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第111話

佐和は雅彦の車が走り去った後も、しばらくその場に佇んでいた。車の影が完全に見えなくなるまで見送ってから、やっと足を引きずって戻ることにした。

彼は初めて自分の無力さを痛感した。愛する女性が他の人に連れて行かれるのをただ見ることしかできなかったのだ。

佐和は先ほどの出来事を思い出し、胸の内に深い苦しみを抱えていた。

彼は何としてでも桃を三おじの手から救い出さなければならないと決心した。

佐和は自分の思考に完全に没頭しており、後ろから聞こえてくるクラクションの音にも気づかなかった。

その車に乗っていたのは他ならぬ麗子だった。

佐和が帰国したと知って、麗子はすぐに駆けつけた。長年家を離れていた佐和に会いたかったが、もう一方で祖父に親孫として情けをかけてもらいたかった。

車を運転していると、前方にみすぼらしい格好をした男が足を引きずりながら歩いているのが見えた。クラクションを鳴らしても、その男は無視し続けたため、運転手は仕方なく車を止めた。

麗子は苛立ち、車を降りて叫んだ。「あんた、耳が聞こえないの?クラクションの音が聞こえないわけないでしょう!」

その言葉を半分言いかけたところで、麗子はその男が顔に傷を負い、服も埃と汚れでいっぱいなのを見て、彼がホームレスではなく、自分が日夜思い焦がれていた息子だと気づいた。

麗子は一瞬崩れそうになった。「佐和、どうしてこんな姿になっているの?」

佐和は麗子の言葉に全く耳を貸さず、ただ口の中で「桃」と呟いていた。

麗子はしばらく聞いていて、佐和が「桃」と言っているのをやっと理解した。彼女は驚いた顔をした。

佐和は帰国してまだ一日も経っていないのに、どうして彼が桃と関わりを持つことになるのか?

麗子の心に嫌な予感が広がった。かつて、佐和が家業を継がず、医者になると言い張ったため、正成は怒りのあまり彼を家から追い出し、生活費も一切与えずに反省を促した。

麗子も佐和の反抗には腹を立てていたが、母親としての情は捨てきれず、時折息子と連絡を取り合い、近況を尋ねていた。

その時、佐和は「桃」という名前の彼女がいると言っていて、いつか彼女を連れて帰りたいと言っていた。

麗子は当時、それをあまり真剣に受け取らなかった。大学時代の恋人が将来一緒になるかどうかは不確かだと思っていたし、息子には相応しい相手を見つけてあげるつも
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