✱ ✱ ✱
「さ、入ってくれ」
「お、お邪魔、します……」
うわ、大きいお家だな……。広さどのくらいなのかな……なんて考えてしまうほど、爽太さんのお家は大きかった。
爽太さんの家に招かれた私は、爽太さんから「紅音、これにサインしてくれ」と一枚の紙を渡された。
「……あ、はい」
渡されたそれは婚姻届で、私はそれにサインをした。 私の保証人の欄には、職場の人にサインしてもらうことにした。
「紅音、君に伝えなければならないことがあるんだ」
「え? 伝えなければ、ならないこと……?」
それは何なのだろうか……。まさかまた何か、あるのだろうか……。「この結婚だが……。この結婚は契約結婚だ」
「け、契約、結婚……?」
一体どういうことなのだろうか……。契約結婚……?
「俺との契約結婚の期間は、明日から二年だ」
「二年……?」
わたしたちは二年間だけの、夫婦ってこと……?
契約結婚……。どうして、契約なのだろうか……?「俺たちは明日、ニ年間の夫婦になる」
「ニ年……ですか」
「そうだ。 ニ年間の゙期間限定夫婦゙だ」
「き、期間限定夫婦……ですか?」
期間限定夫婦って……。結婚にそんなワードはさすがに聞いたことはないけど、まあいいか。
「明日、お前の借金も全部俺が返済しておいてやる。そうすればお前は、これから借金取りに追われなくて済むだろう」
「……ありがとう、ございます」
そして爽太さんからもう一つ、結婚するための条件を出された。 それは【子供を作らないこと】だ。
ニ年間だけの結婚生活を送る上で、子供は絶対に作らないことを契約された。
私は借金を返済してもらう代わりに、その条件を全て飲んだ。 生きていくための手段として、それを了承したのだ。「……爽太さん。これからニ年間、よろしくお願いします」
「ああ。よろしくな」
そしてその日は、私の誕生日だった。 25歳になったばかりの日に、こんなことになって、正直戸惑ったりもしている。
だけどその日から私は、爽太さんの゙妻゙としてこの小田原家にやってきた。最初はどうなるのかわからずおどおどしていたが、徐々に小田原家にも慣れていった。
それから半年が過ぎ、わたしはこうして爽太さんと夫婦として楽しく過ごしている。
爽太さんのおかげで、毎日の生活が楽しくなった気がした。 爽太さんがいてくれるから、今の私がいる。爽太さんに出会ったから、私は今こうして毎日を生きていける。 一度は絶望の淵に立たされて、地獄のような毎日を送っていたのに、縁とは不思議なものだ。
こんな私にも、地獄から抜け出せる日が来るなんて思いもしなかったし、あの時は。
だけど今は、夫婦としてこうして普通に生活出来ていることを本当にありがたいと思う。
結婚して半年が過ぎて、私はちょっとでも爽太さんのことを知りたいと思うことも多かった。結婚してすぐの時、爽太さんから形だけでもと言われてもらった結婚指輪が、爽太さんからもらった初めてのプレゼントだった。
私もそうだし、爽太さんもちゃんと結婚指輪を左手の薬指に付けてくれている。それを見るだけで、本当に爽太さんの妻なんだと実感してしまう。
ニ年間だけの短めの期間限定の夫婦だけれど、そのニ年間を少しでも夫婦として楽しみたいとも思っている。離婚を前提に結婚したわたしたちは、他の夫婦とはちょっと違う夫婦だ。 期間限定でニ年後には離婚をする夫婦なのだ。
それでも私は、爽太さんと過ごすこの夫婦生活が充実していると実感している。「明日、紅音休みだろ?」
「はい」
「俺も明日は早上がりなんだ。よかったら、明日、二人でディナーでも行こうか」
「はい」
こうしてする夫婦としてのデートも、今だけは楽しみたいな……。どのくらいデート出来るかもわからないし。
今思うと結婚して初めてのデートの時には、私はあまりにも緊張してしまって体調を崩してしまったっけ……。
とても心配してくれた爽太さんは、わたしを病院まで運んでくれて……。確かその時の病院、錦(にしき)総合医療センターだったな。あの時はびっくりしたっけ……。錦総合医療センターの加古川っていう救命医の先生と、まさか爽太さんが知り合いだったなんて……。
テレビでもよく出てくる病院だったこともあり、あの時はびっくりしたことを今でも鮮明に覚えている。加古川先生の奥様も色々あったみたいで、奥様が死のうとした所をたまたま加古川先生が助けたことがきっかけで、加古川先生たちも結婚したと確か聞いた気がする。
その時ちょっと思ったのは、境遇というか、なんか私たちと少し似ているなと思った。爽太さんが言うには、加古川先生の奥様はとても可愛らしい人で、とても旦那様思いらしい。 そんなに旦那様のことを愛せるなんて、羨ましいとさえ思った。
それに比べて私たちは、ニ年という期限付きの夫婦だから、そんなに長くはいられないのだ。 だから思いを強くしてはいけないと、そう常に心に言い聞かせている。
「紅音、行ってくる」
「行ってらっしゃい」
朝いつも通りに爽太さんを見送った私は、家事を済ませてから仕事へと向かう。
そして夕方になったら帰宅して、夫のために夕飯を作る。 毎日夫婦で一緒に夕飯を食べることは日課で、残業で必ず帰りが遅い時も、爽太さんは帰ってからちゃんと夕飯を食べてくれる。 今は家賃4万5千円ほどで住んでいたアパートに比べるとだいぶ裕福な生活だ。 キッチンも広くて、冷蔵庫も大きくて、お風呂もとても広くて……。しかもお風呂なんか、ジャグジー付きだ。借金を抱えて生きてきた私にとっては、裕福すぎるくらい贅沢な生活だった。 毎日美味しいものを食べることが出来て、そして暖かいお風呂に入ることが出来る。
夫婦で寝るベッドなんかキングサイズでとても大きくて、夫婦二人寝るのには広すぎるくらいに感じるのだけど。だけどその反面、私は今まで貧乏な生活をしてきたから、こんな裕福な家庭で育ってきた人たちが羨ましくも感じた。
うちは貧乏だったから、家族みんなでご飯を食べるのもやっとだったのだ。 学費なんてものも払えないから、結局親に言われて学校も辞めるしかなかった。お金がないと生きていけないのは、本当なんだな。 爽太さんの家は裕福だったから、きっと何一つ苦労なんてないんだろな……。
たまに、自由に生きてきたのかなって思う時がある。
そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。 返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。 ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。 それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。 そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。 それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。 だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。 少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。「紅音!」「爽太さん……!」 仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。「すまない。遅くなってしまった」「いえ、大丈夫です」 初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。「さ、行こうか」「はい」 爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。 夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」「え、分かりますか……?」 確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。 まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」「……ありがとう、ございます」 【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。「紅音、今日は過ごしやすいな」「そうですね……。過ごしやすいです」 手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。「爽太さんの手……温かいです」「そうか?」 この温
ある日突然、私は期間限定で夫と結婚することになった。しかも二年間という、期限付きで。 それは【離婚を前提とした結婚】であることを示していた。✱ ✱ ✱「爽太(そうた)さん、おはよう」「紅音(あかね)、おはよう」 私と爽太さんと結婚したのは、半年前のこと。 そのきっかけになったのは、父親の借金だった。 父親が多額の借金を作ってしまい、返せなくなった父親は、首を吊って自殺した。 その事実を知ったのは、父親が亡くなったすぐ後のことだった。 まさか私の名前を借りて借金していたとは知らなかった私は、その後すぐに借金を取り立てを受け、地獄を味わうことになった。 毎日借金取りが家にやってきて、金を返せと言われた。 時には金を払えないなら自分の身体で払えと言われて、その日も無理矢理連れて行かれそうになった。 そんな時私助けてくれたのが、私にとってはヒーローである爽太さんだった。「やめてっ、離してよっ……!」「暴れるんじゃねーよ!」「おい。女一人によってたかって何してんだ。イヤがってるだろ?」 それが、私と爽太さんとの出会いだった。そしてその日は、私の25歳の誕生日だった。「コイツの父親が借りた借金返さねぇから、返せって言ってるだけだろ?」「だからって身体で払えなんて、そんなセクハラまがいな発言していい訳ないよな?」「うぜぇ……。何なんだよてめぇは!?」 あの時、そう言って殴りかかる男の拳を受け止めた爽太さんは、その男たちを撃退してくれたのだった。「大丈夫か?」「……ありがとう、ございました。助けて頂いて」 私はあの時、爽太さんに助けてもらったからこそ、こうして恩返しが出来ている気がする。「……お前、借金どのくらいあるんだ?」「え……?」「借金。父親が借金、してるんだろ?」「……500万です」 その言葉の後、爽太さんは「500万? そんなにあるのか、借金」と言って私を見ていた。「……はい。父親が借金してると知ったのは、父親が死んだ後です。 気が付いたら、私が払うことになっていました」 父親の借金を抱えて生きていくのは、とても辛い。毎日こうして取り立てられて、生きてくことに疲れてしまった。「……もう、イヤだ」 父親の借金さえなければ、わたしは今頃幸せになっていた。「……お前、名前は?」「……え?」 その時、爽太さん私の
そして父親はついに闇金から借金をした。 だけどその金額は膨らんでいくばかりで、一切減ることはなかった。 返済するためにお金を借りても、結局返せなくて……。利子ばかり増えてしまって、返すのも間々ならないくらいになってしまった。 ある日、父は母親と私を残して首を吊って自殺した。 父親が死んで悲しむ暇もなく、母親もなんとか借金を返すために毎日朝から晩まで必死で働いた。 それでも借金は少ししか減らなくて……。ついには過労で倒れてそのまま亡くなった。 そして私は一人になり、家族を失った。 なのに今度は、借金取りが私の所へやってきて、もう限界だった。 家賃を払うのが精一杯で、生活なんて出来やしなかった。 それを助けてくれたのは、爽太さんだった。爽太さんが私を地獄から救ってくれた。 だから私は、爽太さんと夫婦になって、少しでもいい思い出を残したいと思っている。 ニ年間という期限付きなら尚更、楽しい思い出をたくさん残して、爽太さんと夫婦だったことを思い出せるようにしたい。 少しでも爽太さんと距離を縮めたい……って、そう思っている。「紅音!」「爽太さん……!」 仕事を早く終えた爽太さんと待ち合わせをした夕方17時半すぎ。爽太さんは私を見つけて慌てて駆け寄ってきた。「すまない。遅くなってしまった」「いえ、大丈夫です」 初めてデートとした時の緊張感みたいなものが、いつもある。「さ、行こうか」「はい」 爽太さんはいつも、どこかに行く時には必ず手を繋いでくれる。 夫婦なら当たり前のことだけれど、それがいつも嬉しく感じるのは、なぜなのだろうか……。 夫婦だからこそ、私たちはこうして夫婦らしいことを出来るのは嬉しい。「紅音、今日メイク変えた?」「え、分かりますか……?」 確かにいつもよりもメイクを少し変えた。デートということもあり、アイメイクを少し濃いめにしたのだけれど……。 まさか気付いてくれるとは思ってなかった。「もちろん。そのメイクも可愛いよ」「……ありがとう、ございます」 【可愛い】と言われると、それこそちょっと照れるけど、やはり嬉しい。「紅音、今日は過ごしやすいな」「そうですね……。過ごしやすいです」 手を繋ぎながらこうして歩くのは、なんだかそれだけでも幸せに感じる。「爽太さんの手……温かいです」「そうか?」 この温
✱ ✱ ✱「さ、入ってくれ」「お、お邪魔、します……」 うわ、大きいお家だな……。広さどのくらいなのかな……なんて考えてしまうほど、爽太さんのお家は大きかった。 爽太さんの家に招かれた私は、爽太さんから「紅音、これにサインしてくれ」と一枚の紙を渡された。「……あ、はい」 渡されたそれは婚姻届で、私はそれにサインをした。 私の保証人の欄には、職場の人にサインしてもらうことにした。「紅音、君に伝えなければならないことがあるんだ」「え? 伝えなければ、ならないこと……?」 それは何なのだろうか……。まさかまた何か、あるのだろうか……。「この結婚だが……。この結婚は契約結婚だ」「け、契約、結婚……?」 一体どういうことなのだろうか……。契約結婚……?「俺との契約結婚の期間は、明日から二年だ」「二年……?」 わたしたちは二年間だけの、夫婦ってこと……? 契約結婚……。どうして、契約なのだろうか……?「俺たちは明日、ニ年間の夫婦になる」「ニ年……ですか」「そうだ。 ニ年間の゙期間限定夫婦゙だ」「き、期間限定夫婦……ですか?」 期間限定夫婦って……。結婚にそんなワードはさすがに聞いたことはないけど、まあいいか。「明日、お前の借金も全部俺が返済しておいてやる。そうすればお前は、これから借金取りに追われなくて済むだろう」「……ありがとう、ございます」 そして爽太さんからもう一つ、結婚するための条件を出された。 それは【子供を作らないこと】だ。 ニ年間だけの結婚生活を送る上で、子供は絶対に作らないことを契約された。 私は借金を返済してもらう代わりに、その条件を全て飲んだ。 生きていくための手段として、それを了承したのだ。「……爽太さん。これからニ年間、よろしくお願いします」「ああ。よろしくな」 そしてその日は、私の誕生日だった。 25歳になったばかりの日に、こんなことになって、正直戸惑ったりもしている。 だけどその日から私は、爽太さんの゙妻゙としてこの小田原家にやってきた。 最初はどうなるのかわからずおどおどしていたが、徐々に小田原家にも慣れていった。 それから半年が過ぎ、わたしはこうして爽太さんと夫婦として楽しく過ごしている。 爽太さんのおかげで、毎日の生活が楽しくなった気がした。 爽太さんがいてくれるから、
ある日突然、私は期間限定で夫と結婚することになった。しかも二年間という、期限付きで。 それは【離婚を前提とした結婚】であることを示していた。✱ ✱ ✱「爽太(そうた)さん、おはよう」「紅音(あかね)、おはよう」 私と爽太さんと結婚したのは、半年前のこと。 そのきっかけになったのは、父親の借金だった。 父親が多額の借金を作ってしまい、返せなくなった父親は、首を吊って自殺した。 その事実を知ったのは、父親が亡くなったすぐ後のことだった。 まさか私の名前を借りて借金していたとは知らなかった私は、その後すぐに借金を取り立てを受け、地獄を味わうことになった。 毎日借金取りが家にやってきて、金を返せと言われた。 時には金を払えないなら自分の身体で払えと言われて、その日も無理矢理連れて行かれそうになった。 そんな時私助けてくれたのが、私にとってはヒーローである爽太さんだった。「やめてっ、離してよっ……!」「暴れるんじゃねーよ!」「おい。女一人によってたかって何してんだ。イヤがってるだろ?」 それが、私と爽太さんとの出会いだった。そしてその日は、私の25歳の誕生日だった。「コイツの父親が借りた借金返さねぇから、返せって言ってるだけだろ?」「だからって身体で払えなんて、そんなセクハラまがいな発言していい訳ないよな?」「うぜぇ……。何なんだよてめぇは!?」 あの時、そう言って殴りかかる男の拳を受け止めた爽太さんは、その男たちを撃退してくれたのだった。「大丈夫か?」「……ありがとう、ございました。助けて頂いて」 私はあの時、爽太さんに助けてもらったからこそ、こうして恩返しが出来ている気がする。「……お前、借金どのくらいあるんだ?」「え……?」「借金。父親が借金、してるんだろ?」「……500万です」 その言葉の後、爽太さんは「500万? そんなにあるのか、借金」と言って私を見ていた。「……はい。父親が借金してると知ったのは、父親が死んだ後です。 気が付いたら、私が払うことになっていました」 父親の借金を抱えて生きていくのは、とても辛い。毎日こうして取り立てられて、生きてくことに疲れてしまった。「……もう、イヤだ」 父親の借金さえなければ、わたしは今頃幸せになっていた。「……お前、名前は?」「……え?」 その時、爽太さん私の