All Chapters of 夫の元カノが帰国!妊娠隠して離婚を決意した私: Chapter 741 - Chapter 750

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第741話

まるで雷が直撃したかのような衝撃が、光莉の頭を打ち抜いた。 「......何ですって?」 呆然としたまま、彼女は目の前の男を見つめた。 高峯の目は赤く滲んでいた。 彼は彼女の肩を強く握りしめ、必死に訴える。 「光莉......西也は、俺たちの息子だ。 あの時、彼は死ななかった。俺はずっと、彼を手元に置いて育ててきたんだ」 「......」 光莉の目が、信じられないというように大きく見開かれる。 「......ありえない。そんなこと、絶対にありえない!」 「本当だ!」 「違う......放して、放してよ!」 光莉は本能的に逃げようとした。 これは嘘だ。 高峯がまた、自分を騙そうとしている。 彼の言葉なんて信じない。 西也が、自分の息子だなんてありえない! 彼女は必死に抵抗するが、高峯はしっかりと彼女を抱きしめ、離さなかった。 「落ち着け、光莉!俺の話を聞いてくれ!」 「聞かない!聞きたくない!」 光莉は泣き叫びながら、必死に彼を振りほどこうとする。 「西也は、お前と村崎紀子の子供よ!私の子じゃない!」 「違う!」 高峯は必死に否定した。 「俺と彼女の間にいるのは娘だけだ! 花だけなんだ! 西也は、お前の息子だ!俺は嘘をついていない!」 「そんなの、信じられるわけないでしょ!」 光莉は狂ったように笑い出した。 「あんたみたいな奴が誓ったところで何になるの? 誓いで嘘が消えるなら、この世に嘘なんていないわ!」 彼女の目には、絶望が渦巻いていた。 「西也はあの女の息子よ!私とは関係ない!」 「......」 「私の目で見たのよ。彼女は、大きなお腹を抱えてた! あの子があんたの子供じゃないなら、どうやって花を産んだの!? まさか何年も妊娠してたって言うつもり!?」 「違う......!」 高峯は苦しげな表情で説明した。 「あの時、紀子は妊娠してなかった。あれは偽装妊娠だったんだ」 「......何ですって?」 光莉は驚愕し、高峯をまっすぐ見つめた。「偽装妊娠......?」 「そうだ。もともと彼女の両親は俺との結婚に反対だった。だから、彼女は結婚するために妊娠したフリをした。彼女は俺に、昔付き合ってた女が子供を
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第742話

「......償い?はっ、ははは......」 光莉は嘲笑しながら、高峯を睨みつけた。 「あんた、何を償うつもり?この世のすべてが償えるとでも思ってるの?ふざけないで......!あんたが奪ったのは、ただの子供じゃない。あんたが壊したのは、私の人生そのものなのよ!!」 叫ぶと同時に、光莉は勢いよくドアへ向かって駆け出した。 しかし― 「行かせるわけないだろ......!」 背後から強く抱きしめられる。 「放して!放しなさいよ!!」 「もし俺が息子を連れて行かなかったら、それこそお前の人生を滅茶苦茶にしてたんだぞ!」 「黙れ!あんたの言い訳なんか聞きたくない!!」 「俺は言い訳なんかしてない!当時、お前はまだ十九歳だった。大学に通っていて、しかも子供を抱えてた......それなのに俺とは一緒にいるつもりもなかった。そんな状況で、お前の人生がめちゃくちゃにならないはずがない!」 「......だからって、私に嘘をついていい理由にはならない!!」 「悪かった......それは認める。でも、もし俺が別の子供を拾ってきて、紀子の子供だって偽ってたら?それだってできたはずだ。でも俺はしなかった。お前のことを思ってたからこそ、あえて本当の息子を連れて行ったんだ!お前にとっても、そのほうが良かったんだ!光莉......あのとき俺は、お前が何の迷いもなく、自分の人生を追えるようにしてやりたかったんだ。子供が足かせになるなんて、俺は耐えられなかった......!」 「そんな戯言、聞きたくない!!もう十分よ!さっさと放しなさいよ!」 光莉の頭の中は、もうただひとつ― ここから逃げ出すことだけだった。 「どこへ行くつもりだ?」 高峯は必死に光莉を引き止める。 「俺が最低なのは認める。でもな、藤沢曜だって同じだろ!奴は結婚してるのに、堂々と浮気して、お前を捨てたんだぞ!そんな男とまだ一緒にいる理由があるのか!?どうして離婚しないんだ!!?」 「関係ないでしょ!私の人生にあんたが口を出す権利なんかない!!それに、私は彼と離婚しないわ。たとえ彼がクズだろうと、あんたの元には戻らない。世の中、男なんていくらでもいるのよ!なんであんたか彼しか選択肢がないと思ってるわけ?」 高峯は悔しげに目を閉じ、低く唸るように言った
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第743話

「修......?」 その名前を聞いた瞬間―高峯の目に、怒りの炎が燃え上がった。 「今になっても、まだあいつの息子のことを気にしてるのか!?お前にとって、西也は息子じゃないのか!?あんなにも酷い言葉を浴びせたあの子が......お前の本当の息子だっていうのに、少しも罪悪感を感じないのか!?」 「全部、あんたのせいよ!!もしあんたがもっと早く教えてくれていたら......こんなことにはならなかったのに!!」 光莉は怒りに震えながら叫んだ。 「見なさいよ、西也がどんな風に育ったか......!あの子、あんたそっくりよ!自分勝手で、冷酷で......!!」 「当然だろ!俺の息子なんだからな!」 高峯は嘲笑しながら言った。 「少なくとも、俺はあの子を手元に置いて育てた。遠藤家の跡取りとしてな。それに、紀子も一度だって手を出すことはなかった......!それに比べて、あいつはどうだった?自分の息子のことをちゃんと面倒見てやったか?別の女と浮気して、息子のことなんて放り出してただろ!!」 「......自分のしたことを、誇らしげに語るつもり?」 光莉は冷たい目で睨みつけた。 「笑わせないで。あんたがやったのは、子供を奪ったこと。それなのに、さも『俺が育ててやった』みたいな顔して......!あんたに、そんなことを言う資格なんてないわ!!私から子供を奪ったくせに!!」 高峯は沈黙した。 「......なら、お前は俺と一緒に育てる気はあったのか?」 低く、押し殺した声が響く。 「お前はあのとき、俺を憎んでた。俺のことを拒絶した。だから俺には、こうするしかなかったんだ......!」 「だからって、私から息子を奪っていい理由にはならない!!」 「俺が間違ってたのは認める!でも、お前だって間違ってたんだ!」 高峯は光莉の肩を力強く掴んだ。 「お前は意地を張りすぎた......!だからこそ、母子でこんなに長く引き裂かれたんだ!もう遅いかもしれないが、お前は西也に謝るべきだ。あの子を傷つけたんだからな!何年もの間、お前は彼を罵り、拒絶し、突き放してきた......それなのに、未だに修のことばかり......!どっちもお前の息子だろ!?なんで、そんなに差をつけるんだよ!!」 光莉の頭は混乱し、くらくらと揺れる。
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第744話

病院― 若子が受ける予定だったのは、ただの小手術だった。 だが、彼女の体調が原因で手術は想定以上に難航し、合併症まで引き起こしてしまった。 結果、手術はなんと六時間にも及んだ。 病院の廊下で待ち続けていた西也の顔には、疲労がにじみ出ていた。 時間が経つほどに焦燥感は増し、彼の心は痛みに締めつけられるようだった。 そして― ようやく、手術室の扉が開かれる。 西也は反射的に立ち上がり、駆け寄った。 「先生!若子は......!」 担当医はマスクを外し、大きく息を吐くと、ゆっくりとうなずいた。 「手術は成功しました。母子ともに無事です」 その言葉を聞いた瞬間― 西也の思考が、真っ白になった。 ......無事......?本当に......? 「遠藤さん、大丈夫ですか?」 医者が目の前で手を振る。 だが、西也はその場に立ち尽くしたまま、何も反応できなかった。 次の瞬間― ドサッ......! 彼の膝が床に落ちる。 「遠藤さん!?」 医者が慌てて手を差し出すが、西也はかぶりを振った。 「......大丈夫」 そう言いながら、ふっと笑みをこぼす。 いや、笑った―かと思えば、次の瞬間には涙が溢れていた。 「......無事だ......若子は......!」 声を震わせながら、顔を両手で覆う。 医者の目には、それが狂喜と安堵が入り混じった男の姿に映った。 ―母子ともに無事。 その言葉が、どれほど彼を救ったか。 「......よかった......本当に......よかった......!」 ちょうどその時、看護師たちが手術室から若子をベッドごと運び出した。 「若子......!」 西也は急いで立ち上がり、駆け寄る。 「彼女はいつ目を覚ますのか?」 若子の顔はまだ青白く、眠るように静かだった。 全身に残る手術の余韻―彼女がどれほどの苦しみを耐えたのかが、ありありと伝わる。 医者は疲れた様子で答えた。 「麻酔が切れるまで、まだ時間がかかります。おそらく、明日の午前中には目を覚ますでしょう」 「......そっか......」 「ただし、彼女には絶対に無理をさせないこと。ストレスや刺激は厳禁です。静かに休ませてください」
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第745話

花はそっと近づき、西也を見上げながら言った。 「お兄ちゃん、若子はまだ眠ってるよ。だから、先にご飯を食べてきて。それから戻ってきても遅くないでしょ?もし彼女が目を覚まして、お兄ちゃんが何も食べてないって知ったら......きっと心配するよ」 西也は小さく息を吐いた。 「......わかった」 ドアの前に立つ護衛たちに若子のことを頼んでから、西也は病室を後にし、食堂へ向かった。 席につくと、花が持ってきた弁当を開き、箸を渡してくる。 「お兄ちゃん、ちゃんと食べて」 西也は箸を手に取ったものの、口に運ぶ気になれなかった。 食べ物の味なんて、今はどうでもいい。 そんな彼の様子をじっと見つめていた花は、不意に眉をひそめた。 「お兄ちゃん......顔、腫れてるよ。痛くない?医者に診てもらった方がいいんじゃない?」 「......大丈夫。そのうち治る」 花は深くため息をつく。 「こんなことになるなんてね......お父さん、伊藤さんのこと、怒るかな?」 西也は淡々と答えた。 「さあ......でも、あの二人、どうやら知り合いみたいだった」 「えっ?」 花が目を丸くする。 「どうしてそう思うの?」 「......なんというか、あの時のお父さんの目......普通じゃなかった」 西也は考え込むように言った。 ―あれは、ただの視線じゃない。 そこには、何かを「所有したい」という執着が滲んでいた。 「......まあ、いいや。お兄ちゃん、早く食べて。冷めちゃうよ」 花は気を取り直すように微笑んだ。 西也は弁当に視線を落としたまま、低く呟いた。 「......俺、若子を殺しかけた」 握りしめた箸が震えている。 「妊娠を諦めれば、若子の命は確実に助かった......なのに俺は、子供を守るために......若子を危険に晒した」 手術は成功した。 結果だけ見れば、彼は「正しい選択」をしたのかもしれない。 でも、もしあと一歩間違えていたら― その考えが頭を離れない。 「お兄ちゃん......」 花は静かに彼の手を握った。 「そんなふうに自分を責めないで。彼女は真実を知らないから、お兄ちゃんを責めてるけど。お兄ちゃんは、若子と約束したんでしょ?だから、これで
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第746話

花は話題を変えるように言った。 「そうだ、お兄ちゃん。お父さん、お母さんと離婚したの、知ってる?」 西也は一瞬動きを止め、顔を上げた。 「......離婚?」 花はため息をつく。 「やっぱり、まだ聞いてなかったんだね」 西也は箸を置いた。 「......今日、お父さんが来たのは、その話をするためだったのかもしれないな」 「お兄ちゃんは......お父さんとお母さんの離婚、どう思う?」 「......さあな」 西也の声は淡々としていた。 「二人とも、もう半生を生きてきた。その上で出した決断なら、もう一緒にやっていけなかったんだろう」 彼は昔から、両親の関係が冷え切っているのを知っていた。 花はうつむき、寂しそうに呟く。 「......でも、お母さん、とても悲しんでたよ。お父さんのこと、本当に愛してたんだと思う。でも、お父さんはずっと冷たくて......それが、どんどん関係を悪くしていった」 「......お母さんのこと、心配?」 西也が静かに尋ねると、花はこくりと頷いた。 「うん。昨夜もずっとそばにいたんだけど......お酒をいっぱい飲んで、何か言いたそうにしてた。でも、最後まで何も言わなかった。たぶん......お父さんの悪口を言いたくなかったんだと思う」 しばらく沈黙が流れた後、花がぽつりと呟いた。 「ねえ、お兄ちゃん......お父さん、浮気してるんじゃない?」 「......」 西也は、無言のまま箸を握りしめた。 彼は知っていた。 父が昔から外で女遊びをしていたことを。 だが、それを花に言うわけにはいかない。 「......まあ、お兄ちゃんは記憶を失くしてるから、昔のことは分からないよね」 そう言いながら、少し寂しげに微笑む。 「お兄ちゃん、ずっと大変だったよね。お父さんには厳しくされて、ちょっとしたことで怒られて......お母さんも、そんなお兄ちゃんを気にかけることはなかった。まるで......他人みたいに扱われてた」 花は、ふと遠くを見るように言った。 「それに比べると、私はずっと甘やかされてたな......お母さんは私をかわいがってくれたし、お父さんも私にはあまり厳しくなかった。でも、お兄ちゃんは全部背負わされて......だから、記憶
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第747話

花が病院を出て行った後、西也も結局ほとんど食事をとらなかった。 軽く片付けた後、彼は再び若子の病室へ向かうことにした。 その途中― ブルブル...... ポケットの中のスマホが振動する。 彼は取り出し、画面を確認した。 ―知らない番号。 一瞬、眉をひそめたが、そのまま通話ボタンを押す。 「......もしもし」 「遠藤さん、ごきげんよう」 その声を聞いた瞬間― 西也の目が鋭く光った。 ―この声......! 「......お前か!」 間違いない。 若子を誘拐した、あの男の声だ。 「おやおや、覚えていてくださったんですね。感動しますよ」 「貴様......!!」 西也は、スマホを握る手に力を込める。 「よくもノコノコ電話をかけてきたな......!!」 「ええ、もちろんですよ。だって、警察の皆さんが全然僕を捕まえてくれないんですもの。待ちくたびれて、いっそ自首しようかと考えたくらいですよ」 ―ふざけるな。 男のふざけた口調に、怒りが込み上げる。 「......で、何の用だ?言っとくけど、若子には、もう指一本触れさせない。もし近づいたら―殺すぞ」 西也の声が低く響く。 だが、男はそれを楽しむように笑った。 「僕が彼女を傷つける?随分とひどいことを言いますね」 「......何?」 「前回、僕が彼女を助けたんですよ?忘れたんですか?」 男は楽しげに言葉を続ける。 「もし僕があの時、あの連中の手から彼女を奪わなかったら―あなたの大切な若子さんは、もっとひどい目に遭っていましたよ」 西也の顔色が、一瞬で変わる。 「......ふざけるな」 「事実ですよ?彼女を無事に返したのは、僕です。それとも、あなたはまさか自分が助けたとでも思っていたんですか?」 「......っ!!」 拳を強く握りしめる。 「それで、何が言いたい?」 「ふふ、落ち着いてくださいよ。単なる世間話です」 男は楽しげに笑うと、少し声を低くした。 「ところで、遠藤さん。あなたはどう思いましたか?あの時、藤沢修の胸に矢が突き刺さった瞬間」 西也の目が、冷たく光る。 「......何が言いたい?」 「あなたはあの光景を見て......嬉しかったですか?
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第748話

花は祖母の家に到着した。 両親が離婚した後、母は実家に戻っていた。 家に入るとすぐに、西片弥生が歩み寄ってきた。 「花、来たのね」 彼女は花の祖母であり、紀子の母親であり、遠藤家の女主人でもあった。 すでに七十歳を迎えていたが、その姿は五十代にも見えるほど若々しく、しっかりと手入れされた美しさを保っている。 そして―その気品と威厳は、一目で「強い女性」だと分かるものだった。 だが、そんな彼女も花を見ると、穏やかに目を細める。 「おばあさん」 花は彼女の腕をそっと取り、甘えるように言った。 「どうしたんですか?何か用があって呼ばれたんですか?」 弥生は優しく微笑み、花の手を引いてソファへ座らせた。 「ただ会いたかっただけよ。孫娘に会うのに、いちいち理由が必要なの?」 「そんなことないです!」 花はニコッと笑いながら、甘えた声で言った。 「でも、おばあさんが電話をくださったとき、何かあったのかと思って、急いで駆けつけたんですよ!」 「まぁ、なんていい子なの。私が可愛がった甲斐があるわね」 弥生は目を細めながら、孫娘の頬を優しく撫でた。 「そういえば、おばあさん、お母さんの様子はどうですか?」 花が尋ねると、弥生はちらりと二階へ目を向け、小さくため息をついた。 「......はぁ」 「やっぱり、まだ元気がないんですね?」 花は心配そうに立ち上がった。 「私、お母さんのところに行ってみます」 そう言って、階段に向かおうとした瞬間― 弥生がそっと花の腕を引き止めた。 「今はそっとしておいてあげなさい」 弥生の声には、静かな哀しみが滲んでいた。 「長年連れ添った夫婦が、突然離婚したのよ。どんな理由があったにせよ、簡単に吹っ切れるものじゃないわ」 彼女は、もう一度深いため息をついた。 「お母さんは、私たちには『自分から離婚を望んだ』と言っていたけれど......本当は違うかもしれないわね。 きっと、彼女はお父さんを庇っているのよ。私やおじいさんが彼を責めるのを避けるために、『自分が望んだこと』にしたのかもしれないわ」 花は祖母の腕にそっと手を回し、優しく言った。 「おばあさん、正直なところ、両親の関係は私もずっと見てきました。冷静に考えれば、お父さん
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第749話

「おばあさん......」 花は悲しそうに呟いた。 「じゃあ、お母さんは今、とても辛い思いをしているんですね?」 弥生は、深いため息をついた。 「辛いどころじゃないわよ......」 彼女は静かに続ける。 「今日の午前中、お母さんが泣いているのを見たの。彼女は本当は、あんたのお父さんと離婚したくなかった。でも......お父さんが......」 弥生は花の手をぎゅっと握りしめた。 「花、悪く思わないでほしいけど......おばあさんはね、あんたのお父さんに他の女がいると思っているのよ。それで、お母さんと離婚したんじゃないかって」 「えっ......?」 花は驚きのあまり、目を見開いた。 「おばあさん、それは本当なんですか?」 「実はずっと前からそんな話はあったの。あんたのお父さんがまだ若かった頃、恋人がいたって話を聞いたことがあるの。でも、私たちの娘―つまりあんたのお母さんと結婚するために、その恋人と別れたのよ。だから、当時はそれ以上追及しなかったわ。最近、彼が電話で昔の初恋の相手と話しているのを聞いた人がいるのよ。私はね、きっとまたその女性とよりを戻したんじゃないかって思ってるの。じゃなきゃ、結婚して三十年も経ってるのに、どうして今になって急に離婚するの?」 「そんな......」 花の胸がざわついた。 「おばあさん、私、お父さんに聞いてみます!」 彼女は立ち上がろうとした。 しかし― 「ダメよ!」 弥生がすぐに手を掴み、花の動きを止めた。 「こんなことを彼に聞いたって、素直に答えるわけないでしょう?」 「......でも、もし本当にそうだとしたら……あまりにもひどすぎます!!」彼女にとって、どちらも大切な家族だ。片方は母、もう片方は父。二人が離婚するだけでも、彼女にとっては十分に辛いことだった。もし本当に父が悪いのなら、彼女が母の味方につくのは当然のことだろう。 「あんたも見てきたでしょう?ここ何年もの間、彼女がどんな生活をしてきたか。 衣食住に困ることはなかった。でも、心の支えはあったの? 夫からの愛情もなく、ただ形だけの夫婦関係を続けてきた...... でも、彼女は、あんたを大事に育ててきたでしょう?お父さんより、お母さんのほうが、ずっとあ
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第750話

「おばあさん、安心してください。お父さんには絶対に気づかれません」 「いい子ね、やっぱり大事に育てた甲斐があったわ。調べがついたら、すぐに私に知らせなさい。お母さんがあんなに悲しんでいるのを見ると、胸が痛くてたまらないのよ......」 そう言いながら、弥生の目には涙が浮かび、そのまま頬を伝い落ちた。 「私の大事な娘が、どうしてこんな目に遭わなきゃならないの......」 「おばあさん、泣かないでください。大丈夫です、私が必ず真相を突き止めます。 もしお父さんが本当にそんなことをしていたのなら、私だって許しません」 弥生は花の手を優しく叩きながら、静かに言った。 「花、あんたは遠藤家の誇りよ」 ...... 紀子が階段を下りると、ちょうど花が家を出るところだった。 「あっ......」 彼女は呼び止めようとしたが、花は足早に去ってしまった。 少し戸惑いながら、弥生の元へ歩み寄る。 「お母さん、花が来てたんですね。どうして呼んでくれなかったんですか?」 弥生は落ち着いた口調で答えた。 「あんたは部屋で休んでいたでしょう?邪魔したくなかったのよ」 「お母さん......もしかして、花を呼んだのは、何か話したいことがあったからですか?」 その疑いを感じ取ったのか、弥生は隠そうともせず、静かに答えた。 「ええ、そうよ」 彼女は穏やかな表情のまま、率直に話を続けた。 「私は花に聞いたのよ。あんたが離婚した本当の理由をね。高峯が外に女を作ったんじゃないかって」 その言葉に、紀子の表情が変わった。 「お母さん、この話はもう何度もしましたよね」 彼女は母の隣に腰を下ろし、必死に説明する。 「離婚は私が決めたことです。誰のせいでもありません。もう彼とは一緒にいたくなかった、それだけなんです」 「なによ、そんなに真剣な顔して」 弥生は微笑みながらも、目は鋭かった。 「花は、何も知らないと言っていたわよ」 「もうこの話はやめましょう、お母さん」 紀子は焦ったように、少し強めの口調で言った。 「私はもう、高峯と離婚したんです。何が理由であれ、もう終わったことなんです。過去を追いかけても、余計に辛いだけじゃないですか......」 「あんた、今、幸せなの?当初、あんたは
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