All Chapters of はじめまして、期間限定のお飾り妻です: Chapter 21 - Chapter 30

45 Chapters

21話 宿と食事と

「まぁ……。私のような者の為に、このように素敵な部屋を貸していただけるなんてまるで夢のようですわ」イレーネはルシアンとリカルドに案内された客室に入るなり、目を見開いた。高い天井、落ち着いた壁紙には風景画が飾られている。部屋に置かれたベッドも家具も全て高級な物だった。「そうですか? そんなに気に入って頂けましたか?」リカルドは笑みを浮かべる。「ええ、勿論です。むしろ、勿体ない程ですわ。私ならその辺の納戸でも良いくらいですし、廊下で寝ても構わない程なのですから」「き、君は一体何を言ってるんだ!?  客人にそのような粗末な扱いなど出来るはずないだろう!?」あまりの言葉にルシアンの声が大きくなる。「落ち着いて下さい、ルシアン様。そのような大声を出されてはイレーネさんが驚かれてしまいます」しかし、当のイレーネは全く動じない。「いいえ、大丈夫ですわ。その程度の声が大きいとは少しも思いませんので。実は、私も少し喉に自信がありまして……なんでしたら今ここで大きな声を上げてみましょうか?」その言葉にルシアンは慌てた。「いい! わ、分かった! そんな真似はしなくていい!」「……そうですね……。私が大きな声で叫べば、皆様を驚かせてしまいますね。失礼いたしました」少し残念そうに謝罪するイレーネ。「いや、別に謝ることはない」「本当にイレーネさんは面白い方ですね」眉間にシワを寄せるルシアンに対し、笑顔のリカルド。「とにかく、君は客人なのだ。この部屋は好きに使っていい。それと……今夜は夕食を共にしよう。今後のことで、まだまだ話をしなければならないことがあるからな」「まぁ! お、お夕食ですか……? こ、この私に……?」目を見開き、口元に両手を当てるイレーネ。「あ、ああ……そうだが……?」戸惑いながらもルシアンは頷く。「先程美味しいサンドイッチを頂いたばかりなのに……まさか、お夕食まで出していただけるなんて……本当にお言葉に甘えてよろしいのですか?」「君はいちいち大袈裟な人だな……夕食を提供するぐらい、別にどうということはないだろう?」「いいえ、それでも私にとっては身に余る光栄です。何から何まで、ありがとうございます」ニコニコと笑みを浮かべるイレーネ。ルシアンはイレーネの置かれた状況をまだ何も知らない。そこまで踏み込んだ話をリカルドから聞かさ
last updateLast Updated : 2025-02-03
Read more

22話 ちぐはぐ? な食事会

 19時―― 書斎でルシアンとイレーネはテーブルに向かい合わせで着席していた。「ほ、本当に……こちらのお料理を頂いてもよろしいのでしょうか?」イレーネは並べられた豪華な食事とルシアンの顔を交互に見ながら尋ねる。数えただけで料理の種類は7種類もあった。「勿論だ。……本来なら、ここでワインでもつけるところだが……今夜は大事な話があるから、悪いがアルコールは無しだ」「ワインだなんて……! とんでもありません! 私はお水で結構ですので、どうぞお気遣いなさらないで下さい。まぁ……グラスが素敵だと、普段のお水もとても美味しそうに見えますね」イレーネはグラスに注がれた水を見つめ、そんな彼女を呆れた様子で見つめるルシアン。「イレーネ様……なんと、健気な……それ程までに御苦労されていたのですね……」ある程度の事情は把握しているリカルドが給仕の手を止めて、ハンカチで目頭を抑える。「一体、何なんだ? この雰囲気は……まぁいい。食事を始めようか?」額に手を当て、ため息をつくとルシアンはイレーネに食事を勧めた。「はい! ありがとうございます!」元気に返事をすると、イレーネは早速フォークとナイフを手にした。「ふ〜ん……」イレーネが食事をする様子を観察しながら、ルシアンも料理を口に運ぶ。(少々……というか、かなり風変わりな女だと思っていたが……テーブルマナーは完璧だな。シエラ家なんて貴族は聞いたこともないが、それなりに教育は受けてきたのかもしれない)イレーネを育ててくれた祖父は、彼女がどこへ行っても恥じないように貴族令嬢の行儀作法を身につけさせた。それだけではなく、貧しいながらも学校にも通わせてくれたのだった。「早速だが、イレーネ嬢。食事をしながらで構わないので話をさせてくれ」ルシアンが声をかける。「はい、マイスター伯爵様」笑みを浮かべて返事をする。「リカルドの話によると、君は婚姻届に迷わずサインしたと言うが……本当に構わないのか? この結婚は正式なものではない。期間限定の結婚で、1年後には離婚するんだぞ?」「はい、伺っております。毎月30万ジュエルのお給金を頂ける上、退職金、それに家のプレゼント。そして次の就職先の紹介状まで書いて頂けるのですよね?」「は? 君は一体何を言ってるんだ? 俺はそんなことを聞いているわけじゃない。俺と婚姻して離婚をする
last updateLast Updated : 2025-02-04
Read more

23話 食事会、その後

 食事会の後――イレーネを先程の客室まで案内してきたリカルドが尋ねてきた。「イレーネさん。着替えの用意はあるのでしょうか?」「着替えですか? いいえ、ありません。もともと日帰りの予定でしたから」「ああ!  そうでしたよね!」突如、リカルドが顔を両手で覆い隠した。「あの……リカルド様? どうされましたか?」「申し訳ございません……私を5時間も待っていたせいで、汽車に乗って帰ることが出来なくなってしまったのですよね……? 切符も無駄にさせてしまいましたが……御安心下さい!」突如、リカルドは顔を覆っていた両手を外した。「本日は日当として、イレーネさんに3万ジュエルをお支払い致しましょう。5時間も待たせてしまったお詫びと、汽車代として明日お渡ししますね」「3万ジュエルですか!? ほ、本当にそんなに沢山頂けるのでしょうか?」イレーネの顔が興奮のあまり、赤くなる。「ええ、私の言葉に二言はありません」「ありがとうございます! これで辻馬車を使うことが出来ます」実は今までイレーネは口にはしなかったが、両足に豆ができていたのだ。その足で長距離を歩かなくてすむのだから。「イレーネさん……本当に……うう……あなたという女性は……苦労人だったのですね……」リカルドの目がウルウルし始めた。イレーネに出会ったことで彼は涙もろい青年になっていたのだ。「いいえ、苦労だなんて思っていません。世の中にはもっと苦労している人々が大勢いるのですから。それに本日は最高の仕事に就くことが出来たのですから。今、とても幸せな気分です」あくまで前向きなイレーネ。「イレーネさん……絶対に、1年後……素晴らしい就職先を探してさしあげますね?」「ありがとうございます。リカルド様」そのとき、リカルドはあることを思い出した。「あ、そういえば……着替えの用意が無かったとお話されておりましたよね?」「ええ、そうです。でも平気です。1日くらい同じ服を着ていても」「いいえ、そういう訳にはまいりません。……そうですね。すぐに戻ってまいりますので少しお待ち下さい」リカルドは何かを考えた様子で返事をすると、足早に部屋を出ていった。「……足も痛むし……少し座って待たせていただきましょう」イレーネは客室に備え付けのソファに腰掛けると、静かに待っていた。5分ほど待っていると、大きな衣装ケ
last updateLast Updated : 2025-02-05
Read more

24話 主と執事

 翌朝、6時にイレーネは目が覚めた。「う〜ん……やっぱり、寝心地の良いベッドはいいわね。面接を受けに来ただけなのに、こんな風におもてなしを受けるとは思わなかったわ」ベッドの上で伸びをすると、イレーネは足裏に出来た豆の具合を見た。「……押すとまだ痛いけど、これくらいなら大丈夫そうね」持っていた端切れで手早く足の手当をすると、イレーネは早速昨夜用意してもらったデイ・ドレスに着替え始めた――****――7時約束通り、客室に迎えに来たリカルドと共に2人は誰もいない廊下を歩いていた。「誰もいませんね……?」辺を見渡しながら、イレーネが前を歩くリカルドに尋ねた。「ええ。ルシアン様の言いつけで、この時間他の使用人たちは別の場所で仕事をしています。その……まだイレーネ様を人目につかないように誘導するように言われておりますので」リカルドが言いにくそうに説明する。(どうしよう……気分を害されたりはしていないだろうか……?)心配になったリカルドはチラリとイレーネの様子をうかがう。「なるほど、確かにそうですね。ルシアン様から私のことが正式発表されるまでは、誰にも見られないほうが良いですね」「そうですか? ご理解して頂きありがとうございます」イレーネが全く気にする素振りもなく返事をしたことで、リカルドは安堵のため息をついた。「ところで……イレーネさん」「はい、何でしょう?」「そのデイ・ドレス……良くお似合いですよ?」「本当ですか? ありがとうございます。サイズも丁度良かったみたいです。こんなに素敵なドレスを貸して頂き、感謝しております。後日、きちんとクリーニングしてお返しいたしますね」その言葉に慌てるリカルド。「いえ! そんなことなさらなくて大丈夫です! こちらで洗濯は致しますので」「ですが……それでは申し訳なくて……」「本当に気になさらないで下さい。あ、書斎に到着しましたよ。お待ち下さい」リカルドは扉の前に立つと、ノックした。――コンコン「ルシアン様。イレーネさんをお連れしました」『入ってくれ』扉の奥でルシアンの声が聞こえる。「失礼いたします」リカルドが扉を開けると、すでに部屋ではルシアンがテーブルに向かって座っていた。「おはよう、イレーネ嬢。良く眠れたか?」「おはようございます、ルシアン様……あ、いえ。マイスター伯爵様。
last updateLast Updated : 2025-02-06
Read more

25話 驚くルシアン

 朝食後――イレーネとルシアンは2人きりでリカルドが淹れてくれた紅茶を飲んでいた。「ルシアン様、一晩の宿と食事まで用意して頂きありがとうございました。これから1年間、誠心誠意を込めてお仕えさせていただきます」背筋を伸ばしたイレーネは真剣な眼差しでルシアンを見つめる。「そうか? ではマイスター家の現当主である俺の祖父に会う際は、しっかり妻の役を演じてもらうぞ? 祖父の信頼を得られて、俺が正式な後継者に相応しいと認められた暁には臨時ボーナスに、さらに給金を上乗せしよう」「本当ですか? ありがとうございます! ルシアン様が後継者になれるように私、精一杯頑張ります!」お金の話になると、遠慮が無くなるイレーネ。それだけ彼女は追い詰められていたのだ。「そ、そうか? ……今まで悪いと思って聞かなかったが……ひょっとすると、君はお金に困っているのか?」「え、ええ……そうなのです……お恥ずかしいお話ですが……」イレーネはうつむき加減に返事をする。「まぁ……普通に考えれば、お金の為に契約結婚に同意するような女性はいないだろうな。何しろ離婚歴がある女性は男性からの評判は…落ちるからな。今後再婚するのも難しくなるだろう…」少しだけ罪悪感を感じるルシアン。だからと言って本当の伴侶を持つ気など、彼には一切無かった。「そのような御心配はしていただかなくても大丈夫です。私の結婚のことで気をもむような身内は誰もおりません。もとより、私のような落ちぶれた貴族を妻に望む男性はいるはずもありませんから。第一、私と結婚しては相手の方に借金を背負わせてしまうことにもなりますので」堂々と自分のことを語るイレーネは、ルシアンの目に新鮮に写った。「唯一の肉親を亡くしていることはリカルドから聞いていたが……君には借金があったのか?」「はい……元々シエラ家は貧しい男爵家だったのですが、祖父が病に倒れてからはお医者様に診ていただくために増々借金が増えてしまったのです。なので本当に今回の雇用には感謝しているのです。借金返済の為に、屋敷を手放そうと考えておりましたので。ルシアン様とリカルド様のお陰で宿無しにならずにすみました。本当にありがとうございます」再び御礼の言葉を述べるイレーネ。だが、その話はルシアンにとって、あまりにも衝撃的だった。「な、何?! それでは君は実家を失うということか?
last updateLast Updated : 2025-02-07
Read more

26話 執事とルシアンの会話

9時―― ルシアンは書斎でリカルドに尋問していた。「全く……お前は、どうして肝心なことを言わない? イレーネ嬢に借金があって、住む場所も無くしそうだということを何故黙っていた?」「申し訳ございません。ただ、こちらは非常にデリケートな話でありまして……私はイレーネさんのマイナス評価になりそうな部分を伏せておきたかったのです。プライバシーの問題でもありましたし。いずれ、ご本人の口からルシアン様に告げられるだろうと思いましたので……」その言葉にルシアンはため息をつく。「……別に、そんなことで彼女の評価を下げたりなどしない。遊んで自ら借金を作ってしまうような女性では無いことくらい、見て分かったしな」すると、リカルドが意味深な笑みを浮かべる。「おやぁ……ルシアン様。もうイレーネさんの人となりが分かったような口ぶりですね?」「な、何だ? その顔は……?」「いえ、何でもありません。ですが……素敵な女性だとは思いませんか? 外見もさることながら、性格も」「……だが、所詮は女だ」ルシアンは視線をそらせる。「ルシアン様、ですが……」「それよりもだ! どういうことだ? 何故彼女があのドレスを着ていたのだ?」「それは、イレーネさんが着替えを持ってきていなかったからです。でもよくお似合いでした。そうは思いませんでしたか?」「そんなことはどうでもいい。俺が言いたいのは、何故彼女にあのドレスを用意した? 他にも女性用の服があるはずだろう?」リカルドを睨みつけるルシアン。「あるのかもしれませんが、女性用の服を管理しているのはメイド達です。彼女たちに用意させられるわけにはいきませんでした。私が準備できたのはあの方が残されたドレスだったからです。その管理を任せたのはルシアン様ではありませんか」「あれは別に保管しろという意味で言ったわけじゃない。全てお前に任せるという意味で託したんだ。そこには捨てておけという意味だってあるだろう?」「そんな……私の独断であの方のドレスを捨てるなど出来るはず無いではありませんか。捨ててほしかったなら、はっきりそう仰って下さい」「……もういい! この話は終わりだ。それで、今肝心のイレーネ嬢はどうしている?」書類の山に目を通しながらルシアンは尋ねた。「はい、『コルト』へお戻りになられました。2日後に必ず戻ってまいりますと話されてお
last updateLast Updated : 2025-02-08
Read more

27話 昨日のお礼

 ガラガラと走り続ける辻馬車の中で、イレーネは窓から外の景色を上機嫌で眺めていた。「もうすぐ、私はこの町に住むことになるのね……1人で行動できるように道を覚えておかなくちゃ。フフフ……それにしても夢みたいだわ。田舎者の私がこんな大都会で暮らすことになるなんて。本当にリカルド様とルシアン様には感謝をしないと」イレーネの心はこれからの新生活に浮き立ち……駅に辿り着く迄の間、ずっと窓の外を注視し続けるのだった。 馬車が駅前広場に到着したのは9時半を過ぎていた。「どうもありがとうございました」御者に馬車代、1500ジュエルを支払うとイレーネは駅前に降り立つ。「昨日も感じたけど、土ぼこりが立たない町というのは新鮮ね。おかげで、お借りしたドレスが汚れなくて済むもの」イレーネは自分の着ているドレスを見ると、次に手帳を取り出した。ここには時刻表が記されている。昨日この駅に降り立った時に、彼女が事前に時刻表をメモしておいたのだ。「今が9時半だから……次の汽車まで後1時間くらいあるわね……どこかでお昼でも買っておこうかしら……あら? あの方は……?」噴水前で、昨日イレーネをマイスター家まで連れて行ってくれた青年警察官が年老いた老人に道を教えている姿が目に入った。「そうだわ、折角なので昨日のお礼を伝えましょう」そこでイレーネは少し離れた場所で、道案内が終わるのを待つことにした。やがて老人は道が分かったのか、お辞儀をすると背を向けて去って行く。「道案内が終わったようね」すると、青年警察官の方がイレーネの視線に気付いた様子で近付いてきた。「あの……もしやあなたは……?」「こんにちは、お巡りさん。昨日はお仕事中なのに、私をマイスター伯爵家まで連れて行っていただき、心より感謝いたします」笑顔で挨拶するイレーネ。「ああ、やっぱりあなただったのですね。見事なブロンドの髪だったので、もしやと思ったのですが。もしかして、今から帰るのですか?」「はい、そうです。でも、2日後にはここに戻ってまいりますが」「え? そうなのですか?」その言葉に目を丸くする警察官。「はい。私、この町で暮らすことが昨日決まったのです。なので、これからまたどこかでお世話になることがあるかもしれませんね? その時はまたどうぞよろしくお願いいたします。お巡りさん」「そうですね。困ったことが
last updateLast Updated : 2025-02-09
Read more

28話 幼馴染と婚約者候補

 汽車に乗って3時間後――『コルト』の駅に降り立ったイレーネ。「今の時刻は13時半ね……ルノーは弁護士事務所にいるかしら?」イレーネは屋敷を処分する法的手続きをルノーに頼もうと考えていたのだ。「ルノーがいなくても、誰かしらいるかもしれないものね。とりあえず訪ねてみましょう」そしてイレーネは豆が出来た足を引きずるように、ルノーが勤務する弁護士事務所に向かった――**** 駅から大通りを歩いて10分程の場所にルノーが勤務する弁護士事務所はあった。イレーネは扉の前に立つと、早速ノックをした。――コンコン「はい、どちら様でしょうか? え!? イレーネ!?」扉を開いたのは偶然にもルノーだった。「まぁ、ルノー。丁度良かったわ。あなたに頼みたいことがあったのよ」笑みを浮かべる。「イレーネ、な、何故ここに……!? いや、それよりも一体昨日はどうしたんだ? 仕事の終わった後、君の家に行っても留守だったじゃないか。あのとき、どれだけ俺が驚いたと思っているんだ?」ルノーは余程心配していたのか、矢継ぎ早に質問してくる。「待って、落ち着いてちょうだい。ルノー、実はあなたにお願いしたいことがあるのよ」「お願い? 俺に?」「ええ、実は……」その時――「ルノー。誰かお客様なの?」部屋の奥で声が聞こえ、ウェーブのかかったブラウンの髪の若い女性が現れた。「あ! クララ……」ルノーがうろたえた様子で女性の名を呼ぶ。クララと呼ばれた女性はイレーネを見ると眉をひそめて話しかけてきた。「あの、失礼ですがどちら様ですか? ここはジョンソン弁護士事務所ですけど? お客様でしょうか?」「い、いや。彼女は……客ではなく……」「はい、客です。本日は幼馴染のルノーに用事があって、訪ねました」言葉を濁すルノーに代わり、イレーネが返事をする。「え……? 幼馴染……? まさか、あなたはイレーネ・シエラ様ですか?」「はい、そうです。もしかしてルノーから私の話を聞いているのですか?」笑顔でクララに尋ねるイレーネ。「ええ、少しだけなら。……そうですか。あなたがあの、イレーネ様なのですね。それで、一体今日はルノーに何の用があるのですか?」「はい、それは……」そこへルノーが二人の間に割って入ってきた。「イレーネ、実は今急ぎの仕事で忙しいんだ。また今度にしてもらってもい
last updateLast Updated : 2025-02-10
Read more

29話 幼馴染への頼み

14時過ぎにイレーネは自分の屋敷に到着した。「やっぱり、馬車を使うと楽ね~。だけど、こんなに贅沢したら今にバチが当たってしまいそうだわ」質素倹約を心がけているイレーネにとって、馬車を使うことはとても贅沢なことであり、後ろめたい気分にもさせてしまう。「でも、これは足の裏に出来た豆のせい……そう、やむを得ずのことよ」イレーネは自分にそう言い聞かせると扉を開けて屋敷の中へ入り、早速荷造りの準備を始める為に自室へ向かった。「とりあえず、まずはこの服を着替えなくちゃね。片付けの最中に汚したり、破いたりしたら大変だもの。きっと今の私には弁償も出来ないくらい高級ドレスに違いないものね」そこでイレーネは衣装箱から自分の粗末な服を取り出すと、早速着替えを始めた――**日が暮れ始めた頃――「ふぅ……荷造りはこんなものかしら?」荷造りを終えたイレーネは椅子に腰掛けると、ため息をついた。彼女がマイスター伯爵家に持っていく荷物はトランクケース2つ分だけだった。一つは今自分が持っている全ての服。もう一つには祖父の形見の品や、2人の思い出の写真。そして数冊の本。「それにしても、持っていく荷物がたったこれだけだったなんて……こんなことなら1日もあれば準備なんて十分だったかしら?」そこまで考えていたとき……――コンコンがらんどうな屋敷の中に、ドアノッカーの音が響き渡った。「多分、ルノーね」イレーネは椅子から立ち上がると、玄関へ向かった。扉についているドアアイを覗き込むと、やはり訪ねてきたのはルノーだった。「いらっしゃい、ルノー」イレーネは扉を開けた。「良かった……今日はちゃんといてくれたんだな? 本当に昨夜は驚いたよ。訪ねても君がいないんだものな。驚きで心臓が止まるかと思った」「大袈裟ね、ルノーは。どうぞ入って」クスクス笑いながらイレーネはルノーを屋敷に招き入れた。「それで、俺に大事な話って何だ? いや、その前に昨夜一体何があったんだ? どこにいたんだよ」椅子に座るなり、ルノーは矢継ぎ早に質問してくる。「ルノーはせっかちねぇ。はい、まずはお茶でもどうぞ」イレーネは淹れたての紅茶をテーブルに置くと、自分も向かい側の席に座った。「あ、ああ。ありがとう」気を落ち着かせるためにルノーは紅茶を口にする。「ルノー。あなたは私の幼馴染であり、弁護士で
last updateLast Updated : 2025-02-11
Read more

30話 説得

「け、結婚て……ウッ! ゴホッ! ゴホンッ!!」あまりにも驚きすぎたルノーは紅茶を飲んでいたことも相まって、激しく咳き込んだ。「大変! 大丈夫? ルノー!」イレーネは慌ててルノーの背後に回ると背中をさする。「イ、イレーネ……結婚するって……どういうことなんだよ?」ルノーはイレーネの手首を握りしめた。「ルノー」「何だ?」「もう咳は治まったの?」「ああ、お陰様でな。だから話を聞かせてくれ」「ええ。分かったわ。でもその前に……」「何だ?」「手、離してもらえるかしら?」イレーネはにっこり笑った――**――30分後「つまり……君はメイドの求人を見て、マイスター伯爵家を訪れたものの、そこの当主に見初められて、結婚することになったと言うわけか?」青白い顔で、左手を額にあてたルノーがため息をつく。「ええ、そうなの」「その話、嘘じゃないんだろうな?」ルノーはニコニコと笑みを浮かべているイレーネの目をじっと見つめる。「ええ、嘘では無いわ。その方は私にこう、言ったもの。『君は完璧な存在だ!』って」リカルドに言われた言葉を少々脚色して伝えるが、ルノーは明らかに不審な目を向けてくる。「どうも怪しいんだよな……弁護士の俺に嘘はつかないほうがいいぞ?」「ええ。分かっているわ。だって嘘なんかついていないもの」そう、イレーネは嘘はついていない。ついていないが、本当の話でもない。「……分かったよ。それでイレーネは出会ったばかりのマイスター伯爵の求婚を受けたって訳だな? しかも、すぐにでも結婚する約束をして?」「そうなの。私が借金を抱えていて、住む場所を失ってしまうところだと説明したの。そうしたらとても心配してくれて、すぐにでもマイスター伯爵家に嫁いでくるように言われたのよ。だから今日は荷物整理と屋敷を処分する為に帰って来たの」「イレーネ! ちょっと待ってくれよ! もしかして、その伯爵と結婚するのは住む場所が無くなるからなのか?」ガタンと音を立てて席を立つルノー。「落ち着いて、ルノー。まずは座ったら?」「……」不満げな表情を浮かべながらも、ルノーは席に座った。「とにかく、もし結婚の決め手が住む場所を失うからだって言うならそんなこと心配する必要は無い。俺の実家で暮らせばいいじゃないか? 父さんも母さんもイレーネのことを歓迎するぞ?」「ル
last updateLast Updated : 2025-02-12
Read more
PREV
12345
Scan code to read on App
DMCA.com Protection Status