ホーム / 恋愛 / 桜華、戦場に舞う / チャプター 951 - チャプター 957

桜華、戦場に舞う のすべてのチャプター: チャプター 951 - チャプター 957

957 チャプター

第951話

「あり得ません」スーランキーは思わず反論した。「いかに武芸に長けているとはいえ、我が平安京最強の武芸者に太刀打ちできるはずがない」「事実がそこにありますわ」長公主の声は冷たかった。「そして容易く捕らえられた。平安京随一とやらは権謀術数に溺れすぎた。権力への執着が、武芸の限界を決めたのです。上原さくらが幼くして万華宗で修行を積んだことは、調べておられたはず。万華宗がどのような場所か、ご存知なの?」「ただの武芸の流派ではありませぬか?何か特別なものでも?」スーランキーは言い返した。目の前の事実、テイエイジュが赤い鞭に打ち負かされたという現実があるにもかかわらず、上原さくらがそれほどの武芸の持ち主だとは、どうしても信じられなかった。北冥親王が打ち負かしたというのなら、疑問を抱くこともなかっただろう。「一流派の女弟子が、それもこれほど若くして、どれほどの腕前を持ち得ましょう」リョウアンも同調した。女性がそこまでの実力を持つなど、到底信じられなかった。レイギョク長公主は二人を見つめながら、心の中で愚か者と嘆息した。彼らの不信感は無知からくるもの。そしてその無知は、まさに彼らの傲慢さの表れに他ならなかった。女性が朝廷に仕えるということが、どれほどの苦難の道であるか。どれほどの涙と血を必要とするか。彼らには到底理解できまい。大和国はともかく、平安京ですら三年に一度しか女官を採用しない。それも僅か三つの枠を求めて、どれほどの志願者たちが寝食を削り、一刻の油断も許されぬ日々を送っていることか。わずか三時間の睡眠さえ惜しんで、必死に学び続ける者たちがいるというのに。まして大和国で唯一の女官である上原さくらは、玄甲軍の指揮を任されている。並々ならぬ武芸の腕がなければ、そのような重責を担うことなど叶わないはず。戦場で功を立てた経歴すらある身だ。もっとも、彼らの目には、これらすべてが北冥親王の引き立てによるものとしか映るまい。だが歴代の親王たちを見渡しても、己の妃を朝廷の要職に推挙できた者などいただろうか。長公主は、これ以上彼らを諭すことを諦めた。「皆様をお呼びしなさい。このような事態を招いた以上、明日の会談では方針を改めねばなりません」「方針を改めるとは?まさか譲歩でもするおつもりですか?」スーランキーが勢いよく顔を上げ、目に不満を滲ませながら言
続きを読む

第952話

会談を目前に控え、あまりにも多くの事が一度に起こっていた。迎賓館では誰もが眠れぬ夜を過ごし、刑部では夜を徹して尋問が行われていた。牢獄では、自白を終えた葉月琴音が北條守との最後の面会を懇願し続けていた。床に膝をつき、涙ながらに哀願する様は痛ましいものだった。刑部に収監されて以来、琴音がこれほどの弱さを見せたことはなかった。木幡次門は、会談が終われば琴音は必ず平安京の使者に引き渡されることになると考えていた。生死の問題ではなく、どれほど凄惨な最期を遂げるかという問題だった。死刑囚にさえ、死の直前に肉親との対面が許される。そう考えた木幡は、今宵に限り二人の面会を許可した。もちろん、牢獄の中でのことである。北條守が連れてこられると、衛士たちは牢の扉を開け、外で待機することとなった。当然、面会の前には北條守の身体検査が行われ、琴音が自害するのを防ぐため、一切の鋭利な物の持ち込みは禁じられた。もし何かあれば、取り返しのつかないことになるからだ。琴音は女子牢獄に独房で収監されていた。余りにも重要な容疑者であるため、木幡は厳重な警備を敷いていた。豆粒ほどの灯りが、二人の疲れ切った顔を照らしていた。関ヶ原の戦いから凱旋した時の意気揚々とした姿は、もはやどこにも見当たらない。残っているのは、言い表せないほどの疲労と惨めさ、そして絶望と途方に暮れた表情だけだった。「あなたのために、私は供述を変えたの」琴音は目の前の男を凝視した。彼の意気消沈ぶりに希望を見出せず、慌ただしい声で続けた。「関ヶ原のことは、あなたは何も知らなかったと話したわ。これであなたは助かるはず」「それは事実だ。俺は本当に何も知らなかった」北條守は静かに言った。「でも、あなたが関わる前は、佐藤大将が全ての黒幕だったはずよ」「そんな話が通るわけがない。お前の言葉だけでは、陛下も刑部も信用なさらぬ」琴音の顔が醜く歪んだ。「構わないわ。平安京がこれほどの手間をかけたのは、私一人の命が欲しいわけではないでしょう。関ヶ原で長年守りを固めてきた佐藤家を、平安京の人々は骨の髄まで憎んでいる。彼らが本当に狙っているのは佐藤家よ」北條守は彼女を見つめ、表情を引き締めた。「何をしようというのだ」「よく聞いて」琴音は言葉を選びながら続けた。「平安京の狙いは佐藤家と私。あなたは彼らにとって
続きを読む

第953話

彼女は決して簡単に命を諦める女ではなかった。たとえ惨めに生きようとも、死ぬよりはましだと考えていた。人生が永遠に不運であるはずがない――そう彼女は固く信じていた。生きていさえすれば、必ず再起の機会は訪れる。女将になれなくとも、別の道で這い上がればいい。この世は広大なのだから、十分な執念さえあれば、必ず自分の居場所は見つかるはずだ。だから、死ぬわけにはいかなかった。北條守は琴音の言葉を戯言のように感じた。「逃げ道を知っていたところで、何になる。平安京からどれだけの人数が来ているか分かっているのか?総勢百人以上、そのうち護衛だけでも六、七十人はいる。俺にはとても救い出せる相手ではない」「あなた一人でなくていい。北冥親王家が助けてくれるはず」琴音は息を潜めて囁いた。「私が平安京の手に落ちれば、佐藤承も連れて行かれるよう仕向けられる。北冥親王家は佐藤承を見捨てはしない。あなたは彼らについていくだけでいい。佐藤承を救う時に、ついでに私も助け出してもらえばいいの」北條守は背筋が凍る思いだった。「何を言っている?佐藤大将までも平安京に引き渡されるよう仕向けるだと?一体何を話すつもりだ」琴音は横目で彼を見やり、冷笑した。「知る必要はないわ。ただこの頼みを聞いてくれればいい。私を助ければ、あなたの借りは帳消しよ。それ以降は、私の生死があなたと何の関係もなくなる」「できない」北條守は深いため息をつきながら答えた。「そんなこと、俺にはできない」「北條守、あなたの心の中にはずっと上原さくらがいた。結局、私を裏切り続けたのね」琴音は冷ややかに見据えた。「それでも私は、あなたのために証言を変えた。その恩すら忘れるというの?」「教えてくれ、どうやって......」「助けるか助けないか、それだけ答えて」琴音は眉をひそめ、彼の言葉を遮った。「あなたが手を貸そうが貸すまいが、佐藤大将は無関係ではいられない。必ず私と一緒に平安京に連れて行かれる。この恩を返すか返さないか、それだけ答えなさい」北條守は疑惑の目で彼女を見つめ、呟くように言った。「こんな状況でまだ策を弄ぶつもりか」「当然よ。大人しく死を待つとでも?」琴音は腫れ上がった指を一本ずつ、北條守の目の前に突き立てた。歪んだ表情で続ける。「これほどの苦しみを味わいながら、私は佐藤大将の命令を受けたと言い張
続きを読む

第954話

有田先生は腹部を擦りながら、両手で顔をこすった。まったく困ったものだ。「淡嶋親王の屋敷に何か動きがあったか?」「馬車が三台、裏門に回されております。荷物を積み込んでいるようで、遠目には金品のように見えました」「逃げる気か」有田先生が呟く。「皆無さん、有田先生、途中で止めるべきでしょうか」当然ながら、有田先生は皆無の意見を仰ぐ。「皆無師範はいかがお考えでしょう」「どこへ逃げられよう。必ず燕良州へ向かうはず。尾行をつけさせ、途中で金品を全て奪い取らせよ。手ぶらで燕良州まで行かせるのだ。そして燕良州では......」皆無は水無月清湖に冷ややかな視線を向けた。「お前の配下に見張らせよ。やつの一挙手一投足、全て報告するように」「承知いたしました!」水無月は歯を食いしばって答えた。有田先生は監視をつけることは予想していたが、金品を全て奪い取るという手には感心した。実に手の込んだやり方だ。皆無幹心は二人を一瞥すると、ようやく慈悲の心を見せた。「水瓶を外に運んで下ろすがよい。それぞれやるべきことをやれ」二人は大赦を得たかのように喜び、震える手で水瓶を運び出した。瓶があまりに大きく、出入り口をかろうじて通れるほどで、もう少し狭ければ出し入れも叶わなかっただろう。水瓶を下ろすと、二人は再び戻って来て説教を待った。これまでに何度も罰を受けてきた経験から、一つ一つの手順を飛ばすわけにはいかないことを心得ていた。「師叔のご慈悲、誠にありがとうございます」皆無幹心は茶を一口啜り、ゆっくりと語り始めた。「師叔が意地悪く罰を与えているわけではない。恨むなら、あの出来の悪い師匠を恨むがいい。山で火薬の研究をして私の院を吹き飛ばしておきながら、京の弟子たちの助力を頼むとは。お前たちが少しは罰を受けねば、この胸の内の怒りも収まるまい」二人は顔を見合わせた。師匠はまた北森から手に入れた火薬の調合法を弄っているのか。以前、さくらが戦場へ赴くと知った時にも、そんなことをしていた。これまでにも試みはあったが、いつも失敗に終わり、ただの音と煙を立てるだけだった。今回は師叔の院まで吹き飛ばしたとなると......もしや成功したのか?水無月は思わず尋ねてしまった。「どのくらい破壊されたのですか?院全体が吹き飛んだのでしょうか?」愚かな質問だった。
続きを読む

第955話

玄武はその話題に触れる勇気もなく、急いで話を変えた。「いつお着きになられたのです?どうして一報くださらなかったのですか?」「お前たちには忙しい事情があろう。儂はここで様子を見守っておった。どうじゃ、事は運んだか?捕らえたのか?」この問いから、今夜の暗殺未遂事件を知っているのは明らかだった。玄武は誇らしげに答えた。「さくらたち三人でテイエイジュを捕縛し、刑部に送致しました。平安京一の武芸者を自称していましたが、さくらの前では大した手こずりもせずに転んでしまいました」「ふむ」皆無は淡々と応じ、さくらを横目で見ながら続けた。「あやつは取り柄といえば武芸だけ。それもまあまあというところじゃ。そもそもテイエイジュなど平安京一の武芸者でもなかろう。真の達人は朝廷には出仕せんのじゃ。やつを倒したところで大した手柄でもない。うぬぼれるでない」「はい」さくらは素直に頷いた。さくらは様々な出来事を経て、周囲の目は大きく変わっていた。同情を寄せる者、敬意を抱く者、妬みの目を向ける者。しかし唯一、皆無幹心だけは梅月山時代と変わらぬ態度で接していた。まるで何も変わっていないかのように。有田先生は宮宴以降の出来事を簡潔に説明した。燕良親王家と淡嶋親王の屋敷の動き、そして迎賓館からの報告を要約して伝えた。玄武が口を開く前に、皆無幹心が言い放った。「他のことは後回しでよい。睡眠だけは疎かにできん。お前は会談の主席だ。万事お前次第じゃ。早く休むがよい」師匠の言葉に逆らう道理もない。だが玄武は一つだけ気になることを尋ねずにはいられなかった。「師伯様が院を爆発させたとは、どういうことでしょう?」有田先生は慌てて目配せし、詮索を止めようとしたが、玄武は気付かない。「火薬を扱っていたら、爆発したということじゃ」皆無は淡々と答えた。「えっ?」玄武は師伯にそんな趣味があったとは知らなかった。「あれほど大きな院が、全て?」「いや、儂の寝所が吹き飛んだだけじゃ」「では師匠様、しばらく京にお留まりください」有田先生は意外だった。まさかこんな質問が許されるとは。皆無幹心に促され、玄武とさくらは休むために退室した。深水青葉も疲れたと言って立ち上がろうとしたが、皆無の冷たい声が飛んだ。「なに、明日の会談にでも出るつもりか?」椅子から半身を上げかけた深水は、
続きを読む

第956話

供述書は大和国の文字で記されており、平安京側は完全には理解できない。二人の通訳官が平安京の言葉で静かに読み上げていく。テイエイジュは全ての責任を自らに帰していた。かつて上原洋平が平安京軍を撃退し、多くの将兵が命を落とした。さらに上原さくらの外祖父である佐藤承が関ヶ原を守り続け、大小無数の戦いを繰り広げてきた。佐藤家への憎しみ、そして上原さくらへの憎悪が、今回の京での暗殺計画につながったというのだ。供述を聞き終えても、平安京使節団の表情は晴れなかった。結局のところ、如何様にも関ヶ原での争いと無関係にはできない事態となっていた。使節団は、北冥親王のやり方に一定の敬意を抱いた。この件を会談の取引材料にせず、その前に公正な解決を求めてきたことに。しかし、それだけに心は一層重くなった。むしろ卑劣に会談の場で取り上げてくれた方が、こちらも遠慮なく対応できたものを。リョウアンを除く使節たちは、心の中でスーランキーを罵り尽くしていた。兄のスーランジーと比べられるなどと思い上がって、自分が道化に成り下がっていることにも気付かないとは。玄武は平静を装いながら一同を見つめていた。会談とは、結局のところ心理戦なのだ。本来なら、はるばる来て罪を問う平安京側が被害者であり、条件を突きつける立場にあった。怒りを露わにし、詰問し、法外な要求さえできたはずだ。しかし王妃暗殺未遂という事件により、突如として立場が逆転してしまった。実際のところ、上原家の件でのみ非があるだけなのだが、暗殺未遂が昨夜起こり、その直後の今日が会談という時機が、彼らの心理を大きく揺さぶっていた。スーランキーは供述書を手の甲で押さえながら、玄武の視線を受け止め、声高に言った。「話は別だ。暗殺の件が事実かどうかは、まだ確認できていない。詳しい調査は後回しにして、本題に戻ろうではないか」玄武は姿勢を正し、厳しい表情で応じた。「事実かどうか確認できていないと?スーランキー殿は昨夜、自らの耳で聞いたはずだが。暗殺計画に疑念があるのなら、貴方がたの調査が終わるまで会談を延期してもよいが」「延期など許されない」スーランキーは苛立ちを隠せない。「説明が欲しいというのだろう?大和国での暗殺なら、大和国の法で裁けばよい。ここで時間を引き延ばすな」レイギョク長公主が突然怒声を上げた。「黙りなさ
続きを読む

第957話

スーランキーは腹の底から悔しさが込み上げてきた。本来なら、先制的に咎め立て、受け入れがたい条件を突きつけ、会談を決裂させて帰国後に宣戦布告するはずだった。それが今や、そうした手段は取れないばかりか、会談は受け身に回り、おまけに姪である長公主にまで見下される始末。これほどの屈辱はなかった。傍らに座る穂村宰相は、この展開に心を落ち着かせた。平和的な会談ができれば上々だ。鹿背田城の件は確かに大和国の過ちであり、謝罪と賠償による償いは当然として、まずは平和的な話し合いの機会が必要なのだ。平安京側は鹿背田城事件の記録を配布した。その中には多くの供述記録が含まれており、当時、平安京の皇太子と共に捕らえられた兵士たちの証言だった。命からがら生還した者たちが、当時の惨状を克明に語っていた。村の住民が皆殺しにされたわけではなく、難を逃れた者もいた。彼らもまた、その残虐さの一端を目撃していた。記録の中で、あの若き将は「ユウヨウ」と呼ばれ、平安京の先皇太子であることは明記されていなかった。しかし影森玄武と清家本宗は知っていた。ユウヨウとは先皇太子・ケイイキの字であることを。この記録を読み進めながら、玄武たちの胸は重く沈んでいった。葉月琴音と葉月天明らが幾度も取り調べを受け、全ての詳細を吐露するよう迫られたにもかかわらず、まだ隠し事があったのだ。民を人質に取り、虐待してユウヨウを誘い出そうとした残虐な手段。そしてユウヨウ自身への仕打ちも。レイギョク長公主は穂村宰相の存在を認識しており、シャンピンに命じて一部を手渡させた。玄武の合図で、賓客司の役人たちは上原家の惨殺事件の記録も配布し始めた。上原家の悲劇は関ヶ原と切り離せず、会談の場で避けては通れない案件だった。その場は死のような静寂に包まれ、ただ書類をめくる細かな音だけが響いていた。レイギョク長公主は長年朝政に携わり、決して慈悲深い性格ではなかったが、上原家の惨殺記録を読み進めるうちに、瞳に涙が滲んできた。最も痛ましく感じたのは、上原家の男たちが皆、国のために命を捧げ、残されたのは老人と子供、女性たち、そして使用人だけだったという事実だった。死に様は凄惨を極め、全員が刃物で無残に切り刻まれ、幼い子供たちすら容赦なく殺されていた。スーランキーは記録を粗く読み進め、百八の傷とい
続きを読む
前へ
1
...
919293949596
コードをスキャンしてアプリで読む
DMCA.com Protection Status