Share

将を射んと欲すれば

Author: 文月 澪
last update Last Updated: 2025-04-23 14:45:08

 バタバタと階段を駆けあがる笹塚さんの後姿は可愛らしく、緩む頬を何とか押しとどめて冷静を装った。『白い何か』がチラリと見えたからだ。

「美希? どうしたの、うるさいよ~」

 そう言って顔を出したのは、笹塚さんのお母さん。まだ若く、姉妹と言われても納得できそうだ。玄関に立つ俺に気付くと、少しびっくりして口を押さえる。

「あ、あら、お客さんだったのね。えっと……」

 口籠るお母さんに、俺は優等生ぶって頭を下げた。

「早朝からお騒がせしてしまって申し訳ありません。昨日から美希さんとお付き合いさせていただいています、岬涼です。今日も一緒に出掛ける約束をしていたので、迎えに来ました。ついでと言ってはなんですが、ご両親にもご挨拶させていただければと」

 お義母さんは聞かされていなかったのか、更に驚いていた。慌てて引っ込むと、今度はお義父さんを連れて現れる。

「き、君が……美希と……? なんと言うか、随分とカッコいい子だね……」

 今日はヒュディ仕様だから、タイプの違いに猜疑的なのかもしれない。笹塚さんは真面目な委員長タイプだ。俺は警戒を解くように、柔らかく微笑みながら落としにかかる。

「はじめましてお義父さん、岬涼です。急な事で驚かせてしまったかもしれませんが、僕は美希さんをずっと好きだったんです。やっと昨日告白して、受け入れてもらえました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」

 深く頭を下げると、2人が慌てる様子が伝わってくる。いささか高校生にしては丁寧すぎる言葉使いも、隙を生むには好都合。両親と良好な関係が築けるに越した事は無いが、俺にとっては将を射るための馬に過ぎない。

 笹塚さんは一見大人しいから、俺みたいなのが来たのも意外だったのだろう。俺が知る限り、笹塚さんは今まで彼氏がいなかった。正真正銘、俺が初カレだ。素のままで来てもよかったけど、第一印象は大事だからね。身なりには気を付けないと。

 顔を上げると、2人はぎこちない笑みを浮かべながらも、俺を室内に案内してくれた。リビングのソファに座ると、お義母さんがお茶を出してくれる。

「ごめんなさいね。そうとは知らずに、あんなだらしない恰好で出させてしまって。美希ったら水臭いわ。こんなイケメンが彼氏なんて、教えてくれてもいいのに。ね、お父さん」

 話を振られたお義父さんは、しかめっ面で俺を値踏みしている。これも想定内。外見というものは面白い事に、見る人によってがらりと印象が変わる。今回で言えば、娘を持つ母親と父親だ。

 お義母さんから見ればしっかりした好青年でも、お義父さんにはチャラついて見える。

 まぁ、きっとどんな奴が来ても、これは変わらないだろうけどね。男親とはそういうものだ。もし笹塚さん似の娘が産まれたら、俺でも同じ顔をする自信がある。だからこそ念には念を入れなければならない。

「君は……本気で美希を好いてくれているんだね? もし遊びだと思っているなら……」

 すごんで見せるお義父さんは、笹塚さんによく似ている。俺はそれにも笑顔で応えた。

「はい、もちろんです。僕は美希さんと結婚を前提にお付き合いしています」

 一拍の間。

 次の瞬間には耳をつんざく悲鳴が轟いた。

Continue to read this book for free
Scan code to download App

Related chapters

  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   逃げられない

     今日も憂鬱な一日が終わった。 外はまだ残暑が厳しく、眩しい太陽が目に痛い。  それでも秋の気配は感じられる。 カーテンを揺らす風は、少しの冷気を含んでいた。 ――明日は晴れるかしら。 帰りのホームルームで先生の連絡事項をぼんやりと聞きながら、私の思考は既にここには無かった。 私は自他ともに認める、クラスカースト最底辺の陰キャだ。制服はデフォルトのまま、長い髪を三つ編みにして、分厚い眼鏡をかけた姿は芋臭い。 友人達も似たりよったりだ。このクラスはありがたい事に、陽キャによるイジメが無い。ギャーギャーと煩いDQNとは違う、本物の陽キャ達だからだ。 その中心人物に、そっと視線を向ける。 そこには、あくびを噛み殺している黒髪の少年がいた。 岬 涼。 陽キャのわりに髪を染めたりしていない。制服もきちんと着ているし、ピアスなんかも見当たらなかった。 それも偏見かと、ひとつ溜息を吐く。 岬君は身長も高く、スポーツ万能、成績も良い。根っからのカースト上位男子。私とは真逆もいい所だ。 別に好きだとか、そういう訳じゃない。 ただ、推しに似ているのだ。 私は陰キャの例に漏れず、オタク趣味をたしなんでいる。昨今、アニメや漫画は日本の文化とも言われるようになってきた。それでも、オタクには中々に厳しい世の中だ。 既に飽和状態にあると言ってもいい、数あるアニメの中のひとつに、私は沼っていた。 小説を原作とするそのアニメはゲームにもなり、今話題の人気作だ。勿論小説もチェック済み。コミカライズもされ、一気に人気は広がった。 作風としてはありがちな無双モノ。  私も最初は忌避していた。こういった作品は得てして男子向けで、ハーレムやラッキースケベが多い。 しかし、たまたま観た物語をまとめた動画で出会ったのだ。黒髪を靡かせ、颯爽と現れる、そのキャラクターに。 彼の名はヒュディ・ミューゼ。  物語のラスボスだった。 かませ犬的な存在で、何度も負けては逃げ帰る。その度に主人公は嫁が増えていく謎仕様。 それでも好きになったのは、キャラクターデザインの良さと、その声。 おそらく、アニメにならなかったら沼らなかっただろう。 艶やかな黒髪に、鋭い瞳、皮肉を込めて笑う口元。そして、低く響くテノール。 アニメになった事で、その全てが活きた。制作会社も大当た

    Last Updated : 2025-04-11
  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   逃がさない

     彼女を初めて知ったのは、小学校6年の夏。俺はこの頃から既にオタクの仲間入りをしている。今まではただ観ていたアニメや漫画に、それ以上の魅力を感じるようになっていたんだ。 そのきっかけは日曜朝の特撮番組。戦隊モノのメンバー2人の距離が、妙にバグっている事に気付いた。コートを手渡すレッド、それをなんの疑問もなく受け取るピンク。そして他のメンバーも何も言わない。(あれ? これって、付き合ってんじゃないの……?) 小6といえば、思春期真っ只中。そういう事に興味を持ち始めるけど、自分自身ではピンとこない。クラスメイトの女子も、好意の対象にはならなかった。きっと、このカップルで疑似恋愛をしていたんだと思う。 それからは、あらゆるアニメや漫画でカップルを探すようになった。原作順守、公式以外のカップルは論外だ。ぼかされているキャラならまだしも、はっきりとカップルとして描かれているキャラを、別のキャラとくっつける意味が分からない。 この頃はまだ二次創作の作法もよく分かっていなかったから、無茶をやったりもした。アニメの切り抜きをSNSのアイコンにして怒られたり、過激な書き込みをしたり。それを指摘してくれる人がいたのは、幸いだったと思う。もしいなければ、俺はキモオタになっていただろう。 そんな中、イラスト投稿サイトで推しカプを漁っていた時に、たまたまオススメに上がってきたそれは、解釈ドンピシャ、絵柄も好みでファンになるのに時間はかからなかった。それが彼女だ。その頃はフォロワーも少なくて、ちょっとした優越感に浸っていたのを覚えている。 同人誌のカップルというのは、あまり男子が寄り付かないジャンルだ。そこはオタクが気持ち悪がられる所以とも言える。世に二次創作が出始めた頃は、キモオタが集まるエロい同人誌が幅を利かせていた。そして代名詞とも言える婦女子の台頭。 俗にNLと呼ばれる男女のカップルもTL勢が増え、少女漫画のコミック売り場は無法地帯となっている。TLとはティーンズラブの略。でもその中身は……。 この辺りは結構議論されているらしい。BLやTLは、最早エロ本といっても過言ではないのに、小学生でも買えてしまう。否定派ではないけど、疑問は残るかな。 それはともかく、中2の秋に地元の同人誌即売会で彼女が出品する事を知った俺は、飛び上がる程に喜んだ。まさか同郷だとは思っていな

    Last Updated : 2025-04-14
  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   奇襲

     あの公開告白から、一夜明けた日曜日。即売会は今日も開催される。私もブースが取れたから行かなきゃなんだけど……。「おはよう、笹塚さん。あ、パジャマだ、可愛い」 なんでいるかな!? 早朝から鳴ったインターホンに出てみると、そこには岬くんの姿があった。いつもより少しだけ気崩した格好で、髪はヒュディ様のように整えられている。(ぐ、かっこいいなもう!!) 壁に寄りかかる私を見ながら、岬くんはニッと笑った。「気に入ってくれたみたいだね。早起きした甲斐があるよ」 これは確実に落としに来ている。公開告白だけでも心臓が止まるかと思ったのに、時間を空けずに奇襲するとは。昨日も、あの後ちゃっかりブースに居座って、売り子をやっていたのだ。しかも男性には牽制するおまけつき。女性にもわざわざ自分が彼氏だって吹聴していた。公開告白が既に広まっていて、ブースにまで確認に来る方もどうかと思うけど。それにしても。「こんなに早く、どうしたの? まだ7時だよ?」 そう、即売会の開場は9時だ。昨日の帰り際に、今日も売り子をすると言っていたのは覚えている。だから家まで来たのは分かるけど、それにしても早すぎじゃないだろうか。 っていうか!「なんで家知ってるの!?」 昨日はバスの方向が違うから、開場で別れた。それに昨今はプライバシー保護が重要視されて、電話の連絡網も廃止されている。そもそも固定電話が無い家も増えているみたいだから、妥当ではあるけど。だからもちろん、保護者間で家の場所も共有されていない。先生に聞けば分かるとは思うけど、言うはずないし。 困惑する私を他所に、岬くんはいい笑顔で答えた。「ああ、先生に聞いた。忘れ物を届けたいって言ったら、すんなり教えてくれたよ? やっぱり日頃の行いは大事だね」 こんの腹黒が! 先生も先生だ。簡単に個人情報を漏らさないでほしいんですが!? 肩で息をする私に、岬くんがそっと近付き耳打ちをした。「ところで……着替えなくていいの? それとも、誘ってる?」 その一言で、私はブラトップのキャミソールに、太ももギリギリの短いショートパンツという夏用ルームウェアだった事を思い出した。まだ残暑が厳しくて、上着も着ていない。 つまり、体の線が丸見えという事で……。 私は慌てて自室に逃げ込むのであった。

    Last Updated : 2025-04-18

Latest chapter

  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   将を射んと欲すれば

     バタバタと階段を駆けあがる笹塚さんの後姿は可愛らしく、緩む頬を何とか押しとどめて冷静を装った。『白い何か』がチラリと見えたからだ。「美希? どうしたの、うるさいよ~」 そう言って顔を出したのは、笹塚さんのお母さん。まだ若く、姉妹と言われても納得できそうだ。玄関に立つ俺に気付くと、少しびっくりして口を押さえる。「あ、あら、お客さんだったのね。えっと……」 口籠るお母さんに、俺は優等生ぶって頭を下げた。「早朝からお騒がせしてしまって申し訳ありません。昨日から美希さんとお付き合いさせていただいています、岬涼です。今日も一緒に出掛ける約束をしていたので、迎えに来ました。ついでと言ってはなんですが、ご両親にもご挨拶させていただければと」 お義母さんは聞かされていなかったのか、更に驚いていた。慌てて引っ込むと、今度はお義父さんを連れて現れる。「き、君が……美希と……? なんと言うか、随分とカッコいい子だね……」 今日はヒュディ仕様だから、タイプの違いに猜疑的なのかもしれない。笹塚さんは真面目な委員長タイプだ。俺は警戒を解くように、柔らかく微笑みながら落としにかかる。「はじめましてお義父さん、岬涼です。急な事で驚かせてしまったかもしれませんが、僕は美希さんをずっと好きだったんです。やっと昨日告白して、受け入れてもらえました。不束者ですが、どうぞよろしくお願いいたします」 深く頭を下げると、2人が慌てる様子が伝わってくる。いささか高校生にしては丁寧すぎる言葉使いも、隙を生むには好都合。両親と良好な関係が築けるに越した事は無いが、俺にとっては将を射るための馬に過ぎない。 笹塚さんは一見大人しいから、俺みたいなのが来たのも意外だったのだろう。俺が知る限り、笹塚さんは今まで彼氏がいなかった。正真正銘、俺が初カレだ。素のままで来てもよかったけど、第一印象は大事だからね。身なりには気を付けないと。 顔を上げると、2人はぎこちない笑みを浮かべながらも、俺を室内に案内してくれた。リビングのソファに座ると、お義母さんがお茶を出してくれる。「ごめんなさいね。そうとは知らずに、あんなだらしない恰好で出させてしまって。美希ったら水臭いわ。こんなイケメンが彼氏なんて、教えてくれてもいいのに。ね、お父さん」 話を振られたお義父さんは、しかめっ面で俺を値踏みしている。これも想定

  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   奇襲

     あの公開告白から、一夜明けた日曜日。即売会は今日も開催される。私もブースが取れたから行かなきゃなんだけど……。「おはよう、笹塚さん。あ、パジャマだ、可愛い」 なんでいるかな!? 早朝から鳴ったインターホンに出てみると、そこには岬くんの姿があった。いつもより少しだけ気崩した格好で、髪はヒュディ様のように整えられている。(ぐ、かっこいいなもう!!) 壁に寄りかかる私を見ながら、岬くんはニッと笑った。「気に入ってくれたみたいだね。早起きした甲斐があるよ」 これは確実に落としに来ている。公開告白だけでも心臓が止まるかと思ったのに、時間を空けずに奇襲するとは。昨日も、あの後ちゃっかりブースに居座って、売り子をやっていたのだ。しかも男性には牽制するおまけつき。女性にもわざわざ自分が彼氏だって吹聴していた。公開告白が既に広まっていて、ブースにまで確認に来る方もどうかと思うけど。それにしても。「こんなに早く、どうしたの? まだ7時だよ?」 そう、即売会の開場は9時だ。昨日の帰り際に、今日も売り子をすると言っていたのは覚えている。だから家まで来たのは分かるけど、それにしても早すぎじゃないだろうか。 っていうか!「なんで家知ってるの!?」 昨日はバスの方向が違うから、開場で別れた。それに昨今はプライバシー保護が重要視されて、電話の連絡網も廃止されている。そもそも固定電話が無い家も増えているみたいだから、妥当ではあるけど。だからもちろん、保護者間で家の場所も共有されていない。先生に聞けば分かるとは思うけど、言うはずないし。 困惑する私を他所に、岬くんはいい笑顔で答えた。「ああ、先生に聞いた。忘れ物を届けたいって言ったら、すんなり教えてくれたよ? やっぱり日頃の行いは大事だね」 こんの腹黒が! 先生も先生だ。簡単に個人情報を漏らさないでほしいんですが!? 肩で息をする私に、岬くんがそっと近付き耳打ちをした。「ところで……着替えなくていいの? それとも、誘ってる?」 その一言で、私はブラトップのキャミソールに、太ももギリギリの短いショートパンツという夏用ルームウェアだった事を思い出した。まだ残暑が厳しくて、上着も着ていない。 つまり、体の線が丸見えという事で……。 私は慌てて自室に逃げ込むのであった。

  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   逃がさない

     彼女を初めて知ったのは、小学校6年の夏。俺はこの頃から既にオタクの仲間入りをしている。今まではただ観ていたアニメや漫画に、それ以上の魅力を感じるようになっていたんだ。 そのきっかけは日曜朝の特撮番組。戦隊モノのメンバー2人の距離が、妙にバグっている事に気付いた。コートを手渡すレッド、それをなんの疑問もなく受け取るピンク。そして他のメンバーも何も言わない。(あれ? これって、付き合ってんじゃないの……?) 小6といえば、思春期真っ只中。そういう事に興味を持ち始めるけど、自分自身ではピンとこない。クラスメイトの女子も、好意の対象にはならなかった。きっと、このカップルで疑似恋愛をしていたんだと思う。 それからは、あらゆるアニメや漫画でカップルを探すようになった。原作順守、公式以外のカップルは論外だ。ぼかされているキャラならまだしも、はっきりとカップルとして描かれているキャラを、別のキャラとくっつける意味が分からない。 この頃はまだ二次創作の作法もよく分かっていなかったから、無茶をやったりもした。アニメの切り抜きをSNSのアイコンにして怒られたり、過激な書き込みをしたり。それを指摘してくれる人がいたのは、幸いだったと思う。もしいなければ、俺はキモオタになっていただろう。 そんな中、イラスト投稿サイトで推しカプを漁っていた時に、たまたまオススメに上がってきたそれは、解釈ドンピシャ、絵柄も好みでファンになるのに時間はかからなかった。それが彼女だ。その頃はフォロワーも少なくて、ちょっとした優越感に浸っていたのを覚えている。 同人誌のカップルというのは、あまり男子が寄り付かないジャンルだ。そこはオタクが気持ち悪がられる所以とも言える。世に二次創作が出始めた頃は、キモオタが集まるエロい同人誌が幅を利かせていた。そして代名詞とも言える婦女子の台頭。 俗にNLと呼ばれる男女のカップルもTL勢が増え、少女漫画のコミック売り場は無法地帯となっている。TLとはティーンズラブの略。でもその中身は……。 この辺りは結構議論されているらしい。BLやTLは、最早エロ本といっても過言ではないのに、小学生でも買えてしまう。否定派ではないけど、疑問は残るかな。 それはともかく、中2の秋に地元の同人誌即売会で彼女が出品する事を知った俺は、飛び上がる程に喜んだ。まさか同郷だとは思っていな

  • 推し似の陽キャ王子は腹黒でした   逃げられない

     今日も憂鬱な一日が終わった。 外はまだ残暑が厳しく、眩しい太陽が目に痛い。  それでも秋の気配は感じられる。 カーテンを揺らす風は、少しの冷気を含んでいた。 ――明日は晴れるかしら。 帰りのホームルームで先生の連絡事項をぼんやりと聞きながら、私の思考は既にここには無かった。 私は自他ともに認める、クラスカースト最底辺の陰キャだ。制服はデフォルトのまま、長い髪を三つ編みにして、分厚い眼鏡をかけた姿は芋臭い。 友人達も似たりよったりだ。このクラスはありがたい事に、陽キャによるイジメが無い。ギャーギャーと煩いDQNとは違う、本物の陽キャ達だからだ。 その中心人物に、そっと視線を向ける。 そこには、あくびを噛み殺している黒髪の少年がいた。 岬 涼。 陽キャのわりに髪を染めたりしていない。制服もきちんと着ているし、ピアスなんかも見当たらなかった。 それも偏見かと、ひとつ溜息を吐く。 岬君は身長も高く、スポーツ万能、成績も良い。根っからのカースト上位男子。私とは真逆もいい所だ。 別に好きだとか、そういう訳じゃない。 ただ、推しに似ているのだ。 私は陰キャの例に漏れず、オタク趣味をたしなんでいる。昨今、アニメや漫画は日本の文化とも言われるようになってきた。それでも、オタクには中々に厳しい世の中だ。 既に飽和状態にあると言ってもいい、数あるアニメの中のひとつに、私は沼っていた。 小説を原作とするそのアニメはゲームにもなり、今話題の人気作だ。勿論小説もチェック済み。コミカライズもされ、一気に人気は広がった。 作風としてはありがちな無双モノ。  私も最初は忌避していた。こういった作品は得てして男子向けで、ハーレムやラッキースケベが多い。 しかし、たまたま観た物語をまとめた動画で出会ったのだ。黒髪を靡かせ、颯爽と現れる、そのキャラクターに。 彼の名はヒュディ・ミューゼ。  物語のラスボスだった。 かませ犬的な存在で、何度も負けては逃げ帰る。その度に主人公は嫁が増えていく謎仕様。 それでも好きになったのは、キャラクターデザインの良さと、その声。 おそらく、アニメにならなかったら沼らなかっただろう。 艶やかな黒髪に、鋭い瞳、皮肉を込めて笑う口元。そして、低く響くテノール。 アニメになった事で、その全てが活きた。制作会社も大当た

Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status