員にお礼を述べる。彼らはルシアンとリカルドが屋敷を出たのと、入れ替わるように商品を届けに訪れたのだ。「いいえ。それではこれからもまた当店をご贔屓にお願いいたします」「いつでもご来店、お待ちしておりますね」男性店員達は笑顔で挨拶する。「はい、こちらこそどうぞよろしくお願いいたします」イレーネも丁寧に挨拶を返すと、店員たちはお辞儀をすると部屋を出て行った。――パタン扉が閉ざされ、部屋にひとりになるとイレーネはテーブルの上を見た。そこには先程届けられた品物が入った箱や紙袋が全部で10個ほど乗っている。「さて、それでは品物の整理を始めようかしら」イレーネは腕まくりをすると、すぐに荷物を解き始めた――****ボーンボーンボーン12時を告げる鐘が部屋に鳴り響く頃、ようやくイレーネは荷物整理を終えた。「ふぅ……すごい量だったわ。こんなに沢山買い物をしたことなど無かったものね。それにしても、時間が経つのは早いのね。もう12時だなんて」その時――キュルルルル……イレーネのお腹から小さな音が鳴る。「そう言えば、お昼の食事はどうなってるのかしら……? 私は頂くことが出来るのかしら?」使用人の手伝いを断っているイレーネ。リカルドが不在の時は食事が提供されるのかどうかが不明だった。貴族令嬢ながら、貧しい生活をしていたイレーネは使用人に頼み事をするという考えが念頭に無かったのである。「お昼を出して下さいとお願いするのは図々しいわよね……かと言って厨房を借りるのもおかしな話かもしれないし……。それなら外食に行きましょう」幸い、イレーネには前払いしてもらった給金がある。「早速出かけましょう。ついでに生地屋さんを見てきましょう」イレーネは外出の準備を始めた――**** 一方、その頃厨房では使用人たちが集まり、揉めていた。「だから、私がイレーネ様の食事を届けに行くって言ってるでしょう!?」1人のメイドが金切り声を出す。「いや! 俺だ! 俺がイレーネ様の食事を届ける!」フットマンが喚く。「何言ってるんだ!? お前は今日は薪割りの仕事だっただろう? 俺が行く!」「そっちこそ、何言ってるのよ! 中庭の掃除、終わってないで
last updateLast Updated : 2025-02-25
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57話 意外な場所で

――13時過ぎイレーネは青年警察官に案内されたパン屋の前に立っていた。色々食事処を探し回ったのだが、『コルト』の町に比べて割高だった。そこで、パン屋でパンを買うことにしたのだ。「確かこのパン屋さんでは飲み物も売っていたし、店内にはカウンター席もあったわよね」自分に言い聞かせると、イレーネはパン屋の扉を開けた――「あの、お隣の席よろしいでしょうか?」バゲットサンドとホットコーヒーが乗ったトレーを手にしたイレーネ。壁際に一つだけ空いていたカウンター席を見つけ、隣に座っていたジャケット姿の青年に声をかけた。「ええ、どうぞ」青年はイレーネの方を向き、返事をする。「ありがとうございます」お礼を述べると、イレーネは早速カウンター席に着席してバゲットサンドを口にした。(フフフ……やっぱりここのパン屋さんはとても美味しいわね。路地裏にあるのに、こんなに美味しい店があるなんて……ここは穴場ね)そんなことを考えながらバゲットサンドを食べていると、不意に隣の青年から声をかけられた。「あの……すみません」「はい?」口の中のパンを飲み込むと、イレーネは返事をして振り向いた。すると、その青年は何故かじっとイレーネを見つめている。「あの……? 何か?」「い、いえ。ひょっとすると……マイスター家に案内した方ではないかと思いまして。そうですよね? 僕のこと、分かりますか?」「え……?」イレーネは青年を凝視し……思い出した。「あ! あなたは……お巡りさん!?」「ええ、そうです。良かった、人違いじゃなくて」青年は笑みを浮かべる。「申し訳ございません、気づくのが遅れてしまいました。その節は大変お世話になりました」「いえ、制服を着ていないですからね……気付かなくても当然ですよ」青年は恥ずかしそうに笑う。「そういえば、お巡りさん。本日は制服を着ていらっしゃらないのですね?」「ええ。今日は非番なんです。それで食事をしに、この店に来ていたんですよ」青年のテーブルにはトレーに乗ったコーヒーと、空の皿が置かれている。「そうだったのですね。ここのパン屋さんはとても美味しいですから。それで私も食事に来たのです。でもまさかお巡りさんにお会いするとは思いませんでした」すると、青年はためらいがちに言った。「あの……今日は非番なので……その、『お巡りさん』と言うの
last updateLast Updated : 2025-02-25
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58話 騒ぎ、そして沈下

「イレーネさん、こちらが布地屋さんですよ」先程のパン屋から5分程歩いた先にある、店の一角でケヴィンは足を止めた。オレンジ色のレンガ造りの建物の窓からは沢山の生地が反物として売られている様子が見える。「まぁ、何て種類が豊富なのでしょう。『コルト』の店とは大違いだわ」窓から店内を覗き込むイレーネ。その様子を微笑ましげにケヴィンは見つめている。「ケヴィンさん。折角お仕事がお休みなのに、道案内までしていただいてありがとうございます」ケヴィンを振り返ると、イレーネは笑顔で感謝の言葉を述べた。「いいえ、これくらい警察の仕事とは関係ありませんよ。それにここまで来る道のり、色々お話ができて楽しかったです」「こちらこそ商店街のお店を色々教えてくださり感謝しております」「では、僕はそろそろこの辺で失礼しますが……帰りの道は分かりますか?」少しだけ心配そうに尋ねるケヴィンにイレーネは元気よく答える。「ええ、勿論大丈夫です。こう見えても、歩くのには慣れているので道を覚えるのは得意なのですよ?」「そういえば、初めて会ったときもマイスター家まで歩いて行こうとしていましたね?」「そうでしたね。でも御安心下さい、今は辻馬車を使用しておりますので。でも、いつでも歩く覚悟はできていますから」胸を張って答えるイレーネにケヴィンはクスクスと笑う。「……本当に、あなたは面白い方ですね。それなら大丈夫そうですね。では失礼します」「はい、ケヴィンさん」ケヴィンは踵を返し、数歩歩いたところで振り返った。「イレーネさん」「はい?」「……また何か困ったことがあれば、交番でお待ちしておりますね」「分かりました、ありがとうございます」笑顔で手を振るイレーネに、ケヴィンは少しだけ口元に笑みを浮かべると帰っていった。「フフフ……どんな生地が売られているのかしら?」ケヴィンを見送ると、イレーネはウキウキしながら店の扉を開けた――****その頃、マイスター家では――「こうなったのはお前たちのせいだぞ!」主不在の厨房に料理長の怒声が響き渡る。そして、シュンと俯く十数人の使用人たち。「お前たちがさっさとイレーネ様に食事を提供しないから、何処かへ出かけられたのだ。こんなことがルシアン様の耳に触れたらどうする! 俺だって叱責されてしまうだろう!」「申し訳ありません……」「私
last updateLast Updated : 2025-02-25
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59話 馬車を止めろ!

 16時――「やっと商談が終わりましたね」馬車の中でリカルドがルシアンに話しかけてきた。「……ああ、そうだな」馬車の窓から外を眺めながら憮然とした表情で返事をするルシアン。「ルシアン様……先ほどの話、まだ気にされているのですか?」「当然だろう? 今度お会いするときは執事ではなく、奥様を同伴して来られることを期待しておりますよ。などと言われたのだからな。絶対に彼も祖父の回し者に違いない」「ルシアン様、やはり本来同伴するのは私では無かったのですね? だとしたら、すぐにでもイレーネさんを婚約者として現当主様に紹介されるべきではありませんか?」「ああ、そうなのだ。分かってはいるのだが……若干、彼女については不安なことが……ん! おい! 馬車を止めてくれ!」ルシアンの顔色が変わり、御者に命じる。「ど、どうしたのですか? ルシアン様!」突然顔色を変えて馬車を止めたルシアンに驚くリカルド。「……彼女だ!」ルシアンは馬車の扉を開けた。「え? 彼女? 誰です?」「イレーネのことに決まっているだろう!」大きな声で答えると、ルシアンは慌てて馬車から飛び降りると駆け出していく。「ルシアン様!」リカルドも慌てて馬車から降りるとルシアンの後を追う。「くそ! 一体イレーネは何をやってるんだ!?」ルシアンの視線の先には大量の荷物抱えて歩くイレーネの姿があった。しかも両肩からも荷物がぶら下がっており、町を歩く人々は奇異の目で彼女を見ている。細い身体でフラフラと歩くイレーネは見るからに危なっかしい。「イレーネ!!」ルシアンは大声で名前を呼んだ。「え? キャア!!」突然名前を呼ばれたイレーネはバランスを崩して転びそうになった。「危ない!!」ルシアンは咄嗟に背後からイレーネを支え、彼女が手にしていた荷物がドサドサと足元に落ちる。「あ……ルシアン様? お仕事はもう終わったのですか?」抱き留められながらイレーネはルシアンを見上げる。「ああ、先程終わったところ……じゃなくて! 一体君は何をしていたんだ!? 女性がこんなに沢山の荷物をひとりで抱えて歩くなんて……! 危ないじゃないか!」そこへリカルドも追いつき、イレーネが持っていた大量の荷物を見て目を見開く。「イレーネさん……まさか、たった1人でこの荷物を持って歩いていたのですか?」「はい、そうで
last updateLast Updated : 2025-02-25
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60話 驚く2人

「イレーネ、この荷物……中に一体何が入っているんだ? 中々の重さだったのだが?」ルシアンが隣の席に座るイレーネに尋ねる。ちなみに床の上にも、向かい側に座るリカルドの隣にも荷物が置かれている。「ルシアン様、あまり女性の荷物の中を知ろうとするのは……いかがなものかと」小声でリカルドに咎められ、軽はずみな質問をしてしまったことに気付くルシアン。「あ……ゴホン! そうだったな。すまない……野暮なことを尋ねてしまって。(そうだったよな……仮にも女性、男性には知られたくない買い物だってあるだろうし……デリカシーに欠ける質問をしてしまった)すぐに反省するルシアンだったが、イレーネからは予想外の言葉が飛び出す。「まぁ、よくぞ聞いて下さいましたわ。まずはどうぞご覧下さい」イレーネは足元に置かれた紙袋の中から購入した品を取り出した。「……これは……布地か?」水色の光沢のある生地を手にしたルシアンが尋ねる。「はい、そうです。色々な布地がおいてあって、どれも目移りしてしまってつい、色々な布地を買い過ぎてしまいました。今からどのような服を縫おうか、考えるだけで楽しみです」ニコリと笑うイレーネ。「何だって? それではここにある荷物は全て布地なのか?」ルシアンは馬車に置かれた荷物を見渡した。「ええ、勿論です。布ってまとめ買いすると、結構重たいものですね。こんなに一度に沢山買ったことは無かったので意外に重くて、運ぶのに苦労していたところだったのです。本当に馬車に乗せて頂き、ありがとうございます」「「……」」そんなイレーネをルシアンとリカルドは呆れた目で見る。2人がかりで馬車にこれらの荷物を運ぶだけでも重くて大変だったのに、それをイレーネはたった1人で抱えて歩いていたからだ。(さすがはイレーネさん。本当に知れば知るほど奥が深い方だ)(信じられん……こんな細い身体の何処にあんな力があるのだ? だが、1年間の契約とはいえ、仮にもマイスター家の嫁になるのだから自覚をしてもらわなければ)そこでルシアンはイレーネを説得することにした。「と、とにかくだ。今度から買い物に行く時は誰か人を連れて行くように。仮にもそんな身なりで大量の荷物を抱えて歩いていれば周囲から目立って仕方がないからな」「あ……言われて見れば確かにそうですね。申し訳ございません……私が浅はかでした」
last updateLast Updated : 2025-02-26
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