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見えない流れ
見えない流れ
Author: 氷菓子

第1話

ニュースがあらゆるメディアで流れ、新聞に掲載される情報はどんどん曖昧になっていった。

誰かが言った、二人の少女は少年によって突き落とされたのだと。

私は無言のまま、警察が手渡してきたジップロックを受け取る。

携帯の画面には、まだ十八歳のままの少年が映っている。

私は拳を握りしめ、救われた少女たちのピンク色のバスタオルに包まれた姿をじっと見つめた。

彼女たちは震えながら、わざと私の視線を避けている。

私はカメラを構え、溺れていた少女たちにレンズを向けた。 「助けた少年に、何か言いたいことはあるか?」

歯が震え、手のひらは氷のように冷たくなっていく。

肩まで伸びた髪の少女が、私のカメラをはじき落とし、40万円もするカメラのレンズにひびが入った。

「何撮ってんのよ。さっきまで水にいたの、見てないの?個人のプライバシーって分かってんの?」

背の低いもう一人の少女も、同調するように言った。 「最悪。なんでカメラを胸に向けてるの?」

私は無言で、穏やかな河面を見つめた。

まるで言葉少なかった息子が、疲れ果てながらも必死に足掻いている姿が目に浮かぶようだった。

見物人がどんどん増え、私はその輪の外に押し出されていった。

少女たちがわざと低くつぶやく声が、私の耳に届いた。

「助けてくれなんて頼んでないのに」

私は振り返り、二人の少女をずっと見つめた。

私の息子、上野健はいつもおとなしく、氷点下の寒さの中で川沿いにスケートをしに行くなんてありえない。

彼女たちの姿はどんどんかすんでいき、目が痛くなった。

「上野さん、この件どう報道します?」

私は無感覚になり、オフィスでエアコンの風を聞きながら座っていた。

「事実を書け」

二日後、新聞はこう報じた。

「少年、命をかけて恩知らずを救う」というタイトルが白い文字に赤く太字で強調されていた。

次の日、スマホの画面が明滅し、少女たちのアカウントがライブ配信を始めた。

「そのありふれた男が私たちをバーに誘おうとして、断ったら私たちは水に突き落とされたのよ」

彼女の頬に流れる涙に、コメント欄は同情であふれた。

「うわ、くさい男、ざまあみろ」

「お姉さん、辛かったでしょう」

「男の子はもっと反省するべきだよね」

私はコメントをした。

「本当のことを言ってくれませんか?」

だが、そのコメントはすぐに画面の底へ押し流され、何の反響もなかった。

新聞の記事が大反響を呼び、私はそのニュースのおかげで副編集長に昇進した。

私は息子の部屋で、彼の写真を撫でながら座っていた。

写真の中、幼い息子は優しい笑顔を浮かべている。

息子のSNSのパスワードは彼の誕生日だった。何度か試して、ようやくログインに成功した。

震える指で息子のチャット履歴をスクロールしていると、彼が溺れたその日、ピンク色のアイコンの人からメッセージが届いていた。

「秘密を皆に知られたくなければ、柳川に来い。欲しがってたものを渡す」

息子が返信したときには、すでに削除されたので、メッセージは送れなかった。

ピンクのアイコンの人は何も投稿しなかった。

私は息を詰まらせ、拳を壁に叩きつけた。

警察に通報した後、すぐにその人が調べ上げられた。

それは、溺れていた少女の一人、木村奈緒だった。彼女は、息子が女の子と付き合っていることを偶然見かけ、写真を撮ったと言い、柳川でその写真を返したと主張した。

息子が彼女たちに復讐しようとして、川に突き落としたのだという。

私は抑えきれない怒りで、今にも取調室に飛び込もうとしていた。

警察がさらに尋ねた。 「それで、上野健はどうやって川に落ちたんですか?」

奈緒は前髪を整えながら、冷たい表情で答えた。

「彼が私を押すとき、私も彼をつい引っ張ったんです。警察の方、これは本能的な反応ですよ」

チャット履歴も監視カメラもないため、すべては木村奈緒の証言に基づいていた。

警察署を出ると、大雨が降り始めた。

私は花壇の階段にぼんやりと腰掛け、息子が生前に残したボイスメッセージを、携帯で聞いていた。

最後の一言を聞いてしまった。

「パパ、川沿いに迎えに来て」

私は携帯を地面に落としてしまった。もし私がもっと早く行っていれば、息子は水に落ちていなかっただろう。

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