悪女の指南〜媚びるのをやめたら周囲の態度が変わりました のすべてのチャプター: チャプター 31 - チャプター 40

54 チャプター

31話 偶然の再会 

「はぁ~それにしてもお腹が空いたわ……朝の騒ぎのせいで食事を取ることが出来なかったから」廊下を歩きながら、オリビアはため息をついた。何げなく通路にかけてある時計を見れば、時刻は8時20分だった。1時限目が始まるまでにはまだ40分の余裕がある。「あら、まだこんな時間だわ。雨が酷かったから早目に馬車を出して貰ったけど、こんなに早く着いたのね。そういえば、随分早く走っているようにも感じたけど……でも、これなら何処かで飲み物くらいなら飲める時間があるかも」オリビアは知らない。土砂降りの中、一刻も早く到着しなければと必死に馬を走らせていたことを。……事故の危険も顧みず。時間にまだ余裕があることを知ったオリビアアは、早速購買部へ行ってみることにした。「え!? 閉まってるわ!」購買部へ行ってみると扉は閉ざされ、営業時間が記された札が吊り下げられていた。「営業時間は……9時から18時? そ、そんな……」大学に入学してから、ただの一度も購買部を利用したことが無かったオリビアは営業時間を知らなかったのだ。「どうしよう……学生食堂やカフェテリアは、ここから遠いし、今から行けば授業が始まってしまうわ……もうお昼まで諦めるしかないわね。せめてミルクだけでも飲みたかったのに」ため息をついて、踵を変えようとしたとき。「あれ? もしかして……オリビアじゃないか?」聞き覚えのある声に、振り返ってみると驚いたことにマックスの姿があった。彼は肩から大きな布袋をさげている。「え? マックス? どうしてこんなところにいるの?」まさかマックスに出会うとは思わず、オリビアは目を見開いた。「それはこっちの台詞だよ。購買部はまだ開いていないんだぞ?」「そうみたいね……私、購買部を一度も利用したことが無かったから営業時間を知らなかったのよ」「そうだったのか。でも、何しに購買部へ来たんだ?」「え、ええ。実は……今朝、ちょっとしたことがあって食事をする時間が無かったの。それで、何か買おうと思って購買部へ来たのだけど……あら、そういえばマックスは営業時間を知っているのに何故ここへ来たの?」するとマックスは笑顔を見せた。「俺は、品物を置きに来たのさ」「え? 品物?」「まぁいいや。まだ時間もあることだし、一緒に中へ入らないか? 実は鍵も持っているんだ」マックスはポケットから鍵を取
last update最終更新日 : 2025-01-14
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32話 浮かれる人達

「ふ~ん……成程、今朝そんなことがあったのか」陳列棚に手作りスコーンを並べ終えたマックスが腕組みした。「ええ。たった1時間程の出来事だったけど、全てがひっくり返ったようだったわ」「確かに他人の俺から聞いても驚くよ。だけど、良かったのか? 家のそんな大事な話をこの俺にしても」マックスは自分を指さす。「そうねぇ……言われてみれば何故かしら? あなたとは昨日知り合ったばかりで、互いのことなんか、まだ殆ど知らない仲なのに……あ、だからこそ話せたのかもしれないわ」「プ、何だよそれ」オリビアの話が面白かったのか、マックスが笑う。「本当の話よ。今の話、ギスランには流石に話す気になれないもの」「あぁ、オリビアの婚約者のか。まぁ、確かに話せないよな。実は妹がギスランにすり寄っていたのは母親の命令で、イヤイヤだったなんて話はな」「そうよ。……話は変わるけど、マックス。さっき頂いたスコーン、本当に美味しかったわ。これならすぐに人気が出るはずよ」「そうか? フォード家の令嬢のお墨付きなら間違いないな」その言葉に、オリビアの顔が曇る。「あ……」「どうかしたのか?」「あの、父が食に関するコラムを書いているって話だけど……あまり信用しては、もういけないと思って」「金を貰って、ライバル店をこき下ろす批判記事のことだろう?」「そうよ。父は、詐欺師だったのよ。だから、私のことも信用できないかもしれないけれど……本当にさっきのスコーンは美味しかったわ。絶対人気が出ると思う。信じて欲しいの」何故か、マックスには信用してもらいたかったのだ。恐らく、それは昨夜店を訪ねて危ない目に遭いそうになった自分を助けてくれたからなのだろう。「信用するに決まっているだろう? 何と言っても出会って間もない俺に、 家族の恥をさらけ出すくらいなんだから」そしてマックスは笑った。「フフフ、何それ」オリビアもつられて笑うのだった――**** —―8時40分2人で一緒に購買部を出ると、マックスはガチャガチャと鍵をかけた。「よし、戸締りは大丈夫だ。それじゃ、オリビア。また店に食事に来てくれよな」「ええ。また近いうちに寄らせてもらうわ。スコーン、とても美味しかった。ごちそうさまでしたって、お姉さまに伝えて置いてくれる?」「ああ、伝えておくよ」2人は購買部の前で別れると、それぞれの
last update最終更新日 : 2025-01-15
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33話 暴露、そして……

 1時限目の教室に行ってみると、既に親友エレナの姿があった。「おはよう、エレナ」「あら、おはよう。オリビア」近付き、声をかけるとエレナも笑顔を向ける。「ねぇ、今朝は雨が酷かったけど大丈夫だったの? 自転車は当然無理だろうから、辻馬車に乗ったのかしら?」隣りの席に座ると、早速エレナは心配そうに話しかけてきた。オリビアがあまり家の馬車を使うことが出来ない事情を彼女は知っているからだ。「ええ、大丈夫よ。何と言っても、今日は馬車を出して貰ったから」「え!? そうだったの? 以前は雨でも馬車を頼めないから辻馬車を利用しているって話していたじゃない。一体どういう風の吹きまわしなの?」「それはね……」オリビアは教室に掛けてある時計を見た。授業開始までは後10分程残っている。「どうしたの? オリビア。時計を気にしているようだけど?」「あまり時間が無いから、かいつまんで説明するわね……」こうしてオリビアはエレナにも今迄黙っていた家庭の事情を暴露したのだった。何しろ彼女はもう恥さらしなフォード家を見限ったからだ。大学を卒業後は、奨学金制度を利用して大学院に進学する。その申請書も本日持参してきているのだ。当然、エレナがオリビアの話に目を見開いたのは……言うまでも無かった――**** あっと言う間に時間は流れ、昼休みの時間になった。オリビアはエレナと連れ立って大学に併設されたカフェテリアに来ていた。この店は学生食堂の次に大きな店で、大勢の学生達で賑わっている。2人でランチプレートを注文し、空いている席を見つけて向かい合わせに座る早速エレナが話しかけてきた。「今朝の話は驚いたわ。1冊丸々本に出来そうな濃い話じゃない」「確かにエレナの言うとおりね。あんな人達に今迄私は媚を売っていたのかと思うと我ながらイヤになるわ」「そうよね。オリビアには申し訳ないけれど、あなたの家族は酷すぎるわよ」食事をしながら、女子2人の会話は増々盛り上がってくる。「でも、オリビア。20年間今までずっと我慢してきたのに、何故突然考えが変わったの?」「それはね、アデリーナ様の……」オリビアがアデリーナの名前を口にしたその時。「彼女に謝れ! アデリーナッ!」一際大きな声がカフェテリア内に響き渡り、その場にいた全員が声の方向を振り向いた。「え!? な、何!?」「今、ア
last update最終更新日 : 2025-01-16
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34話 オリビエの作戦

「私はただディートリッヒ様の婚約者は私なのだから、せめて人前で2人きりになるのは、おやめくださいとお話しているだけです。 後何度同じことを言えばいい加減理解して頂けるのでしょうか? まさかお2人は言葉が通じないわけではありませんよね?」アデリーナの話に、周囲で見ていた学生たちが騒めく。中には彼女の物言いがおかしかったのか、肩を震わせて笑いを堪えている学生たちもいる。「アデリーナッ! お前……俺たちを注意しているのか!? それとも馬鹿にしているのか? どっちだなんだ!」プライドの高いディートリッヒは、周囲から笑われる原因を作ったアデリーナに激しい怒りをぶつけた。しかしアデリーナは怒声にひるむことなく、冷静な態度を崩さない。「私はお2人に対し、注意をしているわけでも馬鹿にしているわけでもありません。ただ、自分の置かれた立場を理解して下さいと諭しているだけですが?」「何? 注意することと諭すことの何処が違う! 同じ意味だろう!?」激高するディートリッヒに対し、サンドラは肩を震わせて俯いている。「あれは……」3人の……特に、サンドラの様子を注視していたオリビアは思わず声を漏らす。「あの女子学生……怖くて震えいるのか?」「それにしてもアデリーナ様は気丈な方よね」「だから悪女と言われてしまうのだろう」周囲の学生たちのヒソヒソ話が聞こえてくるが、誰もが全員アデリーナを悪く言う者ばかりだった。一方のアデリーナはそんな状況を、物ともせずに言葉を続ける。「いいえ、注意と諭すでは意味合いが違います。注意は気を付けるようにという意味で、諭すというのは物の通りを教え、理解させる為に使う言葉です。つまり婚約者である私がいるのに、大勢の人が集まる場所で他の女性と2人きりで食事をするのは間違いですとお話しているのです。御理解いただけましたか?」この言葉に、増々ディートリッヒの怒りが増す。「何だとっ!! お前という奴は……一体どこまで俺を馬鹿にするつもりだ! だから俺はお前がいやなんだよ!」すると今まで黙っていたサンドラが突然ディートリッヒにしがみついてきた。「待って! やめてくださいディートリッヒ様! もとはと言えば、私がいけなかったのです。 私はアデリーナ様の足元にも及ばないのに、身の程知らずにもディートリッヒ様に好意を抱いてしまった私がすべて悪いのです!
last update最終更新日 : 2025-01-17
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35話 悪女の親友 

「大丈夫? オリビアさん」カフェテリアを出るとすぐにアデリーナが心配そうに声をかけてきた。「はい。このくらいの傷、私は平気です。それよりアデリーナ様こそ大丈夫ですか?」「え? 何のことかしら?」「はい。あんなに大勢の人たちの前でディートリッヒ様に怒鳴られて、しかも手まであげられそうになっていたので」「その事ね。でもそれは貴女の騒ぎで……」そこまで口にしたアデリーナは気付いた。「まさか、オリビアさん。私を助けるために?」「あ、それは……」するとアデリーナの顔色が変わる。「やっぱりそうだったのね……早く医務室へ行きましょう!」「は、はい」2人は急ぎ足で医務室へ向かった――****—―医務室オリビアはアデリーナから傷の手当てを受けていた。「良かった。出血の割には、あまり大きな傷じゃなくて」「そうですね。でも、アデリーナ様から傷の手当てをして頂けるとは思いませんでした」オリビアは医務室を見渡した。室内には、本来いるべきはずの校内医の姿は見えない。「そうね。まさか『昼休み中』のプレートがかかっているとは思わなかったわ。はい、これでもう大丈夫よ」アデリーナは包帯を巻き終えると、オリビアを見つめた。「ありがとうございます。でも、アデリーナ様は何でも得意なのですね。まさか怪我の手当てまで出来るとは思いませんでした」オリビアの手に巻かれた包帯はとても丁寧に巻かれていた。「子供の頃から騎士を目指していたディートリッヒ様は生傷が絶えない方だったの。だから彼の傷の手当てが出来る様に、一生懸命練習したのよ」その言い方はどこか寂し気に聞こえた。「アデリーナ様……」(やっぱりアデリーナ様はディートリッヒ様のことを、好いてらっしゃるのかしら)「それにしても、本当にディートリッヒ様は最低な男だわ! まさかオリビアさんにこんな怪我を負わせるなんて!」「え? この怪我は私が勝手に負ったものですけど?」アデリーナの突然の発言にオリビアは面食らう。「いいえ、何と言ってもこの傷はディートリッヒ様の……いえ。ディートリッヒのせいよ。許せないわ……私の大切な親友にこんな酷いことをするなんて」アデリーナの美しい瞳は怒りに燃えている。「アデリーナ様、まさか私のことを大切なお友達と思っていて下さったのですか?」「ええ、当然じゃない。だって怪我をしてでも
last update最終更新日 : 2025-01-18
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36話 心配する人達

 午後の授業が行われる教室に行ってみると、既にエレナが待っていた。「オリビア! やっと戻って来たのね? とても心配したのだから!」「ごめんなさい、エレナには迷惑をかけてしまったわね」オリビアはエレナの隣の席に座った。「迷惑かけられたなんて思ってはいないけど……怪我の具合は大丈夫なの? 痛む?」包帯を巻いたオリビアの手を心配そうに見つめるエレナ。「怪我した直後は痛かったけど、でももう平気よ。これはね、アデリーナ様が手当てしくれたのよ?」「オリビア……わざと怪我をしたのは、アデリーナ様を助ける為でしょう?」「ええ、そうよ。名誉の負傷よ」嬉しそうにオリビアは頷く。「どうしてそこまでしてアデリーナ様を庇ったの? 傷跡が残ったらどうするつもりよ? ギスランと結婚するっていうのに」貴族令嬢は結婚するにあたり、綺麗な手が好まれる。荒れた手や傷がある令嬢は敬遠されがちなのだ。「エレナ、心配してくれてありがとう。でもギスランは私には何の興味も無いし、私も彼のことはもうどうでもいいのよ。結婚だけが全てじゃないと思っているし。職業婦人として、自立した女性を目指すのも素敵じゃない?」「オリビア……」「そんなことよりも、あの後ディートリッヒ様とサンドラさんはどうなったのかしら?」「あ、そのことだけどね。面白いことになってきたわ。今まではアデリーナ様は周囲から悪女のイメージとして見られていたけど、今回のことでディートリッヒ様が非難されはじめてきたのよ。やっぱり女性に手を上げようとしたことが問題だったのかもしれないわ。婚約者がいる男性と親しくしているサンドラさんもね。それだけじゃないわ。アデリーナ様が怪我したオリビアに真っ先に駆け寄ったのも好感度アップにつながったみたいよ「そうだったのね……」エレナの話を聞きながらオリビアは思った。ひょっとすると、アデリーナはわざと大勢の人の目がある場所でディートリッヒを煽ったのではないだろうか——と。****  本日全ての授業が終わり、エレナと別れたオリビアは馬繋場へ向かって歩いていた。窓の外は、相変わらずの雨で一向に止む気配が無い。「そう言えば、彼は大丈夫だったかしら……風邪引いていなければいいけど」彼とは、勿論御者のことである。口では色々脅したものの、やはりオリビアは心配していたのだ。土砂降りの雨の中、馬
last update最終更新日 : 2025-01-19
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37話 そっけない婚約者

「そんなことがあったのか? 大変だったんだな……。それで怪我の方は大丈夫だったのか?」オリビアの鞄を手にしたマックスは心配そうに尋ねてきた。オリビアが怪我をしていることに気付いたマックスが持ってくれているのだ。「ええ、これくらい平気よ。だってアデリーナ様を助けることが出来たのだから。これくらいどうってことないわ」「ふ~ん。余程彼女を崇拝しているんだな。周囲からは物事をはっきり言う強気な性格だから赤髪の悪女として恐れられているのに」その話にオリビアはカチンとくる。「ちょっと待って、誰が赤髪の悪女ですって? アデリーナ様みたいな優しい方にそんなこと言わないでちょうだい。それにあんなに美しい赤い髪は見たことが無いわ」「そうか、悪かったよ」マックスは苦笑すると話題を変えてきた。「ところでオリビア、今度はいつ頃店に来れそうか? 実は授業中に新作を思いついたんだよ。オリビアアに食べて貰って感想をもらいたいんだ」「そうねぇ……今日は雨だから無理そうね。やんだら行くわよ」話を続けながら、馬繋場へ到着すると何人かの学生たちが迎えの馬車を待っていた。外は相変わらずザアザァと雨が降り続いている。マックスは周囲を見渡した。「雨だから迎えの馬車も遅れているのかもな」「ええ、そうね」その時――「マックス、それにオリビアじゃないか?」声をかけられて2人で振り向くと、意外なことに声をかけてきたのはギスランだった。「どうしてオリビアがここにいるんだ? 2人は知り合いだったのか?」ギスランは近付きながら尋ねると、マックスは頷いた。「ああ、彼女は俺の店の客なんだよ」「食事に行ったとき、知り合いになったのよ」「へ~そうだったのか。それにしてもオリビアがこんな場所に来るなんて珍しいじゃないか。いつもなら雨の日は辻馬車を使っているだろう?」珍しい物でも見るかのようにギスランはジロジロとオリビアを見つめる。「今日は馬車を出して貰えたのよ」オリビアは詳しく説明するのが面倒だったので素っ気なく答た。生まれ変わった彼女は、不躾なギスランの視線を鬱陶しく感じていたのだ。そのことが自分自身、不思議でならない。(ほんの少し前までは、話しかけて貰えることだけでも嬉しかったのに……ギスランを鬱陶しく感じるなんて自分でも驚いてしまうわ)「ギスラン、彼女はお前の婚約者なんだ
last update最終更新日 : 2025-01-20
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38話 変貌した兄とオリビエの心変わり

 時々雷がゴロゴロとなる土砂降りの中、馬車はフォード家の屋敷前に到着した。「オリビア様、足元に気をつけて降りて下さい」御者に扉を開けてもらい、馬車から降り立ったオリビアは銀貨1枚を御者に差しだした。「今日は大雨の中、送迎してくれてありがとう。はい、これ少ないけど何かの足しにしてちょうだい」フォード家では給料以外で普通、使用人に余分なお金を渡すことはない。当然オリビアの行動に御者は驚く。「ええっ!? これはぎ、銀貨じゃありませんか! よろしいのですか!? こんなに頂いても!」青年御者――テッドは歓喜した。何しろ銀貨1枚というのは、一か月分の給料の5分の1に相当する金額だからだ。当然、賢いオリビアはその事を知っている。それに彼には近々結婚を考えている女性がいて、お金を貯めていると言う噂話も承知の上だ。「いいのよ、これは大雨の中身体を張って送迎してくれた手当てだから。その代わり、これからも天候が悪いときは送ってくれるわよね? テッド」オリビアが笑顔で頷くと、テッドは声高に叫んだ。「俺の名前も御存知だったのですか!? ええ、ええ! 当然ですとも! 今後はこの命を懸けてでも、オリビア様を目的地に必ず送り届けることを誓います!」「そう? それは頼もしい言葉ね。今日はお疲れ様。じゃあね」「ありがとうございます! ありがとうございます!」テッドはオリビアが屋敷の中に入るまで、ペコペコ頭を下げ続けた。こうしてまた1人、オリビアは使用人を味方につけることに成功したのだった――屋敷に入り、自室に向かって歩いていると次々と使用人達が挨拶してくる。「お帰りなさいませ、オリビア様」「オリビア様、お帰りなさいませ」「オリビア様にご挨拶申し上げます」今や彼女を無視したり、暴言を吐くような使用人は誰一人いない。たった1日で使用人の態度がこんなに変わるのは、驚きでしかなかった。勿論今朝のオリビアの行動が事の発端でもあるのだが、父ランドルフと兄ミハエルが、今後一切オリビアを無視したり蔑ろにしないようにと密かに命じていたのが大きな理由の一つであったのだが……その事実を彼女はまだ知らない。自分の部屋に辿り着いたオリビア。ドアノブに手をかけようとした時、背後から声をかけられた。「オリビア」「え?」振り向くと、兄のミハエルが笑顔で自分を見つめている。オリビ
last update最終更新日 : 2025-01-21
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39話 不快極まりない台詞を吐く父

—―18時 オリビアは自室で大学のレポートを仕上げていた。このレポートは単位に大きく関わってくる。アデリーナの助言によって、大学院進学を決めたオリビアにとっては重要なレポートだ。「……ふぅ。こんなものかしら」ペンを置いて一息ついたとき。—―コンコンノック音が響いた。「誰かしら?」大きな声で呼びかけると扉がほんの少しだけ開かれて、トレーシーが顔を覗かせた。「オリビア様……少々よろしいでしょうか?」「ええ、いいわよ。入って」「失礼します」かしこまった様子で部屋に入って来たトレーシーは深刻そうな表情を浮かべている。「トレーシー。どうかしたの?」「あの、実は旦那様がお呼びなのですが……」「え? お父様が?」今迄オリビアは個人的に父に呼び出されたことはない。ひょっとすると、今朝の出来事で何か咎められるのだろうか……そう考えたオリビアは憂鬱な気分で立ち上がった。「分かったわ。書斎に行けばいいのね?」「いえ、違います。ダイニングルームでお待ちになっていらっしゃいます」「え? ダイニングルームに?」「はい、そうです」「おかしな話ね……今まで食事の時間に呼ばれたことはないのに」「そうですよね……」オリビエとトレーシーは顔を見合わせた——**「お待たせいたしました。お父……さ……ま?」ダイニングルームに入ってきたオリビアは驚いた。何故なら真正面に父——ランドルフが満面の笑みを浮かべて待ち受けていたからだ。父の左右には給仕を兼ねたフットマンが立っている。しかも、いつも着席しているはずの義母、シャロン、兄ミハエルの姿も無い。「おお、待っていたぞ。オリビア、さぁ。席に着きなさい」ランドルフは自分の向かい側の席を勧めてくる。「はぁ……失礼します」そこへ、スッとフットマンが近づくとオリビアの為に椅子を引いた。これも初めてのことだった。何しろこの屋敷の使用人達は全員オリビアを見下していたのだから。「……ありがとう」慣れない真似をされたオリビアは落ち着かない気持ちで礼を述べる。「いいえ、とんでもございません」ニコリと笑うフットマン。……彼は今まで一度もオリビアに挨拶すらしたことが無い使用人だ。「よし、それでは早速食事にしようか?」ランドルフの言葉と同時にワゴンを押したメイドが現れ、次々に料理を並べていく。どれも出来たて
last update最終更新日 : 2025-01-22
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40話 媚びる父、取り合わない娘

「はぁ、そうですか……」別にありがたみもない提案に、適当に返事をするオリビア。(さっさと食事を終わらせて、早々に席を立った方が良さそうね)無駄な会話をせずに食事に集中しようとするオリビアに、父ランドルフは上機嫌で色々話しかけてくる。煩わしい父の言葉を「そうですか」「すごいですね」と、適当に相槌を打って聞き流していたオリビアだったのだが……。「ところでオリビア、昨日町へ1人で食事へ行っただろう? 何という店に行ったのだ? 私にも教えてくれ。是非その店に行ってみたいのだよ。私が行けば店の宣伝にもなるしな」この台詞に、オリビアは耳を疑った。「……は?」カチャンッ!手にしていたフォークを思わず皿の上に落としてしまう。「どうした? オリビア」娘の反応にランドルフは首を傾げる。「お父様、今何と仰ったのでしょうか?」「何だ、よく聞きとれなかったのか? 昨日お前が食事をしてきた店を教えてくれと言ったのだが」「そうですか……では、そのお店に行かれた後はどうなさるおつもりですか?」オリビアは背筋を正すと父親を見つめる。「それは勿論食事をするだろうなぁ」「なるほど、お食事ですか……それで、その後は?」「は? その後って……?」まるで尋問するかのような口ぶり、いつにもまして鋭い眼差し……ランドルフはオリビアから、何とも形容しがたい圧を感じ始めていた。「答えて下さい、食事をした後の行動を」「そ、それは……味の評価を書く為に記事を書くだろうな……」(な、何なんだ……オリビアの迫力は……当主である私が娘に圧されているとは……)いつしかランドルフの背中に冷たい物が流れていた。そんなランドルフにさらにオリビアは追い打ちをかける。「はぁ? 記事を書くですって? 一体どのような記事を書くおつもりですか?」「そんなのは決まっているだろう。美味しければそれなりの評価を下すし、まずければ酷評を書くだろう。何しろ、こちらは金を支払って食事をするのだから当然のことだ。私の責務は世の人々に素晴らしい料理を提供する店を知ってもらうことなのだから」娘の圧に負けじと、ランドルフは早口でぺらぺらとまくしたてる。「お店から賄賂を受け取って、ライバル店をこき下ろすことがですか?」「う! そ、それは……ほんの特例だ! あんなことは滅多に起こらないのだよ!」「滅多にどころ
last update最終更新日 : 2025-01-23
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