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第2話

祖母はじっと座り込み、母が部屋を一通り探し終えるまで静かに待っていた。そしてゆっくりと口を開く。

「アヤメは本当にもういないんだよ。遺体はもう提供した......彼女は、あんたのことを『生きてても、死んでも二度と会いたくない』って言ってたんだ」

小百合の顔が苦しげに歪んで、祖母を怒りの目で睨みつける。

「......あんたは私の母親なんだよ?

覚えてる?お父さんが亡くなったときのこと。全部あの厄介者のせいで、もしあの子がいなければお父さんもまだ元気だったし、レンの目もこんなことにはなってなかった!

私が欲しいのはあの子の片方の角膜だけで、命まで取ろうってわけじゃないのに!

ほんと、あの時にアヤメを引き取ったことを心底後悔してるよ!」

祖母はがっかりしたように母を見つめて言う。

「あの子も、あんたに引き取られたことを後悔してるよ」

母は怒りにまかせて、横にあった椅子を勢いよく蹴り倒した。

「アヤメが現れないっていうなら、あんたも追い出される覚悟しときなさい!

この家の名義は私なんだから、住まわせないって決めたら、それまでなんだからね!」

母はドアを強く叩きつけるように閉めて、出て行った。

祖母は力が抜けて、その場に崩れ落ちると、服のポケットから私のたった一枚の写真を取り出した。

涙がぼろぼろとあふれていた。

「アヤメ......おまえがもし、私たちに出会わなければ、もっと幸せに生きられたのかい?

......レンを助けたこと、後悔してるかい?」

私にも、もうわからない。

5年前、レンは私の反対を押し切って、卒業旅行に行くと言い張った。

あの子が心配でたまらなかった私は、仕方なく同行することにした。

結局、レンは右目を押さえて一人で帰宅し、母に言った。

「ひどい目に遭って、アヤメは先に逃げてしまった。僕は目を刺されて、なんとか命からがら戻ってきたんだよ」

私が行方不明になったと知った祖父は、その場で心臓発作を起こして亡くなった。

母はレンを連れて治療に行きながらも、ずっと私を呪うように罵り続けた。まるで、私が死んでしまえばよかったと言わんばかりに。

でも、彼女は知らなかった。あの時の私のほうが、死ぬよりも辛い目に遭っていたことを。

レンが向かった「卒業旅行」は、女の子と自由に遊べるという嘘に騙されただけだった。

本当は、あの男たちはレンの腎臓を狙っていた。でも、私がいたせいで計画が狂ったのだ。

私たちは山奥に連れ込まれ、捕まってしまった。

その道中、私は逃げる隙を見つけて、必死にあの男たちを引きつけ、レンを逃がすことができた。

「早く逃げて!警察に知らせて!

あの男たちのなまりでどこの出身かだいたいわかったから、警察に伝えて私を助けに来させて」

レンはうなずいて、必ず戻ってくると約束してくれた。

......でも彼は戻らなかった。

私は連中に捕まったまま、まるで荷物のように山の奥深くへ引きずられていった。

風通しの悪い藁ぶき小屋に閉じ込められ、屋根は藁を積み上げただけの粗末なもので、雨が降れば床が水浸しになるような場所だった。

そんな小屋の泥の中で、私は連中に弄ばれ続けた。

見張り役は常に一人はいて、料金は人数によって決まっていた。料金は一回百元か、一切れの干し肉。そんなふうにして、私は次々と年老いた男、壮年の男、障害を持った男、果ては正気でない男にまで、弄ばれ続けた。

お金さえ払えば、誰でもいいという連中だった。

私は暗くなって明るくなる外の空を数えながら、三年を過ごした。

妊娠は何度もしたが、その度に一、二か月経つと暴力で無理やり中絶させられた。妊娠してしまっては金が稼げなくなるからだ。

連中の話を断片的に聞くうちに、ようやくわかった。

レンはあの時、町まで逃げていて、そこで警察に知らせることもできたのだ。

けれど、彼は通報しなかった。

追いかけられるのが怖くて、立ち止まらなかったのだ。

警察を呼ぶには、ほんの5分あれば十分だったのに、彼はその時間さえ私に与えなかった。

私はただ、日ごとに大人しく振る舞い、警戒を解かせていくしか道がなかった。

そして、ついに―

あの年、豪雨による土砂崩れが小屋を押し流し、私は逃げ出すことができた。

でも、山の中から祖母の家までの道のりには、二年もかかった。

ようやく祖母に会えたとき、彼女は信じられない様子で、私の顔を繰り返し確認していた。

私は彼女の胸に飛び込み、泣き続けた。

祖母は悲しみに耐えながらも、母に電話をして来るように頼んでくれた。

けれども、彼女はレンの世話で忙しいと、まるで信じようとしなかった。

「また何か騙そうとしてるんでしょ?あの裏切り者なんか帰ってくるわけがない。帰ってきたなら、足の一本でも折ってやるんだから!」

祖母はありったけの貯金を使って私の治療費を出してくれたけれど、私の体はもう、完全に壊れてしまっていた。

だから私は遺体提供の同意書にサインし、病院のベッドの上で息を引き取ったのだ。

私が亡くなった後、祖母は母に知らせてくれたのに、彼女は祖母が歳を取ってボケてしまったと思っただけだった。

母はレンの言うことを信じていた。私が遊び仲間についていって姿を消したのだと。

それで、母は私のことをますます憎むようになった。

母は昔から私を信じたことなど一度もなかった。信じるのはいつもレンだけ。

それは今も変わらない。

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