「結構食べたな?」
「はい。お腹いっぱいになりました」
「美味そうに食べてたもんな、紅音」
そんな爽太さんが向ける笑顔には、少しだけ不思議な気持ちになった。
爽太さんと一緒にいると、とても楽しい。幸せだなと感じる時もある。
こんなこと感じるなんて、あまり良くないのかもしれないけど……。だけど私は、爽太さんのこととてもいい人だと思っている。こんな私を拾ってくれて、借金を全額返済してくれて……。
ニ年という期間だけど、私は今爽太さんの妻になれて良かったと思っている。 だって爽太さんがいなければ私は、今頃どうなっていたのか分からないから。「……あの、爽太さん」
「ん?どうした?」
「爽太さん……」
私を見つめる爽太さんのその目に吸い込まれるかのように、私は一歩ずつ爽太さんに近付いていた。
そして爽太さんのその唇に、吸い込まれたかのようにそっと唇を重ね合せていた。「……え?」
「あ……!す、すいません! 私っ……!」
わ、私ってば、なんてことを! いきなりキスするなんてっ……!
自分の行動に驚いた私は、そのまま後ずさりしてそのまま下を向いて歩き出してしまった。
「紅音っ……!待てって!」私の後を追いかけてきた爽太さんに、腕を掴まれた私は、振り返る形で爽太さんとそのまま目が合った。
その瞬間、心臓がバクバクして激しく鼓動が揺れる。ドキドキして、恥ずかしくなりそうだった。「……そ、爽太、さん?」
「キスしたいなら、そう言えばいいだろ?」
「……え?」
それはどういう意味なのだろうか……。って、私、爽太さんとキスしたいって思われてたの?
そ、そんなつもりなかった、はずなのだけど……。いや、もうどうだったのかも分からない。「紅音からキスするなんて、反則だ」
「……へ?」
は、反則……とは?
「キスは俺からしてやるから」
「え、爽っ……んんっ」
その言葉の後、手を握られそのまま爽太さんからキスされた。 私はそのキスを、目を閉じて受け入れていた。
「……行くぞ、紅音」
「は、はいっ……」
き、キスしてしまった! しかもニ回も。いや、夫婦なのだから当たり前なのだけど……。
だけどなんだか、すごく恥ずかしくて、照れてしまった。✱ ✱ ✱
それから数日後、私は爽太さんと一緒に、爽太さんの家族の元へと来ていた。
爽太さん家はご両親、そして弟と妹の三人兄妹だ。爽太さん家の家族は、みんな優しい。 いきなり妻になった私にも、優しく接してくれる。「爽太、紅音さん、いらっしゃい!どうぞ入って」
「お、お邪魔します……」
爽太さんの家はとても広くて、家に入るのが恐れ多いくらいだ。
「こんにちは、紅音さん」
「こ、こんにちは。沙和さん」
明るい笑顔で出迎えてくれたのは、爽太さんの妹で私と同い年の沙和(さわ)さん。
私のことを紅音さんと呼んでくれて、気作に話しかけてくれる。笑顔が本当に似合う清楚な女性だ。 私にはないものを持っていて、正直とても羨ましい。「紅音さん、そのお洋服、とても似合ってる」
「え、そうですか……?」
私よりも沙和さんが着たほうが似合うのでは?と思わなくはないけれど……。
褒められると、ちょっと嬉しい。「うん。紅音さんにピッタリだね」
「あ、ありがとうございます……」
なんかこう、恐れ多い……。
「それ選んだのって、もしかしてお兄ちゃん?」
沙和さんからそう聞かれて私は「は、はい。一応……」と答えた。
「やっぱり。そうかなって思ったよ」
「ど、どうして分かったんですか?」
と問いかけると、沙和さんは「だってお兄ちゃんの好きそうなデザインだもん」と言って笑っていた。
「そ、そうなんですか……?」
「そう。お兄ちゃんは昔から、大切な女性には必ず花柄のワンピースをプレゼントをするって決めてるみたいだから」
「大切な……女性?」
それってその、私以外の女の人にもって、ことだよね……?そうだよね……。爽太さんは本当にカッコイイし、そりゃあモテるよね。
私みたいな凡人、やっぱり釣り合う訳ないよね……。妻になってみて、本当にそう思う。私みたいな凡人に、爽太さんのような爽やかイケメンは似合わない。 私みたいな女が爽太さんのそばにいるなんて、おかしな話だもんね……。
自分でも思ってるくらいだもん。 「紅音さん……?」「……え?」
「どうしたの?大丈夫?」
「は、はい。大丈夫です。……すみません」
ダメダメ。そんなこと考えてても仕方ない。
だって私たちは、あと一年半後には離婚するんだから。 変な感情を持ったら、戻れなくなってしまう気がする。「紅音さん、お待たせ! どうぞ座って!みんなでお茶にしましょう!」
そんなことを考えていた時、爽太さんのお母様の明るい声が聞こえてきた。
私は精一杯の笑顔を向けて「ありがとうございます。お母様」と言葉を発した。「紅音さん、チョコチップクッキーも焼いたから、遠慮なく食べてね?」
「はい。ありがとうございます」
お母様はお料理が本当に上手な方で、こうしたお菓子まで手作りしてしまう。
本当にすごいと思うし、尊敬してしまう。「美味しいです」
「あら本当?良かった」
お母様の手作りクッキーは、甘さ控えめでしっとりしていて、とても美味しかった。 紅茶との相性もバツグンで、クッキーとのハーモニーが心地よい。「甘さ控えめで、食べやすいです」
「良かったわ。遠慮しないで、好きなだけ食べてね」
「ありがとうございます」
爽太さんのお母様は、本当に優しいな……。
両親が二人とも他界している私にとって、家族がこんなに幸せそうに見えることは羨ましいし、なんとなくだけど理想の家族像な気がした。
「ところで爽太」
爽太さんのお父様が、少し険しい顔で爽太さんを見ていた。
「何だよ、父さん」
「お前たち、子供は作らないのか?」
「えっ」
私はその問いかけに思わず、言葉が漏れてしまった。
「今のところ予定はない。 まだ新婚なんでね」
「そうか。……まあこの先の夫婦生活は長いんだ。孫の顔も、焦ることはないか」
「そうですよ、お父さん。焦ることないですよ」
お父様のその言葉に、爽太さんは黙り込んでしまった。 そしてそのまま何も言わなかった。
私たちは確かに新婚だ。だけど結婚しても、子供は作らないというルールがある。
ニ年間の結婚生活の中で、すでに離婚を前提とした夫婦となっている。 そんな私たちが子供を作ることはあり得ないし、そんなのは出来る訳ないのだ。「紅音さん、お兄ちゃんにいじめられたりしてない?」
「まさか! すごく優しくしてもらっていますので……」
沙和さんからそう聞かれた私は、そう答えた。「本当?ならよかった。 お兄ちゃん結構厳しいとこあるから、もしいじめられたりしたらすぐに私に言ってね?」「あ、ありがとうございます」 そんな、いじめられたりなんて……しないよね……?「おい沙和。お前変なこと紅音に吹き込むなよ」「だってお兄ちゃん、好きな人出来たらいじめちゃうタイプでしょ?」 「え、そうなんですか?」 私はその言葉に、思わず隣に座る爽太さんの方を見た。 本当に? 全然、そんな風に見えないのだけれど……。「おい沙和……! 紅音が本気にするからやめろって言ってるだろ……!」「お兄ちゃんダメだよ。紅音さんのことちゃんと大切にしてあげなきゃ」 そんな兄妹の他愛もない会話を聞いているだけで、なんだかほっこりする。 私にもし兄妹がいたら、こんな風に笑ったり出来ていたのかな……。「沙和、お前楽しんでないか?」 そこに言葉を発してきたのは、爽太さんの弟の爽哉(そうや)さんだ。 爽哉さんはクールな感じで、ちょっとミステリアスな雰囲気がある人だった。「そ、そんなことないよ?」「沙和、同い年だからってあんまり兄貴の嫁をからかっちゃダメだぞ? 一応、小田原家長男の奥さんなんだから」「わ、わかってるもん……!」 爽哉さんは本当に大人びているな……。爽太さんとは二つ違いの28歳で、現在は俳優やモデルとしても活躍している小田原家の次男だ。 長男である爽太さんが私と結婚したことで、本人は自分は結婚しなくて済むから楽なんだと言っているらしい。 だけど俳優さんとして活躍している爽哉さんは、今出演中のドラマの撮影をもうすぐでクランクアップした後、休む間もなくすぐに主演映画の撮影に入るらしく、多忙な日々を送っているとのこと。 俳優だけでなく雑誌のモデルの仕事もあるため、その後も仕事が立て続けに入っているらしい。「じゃあ俺、撮影あるからもう出るわ。 紅音さん、ゆっくりしてって」「ありがとうございます。 お仕事、頑張ってください」「ありがとう。じゃあ」「気をつけるのよ、爽哉!」 仕事に出掛ける爽哉さんをみんなで見送った。「爽哉さん、お仕事お忙しそうですね」「アイツはたまに、撮影後も役を引きずって来る時があるけどな」「え、そうなんですか?」 やっぱり俳優さんだから、演じた役ってなかなか抜け
ある日突然、私は期間限定で夫と結婚することになった。しかも二年間という、期限付きで。 それは【離婚を前提とした結婚】であることを示していた。✱ ✱ ✱「爽太(そうた)さん、おはよう」「紅音(あかね)、おはよう」 私と爽太さんと結婚したのは、半年前のこと。 そのきっかけになったのは、父親の借金だった。 父親が多額の借金を作ってしまい、返せなくなった父親は、首を吊って自殺した。 その事実を知ったのは、父親が亡くなったすぐ後のことだった。 まさか私の名前を借りて借金していたとは知らなかった私は、その後すぐに借金を取り立てを受け、地獄を味わうことになった。 毎日借金取りが家にやってきて、金を返せと言われた。 時には金を払えないなら自分の身体で払えと言われて、その日も無理矢理連れて行かれそうになった。 そんな時私助けてくれたのが、私にとってはヒーローである爽太さんだった。「やめてっ、離してよっ……!」「暴れるんじゃねーよ!」「おい。女一人によってたかって何してんだ。イヤがってるだろ?」 それが、私と爽太さんとの出会いだった。そしてその日は、私の25歳の誕生日だった。「コイツの父親が借りた借金返さねぇから、返せって言ってるだけだろ?」「だからって身体で払えなんて、そんなセクハラまがいな発言していい訳ないよな?」「うぜぇ……。何なんだよてめぇは!?」 あの時、そう言って殴りかかる男の拳を受け止めた爽太さんは、その男たちを撃退してくれたのだった。「大丈夫か?」「……ありがとう、ございました。助けて頂いて」 私はあの時、爽太さんに助けてもらったからこそ、こうして恩返しが出来ている気がする。「……お前、借金どのくらいあるんだ?」「え……?」「借金。父親が借金、してるんだろ?」「……500万です」 その言葉の後、爽太さんは「500万? そんなにあるのか、借金」と言って私を見ていた。「……はい。父親が借金してると知ったのは、父親が死んだ後です。 気が付いたら、私が払うことになっていました」 父親の借金を抱えて生きていくのは、とても辛い。毎日こうして取り立てられて、生きてくことに疲れてしまった。「……もう、イヤだ」 父親の借金さえなければ、わたしは今頃幸せになっていた。「……お前、名前は?」「……え?」 その時、爽太さん私の
✱ ✱ ✱「さ、入ってくれ」「お、お邪魔、します……」 うわ、大きいお家だな……。広さどのくらいなのかな……なんて考えてしまうほど、爽太さんのお家は大きかった。 爽太さんの家に招かれた私は、爽太さんから「紅音、これにサインしてくれ」と一枚の紙を渡された。「……あ、はい」 渡されたそれは婚姻届で、私はそれにサインをした。 私の保証人の欄には、職場の人にサインしてもらうことにした。「紅音、君に伝えなければならないことがあるんだ」「え? 伝えなければ、ならないこと……?」 それは何なのだろうか……。まさかまた何か、あるのだろうか……。「この結婚だが……。この結婚は契約結婚だ」「け、契約、結婚……?」 一体どういうことなのだろうか……。契約結婚……?「俺との契約結婚の期間は、明日から二年だ」「二年……?」 わたしたちは二年間だけの、夫婦ってこと……? 契約結婚……。どうして、契約なのだろうか……?「俺たちは明日、ニ年間の夫婦になる」「ニ年……ですか」「そうだ。 ニ年間の゙期間限定夫婦゙だ」「き、期間限定夫婦……ですか?」 期間限定夫婦って……。結婚にそんなワードはさすがに聞いたことはないけど、まあいいか。「明日、お前の借金も全部俺が返済しておいてやる。そうすればお前は、これから借金取りに追われなくて済むだろう」「……ありがとう、ございます」 そして爽太さんからもう一つ、結婚するための条件を出された。 それは【子供を作らないこと】だ。 ニ年間だけの結婚生活を送る上で、子供は絶対に作らないことを契約された。 私は借金を返済してもらう代わりに、その条件を全て飲んだ。 生きていくための手段として、それを了承したのだ。「……爽太さん。これからニ年間、よろしくお願いします」「ああ。よろしくな」 そしてその日は、私の誕生日だった。 25歳になったばかりの日に、こんなことになって、正直戸惑ったりもしている。 だけどその日から私は、爽太さんの゙妻゙としてこの小田原家にやってきた。 最初はどうなるのかわからずおどおどしていたが、徐々に小田原家にも慣れていった。 それから半年が過ぎ、わたしはこうして爽太さんと夫婦として楽しく過ごしている。 爽太さんのおかげで、毎日の生活が楽しくなった気がした。 爽太さんがいてくれるから、
そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。 返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。 ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。 それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。 そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。 それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。 だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。 少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。「紅音!」「爽太さん……!」 仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。「すまない。遅くなってしまった」「いえ、大丈夫です」 初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。「さ、行こうか」「はい」 爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。 夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」「え、分かりますか……?」 確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。 まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」「……ありがとう、ございます」 【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。「紅音、今日は過ごしやすいな」「そうですね……。過ごしやすいです」 手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。「爽太さんの手……温かいです」「そうか?」 この温
沙和さんからそう聞かれた私は、そう答えた。「本当?ならよかった。 お兄ちゃん結構厳しいとこあるから、もしいじめられたりしたらすぐに私に言ってね?」「あ、ありがとうございます」 そんな、いじめられたりなんて……しないよね……?「おい沙和。お前変なこと紅音に吹き込むなよ」「だってお兄ちゃん、好きな人出来たらいじめちゃうタイプでしょ?」 「え、そうなんですか?」 私はその言葉に、思わず隣に座る爽太さんの方を見た。 本当に? 全然、そんな風に見えないのだけれど……。「おい沙和……! 紅音が本気にするからやめろって言ってるだろ……!」「お兄ちゃんダメだよ。紅音さんのことちゃんと大切にしてあげなきゃ」 そんな兄妹の他愛もない会話を聞いているだけで、なんだかほっこりする。 私にもし兄妹がいたら、こんな風に笑ったり出来ていたのかな……。「沙和、お前楽しんでないか?」 そこに言葉を発してきたのは、爽太さんの弟の爽哉(そうや)さんだ。 爽哉さんはクールな感じで、ちょっとミステリアスな雰囲気がある人だった。「そ、そんなことないよ?」「沙和、同い年だからってあんまり兄貴の嫁をからかっちゃダメだぞ? 一応、小田原家長男の奥さんなんだから」「わ、わかってるもん……!」 爽哉さんは本当に大人びているな……。爽太さんとは二つ違いの28歳で、現在は俳優やモデルとしても活躍している小田原家の次男だ。 長男である爽太さんが私と結婚したことで、本人は自分は結婚しなくて済むから楽なんだと言っているらしい。 だけど俳優さんとして活躍している爽哉さんは、今出演中のドラマの撮影をもうすぐでクランクアップした後、休む間もなくすぐに主演映画の撮影に入るらしく、多忙な日々を送っているとのこと。 俳優だけでなく雑誌のモデルの仕事もあるため、その後も仕事が立て続けに入っているらしい。「じゃあ俺、撮影あるからもう出るわ。 紅音さん、ゆっくりしてって」「ありがとうございます。 お仕事、頑張ってください」「ありがとう。じゃあ」「気をつけるのよ、爽哉!」 仕事に出掛ける爽哉さんをみんなで見送った。「爽哉さん、お仕事お忙しそうですね」「アイツはたまに、撮影後も役を引きずって来る時があるけどな」「え、そうなんですか?」 やっぱり俳優さんだから、演じた役ってなかなか抜け
「結構食べたな?」「はい。お腹いっぱいになりました」「美味そうに食べてたもんな、紅音」 そんな爽太さんが向ける笑顔には、少しだけ不思議な気持ちになった。 爽太さんと一緒にいると、とても楽しい。幸せだなと感じる時もある。 こんなこと感じるなんて、あまり良くないのかもしれないけど……。 だけど私は、爽太さんのこととてもいい人だと思っている。こんな私を拾ってくれて、借金を全額返済してくれて……。 ニ年という期間だけど、私は今爽太さんの妻になれて良かったと思っている。 だって爽太さんがいなければ私は、今頃どうなっていたのか分からないから。「……あの、爽太さん」「ん?どうした?」「爽太さん……」 私を見つめる爽太さんのその目に吸い込まれるかのように、私は一歩ずつ爽太さんに近付いていた。 そして爽太さんのその唇に、吸い込まれたかのようにそっと唇を重ね合せていた。「……え?」「あ……!す、すいません! 私っ……!」 わ、私ってば、なんてことを! いきなりキスするなんてっ……! 自分の行動に驚いた私は、そのまま後ずさりしてそのまま下を向いて歩き出してしまった。 「紅音っ……!待てって!」 私の後を追いかけてきた爽太さんに、腕を掴まれた私は、振り返る形で爽太さんとそのまま目が合った。 その瞬間、心臓がバクバクして激しく鼓動が揺れる。ドキドキして、恥ずかしくなりそうだった。「……そ、爽太、さん?」「キスしたいなら、そう言えばいいだろ?」「……え?」 それはどういう意味なのだろうか……。って、私、爽太さんとキスしたいって思われてたの? そ、そんなつもりなかった、はずなのだけど……。いや、もうどうだったのかも分からない。「紅音からキスするなんて、反則だ」「……へ?」 は、反則……とは?「キスは俺からしてやるから」「え、爽っ……んんっ」 その言葉の後、手を握られそのまま爽太さんからキスされた。 私はそのキスを、目を閉じて受け入れていた。「……行くぞ、紅音」「は、はいっ……」 き、キスしてしまった! しかもニ回も。いや、夫婦なのだから当たり前なのだけど……。 だけどなんだか、すごく恥ずかしくて、照れてしまった。✱ ✱ ✱ それから数日後、私は爽太さんと一緒に、爽太さんの家族の元へと来ていた。 爽太さん家はご両親、
そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。 返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。 ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。 それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。 そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。 それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。 だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。 少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。「紅音!」「爽太さん……!」 仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。「すまない。遅くなってしまった」「いえ、大丈夫です」 初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。「さ、行こうか」「はい」 爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。 夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」「え、分かりますか……?」 確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。 まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」「……ありがとう、ございます」 【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。「紅音、今日は過ごしやすいな」「そうですね……。過ごしやすいです」 手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。「爽太さんの手……温かいです」「そうか?」 この温
✱ ✱ ✱「さ、入ってくれ」「お、お邪魔、します……」 うわ、大きいお家だな……。広さどのくらいなのかな……なんて考えてしまうほど、爽太さんのお家は大きかった。 爽太さんの家に招かれた私は、爽太さんから「紅音、これにサインしてくれ」と一枚の紙を渡された。「……あ、はい」 渡されたそれは婚姻届で、私はそれにサインをした。 私の保証人の欄には、職場の人にサインしてもらうことにした。「紅音、君に伝えなければならないことがあるんだ」「え? 伝えなければ、ならないこと……?」 それは何なのだろうか……。まさかまた何か、あるのだろうか……。「この結婚だが……。この結婚は契約結婚だ」「け、契約、結婚……?」 一体どういうことなのだろうか……。契約結婚……?「俺との契約結婚の期間は、明日から二年だ」「二年……?」 わたしたちは二年間だけの、夫婦ってこと……? 契約結婚……。どうして、契約なのだろうか……?「俺たちは明日、ニ年間の夫婦になる」「ニ年……ですか」「そうだ。 ニ年間の゙期間限定夫婦゙だ」「き、期間限定夫婦……ですか?」 期間限定夫婦って……。結婚にそんなワードはさすがに聞いたことはないけど、まあいいか。「明日、お前の借金も全部俺が返済しておいてやる。そうすればお前は、これから借金取りに追われなくて済むだろう」「……ありがとう、ございます」 そして爽太さんからもう一つ、結婚するための条件を出された。 それは【子供を作らないこと】だ。 ニ年間だけの結婚生活を送る上で、子供は絶対に作らないことを契約された。 私は借金を返済してもらう代わりに、その条件を全て飲んだ。 生きていくための手段として、それを了承したのだ。「……爽太さん。これからニ年間、よろしくお願いします」「ああ。よろしくな」 そしてその日は、私の誕生日だった。 25歳になったばかりの日に、こんなことになって、正直戸惑ったりもしている。 だけどその日から私は、爽太さんの゙妻゙としてこの小田原家にやってきた。 最初はどうなるのかわからずおどおどしていたが、徐々に小田原家にも慣れていった。 それから半年が過ぎ、わたしはこうして爽太さんと夫婦として楽しく過ごしている。 爽太さんのおかげで、毎日の生活が楽しくなった気がした。 爽太さんがいてくれるから、
ある日突然、私は期間限定で夫と結婚することになった。しかも二年間という、期限付きで。 それは【離婚を前提とした結婚】であることを示していた。✱ ✱ ✱「爽太(そうた)さん、おはよう」「紅音(あかね)、おはよう」 私と爽太さんと結婚したのは、半年前のこと。 そのきっかけになったのは、父親の借金だった。 父親が多額の借金を作ってしまい、返せなくなった父親は、首を吊って自殺した。 その事実を知ったのは、父親が亡くなったすぐ後のことだった。 まさか私の名前を借りて借金していたとは知らなかった私は、その後すぐに借金を取り立てを受け、地獄を味わうことになった。 毎日借金取りが家にやってきて、金を返せと言われた。 時には金を払えないなら自分の身体で払えと言われて、その日も無理矢理連れて行かれそうになった。 そんな時私助けてくれたのが、私にとってはヒーローである爽太さんだった。「やめてっ、離してよっ……!」「暴れるんじゃねーよ!」「おい。女一人によってたかって何してんだ。イヤがってるだろ?」 それが、私と爽太さんとの出会いだった。そしてその日は、私の25歳の誕生日だった。「コイツの父親が借りた借金返さねぇから、返せって言ってるだけだろ?」「だからって身体で払えなんて、そんなセクハラまがいな発言していい訳ないよな?」「うぜぇ……。何なんだよてめぇは!?」 あの時、そう言って殴りかかる男の拳を受け止めた爽太さんは、その男たちを撃退してくれたのだった。「大丈夫か?」「……ありがとう、ございました。助けて頂いて」 私はあの時、爽太さんに助けてもらったからこそ、こうして恩返しが出来ている気がする。「……お前、借金どのくらいあるんだ?」「え……?」「借金。父親が借金、してるんだろ?」「……500万です」 その言葉の後、爽太さんは「500万? そんなにあるのか、借金」と言って私を見ていた。「……はい。父親が借金してると知ったのは、父親が死んだ後です。 気が付いたら、私が払うことになっていました」 父親の借金を抱えて生きていくのは、とても辛い。毎日こうして取り立てられて、生きてくことに疲れてしまった。「……もう、イヤだ」 父親の借金さえなければ、わたしは今頃幸せになっていた。「……お前、名前は?」「……え?」 その時、爽太さん私の