はじめまして、期間限定のお飾り妻です のすべてのチャプター: チャプター 11 - チャプター 20

45 チャプター

11話 面接の希望

 リカルドは今、応接間の扉の前に立っていた。「まさか……本当に、この中で私を待っているのだろうか……?」ゴクリと息を呑み、リカルドは扉をノックした。――コンコン「……」少しの間、待ってみるが何も反応は無い。「やはり、いないのだろうか?」念の為にもう一度、今度は声をかけながらノックすることにした。――コンコン「失礼いたします」けれど、やはり反応は無い。「何だ、やはりもう帰っているのか」胸をなでおろしながら、リカルドは扉を開け……目を見開いた。「え!?」太陽が差し込む部屋の中に、ソファに座ったまま居眠りをしているイレーネの姿がリカルドの目に飛び込んできた。「こ、この方は……一体……?」リカルドは驚きながら、応接間の中に入った。居眠りをしているイレーネのブロンドの髪が太陽の光に照らされてキラキラと輝いている。その姿はまるで天使のように見えた。(まさか、本物の天使では無いよな……?)そこで恐る恐るイレーネに声をかけた。「あの……御令嬢?」それでもイレーネは目を覚まさない。「すみません、御令嬢」困ったリカルドは再度、イレーネに声をかける。すると――「ん……」長い睫毛を震わせ、イレーネがゆっくり目を開けた。目を覚ましたばかりの彼女は半分寝ぼけている。突然目の前に現れたリカルドに驚くこともなく、挨拶をした。「……あら……どうも、こんにちは……」「ええ、こんにちは。私をお待ちだったとフットマンから聞いたのですが……それは本当のことでしょうか?」そしてリカルドは笑みを浮かべる。「えっと……?」そこでイレーネはようやく頭がはっきりし、慌てて立ち上がると謝罪の言葉を口にした。「あ……! このお部屋の居心地があまりに良かったものですから、うたた寝をしてしまいました。大変申し訳ございません!」「いえ、それは私がお待たせしてしまったからですよね? それで……どのくらい、お待たせしてしまったでしょうか……?」リカルドは恐る恐る尋ねた。「そうですね……? 5時間程でしょうか……?」「ええ!! 5、5時間ですか!! そ、そんなにお待たせしてしまったのですか!?」あまりのことに、リカルドは身体がのけぞるほどに驚く。けれど、イレーネは気にもとめずに話しかけた。「あの、もしや……あなたがリカルド・エイデン様でしょうか?」「え、
last update最終更新日 : 2025-01-24
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12話 面接

「あの、どうかしましたか?」イレーネはリカルドに見つめられ、首を傾げた。「い、いえ。何でもありません。それでは遅くなりましたが、面接を行いましょうか? どうぞ、もう一度お掛け下さい」「はい、それでは失礼いたします」丁寧に返事をすると、イレーネは再びソファに腰掛けて背筋を伸ばす。その様子を見届けるとリカルドも向かい側のソファに腰掛けた。「それではまず紹介状を見せていただけますか?」「はい、どうぞ」イレーネはショルダーバッグから封筒に入った紹介状を取り出すと、テーブルの上に置いた。「それでは拝見いたします」開封すると、リカルドは紹介状にじっくり目を通し……顔を上げた。「なるほど、イレーネさんは男爵令嬢なのですね?」「はい、そうです。ですが……お恥ずかしいお話ではありますが、男爵とは名ばかりです」その言葉にリカルドは改めてイレーネを見つめる。(確かに着ているドレスも鞄もかなり流行遅れではあるな……あまりお金に余裕は無いのだろう)「それで、イレーネさんが今回、こちらの求人に応募したことは職業紹介所の人以外はご存知ないのですか?」「はい、もちろんです」「ご家族もですか?」するとイレーネは首を振った。「いいえ、家族はいません。唯一の肉親である祖父も半月ほど前に亡くなり、今は完全にひとりですので」「え? そうだったのですか? それは……大変御苦労されたのですね……でも、これはある意味好都合かも……」疲れていたリカルドは、うっかり本音を口にしてしまった。「え? 何かおっしゃいましたか?」「いえ、こちらのことです。では、今一人で暮らしていらっしゃるのですね?」「はい、そうです」「それで……これが一番重要な質問なのですが、募集要項にもありましたがイレーネさんには婚約者、もしくは結婚を約束したような方はいらっしゃいますか?」「いえ、そのような方はおりません」そこだけはしっかり強調するイレーネ。「なるほど……」リカルドは考えた。(口も固く、落ちぶれているとは言っても男爵令嬢。それにしっかり教育も受けているようで素養もありそうだ。あれだけ長い時間放置されていたにも関わらず苛立つこともない。何より、天涯孤独の身であるならば……)そしてチラリとイレーネを見つめ……口を開いた。「イレーネさん。実はこの求人は最近出したばかりなのですが、
last update最終更新日 : 2025-01-25
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13話 完璧な存在

「結婚ですか……? やはり伯爵家の当主になるには、そのような条件も必要になるのですね」頷くイレーネ。「ええ、そうなのです。マイスター伯爵家は商事会社も経営しております。そして、取引先の会社経営者も愛妻家の方々が非常に多いのです……」「それで尚更結婚していることがマイスター伯爵家の当主になるための必須条件ということになるわけなのですね?」「はい。そこで今回、このような秘密裏の求人を出すことにいたしました」リカルドは様子をうかがうようにイレーネを見る。ここで勘の良い者ならば、大抵は何を言いたいのか察するのだろうが、イレーネは違う。「そうなのですか……あの、ですがそれと今回の求人の件とどのような関係があるのでしょうか?」呑気で鈍いところがある彼女には未だに何のことかさっぱり分からずにキョトンとした顔をしている。「あ、あの……ここまで言って何かお気づきになりませんか?」驚いた様子でリカルドが尋ねる。「はい、申し訳ございませんが……何のことでしょう?」「え……?」(そ、そんな……まだこの求人の意図に気付いていないのか!? こうなったら、ストレートに言うしかない)そこでリカルドは正直に伝えることにした。「恐らくイレーネさんはメイドの求人だと思い、今回応募されたのでしょう?」「はい、その通りです」「募集要項に何かおかしな点があることに気づきませんでしたか?」「そうですね……24時間体制の勤務だということでしょうか? 基本夜の勤務は無いものの、場合によっては夜勤が入る場合もあるのですよね?」もう募集要項は頭にすっかり入っているので、スラスラと答えるイレーネ。「ええ、そこです。もうこうなったら正直に申し上げます。これはメイドの募集ではないのです。実は、この屋敷の主……ルシアン様の妻になっていただける方を捜していたのです」「そうなのですか。妻……ええ!? つ、妻ですか!?」これにはさすがのイレーネも驚いた。「驚くのも無理はないでしょう? けれど、妻と言っても正式な妻になって頂くというわけではありません。要はルシアン様がマイスター伯爵家の当主になるための……いわば仮初の妻。書類上だけの契約妻になっていただける方の募集だったのです」リカルドは声のトーンを押さえて説明する。「ですが、契約妻なんて……ルシアン様には婚約者や結婚を約束しているよう
last update最終更新日 : 2025-01-26
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14話 戸惑う執事

「ですが、たとえ一年間だけとはいえイレーネさんには大変負担になることだとは思います。そこで、求人に記載されていた給金よりも上乗せしてお支払いいたします。無事に一年間妻を演じていただけた暁には契約満了時に退職金として三年間毎月30万ジュエルをお支払することを確約いたします。いかがでしょうか? 少し考えてみてはいただけないでしょうか?」リカルドは丁寧に説明した。それはイレーネなら自分が契約妻であることを明かさないだろうと踏んだからだ。何より契約期間満了後は後腐れなくルシアンと離婚してくれそうに思えた。(仮にルシアン様がイレーネさんを気に入り、離婚を望まなければそのまま結婚生活を続けることだって出来るだろう。後は彼女の反応だが……契約結婚なんて、果たして引き受けてくれるだろうか?)リカルドはイレーネの返事を待った。すると……。「まぁ! そんなにお金をいただけるのですか? とても切羽詰まっていたので本当に助かります。ありがとうございます、感謝の言葉しか見つかりません」大喜びでお礼の言葉を述べるイレーネを見て、逆にリカルドは戸惑った。「あ、あの……そんなにあっさり決めてもよろしいのですか? いくら書類上だけとはいえ……仮にも結婚するのですよ?」「ええ、一年間の契約結婚ですよね? 大丈夫、私には夫も婚約者も将来を約束したような相手もおりませんので、何の問題もありません」「ですが、離婚した暁にはイレーネさんの戸籍に離婚歴がついてしまいます。そうなりますと……将来本当に結婚する際に何かと不利な状況になるのは確実なのですよ? それに帝国法により、離婚後三年間は女性の場合再婚を認められません。それでも構わないのですか?」自分で契約結婚を勧めておきながら、あまりにもあっさり返事をするイレーネのことが気がかりになるリカルド。「ええ、良いのです。契約結婚後の離婚で、将来自分が本当の結婚をすることが出来なくなっても構いません。生涯をひとりで細々と生活できるだけのお金があれば十分ですので」自分のように貧しい没落貴族を、好き好んで嫁に迎えてくれる男性などいないだろう。イレーネにとっては、この件で戸籍に傷が付いても一向に構わなかったのだ。一方、焦ったのはリカルドの方だった。「何ですって? それではあまりにも申し訳が立ちません……あ、それならこういうのはどうでしょう? 
last update最終更新日 : 2025-01-27
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15話 あの……お仕事の延長ってありますか?

「それではイレーネさん。ルシアン様との1年間の契約結婚の件、了承していただいたということでよろしいでしょうか?」イレーネに心変わりしてもらいたくないリカルドは念押しした。「ええ、勿論です! 是非ともお願いいたします!」「ルシアン様がどのような方でも……大丈夫でしょうか?」「はい、大丈夫です。元々本当の夫になる方では無いのですよね? 御主人様としてお仕えさせていただきます」ニコニコと返事をするイレーネ。「分かりました。では早速書類にサインをして頂けますか?」「分かりました」頷くイレーネの前に、リカルドは一通の書類をテーブルの上に置いた。「雇用契約書ですね? 拝見いたします」早速書類に手を伸ばすイレーネにリカルドは慌てる。「え? あ、その書類は……雇用契約書ではなく……」「まぁ……これは……婚姻届ですね?」イレーネはリカルドを見つめた。「はい、そうです……イレーネさんにはルシアン様と婚姻していただきますから。この婚姻届が雇用契約書だと考えて下さい」「そうなのですね」「あの……それで、サインする前にもう一度確認させていただきたいのですが……本当に、結婚してもよろしいのでしょうか?」無邪気なイレーネを見ていると罪悪感がこみ上げてくる。リカルドは目を伏せながら尋ねた。すると……「はい、サインしましたのでお願いします」うつむくリカルドの目に、イレーネの名前が記載された婚姻届が目に入った。「え……? ええ!? も、もうサインしてしまったのですか!?」「ええ。そうですが……何か問題でもありますか?」「問題と言うか……結婚というものは人生の一大イベントですよ? それを、この場であっさり承諾してしまわれるとは……」「ええ、こんなに素晴らしい求人を断るはずはありませんわ」「そ、そうですか……」(まさか、躊躇うこと無く婚姻届にサインしてしまうとは……)リカルドは信じられない思いでイレーネを見つめる。「それで、少しお伺いしたいことがあるのですが……よろしいでしょうか?」「ええ、私で答えられるものであれば何なりと」「あの……お仕事の延長ってありますか?」「はい?」一瞬、リカルドは何を問われているのか理解できなかった。しかし、目の前のイレーネはどこか恥ずかしそうに頬を少しだけ染めてリカルドを見ている。その様子に彼は焦った。(ま
last update最終更新日 : 2025-01-28
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16話 面接の後で

 面接が終わったのは午後6時を過ぎていた。「私のせいで、このようなお時間までお待たせしてしまい申し訳ございませんでした」イレーネのサインが書かれた婚姻届を封筒にしまうリカルド。「いえ、私が何も連絡も無しに伺ったのですから大丈夫です」散々待たされたことを気にする素振りもなく、イレーネは笑顔を見せる。「ですが、それも募集要項に私以外の誰にも求人の件で来訪した旨を説明しないようにと記してあったからですよね……」リカルドは申し訳なくて仕方がなかった。散々待たせてしまった挙げ句に、今度はこちらの勝手な都合で契約結婚をさせてしまうのだから。「この度はイレーネさんに多大なる負担ばかりかけてしまいました。お詫びと言ってはなんですが、何か今お困りのことがあるようでしたら何なりとお申し付け下さい。私に出来る精一杯のお礼を致しますので」「え……? それは本当……ですか?」その言葉にイレーネは目を見開く。実は先程からイレーネはずっと困っていたのだ。けれど、なかなか言い出せずにいた。何故ならそれは……ぐぅううう〜……突如、静かな部屋にお腹の鳴る音が響く。「え……?」リカルドはその音に驚き、イレーネを見つめる。(ま、まさか……?)イレーネの顔は羞恥心の為か、真っ赤になっている。そしてリカルドの視線に気づき、言いにくそうに言葉を紡いだ。「す、すみません……お腹が……空いてしまって……お恥ずかしいです……」そして俯く。イレーネは今までずっと空腹に耐えていたのだ。途中、リカルドにお茶は淹れてもらったので喉の乾きは無かったが、空腹だけはどうしようもない。何しろ、汽車の中で食事をして以来何も口にしていなかったのだから。「あ……! こ、これは気付かずに大変申し訳ございませんでした! そうですよね……。今までずっと私が来るのを何時間もこの部屋でお待たせしてしまったのですから……お待ち下さい! 厨房に行って、今すぐ口に出来る食事を用意するように伝えてまいりますので!」「あ、あの。そんなに慌てなくても私なら大丈夫ですよ……?」リカルドのあまりの慌てようにイレーネは声をかける。「いいえ、そうはまいりません。どうぞこちらのお部屋でお待ち下さい。15分……いえ、10分以内に必ず戻ってまいりますので!」「え? あ……はい、分かりました」「それではできるだけ早く戻ってま
last update最終更新日 : 2025-01-29
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17話 初めての対面

 それは今から約15分程前のこと――「ふぅ……」憔悴しきった様子で、この屋敷の当主ルシアン・マイスターが帰宅してきた。「お帰りなさませ、ルシアン様」「ああ、ただいま」迎えに出てきたフットマンに帽子と鞄を託すと、ルシアンは首を傾げた。「リカルドはどうした? いつもなら彼が迎えに出てくるだろう?」「はい、リカルド様は応接室でお客様とお話中です」「リカルドに客……? 俺の客ではないのか?」ネクタイを緩めるルシアン。「さぁ……どうなのでしょう? でもその女性はリカルド様を名指ししてきたそうですが」「何? 女性……? リカルドが会っているのは女性なのか?」「は、はい。そうですが……」フットマンはリカルドが眉をひそめたので、遠慮がちに返事をする。「……分かった。帽子と鞄を頼んだぞ」「はい」ルシアンは、何も事情も知らないまま応接間へと向かった――**応接間の近くで足を止めたルシアンは開きっぱなしの扉を見つめた。「何だ? 扉が開けっ放しではないか……もしかして客というのは帰ったのだろうか? だったら迎えに出てくればいいものを……大事な話があったのに……ん?」何気なく応接間を覗き込んだルシアンは目を見開いた。ソファの上にブロンドの長い髪の若い女性が座っていたからだ。(もしかして、彼女がリカルドの客人なのか……? だが、その割には何故ひとりで部屋にいるんだ。一体どういうことだ? いずれにせよ、この屋敷の当主として何者か確認しなければ)そこでルシアンは応接間の中に入ってくると、声をかけた。「誰だ? 君は」その声は意外なほどに静かな応接間に響き渡った。「え?」気を取られていたイレーネは突然声をかけられ、少しだけ驚いた。そして扉の前に立つルシアンに気づく。(誰かしら? あの男性は……あの姿を見る限り、フットマンには見えないし……でも困ったわ。リカルド様以外には来訪した理由を告げてはいけないと言われているのに)イレーネは何と答えれば良いのか分からず、考え込んでしまった。もとより、少し呑気でありながら真面目なイレーネ。契約妻になるための婚姻届にサインしたにも関わらず、リカルドとの約束が頭から離れない。「君……聞こえているのか? 誰だと尋ねているのだから、質問に答えるべきではないのか? それとも君は私がこの屋敷の当主、ルシアン・マイスタ
last update最終更新日 : 2025-01-30
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18話 呆れるルシアン

「き、君は一体何を言っているんだ……?」予想もしていなかった言葉を耳にしたルシアンはあまりのショックに足元がよろけ……。ドンッ!!壁に激しく身体を打ち付けてしまった。「う……」思わず呻くルシアン。「だ、大丈夫ですか? マイスター伯爵様」これには流石のイレーネも驚き、声をかける。「だ、大丈夫かって……? 大丈夫なものか! 一体、君は何を言っているんだ? 期間限定のお飾り妻だって? しかも……この俺の!?」ルシアンはイレーネを指さした。「はい……そうですけど……?」キョトンと小首をかしげるイレーネ。そこへタイミング悪く? 笑顔のリカルドが現れた。「イレーネさん、お待たせいたしました。サンドイッチをお持ちし……あーっ!!」トレーにサンドイッチを乗せたリカルドと、壁にもたれかかっているルシアンの目があった。「リカルド……お前、一体どういうつもりだ……?」ルシアンは怒気を含んだ声音でリカルドを睨みつけた。「あ、あの……こ、これはですね……」(そんな! ルシアン様は……週末まではこの屋敷に戻らないはずだったのに!!)焦るリカルドと、怒りを押さえているルシアンの間に緊張が走る。「まぁ、リカルド様。サンドイッチを持ってきてくださったのですね? ありがとうございます!」そこへ、イレーネの嬉しそうな声が響いた。「「え?」」その声に驚き、リカルドとルシアンは同時にイレーネを振り返る。すると、ニコニコと笑みを浮かべたイレーネの姿が2人の目に映った。「は……? 君、こんな状況で一体何を言うんだ?」半ば呆れるルシアン。「は、はい。そうです。おまたせして申し訳ございません。イレーネさん」一方のリカルドの方は、これはチャンスとばかりに、そそくさとイレーネに近づく。「お、おい? リカルド!」ルシアンの呼びかけに気付かないふりをしてリカルドはイレーネのテーブルの前にサンドイッチの乗ったトレーを置く。「イレーネさん。このサンドイッチはマイスター家のシェフが直々に用意したサンドイッチです。出来立てのうちにお召し上がり下さい」「まぁ、そうなのですか? まさかお食事まで用意していただけるとは思いませんでした。本当にありがとうございます。なんて美味しそうなのでしょう」イレーネは目の前の豪華な具材のサンドイッチに釘付けだ。「そんなに喜んでいただける
last update最終更新日 : 2025-01-31
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19話 執事の言い分

 書斎机の椅子にドサリと座るなり、ルシアンはリカルドを問い詰めた。「一体どういうことだ? リカルド。あの女性は何者だ? 自分のことを俺の期間限定のお飾り妻だと言ったのだぞ?」「ええ!? そ、そんなことをイレーネさんは言ったのですか? クッククク……な、なんてユーモアに溢れているのでしょう……」リカルドは可笑しくてたまらず、肩を震わせた。「……何がおかしいんだ? リカルド。俺は今、非常に機嫌が悪いのだが?」机の前で手を組んだルシアンは、イライラしながらリカルドを睨みつける。「あ! も、申し訳ございません! ルシアン様!」「謝罪の言葉などいらない。それよりも今すぐに、どういうことか説明してもらおうか?」「は、はい……ルシアン様。あの女性……イレーネさんの言うとおりです。彼女はルシアン様の1年間という期間限定の妻になっていただく女性です。私が職業紹介所で幅広い範囲で募集させて頂きました。報告が遅くなってしまい、申し訳ございません」「……」その言葉にルシアンは目を見開き、口をポカンと開く。「あの、ルシアン様? どうかされましたか?」「今……何と言った? 俺の期間限定の妻になってもらう女性を、幅広い範囲で募集したと聞こえたが……? まさか、聞き間違いでは無いよな?」右手で額を押さえながら尋ねるルシアン。「はい、聞き間違いではありません。その通りです。尤も幅広い範囲というのは、あくまで距離のことです。一応、条件は絞らせて頂きました。年齢は18歳から23歳。これはルシアン様が24歳だからです。そして未婚で婚約者や恋人がいない女性ということで募集をかけましたので、その点は御安心下さい」「そんなことは聞いていない! 何故、そんな勝手な真似をしたのかと聞いているのだ! 大体、職業紹介所で募集するとは何事だ!」ガタンッ!!ルシアンは怒りのあまり、椅子から立ち上がった。「勝手な真似をしたことは、謝罪致します。ですが、何故私がこのような行動に出たかというと、それは全てルシアン様の為を思ってのことなのです」「俺の為だと……?」「はい、そうです。本日は取引先の商船会社に交渉に行かれたのですよね? 先方は何と仰っておりましたか?」「……マイスター家の当主が決定するまでは……取引を停止したいと言ってきた……情勢を見届けてから考え直すと……」苦虫を噛み潰し
last update最終更新日 : 2025-02-01
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20話 イレーネの訴え

 30分後――「待たせてしまったな」「どうもお待たせ致しました」ルシアンとリカルドがイレーネの待つ応接間に戻ってきた。「いいえ、この程度の時間など少しも待たされたうちに入りませんわ」イレーネは立ち上がると、ニコニコしながら返事をする。すると、その言葉にたちまちリカルドは申し訳無さそうに謝った。「そうですよね……本日、既に私は5時間もイレーネさんをお待たせしてしまいましたから……本当に申し訳ございませんでした」「何!? リカルド……お前、彼女を5時間も待たせたのか!? そんな話、初耳だぞ!」驚いてリカルドを見るルシアン。すると、そこへイレーネが声をかける。「いいえ、リカルド様は悪くはありません。私がアポイントも無しに、このお屋敷に伺ってしまったからですわ。色々お忙しい方でいらっしゃるのに……こちらこそ申し訳ございません」「イレーネさん……なんて、あなたは心の広い女性なのでしょう……」感動で目をうるませるリカルド。「いいや、いくら何でも5時間は待たせすぎた。……折角訪ねて来たのに、悪かった。申し訳ない」ルシアンはイレーネに謝罪の言葉を述べる。「いいえ、私なら本当に大丈夫ですから。先程だって、格別に美味しいサンドイッチを頂きましたし。何よりも、これほどまでに素晴らしいお仕事に巡り会えたのですから」「仕事……」(俺との契約結婚が、仕事だって……?)その言葉に何やら釈然としない気持ちがこみ上げてくる。そこへ追い打ちをかけるようにリカルドがルシアンの耳元で囁いた。「どうです? 先程、申し上げた通りだと思いませんか? イレーネさんは完全にルシアン様との結婚を仕事だと割り切っています。これほどピッタリの女性は他におりませんよ?」「う、うるさい。お前は黙っていろ。後は俺が話す」イレーネの手前、ルシアンは小声で言い返すと再びイレーネに視線を移し……まだお互いが立ったままであることに気付いた。「そうだった。いつまでも立たせてしまっていたな。掛けてくれ」「はい、では失礼いたします」ソファに腰掛けたイレーネを見届けると、その向かい側にルシアンは座った。「それでイレーネ嬢。早速本題に入りたいのだが……いいだろうか?」「はい、大丈夫ですが……その前に、一つだけ……お話してもよろしいでしょうか……?」言いにくそうにイレーネが口を開く。「ああ、
last update最終更新日 : 2025-02-02
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