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第3話

メッセージを送った瞬間、私の魂が体からふわりと浮かび上がるのを感じた。

気がつくと、私は伊藤健一の傍にいた。

伊藤健一が実験レポートを書いているところに、田中美咲が後ろから抱きついて甘えるように言った。

「先輩、実験レポートのここがわからないの。教えてくれない?」

彼は優しく頷いて、資料を置くと、田中美咲の鼻を軽くつついて言った。

「どこがわからないの?手取り足取り教えてあげるよ」

そう言って、美咲を膝の上に座らせ、親密な様子で指導を始めた。

突然、伊藤健一の携帯に病院から電話がかかってきた。

「中村優子さんのご家族の方でしょうか?大変申し訳ありませんが、救命措置が及びませんでした。ご遺体の手続きにお越しいただけますでしょうか」

伊藤健一は何も答えず、電話を切った。

「また優子か。誰かと示し合わせて騙そうとしてるんだろ。家から出られないくせに、こんな小細工で私を呼び戻そうとしてる」

もう一度電話がかかってきたが、伊藤健一は舌打ちをして切り、すぐにその番号をブロックして削除した。

携帯を投げ出すように置くと、また田中美咲とレポートの話に戻った。

周りの同僚たちは二人の甘い雰囲気に眉をひそめていた。

山田良介はとうとう我慢できなくなり、振り向いて嫌味を言った。

「何もできないくせに、よく入社できたもんだな。研究室で恋愛ごっこばかりして、気持ち悪い」

伊藤健一は立ち上がって反論した。

「お前に関係ないだろ。迷惑かけてないんだから、自分の仕事だけしてろよ」

田中美咲は健一の後ろに隠れ、彼の服を軽く引っ張りながら言った。

「先輩、怒らないで。山田さんの言うとおりです。私が悪かった。しばらく距離を置きましょう。優子さんのことを片付けてから、また会いましょう」

そう言って、涙を拭いながら口を押さえて研究室を飛び出した。

伊藤健一は山田良介を睨みつけてから、慌てて後を追いかけた。

残された同僚たちは口々に言った。

「奥さんが可哀想だよな。こんなクズと何年も一緒にいたのに」

「ほんと。佐藤さん、二人の関係どうするつもりなんだろう」

伊藤健一が眉をひそめて悩んでいる様子を見て、私は言いたかった。

もう私のことで悩まなくていいのよ、私はもういないから。

あなたはもう自由だよ。

伊藤健一は田中美咲を抱きしめ、優しく背中をさすった。

田中美咲は泣きながら、伊藤健一の胸に顔を埋めたまま、か細い声で尋ねた。

「先輩、さっき優子さんを突き飛ばしちゃいましたよね。怪我してないでしょうか。何度も電話がかかってきてたし......」

でも伊藤健一は全く気にしない様子で答えた。

「気にすることないよ。あんな軽く転んだだけで何もないさ。ただの嫉妬で、またいつもの可哀想アピールをしてるだけだよ」

田中美咲はその言葉を聞いて、伊藤健一の胸の中でもじもじしながら言った。

「そうですか。先輩がそう言うなら、私、もう罪悪感持たなくていいんですね」

伊藤健一は田中美咲の涙を拭いて、愛おしそうに頭を撫でた。

「罪悪感なんて持つ必要ないよ。あいつはお前みたいに気が利くわけじゃない。家で病気の振りして甘えてばかりだよ」

ちょっと考えてから、携帯を取り出し、私が送ったメッセージを見て笑いながら返信を打った。

「もう冗談はいいだろ。本当に怪我したのか?必要なら病院に様子見に行くぞ」

田中美咲は首を伸ばしてメッセージを覗き込み、寂しそうな声で言った。

「先輩、優子さんのところに行ってあげてください」

そう言って伊藤健一を駐車場の方へ押しだした。

でも数歩も歩かないうちに、田中美咲が突然叫んだ。

「あっ!」

彼女はしゃがみ込んで足首を押さえ、涙を堪えているようだった。

「美咲!足捻ったのか?こっち来て座って」

伊藤健一はすぐに彼女を近くの椅子に座らせ、優しくヒールを脱がせて、そっと足首をマッサージし始めた。

田中美咲は足を引っ込めようとして、健一を押しのけながら言った。

「先輩、先に優子さんのところに行ってください。私はちょっと休めば大丈夫です」

「いいんだ。あいつは自分で何とかできる。それより君は足を捻って、歩くのも大変だろう。ほら、おぶってあげるから」

そう言って、背中を向けて田中美咲を背負い上げた。

田中美咲は照れくさそうに健一の首筋に顔を埋めたが、その表情には隠しきれない得意げな様子が浮かんでいた。

二人が研究室に戻ってきた時、ちょうど雑談していた同僚たちの会話が聞こえてきた。

「聞いた?隣の総合病院で骨形成不全症の患者さんが亡くなったらしいよ」

「確か......中村さんって人だっけ?」

伊藤健一の足が急に止まり、心臓が一瞬止まったような顔をした。

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