若子は口元を引きつらせながら、控えめに笑った。「大丈夫です、別に悪い話というわけでもありませんから」 「そう?いやあ、私って思ったことをすぐ口にしちゃうタイプだけど、悪気は全然ないのよ。あなたたちが気にしないって言ってくれるなら、もう本当に嬉しいわ」 光莉は昼食を美味しそうに楽しんでいたが、若子と西也はどこか静かだった。そのせいで、まるで光莉が場の空気を微妙にしているような雰囲気になっていた。 食べている途中で、若子がふと立ち上がった。「ちょっとお手洗いに行ってきます。先に食べていてください」 彼女が席を外すと、西也はホストとしての役割を果たそうと、丁寧に話しかけた。「伊藤さん、若子のことを大事に思ってくださっているのはわかります。安心してください。僕は彼女を幸せにします」 光莉は冷たい視線を送りながら返した。「でも、あなたは記憶をなくしたんでしょう?過去のことを全部忘れているのに、どうやって彼女を幸せにするつもりなの?」 西也の表情が一瞬こわばったが、不機嫌な様子は見せなかった。ただ、その目にはどこか影があった。「彼女は僕の妻です。たとえ記憶を失っても、彼女を大切にすることは忘れません。僕たちは新しい記憶を作っていくつもりです」 「新しい記憶?」光莉は薄く笑った。「例えば昨日、レストランで私の息子を陥れて、若子に心配させたこと?確かに忘れられない記憶ね」 その瞬間、西也の顔は冷たくなった。光莉がここまで直接的に言うのなら、彼も飾るつもりはなかった。彼は箸を置き、冷静な声で問いかける。「伊藤さん、つまり今回は、僕を責めるために来たんですか?」 怒りを抑えつつも「伊藤さん」と呼び続けたのは、ただ若子のためだった。 「責めに来たわけじゃないわ。ただ、あなたのことを感心してるだけよ。遠藤高峯の息子だけあって、本当にすごいわ。少なくとも修には及ばないと思ってたけど、彼が直接的なやり方で相手を傷つけるとしたら、あなたは見えないところでやるのね。修にも見習わせたいわ。どうやったらそんな風に柔らかい刃を使えるのか」 西也は薄く笑った。「伊藤さん、そこまで褒めてくれるなら正直に言いますけど、息子さんには学ぶべきことがたくさんありますよ。例えば、自分の妻をどう大切にするか、とかね」 「妻の扱いなんて、あなたが心配することじゃないわ」光莉
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